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3.gift

77.apple

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 これ以上ないほど、愛されている?



「えーと、私がですか」

「ああ」



 今の話を聞いたらもはや、自分の地位のために人をさらって脅して何らかの方法で記憶喪失にした極悪非道の女にしか思えないのだけれど。



「あなたは良き為政者だった。他国の姫君である故、権威は強くなかったが、市井を歩き、その実情を自分の眼で確かめて人々の声を直に聞いて回ったという」

「おぉ……」



 確かにその話だと良い人っぽい。……実はそれ私じゃないのだけれど。厳密には前のこの身体の持ち主なんだけれど。



 そこでいくつか思い出した。



――そうだよね、君なんだかんだで評判良かったし。城でどうだったかまではよく知らないけど。お忍びで城下町によく出かけて、庶民と話したりしてたんでしょ?それでよく家臣あたりに見つかって怒られてたって聞いたけど?

――それに姫、街でも評判いいじゃん! へちゅっ。姫は他の国から来て大変だっただろうに、ちゃんとこの国にもなじんでるし、すごいなって思う



 以前にユンファスやリリツァスから、それに近い話を聞いていた。人を敬遠する彼らが知っているというのなら、それなりに広く知られていた話なのだろう。



「……普通に良いひとっぽい」



 私が思わずそう呟くと、誰かが噴き出した音が聞こえた。顔を上げると、ユンファスがくすくすと笑っている。



「ぽい、ってなに? いいひとなんでしょ、事実」

「そうなんですかね? 記憶にないと、どうにも……」



 というより他人のしたことだから、何とも言えない。



 いや、それより。



 私は今思い出した台詞を頭の中で反芻してみた。



――それでよく家臣あたりに見つかって怒られてたって聞いたけど?



 家臣って、鴉のことだろうか。



「……。どんなひとなんだろう」

「記憶を失う前の君のこと?」



 それも十分気になるが、鴉というその集団は結構カギになりそうだと思う。



 何故ルーヴァスがそこまで嫌がるのかはわからないが――先ほどの理由に加えて、単純に得体のしれない人間たちと関わりたくないということかもしれない――私の故郷である国に雇われている人間だというのなら、やはり信頼はできるはずだと思う。



 しかし故郷もすごいことをする。姫の嫁入りに軍一つ投げてよこすとは。私という人物は嫁入りから物騒だったらしい。そして娘の暴挙。もうどうすればいいのかわからない。



「……私としら……娘の話について聞いたことはないですか?」

「君とお姫様の? うーん、何かあったっけ? 僕はあんまり記憶にないや」

「どちらか単体ならそれなりにあるが、二人揃っては聞いたことがないぞ」

「あ、でも接触したかどうかを抜けば同時に出てきた話題はあったよね……ひちっ」

「どんな話ですか?」

「えーっとね、確か君が嫁いでも、王様は君のこと全然大事にしなかったって」

「ええー……」



 いいのかそれで。仮にも他国から来た姫なのだから、ある程度丁重に扱ったほうがいいだろうに。



「むしろ前の女王との娘であるお姫さまを可愛がり過ぎていて、君は放ったらかし。へちっ。だから、君との間に子供もできず、だけど君は全然気にしてない様子だったって話が上がったなー」



 ……。



 娘を可愛がるのはわかるし、突然現れた妻より大事なんだろうなとは思う。でも、可愛がるのも行き過ぎればああいうとんでもない娘が出来上がるわけで……加減を考えて頂きたかった、ロリコン王。



 結果、私に全てのしわ寄せがきているんですけど。



 ……というかまた疑問が出てきた。



 白雪姫は、いつこの世界に転生したんだろう?



 私のようについ最近、突然この世界に来たのだろうか。それともかなり前からこの世界にいたとか? 最近この世界に来たのなら、前の世界の人格のままでいるということだろう。逆にかなり前からこの世界にいるのなら、あの過激な人格はこの世界で形成されたと考えてもおかしくはない。まぁ我侭放題に育てられたのなら過激でも不思議じゃない。



 それはともかく、彼女がかなり前からこの世界にいるということは、私にとってはあまり嬉しくない。彼女がこの世界に相当精通している可能性が高いからだ。

 何せ、常識であるらしい「妖精と人間の確執」すらつい最近まで知らなかった私だ。この世界に詳しい彼女と対決するとなると、かなり厄介極まりない。



「あの、娘が突然人格が変わったとかそういう話はなかったですか?」



 ある日突然人格が変異したのなら、それが彼女の転生地点かもしれない。



「あるよー?」

「えっ」

「人格っていうかもう色々変わったよね。あれはいつぐらいだったっけ?」

「姫がこの国にくる数年前じゃないかな?」

「あーそうだった。元々あのお姫さまって病弱ってことで知られてて、噂によると有力貴族のパーティでも一切顔を見せないってことで有名だったんだってさ。かなり幼い頃はそうでもなかったらしいんだけど。ただ、確か姫がこの国に嫁ぐって噂されたころに、この国で大きなパーティが開かれたんだよね。当然、君もこの国に来てさ。その時はあのお姫さまも出席したって話。その後からじゃなかった? 色々変わったの」



