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王立図書館
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丸まった地図を広げてみるとこの町は東西南北、そしてそれらの真ん中に位置する中央地区の五つに区分けされており、地区によって利用できる建物や施設の種類が違ったものになっていた。
私が今いる場所は中央地区でお店や住宅がたくさんある地区になっていて、冒険者ギルドの建物もこの地区にある。
・東地区には学校や教会、小さな公園などがある。私が探している王立図書館もこの地区ある。気になったのは『女神教団大聖堂』という大きな面積をとっている建物。これがミリーが言っていた教団の人達の施設に違いない。ちなみに私が最初町に着いた時、倒れていたのはこの地区だったらしい。
・西地区には工場や大きな倉庫など人が仕事をするための施設が密集している地区になっている。それとは別に居酒屋さんの名前もたくさん表記されている。飲み屋街…?
・南地区は自然豊かな地区となっていて、噴水広場や診療所もこの地区にある。また、城から一番近い地区となっており王国騎士団の詰所もここにある。
・最後の北地区だけど…この部分にだけ手書きで丸で囲んであり『みだりに近寄らないこと』と書かれてある。ミリーが書いたのかな。ひょっとして治安があまり良くないのかも…。
この地区にも広場があるらしいけど…。赤字で『整備中』と書かれている。過去に何か事故でもあったのかもしれない。他には中央区ほどではないが住宅がいくらか密集している。
各地区を探索してみたい気持ちもあるけど、今は図書館に向かおう。ここ中央地区は人通りが多い。ぶつからないように気を付けながら地図を頼りにしばらく歩く。道なりに二十分ほど歩いていると東地区とか書かれた大きな看板と公園が見えてきた。
ゾウさんの滑り台、ブランコ、木製のテーブルとベンチ…眺めていると何となく懐かしい気持ちになってくる。どこぞのお母様同士が談笑していたり、お子様達がはしゃぎながら走り回ったりしている。
そのまま公園を通り過ぎてさらに十分ほど歩くと横長に四角くて大きな建物が見えてきた。敷地内は綺麗に手入れされた花壇、左右対称に植えてある樹木、整備された芝生が静かな佇まいを見せている。まさにザ・図書館といった感じ。そのまま正面玄関へ向かう。
中に入り直進すると目の前に受付カウンターがあり、眼鏡をかけた女性がノートに何か記入したりカードのチェックをしている。
歳は二十代前半くらいかな…。私より年上っぽい。さっそく声をかけてみよう。
「あの…すみません…」
私が近寄りながら声をかけると速やかに作業を中断し、こちらに視線を向ける。
「いらっしゃいませ。ようこそ、王立図書館へ」
「あ…はい。こんにちは…」
何か緊張する。この図書館の静かな雰囲気のせいかな。読書は好きだけど、自室で読んでばかりで図書館はあまり利用しなかったから慣れてない。他に利用している人もいるから完全な無音というわけじゃないんだけど…。
「お客様、当館のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい。ですから、勝手がわからなくて…」
「かしこまりました。では、まず当館のご利用カードを作成させていただきます。こちらの書類に必要事項をご記入下さい」
カウンターの引き出しから紙とボールペンを取り出しこちらに差し出してくる。
「どうぞ、お掛けになってご記入下さい」
「はい。わかりました」
着席して書類に目を通す。
お名前・年齢・性別・ご住所…これだけ?
