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 凍り付いた路地に雪が落ちていく気配で、ロゼは目を覚ました。
 格子のはまった窓の向こうに、光というにはまだ頼りない色が差している。太陽が地平線から顔を出す前の、忍びやかな静寂が満ちていた。
 いつもなら体を丸めて、寒さに震えている時間。今日は少しも寒くないのは、ロゼの体を包み込んでいる存在がいるから。
 あれから何度つながったかわからない。まるで長い間離れ離れだった恋人同士のように、ジュストはロゼをかき抱いて、ロゼはそれに応えた。獣性のまま手足をもつれさせて、繰り返し体の最奥でお互いの熱を感じていた。
 ロゼは呼吸が触れる距離で、初恋の人の寝顔をみつめる。少年から青年になった彼は、あどけなさが消えた分端正になった。あの頃の優しさも持ちながら渇望のような情欲でロゼを求めて、ロゼは自分が愛されているような錯覚を抱いた。
 けれど彼を愛しているのなら、一夜の娼婦など忘れさせてあげなければ。ロゼは激痛のような胸の痛みを飲み込んで、自分を包む腕から抜け出た。
「……どこに行くの」
 寝台から足を下ろしたロゼを、ジュストは身を起こして抱き寄せる。背中ごしに触れる肌にまた体は歓喜して、ロゼの声が震えた。
「水を汲みに行って参ります」
 ジュストはロゼを離さないまま少し思案すると、荷物を引き寄せて水筒を取り出す。ロゼがジュストの意図に気づく前に、彼は水を含んでロゼと唇を合わせた。
 渇いた喉にいきわたるように水が注がれていく。その心地よさに、ロゼは思わず目を細めて身を委ねていた。
 ふと唇を合わせたことに気づいて、頬が赤くなる。昨夜お互いに体をからませている内、唇も何度も触れ合った。けれど性行為としてではなく触れたのが恥ずかしくて、とっさに視線をさまよわせる。
「嫌?」
 問いかけられて、ロゼは言葉に迷った。きっとどんな言葉も、ロゼの赤くなった顔を見たら何の説得力もない。
 ジュストはロゼを仰向けに寝台に横たえると、言葉を奪うようにして深く口づけた。舌をからませ、口腔をほぐすようになでていく。
 このままでは、ずっとつながっていたいと願ってしまう。ロゼが自らの願いを裏切って、ジュストから逃れようと身をよじったときだった。
 ロゼはふいに周りの空気の匂いが気になった。閨房の湿った、埃の混じった空気を吸い込むと、たまらなく気分が悪い。
 思わずジュストから離れると寝台を下りて、うずくまって咳きこんだ。すぐにジュストが駆け寄って、ロゼの背をさすりながら心配そうに訊ねる。
「どうした? 気分が悪い?」
 地上を支配した有翼人種の精は、注がれた者の体を変異させてしまう。性行為に慣れている静牢の無性たちも、一晩にいくたびも精を注がれると具合を悪くすることがある。
 けれどロゼの体内を走った変異は、覚えがあるものだった。まさかとその可能性から目を逸らしながら、ロゼはジュストを見上げて言う。
「少し喉が弱いのです。薬をもらいに行って参りますので……もうお帰りください」
 ためらいながら言ったロゼに、ジュストは眉を寄せた。
 ジュストはロゼを抱き上げて寝台に座らせると、そっと両手で首に触れる。
「すまなかった。牢のようなところに夜通し籠めて。つらかっただろう」
 彼は荷物の中から自分の着替えらしい服を取り出して、戸惑うロゼにそれをまとわせる。ロゼはジュストを制止しようとしたが、空気を吸い込むとまた咳が出た。かわいそうにとジュストはロゼの背をさすって、自らも服をまとうとロゼを抱き上げる。
 ロゼを守るように外套の中に抱きながら、ジュストは閨房を出た。ずっと安息を与えてくれた静牢をあっけなく出てしまって、ロゼは寂しいと思う間もなかった。
 どこへと掠れた声で訊ねたロゼに、ジュストは大丈夫とささやく。路地を抜けて通りに入ると、ジュストは大通り沿いの宿屋に入った。
 彼はそこに従僕たちと共に泊まっていたらしい。見覚えのある従僕の無性たちが、慌てたようにジュストを迎えた。
 ジュストは彼らに短くいくつかのことを命じると、自分はロゼを連れて部屋に上がった。そこは木造りの温かい風合いの部屋で、南向きに位置していた。ジュストは寝台にロゼを座らせて自らも隣に腰を下ろすと、従僕から湯気の上がったカップを受け取る。
「飲んでごらん。喉にいいはずだ」
 それははちみつの香りのする甘いお茶で、ロゼの喉に優しく染みわたる。体も暖まって、そして体がほぐれたからなのか、意識を鈍くするような眠気がやって来る。
「仕事に、戻らないと」
 次第に抗えないほどの眠気に包まれて、ロゼはカップを置こうとする。ジュストはロゼの手からカップを受け取ってテーブルに置くと、ロゼの背をゆっくりとさする。
「いけないよ。体を暖めて、ゆっくりおやすみ」
 だめ、早くここを離れなければ。ロゼは必死で首を横に振る。
 自分の体内で起きている変調は、五年前の狂乱のときと同じ。有翼人種の女性は誰よりも早く、自らに宿る命を知る。どんな相手からその命を受け取ったとしても、たまらなく愛おしく感じる。
 けれどジュストはどうだろう。一夜の娼婦の子など求めるだろうか。ロゼの変化を知ったら、優しかったその瞳は軽蔑の色に染まるに違いない。
 ロゼの頭を胸に抱いて、ジュストは低めた声でささやいた。
「すまないね。……はじめから帰すつもりはないんだ」
 愛しい人の腕の中で休める幸福と、じきにそれと離れなければいけない哀しみが、ロゼを縛るように眠りに招いていった。
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