獣人の里の仕置き小屋

真木

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獣人の里の仕置き小屋

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 ある狼獣人たちの里には、仕置き小屋と呼ばれるところがある。
 伴侶に対して愛情深い狼獣人たちだが、その執着の強さゆえに伴侶が逃げ出すことがある。
 伴侶と心がすれ違ったとき、夫婦でここに籠って互いの心を深く確かめるように……と古い時代に作られたものだが、今は「仕置き」という物騒な名前がついていた。
 今日も夫の獣人に抱きかかえられて、その仕置き小屋に入れられる娘がいる。
「……ザラン、怒ってる……の?」
 妻は、白毛のトラの耳をぺたんと伏せた、気弱そうな幼な妻だった。彼女は人の世界で愛玩物として飼われていた時間が長く、狼獣人の里に連れてこられてまだ一月にもならなかった。
 夫のザランは妻とは対照的で、屈強な体躯を持つ、黒光りする髪と瞳の青年だった。ザランは半月型の瞳で妻を見下ろすと、押し殺したような声で言った。
「怒ってる。マナに余計な匂いがついた」
 ザランはマナを抱いたまま仕置き小屋の鍵を開けると、真っ暗な部屋の中に踏み込む。
「獣人の妻がどういうものかわかるまで、ここから出さないから」
 暗闇の中で、鉄錠が鎖のような音を立てて下りるのが聞こえた。
 ザランが灯りを探すまでの間、マナは普段穏やかなザランの怒りに怯えていた。
 ザランが腕をほどいた今のうちに離れた方がいいのかもしれないが、マナはザランに足の速さも、体力だってまったく敵わない。それにマナの非力な手では、先ほど鎖のような音を立てた小屋の鍵を回すことさえできないかもしれなかった。
 結局、ザランが灯りをともしたときまで、マナはうつむいたまま立ちすくんでいた。ザランは紐を引いて天窓を開けたらしく、外の森の匂いが部屋の中に入ってきた。
「マナ、座って。まず話をしよう」
 ザランに言われて、マナはザランの掛けた向かいの椅子に向かった。けれどザランは首を横に振って、こっち、と自分の膝を叩く。
 マナは素直すぎる少女だった。怖がりでもあった。ぺたんとザランの膝の上に腰を下ろすと、怒られるのを待つ子どものようにふるふると震えていた。
 膝の上に座ってもまだ自分より目線が低く、結婚して一月経っても自分からザランに話しかけるのを迷うマナのことを、ザランは愛している。
 でも何気なく立ち寄った里の外の街で、鉄格子の中、膝を抱えていたマナを初めて見たときから、彼女を愛するのは止めようがなかった。たとえマナが自分を拒もうとも、一度伴侶に抱いた獣人の愛は引き返せるものではないのだと、マナにも結婚のときに伝えたはずだった。
 ……それともマナもまた他の誰かに、止めようがない愛を抱いたのか?
 ザランは体を走った殺意に瞳を鈍く光らせたが、マナを怯えさせないように努めて穏やかにたずねた。
「どうして俺に黙って里を出たんだ?」
 ザランの問いかけに、マナはおずおずと答える。
「商人の荷馬車が通りかかって……」
「興味を引かれた?」
「うん……」
 マナが小声で肯定して、ザランは小さく息をついた。
 ザランはマナの頬に触れて顔を上げさせると、マナの目をのぞきこんで言う。
「あ……」
「しきたりがある。この小屋の中では嘘を言ってはいけないんだ」
 ザランはもう片方の手でマナの腰紐を探り当てると、あっけなくそれを解いてしまう。
 ぷるんとこぼれた乳房をマナが隠そうとする前に、ザランはマナの乳房にかみついていた。
「嘘をついたら罰一回。……マナ、嘘をついたね。君はむしろ、商人を怖がっていたはずだ」
「あぅ……っ」
 ザランはマナの乳首をさりっと噛むと、ざらついた舌で包み込んで転がした。マナは悲鳴混じりの甘い声を上げてしまって、ザランの頭を胸から離そうと体をのけぞらせる。
