4 / 10
4 狂乱の夜
しおりを挟む
ロゼが十五歳のとき、父の領地を妖獣が襲った。
ロゼは父を失ったが、妖獣は三人の兄たちが追い払ってくれた。
兄たちはそれまでも、有翼人種の本性である獣性でずっとロゼを守ってくれていた。ロゼが珍しい女性体だということを除いても、ロゼはゆりかごの中の赤子のように愛されていた。
けれど有翼人種の獣性は、その愛情で歪むことをロゼは知らなかった。
妖獣との戦いから帰って来た兄たちを、ロゼは泣きながら出迎えた。怪我を負って血を流し、獣性をむきだしにして瞳孔が開いたままの兄に、自分は何もできなかった。心が痛くて泣くしかできなかった。
ロゼは兄たちに精一杯言った。私は嫁ぐことになったの。もうにいさまたちの足を引っ張らない。私はいなくなるから大丈夫。
父は亡くなる前、縁談のことを兄たちに黙っておくようにと言伝ていた。ロゼはなぜ父が兄たちに内緒でロゼの縁談を進めていたのか知らなかった。
……ロゼだって、その後起こることを知っていたのなら、隠し通したに違いなかった。
三人の兄たちは水を打ったように黙りこくった。それで一番上の兄が、ロゼに言った。おかえりのキスをしてくれないか、と。
ロゼはもちろんとうなずいて、兄にキスをした……途端、意識が途切れた。
有翼人種の使う血止めは強力で、子どもが口から摂取すると深い眠りに落ちてしまう。ロゼは口移しでそれを飲まされたのだった。
目覚めたロゼがいたのは、地下室の寝台の上だった。ロゼは生まれたままの姿で足を開かされて、寝台に縛られていた。
まだ意識がもうろうとしたまま、ロゼは三人の兄たちに凌辱された。まだ初潮を迎えたばかりの花を繰り返し楔で衝かれて、時には前後の花を同時に犯されることもあった。痛みで勝手に涙はあふれても、血止めで痺れた体は何一つ抵抗ができなかった。
もっとも体の自由が利いたとしてもロゼは抵抗しなかったかもしれない。ロゼを犯しながら、兄たちはうわごとのように繰り返していた。
行くな、行くな。ロゼ、愛している。どこにも行かないな。愛しているな?
戦いで限界まで高ぶった獣性は、ロゼの言葉が引き金になって狂乱に落ちてしまった。
……兄たちが正気に戻るまで、その狂乱の日々は一月の間続いた。
理性の戻った兄たちはあらゆる言葉を尽くしてロゼに詫びたが、ロゼの心には届かなかった。狂乱の最中、ロゼがどれだけ兄たちに愛していると告げても伝わらなかったように、兄たちの労わりもロゼには無為なものだった。
ロゼは夢遊病のように屋敷をさまよい、衰弱して倒れているのを発見されては寝台に戻されるという繰り返しだった。
狂乱の一月から月が二度巡る頃、看病していた兄たちはロゼの月のものがないことに気づいた。ロゼは好物を口元に近づけられても、顔を背けるばかりになった。
医師を呼ぶと、ロゼの腹に新しい命が宿っているとわかった。
有翼人種は伴侶が妊娠すると歓喜し、外敵から守るために過度に自由を奪ってしまう。ロゼはまた地下室に閉じ込められることになった。そして自分の血を濃くしようとでもいうように、再び兄たちに精を注がれる日々が始まった。
けれど兄たちのように獣性に蝕まれて狂った有翼人種が絶えなかったからこそ、有翼人種たちは様々な合意を作って、お互いを監視していた。
ロゼのあずかり知らぬところで兄たちの罪は知れた。まもなくして屋敷には王都から騎士たちがやって来て、兄たちを捕縛するとともにロゼを保護した。
やって来た騎士はロゼに教えてくれた。
ジュスト様が兄君たちの捕縛とロゼ様の保護の手配を整えられたのですよ。今は兄君たちの減刑に尽力されています。
