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1.gift
15.apple
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「――死ね」
私の目の前で、エルシャスの斧が振り下ろされる。
もう駄目だ。そう感じて反射的に目を閉じた時――
「はッ!」
すぐ近くで、鋭い金属音が上がった。
恐る恐る目を開くと、私の目の前に、何やら黒く長い棒のようなものが一本あって。
それに斧の刃がぶつかり、黒い棒に傷をつけてごとんと床に落ちていった。
「無事か!」
床に転がり落ちた斧を認めて呆然とする私に、ばたばたと誰かが駆け寄ってきた。
「――るー、ヴぁ、す」
「……無事のようだな、怪我はないか」
私に駆け寄ってきたのは、銀の髪を月に照らす青年――ルーヴァスだった。視線を壁の方にやると、黒い棒が、壁に突き刺さった槍らしきものであることがわかる。恐らく、彼が槍を投げて斧から私を庇ったのだろう。音からして槍の柄かどこかに斧の刃が当たり、弾いたのだろうと思われた。
「わ、たし」
「どうして、じゃまするの?」
強い安堵に思わずその場に崩れ落ちた私を余所に、目の前で、淡々とエルシャスがルーヴァスに首を傾げて問うた。非難ともとれるそれには怒りも悔しさもなにもなく、返って不気味すぎる質問だった。
「それは、ころさないと、だめなのに」
「エルシャス、目を覚ませ。ここはあなたの部屋だ。ここは森の中の家で、今まであなたは、眠っていた。それだけだ」
しかしルーヴァスの言葉にもエルシャスは反応しない。ゆっくりと屈んで、斧を手に取る。それにルーヴァスは、壁に突き刺さった槍を引き抜いて対峙した。
「姫、逃げろ。ここは、わたしが相手する」
「でも」
「大丈夫だ。早く!」
ルーヴァスの言葉に私は戸惑ったが、ここに私がいても何の戦力にもならないどころかルーヴァスの足を引っ張るのは目に見えている。後ろ髪を引かれたが、私は結局その場から這うようにして逃げ出したのだった。
「おや、無事でしたか」
エルシャスの部屋から走り出ると、部屋の前に立つ五人と鉢合わせになった。五人は皆武器を持っており、物々しい様子だった。ノアフェスは小さなナイフ、シルヴィスはいつぞや私自身が世話になりかけた銃、カーチェスは二メートルはあるんじゃないかというほど大きな鎌、リリツァスは細長い剣を二本、ユンファスは私のベッドを作る際に木を切っていた大ぶりな大剣。
おそらく、それらが彼らの狩りの際に使われる武器なのだろう。
「あ、みんな……」
「てっきり、もう殺されているものだと。悪運だけは強いのですね?」
にっこりと笑って告げるシルヴィス。その残酷な言葉にさえ、今の私は安堵した。
あのまま殺されていたなら、こうして話すことさえできなかったはず。
そう考えると、足元が崩れ落ちていくような感覚に囚われ、私はそのままシルヴィスに飛びついた。
「ちょっ、なんですか、いきなり……っ」
「こわ、かった……」
今になって、ようやく恐怖が蘇ってくる。
何がなんだかわからなかった。
何故、彼が私を殺そうとしてきたのか。
あの無表情、抑揚のない声、何の色も伺わせない瞳――
ひたり、ひたり――不気味なまでにゆっくりとした歩調、その足音が、今もまだ耳にこびりついていた。
「姫――」
カーチェスが痛ましげに顔を歪めた。
「ごめん、エルシャスも悪気は無いんだけど、その……」
「そうそ、悪気は無いんだよねぇ。まぁ、だからタチが悪いんだろうけど? とりあえず、君を殺したかったわけじゃないはずだから、そこは安心するといいよ~」
ユンファスはにへら、とまるで緊張感のない顔で笑った。
――あの時。
