見上げれば月

夕空余情

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風は歌う

見上げれば月

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カメリアはこう続けた。「実は私たちは今度の秋祭りに出場することになってるんだけど…。」「えっ、私たちもだよね?」スラーとリタラもうなずく。「そうなの?」カメリアは驚いたといった表情で目を丸くした。「うん。『悲劇の神話エレン』を歌うの。」他の団員たちも知っているのかざわついた。「それはそうと、『透明に響く歌』って何?」スラーが話題を戻した。「ああ、そうそう。昨日私があなた方をおどかしたあと私はルンルンで、この成功を仲間たちに知らせようと急いで練習場まで帰ったの。そしたら、皆とても暗い顔をしていたのよ。驚いたわ…。」そこまでカメリアが言った時スマホの着信音が鳴り響いた。「ちょっとごめんなさいね。」カメリアは小走りで部屋を出ていった。代わりに年長者のミッドが話す。「ここには昨日までマックって言う団員もいたんだ。だけど、そいつはソロでデビューするっていう夢をもっていたんだ。だから俺たちに秘密で芸能事務所のオーディションを受けた。その結果が昨日出たらしく、カメリアが外出している時に芸能事務所の人たちが来てみごとソロデビューが決まったんだ。」「それの何が問題なんだ?」リタラが聞く。今度はブルースターが話しだした。「マックはね、この劇団の音楽の作詞・作曲をたったの一人で担当していたの。私たちが彼を信用しすぎたのがいけなかった…。マックはオーディションで今度のお芝居で使うはずだった、メインの曲を歌っちゃたの。だからそれがもし、彼のデビュー曲になれば、私たちはメインの曲を失うことになるの…!」事態はそこそこ深刻らしく、団員たちは皆うつむいていた。「でも、もしかしたらの話でまだ決まったわけではないのよね?」私は尋ねる。「それはそうだけど、マックは事務所の人と出て行ったっきり連絡がつかないの。」その時ガチャっと勢いよく扉が開いて、動揺を隠しきれない様子のカメリアが入って来た。「さっきシニア劇団の団長から連絡があったわ。マックはアンブレラタウンの芸能事務所に正式に所属した上にやっぱりあの曲をデビュー曲にするって……」カメリアはヘナヘナと床に崩れ落ちた。しかし、数秒後には私たちの方に向きなおり頭を床につけるほど深く例をして言った。「スラーさん、リタラさん、天歌さんどうかお願いします。私たちのために曲を創ってください。私たち今日まで日々努力してきたの。演劇に対する情熱をこんなことでダメにしたくない…!!もちろんただでとはいいませんから。どうかお願いします。お願いします。」他の団員もこれ以上ないくらいに頭を深々と下げた。私たちは圧倒され、暫く沈黙が続いた。ただ壁のヨーロッパ風の掛け時計の針がチクタクとリズムよく時を刻む音だけがしていた。「皆さん頭を上げて下さい。僕たちに出来るかどうかはわかりませんけど……最善をつくしてみます。ここには天才作詞家と僕のミューズがいますから。いいよね?リタラ、天花?」私たちはうなずく。「本当ですか?あぁ、ありがとうございます!!よろしくお願いします。」「た・だ・しお金の代わりにお願いがあるんだよね…」「えっ?」私とスラーはそういうリタラの方を見た。「実は俺たちあの、その、なんというかさ、お…お金がなくて今度の秋祭りのステージで着るステージ衣装がなくて…。あと、グランドピアノもないんだよ?かしてもらえない?」あんまりリタラが慎重に話すのがおかしくて、私とスラーは思わず吹き出した。「何がおかしいんだよ!」リタラは恥ずかしそうに頭をくしゃくしゃとかき回した。「そういうことなら、お安い御用よ。衣装は何百着もあるし、グランドピアノだってお貸しできるし。」カメリアが弾むようにニコニコしながら答える姿は、いつもの大人びた雰囲気とギャップがあってなんとも可愛らしい。「そうだな。じゃあまずはお芝居を見せてくれないかな?僕たちも創作のヒントが必要だし…。」「それもそうね。あっ言い忘れてたけど、天歌さん、貴女にメイン曲を歌っていただきたいの。」「えっ?私が?でも、私お芝居なんて出来ないよ。」「大丈夫よ。そこは演技する必要がないシーンだし…ダメかしら?」「いいえ、私でよければ力になるよ。」正直初めての事に挑戦するのは怖かった。でも、スラーやリタラと出会ってから変わると決めた。もう自分の人生から逃げるような弱い自分ではいたくない。「よかった!ありがとう。じゃあ皆早速公演の準備に取り掛かりましょう。」団員たちはステージの袖に入っていった。ブー。公演開始のブザーがなる。かなり本格的だ。スラーとリタラはポケットから例のメモ帳を取り出した。分厚い赤い垂れ幕がゆっくりと開いていく。チカッと陽の光のようなオレンジ色のスポットライトがカメリアを照らし、スラッとしたスタイルの良い体の影を壁に映し出す。「お父さん早く早く!こっちだよ!!」幼い子という設定だろうか。お下げをして、丸襟の黄色いワンピースを着てバスケットを手に提げた女の子がチューリップの花畑ではしゃぐ。父親役はおそらく年長者のミッドだろう。親子はバスケットいっぱいにチューリップの花を摘んだり、サンドイッチを食べたりしてとても幸せそうだ。それから親子は花畑にゴロンと寝そべった。大道具の風車がくるくると回っている。「ねぇねぇお父さん。」「なんだいソフィア
 ?」「帰りにお母さんのところに寄ってもいい?」「うん…もちろんだよ。」親子はバスケットを抱えて花畑を跡にした。一度そこで幕が降りる。次はなんと墓場のシーンだった。「お母さん来たよ。ほら、チューリップのお花きれいでしょ?」父親は微笑していたが悲しそうな表情を隠しきれない。「母さんもきっと喜んでるよ。さあソフィアお家に帰ろう。」「うん。」と言ったソフィアの声は涙交じりだった。それから数分間男で一つで娘を育てる父と心優しい娘のどこか寂しくも温かい生活を描いた場面が続いた。場面ごとに歌とダンスが挟まる。また幕が下がった。ドーン!キャ~「空襲が始まるぞ~!皆逃げるんだ!!」時は流れ戦争が始まったようだ。エキストラとして、団員のほとんどがステージに上がった。成長したソフィアは父と家にいた。二人は地下室のシェルターに逃げ込んだ。空襲はますます激しくなる。そのうえ、軍隊も着陸したらしく、銃弾の音も鳴り止まない。ソフィアと父は身を寄せ合っている。そんな中二人のいるシェルターにドンドンと大きな足音が聞こえてきた。だんだん音は大きくなってくる。二人はガタガタ震えだした。バンとドアが開いた。立っていたのは2人の軍服を着た男たちだった。ホワイトとキャンドルが演じている。そして冷酷な瞳で親子を睨むと同時に父親に鉄砲を向けて射殺した。「お父さん!」ソフィアが悲鳴のように言う。観ているこちらもいたたまれない気持ちが溢れ出し、胸がズキンとした。泣き叫ぶソフィアを軍人たちは殴る蹴るなどの暴行を加え、家に火をつけ、立ち去っていった。また場面が変わる。家を燃やされ行くあてがなくなったソフィアは思い出の風車のある花畑を訪れた。しかし、花畑は焼き尽くされ焼け野原と言ったほうが適切だろう。ソフィアは骨折した右脚を引きずっていた。泣きすぎて過呼吸になっている。その日は嵐の夜だった。けれど、避難する場所などないし、父を失った少女はもはや自分を守ってくれる存在もなく、すべてにおいて気力がなくなっついた。地平線の向こうからごごごぉっていう音がした。次の瞬間竜巻が彼女を一瞬にして飲み込んだ。竜巻は風車の方へ吹いていき、そこで彼女振り落とされた彼女は風車に巻き込まれ亡くなる。髪は絡まりほうだい絡まり、白いワンピースは破れ血だらけである。彼女の身体から魂が抜け出し、彼女は嵐の晩に現れる幽霊となってしまった。ソフィアが「わぁぁあぁぁあ」と叫びながら村人を驚かせる声は海外のホラー映画さながらだった。そこでまた幕が降りて、時制は現在にとぶ。今度は可愛らしい二人の少女たちが手を繋いでいる。ブルースターとローズのようだ。「ねぇ、お姉ちゃん。今日は教会に行くんでしょう?」「ええ、亡きレディー・ソフィアに追悼の歌を捧げに行くのよ。それに、今日は戦争で亡くなられた全ての人々を悼み、平和の祈りを捧げる日なの。」「そうなんだ。」教会には団員の全ての人が衣装を変えて出てきた。そして、いかにも録音したような音楽が流れてきた。団員は真顔で直立し、動かないなんだか変な感じがする。歌が終わるとまた短いエンディングの歌を歌いながらダンスをし、平和な現代に村人たちの笑い声が響き渡るというラストで締めくくられた。そして、本当に幕が降りた。私は目頭が熱くなり涙が頬を伝うのを感じた。何よりも彼らの演劇に対する情熱が感動した。また、命とはこれほどに大切だったのだと改めて感じた。私はこんなにも大切で何にも変えられないようなものを自ら捨てようとしていたのだ。またも自分が愚かだったと強く感じた。『平和の尊さと素朴ではあっても小さな幸せが人間にとってどれほど大切かを投げかける』ような作品だった。横に座っていたスラーが水色の綿のハンカチを差し出してくれた。私は嗚咽交じりに「ありがとう。」と言ってハンカチで涙を拭った。リタラを見ると、手がちぎれるのではないかと言うような勢いでノートにメモをしていた。団員がステージの袖から姿を現したので、私たちは拍手をした。「素晴らしかったよ!とっても感動した。」「ありがとう。あら天歌さんそんなに泣かないで。あくまでこれは都市伝説が元になっているのよ。」カメリアがふふっと笑う。「そうそう、最後の方に私たちが急にピタリと固まっちゃたでしょ?あそこでマックが歌う予定だったの。」「なるほど。だいたいイメージは掴めたよ。」リタラが眼鏡の下から関心したといって瞳を覗かせていた。「それから、幽霊のソフィアがたまに口ずさんでいたというフレーズを入れてほしいの。はい。これがフレーズのメモよ。あとは、幽霊を連想させるために、全体的に透明感のある響きをもたせた曲にしてほしいわ。注文が多くてごめんなさいね。」「かしこまりました。」その時スラーのスマホがなった。メールのメッセージには「お前さんたちのような薄情者はもう雇えん。」「ホテルのお爺さんからだ…。」「忘れてた!!」スラーが叫んだ。見ると時計のはもう7時半を指している。「まずい!このままじゃクビだぁ~!!急げぇー!」私とリタラはスラーに腕をつかまれ練習場を出ていった。「お気をつけて。」後から団員たちの声がした。私たちは「さようなら。」と吐き捨てて、走り出した。空に現れた三日月が夜道を急ぐ私たちを照らした。
 
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