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第二章 街予定地の問題を解決しよう編
2 街予定地に到着するまで車内販売試食会 その④ まずは(ロック)鳥釜飯実食
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まず最初にふたを開けたのは、鳥が装飾された器。
(こっちが、鳥釜飯かな?)
予想通り、中に入っていたのは鳥の釜めしだ。
山菜にキノコ、彩りに人参に似たこちらの野菜コートと、栗に似たクロムが入ってる。
そしてメインとなる鳥肉は、照り焼き風に調理されていた。
「うわぁ、なんか懐かしい。よくここまで、向こうの世界の料理、再現できたね」
「材料探しに手間取ったけどな。何とかなった」
肩をすくめるように、五郎が返してくれる。
こちらの世界の食材は、一部を除いて俺たちの世界の物とは違う。
主食となる穀類やイモ類。米や麦やジャガイモにサツマイモ、そして豆やとうもろこしなどは、俺達の世界から『召喚』されて根付いているらしいんだけど、それ以外だとトマトとかがあるぐらいで、残りはこちらの世界固有の物だ。
なので、見た目は似てるけど味は全く違う物も多い。大根だと思ったら林檎だった、なんてのもざらだ。
そんな中から作ってくれるのは、嬉しいし頭が下がる。
「お疲れさま。大変だったでしょ」
「味見で回るのでそこそこな。でも俺より、醤油を再現した咲達の方がすげえよ。どんだけ料理の腕があっても、材料がなけりゃどうにもならねぇからな」
「だよね。苦労して貰った甲斐があったよ」
こちらの世界は、魚醤みたいなのはあったんだけど、醤油は無かったので、その再現で大変だったみたいだ。
元々、豆類は召喚されてからの歴史が比較的浅いので、煮て食べるぐらいの使われ方しかしてなかったんだ。
発酵させたりして使うのは、適した細菌を見つけて巧く利用しないと無理なので、最初は失敗だらけだったらしい。
成長や進化といった系統の神与能力を持った、生命の女神ドゥルガーの勇者のみんなが能力をフルに使って、なんとか短期間で作ってくれたのだ。
(ようやく大量生産の目処が立ったみたいだし、これから本格的に売り出したら、儲かるだろうなぁ)
ちょっと皮算用。街を作るにはお金がかかるので、ついつい考えてしまう。
「おいおい、なんか、仕事の表情になってんぞ」
「……してた? ごめん」
「飯食う時ぐらい、そういうのは忘れろ。それより、さっさと食べろ。みんな待ってんだし」
五郎の言葉に、みんなが待ってくれているのに気付く。
「ごめん、待たせちゃったね。それじゃ、食べようか」
いただきますを口にして、俺は渡されたスプーンを手に取る。
こちらの世界の食べ方は、大抵がスプーンとナイフ。あとは手掴みが一般的だ。気の利いた所で、フォークが出るぐらい。
なので、商品として売り出すためには、そういった食器で食べられる物でないといけないんだけど、その点も考えて料理は作ってくれている。
(さてと、まずは何から食べるかな?)
