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Ⅳ ライバルはお姫さま その①
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「高さは三階ってところか……」
ウィルのヤツに部屋に閉じ込められた俺は、窓の一つを開け周囲を見渡し見当を付けた。
いま俺が居る部屋は、広々とした庭に面している。
手入れはお世辞にも良いとは言えないけど、元々は立派な場所だったんだと思う。
その庭の一角には一台の馬車が。
何人もが乗る乗合馬車じゃなくて、金のある個人が乗る高級馬車だ。
幸い、御者は見る限りどこにも居ない。
広々とした庭のお蔭で近所の建物は離れてるし、これなら窓から出る所を見られても、すぐにウィルのヤツにバレることは無いだろう。
「足場になる張りがあったのは助かったな」
外壁に視線を向け、俺は考えをまとめるために呟く。
窓枠より体半分ぐらい下の辺りに、辛うじて人一人が渡れる張りが建物の端から端まで伸びている。
飾りなのか、あるいは外壁の補修や塗り替えに使う場所なのかは分からないけど、巧く使えば隣の部屋に渡ることが出来そうだ。
最悪、部屋のカーテンを綱にして下に降りる事も考えてたから、条件としては悪くない。
いつも仲間と一緒に盗みに入る時に比べれば、楽勝楽勝。
とはいえ心配なのは、痛めた足首。
痛みに気を取られ地面に真っ逆さま、なんてのは笑えない。
「でもま、どうにかなんだろ」
わざと気楽に声を上げ、自分で自分を元気づける。
こういう時は、身体を強張らせてたらどうにもならない。無理やりにでも、力を抜いた方が巧くいくんだ。
「待ってろよ、ウィル」
置いてけると思ったら、大間違いなんだからな。
ひょいっと窓を乗り越え、壁の張りに足を乗せる。
そのまま、すとんっ、と落ちる事も覚悟して窓枠に手を掛けていたけれど、その必要は無かった。
足場として、しっかりしてる。これなら安心だ。
むしろ心許ないのは――
「なんなんだよ、このひらひらした服」
そんなに風が吹いてる訳でもないのに、ひらひらしてるせいでちょっとした事ではためきやがる。
いつもの男物の服ならこんな事ないのに、なんかすっげー頼りない気持ちになる。
(誰かにこんな所見られたら……)
そう思った瞬間、浮かんだのはウィルの顔。
(ちょっと待てーっ! なんでアイツの顔が浮かぶんだよ!)
なんだか物凄く恥ずかしい気持ちになる。
「うぅ~、全部ウィルのせいだ。人のこと閉じ込めやがるから。
待ってろよ。思い通りにならないって思い知らせてやるからな」
自分でも八つ当たり気味だとは分かってるけど、そうでも思わないと恥ずかしさが止まってくれそうにない。
恥ずかしさを振り切るような勢いで、俺はさっさと隣の部屋の窓まで向かう。
「……不用心だな。鍵ぐらいちゃんと掛けとけよ」
何の抵抗も無く開いた窓に、思わず俺は呆れて声を上げる。
どうしようもなければ窓を割ることも考えてたから、これはこれで運が良いって言えるのかもしれないけど、ウィルの不用心さに少し腹が立つ。
「……ま、盗賊が言って良いことじゃないけどさ」
自分のことを省みて、少し気持ちがへこむけど、それはそれで投げ捨てて、窓から隣の部屋に入る。
「随分と、殺風景な部屋だな」
その部屋は、机と寝台しかない部屋だった。それ以外には何も無い。
でも、掃除は良く行き届いてる。そのくせ、机の上は散らばってた。
生活感はあるけれど、物寂しい部屋。
俺がこの部屋に来て感じたのは、それだった。
「まさか、ウィルの部屋……って訳は無いよな」
それを思いついた途端、居心地が悪くなる。妙な後ろめたさを感じたからだ。
「花の一つでも、置けば良いのに……」
ぽつりと、自然に言葉がこぼれる。
想いが意識に浮かぶより早く、溢れたみたいに。
「なに言ってんだか、俺……今はそれどころじゃねぇだろ」
気持ちを切り替える。
今は、やるべき事に意識を向けるべきだ。
俺は部屋の扉を見つけ、廊下に出る。
周囲に視線を向ければ、廊下の左右に扉があり、幾つもの部屋があるのが見えた。
「……どの部屋だ?」
ウィルは婚約者と話をする為に出て行ったんだろうから、声の聞こえてくる部屋だろうと音を探るが、少なくとも近くからは誰の声も聞こえない。
とはいえ念のため、一つ一つ扉を開け確認していく。その全てに、人の気配が無かった。
どの部屋もどの部屋も、捨てられた部屋だった。
かつては誰かが使っていたのかもしれないけど、その残り香すら感じられない。
「なんだよこれ……」
部屋を巡れば巡るほど、ぞわりと嫌な予感が湧いて出る。
「これだけ広い所なのに……ウィルとアーシェしか、住んでないってことは無いよな……」
不吉な想いを振り払いたくて口にしたのに、全然消えてくれない。
捨てられた部屋を巡れば巡るほど、それは事実なんだって気付かされた。
部屋を確かめる速さが上がる。あまりにも静かすぎて、息が苦しい。
でも、どこにも誰も居なかった。
「下の階か……」
全ての部屋を調べ、上へと続く階段も無いことを確かめて、俺は2階へと降りる。
同じように部屋を巡っていき――
「居た!」
かすかに聞こえたウィルの声に足を速め、その部屋の前に。
