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第3話
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ガヤガヤと煩い音が鼓膜を叩き、甲高い叫び声が寝惚け頭を揺らす。煩い、そう叫んでやりたかった。だが目の前を走り去って行った怪獣どもには無意味だろう。
「はぁ」
苛立ちを捻り出すようにため息を吐く。春人だ。今春人は孤児院にいるのだが、ここにあの劇場のような場所から移されてもう7年の時が経つ。
老人と女性の会話を盗み聞きした日からそう時間も経たずに移されたのだ。
どうやら春人の両親はなんらかの原因で亡くなっているらしく、孤児だ。
そしてここでの名前はルークというらしい。
全くこれで外見が日本人みたいだったら笑いものだとはルークの弁だ。
この7年間なにも出来なかった。四六時中孤児院の職員がピッタリと俺を含めた子供たちに引っ付いているし、余計なことをして怪しい若しくはおかしい子と思われて処分されてはたまったものではないからな。
まあ、流石に無為に時間を過ごしていたわけではない。
耳からちゃんと情報を集めていたのだ。集まった情報は俺に今後の進む道を示してくれたと言える。
まず1つ目にこの世界は魔物がいるだけに魔法に似た技術があるようだ。扱うには相応の才能が必要とされるらしいが、日常生活が便利になる程度なら誰でも扱えるようになるらしい。
これを聞いた時は飛び跳ねて喜びそうになった。
何せ魔法だ、誰しも思春期を越える頃使ってみたいと夢見た事があるのではないだろうか?
俺はある。黒い歴史と封印していたがその機会が回ってくるとは思ってもみなかった。正直に言ってうれしい。
2つ目。今いる孤児院は0歳から7歳までしかおらず、それ以上になると全寮制の学校にランク別で通う事になる。職員たちはこの事について子供たちにランダムに分けられ学校に行く事になると言っていたが、俺の情報収集能力を舐めないでもらいたい。こっそりと聞かせてもらった。
7歳になったら学校に放り出させることに子供たちは戸惑っていたが、俺にとっては自由に動けるようになるのでとてもいい事だ。
次に3つ目。疑問に思っていた赤ん坊のランク分け方法だ。
どうやら俺がいたあの場所はすべての赤ん坊を集めて能力を計測する施設だったらしい。ランク分けは単純でS~Dまで分けられる。
その方法は……消して気分のいいものではなかった。
【容姿】【身体能力】【頭脳】【魔力】などの多岐にわたる項目で細かく数値化され、ランク分けされる。赤ん坊の第一段階で測ったものなのでまだ仮能力予想値だがそれでも足切りが行われる。それが処分だ。
Dランクに満たなかった赤ん坊はその時点で処分された、らしい。
今思い出しただけでも吐き気が止まらない。でも心のどこかにそれに引っかからなくてよかったと思う自分がいる。それもまた吐き気に拍車をかけたのは思い出したくない記憶だ。
そして最後に4つ目。ランク分けは合計三回、赤ん坊の頃に一回、7歳に一回、15歳に一回行われる。そう最悪なことに今日この日がランク分けが行われる日だ。
職員は子供たちに健康診断と言って誤魔化していたが、運がいいのか悪いのかトイレに行く時に聞いてしまった。
聞いていたのが俺だからパニックにならずに済んでいるが、もし他の子に聞かれていたらどうするつもりなのやら。
まあ、処分という単語がわからずにおしまいだと思うけど。
ヨタヨタと目を擦りながら適当に開いている席に歩いていく。
気分は最悪で、回れ右をして布団に篭りたい。しかしそうは問屋がおろさないだろう。
やるしかない、そんな沈んだ気持ちを胸にドタバタと走り回る怪獣どもをスルスルと避けながら席に着いた。
「おおっ! 今日は朝から肉か豪華だな! 」
「ルークくん、うれしそうだね! おにくすきなの? 」
皿上に載ったウィンナーに目を輝かせていると、横から元気な声で話しかけられた。この声は……。
ルークが声の聞こえた方向に首を回すとコテンと首を傾げたプラチナブロンドの女の子がいた。妖精のような見た目は神秘的でこの世のものとは思えない美しさを放っている。
「クロエか、ああ肉は好きだぞ。大好物なんだ」
「そうなんだ~ じゃあお肉ちょっとだけあげるねどうぞ~」
「ありがとう、でもいいの? 」
「いいの! このまえルークくんにお魚もらったし、クロエはお姉ちゃんだからっ! 」
軽く胸を叩き、えっへんと口角を上げるクロエを見てルークはまたかと密かにゲンナリする。
クロエとは同室で眠っているルームメイトというやつなのだが、同い年のくせにやたらとお姉ちゃんぶるのだ。俺から見たら妹みたいなものなのに着替えからなにからなにまで世話を焼くのはちょっと勘弁願いたい。
でも肉もらえたからいいか。肉に勝るものはなし、え? プライド? なんですかそれ?