目移りしちゃうけど、折角久々に食べられる釜飯だ。食べ方も楽しんでいきたい。
(メインの鳥肉と、デザートっぽいクロムは後にして。あと箸休めっぽいコートは置いといて――)
最初に山菜をスプーンですくう。すくい易いように細かく刻んであるので、食べるのに不便は無い。
まずは一口。舌の上に載せて感じたのは、まずはコクのある甘味。噛んでみれば、しゃきしゃきとした食感と、醤油の旨味のあるしょっぱさが味わえる。
噛み締める毎に味は混ざり合い、しゃきしゃき食感と甘じょっぱい旨味が楽しめた。
山菜で口の中を慣らした所で、おもむろにご飯をすくう。
口に含めば、釜で炊いてあるので、香ばしい醤油の香りがふんわりと。
噛んでいく毎に味わえるのは、何よりもコクのある旨味だった。
(うわっ、美味しい。鳥のダシだと思うけど、旨味がすごいな)
濃すぎる訳でも、ましてやクドい訳でもなく、すっきりとした奥行きのある旨味が味わえた。
「美味しい。ねぇ、これなに? ダシ、なんで取ってるの?」
思わず聞いちゃうと、五郎は応えてくれる。
「鶏がらベースに幾つか野菜を一緒に煮て醤油で味付けしたヤツだ。骨は最初に軽く焼いて、臭みと余分な脂を落として、じっくり煮込んだ上で、最後にこして雑味は取ってある」
「うぁ、すごい手間がかかってそうだけど」
「手間かける分、美味くなるからな」
「値段大丈夫?」
「いまん所は、大丈夫だな。こっちの世界だと、骨を料理に使うのは貧乏人ってんで、大抵捨ててるからな」
「そういやそうか。勿体ないよねぇ、それだとラーメンも食べられない」
「まぁな。でも安心しろ、食べれるぞ。それも考えて、今回のダシは作ってみたから」
「ホントに? うわ、楽しみ」
うきうき気分で、食事を再開。しゃきしゃき山菜を間に挟んで、ご飯をぱくぱく。
助走を付けるようにご飯を楽しんだ所で、メインの鳥をスプーンに乗せる。
スプーンに乗せて食べやすいように、一口サイズに切り分けられた鳥肉を口に入れ噛み締める。
その途端、広がるのは濃厚な旨味。
(うまっ! すごいなにこれうまっ!)
あまりの美味さに、美味いとしか考えられない。
時間を掛けて熟成されたみたいな濃厚な旨味が、みっちりと詰まっている。
噛めば噛むほど旨味が溢れ、口の中に広がり飲み込んだ後も、じんわりと美味しさの余韻が残る。
その余韻が消える前にご飯を口に入れれば、お米の甘さがより感じられ、更に美味しさが高まっていく。
すぐにまた鶏肉が食べたくなるが、口の中をリセットしたくて山菜を放り込む。
鳥肉とは違うしゃきしゃきの食感が、味以外の余計な余韻も消し去って、また鳥肉を新鮮に味わう準備を整えてくれる。
そしてまた一口、鶏肉をぱくり。一度目とは違い、少し味わう余裕のできた今度は、じっくりと堪能する。
美味い。噛めば噛むほど美味い。鳥肉単体でも美味しいのに、他の具材やご飯も食べるほどにそれぞれを高めてくれる。
(うあ~……これ、リリスにも、食べさせてあげたかったなぁ)
この場に居ないリリスに罪悪感を覚えるぐらい美味しい。
たまらず半分ほど一気に食べて、そこでようやくほっと一息。
「美味しいね、これ。特に、鳥肉がすごいよ。これ、何の肉なの?」
今まで食べたことのない味に思わず訊くと、
「ロック鳥だ。美味いだろ」
「……んん?」
五郎は、魔獣の名前を口にした。
「ロック鳥って、アレだよね? 魔獣の」
「そうだな」
平然と返す五郎。ロック鳥ってのは、山間部に住む魔獣なんだけど、身の丈5m以上の大きさがある。
偶に人里に下りて来て、牧場の牛を爪で掴んでさらっていくような凶悪な鳥だ。
ちなみに、住家である山だと、シカとかクマとかを普通に食べてたりする。
しかも、簡単な魔術まで使うので、低級の魔物よりもよっぽど強い。
でも今は美味しい鳥肉になってるので、ありがたく味わう。
「ん……ロック鳥って……こんなに美味しかったんだ……大きいから大味だと思ってたけど……全然そんなことないね」
食べながら感想を口にする。
滋味あふれる奥行きのある美味さが感じられて、自分でも表情が緩んじゃってるのが分かるほどだ。