「あの…書くことはこれだけでよろしいのでしょうか?」
「構いませんよ。ただのご利用カードですので」
助かった…。職業は?と書かれていたら『無職』と記入しなければいけないところだった。それは少し悔しい。事実だけど…。
苗字が先?名前が先?どっちでもいいか…。
シダレ・ユリカ、十九歳、女性…
住所…?しまった…。ママさんに詳しく聞いてない。契約書も無かったし…。
「すみません…。最近この町に引っ越してきたばかりでまだ住所を覚えていないのですが…」
「どちらの地区にお住まいですか?番地などお分かりでしょうか?」
「いえ…。中央地区にある『流星と旅人』っていう食堂がある建物の二階に住んでいます」
「冒険者ギルドの施設ですね…。そちらでしたら私がお調べして記入しておきますので大丈夫ですよ。あの…少々、お伺いしてもよろしいですか?」
「…?はい、どうかしましたか?」
「あなたは女神教団のシスターの方ではないのでしょうか?」
またこの質問…。この修道服を着てるとこれからも誰かに会うたびに聞かれるのかな…。もう、いっそ『はい、そうです。あなたに女神様のご加護がありますように』とでも言っておこうかな。
でも、偽者だとバレたらまずいし…。簡単に説明しとこう…。
「はい。私は聖地巡礼の旅をしているシスターで、訳あってしばらくこの町に滞在する予定です。ですから女神教団の方とは無関係です。紛らわしい格好をしており申し訳ありません」
「いえ…こちらこそすみませんでした。そうでしたか…。シスター様の格好をされているのに冒険者ギルドの施設に住んでいるとお聞きしましたので、少し不思議に思いまして…。国外から来られたのですね。なるほど…」
「えっと…手続きは以上ですか?」
これ以上はあまり聞かれない方がいいかも…。ボロが出そう。
「はい。あとはご利用カード発行手数料の1000ゴルをいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい?発行手数料?図書館を利用するだけでお金がかかるんですか?」
そんな話は今まで聞たいたことないけど…。
「はい。ご利用されている全てのお客様から最初に頂いております」
「お言葉ですが、私が以前利用していた図書館では利用にあたってお金を支払う事は無かったと記憶していますが…」
途端、彼女の顔つきが険しくなる。
「お客様が以前どちらの図書館をご利用されていたかは知りませんし、詳細もわかりませんが…。当館ではお支払い頂く決まりになっているんです」
決まりになってるって…。ママさんから借りた貴重なお金を図書館を利用するだけで減らしたくない…と言いたいとこだけど、ここで揉めてもどうしようもないよね。それにしても1000円(ゴル?)は高すぎる。
「もう少し安くなりませんか?割引とか…」
「ありません。ご不満なようでしたらお取り消しの手続きをさせていただきますが…」
「いえ…。取り消しはしなくて大丈夫です…」
聞く耳持ってないね。まあ、仕事だから仕方ないんだろうけど…。
「あの…一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…どうぞ」
「先程、利用されている全てのお客様からお金を頂いていると言われましたが、皆様からお預かりしたお金は何に使われているんでしょうか?」
「…」
「まさかとは思いますが…職員同士で飲み会行ったり、市長さんだとか区長さんへの接待費に充てられているんじゃないでしょうね?もしそうであるならば、例え女神様が許したとしてもこの私が断じて許しはしませんよ?」
「はぁ…」
彼女が溜め息をつく。
「そのような事は決してありません。私達職員はこの仕事に情熱と誇りを持っています。お客からの信頼を裏切るような事は微塵もしておりません。頂いたお金についてですが…この図書館はボランティアで運営されている訳ではないんです。本の修繕費もかかりますし、設備の維持費もかかります。消耗品や清掃費についても同じです。お客様には申し訳なく思いますが…この図書館を継続させていくために必要なことなのです」
「…わかりました。そういう理由でしたらお支払いします」
「ご理解いただきありがとうございます」
ではもう一つ、なぜ金額が1000ゴルなのですか?年齢・職業など関係なく一律料金なのですか?…と聞きたかったけどこれ以上この人怒らせても良い事ないかな…。
『もう嫌!今すぐここから出て行って!』
とか言われて出入り禁止になったら元も子もないし。素直(?)に払っておこう。
ママさんから頂いた封筒を開ける。初めて『ゴル』とやらの紙幣を見たけど、お札には人間が書かれている訳ではなくどこかの綺麗な風景と数字、裏側にはよくわからない花の絵が書かれている。やっぱ異世界なんだ…。
「では、こちらの一万ゴルからお願いします」
「かしこまりました。お預かり…お客様、手を放して頂けますか?紙幣が破れてしまいます」
気付けばお札を放すまいと手に力が入っていた。
「失礼致しました。…どうぞお納め下さい」
「…ありがとうございます」
彼女が怪訝な顔でこちらを見ている。
「お釣の9000ゴルです。ご確認ください。以上で全てのお手続きが完了しました。こちらがご利用カードです。失くさないようお気をつけ下さい」
「はい。ありがとうございました」
お釣を受け取り封筒にしまう。カードも一緒に入れとこう。
「閉園時間は午後七時となっております。また何かありましたらお声掛け下さい」
「はい…失礼な事を言ってしまいすみませんでした」
「いえ…お気になさらないでください」
「ありがとうございます。では、本を探しに行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
その場を離れる。去り際に彼女の胸のネームプレートを確認する。
『司書補・リーナ」
司書が一番偉い人だったかな…。という事はこの人が図書館で二番目に偉い人…?
