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16 晃と麻衣子

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 副社長氏と相原さんって、本当に結婚してるんだよね?
 晃は会社で社員たちが半信半疑に噂するのを知っていた。
 麻衣子は帰国して半年入退院を経て、会社に復帰した。
 前のように世界中を飛び回るには時間がかかると医師に言われている。でも麻衣子の仕事への熱意が体調を上向かせていた。晃はできる限りそれを応援してやりたいと思っていた。
 着信に気づいて、晃は手元を操作しながらモニターをにらむ。
「来たか」
 そこに映る麻衣子は、憎らしくなるくらいに涼しげだった。
「反田氏、プロジェクトを延長するとはどういうことですか」
 結婚して、長年の関係が変わったかというと、実はまだ日々モニターごしに麻衣子と言い合っている。
「空路輸送に耐えられる商品か、今一度検討が必要だろう」
「支社が何度も試験を行っています。私が試験場を見てきましょうか」
 晃は内心舌打ちする。今の麻衣子の体でそんなことをされては、晃は明日から安心して眠ることもできない。
「とにかく、再レク案件だ。また日取りは追って連絡する」
 多少自分の立場が弱くなった気もするが、麻衣子が元気ならまあいい。そう思いながら、晃は通信を切る。
 そんな晃に出海の苦笑交じりの声がかかる。
「心配だからもう政情不安なところに突っ込んでいくのはやめてくれってくらい、言ってもいいんじゃない?」
「政情不安じゃなきゃいいのかと言い返すだろう」
 出海の言葉に、晃は憮然と返す。
 どこにも行ってほしくない。側から片時も離したくない。それがもうずっと晃の本音であるのは変わりない。
 でもタイを締めてこちらをちらと見た、その凛としたまなざしに一目ぼれした自分が今更それを言ったら、麻衣子に怒られるに違いない。
 結局惚れたのは自分の方。どれだけ傷ついたってこの女でないと嫌だと十三年間だだをこねた結果が今だ。二度と麻衣子なしに暮らせない。
 ふいにまた着信があって、晃は訝しげにそれに応じる。
「あなた」
 モニターの電源が入る。そこに映った不機嫌そうな麻衣子はプライベートの顔で、それを見て心が浮く自分は、本当にどうしようもない。
 何だ、仕事中だぞ。晃が不愛想に返そうとしたら、麻衣子が言った。
「ごめん。……生まれそう」
 瞬間、晃は椅子をはねとばして立ち上がった。
 無理やり午後の仕事を出海に押し付けて、鞄を持ったのかも自信がないくらいに大急ぎで病院に向かう。
 手術室の麻衣子と合流して、立ったまま忙しなく様子を見守る。
 麻衣子は苦しそうに息をしながら晃に言う。
「あなたは出てて」
「嫌だ」
 麻衣子の手をつかんだまま、晃はわがままのように言い返す。
「一人で苦しませるか。前と同じにはさせない」
 妊娠がわかってから、この一年ずっと心に決めていたことだった。麻衣子も不安そうだった目に、ほっと安堵の光を浮かべた。
 コウキのときは大変な難産だったと聞いた。混乱の中医療設備もそろわず、途中で電気も止まったという。
 麻衣子の体はだいぶよくなったが、病気を抱えた身だ。二人目は難しいのではと夫婦で悩んだ夜もあった。
 麻衣子は晃を見上げながら訊ねる。
「コウキは?」
「今日は出海が預かってくれると。璃子が晩ごはんを食べさせてくれる」
 同い年の子どもを持つ出海と璃子の手助けもあって、コウキは日本での生活になじみ始めている。
 晃はコウキに、お兄ちゃんになりたいかと訊いた。
 うん! そう言って目を輝かせたコウキの言葉に支えられて、晃と麻衣子はもう一人子どもを持つことを決めた。
 幸い、二人目は安産だった。夕方には、元気な産声が二人の元にやって来た。
「男の子です」
 新しい家族を見て、晃は笑う。
「そんな気がしてた」
「コウキも喜ぶかな」
 麻衣子も小さな手をそっと包みながら、頬をほころばせる。
 目を伏せて少しの間、麻衣子は思いを馳せたようだった。
「前は一人で、晃生こうきって名前をつけたの」
 麻衣子は晃を見上げて言う。
「誰より好きな人との間に生まれた宝物が、元気に生きてほしいって」
 晃は麻衣子の肩を抱いて、そうだったのかとつぶやいた。
「今度はコウキと相談して、三人でつけよう」
「うん。……愛しているわ」
 晃と麻衣子は新しい家族に頬を寄せて、彼の幸せを願った。
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