「運良く手に入ったからな。ほら、金持ち用の飯作るのに、料理勝負しただろ? その時、勝負した子に貰った」
「あ、あのキリっとした子?」
蒸気機関車の高級路線を進めるのに、自分達だけで旨味を独占すると妬みとか後々怖いので、出資者を募ったんだけど、その時に参加した大商人「食道楽ガストロフ」の提案で料理勝負をしたんだ。
俺は忙しくて採点役として出れなかったんだけど、その時に「今まで食べ事の無い料理」をテーマに勝負したらしい。
そこで勝負の相手だったのが、16歳くらいの凛々しい女の子だったんだけど、その子から貰ったみたいだ。
「うわ~、色んな美味しい料理でたんだろうなぁ。リリスと一緒に食べたかったなぁ」
「その内作ってやるよ。それより、今は目の前の料理を楽しんでくれ」
「うん、そうだね。これも美味しいしね」
という訳で、俺は残りを一気に食べる。
しゃきしゃき山菜を楽しんで、ご飯をもぐもぐ。旨味たっぷりの鳥肉を噛み締め味わい、余韻が残っている所にご飯を追加。
ごくんっと飲み込み一息ついて、箸休めに赤いコートをスプーンに乗せる。
人参みたいな見た目だけど、味は甘酸っぱい漬け物みたい。
ぽりぽりと歯応えを楽しんで、口の中をさっぱりさせたら、また新鮮な気持ちで旨味たっぷりの釜めしを味わう。
美味しい。小さな試食用だと、物足りないぐらい。
あっという間に食べ切って、最後に栗の甘露煮に似た、鮮やかな黄色いクロムの実を口に入れる。
優しい甘さが舌の上に乗り、噛み砕けば、ほのかに花の香りと濃い甘味が広がった。
(蜂蜜漬けかな?)
しょっぱい最後に甘いのが来て、ほっと一息つくような満足感に包まれる。
(美味しかった~)
まだ試食の一つ目だけど、それだけでも十分に満足できる。
(みんなは、どうかな?)
気になって視線を向ければ、和花も薫も、有希と子供達も、美味しさに笑顔になっている。けれど、
「ミリィ、食べないの?」
カルナの傍で佇んでいるミリィは、静かに控えたままだった。
カルナは、一応食べてはいるみたいだけど、どう見てもミリィを気にして進んでいない。
俺の問い掛けにミリィは、
「お気遣いありがとうございます。私は、皆さまが召し上がられた後にいただきますので、お気になさらないで下さい」
メイドとしての本分に忠実にあろうとするのか、一歩引いている。
階級社会だと、それが当たり前だし、下手に踏み込んだことを言えば彼女の領分を侵すことにもなりかねない。
なんだけど、見ていてもどかしいのでどうにかしたい。
なんて悩んでいると、子供の方が行動が早かった。
「お姉ちゃん、食べないの?」
俺とミリィのやり取りに、リトが不安そうな声を上げる。それにミリィは、
「ありがとう。大丈夫よ、あとで食べるからね」
笑顔で返した。けれどリトは納得しなかったのか、じーっと自分の釜めしを物欲しげに見つめていたが、それを振り払うように、
「んっしょ!」
リトは有希の膝の上から降りると、自分の釜めしを持ってミリィの元に、そして、
「お姉ちゃん、食べよう。あげるーっ」
ミリィに自分の釜めしを差し出す。
「ぇ……その、別に、大丈夫よ」
「なんで? お姉ちゃん、お腹減らないの?」
「それは、そういう事じゃないというか……」
「減ってないの? でもでも、美味しいよ。すっごく美味しいんだよ!」
「ぁ……うん、美味しいんでしょうね」
「うん! だから一緒に食べよう!」
「それは……私は、メイドだから……そういう事を主人と一緒にしたらいけない――」
「食べちゃダメなの? だったら、私が食べさせてあげる! はい! あーん!」
にこにこ顔で、リトはスプーンに鳥肉を取って差し出す。背の高さがあるので、つま先立ちになりながら、一生懸命だった。
思わず、微笑ましくて笑みが浮かんでしまう。ちなみに、
「あーんっ! あーんっ! わしにも! わしにも!」
「アンタこの状態で出てったらさすがにドン引きだから座っときなさいな」
「一歩でも動いたら戦争っす」
「なんでじゃーっ!」
一部、リトとミリィのやり取りを見ていて可笑しなのもいたけれど。
それはさておき、ミリィは、リトの申し出を断るのも可哀想だし、かといってここで食べる訳には、という気持ちが表情に思いっきり出ているのが分かるほど、困り顔だった。そこに、
