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10 旧王家の復活
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ロザリアが着衣を整えながら起き上がるのを支えながら、アシュレイは枕元に座す主治医を振り向いた。
どうかと目で問いかけると、シャノンはほほえんで答える。
「御子は順調でございます。ロザリア様のお体も安定されていますし、外出されても問題ないでしょう」
アシュレイはその言葉に満足げにうなずいて、労わるようにロザリアの背をさすった。アシュレイが腕の中にロザリアを収めてそっと口づけると、ロザリアも甘えるように身を寄せた。
二人は王子宮と呼ばれる離宮へ、馬車に乗って出かける。支度はすでに整っていた。使用人たちはずらりと並んで礼を取り、ふんだんにレースがあしらわれたテーブルクロスの上にはサンドイッチや果物が用意されている。
「母上!」
銀髪に紫の瞳をした五歳ほどの少年がはしゃいだ声を上げて、ロザリアに駆け寄る。ロザリアが屈みこんで腕を差し伸べると、彼はロザリアの大きなお腹をいたわるようになでてから、そっと母の首に腕を回した。
「マティアス。また背が伸びたわね」
ロザリアは愛おしそうに少年を抱きしめ返す。それを優しいまなざしで見守っていたアシュレイは、つと自分の服の袖を引いた小さな手に気づいた。
「おとうさま、おかえりなさい……」
やはり銀髪に紫の瞳をした少女が、つたない言葉遣いでアシュレイに話しかける。
「アウラ。ただいま」
前に会ったときよりなおロザリアに似てきた。アシュレイは胸に迫る喜びのまま娘を腕に抱くと、その頬にキスを落とした。
家族は再会を喜びあうと、敷物の上に座って昼食を取る。午後の陽射しは明るく、はしゃぐ子どもたちの声が小鳥のさえずりのように聞こえた。
長子のマティアスは利発な少年で、教師たちをはっとさせるほど飲み込みが早く、すでに次世代の王としての力強さも見せ始めている。一方次子のアウラは心優しく繊細な少女で、可憐な薔薇を思わせた。
ギーズ王室のしきたりで、王家の子どもたちは王宮から離れた王子宮で育てられる。手元で子どもたちを見ることができないロザリアは時々寂しそうにしているが、アシュレイは半月と置かずに彼女を連れて王子宮を訪れた。
こうして家族で団らんを楽しめるという今を、アシュレイはどれだけ神に感謝したかわからない。
アシュレイが王太后宮でロザリアをみつけたとき、彼女の兄王子ジルは事切れていた。
王太后は既に数年前に亡き者となっていた。ジルは旧王家の薬草を使って王太后の旺盛な性欲を操り、彼女は動物的な性行為に溺れた末に厩の陰で干からびて息絶えているのがみつかった。ジルは王太后の刻印を代わりに使って、密かに妹姫ロザリアの情報を手に入れていたらしい。
ジルの手記が残っている。ロザリアと会いたいと、繰り返し記されていた。けれどもし一目会ったのなら、事切れるまで彼女を抱いてしまうと憂いていた。
古くから続く旧王家の交合。その末に妹姫を殺めてしまうのなら、自分は彼女と会うまい。そう決めていたようだった。
けれど兄妹の離れていた時間が、ジルの体を蝕んでいた。病魔に犯され、余命は数か月と宣告されたとき、ジルは最後の願いを果たすことにした。
君を殺めるなどできない。誰よりも君を愛しているのは私なのだから。私は君の兄だ。手記はそれで終わっている。
旧王家の兄妹は命絶えるまで交わりあうはずだった。けれどジルは一度の交合の後ロザリアを薬で眠らせて、自らは永遠に覚めない眠りについた。
ロザリアは壊れるほど泣き、何度となく兄王子の後を追おうとしたが、やがて彼女の体に命が宿っていることがわかった。
生まれてきた王子を腕に抱いたとき、ロザリアは幸せそうに笑った。お兄様、帰っていらっしゃったのね、とつぶやいた。