自分を落ち着かせるために、息一つをついて扉を空ける。
その先に居たのは、お姫さまだった。
ウィルのヤツに部屋に閉じ込められた俺は、窓の一つを開け周囲を見渡し見当を付けた。
いま俺が居る部屋は、広々とした庭に面している。
手入れはお世辞にも良いとは言えないけど、元々は立派な場所だったんだと思う。
その庭の一角には一台の馬車が。
何人もが乗る乗合馬車じゃなくて、金のある個人が乗る高級馬車だ。
幸い、御者は見る限りどこにも居ない。
広々とした庭のお蔭で近所の建物は離れてるし、これなら窓から出る所を見られても、すぐにウィルのヤツにバレることは無いだろう。
「足場になる張りがあったのは助かったな」
外壁に視線を向け、俺は考えをまとめるために呟く。
窓枠より体半分ぐらい下の辺りに、辛うじて人一人が渡れる張りが建物の端から端まで伸びている。
飾りなのか、あるいは外壁の補修や塗り替えに使う場所なのかは分からないけど、巧く使えば隣の部屋に渡ることが出来そうだ。
最悪、部屋のカーテンを綱にして下に降りる事も考えてたから、条件としては悪くない。
いつも仲間と一緒に盗みに入る時に比べれば、楽勝楽勝。
とはいえ心配なのは、痛めた足首。
痛みに気を取られ地面に真っ逆さま、なんてのは笑えない。
「でもま、どうにかなんだろ」
わざと気楽に声を上げ、自分で自分を元気づける。
こういう時は、身体を強張らせてたらどうにもならない。無理やりにでも、力を抜いた方が巧くいくんだ。
「待ってろよ、ウィル」
置いてけると思ったら、大間違いなんだからな。
ひょいっと窓を乗り越え、壁の張りに足を乗せる。
そのまま、すとんっ、と落ちる事も覚悟して窓枠に手を掛けていたけれど、その必要は無かった。
足場として、しっかりしてる。これなら安心だ。
むしろ心許ないのは――
「なんなんだよ、このひらひらした服」
そんなに風が吹いてる訳でもないのに、ひらひらしてるせいでちょっとした事ではためきやがる。
いつもの男物の服ならこんな事ないのに、なんかすっげー頼りない気持ちになる。
(誰かにこんな所見られたら……)
そう思った瞬間、浮かんだのはウィルの顔。
(ちょっと待てーっ! なんでアイツの顔が浮かぶんだよ!)
なんだか物凄く恥ずかしい気持ちになる。
「うぅ~、全部ウィルのせいだ。人のこと閉じ込めやがるから。
待ってろよ。思い通りにならないって思い知らせてやるからな」
自分でも八つ当たり気味だとは分かってるけど、そうでも思わないと恥ずかしさが止まってくれそうにない。
恥ずかしさを振り切るような勢いで、俺はさっさと隣の部屋の窓まで向かう。
「……不用心だな。鍵ぐらいちゃんと掛けとけよ」
何の抵抗も無く開いた窓に、思わず俺は呆れて声を上げる。
どうしようもなければ窓を割ることも考えてたから、これはこれで運が良いって言えるのかもしれないけど、ウィルの不用心さに少し腹が立つ。
「……ま、盗賊が言って良いことじゃないけどさ」
自分のことを省みて、少し気持ちがへこむけど、それはそれで投げ捨てて、窓から隣の部屋に入る。
「随分と、殺風景な部屋だな」
その部屋は、机と寝台しかない部屋だった。それ以外には何も無い。
でも、掃除は良く行き届いてる。そのくせ、机の上は散らばってた。
生活感はあるけれど、物寂しい部屋。
俺がこの部屋に来て感じたのは、それだった。
「まさか、ウィルの部屋……って訳は無いよな」
それを思いついた途端、居心地が悪くなる。妙な後ろめたさを感じたからだ。
「花の一つでも、置けば良いのに……」
ぽつりと、自然に言葉がこぼれる。
想いが意識に浮かぶより早く、溢れたみたいに。
「なに言ってんだか、俺……今はそれどころじゃねぇだろ」
気持ちを切り替える。
今は、やるべき事に意識を向けるべきだ。
俺は部屋の扉を見つけ、廊下に出る。
周囲に視線を向ければ、廊下の左右に扉があり、幾つもの部屋があるのが見えた。
「……どの部屋だ?」
ウィルは婚約者と話をする為に出て行ったんだろうから、声の聞こえてくる部屋だろうと音を探るが、少なくとも近くからは誰の声も聞こえない。
とはいえ念のため、一つ一つ扉を開け確認していく。その全てに、人の気配が無かった。
どの部屋もどの部屋も、捨てられた部屋だった。
かつては誰かが使っていたのかもしれないけど、その残り香すら感じられない。
「なんだよこれ……」
部屋を巡れば巡るほど、ぞわりと嫌な予感が湧いて出る。
「これだけ広い所なのに……ウィルとアーシェしか、住んでないってことは無いよな……」
不吉な想いを振り払いたくて口にしたのに、全然消えてくれない。
捨てられた部屋を巡れば巡るほど、それは事実なんだって気付かされた。
部屋を確かめる速さが上がる。あまりにも静かすぎて、息が苦しい。
でも、どこにも誰も居なかった。
「下の階か……」
全ての部屋を調べ、上へと続く階段も無いことを確かめて、俺は2階へと降りる。
同じように部屋を巡っていき――
「居た!」
かすかに聞こえたウィルの声に足を速め、その部屋の前に。
自分を落ち着かせるために、息一つをついて扉を空ける。
その先に居たのは、お姫さまだった。
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