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冒険編

諦めない

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 フィエラに助けてもらってからしばらくすると、ようやく落ち着いた私は彼女から離れて腰を下ろす。

「フィエラ、助けてくれてありがとう」

「気にしなくていい」

 彼女はそう言うと、じーっと広い草原の向こうを眺め続ける。

「そういえば、今日はあなた1人なの?」

「ううん。エルと一緒に来た」

「あら?それなら彼はどこにいるの?」

「向こう」

 どうやらフィエラとエイルは今は別れて行動しているらしく、フィエラはエイルが戻ってくるのを待っているようだった。

「女の子をこんなところに1人で残して、何をしているのかしらね」

 それから数分間、フィエラと2人で地面に座ってじっとしていると、不思議そうな表情でエイルが戻って来た。

「何でこいつがいるんだ」

「そこで拾った」

 フィエラが簡潔に私のことを説明してくれるが、逃げていたと認めるのが少しだけ恥ずかしくて嘘をついてしまうと、墓穴を掘ってぼっちエルフなんて言われてしまった。

「ちゃんと友達がいるわ!ほら!」

 慌てて否定するようにドーナを召喚すると、エイルは少しだけ驚いた顔をしてドーナを見る。

 ドーナは珍しくくるりと回って挨拶をすると、あろうことかルイスに自身の頭を触らせた。

(うそ…ドーナが触らせているわ)

 精霊は基本的にプライドが高く、また自分たちが守護している自然のことを非常に大切にしている。

 そのため、自然を破壊する多種族の事を嫌っており、特に人族の事が大嫌いな子たちも多くいた。

 ドーナもあまり人族が好きではなく、それが理由でドーナが他の街で人を拒否してしまったためパーティーを組めない時もあった。

 しかし、今はエイルに甘えるように撫でられており、どこか幸せそうにすらしていた。

(もしかしたら、エイルたちとならパーティーが組めるかもしれないわ)

 彼らには彼らの目的があると諦めていた可能性だが、ドーナがここまで懐くのは珍しい事なので声をかけてみる事にした。

 しかし、私のお願いはあっさりと断られてしまい、しかも同じランクだと思っていた彼らは私よりも遥か上にいる強者だった。

 それでも、この機会を逃したくなかった私は何とか自分の価値を示そうとするが、その前にエイルから邪魔だと言われてしまい、言葉を発する事ができなかった。

 フィエラならエイルを説得してくれるかもしれないと彼女の名前を呼ぶが、フィエラはエイルの判断に従うらしく何も言ってはくれなかった。

 これまでも何度も断られてきたせいで心が弱っていた私は、情けなくもその場で泣いてしまい、そんな私を見たエイルが近くに座って話しかけてくる。


「なぁ。なんでそんなに俺たちと一緒に行きたいんだ?」

 エイルは本当に理由が気になるだけなのか、何気ない感じで理由を聞いてくるので、私は自分がずっと感じていた寂しさについて語る。

 エイルが私の話を聞いてくれた事で、もしかしたらと淡い期待を抱くが、彼は真剣な表情で改めて私の同行を拒否する。

 私が何故なのか理由を尋ねると、エイルは私に一つの質問をしてくる。

「そうだな。一つ聞くが、お前は死ぬ事は怖いか?強くなるためな命を賭けられるか?」

 しかし、彼からの質問の意図を理解する事ができず、私は素直に死ぬ事が怖いと、強くなるためだけに命をかける事はできないと答える。

「そうだよな。それがお前と俺らの違いだ。俺たちは死ぬ事に対して恐怖は無い。戦う時はいつも死ぬ気で戦うし、いつ死んでもいいように覚悟も決めてる。強くなるためなら命だって平気で賭ける。
 だが、お前にはその覚悟が無い。俺らと同じ所を見れていない。

 これが俺らとお前の違いだ。分かったか?」

 彼は当然だよなという顔をしながら今度は自身の考えを教えてくれるが、私にはその考えを理解することも共感することもできなかった。

 エイルは困惑している私から視線を外すと、後ろにいるフィエラの方へと向いてしまう。

「お前の求める仲間なら、探してればそのうち出来るだろうよ。んじゃな」

「ばいばい」

 彼らはその言葉を最後に、私のことを一度も振り返らずにダンジョンの奥へと消えていった。




 エイルたちがいなくなった後、私は近くにあった転移魔法陣でダンジョンの外へと戻り、ふらふら歩きながら借りている宿屋へと帰ってきた。

 静かな部屋の中、私はベットに座りながらエイルから言われた言葉について考える。

「死ぬ覚悟…」

 私が国を出たのは、仲間を作って御伽話の勇者のように冒険するためであり、1人が寂しくて友達を作るためだった。

 そこには彼らのように死に対する覚悟などは一切なく、ただ楽しく生きたいという思いだけだった。

 だが、普通に考えれば冒険者は命懸けの仕事であり、いつも死と隣り合わせなのだ。
 昨日一緒に笑っていた仲間が、翌日には死ぬなんてことはよくある話で、私の考えがどれほど甘いものだったのか思い知らされる。

