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第十九章✪絶対に貫く
絶対に貫く
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ソイーヌが亜紀の部屋の扉が開いているのに気付いたのは、午後になってからだった。
「―――なにか言いなさいよ…!!!」
部屋の中から聞こえる女の罵倒を聞いて、興味がてら部屋を覗く。
「黙ってんじゃないわよ!
うんとかすんとか、言ったらどうなのよ!!!!!」
メルヘンチックな部屋の中では、みねがベッドに座る亜紀に喧嘩を売っている。
「こんなところで、なにをしているの?」
ソイーヌが声をかけると、みねは驚きもせず、ソイーヌにガンを飛ばす。
「なによ…?私を止める気なの!?
そんなことしたって、私はこの女を殺してやる気は変わらないわよ!!!!」
みねの手には短剣が握られていた。
今まさに、亜紀を殺そうとしているのか。
「‥‥止めないわ。殺すなら殺してちょうだいな」
好都合だ。亜紀が目障りなのだから。
ソイーヌに背中を押されて、みねはより強気で亜紀の前に立ちはだかる。
「あんたを殺せって、クラーザさんに頼まれたのよ!
嘘じゃないわ!クラーザさんったら、苦しそうに早く殺せ殺せって、この私に何度も頼んだんだから!!」
そんな言葉にも、亜紀は顔色一つ変えやしない。
心ここに在らず…とでもいうのか、少し先に視線を落とし、みねの言葉など聞いていなかった。
「聞いてんの!?嘘じゃないんだからね!!
あんたのせいで、クラーザさんは死ぬ思いでそう私にせがんできたんだから!!」
張り合いのない亜紀に、みねはわなわなとうち震えている。
「だから、なんだっていうのよ。
ごたくはいいから、早く殺すなら殺せば?
そのうち、誰かが来てしまうわ」
ソイーヌが、みねの虚勢のわりには弱気な行動に叱咤する。
「なによっ!!!!!私には、私のやり方があるのよ!
黙っててよ!!!!!」
「あんたのやり方ってどんなのよ?
結局、ウジウジして何も出来ないじゃない」
カッチーンと音をたてて、みねが切れる。
ソイーヌの目の前に移動する。
背が高いソイーヌとみねとでは、モデルと幼児のように格差がある。
「私は馬鹿みたいに人殺しするのが趣味じゃないのよ!
こいつには、充分わからせて謝らせてから消えてもらいたいのよ!」
「あんたの口癖って『なによなによ~』ってそればっかね。
裏切り者の臆病者」
今度はブチッと、血管でも切れそうな顔つき。
「なによっ!!!!!!!!」
「ほらね」
「美人だって言われてるか知らないけど、その姿は偽りなんでしょ!!本性現しなさいよ!
どんな馬顔が出てくるか楽しみだわよ!!」
みねの怒りの矛先は、いつでもコロコロと変わる。
「あんたも少しくらいは、その能面のような見苦しい顔面をなおしたら?土台がそんなんじゃ、ムダだろうけど」
ほほほほっと高笑いするソイーヌ。
ちっとも悔しがる様子が見られない。
「‥‥‥‥」
ガミガミ煩いみねでも、次の言葉が出てこなかった。
ふと、亜紀に視線を向ける。
相変わらず、時が止まったかのような状態。
「んふふふふ。ブスは損よね」
美しいソイーヌと亜紀、そうでないみね、
どうしてもこの場に居たくなくなる雰囲気が漂う。
「‥なによぉ…!お高く止まっちゃって、性格ブス!」
「内面も外見もドブスのあんたに言われたって、ひがみにしか聞こえないわ。ああ…可哀想。
世の中、それだけのブスも、美人の数より少ないんじゃないかしら?」
ソイーヌは美貌の話になると、口が止まらなかった。
ブスを痛め付けたくてたまらない。
そして、自分は美人だと、ますます自覚したい。
「ひどいわっ…!!!」
みねは最後の鉄拳パンチを食らい、うわぁ!!と叫び、部屋を飛び出ていった。
「あはははは!可笑しい人!」
ソイーヌは軍配が上がり高揚した。
そして、残った亜紀を見つめた。
この女と私じゃ、どっちが美しいのかしら…
世の中の男に聞いてみたい。
そして、勝ちたい。
「ねぇ?そのだんまり、いつまで続けるつもり?」
ソイーヌがコツコツと靴を鳴らして近付き、ベッドの端に足を組んで腰かける。
生足がちらつき、妖艶な美しさを放つ。
蛇威丸に言われたことなんて、もうどうでもいい。
こんなに私は美しいではないか。
こんなポーズをして、様になる女などそういない。
ソイーヌは遠くにある鏡を覗いて、自分の姿を確認した。
「そのまま化石になってしまう気?」
ふふふと口に手の甲をあてて、微少する。
その姿は、姫というより、妖艶な魔女だ。
すると、亜紀はすっと視線をソイーヌによこした。
「玉石…返して」
「えっ…」
「蛇威丸には言ってないんでしょ?‥‥返して」
亜紀は決してボケてなどいなかった。
ソイーヌは長いまつ毛をフサフサとさせて、怪しく微笑む。
「それは、一丁前に私を脅してるのかしら?
