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武術大会編
謎は深まるばかり
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アイリスとソニアの決勝戦が終わると、しばし舞台の修理と休憩時間を挟み、優勝者のソニア、準優勝のアイリス、三位のシャルエナたちの表彰式が行われ、その後は簡単な閉会式が行われる。
俺はそんな光景を眺めながら、先ほどの決勝戦について考える。
(アイリスがソニアとほぼ互角に戦った…か。実力でいえばまだ前世のアイリスほど強くは無いが、それは聖剣の力が加わった結果だからな。聖剣のバフが無い状態で戦えば、間違いなく今のアイリスの方が強い。ふふ。いいなぁ。たまらない。このまま成長すれば、確実に聖剣のバフが掛かっていたアイリスすら超えるだろうな。そんなアイリスと命を賭けて戦ったら、きっと楽しいだろうな)
本来であれば、自身を殺す可能性がある者の成長を喜ぶのはおかしなことだが、俺はそんなことはない。
寧ろその成長を喜ぶし、そんな成長を遂げた者たちと戦えることを嬉しく思う。
(フィエラ、シュヴィーナ、アイリス、ソニアとミリア、最後にシャルエナ殿下とあいつ……ふふ。本当に面白いな。あぁ。今すごく戦いたい気分だ)
自分を殺してくれそうな可能性を秘めた者たちが何人もいてくれる。
例え誰が死のうと、他にもその可能性がある者たちがいてくれるというのは本当に幸せなことで、俺は早く彼女たちと殺し合ってみたいという感情で胸がいっぱいになった。
しかし、まだその牙は俺の喉元には届いておらず、一番近いフィエラでも、精々俺の脇腹を甘噛みする程度だ。
(まだ足りないが、時間はまだあるからな。今後どんなイベントが起きるのかはわからないが、彼女たちなら自分で成長してくれるだろう。その時に殺りあえばもっと楽しいはずだ)
もちろん、俺自身も成長することをやめるつもりは無いが、彼女たちがこのまま成長していけば、誰かが俺の喉元に届くはずだ。
一つ問題があるとすれば、彼女たちが俺と戦おうとするのかという点だが、こちらは今気にしても仕方がないし、何より手遅れな気もしている。
俺も鈍感という訳ではないし、何よりフィエラとシュヴィーナからは自身の思いを告白されている。
アイリスだって告白こそされてはいないものの、俺に好意を持っているのは明らかだし、ソニアは憧れが勝っているのか本人に自覚がない。
ミリアは自分の立場を弁えているのかそういったアプローチは無いし、シャルエナは幼馴染とか姉といった感情の方が近いだろう。
(まぁ、未来のことなんてまだわからないからな。シュードという主人公が近くにいる以上、何が起こってもおかしくはないか)
俺の繰り返されてきた過去では、一度として同じ未来を迎えたことは無かった。
いや。正確にいえば俺が死ぬという一点のみは同じ未来を迎えたと言えるが、そこに至る過程の出来事やイベントは同じものが起きたことは無かったのだ。
その予兆はあったとしても、主人公であるシュードが誰と出会いどれほど仲を深めたかによってその後に起きるイベントが変わるため、予兆は予兆として終わる場合もあるし、予兆が現象として発生する場合もあった。
だから俺は、ある程度の予想はできても確実な未来を予測することはできなかったし、実際に今も、この先の未来がどんな結末を迎えるのか分からないでいる。
それでも、予測できないということは決まった未来に行き着く訳でもないということだから、今後のシュードの動き次第では、全員が奴の味方になる可能性だって捨てきれないということになる。
(まぁ、シュードと戦った時のアイリスを見るとその可能性は低そうだが、その時は別の敵を作るなり探せばいいか)
この世界には、まだまだ隠れている強者や幻想種だっている。
敵がいないのなら作ってしまえば良い訳で、その種だって、前に会った魔族を使って撒いている。
(あぁ。本当に楽しみだな。今回の俺はちゃんと死ねるだろうか)
強敵と戦えること、今世はどんな結末を迎えることになるのか、そしてその結末で俺は本当の死を手にすることができるのか。