ジルが息絶えてから一年以上経った後の出産。兄王子との子ではありえなかったが、ロザリアが生きる希望を取り戻してくれるならと、アシュレイは彼女の喜びをそのまま受け入れた。
愛しい子どもたちを見守りながら、アシュレイはロザリアに告げる。
「ロザリア、私は旧王家を復活させようと思っている」
「旧王家の……復活?」
アシュレイはアウラ姫と、彼女の裾を直してはまぶしいものを見るように彼女を仰いでいる少年、パーシヴァルを見やる。
「アウラが成人したらギーズ王室から分家させて、旧王家の土地を治めさせてはどうだろう。シャノンの息子が夫にふさわしい。散り散りになっていた一族も、二人の元にならもう一度集まるだろう」
「あなたがアウラの結婚を許すのですか?」
ロザリアはくすっと悪戯っぽく笑う。目に入れても痛くないほど娘を溺愛しているアシュレイにしては、意外な言葉だった。
アシュレイはロザリアを抱き寄せて、彼女にだけ聞こえるようにささやいた。
「君がいつまでも私の側にあるというのが条件だ。……三人目の子が安定するのを待っていた。早く閨に君を閉じ込めたい」
「まあ……」
ロザリアは頬を染めて、数か月間の禁欲生活に焦れたようにアシュレイに身を寄せた。
子が生まれてから、ロザリアはアシュレイとの交合を嫌がらなくなった。アシュレイに合わせて時には自ら腰を動かし、アシュレイを喜ばせた。
世継ぎを産み、今は三人目の子を懐妊しているロザリアならば、もはや妃として誰に引け目を感じる必要もない。子は愛おしいが、ロザリアを腕に抱く喜びには勝らない。アシュレイは今夜の遊戯を心待ちに思いながら、そろそろ戻ろうとささやく。
「マティアス、アウラ。また来るわ」
ロザリアは順々にわが子を抱きしめる。子どもたちは母にキスを返して、数か月後にやって来る新しい家族が宿った腹をなでた。
アウラが父に抱かれて別れのキスを受けている間、マティアスはそっと母に駆け寄ってその耳に口を寄せる。
「……僕のロザリア」
どこか熱を帯びた響きで呼んで、マティアスは母に口づけを求める。ロザリアはそれに秘めやかな微笑を返す。
手を重ね合わせて口づけた二人の姿は、旧王家の刻印のように妖しく美しい光景だった。
どうかと目で問いかけると、シャノンはほほえんで答える。
「御子は順調でございます。ロザリア様のお体も安定されていますし、外出されても問題ないでしょう」
アシュレイはその言葉に満足げにうなずいて、労わるようにロザリアの背をさすった。アシュレイが腕の中にロザリアを収めてそっと口づけると、ロザリアも甘えるように身を寄せた。
二人は王子宮と呼ばれる離宮へ、馬車に乗って出かける。支度はすでに整っていた。使用人たちはずらりと並んで礼を取り、ふんだんにレースがあしらわれたテーブルクロスの上にはサンドイッチや果物が用意されている。
「母上!」
銀髪に紫の瞳をした五歳ほどの少年がはしゃいだ声を上げて、ロザリアに駆け寄る。ロザリアが屈みこんで腕を差し伸べると、彼はロザリアの大きなお腹をいたわるようになでてから、そっと母の首に腕を回した。
「マティアス。また背が伸びたわね」
ロザリアは愛おしそうに少年を抱きしめ返す。それを優しいまなざしで見守っていたアシュレイは、つと自分の服の袖を引いた小さな手に気づいた。
「おとうさま、おかえりなさい……」
やはり銀髪に紫の瞳をした少女が、つたない言葉遣いでアシュレイに話しかける。
「アウラ。ただいま」
前に会ったときよりなおロザリアに似てきた。アシュレイは胸に迫る喜びのまま娘を腕に抱くと、その頬にキスを落とした。
家族は再会を喜びあうと、敷物の上に座って昼食を取る。午後の陽射しは明るく、はしゃぐ子どもたちの声が小鳥のさえずりのように聞こえた。
長子のマティアスは利発な少年で、教師たちをはっとさせるほど飲み込みが早く、すでに次世代の王としての力強さも見せ始めている。一方次子のアウラは心優しく繊細な少女で、可憐な薔薇を思わせた。