ルークが幼女から施しを受けるというプライドをかなぐり捨てたことをしていると、ようやく騒いでいた怪物どもが職員に捕獲されて席につかされたようだ。
縦長のテーブルに子供が一斉に座らせられているのは壮観だと思う。
「みんな席に着いたわね、では恵みに感謝していただきます」
「「「いただきます! 」」」
職員の中で1番古株らしき老婆が手を合わせて、そう言った。すると子供たちは朝食にかぶりついていく。
こうしてはいられない、早く食べなければ俺の分の朝食が奪われてしまう。
孤児院に人のがどうだこうだとか皆無なのだ。俺に肉を分けてくれたクロエは妖精といえよう。
ガツガツとソーセージを貪り、スープを啜っていると生き残りの肉に近づくフォークが目に入った。
俺は皿を片手に、フォークの主の手を掴む。
「おいおい、人の肉に手を出そうとはいい度胸だな」
「ちぇっ! いいだろ~ ぼくのぜんぶたべちゃったんだ! ちょーだい! 」
ルークに掴まれた犯人は悪びれることなくのたまった。物凄い度胸である。いや、このくらいの年頃はだいたいこうかもしれない。
と言っても肉を渡すつもりなどさらさらないが。
「嫌だね、ここでもしお前に肉を上げたとして、俺の成長を阻害されたらどうしてくれるんだ? ええ? 責任とってくれんのか? ああ? 」
子供とは思えないメンチの切り方をするルーク。別にルークでも最初からこうだった訳ではない。別の子に1度目は仕方ないとあげたことがあった。しかしあげたらあげたで次の日もまた次の日もとねだってくるのだ。
限られた時にしか食べれない孤児院で毎日自分の食事を分け与えることなど無理だ。
絶対に将来影響が出てくるし、それで体の成長など予期せぬ理由で無能と判断され処分されたら目も当てられない。
しかも、それが見ず知らずの他人で最後の晩餐になるかもしれないということもあって、睨みが凄みがかっているのかも知れない。
「ううぅ……どうしてそんなこわいかおするのぉ? ふぇぇぇん! 」
男の子はルークのメンチに耐えられなくなったのか、泣き出してしまった。
ルークは何度目かになるため息を吐く。ただ睨みつけただけで泣くとは……めんどくさいな。子供の相手は疲れる……。
「あらあらどうしたの? ほら言ってみなさい? 」
素知らぬふりをして最後になった肉を咀嚼していると、若い職員のお姉さんが男の子に優しく問いかけた。聖母のような笑みに男の子は落ち着きを取り戻したのか、俺を指差して「ルークくんがいじめた」と言った。
ぶっ殺してやろうかこのガキ……。
「そうなのルークくん? 」
お姉さんは少し咎めるような眼差しを向けてくる。俺は口の中に残っていたものを飲み干し、水で喉を潤してから答えた。
「いいえ、そっちのえーっと名前は……ウザイザーくんが人の食べ物を密かに強奪しようとしていたのを咎めたところ、開き直りよこせと言ってきたので拒否を伝えたら泣き出しました」
「ウザイザーじゃないもんっ! ウパイザーだもんっ! 」
「ああそうそうウパイザー」
振るわれる幼い拳を避けながら修正すると、自分の攻撃がいとも簡単に避けられているのが悔しいのかまた泣き出すウパイザー。
正直かなり鬱陶しい。当たったら当たったで俺が不愉快だから避けるけど。
「こらやめなさいっ! 手を出したらダメです! 」
そんなことをしているとウパイザーくんがお姉さんに叱られた。ルークはシュンと縮こまっているウパイザーを見て薄い笑みを浮かべる。泣かされて、怒られて災難だったな。まあ、全部自分の身から出たサビだ、自業自得ってやつだな。ププッ
