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あの日あの場所で
しおりを挟む── 雲ひとつ無い晴天の空の下、風が吹き、季節外れな桜の花が舞う。
どこかの丘のうえ
自分が草を踏む音がきこえる。
私が…いや、誰かが丘を登っているのだ。
視界の先には鮮やかな桜色をした、大きくて立派な桜の木が佇んでいた。
気づくと、目の前に誰かがいた。
目の前の人は今にも消え入りそうな顔をしている。
儚くて、朧気な表情…どことなく誰かに似ている。
思うように体が動かない、またあの夢だ…。
目の前の人が口を開く。
その口を開く瞬間は、世界が止まって見えた。
「見つけてくれてありがとう、貴方と逢えて本当に良かった…」
何度も聞いた。
それなのにこの言葉は毎回私の心に深く突き刺さる。
私をここに留めようとしてくる。
この言葉を聞くといつも私はこう思う。
「この人は誰かに恋をしていたのかな」と。
目の前の人が風に吹かれ、髪がなびいた。
「私は貴方がいたから、善人になれた」
「貴方がいてくれたから、私はここにいれた」
「だから…きっと、ずっと忘れない」
「何年、何十年、何百年経っても私は貴方に逢いに行く」
「今度は私が貴方を見つける番なの…」
この言葉を聞いた瞬間、涙を流した。
いつも聞くあの言葉に続きはあったんだ…
目の前の人はずっと誰かを探しているんだ…
私はそう思った。
「生まれ変わっても…待ってる、私を見つけて」
誰かが…いや、私が口を開いた。
そして、二人は抱きしめ合う。
この人は……この人は……
ずっと、ずっと探していた──。
「沙耶華…」
と呟いた時には、私はもう夢から覚めていた。
「おはよう葵井さん」
「三時間くらい寝ていたわよ」
彼女の声を聞き一瞬で理解した。
私はムクリと起き上がり、座り直した。
「私…夢を見たの」
「そう…言っていた夢?」
「うん、桜の木の下で誰かと一緒にいる夢」
彼女の顔をまじまじと見つめた。
「私…思い出した…その誰かを」
「やっと…思い出せた…」
「遅くなってごめん…沙耶華」
「私を…見つけてくれてありがとう」
私がそう言った途端、彼女は泣き崩れた。
その様子はまるで幼く、泣きじゃくる子供のようだった。
部屋全体に彼女の全てを絞り出すように泣く声が響き渡る。
「やっと…やっと…思い出したのね」
「うん、もう…この手を離さない」
私は彼女をそっと包み込むように優しく抱きしめた。
「待っててくれてありがとう」
彼女は私の胸で涙を流している。
私は彼女の背中を優しく撫で下ろし、呼吸を落ち着かせる。
「落ち着いた…?」
「ええ…大丈夫よ」
私達は互いに向かい合い、顔を見つめ合う。
「改めて、久しぶり…沙耶華」
「…久しぶり、蘭」
「ふふっ、蘭…蘭…」
「ずっとこうやって名前を呼びたかった」
彼女は幼い子供のように笑顔を見せた。
その表情に応えるべく、私も笑顔になる。
そうして私は目を瞑り、彼女の顔に寄せる。
お互いの唇を合わせ、温かく、甘い、キスをした。
その唇はとても柔らかく、心地の良いものだった。
彼女の顔には恍惚とした表情が浮かんでいた。
「…本当に…嬉しい」
「私もだよ」
「好きよ…蘭」
「私もだよ…」
コンコンコン…とドアをノックする音が響いた。
多分、篝さんだろう。
「いいわよ」
「失礼します、ご友人の方はもうお帰りになられますか?」
「篝、友人じゃなくて恋人よ」
その言葉を聞いた瞬間、思わず笑みが零れた。
そうだ、私たちは随分と昔から恋人なんだ。
「そうですか、失礼しました」
篝さんの顔からも笑みが零れていた。
「今日は泊まっていって」
「うん…分かった」
「泊まらせて貰うね」
「そういう事で篝、よろしくね」
「承知しました、それでは失礼致します」
私たちはお互いの顔を見つめ合い、たくさん笑い合った。
その笑い声は天にまで届く程響き渡った。
私達は今、世界で一番幸せな時間を過ごしている。
何にも変えられない、世界で一番幸せな時間…。
窓の外を見ると、空は朱色に染まっていた。