 ……どういうことだろう、それは。



「貴女があの姫君に殺されそうになっているのは、そのパーティで貴女が彼女に何かしたからではありませんか? それで相当恨まれたとか」



 パーティ以前に彼女はこの世界という乙女ゲームに転生したのだから、継母の存在は知っているはず。まぁ継母が妖精と同居しているというのは想定外かもしれないが。

 つまり恨み云々以前に毛嫌いされる理由はある。



 でも確かに、そのパーティ直後から彼女が変わったというのなら、それはそれで興味深い。何かあったのかもしれなかった。



「その後から我侭にもなったし、ひちっ、街にも良く出かけるようになったって。あと、処刑される人間が多くなったって」

「え」

「貴族とか町の人間とかを問わず、彼女に不敬な態度をとったってことで、極刑に処される人間が多くなったんだ。ただ、それも数年したら落ち着いたから、姫君からしたら、遊びに近いものだったのかもしれないね」



 何だそのタチの悪い遊び……最低すぎる。



 白雪姫について聞いて気分が悪くなった私は、その後、白雪姫のことについて聞かないことにした。



 その間ずっとルーヴァスが顔をしかめていたのが、何故だか少し引っかかった。

























「……」



 私はげっそりとしながらその場に座っていた。

 その様子をじーっとリリツァスが見ている。私は少し顔が引きつっているのを感じながら、何とか口の端を持ち上げて愛想笑いをしてみた。



「……。よし、やっぱり左手に花を持とう! へちっ」

「えぇ……」



 リリツァスに渡された数本の花を見つめ、私は顔をひきつらせた。まだ構図が決まらないのか……



 先ほどの物騒な話を聞いた後、適当なところで私たちは解散になった。そこでリリツァスが言ってきたのだ。



 絵のモデルをして、と。



「姫、もっと愁いを帯びた感じで花を見てて!」

「私、役者じゃないからそんなうまくはできないですよ……」



 言われた通りに顔を動かそうと試みるのだがよくわからない。何だ愁いって。そういう表情なら花より毒リンゴを持たされた方がそれっぽい表情になれる気がする。心底なりたくないけど。



「……その、何をしているの?」



 カーチェスの声が聞こえたのでそちらに視線を向けると、彼は驚いた表情を隠さずに私たちを見ていた。手ぶらの彼は、散歩でもしに行こうとしているところだろうか。



「あ、カーチェス! ……森の中の二人、っていうのも悪くないけど……んー……へちゅっ」

「……?」

「カーチェス、お散歩ですか?」

「うん、そんなところかな。少し違う空気を吸いたくなって」

「あぁ、わかります。特に森の中って空気が澄んでいるのか、凄く新鮮に感じます」

「そうなんだよね」



 ふんわりと微笑む彼の頬にはうっすらと朱色。この会話でも照れているのか。どこに照れる要素があるのか。



「リリツァスと君は? 何でまた、こんなことを?」

「今、リリツァスに頼まれて絵のモデルをしているところです。……私でモデルになるのかどうかよくわからないんですが」

「あぁ、だから椅子に座って花を持ってるんだね。何事かと思ったよ」



 確かに外で――それも家のすぐ前で――椅子に座ってじっとしている女一人とそのまわりをうろついている男の図というのは、何というかこう、絵面的に非常に微妙だ。



 しかしまぁ、私も突然のことで驚いたのだ。前に彼ら七人の手伝いをする、とは言ったものの、再びモデルをすることになるとは。

 よくもまぁ、こんな平々凡々というか中の下程度の顔面偏差値の女をモデルにしようと思ったものだ。私には理解できない。



 そんな私の胸中を知ってか知らずか、カーチェスは困ったように微笑み、何かを悩んでいるリリツァスに声をかける。



「リリツァス、熱心なのはいいことだけれど、姫に迷惑を掛けたらいけないよ。いいね?」

「うん、わかった! ひちっ」

「姫も、大変だったりしたら、ちゃんと言うんだよ?」

「ありがとうございます」



 私が苦笑しつつ返事をすると、カーチェスも困惑を滲ませたまま微笑んで頷いた。特に私は拒否するつもりがないのを――手伝いをすると言ったのに、拒否できるわけがない――、彼は暗に感じ取ったのだろう。