「ミリィ。キミの負けだよ」
カルナは、やさしい笑顔を浮かべながら、
「今日は、特別だよ。一緒に食べよう。キミが食べないなら、私も食べるのを止めるよ。今日は朝から忙しかったから、何も食べてないのは知ってるだろ? お願いだから、お腹を空かせたままに、しないで欲しいな。だから、一緒に食べよう、ミリィ」
ミリィに命令ではなく、お願いする。
リトとカルナ、2人の申し出に、
「……はい」
ミリィは恥ずかしそうに顔をうつむかせて、カルナのテーブル席に座る。
リトも、そのまま一緒に食べようとしたので、ミリィが椅子を引いて座らせてやった。
そこに、五郎がお茶を淹れてやって来る。
「アザルの花茶、偶には誰かが淹れたのを飲むのも良いと思うぜ。ゆっくり、楽しんで食べてくれ。料理人としちゃ、それが一番嬉しいからよ」
ミリィにそう言うと、
「リト。美味しいからって、一度に食べ過ぎるなよ。まだ他にもあるんだからな。最後はデザートに、甘いのも持って来てやるから、待ってろよ」
くしゃりとリトの頭を撫でて台所へと向かって行く。
「甘いの? 甘いのも食べられるの? やったーっ!」
大喜びなリトを、俺は心地好く見ながら、
(まだ他にも試食品、あるんだ。食べたりなかったから、嬉しいな。となればその前に――)
俺は、もう一つのパエリヤ風釜飯を手に取って、
(こっちも美味しく食べちゃおう)
どんな料理かわくわくしながらふたを開けた。
(こっちが、鳥釜飯かな?)
予想通り、中に入っていたのは鳥の釜めしだ。
山菜にキノコ、彩りに人参に似たこちらの野菜コートと、栗に似たクロムが入ってる。
そしてメインとなる鳥肉は、照り焼き風に調理されていた。
「うわぁ、なんか懐かしい。よくここまで、向こうの世界の料理、再現できたね」
「材料探しに手間取ったけどな。何とかなった」
肩をすくめるように、五郎が返してくれる。
こちらの世界の食材は、一部を除いて俺たちの世界の物とは違う。
主食となる穀類やイモ類。米や麦やジャガイモにサツマイモ、そして豆やとうもろこしなどは、俺達の世界から『召喚』されて根付いているらしいんだけど、それ以外だとトマトとかがあるぐらいで、残りはこちらの世界固有の物だ。
なので、見た目は似てるけど味は全く違う物も多い。大根だと思ったら林檎だった、なんてのもざらだ。
そんな中から作ってくれるのは、嬉しいし頭が下がる。
「お疲れさま。大変だったでしょ」
「味見で回るのでそこそこな。でも俺より、醤油を再現した咲達の方がすげえよ。どんだけ料理の腕があっても、材料がなけりゃどうにもならねぇからな」
「だよね。苦労して貰った甲斐があったよ」
こちらの世界は、魚醤みたいなのはあったんだけど、醤油は無かったので、その再現で大変だったみたいだ。
元々、豆類は召喚されてからの歴史が比較的浅いので、煮て食べるぐらいの使われ方しかしてなかったんだ。
発酵させたりして使うのは、適した細菌を見つけて巧く利用しないと無理なので、最初は失敗だらけだったらしい。
成長や進化といった系統の神与能力を持った、生命の女神ドゥルガーの勇者のみんなが能力をフルに使って、なんとか短期間で作ってくれたのだ。
(ようやく大量生産の目処が立ったみたいだし、これから本格的に売り出したら、儲かるだろうなぁ)
ちょっと皮算用。街を作るにはお金がかかるので、ついつい考えてしまう。
「おいおい、なんか、仕事の表情になってんぞ」
「……してた? ごめん」
「飯食う時ぐらい、そういうのは忘れろ。それより、さっさと食べろ。みんな待ってんだし」
五郎の言葉に、みんなが待ってくれているのに気付く。
「ごめん、待たせちゃったね。それじゃ、食べようか」
いただきますを口にして、俺は渡されたスプーンを手に取る。
こちらの世界の食べ方は、大抵がスプーンとナイフ。あとは手掴みが一般的だ。気の利いた所で、フォークが出るぐらい。
なので、商品として売り出すためには、そういった食器で食べられる物でないといけないんだけど、その点も考えて料理は作ってくれている。
(さてと、まずは何から食べるかな?)