「もうこんな時間なんだ」
「時が流れるのは早いわね」
「うん、そうだね」
「ねぇ、沙耶華」
「どうしたの?」
「どれくらいの時間、私を探してくれてたの?」
「そうね…150年くらいかしら」
「そっか…そんなに探してくれてたんだ」
「ありがとう…見つけてくれて」
「ええ…」
それから私たちは昔の事や、思い出話をした。
150年分の思いが詰まった話を──。
「私たちが最初に出逢った、あの場所、あの桜ってまだあるのかな」
「さぁ、どうかしら」
「私もそこの記憶が抜けてて分からないわ」
二人で首を傾げていると彼女が手のひらを叩き口を開いた。
「そうだわ、今度の連休に探しに行きましょう」
「何か手掛かりはあるの?」
「無いけど…貴方とどこかに行きたくて…」
彼女の顔が真っ赤になっていた。
その顔は昔を思い出させる。
「そういう事なら私も…行きたい」
「ふふっ、じゃあきまりね」
「あ、そうだ」
「お父さんに泊まること言わなきゃ」
「電話して来るね」
「ええ、分かったわ」
私は足早に部屋を出て、ポケットからスマホを取り出した。
「お父さん、出るかな…」
廊下に規則的で無機質な着信音が響き渡る。
「もしもし?どうした蘭」
「あ、お父さん」
「今日、友達の家に泊めてもらうね」
「友達って、一華ちゃんか?」
「ううん…最近知り合った子」
「ふーん…そうか、あんまり迷惑かけるなよ」
電話の向こうからはキーボードをカタカタと叩く音が聞こえる。
「着替えとかはどうするんだ?」
「あ、確かに…」
「一回取りに帰るよ」
「そうか、父さんはまだ仕事だから戸締りはしっかりな」
「はーい」
電話の向こうから男の人の声が聞こえる。
おそらく仕事仲間だろう。
「じゃあもう切るぞ」
「うん、ありがとう」
私が電話を切ると同時に階段から篝さんが上がってくるのが見えた。
篝さんからはいい匂いがした。
「取り込み中でしたか?」
「いや大丈夫です」
「そうですか、お食事の準備が出来ましたよ」
「ありがとうございます」
「お嬢様はお部屋ですか?」
私がコクンと頷くと篝さんはドアをノックした。
彼女が足早に部屋から出てきた。
お腹が空いていたのだろう。
「さっ、早く行きましょう」
私の手を引っ張り、階段を駆け下りた。
部屋の中から美味しそうな匂いが漂っている。
彼女は白く、美しい目を輝かせていた。
「篝の料理はすっごく美味しいのよ」
「そうなんだ、楽しみ」
テーブルにはご馳走が並んでいた。
「今日はいつもより腕を振るいましたよ」
「特にこのスープは良い出来です」
「いただきます」
「……美味しいっ!」
「このスープすっごく美味しいです!」
「そう言って貰えて何よりです」
私はペロリと平らげると食器の後片付けを手伝った。
彼女はまだ食べている。
一口がハムスターのように小さくて可愛らしい。
「蘭は昔から食べるのが早いわね」
「沙耶華は昔から一口がちっちゃくて可愛いね」
彼女は少し顔を赤くしながら食べ続けた。
「そうだ一回家に帰って、着替えとか持ってくるね」
「あら、私の貸してあげるわよ?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そう…」
「じゃあ篝、車を出してあげて」
「分かりました」
「では行きましょうか」
「ありがとうございます」
外は少し蒸し暑かった。
ふと見上げると真っ黒な空に星々がキラキラと輝いていた。
「今日はいい天気でしたからね、星が良く見えます」
「すっごい綺麗ですね」
「さぁこちらへ」
篝さんが扉を開けてくれた。
いかにも高そうな車に乗り込んだ。
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ」
車窓から外の景色をぼーっと、眺めていた。
今日は凄く濃い一日だった。
でもあの夢の意味が分かって良かった。
「あ、この辺で降ろしてもらって大丈夫です」
「ここからの道は狭いんで…」
「そうですか、では失礼します」
車を家の近くまで停めてもらい小走りで家に戻った。
ここの道は真っ暗で少し怖い。
一応は住宅街なのだが、街灯が少ない。
少しすると、青い屋根の一軒家が見えた。
我が家だ。
鍵を開け、中へと足を踏み入れる。
家の中は静寂に包まれていた。
「そうだ、お父さんのご飯どうしよう」
母がいない我が家は私が食事を作っている。
かれこれ、10年はそうだ。
「パパっと作っちゃおう」
「篝さんも待たせてるし」
先におにぎりやら、何やらを作り泊まる準備をした。
急いで家を出ると篝さんが車に寄りかかっていた。
口に何かを咥えているのが見えた。
暗闇の中だったので私が近づいているのに気づいていなかった。
「篝さんってタバコ、吸うんですね」
「あっ、いや…これは…えーと」
慌てふためいている。
先程の篝さんとは想像もつかない程動揺していた。
「…お嬢様には、内緒にして頂けますか…?」
「心配しなくても大丈夫ですよ」
「私、口は固いので!」
「ふふっ、ありがとうございます」
「コホンっ、では行きましょうお嬢様が待ってます」
あまり会話は無かったが、気まづくはならなかった。
雰囲気が沙耶華に似てるからなのかな
「お帰りなさい、蘭」
その言葉を聞いた私は少し嬉しくなった。
いつもこの言葉を言うのは私だったから…
「少し汗かいちゃったから、先にお風呂入ってもいい?」
「ええ、気にしないでゆっくりしてきて」
「ありがとう」
「お風呂場はそこを左に行って真っ直ぐ行けば着くわ」
「うん、分かった」
私は驚愕した。
ある程度想像はしていたがそんな範疇に収まる物じゃ無かった。
とてつもなく広かった。
「何これ…銭湯?」
「広すぎて逆に怖い…」
広い浴槽に比べ蛇口が一つしかない。
「めっちゃ違和感…」
「こんな広いお風呂、独り占めしちゃって良いのかな」
シャワーで、汗を流し頭を洗う。
洗顔をする。
鼻歌を歌いながらトリートメントをする。
体を洗う。
そして湯船に浸かる。
とても心地が良い…。
私は肩まで浸かる。
全身が幸福感に包まれ、溶けそうになる。
「はぁ~幸せ…」
突然、扉が開く音がした。
「わっ、なに…!」
そこには白い髪を束ねた彼女が立っていた。
彼女には羞恥心という物があまり無いらしい。
綺麗で真っ白な肌があらわになっている。
「びっくりした…」
「ふふっ、久しぶりに一緒に入りましょう」
「う、うん」
彼女は一通り済ませると湯船に浸かった。
広いというのに私に擦り寄ってくる。
「近いよ…」
「ふふっ、そうかしら」
二人でしばらく浸かっていると、彼女が顔を近づけてきた。
近づけてきた意味は分かった。
私はそれに応えるように目を瞑る。
「場所を考えて下さい」
「お風呂場はそういう所では無いので」
扉の向こうから篝さんの声が聞こえた。
私は慌てて遠のいた。
「分かってるわよ…」
「少しは弁えて下さい、お嬢様」
「葵井さんもですよ」
「あ、あはは…」
彼女は餌を前にしてお預けを食らった子犬みたいだった。
「ちょっとのぼせてきちゃった…」
「もう出るね」
「じゃあ私も出るわ」
二人で着替え、髪を乾かし合った。
階段を駆け上がり、部屋に入る。
部屋に入るとすぐさま二人はベッドで横になった。
「そうだあの桜の場所、調べようよ」
「ええ、そうね」
二人はしばらくそれっぽいワードを検索していたが一向に出てこなかった。
「せめて何県か分かればいいんだけどなぁ」
「…蘭、もしかしてこれじゃないかしら」
「え、なになに」
彼女のスマホの画面にはこう書かれていた。
──樹齢三千年を超える奇跡の桜──
その桜は都市伝説として語り継がれており、一年中咲き続けていると言われている。その神秘さが奇跡と言われている所以だろう。
私は遂にその奇跡の桜を見つけてしまった。
人影一つとして無い、秘境中の秘境、そんな雄大な自然の中に佇んでいたのだ。
しかし、どうやってこの場所に辿り着いたのか、帰ったのか分からないのだ。
桜を見たという記憶はあるのだが…。
結構怖いな…。
いかがだったかな?私のブログを見たそこの君も行きたくなっただろう?
場所はと言うと青森県のどこかだ!
この奇跡の桜、信じるか信じないかはあなた次第だ!
ブログ 夕顔の噂話より
「な、何このめちゃくちゃな人…」
「でも行ってみる価値はあると思うの」
「青森県かぁ…めっちゃ遠いね…」
「うーん…」
二人で唸りながらも画面を意味もなくスクロールし続ける。
「…ん?」
「どうかしたの?」
「この…夕顔って、どこかで聞いた事あるような…」
「夕顔…夕顔…うーん…」
二人で考えを巡らせながらも、しばらく沈黙していると、彼女がポンと手を叩いた。
「あそこだわ…今日のお昼頃に行った喫茶店よ」
「あ…!そういえば月下さんの所だ!」
「でも…同じ夕顔ってだけで違うかも…」
「それでも、その…月下さん?に聞いてみればいいのよ」
「じゃあ明日聞いてみよっか」
「ええ、そうしましょう」
二人は喉に刺さった小骨が取れたようなスッキリとした表情になった。
私は連休の事で頭がいっぱいになった。
これから何が起こるんだろう…楽しみだな…
「もう0時だね」
「早いわね」
「眠くなってきたよ…」
「ええ、そうね」
二人で大きなベッドに横たわる。
今日は本当に濃い一日だった。
色々な事があって疲れた。
隣からは温もりを感じる。
「あったかい…」
静かに抱きしめ合う。
思い返してみると、くっついている時が多い気もする。
私は彼女の白く美しい髪に手を触れる。
「綺麗だね…」
「昔から変わらないね、この白さ…」
「ええ、そうね…」
「私が何度生まれ変わっても白いままなのは、きっと運命なのよ」
「貴方とまた、巡り逢えたのも運命」
「流転していても、私達は必ず巡り逢える…」
「そんな気がしていたの」
「全てが運命で繋がっていて途切れる事は無くて…」
「こうして隣に居てくれる…」
「故に、故に私は…」
すぅ…すぅ…
寝息が聞こえる。
「…寝ちゃったのね」
「おやすみなさい、蘭」
可愛らしい寝顔にそっと、口付けをする。
「いつまでも一緒よ…」
そうして目を瞑った。
窓の外は沢山の星々が光輝いていた。
まるで星々が二人の出逢いを祝っているようだった。
世界が二人の肩に乗っているかのように、中心として巡り廻っている。
何が振りかかろうとも、きっと誰かが、何かが、守ってくれるだろう。
──外から雀の鳴き声が聞こえる。
雀が起きて、起きてと言っているようだった。
「ん…」
「もう、朝か…」
私はふと、横に目をやる。
美しい寝顔で可愛らしい寝息を立てていた。
私はそっと顔を撫で、起き上がる。
空は綺麗な青で埋め尽くされていた。
所々散りばめられた雲も綺麗だった。
「あ、起きた」
「おはよう沙耶華」
「おはよう…蘭」
彼女が眠そうに目を擦りながらも起き上がる。
「今、何時かしら」
「…今は8時…」
「あら、遅刻ね」
「今日はもういいんじゃない?」
「明日の計画を立てましょう」
「…それもそうだね」
今は学校の事なんて正直、どうでもいい。
それよりもあの場所の方が大切だ。
でも一華が怒りそうだな…
「今日はどうしよっか」
「そうね、とりあえず夕顔に行きましょう」
「うん、そうしよっか」
私たちは出掛ける準備をし始めた。
忙しなくバタバタしている。
「開店は何時からなのかしら」
「えーと…確か9時からだった気がする…」
「そう、丁度いいわね」
「それまで計画を立てましょう」
私たちは篝さんが作ってくれた朝食を軽く済ました。
「ご馳走様でした」
「お二人ともお出掛けになさるんですか?」
「あ、はい…今日は話を聞きにちょっと」
「そうですか、では葵井さんこちらを」
そう言うと篝さんは私の手に紙切れを握らせてきた。
何か書いてある…数字?
「これは私の電話番号です」
「何かあったらこちらに掛けて下さい」
彼女に聞こえないように私の耳元で囁く。
少しくすぐったい。
「篝?何をしているの?」
「いえ、何でもありません」
「そう…」
私たちは部屋に戻り早速、計画を立て始める。
計画と言っても結構ふわふわとした内容になってしまった。
プランA
東京駅に行く
そこから東北新幹線に乗る
新青森駅に到着後、現地の人に話を聞く
それを頼りに探す
プランB
あのブログが月下さんのものだったら、月下さんに連れて行って貰う
「紙に書いてみたけど…結構ふわふわしてるね」
「ええ、そうね…でも仕方ないわ」
気がつけばもう9時になっていた。
「もうこんな時間だ、今出ればちょうどいいかも」
「それじゃあ早く行きましょう」
本当かどうか確かめたくて彼女がウズウズしているのが手に取るように分かった。
かく言う私も内心ワクワク、ドキドキしている。
あの話が本当なら、すぐに見つけれる気がした。
なんの確証もないけど…。
階段を下りると篝さんが立っていた。
「車出しましょうか?」
ずっと待っていてくれたのだろう。
良い人だ。
「ええ、お願いするわ」
「ありがとうございます!」
三人で車に乗り込み、白崎家を後にした。
昨日と違って徒歩ではないので、割とすぐに着いた。
「じゃあ少し待っていて、篝」
「分かりました」
篝さんが少しニヤリと笑ったような気がした。
胸ポケットに僅かな四角い膨らみが見えた。
二人でドアの前に立つといきなり開いた。
ちょうど月下さんが出てきたのだ。
「おや、またサボりかい?」
「隣のお嬢さんも悪い子だねぇ」
「またサボりです、ふふっ」
彼女が微笑むと、つられて私の頬も緩んだ。
店の中からはコーヒーの匂いが漂ってきた。
「アイスカフェラテでいいかな?」
「あ、お願いします」
「さっ、中へどうぞ」
タイミング良く月下さんが出て来たので、少し面食らった。
「それにしても二日連続とは珍しいねぇ」
「どうしたの?葵井ちゃん」
「それが……」
事の顛末を話すと月下さんが驚いた表情をしていた。
「驚いた…まさか、私のブログを見てる人がいたなんて…」
「驚く所そこですか…」
彼女と一緒に苦笑いをした。
「話を戻すと、私に案内して欲しいと」
「そういう事だね?」
「ええ、そうです、是非ともお願いします」
私達が頭を下げると月下さんは唸り始めた。
「うーん…いくら可愛い女の子達の頼みでもねぇ…」
「そこをなんとか…!」
「あの桜を見たいんです…」
「私も実際どうやって行ったのか覚えて無い訳だしなぁ」
「私達の為を思ってそこをなんとか…!」
「う~ん…」
「交通費など諸々の費用は私がだします」
「……!?」
その言葉を聞いた瞬間、月下さんの目が輝き出した。
私は月下さんがこういう人だと知って置きながらも
敢えて最後の手段として残しておいたのだ。
「そういう事ならしょうがないなぁ」
「お姉さんにドンと任せなさい!」
カラン…とグラスの中で氷が溶け、崩れる音がした。
涼しい気分になる音だった。
「それじゃあ早速東京駅に向かおうか」
「え…もうですか?」
「早いに越した事は無いだろう?」
「それもそうね、行きましょう」
二人とも決断が早く驚いた。
私はアイスカフェラテを飲み干し、店を後にする。
「あの車、お嬢さん家のだろう?」
「東京駅まで行くよう伝えてくれ」
「篝、東京駅までお願い」
「分かりました」
篝さんが後ろに目をやったのが分かった。
恐らく月下さんを見ているのだろう。
「そちらの方は?」
「そこの喫茶店を営んでいる月下です」
「…使用人の篝と申します」
「じゃあ、東京駅までお願いしますよ」
顔を覗き込むように笑うとドアに手を掛けた。
篝さんが怪しむような目でこちらを見ていた。
そして私に近づいてきた。
「本当に大丈夫なんですか…この方」
「大丈夫ですよ!良い人です!」
「そこまで仰るなら…」
しぶしぶと承諾してくれた。
やっぱり良い人だ。
月下さんは遠慮なく助手席に乗り込んだ。
「それでは出発しますよ」
車が動き出す。
道中は案外、賑やかだった。
とにかく月下さんの話が面白く飽きなかった。
皆で好きな音楽を流したり、お菓子を食べたりと完全に旅行気分だった。
でも、たまにはこういう事も悪くないかも。
「そういえば月下さんはどこで桜の事を知ったんですか?」
「確か……」
「……何でだっけ?」
「覚えていないのね…」
「まぁ、そんな事もあるさ」
軽く流すような口調で言った。
その口振りはどこか裏がありそうな感じだった。
「そういう君たちはなぜ桜の事を知っているのかな?」
「え、えと…昔、本で見て…」
「二人ともなのかい?」
「ええ、そうです…」
「ふーん、そうか」
嘘をついてしまった。
知られても構わない事なのに、咄嗟に出てきてしまった。何故なのかは分からない…。
「もうすぐで到着しますよ」
割と早くに着きそうだ。
あまり道が混んでいなくて良かった。
「あ!そういえば私たち荷物持ってきてない…」
「あら、そういえば」
「それは困ったねぇ」
「ふふっ…そう思ってトランクに積んでありますよ」
ハンドルを握ったまま篝さんが誇らしげに話した。
しっかりと安全に両手で握られている。
「一通り必要そうな物は入れておきましたので」
「安心できるかと」
「気が利くわね篝、ありがとう」
窓の外を覗くと、大きなビルが建ち並んでいた。
久しぶりに都会の景色を見た気がした。
「見えてきましたよ、東京駅」
「久しぶりに見るとテンション上がるよね」
「その気持ちも少し分かるわ」
「君達はまだまだ子供だねぇ」
からかうように言った。
月下さんは動物で例えるとキツネみたいかもしれない。
口調も昔話に出てくる生意気なキツネみたいだ。
「着きました、東京駅です」
「ありがとうございます!」
「ありがとう篝」
「普段は一人旅だけど大人数も悪くないねぇ」
ドアを開け地に足を着く。
二時間は座っていたので、足が少しフラついた。
それでも疲労よりワクワクした気持ちが勝っている。
これからどんな旅になるかはまだ誰にも分からない。
だからこそ、大事な人と行くのが楽しいのだ。
三人で篝さんにお礼を言うと、構内へ歩き出した。
構内は広く、平日にもかかわらず人が沢山いた。
まるで迷路の様だった。
私と彼女は道が分からない為、月下さんの後を追う。月下さんは歩くのが早く、ついて行くのが大変だった。
私達はすぐに東北新幹線の切符を買いホームへと向かった。
人はあまり居なく、空席が多かった。
少しザワついている空間の中で、私たち三人は多くない荷物を持ち席に着く。
気がつくと新幹線が走り出していた。
私と彼女はこれからの旅に向け、浅い眠りにつく。
月下さんは快く了承してくれた。
これが大人の余裕っていうやつなのかな、とか思いながら目を瞑る。
すぐには寝付けなくて後ろの席に座っている人達の会話を盗み聞きしていた。
── 雲ひとつ無い晴天の空の下、風が吹き、季節外れな桜の花が舞う。
緑が生い茂る地面。
静寂の中に流れる川のせせらぎ。
幾星霜を経て、育った偉大な自然達。
目を開けられない程に眩しい光。
後ろで深い海が凪ぐ。
完璧な景色たちが歓迎している。
「立派な桜…」
「私たちを迎えてくれているみたいね…」
「私たちだけが止まっている…」
「この世界で私達だけが知っている…」
「さぁ、せーので行きましょう」
気がつけば私は深い眠りについていた。
いつも見ていた夢とはまた違う、けど同じ夢を見た。
そんな風に感じた。
まるで、何かが、誰かが歓迎しているような雰囲気だった。
このまま踏み止まっていたら涙の味を知る事にはならなかった。
ここで踏み止まっていたらこの声には気づかなかった。
二つの矛盾した感情が私の中で交差する。
でも、一人の為に描いた夢じゃない。
どれだけ夢を描いても、二人の為じゃなかったら意味が無い。
私達は今日、初めて出逢った訳じゃない。
きっと、この日のために準備をしていたんだと思う。
どんなに足掻いてもこの事実だけは変わらない。
君が今にも泣き出しそうな顔をしても変わらない。
そんな事を言ってもこの事実だけは変わらない。
そして1000年に一度の今日、流れ続けていた世界が止まり出す。
決して交わらなかった双曲線が今、絡まり出した。
星は堕ち
影は飲み込まれ
風が巻き込まれ
時が止まり
人が止まり出す
誰かの気まぐれ見たいに、簡単に止まり出した。
それでもあの日、あなたがそれで良いと、言ってくれた。
あなたから貰った沢山の喜びは無駄にできない。
あの日誓った約束は、叶わぬ願いとかそんな安っぽい言葉じゃなかった。
だからまた、その手を握りしめる事ができる。
私はあなたが隣に居てくれればそれでも良い。
きっとあなたもそう言ってくれる。
私の心があなたと世界を追い越した。
だから次は私が見つける番
待っていて、必ず見つけ出すから。
あなたが私を見つけてくれた様に。
だから神様…そんな事は言わないで…。
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