王に黙ってるから、玉石を渡せと?」
スーッと亜紀の白い顔に人指し指で触れる。
ソイーヌもまた、亜紀と同じ白い美しい顔をしている。
「返して…」
亜紀は一直線にその言葉しか言わない。
ソイーヌは何を言っても、亜紀は聞かないと思い、新たなことを思い付く。
「ただで渡せると思って?
交換条件って言葉を知ってるわね?」
亜紀は布団から起き上がったままの状態でいる。
足元は布団の中に入ったまま。
「蛇威丸にも…誰にも言わない」
「そんなの釣り合わないわ。
例え、誰かに玉石を持っていることを知られても『渡そうと思ってた』で済む話だもの。
蛇威丸は裏切りだとか何とか言うかもしれないけど、すぐに差し出せばおさまることだわ」
とくに玉石に興味はない。
だが、蛇威丸やディアマにとっては貴重な物だと知っている。
そう簡単に切り札を渡すわけにはいかない。
「早く返して…」
今度は亜紀が、ソイーヌのドレスに手をかけた。
ソイーヌを逃がさぬよう、しっかりと捕まえているつもりだろうか。
「だったら、妖魔女をやめてくれる?
妖魔女は私一人で充分なのよ」
「‥‥どうやって、やめられるの?」
やめられるものなら、一刻も早くやめてしまい。
その方法があるなら、是が非でも知りたい。
亜紀の曇っていた瞳に光が灯る。
「この黒髪、気に入らないのよ」
ソイーヌが頬に触れていた人指し指を、そのまま髪におとす。
亜紀の右横の髪を引っ張り、亜紀に首を傾げて笑う。
なんともいえない、異様な雰囲気。
美しい女がベッドに二人。
至近距離で見つめ合い、間違えば愛の営みが始まりそうだ。
「‥‥」
亜紀はしばらく驚いた顔をしたまま、ソイーヌの笑う顔をじっと見つめた。
亜紀の瞳は大きくて、吸い込まれそうなほど綺麗であった。
ソイーヌもまた負けぬくらい、流し目で誘惑しているように見つめ返す。
「切れば気に入るなら…いくらでも」
亜紀は髪に執着せず、ソイーヌの思いのままにすればいいと答える。
「あらそう?じゃあ、遠慮なく切らせてもらうわね」
ソイーヌは視線をそらさず、右手で腰にぶら下がるナイフのような短剣を抜いた。
亜紀は全く抵抗しないので、ぎゅっと髪を握って躊躇いもなく切り落とす!
ジャキッ…!
この世界に迷いこんだ時は肩につくかつかないかの長さだった髪は、いつの間にか少し伸びていた。
だが、今まさに、その髪は切り落とされた。
「これじゃ‥まだ目立つわ」
ジャキッ…!
ジャキッ…!
ジャキッ…!
ソイーヌは優しい手つきで、大胆な程に髪を切り裂いた。
「‥‥‥」
亜紀は落ちてゆく髪に目もくれず、視線をそらさないソイーヌの漆黒の瞳を見続けた。
―――――――ジャキン‥‥!