「ルークくんも! 」
「は? どうしてですか? 」
突然飛び火し、ルークは間の抜けた声を上げた。しかしそんなことはお姉さんに関係ないのか、まくしたてるように叱る。
「ルークくんはお兄ちゃんなんだからウパイザーくんに少し分けてあげないとダメでしょ! あと名前間違えてごめんなさいってしっかり謝りなさい」
真剣な顔で怒るお姉さんに更に訳が分からなくなり、目をパチクリとさせた。その様子が渋っているように映ったのか「ルークくん」と言葉を強めた。
ルークはここに至ってなぜお姉さんが怒っているのかに気づく。ああ、喧嘩両成敗しようとしているのかと。しかしそれはルークに許容できるものではなかった。
握られている手を力強く振りほどき、しゃがんでいるお姉さんを見下ろすように目を細める。
「先生僕は食べ物を分けなかったことに関しては謝りませんよ」
「ル、ルークくん?」
「僕たちの食事は朝昼晩の3回行われますが、その1つ1つの量はとても少ない。今日出た肉だって何週間ぶりですか? それを先生はたかが数ヶ月差で生まれたくらいで分け与えろと、そう仰るのですね」
言葉には出さなかったが、最後の晩餐かも知れないのにとも付け加えたルークに得体の知れない圧力を感じたのかお姉さんは気圧される。
「そういうわけじゃないのよ でもお兄ちゃんなんだから……」
「それです、お兄ちゃん? 違いますよ。俺はウパイザーくんのお兄ちゃんになった覚えはありません。名前だってうろ覚えだったし、記憶に殆どない。それに俺はクロエのお兄ちゃんであって他の何者のお兄ちゃんではない! 」
グッと拳を込めて力説するその姿はただのシスコンにしか見えない。しかし、あまりの気迫にルークたちのやり取りを見ていた子供たち、職員までもが固まってしまった。
もはや食について怒っているのか、お兄ちゃんについて怒っているのか本人ですら分からなくなっている。
そこに今までプルプルと手を震わせていたクロエが勢いよく立ち上がって反論する。
「なにいってるの! クロエがおねえちゃんなの! ルークくんはおとうとなの! 」
「い~や俺がお兄ちゃんだね。だって精神年齢、俺の方が高いし」
「せいしんねんれい? わからないこといってごまかさないで! もうルークくんなんてきらい! ベーだ! 」
クロエは頬を膨らませてぽこぽことルークの胸を叩く。ルークが避けないのはまあ、お察しという奴だ。
にやけている顔を見れば誰もが「あ、こいつ楽しんでやがる」と思うだろう。
「相変わらず賑やかねぇ~ ルークくんにクロエちゃんは将来結婚するのかしら? 」
からかいを多分に含んだその声の主は孤児院でさっき音頭を取っていた老婆だ。ルークはこの手のからかいはなんともないが、クロエはというと……。
顔を真っ赤にしてらっしゃる。かわいいなぁ~
「しないよ! ルークはおとうとなの! クロエはおねえちゃんだから……えっとえっと」
言っているうちにしどろもどろになり、結局俯いてしまった。ルークがよしよしと頭を撫でて慰めると、顔を隠すように抱きついた。はたから見ればルークがお兄ちゃんだが、クロエはまだ気づいていない。
それをいいことに色々と楽しんでいるルークに老婆が話しかけた。
「あらまあ、本当に仲良しだねぇ」
「ええ、クロエのお兄ちゃんですからね」
「……どうにもそうは見えないけど、まあいいよ。ルークくん、君の話しは聞いていたよ」
