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冒険編
師弟
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(まさか…この時期だったとはな)
ヴィオラと名乗った女性は30代前後の見た目に黒い髪を肩あたりで切り揃え、オレンジ色という珍しい瞳の色をした美しい人だった。
(そうか。こんな瞳をしていたのか)
「どうかしたのかい?私の顔に何かついているかな?」
「いえ。何でもありません」
俺が彼女のことを見過ぎたせいか、ヴィオラは少し不思議そうな顔をしており、フィエラは俺のことをただじっと見てくる。
(はぁ。まさか俺にこの技を教えてくれた本人とこんなところで会えるとはな)
俺は過去を懐かしみながら、彼女と出会った時のことを思い出す。
あれは九周目の人生の時、とある理由で学園を二年目の時に抜け出し帝国内を巡っていた俺は、西にある街で一人の女性と出会った。
その時に出会った女性はボロボロのローブを着ており、乱雑に伸ばされた黒い髪と目元を布で隠しているのがとても印象的な人だった。
最初はただの浮浪者かとも思ったが、彼女の佇まいには強者としての風格があり、どこか目の離せない雰囲気のある人だった。
その時、俺は酷く心が疲れてしまっていたので、目が見えないにも関わらず強者の風格がある彼女に妬み感じ、八つ当たり気味に勝負を挑んだ。
俺はこれまで様々な経験をしてきたし、いろんな魔物とも戦ってきた経験があったから、目が見えない相手など簡単に勝てるだろうと思っていたのだが、結果は惨敗。
俺はあっさりと地面を何度も転がされ、腕や肋骨なども折られ、肺に肋骨が刺さる程度には瀕死の状態となった。
「ほら。これで回復するといい」
彼女はそう言うと、俺に向かって回復ポーションを投げよこしてくる。
俺はそれを受け取ると、警戒しながらもポーションを飲んで回復し、まだ少し痛む体を起こした。
そして、戦闘中に気になったことを俺は思わず彼女に尋ねる。
「何でそんなに強いんだよ。目が見えないんじゃないのか?」
「あぁ。見えないとも。しかし、目が見えなくとも他の感覚がそれを補ってくれる。
もちろん見えることに越したことはないが、空間を把握したり、殺気を感知するだけなら目が見えなくとも可能なのさ。いや、寧ろ見えない方がより感知しやすくなる」
「ふーん。そうなのか」
俺はこれまで専門的に戦いをしてきたことは無かったが、それでも彼女の言っていることが並外れた実力者の感覚であることだけはわかった。
「なぁ。あんたみたいな強者がなんで浮浪者みたいな格好をしてるんだ?」
「はは!ずいぶん遠慮なく聞くんだね。そうだね。簡単に言えば、私が弱かったのさ」
「弱かった?あんたがか?」
「私も最初から強かったわけじゃない。最初は目も見えていたし、仲間と一緒にダンジョンを攻略しながら冒険者をやっていた。
けれど四年ほど前。とあるAランクダンジョンを攻略していた時に戦ったボスがとても厄介な能力を持っていてね。
その時に仲間は私以外全滅し、私も自分だけが助かった罰なのか、戦闘中の負傷で視力を失った」
「その魔物の厄介な能力って?」
「消えるのさ。まるで煙のようにね。図体はバカでかいはずなのに、何故か突然姿が消えて、気づいた時には目の前にいる。本当に厄介な能力だったよ」
「それで?その魔物はどうしたんだ?」
「ふっ。私が殺してやったよ。と言っても、ダンジョンだからすぐに復活しただろうけどね。皮肉な話だ。奴のせいで視力を失ったのに、そのおかげで奴の動きが捉えられるようになって倒せたのだから」
彼女はそう言うと、自虐の籠った笑みで悲しそうに笑う。それはまるで、彼女の失ったものの大きさを表しているようだった。
「大切な仲間だったんだな」
「あぁ。本当に良い子たちだった。みんなで頑張ってようやくAランク冒険者になったのに、私が判断を誤ってしまった。まだあの時に挑むべきじゃなかったのに…」
ここまで淡々と話していた彼女だが、この時だけは本当に悲しそうで、なのに悔しさや後悔といった感情は感じられなかった。