(死ぬ覚悟はまだ持てないにしても、いつ死んでもおかしくないって気持ちだけは持っておかないとダメね)

 自分の甘さを認識した私は、明日からのダンジョン攻略をこれまで以上に危機感を持って頑張ることに決め、その日は眠りにつくのであった。




 翌日。私はいつものようにダンジョン攻略を始めるため、5階層へと転移する。

「ドーナ、今日も頑張りましょうね」

 私がドーナを召喚して話しかけると、彼女はクルクルと回ってやる気を表してくれる。

 私も気合を入れて歩き出そうとした時、転移魔法陣が光って1人の女の子が転移して来た。

「ん?シュヴィ?」

「あら?フィエラ?」

 転移して来たのは昨日も私を助けてくれたフィエラで、今日は何故か彼女1人でダンジョンへと来ていた。

「どうしてフィエラが?てっきり10階層まで行ったのかと思っていたのだけれど」

「ん。昨日10階層まで行った。でも、今日は1人だから5階層から攻略しようかと思って」

 確かに、今日は一緒にいるはずのエイルの姿はどこにもなく、彼女1人が装備を整えてこの場所に来ていた。

「エイルはどうしたの?」

「確認したいこともしたから、今日は行かないって部屋で寝てる」

 フィエラはそう言うと、何故か少しだけ幸せそうな表情でふわふわの尻尾を左右に揺らす。

「そうなのね。1人で行かされて嫌だったりはしないの?」

「全然。エルはやりたい事をやって、休みたい時に休むのがいい。私はエルのやりたい事をやらせてあげたいから、嫌だとかは感じない」

 彼女の言葉には、エイルに対する確かな愛情が感じられ、フィエラがどれほど彼を愛しているのかが伝わって来た。

 だからこそ、私は気になってしまう。エイルは昨日、死に恐怖はないと、いつでも死ぬ覚悟ができていると言っていた。

 それに対して、フィエラは何も感じる事は無いのだろうか。

「ねぇ、フィエラ」

「なに?」

 ダンジョンの中を2人で歩きながら、私は気になった事をフィエラに尋ねる。

「あなたは昨日のエイルの話を聞いてどう思ったの?彼はかなり危ういと思うの。まるで死にたがっているような、そんな雰囲気が彼からは感じられたわ。あなたは、愛してる人が死ぬかも知れないのに何も思わないの?」

「私はエルが何を望み、どこを目指していようとそばにいる。戦っている時も、だらけている時もずっといる。彼が死を望むなら、私が彼の死を見届ける。そしたら私も死ぬつもり」

 フィエラは何の迷いもなくそう言い切ると、彼女の瞳には揺るぎない意志が感じられた。

「あなたは死ぬ事が怖くないの?家族だっているでしょう?その人達はどうするの」

「家族には悪いと思う。でも、人生は一度きりだから、私は私の生きたいように生きるつもり。それに、死ぬことよりも私の知らないところでエルを失うことの方が怖い」

「私には…理解できないわ」

 エイルの考え方も異常であるとは思っていたが、彼女も彼女でエイルに対する愛が異常なほどに重く、私には到底理解できるものではなかった。

「理解して欲しい訳じゃない。人の考え方は人それぞれだし、愛の形も人それぞれ。
 ただ私は、自分の命より大切な人を見つけただけ。自分の全てを賭けてでもそばにいたい人を見つけただけ。ただそれだけだよ」

(自分の命よりも大切な人…)

 私は人を好きになった事は無かったし、家族も長生きしているためか愛情などの感情は薄かった。

 だから、私にはフィエラの言う自分の命よりも大切な人という感覚が分からず、考え込むようにして歩みを止める。

(好きという感情が何なのかは分からないけれど…でも、エイルと一緒にいるのは楽しかったわね)

 私に対する扱いが雑ではあるが、料理は上手だし、何だかんだで面倒見も良い。

 私が泣いた時もちゃんと話を聞いてくれたし、彼といる時間は少しだけ楽しかった。

 それに、何故かは分からないがこの出会いを逃すと、私は今後大切な何かを失いそうな気がしたのだ。

「フィエラ。やっぱり私、もう一度エイルにお願いしてみるわ。あなたにとっては邪魔かも知らないけれど、何だかこの出会いを逃しちゃいけない気がするの」

「ん。別に構わない。私たちは明後日にはこの街を出るから、それまでに来るといい」

「わかったわ!」

 その後、フィエラと2人で10階層まで攻略した私たちは、転移魔法陣を使って外へ出ると、お互いの宿へと帰るのであった。


 ちなみに、フィエラの強さは圧倒的で、私は彼女の移動について行くのがやっとだったのは言うまでもない話だった。




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