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4 旧王家の下僕
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目覚めたとき白い衣の女性が枕元に座していて、ロザリアはかすかに表情を和らげた。
「叔母様、ついていてくださったの?」
彼女は三十に手が届くという年だが、水晶のような淡い銀髪と華奢な体の女性だった。甘い面差しでありながら、いつも男性のような白い上衣とズボンを身に着けていて、性別不詳の精霊を思わせた。
彼女はロザリアの脈を取りながら、ささやくように告げる。
「どうぞシャノンと。王籍はとうに出ております。私は旧王家のしもべなのですから」
シャノンはロザリアの父方の叔母に当たるが、その生い立ちには悲劇がある。ロザリアの祖母であった当時の王妃が離宮で静養していたとき、旧王家の美しさに魅せられた蛮族たちに犯され、女の子を産み落とした。それがシャノンだった。
蛮族たちは旧王家によって一人残らず処刑され、王は妃に詫び、大切に労わった。王はシャノンも自らの姫として育てて、当時は王子であったロザリアの父王とも仲良く、一枚の完成された絵画のような王家だった。
けれどシャノンは聡い姫だった。繊細な姫でもあった。母后が亡くなるときにシャノンに詫びた、その一言から自分の生い立ちに疑問を持ち、まもなくして自分が半分蛮族の血を引いていることを知った。
シャノンは自害を試みるようになり、食事も拒むようになった。このままでは遠からず母后の後を追うと父王は恐れ、どうしても王籍を厭うなら、一族付きの医師の養女となってはどうかと提案した。
王室付きの医師は旧王家に次ぐ地位が保証されているし、家族のように宮を出入りできる。それでもシャノンから王籍を剥奪するとき、父王は涙を落として本当によいのかと問うた。
蛮族から旧王家のしもべとなれた。後悔はありません。シャノンは頭を垂れて、以後自分を王家の人間と名乗ることはなくなった。
ただ、身分は変わっても、家族の情愛が変わるわけではない。ロザリアにとってずっと親愛なる叔母のまま、今も愛している。
ロザリアは叔母との久しぶりの再会に胸を高鳴らせていられなかった。部屋にはシャノンだけではなくアシュレイもいた。
「どうなのだ。妃は悪い病ではないのだな? 話せ」
アシュレイが苛立たしげに言葉を挟むと、シャノンは振り向きもせずに淡々と答える。
「姫君は月の障りが来ていらっしゃいます。数日前からご不調だったのでは? 姫君の御身を労わりください、陛下」
昨夜アシュレイがロザリアに求めた夜伽も、決して易くはなかった。ロザリアが喉を枯らすまで悲鳴を上げても、アシュレイは自分の欲望を追い、ロザリアを苦しめた。
アシュレイがシャノンの皮肉に顔をしかめたのは一瞬だった。
「月の障りが? すぐに宮に連れ帰って休ませよう。精の付くものを食べさせなければな」
すぐに声に喜色が混じる。月の障りはロザリアの体が子を産める証でもある。
アシュレイはよく睦言でささやく。子がなくとも君以外の妃を迎える気はない。けれど君に似た赤子を腕に抱く日をたびたび想像する。それはどれほど愛おしいものか、想像では足りない。そしてその子に微笑む君を思い描くと、たまらなく子をもうけたい思いに取りつかれると。
「今宵はもう遅い。体を冷やしては大事です。姫君にはこのままこちらでお休みいただくのをお勧めいたします」
国王に対しての言葉としては冷ややかすぎる響きを帯びていたが、シャノンは名医として知られる。ましてギーズ王国では、男性医師はその親密さゆえに依頼主の妻と不義を成すこともある。数少ない女医はどこへいっても重宝された。
「仕方ない。私は少しだけ外すよ。……ロザリア、体を温めてよく眠っておいで。それから」
アシュレイは懐から銀の鍵を取り出して、ロザリアに手渡す。
「外していい。月の障りが終わるまでには、君がもっと心地よくなれるものを探しておくよ」
アシュレイはロザリアの頬に優しくキスをすると、名残惜しそうに部屋を後にする。
ロザリアは顔色を変えて、シャノンから鍵を隠す。シャノンに異物を押し込められていることを知られて、叔母に性を見せてしまったことを恥じた。
「おかわいそうに……」
シャノンは無論旧王家の者として、姪を蔑むことはしなかった。声を震わせてロザリアを引き寄せる。
背をさすられて、ロザリアの目にも涙がにじんだ。
「必ず時期を見てジル様と引き合わせて差し上げます」
アシュレイに聞き咎められないように、シャノンはロザリアの耳に口を寄せてささやく。
「もう少しの辛抱です。どうか、どうか。ロザリア様、気を強く持って」
ロザリアはギーズ王国が攻め入ったときに、自分だけが残って兄王子とシャノンを国外に逃した。王女としての使命というより、家族を守るのは当然だと思ったからだ。
シャノンは兄王子をうまく隠してくれたようだった。表向きはギーズ王国の医師として地位を固めて、兄王子を守っている。
ロザリアはシャノンに気づかれないように目を伏せた。
七年間、もう一度兄王子に会いたい一心で凌辱に耐えていた。
必死で悲しみの蓋を押さえてきた。もしかしたら兄王子はとっくに亡くなっていて、シャノンはロザリアが絶望に陥らないように嘘をつき続けているのではないかと。
他国の王に汚された自分など、あの美しい兄に触れていいとは思えない。それだけでも何度命を絶とうと思ったか知れないのだ。
「はい……叔母様の言う通りに」
けれどどうしても淡い希望を捨てられない。一目会ったら、その後は何もかも捨てて構わないから。
ロザリアは美しい兄の面差しだけを心に描きながら、寝台に身を横たえた。
「叔母様、ついていてくださったの?」
彼女は三十に手が届くという年だが、水晶のような淡い銀髪と華奢な体の女性だった。甘い面差しでありながら、いつも男性のような白い上衣とズボンを身に着けていて、性別不詳の精霊を思わせた。
彼女はロザリアの脈を取りながら、ささやくように告げる。
「どうぞシャノンと。王籍はとうに出ております。私は旧王家のしもべなのですから」
シャノンはロザリアの父方の叔母に当たるが、その生い立ちには悲劇がある。ロザリアの祖母であった当時の王妃が離宮で静養していたとき、旧王家の美しさに魅せられた蛮族たちに犯され、女の子を産み落とした。それがシャノンだった。
蛮族たちは旧王家によって一人残らず処刑され、王は妃に詫び、大切に労わった。王はシャノンも自らの姫として育てて、当時は王子であったロザリアの父王とも仲良く、一枚の完成された絵画のような王家だった。
けれどシャノンは聡い姫だった。繊細な姫でもあった。母后が亡くなるときにシャノンに詫びた、その一言から自分の生い立ちに疑問を持ち、まもなくして自分が半分蛮族の血を引いていることを知った。
シャノンは自害を試みるようになり、食事も拒むようになった。このままでは遠からず母后の後を追うと父王は恐れ、どうしても王籍を厭うなら、一族付きの医師の養女となってはどうかと提案した。
王室付きの医師は旧王家に次ぐ地位が保証されているし、家族のように宮を出入りできる。それでもシャノンから王籍を剥奪するとき、父王は涙を落として本当によいのかと問うた。
蛮族から旧王家のしもべとなれた。後悔はありません。シャノンは頭を垂れて、以後自分を王家の人間と名乗ることはなくなった。
ただ、身分は変わっても、家族の情愛が変わるわけではない。ロザリアにとってずっと親愛なる叔母のまま、今も愛している。
ロザリアは叔母との久しぶりの再会に胸を高鳴らせていられなかった。部屋にはシャノンだけではなくアシュレイもいた。
「どうなのだ。妃は悪い病ではないのだな? 話せ」
アシュレイが苛立たしげに言葉を挟むと、シャノンは振り向きもせずに淡々と答える。
「姫君は月の障りが来ていらっしゃいます。数日前からご不調だったのでは? 姫君の御身を労わりください、陛下」
昨夜アシュレイがロザリアに求めた夜伽も、決して易くはなかった。ロザリアが喉を枯らすまで悲鳴を上げても、アシュレイは自分の欲望を追い、ロザリアを苦しめた。
アシュレイがシャノンの皮肉に顔をしかめたのは一瞬だった。
「月の障りが? すぐに宮に連れ帰って休ませよう。精の付くものを食べさせなければな」
すぐに声に喜色が混じる。月の障りはロザリアの体が子を産める証でもある。
アシュレイはよく睦言でささやく。子がなくとも君以外の妃を迎える気はない。けれど君に似た赤子を腕に抱く日をたびたび想像する。それはどれほど愛おしいものか、想像では足りない。そしてその子に微笑む君を思い描くと、たまらなく子をもうけたい思いに取りつかれると。
「今宵はもう遅い。体を冷やしては大事です。姫君にはこのままこちらでお休みいただくのをお勧めいたします」
国王に対しての言葉としては冷ややかすぎる響きを帯びていたが、シャノンは名医として知られる。ましてギーズ王国では、男性医師はその親密さゆえに依頼主の妻と不義を成すこともある。数少ない女医はどこへいっても重宝された。
「仕方ない。私は少しだけ外すよ。……ロザリア、体を温めてよく眠っておいで。それから」
アシュレイは懐から銀の鍵を取り出して、ロザリアに手渡す。
「外していい。月の障りが終わるまでには、君がもっと心地よくなれるものを探しておくよ」
アシュレイはロザリアの頬に優しくキスをすると、名残惜しそうに部屋を後にする。
ロザリアは顔色を変えて、シャノンから鍵を隠す。シャノンに異物を押し込められていることを知られて、叔母に性を見せてしまったことを恥じた。
「おかわいそうに……」
シャノンは無論旧王家の者として、姪を蔑むことはしなかった。声を震わせてロザリアを引き寄せる。
背をさすられて、ロザリアの目にも涙がにじんだ。
「必ず時期を見てジル様と引き合わせて差し上げます」
アシュレイに聞き咎められないように、シャノンはロザリアの耳に口を寄せてささやく。
「もう少しの辛抱です。どうか、どうか。ロザリア様、気を強く持って」
ロザリアはギーズ王国が攻め入ったときに、自分だけが残って兄王子とシャノンを国外に逃した。王女としての使命というより、家族を守るのは当然だと思ったからだ。
シャノンは兄王子をうまく隠してくれたようだった。表向きはギーズ王国の医師として地位を固めて、兄王子を守っている。
ロザリアはシャノンに気づかれないように目を伏せた。
七年間、もう一度兄王子に会いたい一心で凌辱に耐えていた。
必死で悲しみの蓋を押さえてきた。もしかしたら兄王子はとっくに亡くなっていて、シャノンはロザリアが絶望に陥らないように嘘をつき続けているのではないかと。
他国の王に汚された自分など、あの美しい兄に触れていいとは思えない。それだけでも何度命を絶とうと思ったか知れないのだ。
「はい……叔母様の言う通りに」
けれどどうしても淡い希望を捨てられない。一目会ったら、その後は何もかも捨てて構わないから。
ロザリアは美しい兄の面差しだけを心に描きながら、寝台に身を横たえた。
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