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マーシュ・スリート 10 深まる疑惑
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殿下を抱えて後宮に向け薄暗い廊下を走る。足音をなるべく立てずに背後をついてくるリフルも緊急事態を理解しているのか、必死に私についてくる。
今日の警護の予定配置図を思い出しながら、できるだけ人に出会わないルートを辿る。先程の大広間の騒ぎで近くに配置されている警護の騎士は、この付近からは移動しているようだ。
後宮の入り口には必ず警護の騎士が配置されている。そこは、職場内に入るだけなので誰何されることはないだろう。
できるだけ最短ルートを辿る。
巡回している警護の騎士をやり過ごしながら、誰に出会うことなく、後宮の扉をくぐり東の最奥をめざす。
毎日使っている廊下が嫌に長く感じた。今日の祝典には両陛下も参加されていたから、同道している者も多いだろうし、用のないものは暇を得て後宮内にはいないだろう。
普段以上に静まり返っている、第一王子の居室。ここの侍女たちも最低人数を除いて午後から半休を与えていた。
音を立てず部屋に侵入すると、残って殿下の身の回りの準備をしていた侍女が、随分と早く先ぶれなく戻ってきた我々に驚いていた。
居間を素通りして、寝室へ。主人の居なかった部屋には明かりが入ってはいない。天井に設置されているライトの魔導具につながっている、魔導口に魔力を流そうとした侍女を手で制して、部屋から出るように合図を送る。
少し息が上がったままのリフルが、慌てて寝台を整える。
大人でも数人寝ることができそうな大きな寝台は、殿下に全くそぐわない大きさだ。天蓋には鏡まで付いている。
つまり、子供の為に用意されたものではないということだ。この寝室も居間にある家具全て、子供用の大きさのものは一つもない。
この国の第一王子である殿下に対して、準備されたのは生まれる前に用意された、赤子の時に使用するものだけで、いくら標準よりお小さいとしても、3歳になれば使えるものではなかった。
殿下のご様子に疑問がもたれるようになった、2歳過ぎには、後宮の中央部分、王妃の間の近くから、東の一番端、何代か前の王の側妃のために用意された部屋に追いやられたのだった。
そんな、きれいには保たれているが、装飾が少し古臭く派手な寝台にゆっくりと殿下を横たえる。
私の上着に包まれていた殿下の姿が、露になると、初めて今の姿を目にしたリフルが、息をのんだ。
そう、薄暗いこの寝室の中でも、輝く金髪を確認することができるからだ。
「殿下は……」
泣きそうな顔、いやもう目じりから涙が滲んでいる。晴れやかな日のはずが、何か異常事態が起きたことはわかるものの、それが何であるかわからず、何の説明もないまま戻ってきて、祝福の言葉を掛けるはずであった幼き主人は目を閉じたままピクリとも動いていない。
殿下の体の下に敷かれる形になった自分の上着をゆっくりと引き抜く、その時になってはじめて、腰に下げた小振りの儀礼刀を、外すことなく一緒に包んで運んできたことに気が付いた。
今日のために作った、軍服に似た礼服を丁寧に脱がしながら、身体にあざなどできていないか確かめる。
殿下を襲った白光は、建物にはまったく損傷を与えていなかった。言うなれば、生き物のみに影響を与える治癒魔法を非常に強力にしたものではあるまいか。
考えながらも手は動かしている。硬い生地で作られている礼服から寝間着に着替えさせてゆく。
リフルは、殿下の着ていたしわになってしまった礼服を、宝石を扱うように優しく受け取るとクローゼットにかけに行く。
「リフル殿下に何があったか今はまだわからない。つまり、誰が敵か味方がわからないということだ。しばらくは最悪私と二人だけで殿下のお世話をすることとなる」
リフルは神妙な顔で私の話を聞いている。
「殿下にお怪我はないのですね」
殿下の身体を確かめながら着せ替え終り、上掛けをかけたのを見てリフルが、おずおずと聞いてくる。
殿下の姿が気になるだろうに,自身の欲求を抑えてまず第一に殿下のお体の具合を聞いてきた、リフルのその成長を嬉しく感じた。
「表面的な怪我は見受けられない、あれは攻撃魔法ではないだろうからな」
殿下が襲撃された場面を見ていないリフルには、通じていないだろうが、自分の考えをもう一度整理する為にも、敢えて声に出して状況を思い返す。
「直撃を受けられたのは主に殿下であったが、周りにいたものに全くあの光がかからなかった訳でない。事実私もあの光を浴びている。しかし、熱くも冷たくも感じなかった、ただ非常にまぶしかっただけだ」
何しろ、あそこではどのような攻撃魔法も使えないはずなのだ。
「白い光、熱も感じない、痛みも感じない……光の治癒魔法。しかし……」
あの直後にも感じたが、私の知る限り、あれは光の治癒魔法に非常によく似たなにかとしか考えられない。
「治癒魔法で攻撃?できるものなのか?しかし、実際殿下は倒れられ、今も意識が戻られない……」
やはり、薬も過ぎれば毒になるということなのか……?