ギーズ王室のしきたりで、王家の子どもたちは王宮から離れた王子宮で育てられる。手元で子どもたちを見ることができないロザリアは時々寂しそうにしているが、アシュレイは半月と置かずに彼女を連れて王子宮を訪れた。
こうして家族で団らんを楽しめるという今を、アシュレイはどれだけ神に感謝したかわからない。
アシュレイが王太后宮でロザリアをみつけたとき、彼女の兄王子ジルは事切れていた。
王太后は既に数年前に亡き者となっていた。ジルは旧王家の薬草を使って王太后の旺盛な性欲を操り、彼女は動物的な性行為に溺れた末に厩の陰で干からびて息絶えているのがみつかった。ジルは王太后の刻印を代わりに使って、密かに妹姫ロザリアの情報を手に入れていたらしい。
ジルの手記が残っている。ロザリアと会いたいと、繰り返し記されていた。けれどもし一目会ったのなら、事切れるまで彼女を抱いてしまうと憂いていた。
古くから続く旧王家の交合。その末に妹姫を殺めてしまうのなら、自分は彼女と会うまい。そう決めていたようだった。
けれど兄妹の離れていた時間が、ジルの体を蝕んでいた。病魔に犯され、余命は数か月と宣告されたとき、ジルは最後の願いを果たすことにした。
君を殺めるなどできない。誰よりも君を愛しているのは私なのだから。私は君の兄だ。手記はそれで終わっている。
旧王家の兄妹は命絶えるまで交わりあうはずだった。けれどジルは一度の交合の後ロザリアを薬で眠らせて、自らは永遠に覚めない眠りについた。
ロザリアは壊れるほど泣き、何度となく兄王子の後を追おうとしたが、やがて彼女の体に命が宿っていることがわかった。
生まれてきた王子を腕に抱いたとき、ロザリアは幸せそうに笑った。お兄様、帰っていらっしゃったのね、とつぶやいた。
ジルが息絶えてから一年以上経った後の出産。兄王子との子ではありえなかったが、ロザリアが生きる希望を取り戻してくれるならと、アシュレイは彼女の喜びをそのまま受け入れた。
愛しい子どもたちを見守りながら、アシュレイはロザリアに告げる。
「ロザリア、私は旧王家を復活させようと思っている」
「旧王家の……復活?」
アシュレイはアウラ姫と、彼女の裾を直してはまぶしいものを見るように彼女を仰いでいる少年、パーシヴァルを見やる。
「アウラが成人したらギーズ王室から分家させて、旧王家の土地を治めさせてはどうだろう。シャノンの息子が夫にふさわしい。散り散りになっていた一族も、二人の元にならもう一度集まるだろう」
「あなたがアウラの結婚を許すのですか?」
ロザリアはくすっと悪戯っぽく笑う。目に入れても痛くないほど娘を溺愛しているアシュレイにしては、意外な言葉だった。
アシュレイはロザリアを抱き寄せて、彼女にだけ聞こえるようにささやいた。
「君がいつまでも私の側にあるというのが条件だ。……三人目の子が安定するのを待っていた。早く閨に君を閉じ込めたい」
「まあ……」
ロザリアは頬を染めて、数か月間の禁欲生活に焦れたようにアシュレイに身を寄せた。
子が生まれてから、ロザリアはアシュレイとの交合を嫌がらなくなった。アシュレイに合わせて時には自ら腰を動かし、アシュレイを喜ばせた。
世継ぎを産み、今は三人目の子を懐妊しているロザリアならば、もはや妃として誰に引け目を感じる必要もない。子は愛おしいが、ロザリアを腕に抱く喜びには勝らない。アシュレイは今夜の遊戯を心待ちに思いながら、そろそろ戻ろうとささやく。
「マティアス、アウラ。また来るわ」
ロザリアは順々にわが子を抱きしめる。子どもたちは母にキスを返して、数か月後にやって来る新しい家族が宿った腹をなでた。
アウラが父に抱かれて別れのキスを受けている間、マティアスはそっと母に駆け寄ってその耳に口を寄せる。
「……僕のロザリア」
どこか熱を帯びた響きで呼んで、マティアスは母に口づけを求める。ロザリアはそれに秘めやかな微笑を返す。
手を重ね合わせて口づけた二人の姿は、旧王家の刻印のように妖しく美しい光景だった。
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