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14 残酷な夢

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 意識が戻ったとき、麻衣子はそこがまだ夢の中だと思った。
 そこにいたのは晃で、彼は必死の声音で麻衣子に言う。
「麻衣子、見えるか? 俺がわかるか?」
 ずっと夢の中で名前を呼んでいた人が手の届くところにいて、麻衣子をのぞきこんでいた。
 ああ、幸せな夢なのだと、すぐにわかった。なぜって、麻衣子の体は動かなくて声も出ない。
「麻衣子……」
 晃が泣きそうな声で名前を呼んで、麻衣子の頭を抱く。麻衣子はその温かさを感じながら、ぼんやりと虚空を眺める。
 おぼろげに捉えられる景色は、どこかの病院のようだった。麻衣子はベッドに寝かせられていて、傍らで医師と晃が話をしていた。
「マイコさんは日常的にこの地方特有のお茶を飲んでいたようです。地元ではあまり知られていないのですが、国際機関ではこのお茶にアレルギーを発症する例が報告されていて、輸出が禁止されているんです」
 免疫の低下、ひどい場合が意識が混濁すると、医師は言った。
 ずいぶん現実的な夢だと、麻衣子は思った。
 お茶の副作用を、麻衣子は知っていた。きっとミリヤのような地元人は昔から飲んでいる血筋だから、副作用もめったに起こらないだろう。けれど食品輸入の仕事をしていた麻衣子はもちろん理解していたし、おそらくジャイコブも知っていただろう。
 ジャイコブが黙認していた理由は知らないが、麻衣子がお茶を飲んでいた理由ならあった。
 医師の話は淡々と続く。
「古い時代にはアフターピルとして売られていました。実際、着床を抑制する効果までは確認されていませんが」
 麻衣子が二人目の子を産んだら、ジャイコブはコウキを遠くにやってしまうかもしれないと思った。
 晃との間に生まれた何にも代わらない宝物を、失いたくなかった。
 晃はうなって、食いつくように言った。
「……どうしたら。なんでもします」
「先進国には薬があります。ただ基本的には食事療法なので、時間がかかりますが」
 晃ははっと顔を上げて言う。
「すぐに連れて帰ります! 動かしていいですね?」
「一晩様子を見て問題がなければ構いません。ただ……」
 医師は麻衣子の鍵付きのサジェを見て眉を寄せる。
「マイコさんには夫と……すでに子どもがいるのではないですか?」
 コウキは日本の国籍を持っていない。この国は、外国人でなければまだ出国できない。
 コウキと引き離される。その鮮烈な恐怖に、麻衣子は目の前が真っ暗になった。
 晃は意見を変えず、彼は麻衣子を明日の朝には出立させる約束を取り付けた。
 すぐに手続きに入るらしく、晃は電話をするために病室を出ていった。
「う……」
 真夜中の病棟。麻衣子は自由にならない体を無理やりに起こして、ほとんど落ちるようにベッドから下りる。
 伝い歩きで病院の外を目指す。まっすぐ歩くこともできないのにコウキのところにたどり着けるとは思えない。
 でも動かずにはいられなかった。コウキを残して日本に帰るなんて考えられなかった。
「麻衣子! 何をしてる!」
 当然そんな速さで病院の外まで出られるはずもなく、まもなく晃にみつかる。
 晃は麻衣子の肩をつかんで体で止めると、麻衣子を叱る。
「一刻も早く治療しないと命だって危ないと聞いただろう!」
 麻衣子は言葉にならない悲鳴をこぼす。
 嫌、放っておいて。
 あの子は私が守らなければいけないのに。まだ私が隣で眠ってあげないと、泣いて私を探してしまう。
「行け、な、い……」
 麻衣子が不明瞭な言葉をこぼすと、晃はくしゃりと顔をゆがめた。
 一度目を閉じて、晃は冷たい床から麻衣子を抱え上げる。
「……駄目だ。お前は今すぐ俺と帰るんだ」
 ずっと待っていた言葉なのに、麻衣子は少しも喜ぶことができない。
 この地の気まぐれで残酷な女神は、麻衣子に母親の役目も果たさせてくれないようだった。
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