8 / 29
【8】仮面夫婦のお祭りデート
しおりを挟む
「毎年この時期には、領都で祭りを行っているんだが。平民のフリをして、2人で一緒に祭りに行こう」
ということで。なぜか、わたしはミュラン様のお供をしてお祭りに遊びに行くことになった。
*
支度を済ませて庭で会おう。という話だったので、侍女に平民の10代女性が着る服を見繕ってもらい、そそくさと庭に出た。
「……な。なんで変装してるんですか、ミュラン様?」
ミュラン様は着替えだけでなく、髪も瞳も黒い色に染めて変装までバッチリ済ませていた。
「なぜって、もちろん僕が領主だからさ。顔が知れているから、見つかると何かと面倒じゃないか」
「行く気満々ですね」
……この人は、黒髪もよく似合う。一般的には不人気な黒髪も、ミュラン様だと上品に見えるから、ズルいなぁ。
「てゆーか目の色なんて、どうやって変えたんです?」
「初歩的な魔法だよ。王立アカデミーの初等教育で学ぶ程度の難易度だ。僕は独学で5歳のときに使いこなしていた」
「さらりと自慢をぶち込まないでください。ミュラン様がすごいってことは知ってますよ。……服の着替えもバッチリじゃありませんか。どう見ても金持ち商人の道楽息子にしか見えません」
「ありがとう」
一本取ってやろうと思って嫌味を言ってみたんだけど、軽やかにスルーされてしまった。
ミュラン様、すごく機嫌がいい。どうやら本当にお祭りに行きたいらしい。
「君もその服、似合っているじゃないか。どう見ても平民の少女だよ」
シレっと嫌味を返されてしまった……くそぅ。
じゃ、行こうか。と屋敷から出ようとしたミュラン様を引き留めて、わたしは一つお願いをしてみる。
「あの……変装の魔法、わたしにも掛けてくれますか?」
「ん? 君は領民の前に姿を見せたことがないんだから、変装する必要はないんじゃないか?」
「せっかく遊びに行くんなら、ちょっと雰囲気を変えてみたいんです。……髪の色、変えてくれませんか」
ミュラン様が、首をかしげながら了承してくれた。
「良いよ。何色にしたいんだ」
「えっと……金髪がいいです」
金髪? と言いながら、彼は指をパチンと鳴らした。わたしの黒髪が、毛先からすぅ……と金色に変わっていく。
「わぁ! …………あれ??」
ワクワクしていたのも束の間、金髪に染まりかけていた髪がすぐ黒に戻ってしまった。ミュラン様も、不思議そうに眉をひそめている。
「ミュラン様の魔法って、他人にはかけられないんですか?」
「いや。そんなことはない。……妙だな」
言いながら、彼はわたしの黒髪をつまんでしげしげと眺めている。……恥ずかしくなってきた。
「リコリスは魔力の通りにくい体質なのかもしれない。たまにそういう人間もいるんだが」
「……あの、別にいいですよミュラン様。うまくいかないなら、無理しなくても。お祭り、行きましょ?」
「四聖爵を舐めてもらっては困るよ」
ミュラン様はちょっと不機嫌そうに眉をひそめていた。……気遣って言ったつもりなのだけど、失礼だったのかもしれない。
「問題ない、魔力を多く与えれば済む話だ」
そう言うと、ミュラン様は目を閉じてわたしの髪を丁寧に撫でていった。再び、黒い髪が綺麗な金色に染まっていく――でも、やっぱり毛先からじわじわ黒に戻っていくから、困った。
(せっかくのお誕生日なのに、変な迷惑かけちゃった。申し訳ないな……)
お願いだから、早く金色になって! と、わたしも目を閉じて強く祈っていた。
「――ようやく染まった、今度こそ大丈夫そうだな」
どこかホッとした様子の、ミュラン様の声が聞こえた。
「……わたし、染まりました?」
目を開けて、バッグから手鏡を取り出してみた。
鏡の中の自分は、憧れの金髪になっていた!