ロゼ様は何事もご心配なく、どうか御体を休めてください。ジュスト様もじきにいらっしゃいます。
告げられた言葉は、ほとんど人形のようになっていたロゼに感情を呼び戻した。
兄たちに犯され孕んだ娘など、もはや王族の伴侶にはふさわしくない。ジュストがロゼを助けてくれた理由が、ロゼにはわからなかった。
ロゼの幼い衰弱した体では、子を産むことは叶わなかった。ロゼは子が流れた夜、屋敷を抜け出して飛び立った。
守られて育つ女性体は、ほとんど自らの翼で飛ぶ力がない。
これが最初で最後と決めて、力の限り飛び続けた。宵闇は冷たく、ロゼの体を引き裂くようだった。
飛びながら、ロゼは兄たちのことを想った。自分と違い、兄たちはこの冷たい夜空を何度飛んで、何度血を流しただろう。獣性で女性体を傷つけたために女性体が生まれなくなったというが、自分の正気さえ失う獣性を持つ男性体の苦しみを、神様はどうして理解してやらなかったのだろう。
男性体と女性体など、分けなければよかったのに。……自分などいない方が、兄たちは幸せだっただろうに。
支離滅裂なことしか思い浮かばなくなる頃、ロゼは力尽きて落下した。有翼人種の証の翼が、ぱらりと背中から落ちた。
痛みは感じなかった。夜空を飛びながら悩み続けた兄たちのことも、不思議と意識から遠ざかっていた。
ただ遠くにぼんやりと浮かぶ街の灯りを見て、花冠を乗せてくれた優しい少年の瞳を思い出した。
涙が頬を伝って、ロゼはどうにか体を起こすと、よろめきながら歩き始めた。
ロゼは父を失ったが、妖獣は三人の兄たちが追い払ってくれた。
兄たちはそれまでも、有翼人種の本性である獣性でずっとロゼを守ってくれていた。ロゼが珍しい女性体だということを除いても、ロゼはゆりかごの中の赤子のように愛されていた。
けれど有翼人種の獣性は、その愛情で歪むことをロゼは知らなかった。
妖獣との戦いから帰って来た兄たちを、ロゼは泣きながら出迎えた。怪我を負って血を流し、獣性をむきだしにして瞳孔が開いたままの兄に、自分は何もできなかった。心が痛くて泣くしかできなかった。
ロゼは兄たちに精一杯言った。私は嫁ぐことになったの。もうにいさまたちの足を引っ張らない。私はいなくなるから大丈夫。
父は亡くなる前、縁談のことを兄たちに黙っておくようにと言伝ていた。ロゼはなぜ父が兄たちに内緒でロゼの縁談を進めていたのか知らなかった。
……ロゼだって、その後起こることを知っていたのなら、隠し通したに違いなかった。
三人の兄たちは水を打ったように黙りこくった。それで一番上の兄が、ロゼに言った。おかえりのキスをしてくれないか、と。
ロゼはもちろんとうなずいて、兄にキスをした……途端、意識が途切れた。
有翼人種の使う血止めは強力で、子どもが口から摂取すると深い眠りに落ちてしまう。ロゼは口移しでそれを飲まされたのだった。
目覚めたロゼがいたのは、地下室の寝台の上だった。ロゼは生まれたままの姿で足を開かされて、寝台に縛られていた。
まだ意識がもうろうとしたまま、ロゼは三人の兄たちに凌辱された。まだ初潮を迎えたばかりの花を繰り返し楔で衝かれて、時には前後の花を同時に犯されることもあった。痛みで勝手に涙はあふれても、血止めで痺れた体は何一つ抵抗ができなかった。
もっとも体の自由が利いたとしてもロゼは抵抗しなかったかもしれない。ロゼを犯しながら、兄たちはうわごとのように繰り返していた。
行くな、行くな。ロゼ、愛している。どこにも行かないな。愛しているな?
