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冒険編

容赦なし

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~sideフィエラ~

 フィエラとザイドの戦闘は、現在フィエラが防戦一方の状態が続いていた。

(わからない。どうやって動いているの)

 2人の戦闘が始まった最初こそ、フィエラは何とかザイドの攻撃を防ぎカウンターを仕掛けることが出来ていたのだが、時間が経つにつれてザイドの動きが読めなくなり、勘に任せて避けることしかできないでいた。

 結果、フィエラの体には短剣によってできた切り傷がいくつもあり、体の至る所から血が流れている。

「さすが獣人だなぁ。ここまで俺の攻撃を耐えたやつは滅多にいないぜ」

 ザイドはフィエラから少し離れたところに現れると、右手に持った短剣をクルクルと回しながら感心したように彼女を見る。

「いったい何をしているの」

「かはは!敵にそれを聞いちゃダメだぜ?自分が何も理解できていないって教えてるようなもんだ」

 ザイドの言う通り、敵に攻撃手段を聞くということは、自分がその攻撃を理解できていないことを相手に教えるようなものである。

 しかし、フィエラはその愚かな行動をしてしまうくらいに、この一方的な戦いに焦っていた。

(どうしたらいいの)

 フィエラはザイドからの攻撃をギリギリのところで躱しながら、どうしたら良いのかと思考を巡らせていく。

(こんな時エルならどうする。彼なら…彼ならきっと…)

「…冷静に観察する」

 フィエラはこの危機的状況の中、何故動きが見えないのかではなく、最も信頼するルイスならどうするのかを考える。

 そして、彼なら相手の動きの一つ一つを観察し、それを自身の成長に繋げるという結論に至ったフィエラは、ザイドの攻撃が止まった瞬間に一度大きく深呼吸をする。

「ふぅ」

 すると、先ほどまで焦っていた頭が一気に冷静になっていき、よりザイドの動き一つ一つが見えるようになってきた。

(あぁ、たまんねぇ。楽しすぎる!)

 そんなフィエラに対し、ザイドはこれまで一度も感じたことのない高揚感で胸がいっぱいになる。

 彼はこれまで、この技術を使って多くの人を暗殺してきたが、ここまで自身の攻撃を凌いだ敵はいなかった。

 そのため、自分の技を存分に使えるこの戦いが、彼にとってはとても楽しかったのだ。

 そんなザイドの技を避けながら、フィエラは冷静に彼の攻撃について分析していく。

(動きはちゃんと見てる。一歩を踏み出すところまでちゃんと。なのに、その一歩目を踏み出した瞬間、気づいた時には私の死角に彼がいて…死角?)

 ザイドの攻撃を避け続けたフィエラは、ここに来てようやくその攻撃方法について一つの可能性へと辿り着く。

 そして、ザイドの攻撃が止んだ瞬間に距離を取り魔力を目に集めると、彼の魔力の動きをじっと見る。

「そんなに見つめてどうした?やっぱり俺に気があるのかな?」

「ありえない」

「そりゃあ残念だ。俺は君に興味が湧いてきたのにさ」

 ザイドの言葉を切り捨てながら、フィエラはその間も魔力の動きを見続ける。
 瞬きをする瞬間も目に魔力を送り続け、目が閉じるその時まで見続けた。

 そして、瞬きをしようとした瞬間、ザイドがフィエラの死角に現れ、今までのように短剣を振り下ろす。

(やっぱり)

 地面を転がって攻撃を避けたフィエラは、答え合わせをするために自分からザイドへと話しかける。

「あなたの攻撃。ようやく分かった」

「ほう?せっかくだし聞いてやるよ。どう分かったんだ?」

「あなたは私が瞬きをした瞬間や視線の動きを利用し、その死角になる位置に移動して攻撃をしている。

 短剣をクルクルと回したのは、私の視線を短剣に誘導させるため。

 移動する時も身体強化を常に使うのではなく、移動するその瞬間にだけ足に使い、これまでの緩慢な動きとの差を利用して速く動いているように見せている」

「かはははは!!」

 フィエラがザイドの動きを観察して辿り着いた答えを言うと、彼は実に楽しそうに笑った。

「正解だ。生き物は生きている以上、必ずどこかのタイミングで死角ができる。瞬きをした瞬間や何かに集中した瞬間、そして何かに気を取られた瞬間。

 俺はその死角を見逃さない。死角ができた瞬間、俺はその死角へと入り込み相手の命を奪う。

 身体強化だって、何も常時発動していなければならないわけじゃない。

 俺の動き一つ一つが相手の意識や視線を奪い、死角を作り、その瞬間に命を刈り取る。実に単純なことだろう?」

 確かにやっている事は単純かもしれないが、それを実行する彼の技術はあまりにも高く、簡単に真似できるようなものじゃなかった。

 相手が瞬きをする瞬間に合わせて体を動かし、相手に気づかれないギリギリの瞬間にのみ身体強化を使用する。

 その技一つ一つに、彼の暗殺者としてのこれまでが滲み出ているようだった。

「すごい。けど…もう私には通じない」

 フィエラはそう言うと、これまでのように部分獣化するのではなく、完璧な状態で獣化する。

 これまでシュヴィーナやソニアの訓練に付き合ってきた彼女だが、そんな中でも自身の鍛錬を怠った事は一度もなかった。

 そして半月ほど前、ようやく短時間ではあるが瞬時に獣化ができるようになったのだ。

「ふ~ん?なら、試してみようか」

 ザイドはそう言うと、またフィエラの死角を探し、見つけた瞬間に一気に距離を詰める。

 フィエラはこれまでのようにザイドを探したり攻撃を避けようとする素振りを見せず、背後へと回り込んだザイドはそのまま短剣を横に切り払う。

 しかし…

 ザイドがフィエラの首を刎ねようとした瞬間、まるで金属と金属がぶつかった様な音が森の中へと響き渡る。

「は?」

 完璧に首を刎ねたと思ったザイドだったが、実際は獣化したフィエラの腕によって短剣の刃が止められており、しかも彼女はこちらを一切見ることなくまるで分かっていたかの様に攻撃を止めて見せた。

「無駄。今の私は例え死角を突かれても体が勝手に反応する。あなたの攻撃はもう私には通じない」

 フィエラはこれまでの経験に加え、さらに獣化した事によりあらゆる感覚が鋭くなっており、僅かな空気の動きさえも完璧に捉える。

 それにより、例えザイドがフィエラの死角を突いて攻撃をしたとしても、ものが動く以上必ず風や空気が動くため、そこにフィエラの体が勝手に反応するのだ。

「んな出鱈目な」

 自分の攻撃が本当に通じないことを感じ取ったザイドは、あまりの理不尽さに思わず本音が漏れてしまう。

「次は私」

 フィエラがそう言った瞬間、今度は彼女がまるで消えたかのようにその場からいなくなると、ザイドの側頭部目掛けて蹴りを入れる。

「おわっぶ?!」

 ザイドはこれまでの経験から何とかその攻撃をしゃがんで避けるが、頭の上を通った足の風圧により地面を転がった。

「いったた。いや、出鱈目すぎでしょ。全く見えないじゃん」

 すぐに体を起こしてフィエラの方を見るが、彼女は既に先ほどまでいた場所にはおらず、気づけばザイドの後ろへと回り込んでいた。

「終わり」

「ストップ!!」

 フィエラは貫手でザイドの心臓を貫こうとするが、そこでザイド本人に待ったをかけられ、あと数cmのところで手を止めた。

「降参!降参する!無理無理!動きが全く見えないのに勝てるわけないでしょ!」

 ザイドはそう言うと、手に持っていた短剣を地面に落として両手を上げ、降参のポーズを取った。

「わかった」

 フィエラが貫手の構えを解いて少し離れると、ザイドはそのまま後ろへと倒れて寝転がる。

「あー、疲れた。やっぱ本気で戦うのしんど。早く帰り…いや無理か。あー、今回の依頼受けなきゃよかったなぁ」

「何で受けたの」

「報酬が良かったんだよ。はぁ、ほんと最悪だ。俺これからどうなるん?」

「まずはこれをつける」

 フィエラはそう言うと、マジックバッグから首輪のような物を取り出し、しゃがんでそれをザイドの首へとつけた。

「これは?」

「魔力封印の首輪」

「…用意がいいね。次は?」

「こうする」

 次にフィエラは、ザイドの両手両足を縄で縛ると、足を縛って余った縄を手に握る。

「ま、まさか…」

「このまま行く」

「いや!まて!普通に歩く!歩けるからそれだけは!」

(エルに早く会いたい。会ったら褒めてもらおう)

 すでにルイスと会って褒めてもらうことしか頭になかったフィエラには、残念ながらザイドの訴えが彼女に届く事はなく、ザイドはそのまま森の中を引き摺られて移動するのであった。





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