専門的な医学知識までは納めていないので、これ以上のことはわからない。
殿下のこの外見はまだ誰にも、特に陛下たちに知られると面倒くさいことになりそうなので、侍医に見せるにしても慎重にことを運ばなければならない。
だから今日ほど、いつもないがしろにされていたことに感謝することはないだろう。
なんといっても、殿下付きの侍医が、目も耳も使い物にならないようになりつつある、よく言えばとても老練な侍医であったのだから。
今日の警護の予定配置図を思い出しながら、できるだけ人に出会わないルートを辿る。先程の大広間の騒ぎで近くに配置されている警護の騎士は、この付近からは移動しているようだ。
後宮の入り口には必ず警護の騎士が配置されている。そこは、職場内に入るだけなので誰何されることはないだろう。
できるだけ最短ルートを辿る。
巡回している警護の騎士をやり過ごしながら、誰に出会うことなく、後宮の扉をくぐり東の最奥をめざす。
毎日使っている廊下が嫌に長く感じた。今日の祝典には両陛下も参加されていたから、同道している者も多いだろうし、用のないものは暇を得て後宮内にはいないだろう。
普段以上に静まり返っている、第一王子の居室。ここの侍女たちも最低人数を除いて午後から半休を与えていた。
音を立てず部屋に侵入すると、残って殿下の身の回りの準備をしていた侍女が、随分と早く先ぶれなく戻ってきた我々に驚いていた。
居間を素通りして、寝室へ。主人の居なかった部屋には明かりが入ってはいない。天井に設置されているライトの魔導具につながっている、魔導口に魔力を流そうとした侍女を手で制して、部屋から出るように合図を送る。
少し息が上がったままのリフルが、慌てて寝台を整える。
大人でも数人寝ることができそうな大きな寝台は、殿下に全くそぐわない大きさだ。天蓋には鏡まで付いている。
つまり、子供の為に用意されたものではないということだ。この寝室も居間にある家具全て、子供用の大きさのものは一つもない。
この国の第一王子である殿下に対して、準備されたのは生まれる前に用意された、赤子の時に使用するものだけで、いくら標準よりお小さいとしても、3歳になれば使えるものではなかった。
殿下のご様子に疑問がもたれるようになった、2歳過ぎには、後宮の中央部分、王妃の間の近くから、東の一番端、何代か前の王の側妃のために用意された部屋に追いやられたのだった。
そんな、きれいには保たれているが、装飾が少し古臭く派手な寝台にゆっくりと殿下を横たえる。
私の上着に包まれていた殿下の姿が、露になると、初めて今の姿を目にしたリフルが、息をのんだ。
そう、薄暗いこの寝室の中でも、輝く金髪を確認することができるからだ。
「殿下は……」
泣きそうな顔、いやもう目じりから涙が滲んでいる。晴れやかな日のはずが、何か異常事態が起きたことはわかるものの、それが何であるかわからず、何の説明もないまま戻ってきて、祝福の言葉を掛けるはずであった幼き主人は目を閉じたままピクリとも動いていない。
殿下の体の下に敷かれる形になった自分の上着をゆっくりと引き抜く、その時になってはじめて、腰に下げた小振りの儀礼刀を、外すことなく一緒に包んで運んできたことに気が付いた。
今日のために作った、軍服に似た礼服を丁寧に脱がしながら、身体にあざなどできていないか確かめる。
殿下を襲った白光は、建物にはまったく損傷を与えていなかった。言うなれば、生き物のみに影響を与える治癒魔法を非常に強力にしたものではあるまいか。
考えながらも手は動かしている。硬い生地で作られている礼服から寝間着に着替えさせてゆく。
リフルは、殿下の着ていたしわになってしまった礼服を、宝石を扱うように優しく受け取るとクローゼットにかけに行く。
「リフル殿下に何があったか今はまだわからない。つまり、誰が敵か味方がわからないということだ。しばらくは最悪私と二人だけで殿下のお世話をすることとなる」
リフルは神妙な顔で私の話を聞いている。
「殿下にお怪我はないのですね」
殿下の身体を確かめながら着せ替え終り、上掛けをかけたのを見てリフルが、おずおずと聞いてくる。
殿下の姿が気になるだろうに,自身の欲求を抑えてまず第一に殿下のお体の具合を聞いてきた、リフルのその成長を嬉しく感じた。
「表面的な怪我は見受けられない、あれは攻撃魔法ではないだろうからな」
殿下が襲撃された場面を見ていないリフルには、通じていないだろうが、自分の考えをもう一度整理する為にも、敢えて声に出して状況を思い返す。
「直撃を受けられたのは主に殿下であったが、周りにいたものに全くあの光がかからなかった訳でない。事実私もあの光を浴びている。しかし、熱くも冷たくも感じなかった、ただ非常にまぶしかっただけだ」
何しろ、あそこではどのような攻撃魔法も使えないはずなのだ。
「白い光、熱も感じない、痛みも感じない……光の治癒魔法。しかし……」
あの直後にも感じたが、私の知る限り、あれは光の治癒魔法に非常によく似たなにかとしか考えられない。
「治癒魔法で攻撃?できるものなのか?しかし、実際殿下は倒れられ、今も意識が戻られない……」
やはり、薬も過ぎれば毒になるということなのか……?
専門的な医学知識までは納めていないので、これ以上のことはわからない。
殿下のこの外見はまだ誰にも、特に陛下たちに知られると面倒くさいことになりそうなので、侍医に見せるにしても慎重にことを運ばなければならない。
だから今日ほど、いつもないがしろにされていたことに感謝することはないだろう。
なんといっても、殿下付きの侍医が、目も耳も使い物にならないようになりつつある、よく言えばとても老練な侍医であったのだから。
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