上 下
120 / 231
冒険編

まずは回復

しおりを挟む
「んん…体がだるい…」

 俺は外から聞こえる鳥の鳴き声と、何故かこれまでに感じたことのない怠さと共に目を覚ました。

「ん。起きた?」

「…フィエラか?」

 横から声がしたので、体を起こしてからそちらに顔を向けてみると、おそらく椅子か何かに座っていたフィエラがこちらへと近づいてくる気配を感じる。

「ここは?」

「シュヴィの家。ヒュドラを倒したあと、私とシュヴィでエルを連れて戻ってきた」

「なるほど。それは迷惑をかけたな」

「大丈夫」

 どうやらヒュドラを倒したあと、俺は魔力枯渇とヒュドラの毒の効果により、彼女たちに運ばれてから今まで意識が戻らなかったようだ。

「それで?どれくらい眠ってたんだ?」

「一週間くらい」

「そんなにか」

 ヒュドラとの戦いからそんなに経っていないだろうと思っていた俺は、一週間も眠っていたと言われて思わず驚いてしまった。

「ん。それで、体の調子はどう?」

「んー、まだかなり怠さがあるな。あと、左腕の感覚も無いし、目もよく見えない。今どんな状態なんだ?」

「左腕はこの国の治癒師でも治せないって。腕の部分がヒュドラの毒に侵されてて、治せそうに無いらしい。他の部分も同じで、体内にはまだ毒が残っているし、体の表面も毒のせいで腐ってたり紫色に変色してる。目も今は失明状態。生きてることがありえないって」

「はは。すごいな。聞いただけでも何で生きてるのか自分でもわからないくらいだ」

 結界魔法で体を守っていたからか、それともオーリエンスが関係しているのか、はたまた他の何かによる力の影響なのか。
 理由はどうであれ、とにかく俺は今回も死なずに生き残ったようだ。

(おそらくは、これまで通り学園に入学して主人公に出会うことがこの世界で重要なことだから、何かしらの力で死ぬことができなかったんだろう。だが、それはあまりにもつまらないよなぁ。早く自由に死にたいものだ)

「どうかした?」

「いや、何でもない」

 今自分が生きている理由について考えながら黙っていると、少し心配した声音でフィエラが声をかけてきた。

「そっか。でも、何かあったら言って」

「あー、それなら一ついいか?」

「なに?」

「足のあたりが重い気がするんだが、どんな状況なんだ」

「ふふ。それはね…」

 俺は目が覚めた時から気になっていた事をフィエラに尋ねると、彼女は何故か嬉しそうに笑い、ゆっくりと俺の耳元に顔を寄せてくる。

「シュヴィが寝てるの。だから起こさないであげてね」

「は?どういうこと?」

「ずっとエルのこと心配してた。朝も昼も夜もエルのもとを離れなくて、意識を失っていたエルの面倒も見てた。もちろん私もだけど」

「まじで?」

「ん。どうするの?シュヴィの気持ち、もうわかってるよね?」

 フィエラはそう言いながら、顔を寄せたついでに体も寄せてきて、感覚があまりない右腕に抱きついてくる。

「どうするもなにも、俺にその気はないよ。お前と同じだ」

「それはつまり、シュヴィがついてきたいって言ったら連れて行くの?」

「…いや、こいつとはここまでだ。気持ちに答える気もないのに連れて行くのは俺にもあいつにもよくないだろ」

「私は?」

「お前は…少し気になることがあるからもう少しそばにいろ」

 フィエラは覚えていないようだが、俺はオーリエンスが彼女の体を使って話しかけてきた事を忘れていない。

(何故あんなことが起きたのかわからない以上、なるべく近くで様子を見ていた方がいいだろう。突然殺されても面白くないし、殺し合うことになれば正面から殺りあった方が楽しいだろうからな)

 俺はそんなことを考えながら黙っていると、フィエラに抱きしめられていた腕がさらに力強く抱きしめられる。

「どうした?」

「…プロポーズされた」

「あほか。なんでそうなるんだよ」

「冗談。わかってる。それよりシュヴィのことは本当にいいの?」

「構わんさ。もともとこいつとはここまでの予定だったし、ちゃんと断ればわかってくれるだろ」

「甘い。エルは恋する女の子を甘く見過ぎ。多分、無理にでもついてくると思う」

「本気で言ってるのか?」

「ん。エルが意識を失っている間、シュヴィはついて行く気満々だった」

「まじかよ」

 ただでさえ、今はフィエラなんていう物好きに依存のような感情を向けられているというのに、それにシュヴィーナまで加われば、間違いなく俺が精神的に疲れることは目に見えている。

