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悲劇の神話エレン
見上げれば月
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朝食が終わってから、スラーと階段を登っているとき、家のベルが鳴った。「あっ、きっとリタラだ!」スラーは階段を駆け下りて玄関のドアを開けた。私も後を追った。「おはよう、スラー!」「リタラ随分と早かったなぁ。まだ、朝の8時半だけど。」「だって、かわいい女の子が家に住むことになったって、スラーがラインしたから、早く見たくて…」「わぁ~、わぁ~、わぁ~!!!」「なんだよ、スラー急にでかい声だして。」「リテラおまえはいっつも、もういっつもなんで空気が読めないんだよ!」私は我慢できずに吹き出してしまった。「あっ、君が天歌さん?俺の名前はリタラチュア・ブック・ポエム。みんなにリタラって呼ばれてるから、そう呼んでくれ!」スラーの後ろ姿に隠れていた、人物の姿が初めて見えた。栗毛色のふさふさした髪はくるくるとカールし、肌の色は白い。いたずらっぽい、灰色の目が丸眼鏡のしたから、こちらを覗いていた。「あっこちらこそ、よろしくお願いします。私は響天歌です。天歌って呼んでください。」「あ~、かわいい!スラーが羨ましい…。」「リタラ、ちょっと初対面にしてはチャラすぎ!」「ごめん、ごめん。」(本当に二人は仲良しなんだな~!友達って羨ましい!)「さあ、二人とも早く準備してきて!」私は「とにかく、早く!」とだけ言われて、出掛ける支度をした。もちろん着替を持っきてないので、おばさんの若いころの服を貸してもらった。丸襟とブローチがついた白いブラウスと青いスカートだった。やはり、少し時代遅れのデザインだったが、少女らしい愛らしさたっぷりのデザインで、それに貸してもらえるだけありがたかった。「おーい!天歌準備はできた?」スラーの呼ぶ声がしたので、私は玄関まで走っていった。「じゃあ、出発~!」リタラがそう言って、元気よく歩きだしたので、私たちはそれに続いた。森の中のあまり舗装されていない道を歩いてゆく。「ねえ、どこに行くの?」「今度行われる、秋祭りで披露する曲のイメージを膨らましに行くんだよ。意外と大規模なお祭りなんだ。」スラーが答える。「へぇ~。」森はとても静かだ。野うさぎの親子がぴょんぴょん跳ねて、どこかに行っている。かわいいな~!思わず笑顔になる。「そういえば、ここはどこなの?すっかり聞くのを忘れてた…。」「ここは白鏡星っていう星だよ!」スラーが言った。「白鏡星…!!!」私はついつい叫んでしまった。「うん、たしか天花は地球から来たって言ってたよね?僕も前に学校で『地球』について勉強したことあるんだけど、ここにとっても似てるらしいね!もしかしたら、ここはもう一つの地球って呼ばれている星かもしれないね。でも、歴史的には不思議なことに地球とそれほど変わらないんだ。ただ出来事の時期が少しずれてるだけって感じかな。」「だから、スラーの部屋にベートーヴェンとかの本があったんだ。」うん、とスラーは小さくうなずいた。話しているうちに街がだんだん見えてきた。なんというか、レトロな建物も残っていれば、近代的な建物も多く、映像が流れる看板や硝子ばりのエレベーターなどもあった。全体的にはヨーロッパの街並みに似ていておしゃれな感じ。スラーがスマホを取り出して、何かを調べている。「リタラ、いくらなんでも早く着きすぎたよ。まだ美術館開いてないよ…。」「えっ、まあそうだよね…。じゃあゲー…」「ゲームセンターにはいかないからな!この前リタラに付き合った時に2000円貸してまだ返してもらってないんだけど!」「まあまあ、そんなに怒らず。かわいいハムスターのぬいぐるみが最後にゲットできたんだから。俺は毎日抱いて寝てるよ!羨ましかったら、スラーにもたまに貸してあげる~!」「いや、いらないし普通に引くわ。」私は二人のたわいもない会話を聞きながら、辺りを見回していた。ブシャーっと、少し遠くの方で噴水が噴き出した。それに二人も気づいたらしい。「あっ、そうだ。あの公園のベンチで会館を待とう!」リタラが言った。私たちは噴水の側のベンチに座った。「そういえば、天歌は今いくつなの?」スラーが思い出したように聞く。「16。二人は?」「俺たちは二人とも17だよ!天歌の一つ年上だね~!」とリタラが答えた。私はうなずいた。「ねえ、スラーは作曲をするって知ってるんだけど、リタラは何のために今日来てくれたの?」「あぁ、言い忘れてた。俺はスラーの曲の詩を書いてるんだ!」「そうなんだ~!すごいね!」「リタラはこう見えても一昨年有名な学校の文学部を卒業したんだ。」「なんだよ、こう見えてもって!ちなみにスラーも一昨年、球地で一番難しい音楽学校を主席で卒業したんだよ!」「えっ、二人とも凄く優秀だね!才能ありそう…。」「そういう天歌はどうなんだい?あの歌唱力からするとただ者じゃなさそうだけど…。」「私の家は音楽一家で小さいころからずっと、練習してきたから、3歳から去年まではずっと国営の音楽コンクールで優勝してきたの。」「え~!それってほぼプロじゃん!」とリタラ。「スカウトとかされてたの?」とスラー。「うん、家に一ヶ月に一回ぐらい芸能事務所の人が来てたけど、親に追い払われてた…。天歌はそんなところにやれるくらい大したものじゃないからだって!」一気に喋ったあとで、少し切ない気持ちが顔に出てしまったらしい。しばらく誰も何も言えなかった。ゴーンゴーン。沈黙を破ったのは、鐘の音だった。時計台の針が10時を指している。「あっ、会館だ!行こう。」スラーが言った。公園の広場を出て5分くらい歩いたところに『エレン記念博物館』という建物があった。自動ドアから中に入る。入ってすぐに案内所があった。「おはようございます。ご来館まことにありがとうございます。館内のご案内はご希望なさいますか?」笑顔で女性のスタッフの人が聞いてきた。「はい、お願いします。」とスラーが言う。「かしこまりました。では、こちらへ。」スタッフさんは私たちに、パンフレットを手渡しながら、誘導した。「故レディー・エレンの伝説については、ご存じですか?」「はい、僕たちは知ってるんですけどこの子が知らないので話して下さい。」スタッフさんは展示されている一枚の絵を指差して語り始めた。「紀元前4600年頃、ある村に『エレン』と言う名前の心優しい美少女がいました。年はあなた方と同年代であったとされ、推定15歳です。」スタッフさんの指先を見るとそこには少女の姿が描かれていた。絵はルネサンス風に描かれており、少女は女性らしく、丸みを帯びた白い肌、薔薇色の頬に、微笑を浮かべた滑らかな唇、透き通るような薄茶色の瞳はなんとなく悲しげにも見える。緩やかなカーブを描く栗毛色の髪は肩まで垂れており、何本かの毛束は無造作に束ねられていた。美しい…。この人は人を引き付ける魅了が、あったに違いない…。私はそう痛感した。「彼女は貧しい家の娘でしたが、働きものでみんなから好かれていました。そんな彼女にはクリスと言う恋人がいました。ある時、クリスが高熱を出し、ほぼ寝たきりの状態になってしまいました。エレンは彼の病気をどうにか治せないものかと、村の医者に相談したんですね。医者はこう言いました。『西の山を下ったところに、森がある。そこの薬草は万能薬だと言い伝えられているのだが、私のような年寄ではとてもじゃないが、採ってくることができない…。』と。そこでエレンは自分で採りに行くことを決意しました。道は険しかったので危険でした。しかし、エレンはクリスのために毎日薬草を朝早くから採りに出掛ました。もちろん、家の仕事をおろそかにすることもありませんでした。ある大雨の日エレンはいつものように、クリスに薬草を届けようと、彼の家のドアを開けた時、知らない少女の姿がありました。二人はエレンに気づかず、仲良く話しています。クリスはエレンが薬草の入ったバスケットを取り落とした時、エレンに気づきました。クリスは『バレた…。』というような表情を浮かべましたが、もう手遅れでした。エレンは涙を流しながら、家を出ました。冷たく痛いほど激しく降る雨に打たれながら走りました。クリスの家は高いところにありました。エレンは足元が悪かったため、滑ってバランスを崩し崖から落ちてしまいました。そのまま還らぬ人となりました…。しかし、生涯を通して、優しく献身的な人柄とであった彼女は、死後に森羅万象をつかさどる女神となったそうです。彼女のおかげでこの街を襲った二度の大飢饉はギリギリのところで雨に恵まれ、助かったという言い伝えがあります。街では彼女に哀悼の意を捧ぐと共に、秋の実りに感謝する秋祭りが開催されることとなったのです。」気づいたら涙がこぼれていた。二人はスタッフさんの話を夢中でメモしており、私のほうは見ていなかった。私は気づかれないうちに袖口で涙をサッとぬぐった。悲しいのはもちろんなのだが、それよりもドキリと衝撃が走るような話だった。エレンなんて本当にいたのかもわからないし、女神なんてそもそもいるかわからない。けど、この話が私の心を揺さぶったのは、きっとエレンという人物像が妙にリアルだったからだと思う。大切な人を守りたい、そういう思いは今を生きてる私たちも持ってるものだと思う。二人を横目で見ると、まだペンを動かしている。いつもは見られない真剣な眼差しだ……。二人とも折れ曲がったり、角が擦れたりしている手帳を手にしている。二人とも音楽に関してとても熱心だなって思った。その後もスタッフさんが『神話エレン』について色々と見せて回ってくれた。エレンについて書かれた古い書物、飢饉によって枯れそうになった麦畑の写真、その当時の村の様子を再現した模型…。二人はメモを片手に忙しく、ペンを動かし続けた。スタッフさんにお礼を言って、記念館を出た頃には、もう11時半になっていた。「お腹すいたな~。そうだ公園で売ってるアイス食べて帰ろうよ!」スラーの提案にリタラは「賛成~!」と答えた。私ははっとして「でも、私お金もってないよ…。」と呟いた。「大丈夫。僕が払うよ。」スラーがそう言ってくれた。「あっずるいぞ!自分だけ天歌ちゃんにいいとこ見せて!!俺がおごってあげるよ。」すかさずリタラが答えた。私はふふふと笑って、「ありがとう。」と言った。なんだか二人といると、とても楽しい気持ちになる。もう一人じゃないって言われてるみたい。結局私は二人に割り勘でおごってもらった。とはいっても、二人ともお小遣いが厳しかったので、シングルアイスしかたのめなかった。スラーはバニラ、リタラはチョコ、私は苺を注文した。ワゴンの中のおじさんは、たまたま上機嫌だったらしく、同じ味のアイスを一つおまけしてくれた。それから三人で朝と同じベンチに座ってアイスを食べた。「エレンの話、なんど聞いても心を打たれるよね。」スラーが呟く。「うん。なんというか、あれでよかったのかなと思っちゃうよね。女神になったとか言われてるけど…。」今度はリタラが返す。「でもさ、私は大切な人のために生きるエレンはかっこいいと思ったよ。何か必死で守りたいとかそういうのってすごく、すごく幸せなことだと思う。エレンの死は決して無駄なんかじゃない。だって、エレンの伝説の教訓は今の私たちにも語り継がれてるんだから。」二人が私の顔をまじまじと覗きこんだ。私なんか凄いこと言ったかな?我ながら思う。「天歌、口にアイスついてるよ…。」スラーが気まずそうに言った。「えっ!」鏡もハンカチも持ってないのに私は焦って、ポケットの中をさぐる。やっぱりなんにも入っていなかった。その私のバタバタとする様子に二人は耐えきれなくなって、お腹を抱えて笑いだした。私はふてくされながらもやむを得ず、コーンの包み紙で口を拭いた。「かわいいな。」「ああ、かわいい。天歌はまだおこちゃまだな~!」二人が私をからかう。「もう!あなたたちと一つしか変わらないんですけど~!!」私はクルッとベンチに背を向けて、「帰るよ!」と二人に捨て台詞を言い、走りだした。二人は「はいはい。」と言いながら追いかけてくる。「じゃあ、リタラまたイメージ固まってきたら、ラインするから。近いうちに家で話そう。」「うん。じゃあ。」リタラと別れた後、二人で家路に着いた。スラーの頭の中は作曲のことで一杯なのだろう。横目で見た彼の顔はとてもいきいきとしていた。
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