膝を折って目線を合わせてくる老婆にうっと目をそらす。ルークはこの老婆がどうにも苦手なのだ。
見透かされるようなそんな気がして居心地が悪いし、三日月に歪む目の奥に何か底知れないものを感じる。きみが悪い。
「そうですか」
「ええ、でもねルークくん。エリサは君にみんなのお兄ちゃんになって貰いたくて言っているのよ? 君はみんなと比べて賢くて、優秀なんだから少しは我慢しないとね? 」
「……ですが、人と人の協調を図るならばルールは守るべきものです。例外はありますが、今回はそれに当たらない。しかもウパイザーくんはまず人のものを無断で盗もうとしました、これは皆様が教えてくださる協調の大切さに反するのではないでしょうか? 」
「そうね、ルークくんの言っていることは正しいわ。ウパイザーくんは悪いことをした、比率で言えば黒よ。でもそれだからそこ慈悲が必要なの、特にウパイザーくんには」
一向に笑顔を崩さない、鉄壁の城塞を思わせる老婆にルークは訝しげに眉を潜める。目をまん丸くして可愛い顔をしているクロエは論外として、ウパイザーくんを宥めていたお姉さん、エリサさんもそれは同じようで首を少し傾げていた。
言っている意味がよくわからない。やっているとことは悪いことだけど、慈悲は必要……。
グルグルと頭を回してみるが、やっぱりわからなかった。
このまま話し続ければわかるかも知れないけど、無意味だと思う。何か老婆には一定以上には踏み込ませないガラスのようなものを感じる。やっぱりきみが悪い。
ルークは三日月に歪む目から視線を逸らし、納得してないとありあり顔に浮かべながら頷いた。
「わかりました、ですが自分のは既に完食してしまったのでウパイザーくんに分けることはできませんが……」
「わかってくれたらいいのよ、やっぱりルークくんは優秀ね。でも安心しなさいまだ厨房に残っている料理があったはずだから。さあウパイザーくんおばあちゃんと一緒にご飯食べよっか」
「うんっ! 」
老婆はエリサの胸でまだシクシク泣いていたウパイザーに手を伸ばし、聖母のような微笑みを浮かべてそう言った。すると先ほどまでの泣き虫っぷりがなんだったんだというくらい元気になり、老婆と共に部屋を出て行った。
去り際に舌を出された時にとっさに中指を立てそうになってしまったのは反省だ。
「はぁ」
苛立ちを捻り出すようにため息を吐く。春人だ。今春人は孤児院にいるのだが、ここにあの劇場のような場所から移されてもう7年の時が経つ。
老人と女性の会話を盗み聞きした日からそう時間も経たずに移されたのだ。
どうやら春人の両親はなんらかの原因で亡くなっているらしく、孤児だ。
そしてここでの名前はルークというらしい。
全くこれで外見が日本人みたいだったら笑いものだとはルークの弁だ。
この7年間なにも出来なかった。四六時中孤児院の職員がピッタリと俺を含めた子供たちに引っ付いているし、余計なことをして怪しい若しくはおかしい子と思われて処分されてはたまったものではないからな。
まあ、流石に無為に時間を過ごしていたわけではない。
耳からちゃんと情報を集めていたのだ。集まった情報は俺に今後の進む道を示してくれたと言える。
まず1つ目にこの世界は魔物がいるだけに魔法に似た技術があるようだ。扱うには相応の才能が必要とされるらしいが、日常生活が便利になる程度なら誰でも扱えるようになるらしい。
これを聞いた時は飛び跳ねて喜びそうになった。
何せ魔法だ、誰しも思春期を越える頃使ってみたいと夢見た事があるのではないだろうか?