「わぁ! 金髪だ……ありがとうございます! ど。どうですか? ……ミュラン様」
「うん、金髪だね」
「……はい、そうですね。じゃ、行きましょうか」
一瞬でも「似合ってるね」みたいな褒め言葉を期待していた自分が、アホらしかった……
「そういえば、護衛をつけないんですか?」
「もう、付いているじゃないか。君のすぐ後ろに」
え? と振り返ると、ついさっきまで居なかったはずの青年が、わたしの背後に控えていた。
「うわっ!? いつの間に?」
きりりと吊り上がった目の、狼みたいな野性味ある青年だった――年齢は、ミュラン様と同じくらい。そういえばこの人、見たことあるわ。たしかミュラン様の騎士兼、相談役みたいな人。
「夫人におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。本日のご遊興、このデュオラ=ハーンが護衛の任を預かっておりますので、どうぞ心安らかにお楽しみくださいませ」
固い。言葉が固くて、すごく真面目な人だということは良く分かった。
「よろしくお願いします……」
「お任せくださいませ。賊が現れようものなら、即刻、首を落として夫人に献上いたします」
怖い怖い怖い。
騎士デュオラは瞳の色がとても暗くて、黒を通り越して闇という感じ。いくつも修羅場を潜り抜けてきたような、人間離れしたヤバい人という雰囲気だった。
「デュオラ。……リコリスが引いているから、あまり殺る気を出さないでくれ。君は陰から同伴するだけでいい。余計なことは、何もするな」
それじゃあ、行こう。
ということで、わたしたちはお祭りに出発したのだった。
* * * * *
ワイワイがやがやという雑踏のなかを、ミュラン様と2人並んで進んでいた。デュオラさんは、たぶん適度な距離で付いてきているのだと思う。
「やぁ、なかなか賑やかな空気じゃないか!」
目を輝かせて露店の並びに目を馳せているミュラン様は、やっぱり子供みたいだった。
「もしかしてミュラン様、お祭りに行くの初めてですか?」
「壇上で祝辞を述べたことはあるよ。客の立場で祭りに行くのは、この人生では生まれて初めてだ」
この人生ってどういうことですか? と尋ねようかと思ったけれど、ミュラン様があんまり嬉しそうにしているから、水を差すのも悪い気がして口をつぐんだ。
(そういえば、子供のころから遊び相手がいなかったって言ってたもんね。わたしで良いのなら、今日くらいはお供してあげよう)
「リコリスは、祭りで出歩いたことがあるのか。リエンナ伯爵領では、伯爵令嬢も平民に交じって祭りを祝うのかい?」
「うちの祭りはそんな大々的なものじゃありませんし、実家は弱小領主なので、民との距離が近いんですよ。格好つけるほどの財力もありませんからね」
「いいじゃないか、楽しそうで。……君の気取らない性格も、リエンナ伯爵夫妻の教育の結果なのかな」
言いながら、ミュラン様は思い出し笑いを始めた。
「娘の口にハンカチを突っ込んで黙らせる母親なんて、生まれて初めて見たよ」
あぁ、結婚前に、初めて顔合わせしたときのことか。覚えてたんだ、ミュラン様……
「君、あのとき本当は僕との婚約を辞退したかったんだろう? ……君には不憫なことをしたが、今では君のご両親に感謝をしている。こうして君を妻に迎えて、一緒に祭りに来れたからね」
また、そういう恥ずかしいことを言う……。わたしは赤くなった顔を、彼に見られないようにそっぽを向いた。
それにしても愉快な母上だね……と、彼はまだクスクス笑っていた。恥ずかしいから、話題を変えたい。
「……ミュラン様のお母さまは、どういう方だったんですか?」
と、何気なく聞いてしまってから、後悔した。
それまで楽しそうだったミュラン様が、急に寂しそうな顔になったからだ。
「あ……ごめんなさい。いいんです、答えていただかなくて。……すみません」
「いや、いいよ。どの母親の話が聞きたい?」
どの母親?