「うふふ。サッパリしていい感じね」
ソイーヌはご満悦の様子。
可愛い子供に触れるように、亜紀の顔を撫で回す。
「これで‥‥いいの?」
亜紀はその手を振り払わずに玉石を待った。
ソイーヌはにっこりと笑い、亜紀の頬に唇を押し当てた。
軽いキス。
「とってもよく似合うわ」
ざわつく亜紀の顔を確認して、ソイーヌはまた微笑みながら、今度は甘い撫で声で答える。
「―――でも、ごめんね‥
やっぱり髪だけじゃまだ妖魔女だわ」
愛する男にするように素早くウィンクすると、呆気なくソイーヌは部屋を出ていこうとした。
「あっ…」
亜紀は慌てて、ソイーヌを掴もうとした。
だが、ソイーヌはするりとかわしていく。
「玉石を返して…!」
亜紀は布団に両手をつき、ソイーヌに呼び掛ける。
しかし、ソイーヌは振り向かずに呟いた。
「交換条件は満たされていないでしょう?」
ソイーヌはツンと顎を上げて、部屋から出ていった。
ガチャンと施錠の音が聞こえる。
ガチャン…
「――――」
亜紀はすっかりと肩を落としてしまい、そっと切られた髪に触れた。
玉石を返してもらえなかったことも残念だが、もうひとつ、妖魔女をやめられないことも引っ掛かった。
やはり、妖魔女は妖魔女でしかない。
いくら願っても、その事実は変わらない。
嵐の夜。
大型の台風が死骸国のすぐ近くに迫っていた。
降りやまない雨。
吹き乱れる暴風。
民達は、各々、家を強化して台風に備えた。
十耶は二・三日ほど国を離れていた。
台風を連れて帰ってくる。
そして、二・三日ぶりに亜紀の部屋に入った。
まだ亜紀は眠っておらず、部屋には明かりがついている。
だが元々、亜紀は部屋の明かりを消すことをしなかった。
夜は眠らない。
「‥‥‥」
蛇威丸が夜這いをしにくるのじゃないかと、身構えているのだ。
過去にそんなことがあったからだ。
ギィィ…
静かに部屋の扉が開かれる。
十耶は亜紀の所定位置となったベッドに近付き、レースのカーテンをめくった。
「えっ…」
亜紀の髪を見て、十耶は一声あげてしまう。
だが、同時に亜紀も。
「なんで…」
十耶によって持ち運ばれた物を見て、驚きの顔を隠せなかった。
十耶の手にはこの世界の物ではない物。
「どうしてそれを…」
亜紀がこんなにも話すのは久しぶりだった。
驚きで黙っていられなくなり、十耶に訳を聞く。
十耶は無造作に亜紀のトランクを目の前に置いた。
「中が気になっただけだ」
十耶はクラーザに居場所を聞いて、探しに出かけていた。
宿を見つけると、宿主はあっさりとそのトランクを十耶に渡してくれたのだ。
亜紀の相棒ともいえるトランク。
亜紀は懐かしそうに、それを見つめ、ゆっくりとトランクの表面を撫でた。
「アタシに‥くれるの?」
「お前の物だろ」
亜紀は愛おしそうに抱えて、トランクを開ける。
中からは、この世界に戻って来るときに、必要と思って詰め込んだ物が入っていた。
石鹸やボトルごと入れたシャンプーリンス。
動きやすい服やスニーカー。
いつかのグラベンにつけてやった髪を明るく染める市販のヘアカラー剤のから箱。
十耶も珍しそうに、その品々を物色する。
「これはなんだ?」
十耶が手に取った物は、カップラーメンだった。
「これは…手軽に食べれる『ラーメン』
これも食べれる『ガム』」
亜紀はガムの封を開け、ひとつ十耶に渡した。
十耶は食べはしないが、それを受け取り、四方八方から眺め回した。
トランクをまさぐったアコスのように、歓喜の声はあげないが、十耶は興味津々にそれらから目を離さない。
亜紀が好んでいる調味料なんかも入っている。
それから、クラーザに見せようと思っていた写真を綴ったアルバムなんかも入っている。
急いで買いにいったライターや美容器具なんかも。
お気に入りのアクセサリーや香水。
何故か、トランプやスゴロクなんかも、トランクに一杯になるのを押し込んで入れてあった。
いざ、なにを詰めようかと悩むとなかなか答えは出てこないものだった。
「これは?」
十耶は小さな小箱を手に取った。
亜紀はそれを見て、あることを思い付く。
「‥‥‥」
それは、カラーコンタクト。
亜紀は余分に持ってきた化粧道具を手に取った。
そこには、色の濃いめのファンデーションも入っている。
そうだ…!
