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第1章 牛肉勝負
7 実食 アルベルトのステーキ
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「さて、では次は我輩ですな」
カリーナが食器を片づけて一息つくような間が空いてから、アルベルトは言った。
「我輩はステーキです。自信の一品、ぜひ楽しんで、ご賞味いただきたい」
「前振りはいいよ。さっさと持ってきな」
ひらひらと手を振りながら気の無い声で言うギネヴァに、
「これは手厳しい! しかし、しばし御待ちを。最後の1工程が残っておりますゆえ」
アルベルトは芝居がかった声で言うと、手のひらサイズの小瓶を取り出す。
きゅぽんっ、と音をさせ蓋を取ると、ワゴンに乗せたままのステーキに向け傾ける。
とくりと琥珀色の液体が零れ落ちるが、落ちる傍から霧状になってステーキの周囲を漂う。
「なんだい、手品かい?」
「いえ、魔術です。風を操作して、霧状にしたモラセス酒をステーキに振りかけてるのですよ」
モラセス酒は、糖度の高い野菜から砂糖を精製する時に出来る副産物から作られたお酒だ。
アルコール度数を上げるために蒸留した物はモラ酒と言い、すっきりとした味わいと芳醇な香りが特徴だが、こちらに対してモラセス酒は、複雑でコクのあるほんのりとした甘味が特徴的なお酒だ。
作られた出来によっては、雑味が酷く飲めたものではないが、逆に出来の良いものは、深い味わいを楽しむことが出来る。
アルベルトが取り出したモラセス酒は、明らかに出来の良いものだった。
それに特有の、軽やかでありながら繊細な、花の香りを思わせる清涼な匂いが漂っている。
それが十分に行き渡るほど、霧状になったモラセス酒がステーキを包み込んでから、アルベルトは指を鳴らす。
その途端、ボッと炎が湧き起こる。
ステーキを包む霧状のモラセス酒に、魔術で火を点けたのだ。
数秒、炎にステーキは包まれる。
魔術で風を操作して、ステーキ以外への炎の延焼を防ぎながら、最後の工程は完成した。
「出来上がりです。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
そう言って、アルベルトはステーキを並べていく。
並べられた途端、薫るのは香しいステーキの匂い。
それは、食べる前から美味しさを予感させた。
「美味しそうですわね。ふふ、さっき食べたばかりなのに、また食べたくなってきましたわ」
クリスは楽しげに言うと、ナイフでステーキを切り分ける。
力を入れずとも、すっとナイフは入っていく。
「あら、厚みがあるのに、やわらかいですわね」
「シャロスをすりおろした物に漬け込んでおります。シャロスは肉を、やわらかしてくれますゆえ」
「しっかり手間を、掛けて下さってますのね。でも問題は、味ですの」
一口サイズに切り分けたステーキを、クリスは食べる。
口に入れた途端、甘味のあるコク深いソースの味が舌に乗り、香ばしい香りと相まって美味しさを感じさせる。
そこからステーキを噛み締めれば、力強い肉の味が広がる。
肉を、食べている。
一口噛んだだけで実感できるほどの強い味わいは、噛むほどにソースと混ざり合い、味わいに深みと旨味を重ねていく。
肉々しいほどに、肉の味を感じられるステーキ。
それがアルベルトの料理だった。
それをソースの味が邪魔をせず、むしろより強く高めてくれる。
「美味しい……」
ほぅっと、ため息をつくように。一口食べ飲み込んだクリスの口から感想が漏れる。
そう感じたのはグエンも同様で、味に集中するように目をつむり食べていた彼は、飲み込むとゆっくりと目を開け言った。
「確かに、美味い。下処理で漬け込んだシャロスが、肉の柔らかさだけでなく味わい深さも導いている。だが、それ以上にソースの味が好い」
「まったくですね」
にこにこ笑顔を浮かべながら、ガストロフが引き継ぐように続ける。
「甘味があるソースですが、クドさは無いですし、それでいてしっかりとしたコクと味わいがある。なのに、肉の味と喧嘩する事も無く、むしろ持ち上げてくれています。牛肉の味を楽しませてくれる、好いソースです」
「感激至極ですな。そこまで喜んで頂けたなら」
芝居がかった態度で、けれど言葉の響きに真摯な物を込め、アルベルトは軽く一礼する。
そんな彼の前で、ガストロフ達は休むことなく食べ続け、あっという間に食べ切った。
「ふぅ……美味しかったですわ。でもそのせいで、ちょっと食べ過ぎてしまったかも」
「続けて2皿、完食は、さすがに腹に来る物があるな」
「ははっ、私はまだまだいけますが、これは少々、勇者料理人の先生には、不利な状況ですかな?」
ガストロフの言葉に五郎は、にっと笑顔を浮かべ、
「そりゃ滾るな。それでも美味しいって食べて貰えりゃ、料理人冥利に尽きるってもんだからな」
