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【8】仮面夫婦のお祭りデート

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「毎年この時期には、領都で祭りを行っているんだが。平民のフリをして、2人で一緒に祭りに行こう」
ということで。なぜか、わたしはミュラン様のお供をしてお祭りに遊びに行くことになった。

  *

支度を済ませて庭で会おう。という話だったので、侍女に平民の10代女性が着る服を見繕ってもらい、そそくさと庭に出た。

「……な。なんで変装してるんですか、ミュラン様?」
ミュラン様は着替えだけでなく、髪も瞳も黒い色に染めて変装までバッチリ済ませていた。

「なぜって、もちろん僕が領主だからさ。顔が知れているから、見つかると何かと面倒じゃないか」
「行く気満々ですね」
……この人は、黒髪もよく似合う。一般的には不人気な黒髪も、ミュラン様だと上品に見えるから、ズルいなぁ。

「てゆーか目の色なんて、どうやって変えたんです?」

「初歩的な魔法だよ。王立アカデミーの初等教育で学ぶ程度の難易度だ。僕は独学で5歳のときに使いこなしていた」

「さらりと自慢をぶち込まないでください。ミュラン様がすごいってことは知ってますよ。……服の着替えもバッチリじゃありませんか。どう見ても金持ち商人の道楽息子にしか見えません」
「ありがとう」

一本取ってやろうと思って嫌味を言ってみたんだけど、軽やかにスルーされてしまった。

ミュラン様、すごく機嫌がいい。どうやら本当にお祭りに行きたいらしい。

「君もその服、似合っているじゃないか。どう見ても平民の少女だよ」
シレっと嫌味を返されてしまった……くそぅ。

じゃ、行こうか。と屋敷から出ようとしたミュラン様を引き留めて、わたしは一つお願いをしてみる。

「あの……変装の魔法、わたしにも掛けてくれますか?」

「ん? 君は領民の前に姿を見せたことがないんだから、変装する必要はないんじゃないか?」
「せっかく遊びに行くんなら、ちょっと雰囲気を変えてみたいんです。……髪の色、変えてくれませんか」

ミュラン様が、首をかしげながら了承してくれた。

「良いよ。何色にしたいんだ」
「えっと……金髪がいいです」

金髪? と言いながら、彼は指をパチンと鳴らした。わたしの黒髪が、毛先からすぅ……と金色に変わっていく。
「わぁ! …………あれ??」

ワクワクしていたのも束の間、金髪に染まりかけていた髪がすぐ黒に戻ってしまった。ミュラン様も、不思議そうに眉をひそめている。

「ミュラン様の魔法って、他人にはかけられないんですか?」
「いや。そんなことはない。……妙だな」
言いながら、彼はわたしの黒髪をつまんでしげしげと眺めている。……恥ずかしくなってきた。

「リコリスは魔力の通りにくい体質なのかもしれない。たまにそういう人間もいるんだが」

「……あの、別にいいですよミュラン様。うまくいかないなら、無理しなくても。お祭り、行きましょ?」

「四聖爵を舐めてもらっては困るよ」
ミュラン様はちょっと不機嫌そうに眉をひそめていた。……気遣って言ったつもりなのだけど、失礼だったのかもしれない。

「問題ない、魔力を多く与えれば済む話だ」

そう言うと、ミュラン様は目を閉じてわたしの髪を丁寧に撫でていった。再び、黒い髪が綺麗な金色に染まっていく――でも、やっぱり毛先からじわじわ黒に戻っていくから、困った。

(せっかくのお誕生日なのに、変な迷惑かけちゃった。申し訳ないな……)
お願いだから、早く金色になって! と、わたしも目を閉じて強く祈っていた。

「――ようやく染まった、今度こそ大丈夫そうだな」
どこかホッとした様子の、ミュラン様の声が聞こえた。

「……わたし、染まりました?」
目を開けて、バッグから手鏡を取り出してみた。
鏡の中の自分は、憧れの金髪になっていた!

「わぁ! 金髪だ……ありがとうございます! ど。どうですか? ……ミュラン様」
「うん、金髪だね」
「……はい、そうですね。じゃ、行きましょうか」

一瞬でも「似合ってるね」みたいな褒め言葉を期待していた自分が、アホらしかった……

「そういえば、護衛をつけないんですか?」
「もう、付いているじゃないか。君のすぐ後ろに」

え? と振り返ると、ついさっきまで居なかったはずの青年が、わたしの背後に控えていた。

「うわっ!? いつの間に?」

きりりと吊り上がった目の、狼みたいな野性味ある青年だった――年齢は、ミュラン様と同じくらい。そういえばこの人、見たことあるわ。たしかミュラン様の騎士兼、相談役みたいな人。

「夫人におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。本日のご遊興、このデュオラ=ハーンが護衛の任を預かっておりますので、どうぞ心安らかにお楽しみくださいませ」

固い。言葉が固くて、すごく真面目な人だということは良く分かった。

「よろしくお願いします……」
「お任せくださいませ。賊が現れようものなら、即刻、首を落として夫人に献上いたします」
怖い怖い怖い。
騎士デュオラは瞳の色がとても暗くて、黒を通り越して闇という感じ。いくつも修羅場を潜り抜けてきたような、人間離れしたヤバい人という雰囲気だった。