かなりマズイ事しちゃったかも…。今さら後悔しても遅い…ゾ。
とりあえず目的の本を探そう。
図書館が広すぎる上に本の冊数もとてつもなく多い。図書館だから当たり前だけど…。諦めて先程のリーナさんに手伝ってもらおうかとも考えたけど、これ以上手を煩わせるのも良くない気がした。時間は掛かったけど、何とか本を集めることが出来た。
・『フィーブル博士の魔獣大図鑑~魔獣を知り勝利を掴め~』
・『最速!スンゴイ稼ぎ方!』
・『女神教団の教え~いつも心に安らぎを~』
魔獣の本とお金稼ぎの本だけで良かったんだけど、何となく目に付いたので教団の専門誌(週刊誌っぽい)も集めておいた。
まずは魔獣の図鑑を読んでみる。
…。
ママさんが言っていた通り、この世界には様々な種類の魔獣と呼ばれる生物がいるらしい。ただ、魔獣とは言ってもドラゴンやデーモンといったゲームや空想の世界に登場するものではなく、実際にこの世界に存在する野性動物が年月を経て巨大化し、狂暴化したものを人括りに魔獣と呼ぶ。犬、猫、ネズミ、猪…などなど…。
とりあえず町の近くの草原や森に生息している魔獣のページだけ読んでおこう。
・猫の魔獣…キャトン。弱点…頭部。鋭い爪で攻撃。
・犬の魔獣…ドッグル。弱点…頭部。鋭い歯で噛み付き攻撃。
・ネズミの魔獣…マウサー。弱点…頭部。弱いが仲間を呼ぶ。速やかに倒すこと。
・猪の魔獣…ボアルド。弱点…頭部。硬い頭で突進攻撃。牙にも要注意。
他にも素材として価値がある部位や、調理すれば食べられる部分なども細かく書かれてある。
サラッと読んだ感じ、だいたいの魔獣は頭部が弱点らしい。そりゃ、脳を損傷したらどんな生き物でも死ぬよね。もし、また何か襲ってきたら頭を狙おう。…いや、逃げた方が良いかな。
魔獣の本はこれくらいでよしとして残りは家で読もう。
次は大事なお金稼ぎの本を読む。
…。
大して専門知識もなく、手っ取り早くお金を稼ぐにはキノコ狩りがオススメらしい。単純作業で頭も使わない。キノコは草原・森・山岳地帯など自然界の至るところに生えており、中には1本で一万ゴルするキノコもあるという。当然、毒キノコもあるが薬屋に持っていけばお金になる種類もあるらしい。
もう一つの手段は魔獣狩り。倒した魔獣の素材を武器屋・防具屋に持っていけば買い取ってくれる。こちらも貴重な素材であれば
万単位でお金を得る事ができる。
ただし、魔獣を相手にするのだからケガの治療費や狩りで使用する装備品・道具の代金もかかる。そして、運が悪ければ魔獣にやられ死ぬ可能性もある。ハイリスク・ハイリターンなお仕事。
ちなみに魔獣狩りをするならば冒険者ギルドに所属していた方が断然お得らしい。依頼人からの成功報酬と素材納品報酬の二つを同時に手に入れられるから。
冒険者ギルド…。ゲームでちょくちょく出てくるから馴染みはあるけど…。実際に自分で魔獣を倒すとなると正直怖い。この前襲われた猫の魔獣ですら逃げ出すのに精一杯だったのに…。あれはおそらく弱い部類の魔獣に違いない。だって、ページの一番最初に紹介されてたヤツだし。
やはり分不相応な事はやらない方がいいかも…。
でも、冒険者ギルドのメンバーになればママさんの食堂でずっと割引が効いたご飯が食べられる。さらに家賃も安くなる…良いことずくめだ。メンバーにさえなれば…。
それに考えてみたら、何も私が直接魔獣を殺さなくてもいい。誰か適当に強そうなメンバーとチームを組んで、その人達に倒して貰えばいい。私は後方でサポートメンバーとしてケガの治療をしたり、アイテムを使って援護する。直接魔獣を倒してないから分け前は減るだろうけど、これなら死ぬ可能性は低いはず。仮にチームが全滅しそうになったらその時は全力で逃げればいい。…さすがにこれは酷いかな。
気が付くと図書館に入ってから一時間ほど時間が経過していた。
そろそろ買い物に行かなくては…。女神教団の本は家で読もう。
本を抱えて受付カウンターに向かう。先程のリーナさんが淡々と作業をしている。
「こちらの本をお借りしたいのですが…」
「はい。こちらの三冊ですね。貸し出し期間は本日より二週間となっております」
「構いません。それだけあれば十分です」
「かしこまりました。では、ご利用カードの提出をお願いします」
「はい…。よろしくお願いします」
「お預かりします。それでは三冊で貸し出し料金1500ゴルお願いします」
「…マジですか?」
思わず本音が…。またお金を取るの?一冊500ゴル?それなら普通に古本屋で買った方が安く済むのでは?図書館のメリットとは一体…。
