転生したら当て馬王子でした~絶対攻略される王太子の俺は、フラグを折って幸せになりたい~

HIROTOYUKI

文字の大きさ
上 下
87 / 186

ブラオ・マークィス・ゲイル 4

しおりを挟む
 思考の海に潜ってしまっていた間に、馬車は止まっていた。

 外からの扉を開けた家令が、少し困った顔をしてその場に立っていた。このような事を起こすことが、今日が初めてではないので、苦笑いを浮かべた家令の後を何食わぬ顔をして歩いて行く。

「クリフ様が、応接室でお待ちです」

 家族を通すことのない、応接室にクリフを通したということは、家令もいつもとは違う何かを息子から感じたということだろうか。

 ノックをすることなく扉を開ける。私が一人扉を開けて入ってきたことに、息子は驚いたのかソファーの隅に座っていた体をびくりと揺らして、慌てて立ち上がった。

 普段扉を開けるのも使用人の仕事であって、私自身が直接扉を開けたりしないものだ、ノックもしかり。ノックなしに人がこの侯爵家の応接室の扉を開けることはあるまい、当主の私以外には……。

 人払いをしたことに気付いたのか、息子の良くなかった顔色がますます白くなった気がする。

「父上、お時間を取っていただきありがとうございます」

 そう言って、深々と頭を下げるクリフ。私は一つ頷くと、息子の目の前のソファーに腰を下ろした。

「それで、今日火急に話したいこととは?」

 内容は想像できていたが、彼の口から話させることは、これからの彼にも必要な事だ。

 顔色が白いまま、話すことを逡巡すること少し、俯き加減だった顔を真っ直ぐ前を見るように挙げて、覚悟の宿ったような瞳で私のことを見つめながら、口を開いた。

「本日学校長から連絡をいただき、アースクエイク殿下が魔術の授業において、お一人で見学をする旨お聞きしまして、私一人で殿下に生徒会活動への勧誘のための話をさせていただきました」

 息子にも私と同じような、記憶力の良さが受け継がれている。きっと先程あった殿下との邂逅をすべて思い出して、どの部分を話せば良いのか迷っているのだろう、すべて話せというのは簡単であるが、それでは話を聞く方にすべての判断を任すということに他ならず、少しづつでも自身で現状の取捨選択が必要となる。それは噓をつくということでなく、自分に有利に話を進めるためでもあるのだ。

「殿下はそもそも生徒会の活動に全く興味を持たれていらっしゃいませんでした。私の選ばれたものという言葉にも不快感を表され、何を持って殿下を選ばれたのかと質問を返されました」

 そこで息子は予め用意されていて、すでに冷たくなった紅茶に口をつけて、喉を湿らせてから話を続ける。

「私が……私が、殿下は王族で在らせられるからだ、と答えると……まず身分によって選ばれるということ自体がご不満の様子で、『この国お得意の表面だけ』とおっしゃり……『まるで居ない者のように扱われてきた王家の恥。この金色の髪の毛が欲しいならば、差し上げるから鬘でも作って自分以外の王族に被らせればいいだろう』と……」

 息子の瞳には薄っすらと涙の幕が張っているのか、その瞳がキラキラと光って見える。

「殿下は私に、ウインド伯爵子息のために努力しているのであれば、私をかまう必要はないと、このような噂学校に居なくてもすぐに伝わるものだから、『こうもり宰相』には成るなと言われました」

 抑えきれなくなったのか、息子の片眼から涙の筋が一筋顎まで流れて落ちた。

「とにかく、殿下は王族だからという理由で生徒会に選ばれたくないし、そもそもこの学校の運営に関わる気もない、それはこれからの生徒会でも同じく関わる気はない。一度関わればそれを理由として断れなくなるから。そして……彼とは2歳しか変わらないのだ。とおっしゃいました」