「目を治したいとは思わないのか?過去に戻れるならやり直したいとは?」
「…思わないね。人は失ってからそれの大切さに気づき後悔するけれど、私から言わせたらその感情は間違っている。
人は大切なものを失ってからああしていれば、こうしていればなんて後悔をするが、逆に大切なものを失わなければその後悔すら感じない。
だからその時に考えたああしていれば、こうしていればという考えも、ただ現実を受け入れたくないがための我儘だ。
私は大切な仲間を失い、視力すらも失った。もう何もない。けど、失ったからこそ得たものがある。見えないからこそ見えるものがある。
なら、私はその今を受け入れて生きて死ぬ。失ってから後悔をしたって、過去は変わらないのだからね。それが私にできる失ったものたちへと最大限の弔いさ」
彼女の考えを聞いた俺は、素直に美しくて綺麗だと思った。
確かに彼女の言う通り、いつもそばにある大切なものを失って初めて後悔する事はあるが、失わなければ一生大切だということにも気づかず、そのまま生涯を終えるかもしれない。
だが、それは人生が一度きりであるが故に得られる考え方であり、俺のように何度も死に戻りをし、変わらぬ現実に打ちのめされた者としては、やはり後悔や恨みといった感情はそう簡単に捨てきれそうには無かった。
「ダンジョンの名前は?」
沈んでしまった自身の感情を切り替えるため、俺は彼女をこんな風にしたダンジョンの名前について尋ねる。
「ダンジョンの名は海底の棲家。湾岸都市ミネルバにあるAランクダンジョンだ」
その後、彼女の強さに興味を持った俺は、彼女から様々な戦い方を教わり、ここで初めて強者と戦うことや強くなることを楽しいと感じた。
これが俺とヴィオラ、短い期間の師弟の出会いだった。
「エル。そろそろ行こう」
「…あぁ。そうだな」
ヴィオラと会ったことで、つい昔のことを思い出してしまった俺は、壁を背にしながらもあまり休めずにいた。
(あんな風に笑ってる彼女を見るのは初めてだな)
彼女のパーティーはどうやら全員が女性のようで、ヴィオラはその仲間たちと楽しそうに会話をし、今度は真剣な顔で作戦を立てているようだった。
そして、チラッと聞こえた話ではこのまま30階層のボスを目指すらしく、彼女らは疲れた表情ながらもやる気に満ちていた。
俺はそんな彼女たちを横目に見ながら、フィエラと2人で転移魔法陣のある部屋を出ると、これまでと同じように目隠しをしてトラップを避けながら進んでいき、26階層へと続く道を見つけた。
「帰ろう、エル」
「…あぁ」
俺は返事をするが、すぐに下層へと続く道から離れることができず、じっとその方向だけを眺める。
「気になる?」
「ん?」
「さっきの人たち。これからこの先に行くみたいだし、気になるの?」
「……」
「エルの好きなようにしていい。私はついて行くから」
「…すまないな。ありがとう」
どうしてもヴィオラのこの後が気になってしまった俺は、結局フィエラに気を遣ってもらう形で自分のやりたいようにやらせてもらうことにした。
それからしばらく待つと、さっきとは違い真剣な雰囲気であたりを警戒しながらヴィオラのパーティーがやってくる。
「おや?どうしたんだい、こんな所で」
「突然すみませんが、俺らもボス部屋まで同行させて貰えませんか?」
「君たちを?」
「はい。足は引っ張らないようにしますし、フィエラがいればトラップの警戒もだいぶ楽になると思いますが、どうでしょうか」
「ふむ。少し仲間と話させてもらっても?」
「えぇ。問題ありません」
俺がそう答えると、ヴィオラたちは5人で集まり話し合う。
そして、1分ほど待つと話がまとまったのか、ヴィオラが俺らの方へと振り向いた。
「ボス部屋の前までであれば、同行してもらっても構わない。ただ、さすがにボスは別々で頼むがそれでもいいかい?」
「はい。いきなり連携なんて組めませんし、最初からこちらもそのつもりだったので問題ありません」