目移りしちゃうけど、折角久々に食べられる釜飯だ。食べ方も楽しんでいきたい。
(メインの鳥肉と、デザートっぽいクロムは後にして。あと箸休めっぽいコートは置いといて――)
最初に山菜をスプーンですくう。すくい易いように細かく刻んであるので、食べるのに不便は無い。
まずは一口。舌の上に載せて感じたのは、まずはコクのある甘味。噛んでみれば、しゃきしゃきとした食感と、醤油の旨味のあるしょっぱさが味わえる。
噛み締める毎に味は混ざり合い、しゃきしゃき食感と甘じょっぱい旨味が楽しめた。
山菜で口の中を慣らした所で、おもむろにご飯をすくう。
口に含めば、釜で炊いてあるので、香ばしい醤油の香りがふんわりと。
噛んでいく毎に味わえるのは、何よりもコクのある旨味だった。
(うわっ、美味しい。鳥のダシだと思うけど、旨味がすごいな)
濃すぎる訳でも、ましてやクドい訳でもなく、すっきりとした奥行きのある旨味が味わえた。
「美味しい。ねぇ、これなに? ダシ、なんで取ってるの?」
思わず聞いちゃうと、五郎は応えてくれる。
「鶏がらベースに幾つか野菜を一緒に煮て醤油で味付けしたヤツだ。骨は最初に軽く焼いて、臭みと余分な脂を落として、じっくり煮込んだ上で、最後にこして雑味は取ってある」
「うぁ、すごい手間がかかってそうだけど」
「手間かける分、美味くなるからな」
「値段大丈夫?」
「いまん所は、大丈夫だな。こっちの世界だと、骨を料理に使うのは貧乏人ってんで、大抵捨ててるからな」
「そういやそうか。勿体ないよねぇ、それだとラーメンも食べられない」
「まぁな。でも安心しろ、食べれるぞ。それも考えて、今回のダシは作ってみたから」
「ホントに? うわ、楽しみ」
うきうき気分で、食事を再開。しゃきしゃき山菜を間に挟んで、ご飯をぱくぱく。
助走を付けるようにご飯を楽しんだ所で、メインの鳥をスプーンに乗せる。
スプーンに乗せて食べやすいように、一口サイズに切り分けられた鳥肉を口に入れ噛み締める。
その途端、広がるのは濃厚な旨味。
(うまっ! すごいなにこれうまっ!)
あまりの美味さに、美味いとしか考えられない。
時間を掛けて熟成されたみたいな濃厚な旨味が、みっちりと詰まっている。
噛めば噛むほど旨味が溢れ、口の中に広がり飲み込んだ後も、じんわりと美味しさの余韻が残る。
その余韻が消える前にご飯を口に入れれば、お米の甘さがより感じられ、更に美味しさが高まっていく。
すぐにまた鶏肉が食べたくなるが、口の中をリセットしたくて山菜を放り込む。
鳥肉とは違うしゃきしゃきの食感が、味以外の余計な余韻も消し去って、また鳥肉を新鮮に味わう準備を整えてくれる。
そしてまた一口、鶏肉をぱくり。一度目とは違い、少し味わう余裕のできた今度は、じっくりと堪能する。
美味い。噛めば噛むほど美味い。鳥肉単体でも美味しいのに、他の具材やご飯も食べるほどにそれぞれを高めてくれる。
(うあ~……これ、リリスにも、食べさせてあげたかったなぁ)
この場に居ないリリスに罪悪感を覚えるぐらい美味しい。
たまらず半分ほど一気に食べて、そこでようやくほっと一息。
「美味しいね、これ。特に、鳥肉がすごいよ。これ、何の肉なの?」
今まで食べたことのない味に思わず訊くと、
「ロック鳥だ。美味いだろ」
「……んん?」
五郎は、魔獣の名前を口にした。
「ロック鳥って、アレだよね? 魔獣の」
「そうだな」
平然と返す五郎。ロック鳥ってのは、山間部に住む魔獣なんだけど、身の丈5m以上の大きさがある。
偶に人里に下りて来て、牧場の牛を爪で掴んでさらっていくような凶悪な鳥だ。
ちなみに、住家である山だと、シカとかクマとかを普通に食べてたりする。
しかも、簡単な魔術まで使うので、低級の魔物よりもよっぽど強い。
でも今は美味しい鳥肉になってるので、ありがたく味わう。
「ん……ロック鳥って……こんなに美味しかったんだ……大きいから大味だと思ってたけど……全然そんなことないね」
食べながら感想を口にする。
滋味あふれる奥行きのある美味さが感じられて、自分でも表情が緩んじゃってるのが分かるほどだ。
「運良く手に入ったからな。ほら、金持ち用の飯作るのに、料理勝負しただろ? その時、勝負した子に貰った」
「あ、あのキリっとした子?」
蒸気機関車の高級路線を進めるのに、自分達だけで旨味を独占すると妬みとか後々怖いので、出資者を募ったんだけど、その時に参加した大商人「食道楽ガストロフ」の提案で料理勝負をしたんだ。
俺は忙しくて採点役として出れなかったんだけど、その時に「今まで食べ事の無い料理」をテーマに勝負したらしい。
そこで勝負の相手だったのが、16歳くらいの凛々しい女の子だったんだけど、その子から貰ったみたいだ。
「うわ~、色んな美味しい料理でたんだろうなぁ。リリスと一緒に食べたかったなぁ」
「その内作ってやるよ。それより、今は目の前の料理を楽しんでくれ」
「うん、そうだね。これも美味しいしね」
という訳で、俺は残りを一気に食べる。
しゃきしゃき山菜を楽しんで、ご飯をもぐもぐ。旨味たっぷりの鳥肉を噛み締め味わい、余韻が残っている所にご飯を追加。
ごくんっと飲み込み一息ついて、箸休めに赤いコートをスプーンに乗せる。
人参みたいな見た目だけど、味は甘酸っぱい漬け物みたい。
ぽりぽりと歯応えを楽しんで、口の中をさっぱりさせたら、また新鮮な気持ちで旨味たっぷりの釜めしを味わう。
美味しい。小さな試食用だと、物足りないぐらい。
あっという間に食べ切って、最後に栗の甘露煮に似た、鮮やかな黄色いクロムの実を口に入れる。
優しい甘さが舌の上に乗り、噛み砕けば、ほのかに花の香りと濃い甘味が広がった。
(蜂蜜漬けかな?)
しょっぱい最後に甘いのが来て、ほっと一息つくような満足感に包まれる。
(美味しかった~)
まだ試食の一つ目だけど、それだけでも十分に満足できる。
(みんなは、どうかな?)