リーナ嬢がウンザリとした表情を浮かべる。
「私が嘘をつく理由がありません。貸し出しをご希望でしたらお支払いいただかなければ」
「ちなみに貸し出し期間を一週間とか三日間と短くした場合でもその料金ですか?割引は…?」
彼女のセリフを遮るように聞いてみる。
「ありません。例外もありません。いかがなさいますか?」
血も涙もないみたい。いや…彼女は職務を全うしているだけ…。彼女は悪くない…うん。
「すみませんが…でしたら、こちらの女神教団の本はキャンセルでお願いします」
「かしこまりました。こちらは戻しておきます。二冊で1000ゴルです」
「はい。よろしくお願いします」
今度はスムーズに紙幣を差し出せた…はず。
「お預かりします。では、こちらがカードと本です。返却期限にお気をつけ下さい。延滞料金が発生しますので」
図書館というよりは前の世界のレンタルショップと考えた方がいいらしい。
「ありがとうございました。またのご来館をお待ちしております」
ペコリとお辞儀する彼女。
「いえ…こちらこそありがとうございました。失礼します」
お礼を言って図書館を出る。
次は買い物しなければ…お金足りるかな…。
不安が募る。
私が今いる場所は中央地区でお店や住宅がたくさんある地区になっていて、冒険者ギルドの建物もこの地区にある。
・東地区には学校や教会、小さな公園などがある。私が探している王立図書館もこの地区ある。気になったのは『女神教団大聖堂』という大きな面積をとっている建物。これがミリーが言っていた教団の人達の施設に違いない。ちなみに私が最初町に着いた時、倒れていたのはこの地区だったらしい。
・西地区には工場や大きな倉庫など人が仕事をするための施設が密集している地区になっている。それとは別に居酒屋さんの名前もたくさん表記されている。飲み屋街…?
・南地区は自然豊かな地区となっていて、噴水広場や診療所もこの地区にある。また、城から一番近い地区となっており王国騎士団の詰所もここにある。
・最後の北地区だけど…この部分にだけ手書きで丸で囲んであり『みだりに近寄らないこと』と書かれてある。ミリーが書いたのかな。ひょっとして治安があまり良くないのかも…。
この地区にも広場があるらしいけど…。赤字で『整備中』と書かれている。過去に何か事故でもあったのかもしれない。他には中央区ほどではないが住宅がいくらか密集している。
各地区を探索してみたい気持ちもあるけど、今は図書館に向かおう。ここ中央地区は人通りが多い。ぶつからないように気を付けながら地図を頼りにしばらく歩く。道なりに二十分ほど歩いていると東地区とか書かれた大きな看板と公園が見えてきた。
ゾウさんの滑り台、ブランコ、木製のテーブルとベンチ…眺めていると何となく懐かしい気持ちになってくる。どこぞのお母様同士が談笑していたり、お子様達がはしゃぎながら走り回ったりしている。
そのまま公園を通り過ぎてさらに十分ほど歩くと横長に四角くて大きな建物が見えてきた。敷地内は綺麗に手入れされた花壇、左右対称に植えてある樹木、整備された芝生が静かな佇まいを見せている。まさにザ・図書館といった感じ。そのまま正面玄関へ向かう。
中に入り直進すると目の前に受付カウンターがあり、眼鏡をかけた女性がノートに何か記入したりカードのチェックをしている。
歳は二十代前半くらいかな…。私より年上っぽい。さっそく声をかけてみよう。
「あの…すみません…」
私が近寄りながら声をかけると速やかに作業を中断し、こちらに視線を向ける。
「いらっしゃいませ。ようこそ、王立図書館へ」
「あ…はい。こんにちは…」
何か緊張する。この図書館の静かな雰囲気のせいかな。読書は好きだけど、自室で読んでばかりで図書館はあまり利用しなかったから慣れてない。他に利用している人もいるから完全な無音というわけじゃないんだけど…。
「お客様、当館のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい。ですから、勝手がわからなくて…」
「かしこまりました。では、まず当館のご利用カードを作成させていただきます。こちらの書類に必要事項をご記入下さい」
カウンターの引き出しから紙とボールペンを取り出しこちらに差し出してくる。
「どうぞ、お掛けになってご記入下さい」
「はい。わかりました」
着席して書類に目を通す。
お名前・年齢・性別・ご住所…これだけ?