「わかった。なら、道中はよろしく頼むよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ヴィオラに同行する許しを得た俺たちは、本来の計画とは違い、この日のうちに30階層のボス部屋へと向かうのであった。
ヴィオラと名乗った女性は30代前後の見た目に黒い髪を肩あたりで切り揃え、オレンジ色という珍しい瞳の色をした美しい人だった。
(そうか。こんな瞳をしていたのか)
「どうかしたのかい?私の顔に何かついているかな?」
「いえ。何でもありません」
俺が彼女のことを見過ぎたせいか、ヴィオラは少し不思議そうな顔をしており、フィエラは俺のことをただじっと見てくる。
(はぁ。まさか俺にこの技を教えてくれた本人とこんなところで会えるとはな)
俺は過去を懐かしみながら、彼女と出会った時のことを思い出す。
あれは九周目の人生の時、とある理由で学園を二年目の時に抜け出し帝国内を巡っていた俺は、西にある街で一人の女性と出会った。
その時に出会った女性はボロボロのローブを着ており、乱雑に伸ばされた黒い髪と目元を布で隠しているのがとても印象的な人だった。
最初はただの浮浪者かとも思ったが、彼女の佇まいには強者としての風格があり、どこか目の離せない雰囲気のある人だった。
その時、俺は酷く心が疲れてしまっていたので、目が見えないにも関わらず強者の風格がある彼女に妬み感じ、八つ当たり気味に勝負を挑んだ。
俺はこれまで様々な経験をしてきたし、いろんな魔物とも戦ってきた経験があったから、目が見えない相手など簡単に勝てるだろうと思っていたのだが、結果は惨敗。
俺はあっさりと地面を何度も転がされ、腕や肋骨なども折られ、肺に肋骨が刺さる程度には瀕死の状態となった。
「ほら。これで回復するといい」
彼女はそう言うと、俺に向かって回復ポーションを投げよこしてくる。
俺はそれを受け取ると、警戒しながらもポーションを飲んで回復し、まだ少し痛む体を起こした。
そして、戦闘中に気になったことを俺は思わず彼女に尋ねる。
「何でそんなに強いんだよ。目が見えないんじゃないのか?」
「あぁ。見えないとも。しかし、目が見えなくとも他の感覚がそれを補ってくれる。
もちろん見えることに越したことはないが、空間を把握したり、殺気を感知するだけなら目が見えなくとも可能なのさ。いや、寧ろ見えない方がより感知しやすくなる」
「ふーん。そうなのか」
俺はこれまで専門的に戦いをしてきたことは無かったが、それでも彼女の言っていることが並外れた実力者の感覚であることだけはわかった。
「なぁ。あんたみたいな強者がなんで浮浪者みたいな格好をしてるんだ?」
「はは!ずいぶん遠慮なく聞くんだね。そうだね。簡単に言えば、私が弱かったのさ」
「弱かった?あんたがか?」
「私も最初から強かったわけじゃない。最初は目も見えていたし、仲間と一緒にダンジョンを攻略しながら冒険者をやっていた。
けれど四年ほど前。とあるAランクダンジョンを攻略していた時に戦ったボスがとても厄介な能力を持っていてね。
その時に仲間は私以外全滅し、私も自分だけが助かった罰なのか、戦闘中の負傷で視力を失った」
「その魔物の厄介な能力って?」
「消えるのさ。まるで煙のようにね。図体はバカでかいはずなのに、何故か突然姿が消えて、気づいた時には目の前にいる。本当に厄介な能力だったよ」
「それで?その魔物はどうしたんだ?」
「ふっ。私が殺してやったよ。と言っても、ダンジョンだからすぐに復活しただろうけどね。皮肉な話だ。奴のせいで視力を失ったのに、そのおかげで奴の動きが捉えられるようになって倒せたのだから」
彼女はそう言うと、自虐の籠った笑みで悲しそうに笑う。それはまるで、彼女の失ったものの大きさを表しているようだった。
「大切な仲間だったんだな」
「あぁ。本当に良い子たちだった。みんなで頑張ってようやくAランク冒険者になったのに、私が判断を誤ってしまった。まだあの時に挑むべきじゃなかったのに…」
ここまで淡々と話していた彼女だが、この時だけは本当に悲しそうで、なのに悔しさや後悔といった感情は感じられなかった。
「目を治したいとは思わないのか?過去に戻れるならやり直したいとは?」