戦いで限界まで高ぶった獣性は、ロゼの言葉が引き金になって狂乱に落ちてしまった。
……兄たちが正気に戻るまで、その狂乱の日々は一月の間続いた。
理性の戻った兄たちはあらゆる言葉を尽くしてロゼに詫びたが、ロゼの心には届かなかった。狂乱の最中、ロゼがどれだけ兄たちに愛していると告げても伝わらなかったように、兄たちの労わりもロゼには無為なものだった。
ロゼは夢遊病のように屋敷をさまよい、衰弱して倒れているのを発見されては寝台に戻されるという繰り返しだった。
狂乱の一月から月が二度巡る頃、看病していた兄たちはロゼの月のものがないことに気づいた。ロゼは好物を口元に近づけられても、顔を背けるばかりになった。
医師を呼ぶと、ロゼの腹に新しい命が宿っているとわかった。
有翼人種は伴侶が妊娠すると歓喜し、外敵から守るために過度に自由を奪ってしまう。ロゼはまた地下室に閉じ込められることになった。そして自分の血を濃くしようとでもいうように、再び兄たちに精を注がれる日々が始まった。
けれど兄たちのように獣性に蝕まれて狂った有翼人種が絶えなかったからこそ、有翼人種たちは様々な合意を作って、お互いを監視していた。
ロゼのあずかり知らぬところで兄たちの罪は知れた。まもなくして屋敷には王都から騎士たちがやって来て、兄たちを捕縛するとともにロゼを保護した。
やって来た騎士はロゼに教えてくれた。
ジュスト様が兄君たちの捕縛とロゼ様の保護の手配を整えられたのですよ。今は兄君たちの減刑に尽力されています。
ロゼ様は何事もご心配なく、どうか御体を休めてください。ジュスト様もじきにいらっしゃいます。
告げられた言葉は、ほとんど人形のようになっていたロゼに感情を呼び戻した。
兄たちに犯され孕んだ娘など、もはや王族の伴侶にはふさわしくない。ジュストがロゼを助けてくれた理由が、ロゼにはわからなかった。
ロゼの幼い衰弱した体では、子を産むことは叶わなかった。ロゼは子が流れた夜、屋敷を抜け出して飛び立った。
守られて育つ女性体は、ほとんど自らの翼で飛ぶ力がない。
これが最初で最後と決めて、力の限り飛び続けた。宵闇は冷たく、ロゼの体を引き裂くようだった。
飛びながら、ロゼは兄たちのことを想った。自分と違い、兄たちはこの冷たい夜空を何度飛んで、何度血を流しただろう。獣性で女性体を傷つけたために女性体が生まれなくなったというが、自分の正気さえ失う獣性を持つ男性体の苦しみを、神様はどうして理解してやらなかったのだろう。
男性体と女性体など、分けなければよかったのに。……自分などいない方が、兄たちは幸せだっただろうに。
支離滅裂なことしか思い浮かばなくなる頃、ロゼは力尽きて落下した。有翼人種の証の翼が、ぱらりと背中から落ちた。
痛みは感じなかった。夜空を飛びながら悩み続けた兄たちのことも、不思議と意識から遠ざかっていた。
ただ遠くにぼんやりと浮かぶ街の灯りを見て、花冠を乗せてくれた優しい少年の瞳を思い出した。
涙が頬を伝って、ロゼはどうにか体を起こすと、よろめきながら歩き始めた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない
迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。
「陛下は、同性しか愛せないのでは?」
そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。
ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
ただの政略結婚だと思っていたのにわんこ系騎士から溺愛――いや、可及的速やかに挿れて頂きたいのだが!!
藤原ライラ
恋愛
生粋の文官家系の生まれのフランツィスカは、王命で武官家系のレオンハルトと結婚させられることになる。生まれも育ちも違う彼と分かり合うことなどそもそも諦めていたフランツィスカだったが、次第に彼の率直さに惹かれていく。
けれど、初夜で彼が泣き出してしまい――。
ツンデレ才女×わんこ騎士の、政略結婚からはじまる恋のお話。
☆ムーンライトノベルズにも掲載しています☆
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる