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2 旧王家の夜会
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アシュレイの治めるギーズ王国は繁栄の最中にあった。
毎日千を超える商船が港を出入りし、ギーズ王宮に伺候が認められれば一生暮らしていくのに困らないと評判だった。商人たちはこぞってギーズ王宮を目指し、社交界入りした貴族の令嬢たちに自分の商品を身に着けてもらおうと必死だった。
服や香水、時に媚薬、閨の遊びに使われるたぐいのものも好まれた。
「陛下……今日はわたくし、座ることができませんの。どうしてだと思われます?」
匂い立つような色を帯びた令嬢がアシュレイにしなだれかかってくるのを、ロザリアは冷えた目で見ていた。
今、ギーズ王国では少し屈んだだけで胸の谷間が見えるドレスが流行っている。令嬢も自らの豊かな胸を誇っているのか、腕に当てるようにしてアシュレイの腕を取っていた。
非公式の夜会のために、王族へのいささかの無礼は大目に見られている。それにギーズ王国の女性は、性のたしなみを身に着けてから婚姻するのが美徳とされていた。
まして結婚して七年経ちながら子を産んでいない王妃ならば、数人の愛妾を認めてくれるだろうと思われている。
「王妃様にもこの秘密……お伝えしたくて」
令嬢は身を寄せてささやく。三人で閨へ入るのを誘う彼女を、ロザリアは故郷のように城壁に吊るしたくて仕方がなかった。
旧王家は性を見せる者にさえ厳しい懲罰を加えた。ギーズ王国では容易に出回っている玩具もまた、ロザリアは心の底から嫌っていた。
「あいにくだが、妃も今宵は座ることができないんだ」
ただそれらを使ってロザリアの快楽を引き出そうとする夫のアシュレイこそが、何より嫌悪の対象だった。
一瞬表情をなくした令嬢を振り払うと、アシュレイは優しくロザリアの腰を抱く。
「そろそろ疲れただろう? 座らせてあげるから、こちらへおいで」
アシュレイは労わりをこめた仕草でロザリアを導く。
別室に入った途端、ロザリアはアシュレイを突き飛ばした。
「故郷ではあなたのような人を色狂いと言うのよ。用無しの王妃など捨て、みだらな子どもを動物のように産ませてこればいい!」
「ロザリア、冗談でもそんなことを言わないでくれ」
アシュレイは眉を寄せて首を横に振る。
「子がいないことなど気にしなくていいんだ。子など親戚筋からもらえばいいさ。私は君が側にいてくれればそれでいい」
ロザリアを引き寄せて、離れようと暴れる彼女をたやすく腕の中に封じ込める。
「取って! こんな異物、おぞましくて吐き気がする!」
「痛くないようにしたいだろう?」
「大嫌い!」
吐き捨てたロザリアの一言に、アシュレイは傷ついたように口元をゆがめた。
「早く二人で閨に入りたいんだね。もう帰ろうか?」
ロザリアはきっとアシュレイをにらみつけて、踵を返した。
ロザリアは外の空気を吸いたいと言って、アシュレイにここへ連れてきてもらった。早く戻りたいと言っては意味がない。
裏腹に、一刻も早く帰りたい思いもある。ロザリアはめったに王妃宮から出ない。邪な性の遊びに夢中なギーズ王国の民が、怖くて仕方がないのだ。
そんなことをアシュレイに伝えようものなら嬉々としてロザリアを閉じ込め、誰にも会わずにいさせてくれるだろう。その代わりにロザリアの世界はアシュレイの支配の中に置かれ、彼の子を産むだけの王妃となる。
旧王家以外の男と交わり、子を産む。そう思うだけで、旧王家に受け継がれる血が拒絶反応を起こす。
「いや……いや」
迷い子のような足取りでいくつかの部屋を通り過ぎて中庭に出る。消え入りそうな月が見えていた。
月を見上げて、ロザリアの面差しが子どものように頼りなくなる。アシュレイとギーズ王国の者たちには見せることができない顔だ。
旧王国では月の余興といって、満月の日に残忍な宴が開かれた。贅をつくした食事を食べきれないほど並べて、血が流れるのを楽しんだ。
「お父様、お母様……」
一方で新月の前日、消えそうな月を仰いで家族だけで小さな夜会を開いていた。
「……お兄様。会いたい」
家族の前でだけ見せたあどけない表情を浮かべたロザリアに、宵闇の空気がため息をつくように渦巻いた。
ロザリアはふっと息が止まったような気がした。実際それはその通りで、ロザリアの体は力を失って倒れる。
歪んでいく視界の中で、ロザリアは旧王家の刻印を見ていた。生き写しの美しい兄妹精霊が、向き合って手を重ねている絵。
幼い日のように、お兄様と手を重ねることができたなら。そう思いながら、ロザリアは意識を失っていた。
毎日千を超える商船が港を出入りし、ギーズ王宮に伺候が認められれば一生暮らしていくのに困らないと評判だった。商人たちはこぞってギーズ王宮を目指し、社交界入りした貴族の令嬢たちに自分の商品を身に着けてもらおうと必死だった。
服や香水、時に媚薬、閨の遊びに使われるたぐいのものも好まれた。
「陛下……今日はわたくし、座ることができませんの。どうしてだと思われます?」
匂い立つような色を帯びた令嬢がアシュレイにしなだれかかってくるのを、ロザリアは冷えた目で見ていた。
今、ギーズ王国では少し屈んだだけで胸の谷間が見えるドレスが流行っている。令嬢も自らの豊かな胸を誇っているのか、腕に当てるようにしてアシュレイの腕を取っていた。
非公式の夜会のために、王族へのいささかの無礼は大目に見られている。それにギーズ王国の女性は、性のたしなみを身に着けてから婚姻するのが美徳とされていた。
まして結婚して七年経ちながら子を産んでいない王妃ならば、数人の愛妾を認めてくれるだろうと思われている。
「王妃様にもこの秘密……お伝えしたくて」
令嬢は身を寄せてささやく。三人で閨へ入るのを誘う彼女を、ロザリアは故郷のように城壁に吊るしたくて仕方がなかった。
旧王家は性を見せる者にさえ厳しい懲罰を加えた。ギーズ王国では容易に出回っている玩具もまた、ロザリアは心の底から嫌っていた。
「あいにくだが、妃も今宵は座ることができないんだ」
ただそれらを使ってロザリアの快楽を引き出そうとする夫のアシュレイこそが、何より嫌悪の対象だった。
一瞬表情をなくした令嬢を振り払うと、アシュレイは優しくロザリアの腰を抱く。
「そろそろ疲れただろう? 座らせてあげるから、こちらへおいで」
アシュレイは労わりをこめた仕草でロザリアを導く。
別室に入った途端、ロザリアはアシュレイを突き飛ばした。
「故郷ではあなたのような人を色狂いと言うのよ。用無しの王妃など捨て、みだらな子どもを動物のように産ませてこればいい!」
「ロザリア、冗談でもそんなことを言わないでくれ」
アシュレイは眉を寄せて首を横に振る。
「子がいないことなど気にしなくていいんだ。子など親戚筋からもらえばいいさ。私は君が側にいてくれればそれでいい」
ロザリアを引き寄せて、離れようと暴れる彼女をたやすく腕の中に封じ込める。
「取って! こんな異物、おぞましくて吐き気がする!」
「痛くないようにしたいだろう?」
「大嫌い!」
吐き捨てたロザリアの一言に、アシュレイは傷ついたように口元をゆがめた。
「早く二人で閨に入りたいんだね。もう帰ろうか?」
ロザリアはきっとアシュレイをにらみつけて、踵を返した。
ロザリアは外の空気を吸いたいと言って、アシュレイにここへ連れてきてもらった。早く戻りたいと言っては意味がない。
裏腹に、一刻も早く帰りたい思いもある。ロザリアはめったに王妃宮から出ない。邪な性の遊びに夢中なギーズ王国の民が、怖くて仕方がないのだ。
そんなことをアシュレイに伝えようものなら嬉々としてロザリアを閉じ込め、誰にも会わずにいさせてくれるだろう。その代わりにロザリアの世界はアシュレイの支配の中に置かれ、彼の子を産むだけの王妃となる。
旧王家以外の男と交わり、子を産む。そう思うだけで、旧王家に受け継がれる血が拒絶反応を起こす。
「いや……いや」
迷い子のような足取りでいくつかの部屋を通り過ぎて中庭に出る。消え入りそうな月が見えていた。
月を見上げて、ロザリアの面差しが子どものように頼りなくなる。アシュレイとギーズ王国の者たちには見せることができない顔だ。
旧王国では月の余興といって、満月の日に残忍な宴が開かれた。贅をつくした食事を食べきれないほど並べて、血が流れるのを楽しんだ。
「お父様、お母様……」
一方で新月の前日、消えそうな月を仰いで家族だけで小さな夜会を開いていた。
「……お兄様。会いたい」
家族の前でだけ見せたあどけない表情を浮かべたロザリアに、宵闇の空気がため息をつくように渦巻いた。
ロザリアはふっと息が止まったような気がした。実際それはその通りで、ロザリアの体は力を失って倒れる。
歪んでいく視界の中で、ロザリアは旧王家の刻印を見ていた。生き写しの美しい兄妹精霊が、向き合って手を重ねている絵。
幼い日のように、お兄様と手を重ねることができたなら。そう思いながら、ロザリアは意識を失っていた。
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