亜紀は手をおいて、十耶に頭を下げる。
「お願い‥女の人に会わせて。
妖魔女の姿をしている、あなたの仲間のあの女の人に」
「ソイーヌのことか?」
「‥‥」
亜紀は名を知らなかったが、うんと頷いた。
翌日の朝、十耶は急いで蛇威丸のいる王座の間に駆けつけた。
そこには、アダやソイーヌ、ペケや慶馬の姿もあった。
「王…!」
十耶は血相抱えて、皆の前にたどり着く。
十耶の物々しい雰囲気に、皆の視線が集中する。
「なんだ」
蛇威丸も食い入るように十耶を見つめた。
なにかあった様子。
「早く来てくれ!」
十耶に急かされて、蛇威丸と騎士団たちは十耶の言うように亜紀の部屋に向かった。
蛇威丸が亜紀に会うのは、老婆の村以降、久々である。
「どういうことだ!?」
亜紀の姿を見て、蛇威丸は興奮ぎみに大声を出した。
「‥‥‥」
亜紀はやはりいつものように、ベッドの上で心ここに在らずの無言。
カタッ…!
蛇威丸はすぐに亜紀の元に駆け寄り、亜紀の肩に手をおく。
「なんてことだ…」
亜紀の姿が激変していた。
色黒い肌に、茶色い瞳。
バサバサに切られた髪は、坊主とまではいかないが、色の判別出来ないくらいに短くなっていた。
痩せこけた亜紀が、まるで田舎者の少年のように見える。
「どうして、こんなことになった?
なにかあったのか?アキ…一体なにがあったんだ?」
蛇威丸は震える手で、亜紀の頭に触り、惨めなくらい短い髪に悲しんでいるようだった。
「‥‥‥」
亜紀は無視して、知らぬ顔をしている。
蛇威丸の言葉も心に届いていない。
「昨晩…見たときは髪が既にこうなっていた。
今朝は目の色も肌の色も…」
十耶も驚きを隠せなかった。
一体なにが起きたのか。
ペケはぶっと吹き出し笑い、指をさす。
「がはははは!こりゃ傑作だ!
一夜にして、姫さまから一般庶民に早変わりだ!」
美しかった亜紀の姿はもうない。
「妖魔女じゃなくなったということですか?」
慶馬が口にすると、蛇威丸は頭を抱えてうずくまった。
「そのようね…」
ソイーヌはうふふと笑う。
十耶は昨晩、ソイーヌに亜紀に会うように話したが、それ以降、亜紀を見ていない。
ソイーヌの仕業か?
「すっかり頬もこけてしまって、これじゃあまるで男みたいだな!がはははは!」
メルヘンチックな部屋が似合わない。
亜紀のその姿は、この部屋では浮きすぎている。
「アキ!なにがあったんだ?
答えてくれ!!一体、今朝までになにがあったというんだ!
アキ!アキ…!アキ…!!!」
蛇威丸の取り乱しといったら尋常でない。
余程、亜紀の変貌にショックだったのだろう。
茶化していたペケまでもが大人しくなる。
「‥‥」
亜紀はふと、蛇威丸に視線をよこした。
「アキ!」
蛇威丸は亜紀が返事を返してくれるものと思い、また強く亜紀の肩を揺する。
「蛇威丸‥‥」
亜紀の小さな小さな声。
その声を聞きのがさぬよう、蛇威丸は耳を近付けた。
「なんだ!?」
亜紀の呆然とした表情。
カサカサにひび割れた唇が少しずつ動き出す。
「‥‥クラーザに会わせて」
「――――」
蛇威丸は耳を近付けたまま、動かなくなった。
ようやく言葉を口にしたと思えば、憎きクラーザの名前。
「クラーザに…会わせて」
悪気ない瞳。
素直な気持ちをストレートに伝えてくる。
蛇威丸が傷付くことを知ってか知らずにか。
「それは…」
出来ない。
と、言ってしまえば、また亜紀は殻にとじ込もって黙ってしまうのではないかと、言い出せなかった。
「クラーザに会わせて‥」
「‥‥‥」
今度は蛇威丸が黙ってしまう。
うつ向いて、顔をあげられなくなる。
すると、その状況を悟った慶馬が前に進み出た。
「それは出来ませんよ。
あなた方は我々に捕まっているのです。
人質同士を対面させるなど出来ませんよ」
亜紀は慶馬に振り向かず、蛇威丸の返事を待っていた。
蛇威丸がそっと亜紀の顔を盗み見ようとすると、じっと返事を待つ亜紀の視線とぶつかる。
「‥‥‥」
今度は十耶がベッドの近くに寄ってくる。
「王、一度ベルカイヌンと妖魔女を会わせてみたらどうだろうか?