「あの…書くことはこれだけでよろしいのでしょうか?」
「構いませんよ。ただのご利用カードですので」
助かった…。職業は?と書かれていたら『無職』と記入しなければいけないところだった。それは少し悔しい。事実だけど…。
苗字が先?名前が先?どっちでもいいか…。
シダレ・ユリカ、十九歳、女性…
住所…?しまった…。ママさんに詳しく聞いてない。契約書も無かったし…。
「すみません…。最近この町に引っ越してきたばかりでまだ住所を覚えていないのですが…」
「どちらの地区にお住まいですか?番地などお分かりでしょうか?」
「いえ…。中央地区にある『流星と旅人』っていう食堂がある建物の二階に住んでいます」
「冒険者ギルドの施設ですね…。そちらでしたら私がお調べして記入しておきますので大丈夫ですよ。あの…少々、お伺いしてもよろしいですか?」
「…?はい、どうかしましたか?」
「あなたは女神教団のシスターの方ではないのでしょうか?」
またこの質問…。この修道服を着てるとこれからも誰かに会うたびに聞かれるのかな…。もう、いっそ『はい、そうです。あなたに女神様のご加護がありますように』とでも言っておこうかな。
でも、偽者だとバレたらまずいし…。簡単に説明しとこう…。
「はい。私は聖地巡礼の旅をしているシスターで、訳あってしばらくこの町に滞在する予定です。ですから女神教団の方とは無関係です。紛らわしい格好をしており申し訳ありません」
「いえ…こちらこそすみませんでした。そうでしたか…。シスター様の格好をされているのに冒険者ギルドの施設に住んでいるとお聞きしましたので、少し不思議に思いまして…。国外から来られたのですね。なるほど…」
「えっと…手続きは以上ですか?」
これ以上はあまり聞かれない方がいいかも…。ボロが出そう。
「はい。あとはご利用カード発行手数料の1000ゴルをいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい?発行手数料?図書館を利用するだけでお金がかかるんですか?」
そんな話は今まで聞たいたことないけど…。
「はい。ご利用されている全てのお客様から最初に頂いております」
「お言葉ですが、私が以前利用していた図書館では利用にあたってお金を支払う事は無かったと記憶していますが…」
途端、彼女の顔つきが険しくなる。
「お客様が以前どちらの図書館をご利用されていたかは知りませんし、詳細もわかりませんが…。当館ではお支払い頂く決まりになっているんです」
決まりになってるって…。ママさんから借りた貴重なお金を図書館を利用するだけで減らしたくない…と言いたいとこだけど、ここで揉めてもどうしようもないよね。それにしても1000円(ゴル?)は高すぎる。
「もう少し安くなりませんか?割引とか…」
「ありません。ご不満なようでしたらお取り消しの手続きをさせていただきますが…」
「いえ…。取り消しはしなくて大丈夫です…」
聞く耳持ってないね。まあ、仕事だから仕方ないんだろうけど…。
「あの…一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…どうぞ」
「先程、利用されている全てのお客様からお金を頂いていると言われましたが、皆様からお預かりしたお金は何に使われているんでしょうか?」
「…」
「まさかとは思いますが…職員同士で飲み会行ったり、市長さんだとか区長さんへの接待費に充てられているんじゃないでしょうね?もしそうであるならば、例え女神様が許したとしてもこの私が断じて許しはしませんよ?」
「はぁ…」
彼女が溜め息をつく。
「そのような事は決してありません。私達職員はこの仕事に情熱と誇りを持っています。お客からの信頼を裏切るような事は微塵もしておりません。頂いたお金についてですが…この図書館はボランティアで運営されている訳ではないんです。本の修繕費もかかりますし、設備の維持費もかかります。消耗品や清掃費についても同じです。お客様には申し訳なく思いますが…この図書館を継続させていくために必要なことなのです」
「…わかりました。そういう理由でしたらお支払いします」
「ご理解いただきありがとうございます」
ではもう一つ、なぜ金額が1000ゴルなのですか?年齢・職業など関係なく一律料金なのですか?…と聞きたかったけどこれ以上この人怒らせても良い事ないかな…。
『もう嫌!今すぐここから出て行って!』
とか言われて出入り禁止になったら元も子もないし。素直(?)に払っておこう。
ママさんから頂いた封筒を開ける。初めて『ゴル』とやらの紙幣を見たけど、お札には人間が書かれている訳ではなくどこかの綺麗な風景と数字、裏側にはよくわからない花の絵が書かれている。やっぱ異世界なんだ…。
「では、こちらの一万ゴルからお願いします」
「かしこまりました。お預かり…お客様、手を放して頂けますか?紙幣が破れてしまいます」
気付けばお札を放すまいと手に力が入っていた。
「失礼致しました。…どうぞお納め下さい」
「…ありがとうございます」
彼女が怪訝な顔でこちらを見ている。
「お釣の9000ゴルです。ご確認ください。以上で全てのお手続きが完了しました。こちらがご利用カードです。失くさないようお気をつけ下さい」
「はい。ありがとうございました」
お釣を受け取り封筒にしまう。カードも一緒に入れとこう。
「閉園時間は午後七時となっております。また何かありましたらお声掛け下さい」
「はい…失礼な事を言ってしまいすみませんでした」
「いえ…お気になさらないでください」
「ありがとうございます。では、本を探しに行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
その場を離れる。去り際に彼女の胸のネームプレートを確認する。
『司書補・リーナ」
司書が一番偉い人だったかな…。という事はこの人が図書館で二番目に偉い人…?
かなりマズイ事しちゃったかも…。今さら後悔しても遅い…ゾ。
とりあえず目的の本を探そう。
図書館が広すぎる上に本の冊数もとてつもなく多い。図書館だから当たり前だけど…。諦めて先程のリーナさんに手伝ってもらおうかとも考えたけど、これ以上手を煩わせるのも良くない気がした。時間は掛かったけど、何とか本を集めることが出来た。
・『フィーブル博士の魔獣大図鑑~魔獣を知り勝利を掴め~』
・『最速!スンゴイ稼ぎ方!』
・『女神教団の教え~いつも心に安らぎを~』
魔獣の本とお金稼ぎの本だけで良かったんだけど、何となく目に付いたので教団の専門誌(週刊誌っぽい)も集めておいた。
まずは魔獣の図鑑を読んでみる。
…。
ママさんが言っていた通り、この世界には様々な種類の魔獣と呼ばれる生物がいるらしい。ただ、魔獣とは言ってもドラゴンやデーモンといったゲームや空想の世界に登場するものではなく、実際にこの世界に存在する野性動物が年月を経て巨大化し、狂暴化したものを人括りに魔獣と呼ぶ。犬、猫、ネズミ、猪…などなど…。
とりあえず町の近くの草原や森に生息している魔獣のページだけ読んでおこう。
・猫の魔獣…キャトン。弱点…頭部。鋭い爪で攻撃。
・犬の魔獣…ドッグル。弱点…頭部。鋭い歯で噛み付き攻撃。
・ネズミの魔獣…マウサー。弱点…頭部。弱いが仲間を呼ぶ。速やかに倒すこと。
・猪の魔獣…ボアルド。弱点…頭部。硬い頭で突進攻撃。牙にも要注意。
他にも素材として価値がある部位や、調理すれば食べられる部分なども細かく書かれてある。
サラッと読んだ感じ、だいたいの魔獣は頭部が弱点らしい。そりゃ、脳を損傷したらどんな生き物でも死ぬよね。もし、また何か襲ってきたら頭を狙おう。…いや、逃げた方が良いかな。
魔獣の本はこれくらいでよしとして残りは家で読もう。
次は大事なお金稼ぎの本を読む。
…。
