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7 怒り
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アルバイト先に月岡がやって来たのは、珈涼がアルバイトを始めて二週間が経つ頃だった。
「いらっしゃいませ」
珈涼は普段客にするように微笑んで、月岡を奥に招こうとする。
その珈涼の手が、唐突に掴まれた。
見上げると、月岡はあの獲物を狙う目をしていた。珈涼は怯えて一歩後ろに引く。
だがそれ以上後ろには下がれなかった。月岡は手を引いて珈涼を外へ連れ出すと、車の後部座席に乗せる。
「出せ」
月岡が運転手に命じると、車が動き出す。珈涼は何が起こったのかわからず、遠ざかって行く喫茶店を見送る。
「あの、まだ終わりじゃないんです」
「終わりです」
珈涼が下ろしてくれるよう頼んでも、月岡は前を向いたままそっけなく言う。
無表情だが、怒っているように見える。しかもこの雰囲気は、夜の行為の時に似ている。
どこかの旅館の前で降ろされて、手を引かれて足早に中に入る。部屋に通された途端、月岡に乱暴に唇を奪われた。
「ひ、人に見られます」
まだ昼間だ。開け放った窓の外を通りかかる人もいるかもしれないと焦る珈涼に構わず、月岡は珈涼の着衣を解いていく。
「月岡さん。一体何が……」
「あなたは自分がどんな風に見えているのか、ご存じない」
この行為の時は、月岡は一言も話さないのが常だった。そして珈涼が目を開いて月岡の表情を見たのも初めてだった。
「いつもあんな風に笑うのですか」
月岡が寂しそうに告げた意味がわからなくて、珈涼には恐ろしさよりただ不思議さが先立った。
壁に押し付けられるようにして、体を貪られる。
落ちるように意識を失って、次に目が覚めた時は朝だった。
珈涼は一人でマンションの自室のベッドの中にいた。違和感があって体を見下ろすと、いつもはパジャマを着ているのに今日は何も着けないで眠っていた。
昨日の月岡は怒っていた。アルバイトをやめさせられてしまうかもしれない。
とにかく一刻も早くマスターに連絡しなければ。だけどこの家には外に通じる電話がない。直接伝えに行くために外に出ようと服を探す。
「え?」
ところが、どこを見ても一枚も服がない。いつも服を仕舞っている箪笥からは、ごっそりとすべて抜かれた跡があった。
あちこち探し回ってもやはり見当たらなくて困っていると、玄関が開く音がした。
急いでシーツの中にもぐりこむと、看護師のスタッフが食事のトレイを持って入ってくる。
「朝食です。診察の後に召し上がってください」
そう言って、日課の診察を始める。
「す、すみません。外出したいのですが、服がなくて」
勇気を出して言葉をかけたが、彼女は何も言わずに聴診器を動かして珈涼の体の具合を確認しただけだった。
結局何も答えが引き出せないまま、看護師は帰って行く。
裸のままでは外に飛び出すこともできず、珈涼は途方に暮れた。
「いらっしゃいませ」
珈涼は普段客にするように微笑んで、月岡を奥に招こうとする。
その珈涼の手が、唐突に掴まれた。
見上げると、月岡はあの獲物を狙う目をしていた。珈涼は怯えて一歩後ろに引く。
だがそれ以上後ろには下がれなかった。月岡は手を引いて珈涼を外へ連れ出すと、車の後部座席に乗せる。
「出せ」
月岡が運転手に命じると、車が動き出す。珈涼は何が起こったのかわからず、遠ざかって行く喫茶店を見送る。
「あの、まだ終わりじゃないんです」
「終わりです」
珈涼が下ろしてくれるよう頼んでも、月岡は前を向いたままそっけなく言う。
無表情だが、怒っているように見える。しかもこの雰囲気は、夜の行為の時に似ている。
どこかの旅館の前で降ろされて、手を引かれて足早に中に入る。部屋に通された途端、月岡に乱暴に唇を奪われた。
「ひ、人に見られます」
まだ昼間だ。開け放った窓の外を通りかかる人もいるかもしれないと焦る珈涼に構わず、月岡は珈涼の着衣を解いていく。
「月岡さん。一体何が……」
「あなたは自分がどんな風に見えているのか、ご存じない」
この行為の時は、月岡は一言も話さないのが常だった。そして珈涼が目を開いて月岡の表情を見たのも初めてだった。
「いつもあんな風に笑うのですか」
月岡が寂しそうに告げた意味がわからなくて、珈涼には恐ろしさよりただ不思議さが先立った。
壁に押し付けられるようにして、体を貪られる。
落ちるように意識を失って、次に目が覚めた時は朝だった。
珈涼は一人でマンションの自室のベッドの中にいた。違和感があって体を見下ろすと、いつもはパジャマを着ているのに今日は何も着けないで眠っていた。
昨日の月岡は怒っていた。アルバイトをやめさせられてしまうかもしれない。
とにかく一刻も早くマスターに連絡しなければ。だけどこの家には外に通じる電話がない。直接伝えに行くために外に出ようと服を探す。
「え?」
ところが、どこを見ても一枚も服がない。いつも服を仕舞っている箪笥からは、ごっそりとすべて抜かれた跡があった。
あちこち探し回ってもやはり見当たらなくて困っていると、玄関が開く音がした。
急いでシーツの中にもぐりこむと、看護師のスタッフが食事のトレイを持って入ってくる。
「朝食です。診察の後に召し上がってください」
そう言って、日課の診察を始める。
「す、すみません。外出したいのですが、服がなくて」
勇気を出して言葉をかけたが、彼女は何も言わずに聴診器を動かして珈涼の体の具合を確認しただけだった。
結局何も答えが引き出せないまま、看護師は帰って行く。
裸のままでは外に飛び出すこともできず、珈涼は途方に暮れた。
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