そんなまだ見ぬ未来に思いを馳せながら、俺は闘技場の中央で表彰され、観客たちに拍手を贈られているアイリスたちを眺めた。
その後は特に何事もなく閉会式が終わるり、観客席から出た俺たちはアイリスたちのもとへと向かうのであった。
◇ ◇ ◇
闘技場の中央で表彰式が行われている中、観客席へと繋がる薄暗い通路には、舞台の上に立つアイリスたちをじっと見つめる一人の人影があった。
「僕にも…あんな力があれば……」
その人影の正体は、三日目の試合でアイリスに負けた人物であり、ルイスがこの世界の主人公と呼ぶシュードであった。
「僕にもっと力があれば、悪をこの世から滅ぼせるはずだ。それに、彼女たちが力を貸してくれれば世界を悪から救える」
シュードは一人でぶつぶつと呟きながら、何を考えているのか分からない瞳でアイリスたちを見つめ続ける。
「それに、前に出会ったフィエラさんとシュヴィーナさん。彼女たちもかなり強かった。学園で二人の姿を見たことがあるから、多分あの二人も学園に通っているはず。今回の大会には参加していなかったようだけど、力もアイリスさんたちより上だと思う。それなら、彼女たちにも力を貸してもらった方が良さそうだ。大丈夫。きっと世界を救うためならみんな力を貸してくれるはずだ。だって、この世界に悪がいらないなんてことはみんな知ってるはずだからね。うん。そうと決まれば、まずは僕ももっと強くならないと。後期からはダンジョン実習があるし、もうすぐ夏の長期休暇もあるから、そこで冒険者として魔物と戦って経験を積もう。大丈夫。僕にはみんなもついてるし、絶対に強くなってみせる」
シュードの中ではすでにフィエラやアイリスたちが仲間になる事が決まっているのか、最後にそう言って言葉を締め括ると、閉会式が終わった闘技場から姿を消すのであった。
「本当に何なんですかあの人は……うっ。また頭痛が……早くこの場を離れましょう」
シュードの言動の一部始終を隠れて見ていたその者は、あまりにも自己的な考え方と取り憑かれたような正義感に恐怖を覚え、さらに謎の頭痛にまで襲われる。
「早く戻って、この事を報告しなければ…」
その者はまた気配を消してその場から離れると、主人が待つ場所へと戻るのであった。
◇ ◇ ◇
武術大会が終わったその日の夜。俺はいつものように部屋で寛ぎながら、ミリアが用意してくれた紅茶とクッキーを食べていた。
「お疲れ、ミリア」
「ありがとうございます」
「それで、これが頼んでいた資料か?」
「はい。ルイス様のご命令通り、一年生Bクラスのシュードについて、調査した結果をまとめた資料がそちらになります」
「ありがとう」
俺はミリアに一言お礼を伝えると、テーブルの上に置かれた資料に目を通していく。
ミリアには武術大会が始まった一日目の夜、シュードについて調査するよう頼んでいた。
理由は本来彼が覚醒するはずのイベントを潰したにも関わらず、前世までと変わらず覚醒した彼に何があったのか知りたくなったからだ。
そして、資料の上半分にはシュードの近況が書かれており、現在のランク、受けた依頼、そして最近何があったのかなどが事細かく書かれてあった。
(なるほど。再試験の時に大規模な違法奴隷の組織を見つけたと。そして、その時の黒幕がその領地を治る領主で、協力関係だった犯罪組織とも交戦した…か)
どうやら俺たちとの盗賊討伐が終わった後、シュードは二週間後に再試験を受けたらしく、そこで大規模な違法奴隷を売買する組織と出会したらしい。
その状況を見たシュードはあまりの光景に激怒し、さらにその奴隷売買を行なっているのがその地域を治める領主だと知った彼は組織と交戦。
一緒に試験を受けていた他の冒険者や監督役の冒険者たちと協力して戦うが、数が多かったのと相手にAランクに匹敵する護衛が何人もいたため苦戦。
その状況に悔しさと怒りが爆発したのか、突然白い魔力を放ったシュードが最終的にその組織を壊滅させたと書いてあった。
その後は何かに取り憑かれたように依頼を受け続け、現在はBランク冒険者へとなったそうだ。
(どうやら、予想通り代わりのイベントが発生して覚醒したようだな)
ある程度予想していたとはいえ、こうして変わらず同じ結果を齎すシュードを見ていると、やはり彼がこの世界の主人公なのだと思い知らされる。
「それで、こっちの下に書いてあるのが奴の出身地や身辺調査の結果なんだな?」
「…はい」
「間違いは?」
「ありません。実際に私自身もその場所へと向かいこの目で確認し、さらに周辺への聞き込みと地図での確認もしてまいりました」
「なるほどな」
資料の下部分には、シュードの出身地や家族構成について調べて書くよう指示していたが、その結果には俺も少しだけ驚いた。
「村が存在せず、家族構成も不明か」
その資料には、シュードは帝国の端にあるマローナ村という小さな村が出身だと書いてあったが、俺の記憶を探ってみてもそんな名前の村は帝国には存在せず、大陸全体の地図を確認しても見つけることができなかった。
さらにミリアは、冒険者登録をする際にシュードが記載した村の位置まで行ってみたそうだが、そこには村なんて呼べるものは無く、それどころか建物の跡や人が生活していた痕跡も無く、鬱蒼とした森が広がっているだけだったらしい。
当然だが、村がなければ家族構成なんて調べる事ができるはずもなく、シュードの身辺調査については何一つ分からいと書かれてあった。
「ルイス様。こう言っては何ですが、この者は恐ろしいです。先ほども、大会が終わると一人でぶつぶつと呟いており、悪を滅ぼすだとか、フィエラさんたちを仲間にするだとか、訳が分からない事ばかり言ってました。それに、この者を調べていると謎の既視感と頭痛に襲われ、精神攻撃を受けていたようにも思えます」
「既視感と頭痛ね」
どうやらミリアは、シュードを調べている間に精神攻撃を受けたと思っているらしく、俺は念の為、彼女を魔力を込めた瞳で確認してみる。
(僅かだが、あいつの魔力がミリアの魔力に絡みついてるな。アイリスの時と同じか)
ミリアの魔力には、アイリスがシュードと戦った時のように奴の魔力が彼女の魔力へと絡みついており、まるで寄生でもしているかのように消える様子が無かった。
「少しこっちに来い」
「は、はい」
俺は未だ体調が悪そうなミリアを近くに呼ぶと、彼女の頭に手を置き、自身の魔力を高密度に変化させてからミリアの体内へと流し込む。
「あ……」
「どうだ?」
「頭痛が消えて楽になりました」
「そうか」
念の為もう一度ミリアの魔力を確認してみれば、確かにシュードの魔力は消え去っており、今は彼女の魔力だけがミリアの体に流れていた。
(どうやら、高密度の魔力であればあいつの魔力を防げるようだな。他にも条件はありそうだが、今はこの情報を手に入れただけでも大きいか)
「資料は助かった。お前はもう休んでいいぞ」
「かしこまりました」
ミリアが頭を下げてから部屋を出ていくと、俺は一人になった部屋の中でシュードについての情報を整理していく。
「シュードも過去の記憶を持っている可能性は捨てきれなくもないが、その可能性は限りなく低いだろうな」
仮にシュードが過去の記憶を持っているのなら、もっと短期間で強くなる事が出来ただろうし、アイリスに負けるなんてことも無かったはずだ。
「それに、身辺調査の結果も気になる。出身地を偽っている可能性もあるだろうが、ここまで何も情報が無いというのはあり得るのだろうか。奴の使う魔力の秘密も気になるし、調べれば調べるほど謎が深まるばかりだな」
情報を得ようと調べているはずなのに、寧ろ疑問が増えるばかりのこの状況に何とも言えない気持ち悪さを覚えるが、何も分からなかったという事が一つの情報だったと結論づけ、俺はそれ以上考える事をやめた。
「まぁ、今回はシュードの魔力に何かがある事がわかっただけでも良しとしよう。それよりまずは、夏の長期休暇に向けて最後の準備をしないとな」
武術大会が終わったため、あとは期末試験を終えれば夏休みに入る。
そうすれば、いよいよ予定していた無秩序国家サルマージュを落とすために行動しなければならない訳で、正直シュードの事を考えている余裕などない。
「ふふ。楽しい夏休みになりそうだなぁ」
