15 / 29
【15】四聖爵と妖精の血と、まさかの妖精たち。
しおりを挟む
「ミュラン様のうそつき……。双子ちゃんは、一体どこにいるんでしょうか……?」
わたしが自分のお腹をさすりながら不満っぽい口調でそう呟くと、ミュラン様は紅茶を噴いてむせていた。
* * * * *
火事未遂で終わった「お香事故」からすでに1か月。
今ではもう、わたしたちは本物の仲良し夫婦だ。
今は、ぽかぽか陽気の昼下がり。ミュラン様とわたしは、2人でティータイムを楽しんでいるところだ。ミュラン様は、お仕事で外出しているとき以外はわたしと一緒にお茶やお食事の時間を作ってくれている。
「……別に良いじゃないか、急がなくても。しばらく2人きりの蜜月を過ごしたいとは思わないのかい?」
と言いながら、ミュラン様は気まずそうに眼を泳がせていた。
「そりゃ、思いますけども。でも、ミュラン様は『僕らが一度でも触れ合ったら、邪悪な双子が生まれてしまう』みたいなことを言ってませんでした? ……読みが外れましたよね」
「……外れたな」
おかしいな、と呟いて考え込んでいるミュラン様の表情がかわいくて、わたしはついつい笑ってしまった。
「ほらね。やっぱり、怖い未来は変わったんですよ。安心したでしょ?」
ミュラン様も、わたしに釣られて苦笑していた。
「……安心したよ。君に離婚されなくて良かった」
おいしいお菓子を食べながら、大切な旦那さまと楽しいひとときを過ごす――幸せだなぁ、と思った。
でも。と、不意に不安がよぎってしまう。
(怖い未来が変わったのは嬉しいけれど。でも、もしこのまま子供を授からなかったらどうしよう……?)
アスノーク公爵家は、代々子供を授かりにくい家系だから。将来的に後継者が生まれなかったら、いつかは他の奥さんも必要になるのかもしれない……
わたしが、そんなことを思っていると。
「リコリス。僕は、絶対に他の女性を求めない」
わたしの顔を見て察したのか、ミュラン様がまじめな顔ではっきり言った。
「……ミュラン様のお気持ちは嬉しいですけど。四聖爵の血を絶やせないんだから、やむをえない場合もあるでしょう?」
「他の妻を娶るくらいなら、僕は四聖爵の地位と能力を他家に譲る。爵位も所領もすべて手放して、平民になってやる」
え?
「……そんなこと、できないでしょ?」
「できないとは限らない」
ミュラン様は、話を続けていた。
「アスノーク公爵家も含めた四聖爵の家柄は、なぜ子供が生まれにくいか知っているか? ……妖精の血が混じっているからだ」
妖精の血が混じっている? そんな話は、今まで聞いたことがなかった。
「この国のある大ヴァリタニア島は、もとは妖精と魔物だけが棲む島だった。人間が入植した際、妖精たちは友好のあかしとして、人間の王に『亡き妖精女王《ティターニア》の血液』をプレゼントした」
「血液なんかが、プレゼントになるんですか? ……グロテスクですね」
「強大な魔力を宿した、特別な血液なんだよ。いまでも妖精たちは妖精女王の血を大切に保管しているそうだ。……ともかく、僕たち四聖爵の祖先は、王の命令で『妖精女王の血液』を飲んだ。だから、四聖爵の魔力は強いんだよ。同時に、人間離れしたせいで子供が生まれにくくなった」
ミュラン様は、アメジストのような瞳でわたしを見つめた。
「僕は四聖爵の地位に執着していない。だから『妖精女王の血液』を新しく手に入れて、他家に与えて地位を委譲したいと思う。理屈の上では、可能なはずだ」
「……そんなこと、許されるんですか? 建国以来、四聖爵の家柄はずっと固定されてますよね?」
「許されなくても、僕は絶対にそうしたい。もう、愛してもいない女性をそばに置くのは、死んでも御免だ。たとえ、女王陛下のお怒りを買って処刑されることになったとしても、僕は絶対に――」
ミュラン様が不穏なことを口にし始めたから、わたしは思わず身を乗り出して、彼の唇に人差し指を押し当てた。
「ミュラン様。死とか処刑とか、そういう怖いことを簡単に言っちゃダメです……わたしが悲しくなっちゃいますから。深刻に考えすぎるのはやめましょう? 子供もそのうち、生まれくれるかもしれませんし」
できるだけ彼を安心させたくて、にこっと笑ってみせる。