「…思わないね。人は失ってからそれの大切さに気づき後悔するけれど、私から言わせたらその感情は間違っている。
人は大切なものを失ってからああしていれば、こうしていればなんて後悔をするが、逆に大切なものを失わなければその後悔すら感じない。
だからその時に考えたああしていれば、こうしていればという考えも、ただ現実を受け入れたくないがための我儘だ。
私は大切な仲間を失い、視力すらも失った。もう何もない。けど、失ったからこそ得たものがある。見えないからこそ見えるものがある。
なら、私はその今を受け入れて生きて死ぬ。失ってから後悔をしたって、過去は変わらないのだからね。それが私にできる失ったものたちへと最大限の弔いさ」
彼女の考えを聞いた俺は、素直に美しくて綺麗だと思った。
確かに彼女の言う通り、いつもそばにある大切なものを失って初めて後悔する事はあるが、失わなければ一生大切だということにも気づかず、そのまま生涯を終えるかもしれない。
だが、それは人生が一度きりであるが故に得られる考え方であり、俺のように何度も死に戻りをし、変わらぬ現実に打ちのめされた者としては、やはり後悔や恨みといった感情はそう簡単に捨てきれそうには無かった。
「ダンジョンの名前は?」
沈んでしまった自身の感情を切り替えるため、俺は彼女をこんな風にしたダンジョンの名前について尋ねる。
「ダンジョンの名は海底の棲家。湾岸都市ミネルバにあるAランクダンジョンだ」
その後、彼女の強さに興味を持った俺は、彼女から様々な戦い方を教わり、ここで初めて強者と戦うことや強くなることを楽しいと感じた。
これが俺とヴィオラ、短い期間の師弟の出会いだった。
「エル。そろそろ行こう」
「…あぁ。そうだな」
ヴィオラと会ったことで、つい昔のことを思い出してしまった俺は、壁を背にしながらもあまり休めずにいた。
(あんな風に笑ってる彼女を見るのは初めてだな)
彼女のパーティーはどうやら全員が女性のようで、ヴィオラはその仲間たちと楽しそうに会話をし、今度は真剣な顔で作戦を立てているようだった。
そして、チラッと聞こえた話ではこのまま30階層のボスを目指すらしく、彼女らは疲れた表情ながらもやる気に満ちていた。
俺はそんな彼女たちを横目に見ながら、フィエラと2人で転移魔法陣のある部屋を出ると、これまでと同じように目隠しをしてトラップを避けながら進んでいき、26階層へと続く道を見つけた。
「帰ろう、エル」
「…あぁ」
俺は返事をするが、すぐに下層へと続く道から離れることができず、じっとその方向だけを眺める。
「気になる?」
「ん?」
「さっきの人たち。これからこの先に行くみたいだし、気になるの?」
「……」
「エルの好きなようにしていい。私はついて行くから」
「…すまないな。ありがとう」
どうしてもヴィオラのこの後が気になってしまった俺は、結局フィエラに気を遣ってもらう形で自分のやりたいようにやらせてもらうことにした。
それからしばらく待つと、さっきとは違い真剣な雰囲気であたりを警戒しながらヴィオラのパーティーがやってくる。
「おや?どうしたんだい、こんな所で」
「突然すみませんが、俺らもボス部屋まで同行させて貰えませんか?」
「君たちを?」
「はい。足は引っ張らないようにしますし、フィエラがいればトラップの警戒もだいぶ楽になると思いますが、どうでしょうか」
「ふむ。少し仲間と話させてもらっても?」
「えぇ。問題ありません」
俺がそう答えると、ヴィオラたちは5人で集まり話し合う。
そして、1分ほど待つと話がまとまったのか、ヴィオラが俺らの方へと振り向いた。
「ボス部屋の前までであれば、同行してもらっても構わない。ただ、さすがにボスは別々で頼むがそれでもいいかい?」
「はい。いきなり連携なんて組めませんし、最初からこちらもそのつもりだったので問題ありません」
「わかった。なら、道中はよろしく頼むよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
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