俺はこれから迎えることになる忙しい夏休みに思いを馳せながら、ニヤリと嗜虐的に笑うのであった。
俺はそんな光景を眺めながら、先ほどの決勝戦について考える。
(アイリスがソニアとほぼ互角に戦った…か。実力でいえばまだ前世のアイリスほど強くは無いが、それは聖剣の力が加わった結果だからな。聖剣のバフが無い状態で戦えば、間違いなく今のアイリスの方が強い。ふふ。いいなぁ。たまらない。このまま成長すれば、確実に聖剣のバフが掛かっていたアイリスすら超えるだろうな。そんなアイリスと命を賭けて戦ったら、きっと楽しいだろうな)
本来であれば、自身を殺す可能性がある者の成長を喜ぶのはおかしなことだが、俺はそんなことはない。
寧ろその成長を喜ぶし、そんな成長を遂げた者たちと戦えることを嬉しく思う。
(フィエラ、シュヴィーナ、アイリス、ソニアとミリア、最後にシャルエナ殿下とあいつ……ふふ。本当に面白いな。あぁ。今すごく戦いたい気分だ)
自分を殺してくれそうな可能性を秘めた者たちが何人もいてくれる。
例え誰が死のうと、他にもその可能性がある者たちがいてくれるというのは本当に幸せなことで、俺は早く彼女たちと殺し合ってみたいという感情で胸がいっぱいになった。
しかし、まだその牙は俺の喉元には届いておらず、一番近いフィエラでも、精々俺の脇腹を甘噛みする程度だ。
(まだ足りないが、時間はまだあるからな。今後どんなイベントが起きるのかはわからないが、彼女たちなら自分で成長してくれるだろう。その時に殺りあえばもっと楽しいはずだ)
もちろん、俺自身も成長することをやめるつもりは無いが、彼女たちがこのまま成長していけば、誰かが俺の喉元に届くはずだ。
一つ問題があるとすれば、彼女たちが俺と戦おうとするのかという点だが、こちらは今気にしても仕方がないし、何より手遅れな気もしている。
俺も鈍感という訳ではないし、何よりフィエラとシュヴィーナからは自身の思いを告白されている。
アイリスだって告白こそされてはいないものの、俺に好意を持っているのは明らかだし、ソニアは憧れが勝っているのか本人に自覚がない。
ミリアは自分の立場を弁えているのかそういったアプローチは無いし、シャルエナは幼馴染とか姉といった感情の方が近いだろう。
(まぁ、未来のことなんてまだわからないからな。シュードという主人公が近くにいる以上、何が起こってもおかしくはないか)
俺の繰り返されてきた過去では、一度として同じ未来を迎えたことは無かった。
いや。正確にいえば俺が死ぬという一点のみは同じ未来を迎えたと言えるが、そこに至る過程の出来事やイベントは同じものが起きたことは無かったのだ。
その予兆はあったとしても、主人公であるシュードが誰と出会いどれほど仲を深めたかによってその後に起きるイベントが変わるため、予兆は予兆として終わる場合もあるし、予兆が現象として発生する場合もあった。
だから俺は、ある程度の予想はできても確実な未来を予測することはできなかったし、実際に今も、この先の未来がどんな結末を迎えるのか分からないでいる。
それでも、予測できないということは決まった未来に行き着く訳でもないということだから、今後のシュードの動き次第では、全員が奴の味方になる可能性だって捨てきれないということになる。
(まぁ、シュードと戦った時のアイリスを見るとその可能性は低そうだが、その時は別の敵を作るなり探せばいいか)
この世界には、まだまだ隠れている強者や幻想種だっている。
敵がいないのなら作ってしまえば良い訳で、その種だって、前に会った魔族を使って撒いている。
(あぁ。本当に楽しみだな。今回の俺はちゃんと死ねるだろうか)
強敵と戦えること、今世はどんな結末を迎えることになるのか、そしてその結末で俺は本当の死を手にすることができるのか。
そんなまだ見ぬ未来に思いを馳せながら、俺は闘技場の中央で表彰され、観客たちに拍手を贈られているアイリスたちを眺めた。
その後は特に何事もなく閉会式が終わるり、観客席から出た俺たちはアイリスたちのもとへと向かうのであった。