「生まれたときから、僕には母親が十人以上いたからね。父が僕に命じたんだ――『父の妻』のことは全員、自分の実母と同様に敬え、と。……くだらないだろう? 僕を生んでくれたのは、母だけなのに」
ミュラン様の生まれたガスターク公爵家は、代々、子供が生まれにくい血筋なのだと聞いている。後継者を残すために、ミュラン様のお父様も、おじい様も夫人をたくさん抱えていたと。
「僕の母は、物静かで慎み深い女性だったよ。容姿は僕と同じで、金の髪に紫の瞳だ」
……前に、侍女のロドラから聞いていた。
愛人さんが金髪で胸の豊かな女性ばかりなのは、お母様と似た容姿の人をついつい集めてしまうからなのかもしれないと。
「僕を産んだ母は、僕が4つのときに自ら命を絶ってしまった。他の妻は誰も子供を授かれないのに、母だけが僕を産んだから、陰で手ひどく虐められていたのだと思う。心を病んで、自分の部屋で首をくくって逝ってしまった」
ミュラン様は歩きながら、穏やかな笑みを浮かべて淡々と語っていた。
「四聖爵の血筋なんて、くだらない。そんなもの絶えてしまえばいいのにと思うけれど、本当に絶えたら国が立ち行かなくなる。……難儀だね」
僕の話は、この程度でいいかな? と微笑みながら、彼はすれ違った中年男性の腕をつかんでいきなり放り投げた。
「え! ミュラン様!?」
いきなり何をしてるんですか!?
壁にたたきつけられた中年男性を、すかさずミュラン様が取り押さえる。
「誰ですか、その人!」
「スリだよ。僕の財布を抜き取っていたので、懲らしめておいた」
中年男性の手から財布を奪い返すと、ミュラン様はその財布をゆったりと自分の懐に戻した。
「デュオラ、彼の首は要らないよ。衛兵に突き出しておいてくれ」
雑踏に向かって、ミュラン様が声をかける。
雑踏の中から歩み出てきたデュオラさんが、中年男性をひねり上げながら「かしこまりました」と返事をしていた。
「じゃあ、遊びの続きだ。おいで、リコリス」
うきうきした表情で、ミュラン様はわたしの手を引いて再び歩き出した。
この人は、わたしの知らない顔をたくさん持っているんだ――わたしは、どう捉えたらいいか分からない悲しい気持ちを胸にしまって、ミュラン様とお祭り歩きを再開した。
ということで。なぜか、わたしはミュラン様のお供をしてお祭りに遊びに行くことになった。
*
支度を済ませて庭で会おう。という話だったので、侍女に平民の10代女性が着る服を見繕ってもらい、そそくさと庭に出た。
「……な。なんで変装してるんですか、ミュラン様?」
ミュラン様は着替えだけでなく、髪も瞳も黒い色に染めて変装までバッチリ済ませていた。
「なぜって、もちろん僕が領主だからさ。顔が知れているから、見つかると何かと面倒じゃないか」
「行く気満々ですね」
……この人は、黒髪もよく似合う。一般的には不人気な黒髪も、ミュラン様だと上品に見えるから、ズルいなぁ。
「てゆーか目の色なんて、どうやって変えたんです?」
「初歩的な魔法だよ。王立アカデミーの初等教育で学ぶ程度の難易度だ。僕は独学で5歳のときに使いこなしていた」
「さらりと自慢をぶち込まないでください。ミュラン様がすごいってことは知ってますよ。……服の着替えもバッチリじゃありませんか。どう見ても金持ち商人の道楽息子にしか見えません」
「ありがとう」
一本取ってやろうと思って嫌味を言ってみたんだけど、軽やかにスルーされてしまった。
ミュラン様、すごく機嫌がいい。どうやら本当にお祭りに行きたいらしい。
「君もその服、似合っているじゃないか。どう見ても平民の少女だよ」
シレっと嫌味を返されてしまった……くそぅ。
じゃ、行こうか。と屋敷から出ようとしたミュラン様を引き留めて、わたしは一つお願いをしてみる。
「あの……変装の魔法、わたしにも掛けてくれますか?」
「ん? 君は領民の前に姿を見せたことがないんだから、変装する必要はないんじゃないか?」
「せっかく遊びに行くんなら、ちょっと雰囲気を変えてみたいんです。……髪の色、変えてくれませんか」
ミュラン様が、首をかしげながら了承してくれた。
「良いよ。何色にしたいんだ」
「えっと……金髪がいいです」
金髪? と言いながら、彼は指をパチンと鳴らした。わたしの黒髪が、毛先からすぅ……と金色に変わっていく。
「わぁ! …………あれ??」
ワクワクしていたのも束の間、金髪に染まりかけていた髪がすぐ黒に戻ってしまった。ミュラン様も、不思議そうに眉をひそめている。
「ミュラン様の魔法って、他人にはかけられないんですか?」
「いや。そんなことはない。……妙だな」
言いながら、彼はわたしの黒髪をつまんでしげしげと眺めている。……恥ずかしくなってきた。
「リコリスは魔力の通りにくい体質なのかもしれない。たまにそういう人間もいるんだが」
「……あの、別にいいですよミュラン様。うまくいかないなら、無理しなくても。お祭り、行きましょ?」
「四聖爵を舐めてもらっては困るよ」
ミュラン様はちょっと不機嫌そうに眉をひそめていた。……気遣って言ったつもりなのだけど、失礼だったのかもしれない。
「問題ない、魔力を多く与えれば済む話だ」
そう言うと、ミュラン様は目を閉じてわたしの髪を丁寧に撫でていった。再び、黒い髪が綺麗な金色に染まっていく――でも、やっぱり毛先からじわじわ黒に戻っていくから、困った。
(せっかくのお誕生日なのに、変な迷惑かけちゃった。申し訳ないな……)
お願いだから、早く金色になって! と、わたしも目を閉じて強く祈っていた。
「――ようやく染まった、今度こそ大丈夫そうだな」
どこかホッとした様子の、ミュラン様の声が聞こえた。
「……わたし、染まりました?」
目を開けて、バッグから手鏡を取り出してみた。
鏡の中の自分は、憧れの金髪になっていた!
「わぁ! 金髪だ……ありがとうございます! ど。どうですか? ……ミュラン様」
「うん、金髪だね」
「……はい、そうですね。じゃ、行きましょうか」
一瞬でも「似合ってるね」みたいな褒め言葉を期待していた自分が、アホらしかった……
「そういえば、護衛をつけないんですか?」
「もう、付いているじゃないか。君のすぐ後ろに」
え? と振り返ると、ついさっきまで居なかったはずの青年が、わたしの背後に控えていた。
「うわっ!? いつの間に?」
きりりと吊り上がった目の、狼みたいな野性味ある青年だった――年齢は、ミュラン様と同じくらい。そういえばこの人、見たことあるわ。たしかミュラン様の騎士兼、相談役みたいな人。
「夫人におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。本日のご遊興、このデュオラ=ハーンが護衛の任を預かっておりますので、どうぞ心安らかにお楽しみくださいませ」
固い。言葉が固くて、すごく真面目な人だということは良く分かった。
「よろしくお願いします……」
「お任せくださいませ。賊が現れようものなら、即刻、首を落として夫人に献上いたします」
怖い怖い怖い。
騎士デュオラは瞳の色がとても暗くて、黒を通り越して闇という感じ。いくつも修羅場を潜り抜けてきたような、人間離れしたヤバい人という雰囲気だった。
「デュオラ。……リコリスが引いているから、あまり殺る気を出さないでくれ。君は陰から同伴するだけでいい。余計なことは、何もするな」
それじゃあ、行こう。
ということで、わたしたちはお祭りに出発したのだった。
* * * * *
ワイワイがやがやという雑踏のなかを、ミュラン様と2人並んで進んでいた。デュオラさんは、たぶん適度な距離で付いてきているのだと思う。
「やぁ、なかなか賑やかな空気じゃないか!」
目を輝かせて露店の並びに目を馳せているミュラン様は、やっぱり子供みたいだった。
「もしかしてミュラン様、お祭りに行くの初めてですか?」
「壇上で祝辞を述べたことはあるよ。客の立場で祭りに行くのは、この人生では生まれて初めてだ」
この人生ってどういうことですか? と尋ねようかと思ったけれど、ミュラン様があんまり嬉しそうにしているから、水を差すのも悪い気がして口をつぐんだ。
(そういえば、子供のころから遊び相手がいなかったって言ってたもんね。わたしで良いのなら、今日くらいはお供してあげよう)
「リコリスは、祭りで出歩いたことがあるのか。リエンナ伯爵領では、伯爵令嬢も平民に交じって祭りを祝うのかい?」
「うちの祭りはそんな大々的なものじゃありませんし、実家は弱小領主なので、民との距離が近いんですよ。格好つけるほどの財力もありませんからね」
「いいじゃないか、楽しそうで。……君の気取らない性格も、リエンナ伯爵夫妻の教育の結果なのかな」
言いながら、ミュラン様は思い出し笑いを始めた。
「娘の口にハンカチを突っ込んで黙らせる母親なんて、生まれて初めて見たよ」
あぁ、結婚前に、初めて顔合わせしたときのことか。覚えてたんだ、ミュラン様……
「君、あのとき本当は僕との婚約を辞退したかったんだろう? ……君には不憫なことをしたが、今では君のご両親に感謝をしている。こうして君を妻に迎えて、一緒に祭りに来れたからね」
また、そういう恥ずかしいことを言う……。わたしは赤くなった顔を、彼に見られないようにそっぽを向いた。
それにしても愉快な母上だね……と、彼はまだクスクス笑っていた。恥ずかしいから、話題を変えたい。
「……ミュラン様のお母さまは、どういう方だったんですか?」
と、何気なく聞いてしまってから、後悔した。
それまで楽しそうだったミュラン様が、急に寂しそうな顔になったからだ。
「あ……ごめんなさい。いいんです、答えていただかなくて。……すみません」
「いや、いいよ。どの母親の話が聞きたい?」
どの母親?
「生まれたときから、僕には母親が十人以上いたからね。父が僕に命じたんだ――『父の妻』のことは全員、自分の実母と同様に敬え、と。……くだらないだろう? 僕を生んでくれたのは、母だけなのに」
ミュラン様の生まれたガスターク公爵家は、代々、子供が生まれにくい血筋なのだと聞いている。後継者を残すために、ミュラン様のお父様も、おじい様も夫人をたくさん抱えていたと。
「僕の母は、物静かで慎み深い女性だったよ。容姿は僕と同じで、金の髪に紫の瞳だ」
……前に、侍女のロドラから聞いていた。
愛人さんが金髪で胸の豊かな女性ばかりなのは、お母様と似た容姿の人をついつい集めてしまうからなのかもしれないと。
「僕を産んだ母は、僕が4つのときに自ら命を絶ってしまった。他の妻は誰も子供を授かれないのに、母だけが僕を産んだから、陰で手ひどく虐められていたのだと思う。心を病んで、自分の部屋で首をくくって逝ってしまった」
ミュラン様は歩きながら、穏やかな笑みを浮かべて淡々と語っていた。
「四聖爵の血筋なんて、くだらない。そんなもの絶えてしまえばいいのにと思うけれど、本当に絶えたら国が立ち行かなくなる。……難儀だね」
僕の話は、この程度でいいかな? と微笑みながら、彼はすれ違った中年男性の腕をつかんでいきなり放り投げた。
「え! ミュラン様!?」
いきなり何をしてるんですか!?
壁にたたきつけられた中年男性を、すかさずミュラン様が取り押さえる。
「誰ですか、その人!」
「スリだよ。僕の財布を抜き取っていたので、懲らしめておいた」
中年男性の手から財布を奪い返すと、ミュラン様はその財布をゆったりと自分の懐に戻した。
「デュオラ、彼の首は要らないよ。衛兵に突き出しておいてくれ」
雑踏に向かって、ミュラン様が声をかける。
雑踏の中から歩み出てきたデュオラさんが、中年男性をひねり上げながら「かしこまりました」と返事をしていた。
「じゃあ、遊びの続きだ。おいで、リコリス」
うきうきした表情で、ミュラン様はわたしの手を引いて再び歩き出した。
この人は、わたしの知らない顔をたくさん持っているんだ――わたしは、どう捉えたらいいか分からない悲しい気持ちを胸にしまって、ミュラン様とお祭り歩きを再開した。
138
お気に入りに追加
1,903
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。
千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。
○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる