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36 怪しい男の影
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社交場への出勤と、魔の森の散策をしばらくの間止められたカーラとルフェルの二人は、ここ数日間家とその庭とで過ごすことになった。
この村にたどり着いてから、必死に生きてきたカーラにとって、ヴォラスと出会えてからのここ数年は心穏やかな月日であったし、あまりかまってあげることのできなかったルフェルとしっかりと向き合える時間を持ちことができるようになったとても愛しい日々でもあった。
ここ数日の突然の休暇も、以前であれば心の焦りから受け付けられなかったことかもしれないが、今はありがたくゆっくりと過ごさせてもらうこともできるようになった。
ルフェルも普段の日課である魔の森の散策を禁止されはしたが、いつも忙しく働きあまりゆっくりと話すことのない母と、ただ近くで一緒に居られるだけで幸せを感じていた。
いつもルフェルの影のように寄り添っているテリオも、ここ数日はルフェルが家から出ていないこともあって、ひさしぶりに一人?で魔の森の中心部の方に出向いていたのだった。
ルフェルもそれなりに気配察知はできるようになっていたが、さすがに母と二人ゆったりとした気持ちで家の中にいた時であれば気も緩んでいる。
家と庭、敷地の周りには魔の森からの獣や魔獣の侵入を防止するために結界を張っているが、それはあくまでも獣除けのための物で、人除けの役目を果たす結界ではない。
普段、この家に近づいてくる生き物に関しては、人を含めてテリオが警戒をしてくれているので、この時も全く気が緩んでいたのだ。
庭の境を示すために植えている低木の陰から、男の顔が家の中までのぞき込むようにしている姿を見つけた時には心臓が止まるかと思うほど驚いた。
男に背を向ける形で、ルフェルの方を向いて笑っているカーラはまだその男のことに気づいていない。
男の方も庭にいる母のことはもちろん認識しているようであるが、うちの中にいる自分のことはまだ認識しているようには見えない、なぜならば何かを探すように視線がさまよっているからだ。
母は建物の中に声をかけて会話をしていたから、もう一人以上人が居ると考えていることは想像に難くない。
まだ獣用の結界の外に居るので、その結界を少しづつ強化しつつ、気づかれないように鑑定魔法を使い男の情報を得ようと試してみる。
ただ鑑定などの魔法の場合、使用者のレベルが下から上に対して行使することは非常に難しく、鑑定が失敗するとともに、鑑定の魔法を仕掛けたことを気付かれる可能性があり、慎重に行う必要がある。
覗いているかをは今まで見たことがない者であったし、鑑定をかけようとしたときの手ごたえからして、上位の冒険者であり、魔力のない方量の多さからも、貴族であることがはっきりしている気がする。
『この男が例の近づいてはいけない貴族なのではないか?』
問題の人物の風貌について詳しく聞いておかなかったことが悔やまれる。
少し遅いかもしれないが、男の意識が少しそれたタイミングを計って、認識阻害の魔法も掛けておく。あまりはっきりとしたものではなく、徐々に強くなるように……。
母が洗濯物を干し終わったようだ。さりげなく室内に入るように促す。
「母さん。少しおなかすいちゃった!おやつ食べたいなぁ」
「もう直ぐお昼ご飯だから、少し待ちなさい」
そういいながら勝手口に向かう母の背を見送り、先程確かめた男の様子を伺う。
男の方はさっきいたところから動いてはないようだが、結界と認識阻害の魔法には気が付いている様子で、下手に手を出さないところから、彼がある程度の手練れであることを感じさせる。
このまま下手に顔を突っ込むことをせず帰ってくれればいいが、ルフェルとしてもこれ以上のことを何かすれば逆効果になりそうな気がして何もできない。
『こんな時にテリオはいないんだから』
心の中でテリオに対して悪態をつくも、今日森の奥に行くことを進めたのはルフェル自身であったので、まだ何も起こっていない段階で、テリオを呼ぶこともためらわれる。
気づかれないように前回にしていた窓を閉めて、ここにも結界を張る。元々テリオが何かあった時のために準備していてくれたそれで、獣たちだけではなく対人にもきく結界だ。
勝手口から部屋の中に入ってきた母も、しっかり締め切られている窓に何かあったと気付いた様子で、窓の近くで今だに外の様子を探っているルフェルに小さな声で問いかける。
「何かあった?」
母に窓に近づかないように目で合図を送り、自身も窓に影が映りこまないように注意しながら部屋の真ん中辺りまで下がってくるルフェル。
「さっき母さんの洗濯物を干している先で、庭の外から見たことがない男の人が、こっちをのぞき込んでいたんだよ。今でも気配を感じるから、ここを探っているのか、ただの覗きなのか……。とにかく、いいモノじゃないだろうから、簡単な結界を張った」