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闘技場の中央で表彰式が行われている中、観客席へと繋がる薄暗い通路には、舞台の上に立つアイリスたちをじっと見つめる一人の人影があった。
「僕にも…あんな力があれば……」
その人影の正体は、三日目の試合でアイリスに負けた人物であり、ルイスがこの世界の主人公と呼ぶシュードであった。
「僕にもっと力があれば、悪をこの世から滅ぼせるはずだ。それに、彼女たちが力を貸してくれれば世界を悪から救える」
シュードは一人でぶつぶつと呟きながら、何を考えているのか分からない瞳でアイリスたちを見つめ続ける。
「それに、前に出会ったフィエラさんとシュヴィーナさん。彼女たちもかなり強かった。学園で二人の姿を見たことがあるから、多分あの二人も学園に通っているはず。今回の大会には参加していなかったようだけど、力もアイリスさんたちより上だと思う。それなら、彼女たちにも力を貸してもらった方が良さそうだ。大丈夫。きっと世界を救うためならみんな力を貸してくれるはずだ。だって、この世界に悪がいらないなんてことはみんな知ってるはずだからね。うん。そうと決まれば、まずは僕ももっと強くならないと。後期からはダンジョン実習があるし、もうすぐ夏の長期休暇もあるから、そこで冒険者として魔物と戦って経験を積もう。大丈夫。僕にはみんなもついてるし、絶対に強くなってみせる」
シュードの中ではすでにフィエラやアイリスたちが仲間になる事が決まっているのか、最後にそう言って言葉を締め括ると、閉会式が終わった闘技場から姿を消すのであった。
「本当に何なんですかあの人は……うっ。また頭痛が……早くこの場を離れましょう」
シュードの言動の一部始終を隠れて見ていたその者は、あまりにも自己的な考え方と取り憑かれたような正義感に恐怖を覚え、さらに謎の頭痛にまで襲われる。
「早く戻って、この事を報告しなければ…」
その者はまた気配を消してその場から離れると、主人が待つ場所へと戻るのであった。
◇ ◇ ◇
武術大会が終わったその日の夜。俺はいつものように部屋で寛ぎながら、ミリアが用意してくれた紅茶とクッキーを食べていた。
「お疲れ、ミリア」
「ありがとうございます」
「それで、これが頼んでいた資料か?」
「はい。ルイス様のご命令通り、一年生Bクラスのシュードについて、調査した結果をまとめた資料がそちらになります」
「ありがとう」
俺はミリアに一言お礼を伝えると、テーブルの上に置かれた資料に目を通していく。
ミリアには武術大会が始まった一日目の夜、シュードについて調査するよう頼んでいた。
理由は本来彼が覚醒するはずのイベントを潰したにも関わらず、前世までと変わらず覚醒した彼に何があったのか知りたくなったからだ。
そして、資料の上半分にはシュードの近況が書かれており、現在のランク、受けた依頼、そして最近何があったのかなどが事細かく書かれてあった。
(なるほど。再試験の時に大規模な違法奴隷の組織を見つけたと。そして、その時の黒幕がその領地を治る領主で、協力関係だった犯罪組織とも交戦した…か)
どうやら俺たちとの盗賊討伐が終わった後、シュードは二週間後に再試験を受けたらしく、そこで大規模な違法奴隷を売買する組織と出会したらしい。
その状況を見たシュードはあまりの光景に激怒し、さらにその奴隷売買を行なっているのがその地域を治める領主だと知った彼は組織と交戦。
一緒に試験を受けていた他の冒険者や監督役の冒険者たちと協力して戦うが、数が多かったのと相手にAランクに匹敵する護衛が何人もいたため苦戦。
その状況に悔しさと怒りが爆発したのか、突然白い魔力を放ったシュードが最終的にその組織を壊滅させたと書いてあった。
その後は何かに取り憑かれたように依頼を受け続け、現在はBランク冒険者へとなったそうだ。
(どうやら、予想通り代わりのイベントが発生して覚醒したようだな)
ある程度予想していたとはいえ、こうして変わらず同じ結果を齎すシュードを見ていると、やはり彼がこの世界の主人公なのだと思い知らされる。