俺はある。黒い歴史と封印していたがその機会が回ってくるとは思ってもみなかった。正直に言ってうれしい。
2つ目。今いる孤児院は0歳から7歳までしかおらず、それ以上になると全寮制の学校にランク別で通う事になる。職員たちはこの事について子供たちにランダムに分けられ学校に行く事になると言っていたが、俺の情報収集能力を舐めないでもらいたい。こっそりと聞かせてもらった。
7歳になったら学校に放り出させることに子供たちは戸惑っていたが、俺にとっては自由に動けるようになるのでとてもいい事だ。
次に3つ目。疑問に思っていた赤ん坊のランク分け方法だ。
どうやら俺がいたあの場所はすべての赤ん坊を集めて能力を計測する施設だったらしい。ランク分けは単純でS~Dまで分けられる。
その方法は……消して気分のいいものではなかった。
【容姿】【身体能力】【頭脳】【魔力】などの多岐にわたる項目で細かく数値化され、ランク分けされる。赤ん坊の第一段階で測ったものなのでまだ仮能力予想値だがそれでも足切りが行われる。それが処分だ。
Dランクに満たなかった赤ん坊はその時点で処分された、らしい。
今思い出しただけでも吐き気が止まらない。でも心のどこかにそれに引っかからなくてよかったと思う自分がいる。それもまた吐き気に拍車をかけたのは思い出したくない記憶だ。
そして最後に4つ目。ランク分けは合計三回、赤ん坊の頃に一回、7歳に一回、15歳に一回行われる。そう最悪なことに今日この日がランク分けが行われる日だ。
職員は子供たちに健康診断と言って誤魔化していたが、運がいいのか悪いのかトイレに行く時に聞いてしまった。
聞いていたのが俺だからパニックにならずに済んでいるが、もし他の子に聞かれていたらどうするつもりなのやら。
まあ、処分という単語がわからずにおしまいだと思うけど。
ヨタヨタと目を擦りながら適当に開いている席に歩いていく。
気分は最悪で、回れ右をして布団に篭りたい。しかしそうは問屋がおろさないだろう。
やるしかない、そんな沈んだ気持ちを胸にドタバタと走り回る怪獣どもをスルスルと避けながら席に着いた。
「おおっ! 今日は朝から肉か豪華だな! 」
「ルークくん、うれしそうだね! おにくすきなの? 」
皿上に載ったウィンナーに目を輝かせていると、横から元気な声で話しかけられた。この声は……。
ルークが声の聞こえた方向に首を回すとコテンと首を傾げたプラチナブロンドの女の子がいた。妖精のような見た目は神秘的でこの世のものとは思えない美しさを放っている。
「クロエか、ああ肉は好きだぞ。大好物なんだ」
「そうなんだ~ じゃあお肉ちょっとだけあげるねどうぞ~」
「ありがとう、でもいいの? 」
「いいの! このまえルークくんにお魚もらったし、クロエはお姉ちゃんだからっ! 」
軽く胸を叩き、えっへんと口角を上げるクロエを見てルークはまたかと密かにゲンナリする。
クロエとは同室で眠っているルームメイトというやつなのだが、同い年のくせにやたらとお姉ちゃんぶるのだ。俺から見たら妹みたいなものなのに着替えからなにからなにまで世話を焼くのはちょっと勘弁願いたい。
でも肉もらえたからいいか。肉に勝るものはなし、え? プライド? なんですかそれ?
ルークが幼女から施しを受けるというプライドをかなぐり捨てたことをしていると、ようやく騒いでいた怪物どもが職員に捕獲されて席につかされたようだ。
縦長のテーブルに子供が一斉に座らせられているのは壮観だと思う。
「みんな席に着いたわね、では恵みに感謝していただきます」
「「「いただきます! 」」」
職員の中で1番古株らしき老婆が手を合わせて、そう言った。すると子供たちは朝食にかぶりついていく。
こうしてはいられない、早く食べなければ俺の分の朝食が奪われてしまう。
孤児院に人のがどうだこうだとか皆無なのだ。俺に肉を分けてくれたクロエは妖精といえよう。
ガツガツとソーセージを貪り、スープを啜っていると生き残りの肉に近づくフォークが目に入った。
俺は皿を片手に、フォークの主の手を掴む。
「おいおい、人の肉に手を出そうとはいい度胸だな」
「ちぇっ! いいだろ~ ぼくのぜんぶたべちゃったんだ! ちょーだい! 」
