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2.gift

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 結局その後、私たちは武具の点検や修理、銃弾の補充を終えた後に帰路に着いた。

 何となくシルヴィスやカーチェスの言葉からわかってはいたが、あの男はクファルス、というらしい。
 話に出ていた“サファニア”という人物があの店に顔を出すことはなく、今回私がその人物について知ることはなかった。

「……で、」

 ルーヴァスが、全員を見回した。その表情に特に驚愕や困惑はないが、他の面子は違う。

「姫が記憶喪失、というのは、本当の話だろうか」

 ――現在。

 一階のリビングのテーブルを、私を含めた全員で囲んでいる、という状況である。

 帰ったら夕食かと思っていた私は甘かった。どうやら記憶喪失の言葉は相当インパクトが大きかったらしい。
 ……緊迫感の欠片もないが、お腹がすいてしまった。

 しかし夕食を作ろうかと申し出た私に、YESの返事はなかった。
 あれよあれよという間に全員が一階に集まり、一同が顔を突き合わせたところで、微妙な雰囲気となった。

「一応、そう、みたいです」

 私がそう答えれば、「……いちおう?」とエルシャスが首をかしげる。珍しく眠っていない。

「どうなっているんだか、さっぱりわからないのですけれど」

 いや、わかってはいるのだけれど、答えられない上に、

「とりあえず、自分のこともほとんどわからない状況で」

 何せ自分のことじゃないので。

「でもクレアという名前だということはクファルスからお聞きしました」
「……」

 全員が黙りこんだ。

「……あの……」

 何で微妙な雰囲気になっているのかをお聞きしてもいいですか、と声をかけようとしたとき、ユンファスから声が上がった。

「姫ってさ、この家であんまりいい扱い受けてないじゃん?」
「え、あ、そうですね。そうかもしれません」
「いや、そうかもしれませんって……明らかに良い待遇は受けてないでしょ」
「でも、置いてもらっているだけでも幸せだと思うので」
「……。女王らしくないんだよねぇ、ほんと」

 調子狂うよなぁ、とユンファスは苦笑いを見せた。頭を掻く彼は明らかに困惑しているのであろう。

「あぁ……ええと、へちっ。何か、姫は理不尽だって、思わなかったの?」
「理不尽……、いや、もう少し打ち解けられたら、とは思いましたけど。でも、大体が赤の他人が突然飛び込んできて、さぁ私を信頼してくれという方がどう考えても無理があります」
「そ、そうだ……けど、へちゅっ」

 リリツァスも予想外だったのか言葉数が少ない。

 皆が口を開きあぐねる中、ルーヴァスはあまり動揺した様子を見せることなく、私に問いかけてきた。

「……つかぬ事を聞く。あなたは、どこまで覚えているのだろうか?」
「と、言いますと」
「女王であることが分からない、ということはかなり大部分の記憶を失っているものだと考えられるが。……それ以外に、記憶は?」
「……? ありません」
「まるで、何も?」
「はい」
「……そうか」

 私の返事を聞くと、彼は思案顔になって何事かを考え始める。

「……断片、みたいなモノはあるんじゃないか?」

 ノアフェスが相変わらずの無表情で私に訊ねてくるが、その瞳はどこか鋭い光を放っていた。

「断片……ええと、記憶の、ですか」
「あぁ。……たまに、ふっと浮かんだりしないか?」
「いえ……」

 私が首を振ると、ノアフェスは目を伏せてしまった。

「あのさー……」

 ユンファスが緩やかに唇を開き、私をまっすぐに見据えた。

「そしたら、ひとつ疑問なんだけど。……君、何でこの森に来たの?」
「え……?」
「この世界の常識を、記憶喪失によって失って、何もわからない。これはまぁ、受け入れられるけど。だとしたら、何でこの森に来たの? 普通、森とか迷いそうで嫌じゃない? 街に行こうとか、そういう考えは、何で出てこなかったの? あと、この森が迷いの森だって、何でわかったの?」

 ユンファスがもっともな質問をしてきた。

 これは……どう言ったものか。

 彼の質問はまったくその通りなのだけれど……迷いの森について知ったのは、あの赤い道化師がぺらぺらと喋くってくれたからだ。その道化師の存在がどういったものなのか私はまったく知らないわけだが、それをそのままに話してしまってもいいのだろうか?