「だいじょぶ、きっと何とかなりますよ。じゃあ、もし平民になったら、2人一緒にがんばって畑を耕しましょう。それか、うちの実家の領地に逃げ込むのもいいですね! ミュラン様なら、学校の先生とかになれそうです」
リコリス……と呟いて、ミュラン様は力の抜けた笑みをこぼした。
先のことなんて、分からない。
だったら、今を大切にすればいいと思う。わたしは、ミュラン様の奥さんになれたから。それだけで大満足なのだ。
ミュラン様はわたしの手を取り、そっと彼の頬に寄せた。
温かくて、幸せだなぁ。
このままずーっと一緒に、2人で……と思っていた矢先に、
「閣下。お取込み中恐縮ですが、そろそろ騎士団本部にお越しくださいませ。来月の『妖精祭《ようせいさい》』の式典準備に際して、閣下にご確認いただきたい件がございます」
ぬっ、と。
いきなり背後に騎士のデュオラさんが出没したから、驚いた。
「うわ! デュオラさん、いつの間に!」
「実は10分ほど前から気配を消して、お二人を観覧しておりました」
「デュオラ、貴様……」
ご夫婦仲がよろしくて、何よりでございます。と、マジメ100%みたいな顔でデュオラさんが言っている。
うわぁ、恥ずかしい。全部聞かれてたの? いまの会話……
「我ら妖精一同、ミュラン閣下を敬愛しておりますので。お二人に健やかなるお子様がお生まれになることを、心よりお祈り申し上げております。……なので閣下、平民になるなどとおっしゃらずに、まぁ地道にせっせと頑張っていただくのがよろしいかと」
「わざわざ言うな、デュオラ!」
ミュラン様、顔が赤い。すごく恥ずかしそうだ。
わたしも気まずい。思わず立ち上がって、話を切り上げようとした。
「……デュオラさん、長々とティータイムしちゃってスミマセンでした。ミュラン様、お仕事いってらっしゃい!」
「あぁ。行ってくる」
立ち上がりながら、ミュラン様はデュオラさんに尋ねていた。
「……しかし、デュオラ。妖精祭のことならすべて確認済みだったと思うが? 20年前と同様にすれば済む話だ。固定化された儀式に過ぎないだろう?」
「我ら妖精にとっては古来馴れ親しんだ祭りではありますが。閣下が当主となられて以降、初めての祭りですので。念には念を入れませんと」
妖精祭《ようせいさい》? 我ら妖精?
ふたりの会話を聞いているうちに、わたしの頭には疑問符が浮かびまくっていた。
「閣下。夫人がなにやらお聞きになりたそうなお顔をしておいでですが?」
「あぁ。どうしたんだい、リコリス?」
ふたりがわたしを気にかけてくれたから、遠慮なく聞いてみることにした。
「すみません、ひとつ聞いても良いです? 『妖精祭』って何ですか?」
「「ん??」」
と、ミュラン様とデュオラさんが、そろって首をかしげている。
「リコリス。……君、まさか妖精祭を知らないのか?」
「知りませんね。なんですかそれ」
「閣下。もしや、夫人にまだご説明していらっしゃらないのですか!?」
「あぁ、僕からはしていない。あえて説明する必要があるのか? ……妖精祭なんて、国民全部が知っているあたりまえの行事だと思っていたが」
んん??
「知りませんよ、なんですか妖精祭って!」
「5年に一度の祭りだよ。人間と妖精の末永い友好を祈って、四聖爵が交代で主催者になる祭りなんだ。今年はちょうど、我らアスノーク公爵家が執り行うことになっている」
「えっ! どうしてそんな重要なこと、教えてくれないんですか!? 主催者!? わたし、あなたの奥さんなんだから、準備しなくちゃダメでしょ?」
「主催者と言っても、実際に祭りを執り行うのは、当家に住む妖精たちだよ。僕と君は人間だから、ほとんど眺めているだけだ」
「妖精たち……?」
わたしは、きょろきょろと周りを見回した。
「ミュラン様。このお屋敷に妖精なんか住んでるんですか? わたし、2年も住んでて一度もあったことがありませんけど。……どこにいるんです?」
「「ん?」」
ミュラン様とデュオラさんが、ふたたび驚いて目を見開いている。
「……リコリス、まさか。今まで知らなかったのか? アスノーク公爵家で暮らしているのは、僕と君以外の者はすべて妖精なんだが」
「はい――――!?」
なにそれ! いきなり突拍子もない話を聞かされちゃったけど!?