「ご、ごめ……んなさ、い。商人じゃ、なくて……」
「同族?」
 ザランが追及するように問うと、マナははっとして瞳を揺らした。
 その反応にザランは心に暗雲が押し寄せて、なお問いを重ねる。
「……男?」
 一拍の後、ザランは声を低くして問いかけた。結婚してからこの一月の中でもっとも低いうなるような声、それに怯えてマナはとっさに口を閉ざしてしまう。
 ザランはマナを抱いたまま立ち上がると、部屋を横切って小屋の奥に向かった。
 ザランが奥の扉を開けた途端、マナはその部屋に並べられていたものに息を呑む。
 マナはおぞましいその数々のものを、愛玩動物として飼われていたときに見たことがあった。娘をまたがらせていたぶる木馬、娘の弱いところを打って痛めつける鞭、不浄の穴に詰める玉、どれも思い出すのも厭わしい。
「いやぁっ……」
 けれどマナがそれらより恐ろしいと知っているのは、薬草を煮詰めた酒がずらりと並ぶ棚の中、端に置かれた紫の小瓶だった。それは大人しかった仲間の少女が一滴口にした途端、男にまたがって一晩腰を振り続けた媚薬だった。陰部に直接塗ったならもっと効果があるのだがねと、奴隷商人が得意げに話していた。
「あぅ、お願い、いや、いや……ぁっ!」
 ザランはマナを腕に収めたまま、迷うことなくその小瓶を手に取って見せた。半狂乱になって暴れるマナに、ザランは頬を寄せて問う。
「しきたりがある。この小屋で隠し事をしたら、本当のことを言うまで体に訊く」
「やだ……その薬、だけは、いや……!」
 とうとう泣き出したマナを見て、ふいにザランは怒りの消えた声で言った。
「……マナ、俺の方を見て」
 ザランがマナの涙を拭うと、マナは一瞬晴れた視界でザランをみつめた。
 ザランは出会った頃と同じ、真摯なまなざしでマナを見下ろしていた。
「マナが俺のことを嫌いと思うなら、そう言って。俺の……他に愛する人がいるなら、そうなのだと、本当のことを言ってほしい」
「……ザラン」
 マナはその瞳を見て、自分を苦しめていた恐れからふと自由になった。
 愛玩動物だった自分に、彼が言葉を尽くして求婚してくれた瞬間は、今まで生きてきた中で一番嬉しかった。彼の不器用に笑う顔がとても優しいと、だから信じてみようと決意したのを思い出す。
 ザランはくしゃりと顔を歪めて言葉を告げる。
「マナがいないのはつらいけど……離れるなんて、本当に命が終わる最後の最後であってほしいけど。マナが俺といて不幸になるなら、俺は自分が消える方を選ぶ」
「……ちがう!」
 マナは彼を見上げて、首を横に振っていた。
「好きなの、ザランと離れたくないの。だから……だから!」
 どうしてこんな大事なとき、自分は言葉がおぼつかないのだろう。そのもどかしさにまた泣きそうになりながら、マナはザランの首にしがみついて唇を合わせていた。
 一度触れたら、媚薬など必要ないくらいに胸は高鳴り始めた。
「マナ……!」
 ザランはマナを掻き抱きながら舌をからませて、マナは気づけばそれに一生懸命応えていた。
「や……ぁ、本当のこと、もう、言った……のにっ」
 仕置き小屋のベッドの上、明け方になっても絡み合う二人の姿があった。
 マナは不満の声とは裏腹に、ザランに腕をからませながら自分から腰を動かして甘い声を上げる。
「放浪の同族に、子猫を抱かせてもらった。でも俺に黙って里を出たし、オスの匂いがついたのも本当だろう?」
「子猫が……オスだっただけ……ゃだ、また、いっちゃ……うっ」
 ザランは少し意地の悪い笑みを浮かべて、マナをのぞきこむ。
「まだまだ。獣人の妻になったらどうなるか、わかるまではこうしたままだよ」
 ザランは上機嫌に尻尾を振って、また深くマナの中を突き始めた。
 これは獣人の里の仕置き小屋の、短くて長い一夜の物語。
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