尻餅をついて床に倒れこみ、前に立つエルシャスを見上げた時。
彼は、確かに私に対して殺気を放っていた。
戦闘経験とか、そんなものが一切なくてもわかる。あの冷たくて凄絶なまでの圧力。思い出すだけで体が震えた。
誰かに真剣に「死ね」と思われることなど初めてで、それがあまりに衝撃的だった。刃を向けられたとあれば尚更。
例え、皆が言うように彼が私を殺したくてしたわけでないとしても、恐怖を抱くに十分すぎることである。
「……エルシャスが寝てる時に、お前はエルシャスに近寄らないほうがいい。お前は丸腰だからな。今回は運良く逃げられたが、いつもそういうわけにはいかないだろう」
ノアフェスがそう言うと、「そうですね」とシルヴィスが頷いた。しがみついたままの私を困惑しきった表情で見下ろしつつ、
「彼は寝ぼけるとたまにああなるんです。武術の心得のない貴女に対応は難しいでしょう。今後は彼が寝ている時に近寄らないことです」
そう言って、やんわりと私の両肩に手を添えて体を離す。
「まぁ、夜だけだけどね」
ユンファスがぽつんと付け足した。
その時、エルシャスの部屋から槍を持ったままのルーヴァスが出てきた。
「ん、寝た?」
「いや、気を失っている。一応寝台に寝かせては置いたが。――致し方ないだろう」
「あぁ、気絶させたんだ? ま、それが妥当な対応だよねぇ」
ユンファスは笑うと、「さて」と手を叩いた。
「君もびっくりしたでしょ。もう今日のところはお風呂に入って寝ちゃいな?」
「そうだね、ひくちっ、早く寝たほうがいいと思うよ。今日はいろいろあって疲れてるでしょ、姫」
畳み掛けるように言われ、私は俯いた。
――話したくない。そういうことなのだろう。
被害者となった私にも、話せない。所詮、私は部外者。
そう、無言で告げられている気がして、彼らとの距離を否が応にも感じる。
「――はい」
私は彼らと目を合わせることができず、ぎこちなく笑みを浮かべて礼を口にし、その場を足早に立ち去った。
「――何か、始まって数日で弱音ばっかり吐いてる気がする」
風呂上がり、私は地下の元倉庫、自室に篭こもってリオリムに話しかけた。
ここは地下なので、二階にある彼らの自室からはやや離れている。そのため、普通にリオリムに話しかけても、会話が漏れて七人に不審に思われるようなことはない。
「だけど、何か……ほんとに、無理そうで辛いな……」
まだここに来て三日目だ。弱音を吐くような時間ではないことくらいは理解しているつもりだ。
けれど。
家を訪れた私への彼らの態度。
部外者とは言え被害者となった私に詳しいことを話そうとしない七人。
彼ら全員と仲良くすることさえ無理そうなのに、その上彼らを私に惚れさせるなどと。無謀にも程がある。
『……お嬢様……』
自嘲気味に笑った私に、リオリムは顔を歪めた。
『お嬢様は悪くありません。私が何もできないのが悪いのです』
「そんな。リオリムは私をいつも助けてくれてるじゃない? 私は、この世界に来て本当にあなたに助けられてばっかりなんだから」
『いいえ、こんなものでは全然足りません。私は、もっと……』
リオリムは何か言いかけてから、しかし口を噤んで目を伏せた。
『……いえ、何でもありません』
「……?」
なぜか苦しげな表情になったリオリムを不思議に思いつつ、私はベッドに身を投げ出した。枕の隣に手鏡を置き、盛大にため息をつく。
「……そもそもさ」
『はい』
「私、一番まずいと思うんだけど恋愛がどんなものなのか、イマイチわかってないんだよね……」
そう。
私は恋とやらをしたことがない。
そんな甘ったるい感情とは無縁で生きてきたのだ。
恋に恋をしていた時期がないとは言わない。けれど色々あって、恋をするなどという状況からは自分が程遠くなってしまった。