「……うそでしょ!? 妖精って、手のひらサイズの可愛い子で、背中に羽が生えてるんじゃないんですか?」
「おそれながら申し上げますが、夫人……。貴女のおっしゃっているのは、ごく一握りの妖精に過ぎません」
「じゃあ、侍女のロドラやアビーも妖精!? どう見てもふつうの中高年女性でしょう?」
「いえ、とんでもない。彼女たちも、もちろん妖精です。ロドラ様は高位の聖水妖精《ウンディーネ》、アビー殿は屋敷妖精《ボーガン》です。……ちなみに、私も妖精ですが?」
「デュオラさんも!? あなたって何者ですか!」
わたしが尋ねた瞬間に、デュオラさんは「どやっ」とした笑顔を浮かべた。
「私の正体をお知りになりたいですか、夫人?」
「え、ええ。まぁ……」
「ほう! 左様ですか! 私をお知りになりたいと。……そうですか、いやしかし参りましたな」
これまで見てきた中で一番幸せそうな表情を浮かべながら、デュオラさんはもったいぶっている。
ミュラン様は冷めきった態度で、デュオラさんに何やら釘を刺していた。
「おい、貴様、やめろ」
「いや。夫人のご命令とあらば仕方ありませんね! お見せしましょう、私の真の姿を」
「こら、自粛しろデュラハーン!」
デュラハーンって何? デュオラさんのこと?
ミュラン様が止めるのを無視して、デュオラさんはいきなり自分の頭を引っこ抜いた。
頭を。引っこ抜いた。
「きゃぁああああああああああああああああああああああ!!」
「お喜びいただけましたか、夫人! そうです、私の正体は首無し騎士………………おや? 夫人?」
「しっかりしろ、リコリス! デュラハーン、この馬鹿者が!!」
そこから先は、記憶がない。
あとで侍女たちから聞いたところによると、わたしは白目をむいて気絶し、ミュラン様に抱きかかえられて部屋に運ばれたということだ。
わたしが自分のお腹をさすりながら不満っぽい口調でそう呟くと、ミュラン様は紅茶を噴いてむせていた。
* * * * *
火事未遂で終わった「お香事故」からすでに1か月。
今ではもう、わたしたちは本物の仲良し夫婦だ。
今は、ぽかぽか陽気の昼下がり。ミュラン様とわたしは、2人でティータイムを楽しんでいるところだ。ミュラン様は、お仕事で外出しているとき以外はわたしと一緒にお茶やお食事の時間を作ってくれている。
「……別に良いじゃないか、急がなくても。しばらく2人きりの蜜月を過ごしたいとは思わないのかい?」
と言いながら、ミュラン様は気まずそうに眼を泳がせていた。
「そりゃ、思いますけども。でも、ミュラン様は『僕らが一度でも触れ合ったら、邪悪な双子が生まれてしまう』みたいなことを言ってませんでした? ……読みが外れましたよね」
「……外れたな」
おかしいな、と呟いて考え込んでいるミュラン様の表情がかわいくて、わたしはついつい笑ってしまった。
「ほらね。やっぱり、怖い未来は変わったんですよ。安心したでしょ?」
ミュラン様も、わたしに釣られて苦笑していた。
「……安心したよ。君に離婚されなくて良かった」
おいしいお菓子を食べながら、大切な旦那さまと楽しいひとときを過ごす――幸せだなぁ、と思った。
でも。と、不意に不安がよぎってしまう。
(怖い未来が変わったのは嬉しいけれど。でも、もしこのまま子供を授からなかったらどうしよう……?)
アスノーク公爵家は、代々子供を授かりにくい家系だから。将来的に後継者が生まれなかったら、いつかは他の奥さんも必要になるのかもしれない……
わたしが、そんなことを思っていると。
「リコリス。僕は、絶対に他の女性を求めない」
わたしの顔を見て察したのか、ミュラン様がまじめな顔ではっきり言った。
「……ミュラン様のお気持ちは嬉しいですけど。四聖爵の血を絶やせないんだから、やむをえない場合もあるでしょう?」
「他の妻を娶るくらいなら、僕は四聖爵の地位と能力を他家に譲る。爵位も所領もすべて手放して、平民になってやる」
え?