「デュオラ。……リコリスが引いているから、あまり殺る気を出さないでくれ。君は陰から同伴するだけでいい。余計なことは、何もするな」

それじゃあ、行こう。
ということで、わたしたちはお祭りに出発したのだった。


  * * * * *


ワイワイがやがやという雑踏のなかを、ミュラン様と2人並んで進んでいた。デュオラさんは、たぶん適度な距離で付いてきているのだと思う。

「やぁ、なかなか賑やかな空気じゃないか!」
目を輝かせて露店の並びに目を馳せているミュラン様は、やっぱり子供みたいだった。

「もしかしてミュラン様、お祭りに行くの初めてですか?」
「壇上で祝辞を述べたことはあるよ。客の立場で祭りに行くのは、この人生では生まれて初めてだ」

この人生ってどういうことですか? と尋ねようかと思ったけれど、ミュラン様があんまり嬉しそうにしているから、水を差すのも悪い気がして口をつぐんだ。

(そういえば、子供のころから遊び相手がいなかったって言ってたもんね。わたしで良いのなら、今日くらいはお供してあげよう)

「リコリスは、祭りで出歩いたことがあるのか。リエンナ伯爵領では、伯爵令嬢も平民に交じって祭りを祝うのかい?」

「うちの祭りはそんな大々的なものじゃありませんし、実家は弱小領主なので、民との距離が近いんですよ。格好つけるほどの財力もありませんからね」

「いいじゃないか、楽しそうで。……君の気取らない性格も、リエンナ伯爵夫妻の教育の結果なのかな」
言いながら、ミュラン様は思い出し笑いを始めた。

「娘の口にハンカチを突っ込んで黙らせる母親なんて、生まれて初めて見たよ」

あぁ、結婚前に、初めて顔合わせしたときのことか。覚えてたんだ、ミュラン様……

「君、あのとき本当は僕との婚約を辞退したかったんだろう? ……君には不憫なことをしたが、今では君のご両親に感謝をしている。こうして君を妻に迎えて、一緒に祭りに来れたからね」

また、そういう恥ずかしいことを言う……。わたしは赤くなった顔を、彼に見られないようにそっぽを向いた。

それにしても愉快な母上だね……と、彼はまだクスクス笑っていた。恥ずかしいから、話題を変えたい。

「……ミュラン様のお母さまは、どういう方だったんですか?」
と、何気なく聞いてしまってから、後悔した。

それまで楽しそうだったミュラン様が、急に寂しそうな顔になったからだ。

「あ……ごめんなさい。いいんです、答えていただかなくて。……すみません」
「いや、いいよ。どの母親の話が聞きたい?」

どの母親?

「生まれたときから、僕には母親が十人以上いたからね。父が僕に命じたんだ――『父の妻』のことは全員、自分の実母と同様に敬え、と。……くだらないだろう? 僕を生んでくれたのは、母だけなのに」

ミュラン様の生まれたガスターク公爵家は、代々、子供が生まれにくい血筋なのだと聞いている。後継者を残すために、ミュラン様のお父様も、おじい様も夫人をたくさん抱えていたと。

「僕の母は、物静かで慎み深い女性だったよ。容姿は僕と同じで、金の髪に紫の瞳だ」

……前に、侍女のロドラから聞いていた。
愛人さんが金髪で胸の豊かな女性ばかりなのは、お母様と似た容姿の人をついつい集めてしまうからなのかもしれないと。

「僕を産んだ母は、僕が4つのときに自ら命を絶ってしまった。他の妻は誰も子供を授かれないのに、母だけが僕を産んだから、陰で手ひどく虐められていたのだと思う。心を病んで、自分の部屋で首をくくって逝ってしまった」

ミュラン様は歩きながら、穏やかな笑みを浮かべて淡々と語っていた。

「四聖爵の血筋なんて、くだらない。そんなもの絶えてしまえばいいのにと思うけれど、本当に絶えたら国が立ち行かなくなる。……難儀だね」

僕の話は、この程度でいいかな? と微笑みながら、彼はすれ違った中年男性の腕をつかんでいきなり放り投げた。

「え! ミュラン様!?」

いきなり何をしてるんですか!?
壁にたたきつけられた中年男性を、すかさずミュラン様が取り押さえる。

「誰ですか、その人!」
「スリだよ。僕の財布を抜き取っていたので、懲らしめておいた」

中年男性の手から財布を奪い返すと、ミュラン様はその財布をゆったりと自分の懐に戻した。

「デュオラ、彼の首は要らないよ。衛兵に突き出しておいてくれ」
雑踏に向かって、ミュラン様が声をかける。

雑踏の中から歩み出てきたデュオラさんが、中年男性をひねり上げながら「かしこまりました」と返事をしていた。

「じゃあ、遊びの続きだ。おいで、リコリス」

うきうきした表情で、ミュラン様はわたしの手を引いて再び歩き出した。
この人は、わたしの知らない顔をたくさん持っているんだ――わたしは、どう捉えたらいいか分からない悲しい気持ちを胸にしまって、ミュラン様とお祭り歩きを再開した。
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