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冒険編

成長

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 キングキメラがアイリスたちの前に現れた時、俺は立っていた岩場を強く蹴り、その勢いのままにキングキメラを殴り飛ばした。

 ただ、これは別にアイリスたちを助けようとしたわけではなく、俺の獲物を取られたく無かったので咄嗟に取った行動がこれだったというだけである。

 そして、キングキメラが吹っ飛んで岩へとぶつかると、護衛やアイリスたちは突然現れた俺に驚いた顔をしていた。

 アイリスはすぐに俺だと察すると、慌てた様子で逃げるように言ってくるが、俺に逃げるなんて選択肢はない。

 なので俺はこいつと戦うことを伝えるが、今度は1人で戦えば死ぬと、だから一緒に戦うなどと言ってきた。

(何言ってんだ?)

 どう見たってアイリスたちの実力じゃこいつに敵うはずもなく、むしろ邪魔でしかない。俺は自身の実力を判断しきれていない彼女の行動に少しだけイラっとしたため、思わず殺気を放ってしまった。

 それだけでアイリスも護衛たちも僅かに震え、護衛たちはそれでもアイリスを守るために剣を構える。

「俺が死ぬ?それならそれで別に構わないさ。死んだらただそれだけの事だろう?頼むから俺から唯一の楽しみを奪わないでくれよ」

「お嬢様!あの魔物は我々が相手をします!その隙に魔法使い殿と一緒に逃げてください!」

 俺はそう言って今にも立ちあがろうとしているキングキメラに意識を向けようとするが、護衛たちは未だアイリスを逃すために戦おうと声を張り上げる。

「俺の話し聞いてましたか?こいつは俺の獲物です。邪魔しないでもらえますかね」

 俺の獲物だと言っているのに全く話を聞こうとしない彼らに、もはや怒りを通り越して呆れてしまった俺はめんどくささを滲ませながらそんな言葉が出てしまう。

 すると、ようやく立ち上がったキングキメラは俺のことを怒りの籠った目で睨みつけ、鋭い牙を見せながら唸り声を上げた。

「ふふ。さぁ、今の俺がどこまでお前に通用するのか試そうじゃないか」

 キングキメラから伝わってくる肌を焼き焦がすような殺気と怒りが俺の気持ちを一気に高揚させ、思わず笑みが溢れてしまう。

 ビルドと戦って以降、初のSランク魔物のという強敵との戦いに、俺はワクワクが抑えられないのであった。




 キングキメラが俺に集中したことで、俺も腰からイグニードを抜いてやつだけに意識を向ける。

(なかなか攻めてこないな。意外と慎重なのか?)

 しばらくキングキメラの出方を窺っていた俺だが、それはやつも同じようで俺の隙を探すように鋭く睨みつけてくる。

 最初に動き出したのはキングキメラで、地面を強く蹴ると、一瞬のうちに俺の目の前まで迫ってくる。
 しかし、もちろん俺にはその動きが全て見えていたので、その攻撃を難なく避けた。

「おっと」

 しかし、避けたと思ってカウンターを仕掛けようとした瞬間、尻尾の蛇が俺の首筋目掛けて噛みつこうとしてくる。

 俺は体を後ろに反らせてそれを避けると、地面に手をついて後ろに下がる。

「あの蛇も独自で動くのか。少し厄介だな」

 しかし、分かっていれば避けられないほどでもないので、あとは種族魔法が何かを知ることができれば十分に対処出来そうだった。

「さて。次は俺から行くぞ」

 イグニードに魔力を流し込んで炎を纏わせると、いつものように構えるのではなく、腕を下げて自然体に立つ。

 そして、ゆっくりと一歩を踏み出した瞬間、俺はキングキメラの目の前に現れて剣を振り下ろす。

「ガアァァア?!」

 キングキメラは驚いた様子で俺の剣をギリギリのところで避けるが、纏わせていた炎で獅子の鬣が少しだけ焦げる。

「あら?避けられたか。まだまだ修正する必要がありそうだな」

 先ほどまで自信に満ちていたキングキメラは、今は困惑した様子でじっと俺の方を見つめてくる。

 それに対して俺は、また剣を構えず自然体で立つと、ゆっくりと足を踏み出し、次の瞬間にはキングキメラの背後で剣を横薙ぎに払う。

 今度も魔物としての勘なのかギリギリのところで避けるが、尻尾の蛇がわずかに切られて血を流した。

 距離を取ったキングキメラは警戒しながら俺のことを見続けるが、俺がやっていることはとても単純なことだった。

 それは身体強化を使って普通に近づき、キングキメラを攻撃をしているだけなのだ。

 ビルドとの戦い以降、俺は自分が使える武術の全てを修正した。
 彼があれだけ強かったのは、動きの一つ一つに無駄がなく、そして自然体だったからだ。

 全ての生き物は、戦う時に必ず癖や無駄な動きが入る。
 相手はその動きから攻撃を予測し、対処していくのが一般的な戦いだ。

 しかし、ビルドの動きは全てが自然体であり、癖や無駄な動きといった予備動作が一切なかった。
 まるでそこにいるのが当然で、攻撃を受けるのが当たり前のように錯覚してしまうほどの自然体。それが彼を強者たらしめていた。

 自然体とは、自然の流れに逆らわず自然に溶け込むことだ。

 空から降る雨を誰も避けようとしないように、肌を撫でる風を当たり前だと思うように、空を流れる雲を不思議に感じないように、それはあって当然であり、自然であるが故に誰も気にしない。

 それを戦いの中で出来るようになったらどうなるのか。
 答えは簡単だ。目の前まで近づかれても誰も気にせず、攻撃をされてもその事に疑問を感じなくなる。

「そんなに怖がるなよ。戦いはこれからだろう?」

 俺が一歩近づくと、キングキメラは距離を取るように一歩後ずさる。

 そして、先ほどと同じように攻撃をしようとした時、足元から地面を突き破って蛇が飛び出てくると、俺の足に噛みつこうとする。

 しかし、海底の棲家で鍛えた俺の危険察知能力はすでにこの程度の奇襲は難なく感知できるレベルとなっており、飛び出てきた蛇の側頭部を蹴ってカウンターを食らわす。

「そんなこともできるとは多彩だな。他に何が出来るのか見せてくれよ」

 奇襲も通用しないと分かったキングキメラは、いよいよ種族魔法を使うつもりなのか体の周りに魔力が集まっていくのが感じられた。

「いいね。そうこなくちゃ」

 キングキメラが何をしてくるのかワクワクしながら待っていると、獅子の頭が大きく口を開け、そこに魔力が収束していく。

「ガアァァァア!!!」

 獅子が大きく咆哮をすると、それが魔力を帯びて衝撃波となり、地面を抉りながら迫ってくる。

「これは流石に無理だな」

 今の俺では、まだこの衝撃波を正面から受けることはできないと判断し、地面を蹴って距離を取る。

 しかし、いつの間に動いたのか分からないが、避けてキングキメラを見ようとした時にはやつの山羊頭が俺の目の前にあり、ギラリと目が光る。

 すると、当然あたりは業火で赤く染まり、目の前には主人公とアイリスたちが立っていた。

(これは?)

「お前は人間じゃない!人間だったらこんな事は出来ないはずだ!世界の平和のためにも、お前にはここで死んでもらう!」

「ルイス様がいなければ、こんな事にはなりませんでした。あなたは悪です。この世に存在してはいけません」

「君は悪魔だ。この国を滅ぼそうとし、無辜の民を殺した。君はこの世に生きていてはいけない」

「あなたは神の敵です。神の敵であるあなたに生きる価値はございません。ここで死んでください」

 どこかで見た事のある光景、どこかで聞いた事のあるセリフが俺の心を壊そうと容赦なく浴びせられ、主人公は俺にとどめを刺そうと剣を構える。

(あぁ。これは幻覚か)

 おそらくこの幻覚が山羊頭の種族魔法なのだろうが、生憎とこの魔法は俺には通用しない。

(くだらない。今更こんなもので俺の精神をどうこう出来るわけないだろ)

 俺は焼けて声すらも出なくなった喉に魔力で作ったナイフを当てると、主人公たちにニヤリと笑ってやりながら首を掻っ切る。

 そして目を覚ますと、俺にとどめを刺そうと足を振り上げていたキングキメラが視界に移り、俺はその足をイグニードで切り落とす。

「ガアァァァァア!!!?」

 俺の意識が復活すると思っていなかったのか、驚きと前足を切り落とされた痛みでキングキメラが鳴き喚く。

「うるせぇな。もう少し遊んでやるつもりだったが、さっきの幻覚のせいで機嫌が悪いからもう終わらせてやるよ」

 手に握っているイグニードにこれまで以上に魔力を流し込み、さらに足にのみ白雷天衣を付与すると、一瞬のうちにキングキメラの懐へと入り込む。

 そして、残った足を切り落とし、山羊の頭を切り落とし、残った獅子の頭も切り落とす。

 刹那の間に絶命へと至ったキングキメラは、支えを無くしたその大きな体を地面へと横たえる。

「ふぅ…よし。さっそく魔力器官をいただくかぁ」

 さっきは懐かしい記憶に少しだけ苛立ってしまったが、すぐに気持ちを切り替えて腰から解体用のナイフを取り出すと、キングキメラの腹を裂いて魔力器官を取り出す。

「んじゃ、いただきます」

 最近ではこの魔力器官を生で食べるのにもだいぶ慣れ、今では特に何も感じる事なく食べれるようになった。

 俺が魔力器官を食べ終え、体内で瞬時にキングキメラの魔力を自身のものに適応させると、帰ろうかと思い振り返る。

「…あ」

 しかし、そこには何故か逃げる事なく最後まで俺たちの戦いを見て涙目となっているアイリスと、唖然とした様子の護衛たちがいる事に気がつき、俺は更なる面倒ごとの予感に戦闘とは違う疲労を感じるのであった。





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