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ブラオ・マークィス・ゲイル 2
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「オレの息子は、俺に似て頭の方に栄養分が行き届いていないからなぁ。変なこと言っているなと思っていたが、どうやらそう考えているのは家のバカ息子だけでもないらしい」
普通、自分の国の王子殿下が10歳になって突然現れるとは考えられない。
常識があればなおのこと、自国の王子とは思わなかったらしい。
「殿下は、名乗りをあげなかったのか聞いたら、一番初日の自己紹介の機会に名前を一度名乗っただけで、そのあとは一度も殿下の声すら聞いたことがないと言うのだよ」
「その時のお名前を憶えていないのか、と聞いたら。確かアースクエイク……テンペスト。そう、家名をテンペストと名のっていらっしゃいました。テンペストって我が国と同じですね。どこかの国も王の家名がテンペストなんですか?だど」
苦笑いを浮かべながら自分の子供の話をする彼は、私よりもずっと父親をしているのだな、と、このような時に、自分の不甲斐なさを実感するのは、これからの話を聞きたくないという危険察知からくるのか、それとも……。
そのようなことを考えている私を置いて、彼の話は続いていく。
つまるところ、殿下は入学以来約二か月誰とも会話をしていないというのだ。
「きっと我が国の言葉を話すことがおできにならないのです。とか言ってたぞ」
脳筋といわれようとも、部下の面倒をよく見、そして子供が大好きな彼のことだ、苦笑いの顔が、泣きそうなほど悲しげに変わっていて、私のことを見ていた顔も、俯き下を向いていた。
「オレたちは何をしてきたのだろうなぁ……」
ぽつりと彼の口から零れ落ちた言葉は、私の心の中の思いと同じであった。
暫く静寂が落ちた執務室の中に、扉をたたく音と、彼と残って調整をする管理の声が入ってきた。
「閣下。あっ、将軍閣下の方ではなくて宰相閣下の方です。先程から部屋の前でお屋敷のお迎えの方がずうっとお待ちですよ」
私のもとで長いこと勤めている、この文官は私たちよりずっと年上で、騎士団長である彼のことも団に入隊したころから知っている、一種の強者だ。
とにかく、今日のところはこのまま家に帰らせてもらい、息子の話を聞くよりほかあるまい。
きっと、息子の話も初級学校のこと、殿下のことに他ならないだろうから。
歴代宰相の家でもあるゲイル侯爵家は、身分は侯爵であるが王城のすぐ近くに屋敷を持つことを許されてきた。
短い時間であるが、一人きりで考える時間は私にとってとても貴重な時間だ。
アースクエイク殿下のことを考える。
……私は、私たちは、殿下がお生まれになった時、そのことを祝福できなかった者たちは、皆、殿下のことを考えることを自ら放置し、そして…
「殿下のことを考える、いや、その存在自体を心の中に留めて置くことが……難しくなった……」
初めてこの考えに至った、いや、このことに気が付いたときには、殿下に対する後ろめたさからくるものだと思っていたが、『物忘れ』とするには酷すぎる状況に、これは一つの『呪い』なのではないかという結論に、私の中では達したのだ。
私の能力の一つに、一度覚えたことは忘れないというものがある。
スキルのようなものではない。覚えたくないモノも、忘れられないという弊害も持ち合わせている、使い勝手がいい様で悪い能力でもある。
しかし、私のような立場にあるものには、とても良い、覚えているだけで大きな利点であることが多いからだ。
経験つまり年を取るにつけ忘れること、厳密には意識して意識しないところにその記憶を仕舞うこと、がうまくできるようになった。
その私が、アースクエイク殿下のことに関しては、すっかり忘れてしまう。
指摘された時初めて、彼のことを思い出す。彼のことをすっかり忘れることなど、私がしてしまって良い訳がないのに……。
このようなことが続けば、それも私だけでなく、アースクエイク殿下のことを育てている立場以外の者すべての者が、私たちと同じようであることが分かった時に、これは『呪い』という型にはめるしか、私の心の安寧を図ることができなくなったのだ。
この呪いは、誰に対しての呪いなのか、殿下に対しての呪いなのだとしたら誰がかけた呪いなのか。
私たちに対する呪いだとしたら、こんな呪いをかけられた者にありがたい呪いなどあるものなのか。
一人の子供の存在を、その子供に対して責任のある者ほどその存在を忘れ、何もなかったものとして平気で暮らせる呪い。