気になって視線を向ければ、和花も薫も、有希と子供達も、美味しさに笑顔になっている。けれど、
「ミリィ、食べないの?」
カルナの傍で佇んでいるミリィは、静かに控えたままだった。
カルナは、一応食べてはいるみたいだけど、どう見てもミリィを気にして進んでいない。
俺の問い掛けにミリィは、
「お気遣いありがとうございます。私は、皆さまが召し上がられた後にいただきますので、お気になさらないで下さい」
メイドとしての本分に忠実にあろうとするのか、一歩引いている。
階級社会だと、それが当たり前だし、下手に踏み込んだことを言えば彼女の領分を侵すことにもなりかねない。
なんだけど、見ていてもどかしいのでどうにかしたい。
なんて悩んでいると、子供の方が行動が早かった。
「お姉ちゃん、食べないの?」
俺とミリィのやり取りに、リトが不安そうな声を上げる。それにミリィは、
「ありがとう。大丈夫よ、あとで食べるからね」
笑顔で返した。けれどリトは納得しなかったのか、じーっと自分の釜めしを物欲しげに見つめていたが、それを振り払うように、
「んっしょ!」
リトは有希の膝の上から降りると、自分の釜めしを持ってミリィの元に、そして、
「お姉ちゃん、食べよう。あげるーっ」
ミリィに自分の釜めしを差し出す。
「ぇ……その、別に、大丈夫よ」
「なんで? お姉ちゃん、お腹減らないの?」
「それは、そういう事じゃないというか……」
「減ってないの? でもでも、美味しいよ。すっごく美味しいんだよ!」
「ぁ……うん、美味しいんでしょうね」
「うん! だから一緒に食べよう!」
「それは……私は、メイドだから……そういう事を主人と一緒にしたらいけない――」
「食べちゃダメなの? だったら、私が食べさせてあげる! はい! あーん!」
にこにこ顔で、リトはスプーンに鳥肉を取って差し出す。背の高さがあるので、つま先立ちになりながら、一生懸命だった。
思わず、微笑ましくて笑みが浮かんでしまう。ちなみに、
「あーんっ! あーんっ! わしにも! わしにも!」
「アンタこの状態で出てったらさすがにドン引きだから座っときなさいな」
「一歩でも動いたら戦争っす」
「なんでじゃーっ!」
一部、リトとミリィのやり取りを見ていて可笑しなのもいたけれど。
それはさておき、ミリィは、リトの申し出を断るのも可哀想だし、かといってここで食べる訳には、という気持ちが表情に思いっきり出ているのが分かるほど、困り顔だった。そこに、
「ミリィ。キミの負けだよ」
カルナは、やさしい笑顔を浮かべながら、
「今日は、特別だよ。一緒に食べよう。キミが食べないなら、私も食べるのを止めるよ。今日は朝から忙しかったから、何も食べてないのは知ってるだろ? お願いだから、お腹を空かせたままに、しないで欲しいな。だから、一緒に食べよう、ミリィ」
ミリィに命令ではなく、お願いする。
リトとカルナ、2人の申し出に、
「……はい」
ミリィは恥ずかしそうに顔をうつむかせて、カルナのテーブル席に座る。
リトも、そのまま一緒に食べようとしたので、ミリィが椅子を引いて座らせてやった。
そこに、五郎がお茶を淹れてやって来る。
「アザルの花茶、偶には誰かが淹れたのを飲むのも良いと思うぜ。ゆっくり、楽しんで食べてくれ。料理人としちゃ、それが一番嬉しいからよ」
ミリィにそう言うと、
「リト。美味しいからって、一度に食べ過ぎるなよ。まだ他にもあるんだからな。最後はデザートに、甘いのも持って来てやるから、待ってろよ」
くしゃりとリトの頭を撫でて台所へと向かって行く。
「甘いの? 甘いのも食べられるの? やったーっ!」
大喜びなリトを、俺は心地好く見ながら、
(まだ他にも試食品、あるんだ。食べたりなかったから、嬉しいな。となればその前に――)
俺は、もう一つのパエリヤ風釜飯を手に取って、
(こっちも美味しく食べちゃおう)
どんな料理かわくわくしながらふたを開けた。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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さいとう みさき
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