 ……とはいえ、彼を抜きに話を進めるのは、頭の悪い私にはあまりできそうにない。

 ……もうこの際、赤い道化師を不審者に仕立て上げてしまおう。

「ええと、ですね……まず、私が目を覚ましたら、玉座に座ってました」
「うんうん。女王だしね」
「それで、女の子がいきなり私のことをおかあさま、と呼んできたんです」
「あー……我儘なお姫様かな?」
「その通りです」

 私はそのまま、私が別の世界から意識だけ飛ばされた、という部分と、鏡の精、つまりリオリムの存在を伏せてほぼ事実を彼らに話した。白雪姫が私に眼を剥いて喚いた直後にいきなりしおらしくなったりしたことや、赤い道化師が迷いの森に行ったら白雪姫から逃れられるチャンスがあるよ、と言ったことも。
 無論、惚れさせたら大丈夫、なんてことまでは言わなかったが。

 その話を聞いた妖精たちは、何とも微妙な顔つきになった。
 まぁ、わからないでもない。自分で話していても、なんて突拍子のない話なんだと思わざるを得ない出来事なのだから。

 ただ、これがほぼ事実だというのだから仕方がない。

「赤い服の道化師って……え、そんなものがあのお城に入り込んでんの」
「いえ、私もなんだかよく知らないんですけど。もしかして家臣とかでしょうか?」
「家臣がそんなナメた口、女王様に利かないでしょ。どう考えてもただの不審者じゃん。こわー」

 なるほどたしかにそうだ。
 まぁ、どう考えても家臣でないのはわかってる。そもそも多分、この世界の人間じゃない。というか人間ですらじゃないんじゃないだろうか、あれは。
 もしもまかり間違ってあれが家臣だとしたら、私は一言、どこぞの有名な女王様の言葉をお借りしたい。
 つまり、「こやつの首をはねよ!」と。

「不審者が平気で女王の前に現れることができる警備の薄い城……王家はもはや終わりですねぇ」

 シルヴィスがため息をついた。

「まぁ、貧乏ですし……」

 私がつぶやくと、隣の席のエルシャスがクイクイと私の袖を引っ張ってきた。

「貧乏……つらい?」

 どういう意図で聞いているのだ、それは。

 正直なところを言うのなら、もともとの生活は貧乏でも裕福でもなく普通だったので、あまり想像できません。

 とはいえ、それをそのまま口にすることはできないので、私は苦笑した。

「うーん……貧乏な生活の記憶すらなくて。正直、よくわからないです。でも貧乏は働いたらどうにかなる気がしますけど、娘の方の頭、じゃなくて性格は、私にはどうすることもできないので。今は皆さんにご迷惑をおかけしながらですけど、生活できていますし……一番つらいのは、貧乏なことより、娘にいつ殺されるかわからない恐怖が続いていることでしょうか」

 これは本当だ。
 大体普通の女子高生をやってきた私が、なぜこんなことになったのか。いまだに納得できないっていうか多分一生納得できるわけがない。

「……姫、」

 ルーヴァスが再び口を開く。

「はい」
「まず。大前提として、あなたにこの話はしておこうと思う」
「……?」

 私が首をかしげると、彼は一瞬言い淀んだ後、こう告げた。




「我々妖精は、あなた方人間に、“妖精狩り”と称して何人もが残忍な手口で狩られている」




「……え」

 ――瞬時に言われた意味が分からず、私は茫然とするばかりだった。
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