こんな姿の妖魔女を見たら、ベルカイヌンも気持ちが変わるかもしれない」
すると同じく、ペケが前に進み出る。
「何言ってんだ?バカ野郎。
妖魔女が妖魔女じゃなくなったんだ。
覚醒者のベルカイヌンには好都合じゃねぇか」
「ベルカイヌンはこの子を殺せと言ったそうよ。
正気を失ってるんだから、もう会わせても、構わないんじゃないかしら?」
ソイーヌが不適な笑みを溢していた。
蛇威丸が、その言葉に敏感に反応する。
「そんなこと、誰が言った?」
「あの、みねとかいう愚かな女よ。
ベルカイヌンに何度も殺せ殺せって頼まれたって言っていたわ」
ソイーヌに便乗して、十耶も頷いた。
「確かに…ビマーラも見たと言っていた。
狂ったように、妖魔女を早く殺せと叫んでいたと」
「――――」
蛇威丸は亜紀の視線を横目で反らしながら考えた。
どうする?
クラーザはもう数日後には処刑することに決めた。
亜紀に最後に会わせても支障はないだろうか。
狂って我を忘れているクラーザに会わせれば、亜紀はショックを受けて怒るのではないか。
それとも、そんなクラーザに幻滅してくれるだろうか。
それとも…
亜紀のこのみすぼらしい姿を見て、クラーザは亜紀に幻滅するかもしれない。
どうする……?
「鉄柵越しで会わせて満足するなら、それでもいいかもな。
こんな辛気くさく、いつまでも引きこもられてちゃ面倒だしな」
ペケがそんなことを呟いた。
確かにクラーザを処刑してから、いつまでもこんなんでは困る。
条件を突きつけて、会わせてみるか…
「わかった…」
蛇威丸は亜紀に頷いた。
それから『ただし条件がある』と続けた。
「この俺の妃になれ」
亜紀は十耶に運ばれて、クラーザの監禁されている地下13階に降りて行く。
カツン…カツン…カツン…
冷たく寒気が走る階段。
階段を降りれば降りていくほど、暗くなっていく。
カツン…カツン…
ペケ、慶馬が先頭に、
蛇威丸のすぐ後ろを亜紀を連れた十耶が連なった。
後方からは、ソイーヌとアダが続いた。
タンタタタン~♪タタタタ~♪
けたたましく音楽が聞こえてきた。
ビマーラがまた音楽をつけている。
カツン…カツン…
「音を止めろ。うるせぇ…」
蛇威丸が慶馬に指示すると、慶馬は先を急ぎ、クラーザと同じく牢獄の中に居座っているビマーラに音楽を止めさせた。
「――ここだ」
十耶はそっと亜紀に囁くと、亜紀を下ろす。
亜紀はゆっくりと地に足をつけて、動かない足をゆっくりとほんの少しずつ歩かせた。
「………」
亜紀は蛇威丸の横を通り過ぎ、ペケと慶馬の前に出る。
ゆっくりとゆっくりと…
「ぁっ――――!」
そこには、仰向けで倒れているクラーザの姿があった。
カシャン…!