友人がいないわけではないけれど、まず異性の友人というものが限りなくゼロに近い。いや、ゼロだ。間違いなく。
もしもリオリムを友人と呼んでもいいのだとしたら、彼くらいのものだ。男の友人など。
その私に恋など、そう容易くできるわけもなく。
「だから、彼らが万一、万一だけど、私を好きになってくれたとしても、まずそれに気づけない気がする。――あ、ねぇ、リオリムは恋をしたことがある?」
『……ええと』
私の問いに、リオリムは言いにくそうに言葉を濁した。
『……したことがない、とは、言いません』
「あっ、ほんと? じゃあ、どんな感じか教えてもらってもいい!?」
私が鏡を覗き込むと、彼は更に言いにくそうに言い淀む。
『その……ですが、私もよくはわからないんです』
「ん?」
『私は、そういうことに疎くて。お嬢様のご期待に沿うことはお答え出来かねるかと』
「……そっか。……まぁ、そうじゃなくても、人にそんな事を聞くなんて不躾だったよね。ごめんね」
『いえ、決してそのようなことは……』
リオリムは申し訳なさげに視線を彷徨わせた。
「無理に聞き出すつもりはないから。忘れて」
『お嬢様……』
「もう寝るよ。灯り、消すね」
『……はい』
リオリムの返事を聞くと、私は手鏡を持ってベッドから立ち上がって机の上にあるランプに近づいた。手鏡を机の上に置く。そして火を消しベッドに戻ると、そのまま布団に潜り込んだ。
暗闇の中ベッドに潜り込めば、途端に睡魔が襲いかかってきた。そういえば、髪を乾かしていない。なんとなく乾いて来てはいるけれど、このまま寝たらきっと傷んでしまうだろう。そうわかっているのだけれど、睡魔には勝てそうになかった。
襲い来る睡魔に抗えず瞼を閉じかけている時だった。静かな声が、微かに聞こえた。
『私の恋など、あなたはきっと知らない方がいい。けれど、もしも私から一つだけ言えることがあるとしたら――恋をすると、その人のこと以外、考えられなくなるものです。かなしいほどに』
それはきっと、そんな声だった。
私の目の前で、エルシャスの斧が振り下ろされる。
もう駄目だ。そう感じて反射的に目を閉じた時――
「はッ!」
すぐ近くで、鋭い金属音が上がった。
恐る恐る目を開くと、私の目の前に、何やら黒く長い棒のようなものが一本あって。
それに斧の刃がぶつかり、黒い棒に傷をつけてごとんと床に落ちていった。
「無事か!」
床に転がり落ちた斧を認めて呆然とする私に、ばたばたと誰かが駆け寄ってきた。
「――るー、ヴぁ、す」
「……無事のようだな、怪我はないか」
私に駆け寄ってきたのは、銀の髪を月に照らす青年――ルーヴァスだった。視線を壁の方にやると、黒い棒が、壁に突き刺さった槍らしきものであることがわかる。恐らく、彼が槍を投げて斧から私を庇ったのだろう。音からして槍の柄かどこかに斧の刃が当たり、弾いたのだろうと思われた。
「わ、たし」
「どうして、じゃまするの?」
強い安堵に思わずその場に崩れ落ちた私を余所に、目の前で、淡々とエルシャスがルーヴァスに首を傾げて問うた。非難ともとれるそれには怒りも悔しさもなにもなく、返って不気味すぎる質問だった。
「それは、ころさないと、だめなのに」
「エルシャス、目を覚ませ。ここはあなたの部屋だ。ここは森の中の家で、今まであなたは、眠っていた。それだけだ」
しかしルーヴァスの言葉にもエルシャスは反応しない。ゆっくりと屈んで、斧を手に取る。それにルーヴァスは、壁に突き刺さった槍を引き抜いて対峙した。
「姫、逃げろ。ここは、わたしが相手する」
「でも」
「大丈夫だ。早く!」
ルーヴァスの言葉に私は戸惑ったが、ここに私がいても何の戦力にもならないどころかルーヴァスの足を引っ張るのは目に見えている。後ろ髪を引かれたが、私は結局その場から這うようにして逃げ出したのだった。
「おや、無事でしたか」
エルシャスの部屋から走り出ると、部屋の前に立つ五人と鉢合わせになった。五人は皆武器を持っており、物々しい様子だった。ノアフェスは小さなナイフ、シルヴィスはいつぞや私自身が世話になりかけた銃、カーチェスは二メートルはあるんじゃないかというほど大きな鎌、リリツァスは細長い剣を二本、ユンファスは私のベッドを作る際に木を切っていた大ぶりな大剣。
おそらく、それらが彼らの狩りの際に使われる武器なのだろう。
「あ、みんな……」
「てっきり、もう殺されているものだと。悪運だけは強いのですね?」
にっこりと笑って告げるシルヴィス。その残酷な言葉にさえ、今の私は安堵した。
あのまま殺されていたなら、こうして話すことさえできなかったはず。
そう考えると、足元が崩れ落ちていくような感覚に囚われ、私はそのままシルヴィスに飛びついた。
「ちょっ、なんですか、いきなり……っ」
「こわ、かった……」
今になって、ようやく恐怖が蘇ってくる。
何がなんだかわからなかった。
何故、彼が私を殺そうとしてきたのか。
あの無表情、抑揚のない声、何の色も伺わせない瞳――
ひたり、ひたり――不気味なまでにゆっくりとした歩調、その足音が、今もまだ耳にこびりついていた。
「姫――」
カーチェスが痛ましげに顔を歪めた。
「ごめん、エルシャスも悪気は無いんだけど、その……」
「そうそ、悪気は無いんだよねぇ。まぁ、だからタチが悪いんだろうけど? とりあえず、君を殺したかったわけじゃないはずだから、そこは安心するといいよ~」
ユンファスはにへら、とまるで緊張感のない顔で笑った。
――あの時。
尻餅をついて床に倒れこみ、前に立つエルシャスを見上げた時。
彼は、確かに私に対して殺気を放っていた。
戦闘経験とか、そんなものが一切なくてもわかる。あの冷たくて凄絶なまでの圧力。思い出すだけで体が震えた。
誰かに真剣に「死ね」と思われることなど初めてで、それがあまりに衝撃的だった。刃を向けられたとあれば尚更。
例え、皆が言うように彼が私を殺したくてしたわけでないとしても、恐怖を抱くに十分すぎることである。
「……エルシャスが寝てる時に、お前はエルシャスに近寄らないほうがいい。お前は丸腰だからな。今回は運良く逃げられたが、いつもそういうわけにはいかないだろう」
ノアフェスがそう言うと、「そうですね」とシルヴィスが頷いた。しがみついたままの私を困惑しきった表情で見下ろしつつ、
「彼は寝ぼけるとたまにああなるんです。武術の心得のない貴女に対応は難しいでしょう。今後は彼が寝ている時に近寄らないことです」
そう言って、やんわりと私の両肩に手を添えて体を離す。
「まぁ、夜だけだけどね」
ユンファスがぽつんと付け足した。
その時、エルシャスの部屋から槍を持ったままのルーヴァスが出てきた。
「ん、寝た?」
「いや、気を失っている。一応寝台に寝かせては置いたが。――致し方ないだろう」
「あぁ、気絶させたんだ? ま、それが妥当な対応だよねぇ」
ユンファスは笑うと、「さて」と手を叩いた。
「君もびっくりしたでしょ。もう今日のところはお風呂に入って寝ちゃいな?」
「そうだね、ひくちっ、早く寝たほうがいいと思うよ。今日はいろいろあって疲れてるでしょ、姫」
畳み掛けるように言われ、私は俯いた。
――話したくない。そういうことなのだろう。
被害者となった私にも、話せない。所詮、私は部外者。
そう、無言で告げられている気がして、彼らとの距離を否が応にも感じる。
「――はい」
私は彼らと目を合わせることができず、ぎこちなく笑みを浮かべて礼を口にし、その場を足早に立ち去った。
「――何か、始まって数日で弱音ばっかり吐いてる気がする」
風呂上がり、私は地下の元倉庫、自室に篭こもってリオリムに話しかけた。