「ははっ、言うもんだね、アンタ。食べるのが楽しみだよ」
ギネヴァが楽しげに声を上げる中、五郎は料理を並べていった。
カリーナが食器を片づけて一息つくような間が空いてから、アルベルトは言った。
「我輩はステーキです。自信の一品、ぜひ楽しんで、ご賞味いただきたい」
「前振りはいいよ。さっさと持ってきな」
ひらひらと手を振りながら気の無い声で言うギネヴァに、
「これは手厳しい! しかし、しばし御待ちを。最後の1工程が残っておりますゆえ」
アルベルトは芝居がかった声で言うと、手のひらサイズの小瓶を取り出す。
きゅぽんっ、と音をさせ蓋を取ると、ワゴンに乗せたままのステーキに向け傾ける。
とくりと琥珀色の液体が零れ落ちるが、落ちる傍から霧状になってステーキの周囲を漂う。
「なんだい、手品かい?」
「いえ、魔術です。風を操作して、霧状にしたモラセス酒をステーキに振りかけてるのですよ」
モラセス酒は、糖度の高い野菜から砂糖を精製する時に出来る副産物から作られたお酒だ。
アルコール度数を上げるために蒸留した物はモラ酒と言い、すっきりとした味わいと芳醇な香りが特徴だが、こちらに対してモラセス酒は、複雑でコクのあるほんのりとした甘味が特徴的なお酒だ。
作られた出来によっては、雑味が酷く飲めたものではないが、逆に出来の良いものは、深い味わいを楽しむことが出来る。
アルベルトが取り出したモラセス酒は、明らかに出来の良いものだった。
それに特有の、軽やかでありながら繊細な、花の香りを思わせる清涼な匂いが漂っている。
それが十分に行き渡るほど、霧状になったモラセス酒がステーキを包み込んでから、アルベルトは指を鳴らす。
その途端、ボッと炎が湧き起こる。
ステーキを包む霧状のモラセス酒に、魔術で火を点けたのだ。
数秒、炎にステーキは包まれる。
魔術で風を操作して、ステーキ以外への炎の延焼を防ぎながら、最後の工程は完成した。
「出来上がりです。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
そう言って、アルベルトはステーキを並べていく。
並べられた途端、薫るのは香しいステーキの匂い。
それは、食べる前から美味しさを予感させた。
「美味しそうですわね。ふふ、さっき食べたばかりなのに、また食べたくなってきましたわ」
クリスは楽しげに言うと、ナイフでステーキを切り分ける。
力を入れずとも、すっとナイフは入っていく。
「あら、厚みがあるのに、やわらかいですわね」
「シャロスをすりおろした物に漬け込んでおります。シャロスは肉を、やわらかしてくれますゆえ」
「しっかり手間を、掛けて下さってますのね。でも問題は、味ですの」
一口サイズに切り分けたステーキを、クリスは食べる。
口に入れた途端、甘味のあるコク深いソースの味が舌に乗り、香ばしい香りと相まって美味しさを感じさせる。
そこからステーキを噛み締めれば、力強い肉の味が広がる。
肉を、食べている。
一口噛んだだけで実感できるほどの強い味わいは、噛むほどにソースと混ざり合い、味わいに深みと旨味を重ねていく。
肉々しいほどに、肉の味を感じられるステーキ。
それがアルベルトの料理だった。
それをソースの味が邪魔をせず、むしろより強く高めてくれる。
「美味しい……」
ほぅっと、ため息をつくように。一口食べ飲み込んだクリスの口から感想が漏れる。
そう感じたのはグエンも同様で、味に集中するように目をつむり食べていた彼は、飲み込むとゆっくりと目を開け言った。
「確かに、美味い。下処理で漬け込んだシャロスが、肉の柔らかさだけでなく味わい深さも導いている。だが、それ以上にソースの味が好い」
「まったくですね」
にこにこ笑顔を浮かべながら、ガストロフが引き継ぐように続ける。
「甘味があるソースですが、クドさは無いですし、それでいてしっかりとしたコクと味わいがある。なのに、肉の味と喧嘩する事も無く、むしろ持ち上げてくれています。牛肉の味を楽しませてくれる、好いソースです」
「感激至極ですな。そこまで喜んで頂けたなら」
芝居がかった態度で、けれど言葉の響きに真摯な物を込め、アルベルトは軽く一礼する。
そんな彼の前で、ガストロフ達は休むことなく食べ続け、あっという間に食べ切った。
「ふぅ……美味しかったですわ。でもそのせいで、ちょっと食べ過ぎてしまったかも」
「続けて2皿、完食は、さすがに腹に来る物があるな」
「ははっ、私はまだまだいけますが、これは少々、勇者料理人の先生には、不利な状況ですかな?」
ガストロフの言葉に五郎は、にっと笑顔を浮かべ、
「そりゃ滾るな。それでも美味しいって食べて貰えりゃ、料理人冥利に尽きるってもんだからな」
「ははっ、言うもんだね、アンタ。食べるのが楽しみだよ」
ギネヴァが楽しげに声を上げる中、五郎は料理を並べていった。
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