亜紀は鉄柵に手をかけ、しゃがみこむ。
「……クラーザ…!」
小さな亜紀の声は届かず、クラーザは微動だにしない。
その様子を、蛇威丸はじめ騎士団の全員が静かに見つめていた。
鉄柵に拒まれながら、亜紀はクラーザに向かって手を伸ばす。
届かない手は、諦めずに伸ばし続けられた。
「クラーザ…クラーザ……!」
亜紀のすすり泣くような声。
手が足が、全身が震えていた。
「―――様子はどうだ?」
蛇威丸が中のビマーラに問う。
すると、ビマーラは椅子から立ち上がり、蛇威丸のいるであろう方向に顔を向けた。
「アコスが死んだ。自ら自害していた」
その唐突な報告に、亜紀は肩を落とした。
それを後ろから見ていた蛇威丸は、見ないふりをして続ける。
「――それで?遺体はどこだ?」
「臭うから処理した。書き残しもある」
ビマーラはどこからか紙一枚を取りだし、鉄柵の中からそれを差し出した。
目の前の慶馬が受け取る。
「妖魔女へのメッセージですね…」
ちらっと読んだ慶馬が呟く。
亜紀はクラーザに向かって手を伸ばしたまま、頭を垂れていた。
「読め」
蛇威丸の命令。
「あきへ。心配するなよ。
まだ何も終わっちゃいない。――――以上です」
たった少しの書き残し。
慶馬はそのメモをビマーラに返した。
「死んだ奴の言うことかぁ?」
ペケはその矛盾している文章に鼻で笑う。
死んだら終了だろ…と、にやける。
「―――――」
「―――――」
「―――――」
いつまでも、起き上がらないクラーザに手を伸ばし続ける亜紀の様子を、皆が見ている。
「クラーザ!…クラーザ…!」
亜紀の悲痛な叫び。
嘆くその姿に『もう終わりだ』と蛇威丸はなかなか声をかけづらくなる。
こんなんだったら、やはり会わせるべきではなかった。
亜紀は蛇威丸を責めるわけでなく、ずっと鉄柵にへばりつき、クラーザを求めている。
「………」
十耶もなぜか胸が苦しくなった。
あんなに表情のなかった亜紀が、クラーザの前で泣き崩れている。
「クラーザ…!」
ググ…
すると、クラーザの手が動いた。
ゆっくりと体が動き出す。
「――クラーザ…!!!!」
亜紀の手は力を帯びて、クラーザの方へとますます伸びた。
「あ…き…なのか」
クラーザは横たわったまま、顔を上げた。
血のついた口が、亜紀の名を吐く。
亜紀は目に涙をため、何度も頷く。
クラーザは一瞬、亜紀のその姿に誰か判別ができない程だった。
ズズ…ズズ…
クラーザは手で体を引きづり、鉄柵に近付いてきた。
「あぁ…クラーザ…!」
亜紀の伸ばした手に、クラーザの手が重なる。
二人は座ったまま、鉄柵越しに触れあった。
クラーザが顔を近付けると、亜紀も鉄柵に顔をつけて寄り添った。
「あき…無事か…?この髪、どうしたんだ…」
クラーザは亜紀の頭に触れ、短すぎる髪に心底心配していた。
優しい…大きな手。
懐かしい…優しい手。
「大丈夫…アタシは大丈夫だよ…」
亜紀は頭を撫でるクラーザの手に、自分の手を重ねる。
そして、もう片方の手で、クラーザの頬に触れた。
綺麗な顔。
切れ長の紅い眼。
大好きなクラーザ。
血に汚れても、クラーザは亜紀の愛するクラーザのままだった。
「クラーザ…死んじゃ嫌だよ…
アタシを置いて、死んじゃ嫌だよ」
クラーザも両手で亜紀の頬に触れた。
溢れる涙を脱ぐいもせず、亜紀の顔をしっかりと眼に焼き付ける。
「大丈夫だ。俺のことは何も心配…いらない」
亜紀の顔を何度も何度も、クラーザは愛おしそうに触れる。
鉄柵がなければ、抱き締めたい。
「クラーザ…愛してる…
あなたが好き、あなたじゃなきゃダメなの…」
亜紀はクラーザの頬や首や髪に触れる。
暖かいクラーザの温もりが、こんなにも愛おしくて切ない。
「俺もだ、あき」
クラーザは亜紀の首に手を回して、鉄柵越しから唇を重ねてきた。
「………」
亜紀もクラーザの耳に手をやり、熱い口付けを交わす。
何度も何度も。
「――――」
血の味がするキス。
だが、そんなこと構わなかった。
クラーザの手が亜紀の手をまさぐり、亜紀は答えるように手をつなぐ。
何度も深く唇を重ねる二人を、蛇威丸は憎らしそうに睨んでいた。
「ちっ…」
しかし、止めることが出来ない。
ショックなのか、身動きが取れなくなる自分の体が怨めしい。
それほどまでに、自分が落ち込んでしまうのかと呆れてしまう。
「……」
そんな蛇威丸を、ソイーヌはそっと見ていた。
「あき…」
唇が離れると、クラーザはまだ口付けを求めてくる亜紀に問いかけた。
「なにがあっても…あき、俺を信じろ」
「クラーザ…」
亜紀はまた唇を重ねた。
そして、すぐ離れる。
「なにか…考えがあるの?大丈夫なの…?」
こんな状況を見ても、大丈夫だとは到底思えなかった。
クラーザのくたびれた姿を見てもそうだ。
「お前を…必ず守る」
クラーザの言葉は信じることが出来た。
すっ…と素直に心に響く。
だが、亜紀は首を横に振った。
「ダメ…!そんなこと言って、クラーザ、アタシに嘘つく。
クラーザも生きていなきゃダメなの…!
もう、死ぬのを見るのは絶対にイヤ!」
前に、必ず迎えに来ると言って別れたクラーザは、亜紀を守るために死んでいた。
それの二の舞になるのではないかと、亜紀は疑わないわけにはいかない。
あっさりクラーザの言葉を信用してしまう自分を戒めなければ、またあの時と同じようになってしまう。
「クラーザ…あのね…あのね…」
亜紀は涙を溢しながら、クラーザを説得するかのように話始めた。
「アタシ…赤ちゃんを産んだの。クラーザの子供なんだよ…」
クラーザは初めて見せる『えっ?』と驚いた顔をする。
しかし、驚いているのはクラーザだけじゃない。
その場の誰もが、亜紀の爆弾告白に動揺した。
「可愛い男の子なの…
今は…イルドナさんがどこか遠い場所で命をかけて守ってくれてる」
「………」
言葉を失うクラーザ。
淡々と話続ける亜紀。
人生でこんなに驚かされたのは、二度目かもしれない。
一度目は、亜紀の妊娠を知らされた時だ。
「クラーザとアタシの赤ちゃんなんだよ…」
だからお願い、死んじゃ嫌だ…!
という言葉を遮って、クラーザは亜紀の顔を引き、オデコを合わせた。
「そうだったのか…
一人にしてしまって…本当にすまなかった…」
クラーザは強く目を閉じていた。
感極まっているようで、言葉を何度も詰まらせていた。
「大丈夫…イルドナさんも、クラーザの赤ちゃんもずっと一緒だったんだもの。一人じゃなかったよ…」
「あき…」
グイッッッ!!!!!!
急に、亜紀はクラーザから身を引き離された。
「きゃっ!クラーザ…!!!!」
亜紀の体を蛇威丸が無理に抱き上げた。
「―――!」
クラーザも一気に立ち上がる。
「ここまでだ!俺様の寛大な心に感謝しろ!ベルカイヌン!!」
蛇威丸は亜紀を肩にかつぎ上げ、クラーザに睨みをきかせた。
「だがな…!!!!!!!即刻、子供を探しだして殺す!
その次にお前だ!お前はなぶり殺してやる!!!!!!
亜紀は特別に、俺の妃にしてやる約束なんでな。
亜紀には、俺の後継者をたくさん産ませてやるから、地獄で感謝しな!」
あははははと怒り顔で高らかに笑い上げる。
そして、すぐ様、後ろに並ぶ騎士団達に視線を向けた。
「ーーーーおい、お前ら!
たった今から、貴様らの大好きなゲームをしてやる!
こいつの糞ガキを殺した者には、褒美を取らす!
褒美は城だ!好きなだけデカい城を造ってくれてやる!