ここは地下なので、二階にある彼らの自室からはやや離れている。そのため、普通にリオリムに話しかけても、会話が漏れて七人に不審に思われるようなことはない。
「だけど、何か……ほんとに、無理そうで辛いな……」
まだここに来て三日目だ。弱音を吐くような時間ではないことくらいは理解しているつもりだ。
けれど。
家を訪れた私への彼らの態度。
部外者とは言え被害者となった私に詳しいことを話そうとしない七人。
彼ら全員と仲良くすることさえ無理そうなのに、その上彼らを私に惚れさせるなどと。無謀にも程がある。
『……お嬢様……』
自嘲気味に笑った私に、リオリムは顔を歪めた。
『お嬢様は悪くありません。私が何もできないのが悪いのです』
「そんな。リオリムは私をいつも助けてくれてるじゃない? 私は、この世界に来て本当にあなたに助けられてばっかりなんだから」
『いいえ、こんなものでは全然足りません。私は、もっと……』
リオリムは何か言いかけてから、しかし口を噤んで目を伏せた。
『……いえ、何でもありません』
「……?」
なぜか苦しげな表情になったリオリムを不思議に思いつつ、私はベッドに身を投げ出した。枕の隣に手鏡を置き、盛大にため息をつく。
「……そもそもさ」
『はい』
「私、一番まずいと思うんだけど恋愛がどんなものなのか、イマイチわかってないんだよね……」
そう。
私は恋とやらをしたことがない。
そんな甘ったるい感情とは無縁で生きてきたのだ。
恋に恋をしていた時期がないとは言わない。けれど色々あって、恋をするなどという状況からは自分が程遠くなってしまった。
友人がいないわけではないけれど、まず異性の友人というものが限りなくゼロに近い。いや、ゼロだ。間違いなく。
もしもリオリムを友人と呼んでもいいのだとしたら、彼くらいのものだ。男の友人など。
その私に恋など、そう容易くできるわけもなく。
「だから、彼らが万一、万一だけど、私を好きになってくれたとしても、まずそれに気づけない気がする。――あ、ねぇ、リオリムは恋をしたことがある?」
『……ええと』
私の問いに、リオリムは言いにくそうに言葉を濁した。
『……したことがない、とは、言いません』
「あっ、ほんと? じゃあ、どんな感じか教えてもらってもいい!?」
私が鏡を覗き込むと、彼は更に言いにくそうに言い淀む。
『その……ですが、私もよくはわからないんです』
「ん?」
『私は、そういうことに疎くて。お嬢様のご期待に沿うことはお答え出来かねるかと』
「……そっか。……まぁ、そうじゃなくても、人にそんな事を聞くなんて不躾だったよね。ごめんね」
『いえ、決してそのようなことは……』
リオリムは申し訳なさげに視線を彷徨わせた。
「無理に聞き出すつもりはないから。忘れて」
『お嬢様……』
「もう寝るよ。灯り、消すね」
『……はい』
リオリムの返事を聞くと、私は手鏡を持ってベッドから立ち上がって机の上にあるランプに近づいた。手鏡を机の上に置く。そして火を消しベッドに戻ると、そのまま布団に潜り込んだ。
暗闇の中ベッドに潜り込めば、途端に睡魔が襲いかかってきた。そういえば、髪を乾かしていない。なんとなく乾いて来てはいるけれど、このまま寝たらきっと傷んでしまうだろう。そうわかっているのだけれど、睡魔には勝てそうになかった。
襲い来る睡魔に抗えず瞼を閉じかけている時だった。静かな声が、微かに聞こえた。
『私の恋など、あなたはきっと知らない方がいい。けれど、もしも私から一つだけ言えることがあるとしたら――恋をすると、その人のこと以外、考えられなくなるものです。かなしいほどに』
それはきっと、そんな声だった。
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