「……そんなこと、できないでしょ?」
「できないとは限らない」
ミュラン様は、話を続けていた。
「アスノーク公爵家も含めた四聖爵の家柄は、なぜ子供が生まれにくいか知っているか? ……妖精の血が混じっているからだ」
妖精の血が混じっている? そんな話は、今まで聞いたことがなかった。
「この国のある大ヴァリタニア島は、もとは妖精と魔物だけが棲む島だった。人間が入植した際、妖精たちは友好のあかしとして、人間の王に『亡き妖精女王《ティターニア》の血液』をプレゼントした」
「血液なんかが、プレゼントになるんですか? ……グロテスクですね」
「強大な魔力を宿した、特別な血液なんだよ。いまでも妖精たちは妖精女王の血を大切に保管しているそうだ。……ともかく、僕たち四聖爵の祖先は、王の命令で『妖精女王の血液』を飲んだ。だから、四聖爵の魔力は強いんだよ。同時に、人間離れしたせいで子供が生まれにくくなった」
ミュラン様は、アメジストのような瞳でわたしを見つめた。
「僕は四聖爵の地位に執着していない。だから『妖精女王の血液』を新しく手に入れて、他家に与えて地位を委譲したいと思う。理屈の上では、可能なはずだ」
「……そんなこと、許されるんですか? 建国以来、四聖爵の家柄はずっと固定されてますよね?」
「許されなくても、僕は絶対にそうしたい。もう、愛してもいない女性をそばに置くのは、死んでも御免だ。たとえ、女王陛下のお怒りを買って処刑されることになったとしても、僕は絶対に――」
ミュラン様が不穏なことを口にし始めたから、わたしは思わず身を乗り出して、彼の唇に人差し指を押し当てた。
「ミュラン様。死とか処刑とか、そういう怖いことを簡単に言っちゃダメです……わたしが悲しくなっちゃいますから。深刻に考えすぎるのはやめましょう? 子供もそのうち、生まれくれるかもしれませんし」
できるだけ彼を安心させたくて、にこっと笑ってみせる。
「だいじょぶ、きっと何とかなりますよ。じゃあ、もし平民になったら、2人一緒にがんばって畑を耕しましょう。それか、うちの実家の領地に逃げ込むのもいいですね! ミュラン様なら、学校の先生とかになれそうです」
リコリス……と呟いて、ミュラン様は力の抜けた笑みをこぼした。
先のことなんて、分からない。
だったら、今を大切にすればいいと思う。わたしは、ミュラン様の奥さんになれたから。それだけで大満足なのだ。
ミュラン様はわたしの手を取り、そっと彼の頬に寄せた。
温かくて、幸せだなぁ。
このままずーっと一緒に、2人で……と思っていた矢先に、
「閣下。お取込み中恐縮ですが、そろそろ騎士団本部にお越しくださいませ。来月の『妖精祭《ようせいさい》』の式典準備に際して、閣下にご確認いただきたい件がございます」
ぬっ、と。
いきなり背後に騎士のデュオラさんが出没したから、驚いた。
「うわ! デュオラさん、いつの間に!」
「実は10分ほど前から気配を消して、お二人を観覧しておりました」
「デュオラ、貴様……」
ご夫婦仲がよろしくて、何よりでございます。と、マジメ100%みたいな顔でデュオラさんが言っている。
うわぁ、恥ずかしい。全部聞かれてたの? いまの会話……
「我ら妖精一同、ミュラン閣下を敬愛しておりますので。お二人に健やかなるお子様がお生まれになることを、心よりお祈り申し上げております。……なので閣下、平民になるなどとおっしゃらずに、まぁ地道にせっせと頑張っていただくのがよろしいかと」
「わざわざ言うな、デュオラ!」
ミュラン様、顔が赤い。すごく恥ずかしそうだ。
わたしも気まずい。思わず立ち上がって、話を切り上げようとした。
「……デュオラさん、長々とティータイムしちゃってスミマセンでした。ミュラン様、お仕事いってらっしゃい!」
「あぁ。行ってくる」
立ち上がりながら、ミュラン様はデュオラさんに尋ねていた。
「……しかし、デュオラ。妖精祭のことならすべて確認済みだったと思うが? 20年前と同様にすれば済む話だ。固定化された儀式に過ぎないだろう?」
「我ら妖精にとっては古来馴れ親しんだ祭りではありますが。閣下が当主となられて以降、初めての祭りですので。念には念を入れませんと」
妖精祭《ようせいさい》? 我ら妖精?