カーラは男が覘いているということにもちろん驚きはしたが、それよりも自分が知らない間にルフェルの魔力操作がどれだけ優れているのかを知ってしまった。
この村にたどり着いてから、必死に生きてきたカーラにとって、ヴォラスと出会えてからのここ数年は心穏やかな月日であったし、あまりかまってあげることのできなかったルフェルとしっかりと向き合える時間を持ちことができるようになったとても愛しい日々でもあった。
ここ数日の突然の休暇も、以前であれば心の焦りから受け付けられなかったことかもしれないが、今はありがたくゆっくりと過ごさせてもらうこともできるようになった。
ルフェルも普段の日課である魔の森の散策を禁止されはしたが、いつも忙しく働きあまりゆっくりと話すことのない母と、ただ近くで一緒に居られるだけで幸せを感じていた。
いつもルフェルの影のように寄り添っているテリオも、ここ数日はルフェルが家から出ていないこともあって、ひさしぶりに一人?で魔の森の中心部の方に出向いていたのだった。
ルフェルもそれなりに気配察知はできるようになっていたが、さすがに母と二人ゆったりとした気持ちで家の中にいた時であれば気も緩んでいる。
家と庭、敷地の周りには魔の森からの獣や魔獣の侵入を防止するために結界を張っているが、それはあくまでも獣除けのための物で、人除けの役目を果たす結界ではない。
普段、この家に近づいてくる生き物に関しては、人を含めてテリオが警戒をしてくれているので、この時も全く気が緩んでいたのだ。
庭の境を示すために植えている低木の陰から、男の顔が家の中までのぞき込むようにしている姿を見つけた時には心臓が止まるかと思うほど驚いた。
男に背を向ける形で、ルフェルの方を向いて笑っているカーラはまだその男のことに気づいていない。
男の方も庭にいる母のことはもちろん認識しているようであるが、うちの中にいる自分のことはまだ認識しているようには見えない、なぜならば何かを探すように視線がさまよっているからだ。
母は建物の中に声をかけて会話をしていたから、もう一人以上人が居ると考えていることは想像に難くない。
まだ獣用の結界の外に居るので、その結界を少しづつ強化しつつ、気づかれないように鑑定魔法を使い男の情報を得ようと試してみる。
ただ鑑定などの魔法の場合、使用者のレベルが下から上に対して行使することは非常に難しく、鑑定が失敗するとともに、鑑定の魔法を仕掛けたことを気付かれる可能性があり、慎重に行う必要がある。
覗いているかをは今まで見たことがない者であったし、鑑定をかけようとしたときの手ごたえからして、上位の冒険者であり、魔力のない方量の多さからも、貴族であることがはっきりしている気がする。
『この男が例の近づいてはいけない貴族なのではないか?』
問題の人物の風貌について詳しく聞いておかなかったことが悔やまれる。
少し遅いかもしれないが、男の意識が少しそれたタイミングを計って、認識阻害の魔法も掛けておく。あまりはっきりとしたものではなく、徐々に強くなるように……。
母が洗濯物を干し終わったようだ。さりげなく室内に入るように促す。
「母さん。少しおなかすいちゃった!おやつ食べたいなぁ」
「もう直ぐお昼ご飯だから、少し待ちなさい」
そういいながら勝手口に向かう母の背を見送り、先程確かめた男の様子を伺う。
男の方はさっきいたところから動いてはないようだが、結界と認識阻害の魔法には気が付いている様子で、下手に手を出さないところから、彼がある程度の手練れであることを感じさせる。
このまま下手に顔を突っ込むことをせず帰ってくれればいいが、ルフェルとしてもこれ以上のことを何かすれば逆効果になりそうな気がして何もできない。
『こんな時にテリオはいないんだから』
心の中でテリオに対して悪態をつくも、今日森の奥に行くことを進めたのはルフェル自身であったので、まだ何も起こっていない段階で、テリオを呼ぶこともためらわれる。
気づかれないように前回にしていた窓を閉めて、ここにも結界を張る。元々テリオが何かあった時のために準備していてくれたそれで、獣たちだけではなく対人にもきく結界だ。
勝手口から部屋の中に入ってきた母も、しっかり締め切られている窓に何かあったと気付いた様子で、窓の近くで今だに外の様子を探っているルフェルに小さな声で問いかける。
「何かあった?」
母に窓に近づかないように目で合図を送り、自身も窓に影が映りこまないように注意しながら部屋の真ん中辺りまで下がってくるルフェル。
「さっき母さんの洗濯物を干している先で、庭の外から見たことがない男の人が、こっちをのぞき込んでいたんだよ。今でも気配を感じるから、ここを探っているのか、ただの覗きなのか……。とにかく、いいモノじゃないだろうから、簡単な結界を張った」
カーラは男が覘いているということにもちろん驚きはしたが、それよりも自分が知らない間にルフェルの魔力操作がどれだけ優れているのかを知ってしまった。
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