 ここまで話すと、こらえきれなくなったのか小さく鼻をすすり上げた。

「最後に殿下は、校長にはどうかわからないが、父上には聞いたことすべて話してよいと言われました」

 だから父上にはお話ししましたが、校長には何も言わず誤魔化して帰ってきたと息子は言って、そのまま黙って下を向いてしまった。

 殿下は息子より一つ下の10歳。手前みそに取られるかもしれないが、息子と同じくらいの年齢で、息子より出来のよい子供を見たことは無い。それは不敬と取られようとも、伯爵子息にも言えることだ。

 息子も言いくるめられることなど、大人相手といえどもそう体験していないことだと思う。

 殿下に言われたことも衝撃であっただろうが、言いくるめられて言い返せなかったことが悔しかったのかもしれない。

 私は殿下がお生まれになって、1歳になる前に侍医から「このお方は心をどこかに置いてこられたかのような……言葉を許されるならば、真面にお育ちになることは期待ができないかもしれません」と言われた場面を思いだしていた。

 その場に母親である王妃の姿はなく、殿下の育児のすべてが殿下の侍従長になったマーシュにゆだねられていた。
一応その場にいた父親である陛下は、なぜかほっとしたような表情で、ただ肯いて侍医を下がらせ、殿下を抱き上げるどころか撫ぜもせず、その足で伯爵家に出向き例の病を受けて、子を生すことができなくなったのだった。

 関係のないことまで思い出し、思わずため息が出た。

 その、私のため息を聞いて息子がびくりと体を揺らす。

 その息子の姿を目に写しながらも、同じぐらいにお育ちになった殿下のことを思う。

 確かに呪いのようなもので殿下の存在を無いものとして扱ってきたが、その呪いが発動した瞬間があの時の殿下の様子に絶望し心の中で突き放した時であるとしたら、まだ1歳にもならない殿下に対して下された侍医の意見であったとしても、受け入れず諦めずに寄り添いながら過ごしてきたマーシュの、その気持ち立場に立たなかった私達の責任なのだ。

 殿下が精霊との契約の選別がお済みになり、そのお姿を拝見した途端、殿下の存在を忘れることなど全くできなくなった。

 それは、記憶力がよい私だけではなく、いままで全く関心を示されなかった王妃様にも、心の変化をもたらせたようで、王妃宮の様子が今までと違うという報告も上がっているし、また、あの脳筋が殿下のことを忘れていないことからして、殿下に対する『忘却の呪い』のようなものはなくなったと考えていいのだと思う。

 しかし、我々が取ってきた行いに関しては、誰も忘却することは許されず、そのことで殿下に関しての行動に対して躊躇している間に、殿下の方から我々に対して関わることを拒否されるに至ったのだ。

 我々大人にとっては自業自得。しかし、殿下と共に生きていかなければならない息子達には、つまらない業を背負わせてしまったことになる。

 息子の話を聞いて、なおさら逃がした魚の大きさを思い知った。しかし、その魚を簡単に逃がすことができないこともまた……。

「父上。私はこうもりにはなりたくありません……でも……できるならば殿下にお仕えしたいです。自分よりも優れた、尊敬できるお方に使えたい……」

 小さく聞こえた息子の切実な声に、何も答えてやれない自分に、また一つ大きくため息を落とすことしかできなかった。

 
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】ゲーム開始は自由の時! 乙女ゲーム? いいえ。ここは農業系ゲームの世界ですよ?

キーノ
ファンタジー
 私はゲームの世界に転生したようです。主人公なのですが、前世の記憶が戻ったら、なんという不遇な状況。これもゲームで語られなかった裏設定でしょうか。  ある日、我が家に勝手に住み着いた平民の少女が私に罵声を浴びせて来ました。乙女ゲーム? ヒロイン? 訳が解りません。ここはファーミングゲームの世界ですよ?  自称妹の事は無視していたら、今度は食事に毒を盛られる始末。これもゲームで語られなかった裏設定でしょうか?  私はどんな辛いことも頑張って乗り越えて、ゲーム開始を楽しみにいたしますわ! ※紹介文と本編は微妙に違います。 完結いたしました。 感想うけつけています。 4月4日、誤字修正しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...