「それで、こっちの下に書いてあるのが奴の出身地や身辺調査の結果なんだな?」
「…はい」
「間違いは?」
「ありません。実際に私自身もその場所へと向かいこの目で確認し、さらに周辺への聞き込みと地図での確認もしてまいりました」
「なるほどな」
資料の下部分には、シュードの出身地や家族構成について調べて書くよう指示していたが、その結果には俺も少しだけ驚いた。
「村が存在せず、家族構成も不明か」
その資料には、シュードは帝国の端にあるマローナ村という小さな村が出身だと書いてあったが、俺の記憶を探ってみてもそんな名前の村は帝国には存在せず、大陸全体の地図を確認しても見つけることができなかった。
さらにミリアは、冒険者登録をする際にシュードが記載した村の位置まで行ってみたそうだが、そこには村なんて呼べるものは無く、それどころか建物の跡や人が生活していた痕跡も無く、鬱蒼とした森が広がっているだけだったらしい。
当然だが、村がなければ家族構成なんて調べる事ができるはずもなく、シュードの身辺調査については何一つ分からいと書かれてあった。
「ルイス様。こう言っては何ですが、この者は恐ろしいです。先ほども、大会が終わると一人でぶつぶつと呟いており、悪を滅ぼすだとか、フィエラさんたちを仲間にするだとか、訳が分からない事ばかり言ってました。それに、この者を調べていると謎の既視感と頭痛に襲われ、精神攻撃を受けていたようにも思えます」
「既視感と頭痛ね」
どうやらミリアは、シュードを調べている間に精神攻撃を受けたと思っているらしく、俺は念の為、彼女を魔力を込めた瞳で確認してみる。
(僅かだが、あいつの魔力がミリアの魔力に絡みついてるな。アイリスの時と同じか)
ミリアの魔力には、アイリスがシュードと戦った時のように奴の魔力が彼女の魔力へと絡みついており、まるで寄生でもしているかのように消える様子が無かった。
「少しこっちに来い」
「は、はい」
俺は未だ体調が悪そうなミリアを近くに呼ぶと、彼女の頭に手を置き、自身の魔力を高密度に変化させてからミリアの体内へと流し込む。
「あ……」
「どうだ?」
「頭痛が消えて楽になりました」
「そうか」
念の為もう一度ミリアの魔力を確認してみれば、確かにシュードの魔力は消え去っており、今は彼女の魔力だけがミリアの体に流れていた。
(どうやら、高密度の魔力であればあいつの魔力を防げるようだな。他にも条件はありそうだが、今はこの情報を手に入れただけでも大きいか)
「資料は助かった。お前はもう休んでいいぞ」
「かしこまりました」
ミリアが頭を下げてから部屋を出ていくと、俺は一人になった部屋の中でシュードについての情報を整理していく。
「シュードも過去の記憶を持っている可能性は捨てきれなくもないが、その可能性は限りなく低いだろうな」
仮にシュードが過去の記憶を持っているのなら、もっと短期間で強くなる事が出来ただろうし、アイリスに負けるなんてことも無かったはずだ。
「それに、身辺調査の結果も気になる。出身地を偽っている可能性もあるだろうが、ここまで何も情報が無いというのはあり得るのだろうか。奴の使う魔力の秘密も気になるし、調べれば調べるほど謎が深まるばかりだな」
情報を得ようと調べているはずなのに、寧ろ疑問が増えるばかりのこの状況に何とも言えない気持ち悪さを覚えるが、何も分からなかったという事が一つの情報だったと結論づけ、俺はそれ以上考える事をやめた。
「まぁ、今回はシュードの魔力に何かがある事がわかっただけでも良しとしよう。それよりまずは、夏の長期休暇に向けて最後の準備をしないとな」
武術大会が終わったため、あとは期末試験を終えれば夏休みに入る。
そうすれば、いよいよ予定していた無秩序国家サルマージュを落とすために行動しなければならない訳で、正直シュードの事を考えている余裕などない。
「ふふ。楽しい夏休みになりそうだなぁ」
俺はこれから迎えることになる忙しい夏休みに思いを馳せながら、ニヤリと嗜虐的に笑うのであった。
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