大して専門知識もなく、手っ取り早くお金を稼ぐにはキノコ狩りがオススメらしい。単純作業で頭も使わない。キノコは草原・森・山岳地帯など自然界の至るところに生えており、中には1本で一万ゴルするキノコもあるという。当然、毒キノコもあるが薬屋に持っていけばお金になる種類もあるらしい。
もう一つの手段は魔獣狩り。倒した魔獣の素材を武器屋・防具屋に持っていけば買い取ってくれる。こちらも貴重な素材であれば
万単位でお金を得る事ができる。
ただし、魔獣を相手にするのだからケガの治療費や狩りで使用する装備品・道具の代金もかかる。そして、運が悪ければ魔獣にやられ死ぬ可能性もある。ハイリスク・ハイリターンなお仕事。
ちなみに魔獣狩りをするならば冒険者ギルドに所属していた方が断然お得らしい。依頼人からの成功報酬と素材納品報酬の二つを同時に手に入れられるから。
冒険者ギルド…。ゲームでちょくちょく出てくるから馴染みはあるけど…。実際に自分で魔獣を倒すとなると正直怖い。この前襲われた猫の魔獣ですら逃げ出すのに精一杯だったのに…。あれはおそらく弱い部類の魔獣に違いない。だって、ページの一番最初に紹介されてたヤツだし。
やはり分不相応な事はやらない方がいいかも…。
でも、冒険者ギルドのメンバーになればママさんの食堂でずっと割引が効いたご飯が食べられる。さらに家賃も安くなる…良いことずくめだ。メンバーにさえなれば…。
それに考えてみたら、何も私が直接魔獣を殺さなくてもいい。誰か適当に強そうなメンバーとチームを組んで、その人達に倒して貰えばいい。私は後方でサポートメンバーとしてケガの治療をしたり、アイテムを使って援護する。直接魔獣を倒してないから分け前は減るだろうけど、これなら死ぬ可能性は低いはず。仮にチームが全滅しそうになったらその時は全力で逃げればいい。…さすがにこれは酷いかな。
気が付くと図書館に入ってから一時間ほど時間が経過していた。
そろそろ買い物に行かなくては…。女神教団の本は家で読もう。
本を抱えて受付カウンターに向かう。先程のリーナさんが淡々と作業をしている。
「こちらの本をお借りしたいのですが…」
「はい。こちらの三冊ですね。貸し出し期間は本日より二週間となっております」
「構いません。それだけあれば十分です」
「かしこまりました。では、ご利用カードの提出をお願いします」
「はい…。よろしくお願いします」
「お預かりします。それでは三冊で貸し出し料金1500ゴルお願いします」
「…マジですか?」
思わず本音が…。またお金を取るの?一冊500ゴル?それなら普通に古本屋で買った方が安く済むのでは?図書館のメリットとは一体…。
リーナ嬢がウンザリとした表情を浮かべる。
「私が嘘をつく理由がありません。貸し出しをご希望でしたらお支払いいただかなければ」
「ちなみに貸し出し期間を一週間とか三日間と短くした場合でもその料金ですか?割引は…?」
彼女のセリフを遮るように聞いてみる。
「ありません。例外もありません。いかがなさいますか?」
血も涙もないみたい。いや…彼女は職務を全うしているだけ…。彼女は悪くない…うん。
「すみませんが…でしたら、こちらの女神教団の本はキャンセルでお願いします」
「かしこまりました。こちらは戻しておきます。二冊で1000ゴルです」
「はい。よろしくお願いします」
今度はスムーズに紙幣を差し出せた…はず。
「お預かりします。では、こちらがカードと本です。返却期限にお気をつけ下さい。延滞料金が発生しますので」
図書館というよりは前の世界のレンタルショップと考えた方がいいらしい。
「ありがとうございました。またのご来館をお待ちしております」
ペコリとお辞儀する彼女。
「いえ…こちらこそありがとうございました。失礼します」
お礼を言って図書館を出る。
次は買い物しなければ…お金足りるかな…。
不安が募る。
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