そして時々、殿下のことが言の葉に上った時、「ハッ!」と気付くのだ、なぜ彼のことを忘れていたのだと。
しかし、暫くするとまた、我々の日常から殿下の存在は忘れられる。
普通、自分の国の王子殿下が10歳になって突然現れるとは考えられない。
常識があればなおのこと、自国の王子とは思わなかったらしい。
「殿下は、名乗りをあげなかったのか聞いたら、一番初日の自己紹介の機会に名前を一度名乗っただけで、そのあとは一度も殿下の声すら聞いたことがないと言うのだよ」
「その時のお名前を憶えていないのか、と聞いたら。確かアースクエイク……テンペスト。そう、家名をテンペストと名のっていらっしゃいました。テンペストって我が国と同じですね。どこかの国も王の家名がテンペストなんですか?だど」
苦笑いを浮かべながら自分の子供の話をする彼は、私よりもずっと父親をしているのだな、と、このような時に、自分の不甲斐なさを実感するのは、これからの話を聞きたくないという危険察知からくるのか、それとも……。
そのようなことを考えている私を置いて、彼の話は続いていく。
つまるところ、殿下は入学以来約二か月誰とも会話をしていないというのだ。
「きっと我が国の言葉を話すことがおできにならないのです。とか言ってたぞ」
脳筋といわれようとも、部下の面倒をよく見、そして子供が大好きな彼のことだ、苦笑いの顔が、泣きそうなほど悲しげに変わっていて、私のことを見ていた顔も、俯き下を向いていた。
「オレたちは何をしてきたのだろうなぁ……」
ぽつりと彼の口から零れ落ちた言葉は、私の心の中の思いと同じであった。
暫く静寂が落ちた執務室の中に、扉をたたく音と、彼と残って調整をする管理の声が入ってきた。
「閣下。あっ、将軍閣下の方ではなくて宰相閣下の方です。先程から部屋の前でお屋敷のお迎えの方がずうっとお待ちですよ」
私のもとで長いこと勤めている、この文官は私たちよりずっと年上で、騎士団長である彼のことも団に入隊したころから知っている、一種の強者だ。
とにかく、今日のところはこのまま家に帰らせてもらい、息子の話を聞くよりほかあるまい。
きっと、息子の話も初級学校のこと、殿下のことに他ならないだろうから。
歴代宰相の家でもあるゲイル侯爵家は、身分は侯爵であるが王城のすぐ近くに屋敷を持つことを許されてきた。
短い時間であるが、一人きりで考える時間は私にとってとても貴重な時間だ。
アースクエイク殿下のことを考える。
……私は、私たちは、殿下がお生まれになった時、そのことを祝福できなかった者たちは、皆、殿下のことを考えることを自ら放置し、そして…
「殿下のことを考える、いや、その存在自体を心の中に留めて置くことが……難しくなった……」
初めてこの考えに至った、いや、このことに気が付いたときには、殿下に対する後ろめたさからくるものだと思っていたが、『物忘れ』とするには酷すぎる状況に、これは一つの『呪い』なのではないかという結論に、私の中では達したのだ。
私の能力の一つに、一度覚えたことは忘れないというものがある。
スキルのようなものではない。覚えたくないモノも、忘れられないという弊害も持ち合わせている、使い勝手がいい様で悪い能力でもある。
しかし、私のような立場にあるものには、とても良い、覚えているだけで大きな利点であることが多いからだ。
経験つまり年を取るにつけ忘れること、厳密には意識して意識しないところにその記憶を仕舞うこと、がうまくできるようになった。
その私が、アースクエイク殿下のことに関しては、すっかり忘れてしまう。
指摘された時初めて、彼のことを思い出す。彼のことをすっかり忘れることなど、私がしてしまって良い訳がないのに……。
このようなことが続けば、それも私だけでなく、アースクエイク殿下のことを育てている立場以外の者すべての者が、私たちと同じようであることが分かった時に、これは『呪い』という型にはめるしか、私の心の安寧を図ることができなくなったのだ。
この呪いは、誰に対しての呪いなのか、殿下に対しての呪いなのだとしたら誰がかけた呪いなのか。
私たちに対する呪いだとしたら、こんな呪いをかけられた者にありがたい呪いなどあるものなのか。
一人の子供の存在を、その子供に対して責任のある者ほどその存在を忘れ、何もなかったものとして平気で暮らせる呪い。
そして時々、殿下のことが言の葉に上った時、「ハッ!」と気付くのだ、なぜ彼のことを忘れていたのだと。
しかし、暫くするとまた、我々の日常から殿下の存在は忘れられる。
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