「それはそうと、リリツァスはなんで急に彼女の絵を描こうと思ったの?」

「急にじゃないよ。前から姫をモデルに描いてみたかったんだ。へちっ。女の子はあの家じゃ貴重だし。というかこの森でも貴重だしね!」

「まぁそうだけれど……」



 確かにまぁ森にそんな何人も女がうろつくとは考えにくい。私だってあんな事情さえなければ、迷いの森とわかっていながらわざわざ踏み込むようなことはしなかっただろう。



「姫の今の服も可愛いけど、ここは真っ白なドレスとか可愛いかも! へちっ」

「ど……ドレス? 持ってませんよそんなの。多分全部売っぱらったはずです」

「うん、だから俺が作るんだよ!」

「……。はい?」



 私が聞き返すと、リリツァスは「俺が作るの! へちっ。姫のドレス!」と元気に繰り返した。



「……本気で言ってます?」

「だって森の中、寂しそうに佇む白いドレスの一人の女の子とか、へちっ、絵としてはすごく良くない!? あ、それなら椅子はやっぱりやめにして、花に口づけている少女、とかいいかも。うん、凄く良い!! へちちっ」

「そ、そうです、かね……? というか私はそっちじゃなくて、作る、という方に反応したんですが……わざわざ作らなくて、も……」



 と、考えたところで、ふとカーチェスに視線が行く。



 純白の長い髪。真紅の双眸。聖職者のような白い衣装。



 どうせ服を作るというのなら、女と見間違えるほど中性的な美青年のカーチェスに頼んだほうが良くないだろうか。



「……多分私よりカーチェスの方が似合うんじゃないでしょうか、それ」

「……は?」

「カーチェス?」



 二人はしばらくきょとんとした顔をしていた。



 が、少しして。



「いやいやいやいやいや! 俺は女の子の姫が描きたいの!! へちっ」

「そうだよ姫、何でそこで出てくる選択肢が俺になるのかな……!? 俺はれっきとした男だよ!?」

「いやでもほら。私より美人じゃないですか」



 まぁそれはこの家の住人全員に共通して言えることなのですが。



「カーチェスがそれやったら絶対私よりも、さまになると思うんですが」

「俺にカーチェス用のドレスを作れっていうの!? へち!」

「さ、流石にドレスを着るのは俺だって嫌だからね? 女装の趣味はないよ」

「別にそうは言ってませんけど」

「いや、お前が女装をやったらむしろ金が取れる勢いじゃないか?」



 突如低い声が響いたと思ったら、ぬっと背後から誰かが顔を突き出してくる。



「うわ、びっくりした。いたんですかノアフェス」

「うむ」

「ノアフェス、あのね。俺にも一応矜持というものが」

「だが金は稼げる。考えてみろ。女装して適当な男にしなだれかかって酒でも注げば、コレだ」



 と、ノアフェスは人差し指と親指で円を作って見せる。要は、お金のジェスチャー。儲けられるぞ、ということだろう。

 途端、カーチェスが顔をひきつらせた。



「の、ノアフェスは俺を娼婦にでもする気なの……?」

「? 何故そうなる。酒を注ぐだけだぞ」

「……。ノアフェス、その仕草、どういう意味でやったのかな……?」

「金」

「……はぁ~……」



 カーチェスは大きくため息をついた。安堵のようにも呆れたようにも聞こえるため息に、ノアフェスと私は首を傾げた。



「ノアフェスの国では違ったかもしれないけど、この国だとそれ、凄く下品な意味合いだからね」

「金がか?」

「違うよ。その……」



 何か言いかけたところでカーチェスの顔が朱色に染まっていく。



 ……どうしたのだろう。



「……と、とにかくね。その仕草は使わないこと。いい?」

「ふむ。やはりこの国はよくわからんな……」



 同感だ。

 勿論日本と似た文化だとは到底思わないが、この国はゲーム内でどういう設定で作られたのだろう。ある程度どこかの国に似せていそうなものだが。



 しかしめでたいものが豚だったりお金のジェスチャーが非常に下品だったりと、はっきり言って全く見当がつかない。もはや女子高校生の知能の限界である。



「リオリムに聞いてみるかな……」

「何だ? 何か言ったか」

「い、いえ」



 ぼそっとつぶやいた言葉を拾われ、私は慌てて手を振った。



「そういえば、思ったんですけど」



 話題を変えようと、私は口を開いた。



「ノアフェスって何か、ルーヴァスと似ていますよね」



 私の言葉に、カーチェスとリリツァスが息を呑んだ。



「……」



 その場に訪れたのは沈黙。

 ……もしかしなくてもこれ。失言した?



 沈黙したその場に何とか先ほどまでの空気を取り戻そうとしたとき、



「……そうか?」



 と、ノアフェスが首を傾げた。

 特に彼自身には気まずげな雰囲気はなく、私はいくらか安堵した。それはどうもカーチェスとリリツァスも同じらしく、あからさまにほっとした様子でいる。



「最近は、少しずつ変わってきたかなとは思うんですが。話し方とか……」

「……。それは恐らく、俺があいつの影響を受けたせいだな」

「影響を受けた?」



 どういうことだろうか、と何気なく反芻すると、ノアフェスはやはり特に感慨も見せずに淡々と告げた。



「俺には記憶がない」
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