「仕方ない。面倒ではあるが一度ちゃんと話すしかないな」

「ん。それがいい。でも、まずは体を治さないと」

 フィエラはそう言って俺に寄せていた体を離し、肩を軽く押しながら俺のことをベットへと寝かせる。

「今はゆっくり休んで」

「あぁ。そうさせてもらう」

 ベットに横になりフィエラに布団をかけられた俺は、それから直ぐに眠りへとつき、翌朝シュヴィーナに起こされるまで眠るのであった。




 それからさらに一週間後。俺は毎日のように自分に状態異常回復の魔法を使用し続け、何とか左腕の再生と体内の毒を消すことができた。

「うーん。体の毒は何とかできたが、目の方はまだ無理だな」

「難しい?」

「あぁ。目は他の部分より繊細だから、直ぐに治すことは無理そうだ」

 しかし、目だけは毒だけでなく時空間魔法で酷使した影響もあるため、回復をするにしても時間がかかり、今は薄っすらと見える程度までしか治せなかった。

「だが、このまま回復魔法を使っていけばいずれ治るだろうし、海底の棲家でやった訓練のおかげで見えてなくても生活はできるから問題ない」

「そっか」

 フィエラの声は心なしか元気がなく、それだけで俺を心配してくれていることが伝わってくる。

「エイル!ご飯を持ってきたわ!」

「ありがとう、シュヴィーナ」

 料理を持って部屋へとやってきたシュヴィーナは、近くにあるテーブルに料理を並べると、俺の手を掴んでゆっくりと立たせる。

「そこまでしなくてもいいぞ」

「でも、あまり見えていないのでしょう?何かに躓いたら危ないじゃない」

「はぁ。まぁいいや」

 あの日以降、シュヴィーナは何かと俺の世話を焼くようになった。

 最初の頃は腕の感覚もなかったので、食事のたびに食べさせようとしてくるし、俺の髪を梳かしたり寝るまで見てたりと、まるで姉か母親のように構ってきた。

「あの時に比べればマシだな」

 何かと構ってきて面倒だったし、何よりそれで楽しそうにしているシュヴィーナにやめるよう言うこともできず、話し合う前に精神的疲労でまた寝込みそうになった。

「今日は私が森で狩ってきた鳥のお肉を使ったスープよ」

「ふーん。いただきます」

 俺はスプーンを手に取りスープを掬うと、しっかりと冷ましてから口へと含む。

「うまいな」

「ん。美味しい」

「本当!よかったわ!」

 スープは野菜の味と鶏肉の味がしっかりと合わさっており、かといって味が消えたり邪魔をしているということもなく、本当に美味しいものだった。

「セシルさんに美味しかったって言っておいてくれ」

「あ、その必要はないわ。だって、このスープを作ったのは私だもの」

「え、お前が?」

「ふふ。私、こう見えても料理は得意なのよ?気に入ったのなら、また作ってあげましょうか?」

「むっ。私も料理は得意。今度エルに使ってあげる」

 シュヴィーナが自慢気にそんなことを言うものだから、対抗心を燃やしたフィエラがとんでもないことを言い始めた。

「まぁ、機会があればな。それより、そろそろケイリーさんのところに行こう」

「ケイリーさんのところ?どうして?」

 俺は話を変えるためにケイリーのもとを尋ねる話をするが、シュヴィーナは理由が分からないといった様子で聞き返してくる。

「ほら、ライアンとの決闘の時に約束した報酬をまだ貰ってないだろ。ヒュドラの件も報告しないといけないし、そろそろこの国を出ないといけないからな。いつまでも休んでられない」

「そうよね…」

 俺が神樹国を出るという話をした瞬間、シュヴィーナは明らかに元気がなくなり、悲しそうな雰囲気が伝わってくる。

(国を出る前に、一度シュヴィーナとも話をしないとだよな。はぁ、めんどくさい)

 興味のない恋愛話ほど面倒くさいものは無いが、それでも放置して変に執着されるのも嫌だったため、シュヴィーナとはこの国を出る前日の夜に話をすることに決め、俺たちはケイリーのいる王城へと向かうのであった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

異世界に飛ばされた俺は霊感が強いだけ!

夜間救急事務受付
ファンタジー
突然異世界に飛ばされた士郎。 士郎にあるのは霊感のみ! クスッと笑えてホロっと泣ける 異世界ファンタジー!

処理中です...