ルークに掴まれた犯人は悪びれることなくのたまった。物凄い度胸である。いや、このくらいの年頃はだいたいこうかもしれない。
と言っても肉を渡すつもりなどさらさらないが。
「嫌だね、ここでもしお前に肉を上げたとして、俺の成長を阻害されたらどうしてくれるんだ? ええ? 責任とってくれんのか? ああ? 」
子供とは思えないメンチの切り方をするルーク。別にルークでも最初からこうだった訳ではない。別の子に1度目は仕方ないとあげたことがあった。しかしあげたらあげたで次の日もまた次の日もとねだってくるのだ。
限られた時にしか食べれない孤児院で毎日自分の食事を分け与えることなど無理だ。
絶対に将来影響が出てくるし、それで体の成長など予期せぬ理由で無能と判断され処分されたら目も当てられない。
しかも、それが見ず知らずの他人で最後の晩餐になるかもしれないということもあって、睨みが凄みがかっているのかも知れない。
「ううぅ……どうしてそんなこわいかおするのぉ? ふぇぇぇん! 」
男の子はルークのメンチに耐えられなくなったのか、泣き出してしまった。
ルークは何度目かになるため息を吐く。ただ睨みつけただけで泣くとは……めんどくさいな。子供の相手は疲れる……。
「あらあらどうしたの? ほら言ってみなさい? 」
素知らぬふりをして最後になった肉を咀嚼していると、若い職員のお姉さんが男の子に優しく問いかけた。聖母のような笑みに男の子は落ち着きを取り戻したのか、俺を指差して「ルークくんがいじめた」と言った。
ぶっ殺してやろうかこのガキ……。
「そうなのルークくん? 」
お姉さんは少し咎めるような眼差しを向けてくる。俺は口の中に残っていたものを飲み干し、水で喉を潤してから答えた。
「いいえ、そっちのえーっと名前は……ウザイザーくんが人の食べ物を密かに強奪しようとしていたのを咎めたところ、開き直りよこせと言ってきたので拒否を伝えたら泣き出しました」
「ウザイザーじゃないもんっ! ウパイザーだもんっ! 」
「ああそうそうウパイザー」
振るわれる幼い拳を避けながら修正すると、自分の攻撃がいとも簡単に避けられているのが悔しいのかまた泣き出すウパイザー。
正直かなり鬱陶しい。当たったら当たったで俺が不愉快だから避けるけど。
「こらやめなさいっ! 手を出したらダメです! 」
そんなことをしているとウパイザーくんがお姉さんに叱られた。ルークはシュンと縮こまっているウパイザーを見て薄い笑みを浮かべる。泣かされて、怒られて災難だったな。まあ、全部自分の身から出たサビだ、自業自得ってやつだな。ププッ
「ルークくんも! 」
「は? どうしてですか? 」
突然飛び火し、ルークは間の抜けた声を上げた。しかしそんなことはお姉さんに関係ないのか、まくしたてるように叱る。
「ルークくんはお兄ちゃんなんだからウパイザーくんに少し分けてあげないとダメでしょ! あと名前間違えてごめんなさいってしっかり謝りなさい」
真剣な顔で怒るお姉さんに更に訳が分からなくなり、目をパチクリとさせた。その様子が渋っているように映ったのか「ルークくん」と言葉を強めた。
ルークはここに至ってなぜお姉さんが怒っているのかに気づく。ああ、喧嘩両成敗しようとしているのかと。しかしそれはルークに許容できるものではなかった。
握られている手を力強く振りほどき、しゃがんでいるお姉さんを見下ろすように目を細める。
「先生僕は食べ物を分けなかったことに関しては謝りませんよ」
「ル、ルークくん?」
「僕たちの食事は朝昼晩の3回行われますが、その1つ1つの量はとても少ない。今日出た肉だって何週間ぶりですか? それを先生はたかが数ヶ月差で生まれたくらいで分け与えろと、そう仰るのですね」
言葉には出さなかったが、最後の晩餐かも知れないのにとも付け加えたルークに得体の知れない圧力を感じたのかお姉さんは気圧される。
「そういうわけじゃないのよ でもお兄ちゃんなんだから……」
「それです、お兄ちゃん? 違いますよ。俺はウパイザーくんのお兄ちゃんになった覚えはありません。名前だってうろ覚えだったし、記憶に殆どない。それに俺はクロエのお兄ちゃんであって他の何者のお兄ちゃんではない! 」
グッと拳を込めて力説するその姿はただのシスコンにしか見えない。しかし、あまりの気迫にルークたちのやり取りを見ていた子供たち、職員までもが固まってしまった。
もはや食について怒っているのか、お兄ちゃんについて怒っているのか本人ですら分からなくなっている。
そこに今までプルプルと手を震わせていたクロエが勢いよく立ち上がって反論する。
「なにいってるの! クロエがおねえちゃんなの! ルークくんはおとうとなの! 」
「い~や俺がお兄ちゃんだね。だって精神年齢、俺の方が高いし」
「せいしんねんれい? わからないこといってごまかさないで! もうルークくんなんてきらい! ベーだ! 」
クロエは頬を膨らませてぽこぽことルークの胸を叩く。ルークが避けないのはまあ、お察しという奴だ。
にやけている顔を見れば誰もが「あ、こいつ楽しんでやがる」と思うだろう。
「相変わらず賑やかねぇ~ ルークくんにクロエちゃんは将来結婚するのかしら? 」
からかいを多分に含んだその声の主は孤児院でさっき音頭を取っていた老婆だ。ルークはこの手のからかいはなんともないが、クロエはというと……。
顔を真っ赤にしてらっしゃる。かわいいなぁ~
「しないよ! ルークはおとうとなの! クロエはおねえちゃんだから……えっとえっと」
言っているうちにしどろもどろになり、結局俯いてしまった。ルークがよしよしと頭を撫でて慰めると、顔を隠すように抱きついた。はたから見ればルークがお兄ちゃんだが、クロエはまだ気づいていない。
それをいいことに色々と楽しんでいるルークに老婆が話しかけた。
「あらまあ、本当に仲良しだねぇ」
「ええ、クロエのお兄ちゃんですからね」
「……どうにもそうは見えないけど、まあいいよ。ルークくん、君の話しは聞いていたよ」
膝を折って目線を合わせてくる老婆にうっと目をそらす。ルークはこの老婆がどうにも苦手なのだ。
見透かされるようなそんな気がして居心地が悪いし、三日月に歪む目の奥に何か底知れないものを感じる。きみが悪い。
「そうですか」
「ええ、でもねルークくん。エリサは君にみんなのお兄ちゃんになって貰いたくて言っているのよ? 君はみんなと比べて賢くて、優秀なんだから少しは我慢しないとね? 」
「……ですが、人と人の協調を図るならばルールは守るべきものです。例外はありますが、今回はそれに当たらない。しかもウパイザーくんはまず人のものを無断で盗もうとしました、これは皆様が教えてくださる協調の大切さに反するのではないでしょうか? 」
「そうね、ルークくんの言っていることは正しいわ。ウパイザーくんは悪いことをした、比率で言えば黒よ。でもそれだからそこ慈悲が必要なの、特にウパイザーくんには」
一向に笑顔を崩さない、鉄壁の城塞を思わせる老婆にルークは訝しげに眉を潜める。目をまん丸くして可愛い顔をしているクロエは論外として、ウパイザーくんを宥めていたお姉さん、エリサさんもそれは同じようで首を少し傾げていた。
言っている意味がよくわからない。やっているとことは悪いことだけど、慈悲は必要……。
グルグルと頭を回してみるが、やっぱりわからなかった。
このまま話し続ければわかるかも知れないけど、無意味だと思う。何か老婆には一定以上には踏み込ませないガラスのようなものを感じる。やっぱりきみが悪い。
ルークは三日月に歪む目から視線を逸らし、納得してないとありあり顔に浮かべながら頷いた。
「わかりました、ですが自分のは既に完食してしまったのでウパイザーくんに分けることはできませんが……」
「わかってくれたらいいのよ、やっぱりルークくんは優秀ね。でも安心しなさいまだ厨房に残っている料理があったはずだから。さあウパイザーくんおばあちゃんと一緒にご飯食べよっか」
「うんっ! 」
老婆はエリサの胸でまだシクシク泣いていたウパイザーに手を伸ばし、聖母のような微笑みを浮かべてそう言った。すると先ほどまでの泣き虫っぷりがなんだったんだというくらい元気になり、老婆と共に部屋を出て行った。
去り際に舌を出された時にとっさに中指を立てそうになってしまったのは反省だ。
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