ふたりの会話を聞いているうちに、わたしの頭には疑問符が浮かびまくっていた。
「閣下。夫人がなにやらお聞きになりたそうなお顔をしておいでですが?」
「あぁ。どうしたんだい、リコリス?」
ふたりがわたしを気にかけてくれたから、遠慮なく聞いてみることにした。
「すみません、ひとつ聞いても良いです? 『妖精祭』って何ですか?」
「「ん??」」
と、ミュラン様とデュオラさんが、そろって首をかしげている。
「リコリス。……君、まさか妖精祭を知らないのか?」
「知りませんね。なんですかそれ」
「閣下。もしや、夫人にまだご説明していらっしゃらないのですか!?」
「あぁ、僕からはしていない。あえて説明する必要があるのか? ……妖精祭なんて、国民全部が知っているあたりまえの行事だと思っていたが」
んん??
「知りませんよ、なんですか妖精祭って!」
「5年に一度の祭りだよ。人間と妖精の末永い友好を祈って、四聖爵が交代で主催者になる祭りなんだ。今年はちょうど、我らアスノーク公爵家が執り行うことになっている」
「えっ! どうしてそんな重要なこと、教えてくれないんですか!? 主催者!? わたし、あなたの奥さんなんだから、準備しなくちゃダメでしょ?」
「主催者と言っても、実際に祭りを執り行うのは、当家に住む妖精たちだよ。僕と君は人間だから、ほとんど眺めているだけだ」
「妖精たち……?」
わたしは、きょろきょろと周りを見回した。
「ミュラン様。このお屋敷に妖精なんか住んでるんですか? わたし、2年も住んでて一度もあったことがありませんけど。……どこにいるんです?」
「「ん?」」
ミュラン様とデュオラさんが、ふたたび驚いて目を見開いている。
「……リコリス、まさか。今まで知らなかったのか? アスノーク公爵家で暮らしているのは、僕と君以外の者はすべて妖精なんだが」
「はい――――!?」
なにそれ! いきなり突拍子もない話を聞かされちゃったけど!?
「……うそでしょ!? 妖精って、手のひらサイズの可愛い子で、背中に羽が生えてるんじゃないんですか?」
「おそれながら申し上げますが、夫人……。貴女のおっしゃっているのは、ごく一握りの妖精に過ぎません」
「じゃあ、侍女のロドラやアビーも妖精!? どう見てもふつうの中高年女性でしょう?」
「いえ、とんでもない。彼女たちも、もちろん妖精です。ロドラ様は高位の聖水妖精《ウンディーネ》、アビー殿は屋敷妖精《ボーガン》です。……ちなみに、私も妖精ですが?」
「デュオラさんも!? あなたって何者ですか!」
わたしが尋ねた瞬間に、デュオラさんは「どやっ」とした笑顔を浮かべた。
「私の正体をお知りになりたいですか、夫人?」
「え、ええ。まぁ……」
「ほう! 左様ですか! 私をお知りになりたいと。……そうですか、いやしかし参りましたな」
これまで見てきた中で一番幸せそうな表情を浮かべながら、デュオラさんはもったいぶっている。
ミュラン様は冷めきった態度で、デュオラさんに何やら釘を刺していた。
「おい、貴様、やめろ」
「いや。夫人のご命令とあらば仕方ありませんね! お見せしましょう、私の真の姿を」
「こら、自粛しろデュラハーン!」
デュラハーンって何? デュオラさんのこと?
ミュラン様が止めるのを無視して、デュオラさんはいきなり自分の頭を引っこ抜いた。
頭を。引っこ抜いた。
「きゃぁああああああああああああああああああああああ!!」
「お喜びいただけましたか、夫人! そうです、私の正体は首無し騎士………………おや? 夫人?」
「しっかりしろ、リコリス! デュラハーン、この馬鹿者が!!」
そこから先は、記憶がない。
あとで侍女たちから聞いたところによると、わたしは白目をむいて気絶し、ミュラン様に抱きかかえられて部屋に運ばれたということだ。
164
お気に入りに追加
1,905
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる