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9 なりたい職業と結婚したい職業
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ヴァイスラント公国の星読み台は謎めいた伝統と歴史に包まれていて、古くは儀式でもなければ国王さえ立ち入ることが難しかった。
基本的な仕事は星を見て暦を作ること、吉兆の訪れを人々に伝えることで、その一つに降臨祭を行うこともあるのだが、星の読み方には国家機密も含まれるので、昔はあまり開放的にはできない事情があった。
過去、戦争のときなどは星がヴァイスラント公国に味方しているかという、圧力に満ちた仕事をしていた時代もあったわけで、それに比べれば流星群の鑑賞に応募してきた人々に抽選券を配っている今は、少なくともだいぶ平和に違いない。
そんな星読み台は王城から馬車で一刻ほど、周りに民家も何もない丘の上にぽつんと位置する。昔ならいざ知らず、今では子どもの遠足先にも選ばれているくらいで、もちろんカテリナも家の者に連れられて訪れたことがあった。
ところが星読み台の門戸をくぐり、子どもたちが目を輝かせる星々の海が天上に描かれた大広間に入った途端、カテリナは不安げな顔になった。
「どうした、カティ。今月の星占いがいまひとつだったような顔だな」
ギュンターは声をかけてしまってから、公務中だと思い出して後悔した。今日は国王が星読み台を訪れて博士の進言を受ける日で、降臨祭三日目の公式行事だ。博士と席に着く前とはいえ、一騎士に冗談交じりに話しかけていい場ではない。
カテリナもそれがわかっていたのか、ぺこりと一礼しただけで近衛兵の後ろに引っ込んだ。ギュンターはカテリナが時々見せる潔すぎるほどの聞き分けの良さで、それが自分の気のせいではなく、何かしらの理由からきたものだと感じ取った。
天窓からさんさんと光が差し込む応接室に通され、ギュンターが重厚な樫の木で出来たテーブルで星読み博士と向き合った途端、博士は愉快そうに切り出した。
「陛下、この機にご結婚されてはいかがですか」
「楽しんでおられるな、博士」
星読み博士は御年六十の小柄なご老人だが、決して俗世に疎いわけではない。
星読み博士が告げる占いは、流行の服の色を決めたりバターを品切れにしたりと、国民の行動を結構な頻度で左右する。
それに星読み博士の副業として結婚相談もあり、時に本気で国民の人生の命運を左右する。ただギュンターとしては、今まで自分が当事者でないために放っておいただけだ。
「何よりの慶事になりますが」
「場合によっては災難にもなるのでな」
もっとも星読み博士が国王の結婚を決めていた時代もあったので、この場合は笑えない冗談だった。
「何せ建国以来の祭典ですから」
「娘御と同じことを仰らないでくれ」
ローリー夫人を実娘に持つ星読み博士は、その話し方や含み笑いがさすが親子、よく似ていた。
博士は小さくため息をついて言う。
「確かに私をはじめとした国民は楽しんでおりますが、精霊はどうでしょうか」
とはいえ文官として最高位を持つ星読み博士、軽口から始めておいて、落としどころはそれなりに重い話を持ってくる。
「なぜ今、精霊がやって来るのを決めたのか、それは私たちには知るすべがありません。しかし相手は建国のときに約束を交わした精霊でございます。嘘やごまかしは通用しません」
ギュンターの目を下からでも見据えて、星読み博士は国王陛下の痛いところを突いた。
「陛下が気安さや無難さで最後のダンスの相手を選んだりなどしたら、どんな災いが降りかかるか知れませんぞ」
最後はきちんと耳に痛い進言で締めて、星読み博士との公式会談は終わった。
応接室から出たギュンターは、博士の言葉を真実と照らし合わせるくらいには賢王だった。
博士が言う通り、ギュンターは気安さや無難さでダンスの相手を考えている。アリーシャは日頃から付き合いがあるし、王族で、他の貴族との不公平にもならない。アリーシャ本人のためにもそれほど悪い話ではないはずだ。
「しかし結婚を十日間で決めるには……カティ?」
ついいつもの癖でカテリナに話しかけて、そういえば星読み博士との会談室に彼は入っていなかったことに遅れて気づいた。
今、重大な話をおよそ三日半仕事を共にしただけの新米騎士に相談しようとしたが、それが自分の中でごく自然なことになっていた。
「はい、御前に」
「なぜ会談に随伴しなかった」
慌てて参上したカテリナに、ギュンターは不機嫌な声になってしまうのを止められなかった。会談は終わったとはいえまだ周りには近衛兵が控えている。穏やかで慈悲深くあるべきと心がけていたはずなのに、この少年といると身にまとった建前が簡単にはがれてしまう。
カテリナは珍しく目が泳いで、ギュンターの後から部屋を出た博士に気づくなり肩が上下した。
「おや、君は」
星読み博士はカテリナに気づいて、彼女の前で足を止めた。
「懐かしい。子どもの頃、熱心に星読み台に通っていたね?」
博士は気安く笑うと、思い返すようにカテリナをみつめた。
「君は大きくなったら星読み博士になりたかったんだろうね。でもメイン卿は「星読み台に住むなんて許しません」と大反対で。……ああ、なるほど」
ギュンターは博士の言葉に疑問符を浮かべたが、博士はギュンターを見て含み笑いをする。
「博士、どうなされた?」
「陛下のお耳に入れるのは今更ですが、世間ではなりたい職業第一位が星読み博士なのですよ」
それはギュンターも知っている。国王でないところが、今の時代の平和なところだと思っている。
「ちなみに結婚したい職業第一位も、星読み博士です」
それは裏を返せば女性の側からも人気があるということだが、この場合の博士の意図するところは不明だった。
「メイン卿は大切にお育てした御子を、星読み台にやりたくなかったんでしょうな。……いや、どこにもやりたくなかったのか」
博士は納得したようにうなずいて、ローリー夫人とよく似た笑みを浮かべた。
「一国民として、私も陛下の最後のダンスを楽しみにしております」
星読み博士は建国以来の祭典を楽しむと告げた言葉と同じ調子で言って、優雅に一礼したのだった。
基本的な仕事は星を見て暦を作ること、吉兆の訪れを人々に伝えることで、その一つに降臨祭を行うこともあるのだが、星の読み方には国家機密も含まれるので、昔はあまり開放的にはできない事情があった。
過去、戦争のときなどは星がヴァイスラント公国に味方しているかという、圧力に満ちた仕事をしていた時代もあったわけで、それに比べれば流星群の鑑賞に応募してきた人々に抽選券を配っている今は、少なくともだいぶ平和に違いない。
そんな星読み台は王城から馬車で一刻ほど、周りに民家も何もない丘の上にぽつんと位置する。昔ならいざ知らず、今では子どもの遠足先にも選ばれているくらいで、もちろんカテリナも家の者に連れられて訪れたことがあった。
ところが星読み台の門戸をくぐり、子どもたちが目を輝かせる星々の海が天上に描かれた大広間に入った途端、カテリナは不安げな顔になった。
「どうした、カティ。今月の星占いがいまひとつだったような顔だな」
ギュンターは声をかけてしまってから、公務中だと思い出して後悔した。今日は国王が星読み台を訪れて博士の進言を受ける日で、降臨祭三日目の公式行事だ。博士と席に着く前とはいえ、一騎士に冗談交じりに話しかけていい場ではない。
カテリナもそれがわかっていたのか、ぺこりと一礼しただけで近衛兵の後ろに引っ込んだ。ギュンターはカテリナが時々見せる潔すぎるほどの聞き分けの良さで、それが自分の気のせいではなく、何かしらの理由からきたものだと感じ取った。
天窓からさんさんと光が差し込む応接室に通され、ギュンターが重厚な樫の木で出来たテーブルで星読み博士と向き合った途端、博士は愉快そうに切り出した。
「陛下、この機にご結婚されてはいかがですか」
「楽しんでおられるな、博士」
星読み博士は御年六十の小柄なご老人だが、決して俗世に疎いわけではない。
星読み博士が告げる占いは、流行の服の色を決めたりバターを品切れにしたりと、国民の行動を結構な頻度で左右する。
それに星読み博士の副業として結婚相談もあり、時に本気で国民の人生の命運を左右する。ただギュンターとしては、今まで自分が当事者でないために放っておいただけだ。
「何よりの慶事になりますが」
「場合によっては災難にもなるのでな」
もっとも星読み博士が国王の結婚を決めていた時代もあったので、この場合は笑えない冗談だった。
「何せ建国以来の祭典ですから」
「娘御と同じことを仰らないでくれ」
ローリー夫人を実娘に持つ星読み博士は、その話し方や含み笑いがさすが親子、よく似ていた。
博士は小さくため息をついて言う。
「確かに私をはじめとした国民は楽しんでおりますが、精霊はどうでしょうか」
とはいえ文官として最高位を持つ星読み博士、軽口から始めておいて、落としどころはそれなりに重い話を持ってくる。
「なぜ今、精霊がやって来るのを決めたのか、それは私たちには知るすべがありません。しかし相手は建国のときに約束を交わした精霊でございます。嘘やごまかしは通用しません」
ギュンターの目を下からでも見据えて、星読み博士は国王陛下の痛いところを突いた。
「陛下が気安さや無難さで最後のダンスの相手を選んだりなどしたら、どんな災いが降りかかるか知れませんぞ」
最後はきちんと耳に痛い進言で締めて、星読み博士との公式会談は終わった。
応接室から出たギュンターは、博士の言葉を真実と照らし合わせるくらいには賢王だった。
博士が言う通り、ギュンターは気安さや無難さでダンスの相手を考えている。アリーシャは日頃から付き合いがあるし、王族で、他の貴族との不公平にもならない。アリーシャ本人のためにもそれほど悪い話ではないはずだ。
「しかし結婚を十日間で決めるには……カティ?」
ついいつもの癖でカテリナに話しかけて、そういえば星読み博士との会談室に彼は入っていなかったことに遅れて気づいた。
今、重大な話をおよそ三日半仕事を共にしただけの新米騎士に相談しようとしたが、それが自分の中でごく自然なことになっていた。
「はい、御前に」
「なぜ会談に随伴しなかった」
慌てて参上したカテリナに、ギュンターは不機嫌な声になってしまうのを止められなかった。会談は終わったとはいえまだ周りには近衛兵が控えている。穏やかで慈悲深くあるべきと心がけていたはずなのに、この少年といると身にまとった建前が簡単にはがれてしまう。
カテリナは珍しく目が泳いで、ギュンターの後から部屋を出た博士に気づくなり肩が上下した。
「おや、君は」
星読み博士はカテリナに気づいて、彼女の前で足を止めた。
「懐かしい。子どもの頃、熱心に星読み台に通っていたね?」
博士は気安く笑うと、思い返すようにカテリナをみつめた。
「君は大きくなったら星読み博士になりたかったんだろうね。でもメイン卿は「星読み台に住むなんて許しません」と大反対で。……ああ、なるほど」
ギュンターは博士の言葉に疑問符を浮かべたが、博士はギュンターを見て含み笑いをする。
「博士、どうなされた?」
「陛下のお耳に入れるのは今更ですが、世間ではなりたい職業第一位が星読み博士なのですよ」
それはギュンターも知っている。国王でないところが、今の時代の平和なところだと思っている。
「ちなみに結婚したい職業第一位も、星読み博士です」
それは裏を返せば女性の側からも人気があるということだが、この場合の博士の意図するところは不明だった。
「メイン卿は大切にお育てした御子を、星読み台にやりたくなかったんでしょうな。……いや、どこにもやりたくなかったのか」
博士は納得したようにうなずいて、ローリー夫人とよく似た笑みを浮かべた。
「一国民として、私も陛下の最後のダンスを楽しみにしております」
星読み博士は建国以来の祭典を楽しむと告げた言葉と同じ調子で言って、優雅に一礼したのだった。
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