いいか!!!!!!??ガキは跡形もなくなるぐらいブッ殺せ!!!!!!」
「了解」
「すげぇ褒美!」
「ガキなんか、すぐ殺せるだろ」
「その城、俺が必ずもらう」
「熱くなり過ぎ。ヤルけど」
皆は口々に呟き、ゲーム参加を名乗り出た。
ついでに蛇威丸は、ビマーラにクラーザへの強い仕打ちを命令すると、さっさとその場を去っていった。
「ーーーーーーーーーー」
蛇威丸は大股で早歩きで亜紀を連れ去る。
自分の部屋に入り、幾つにも別れた一室に連れ込んだ。
そこは、一つの明かりだけの真っ暗な寝室。
ドサッ…!
亜紀を高さの低い、大きなウォーターベッドの上に放り投げた。
「いやっ…!クラーザ!!!!」
蛇威丸は嫌がる亜紀の上に股がり、服を脱がそうと取っ組み合う。
すると、後ろからソイーヌが部屋に飛び込んできた。
「ちょっ…!!!急に何をする気!?……正気なの!?
性行為は医者から止められているわ!」
今の亜紀に性行為は禁止されている。
子宮があるなしに関わらず、術後で今は雑菌が入りやすく危険行為になる。
「うるせぇ!!!!気が立っておさまらねんだ!
邪魔するんじゃねぇ!!!!」
蛇威丸は亜紀の胸元の服を引きちぎる。
ビリ…!!!!
「いやっっっ!!!!」
亜紀ははだけてしまう前に胸元を押さえて隠した。
ソイーヌは蛇威丸の腕を力付くで引っ張り、亜紀から引き離す。
「何を考えているのよ!止めなさい!!」
今度はソイーヌと取っ組み合いになる。
蛇威丸はソイーヌを押し倒し、立ったまま見下ろした。
「じゃあ、貴様が脱げよ。俺様の機嫌をとれ」
すると、床の上で蛇威丸はソイーヌに襲いかかった。
「ちょっ…やめて!離してよ!」
ソイーヌは蛇威丸に両腕を掴まれ、仰向けに寝かされる。
タイトなドレスの裾がめくり上がり、太股が露わになる。
「抵抗するじゃねぇ!!!!」
「あぅっ……!」
怒り狂った蛇威丸は、乱暴にソイーヌを殴りながら服を引きちぎる。
ソイーヌも力付くで抵抗するが、いっこうに蛇威丸の力は衰えない。
「やめてぇ!!!!」
ソイーヌの悲鳴。
蛇威丸はソイーヌの首を締めて、自由を奪った。
「淫売婦の分際で、今さら気取ってんじゃねぇぞ!」
バシィィン…!!!!
蛇威丸はソイーヌに平手打ちをする。
ソイーヌの口から血がにじみ出た。
「やっ…!」
ソイーヌの漆黒の美しい髪が、床の上で乱れる。
蛇威丸の手によって、抵抗できなくなる。
ドンッ――――!!!!!!
「うっ…」
いきなり、蛇威丸の顔が歪んだ。
ソイーヌを羽交い締めしていた手の力が緩む。
「………!」
ソイーヌはすぐに蛇威丸の腕から抜けだした。
そして、蛇威丸もソイーヌも後方を見上げる。と、そこには…
「やめてよ…!汚らわしい…!」
大きな花瓶を両手に握った亜紀の姿があった。
亜紀はとっさに花瓶で、蛇威丸の頭を殴ったのだ。
おぼつかない足取りではあるが、ソイーヌの元に駆け寄り、庇うようにしてソイーヌの衣服を押さえる。
「あなた、最低よ…!
自分以外の人を人だと思ってない。最低の人よ…!!」
女が二人、庇いあうように寄り添っている。
蛇威丸は殴られた頭を押さえ、痛そうに目を細めて舌打ちをする。
「俺を騙したな…子供を産んだだと…?
この俺様をなんだと思ってんだ!」
蛇威丸の怒り狂った顔。
蛇に睨まれ、二人は体を凍らせる。
「なぜ、この俺の気持ちが伝わらない!?
この俺の気持ちがなぜ、わからないんだ!!!!」
亜紀にぶつける感情は、素直なまでに正直だった。
高ぶった気持ちが爆発する。
こんなに亜紀を想っているのに。
こんなに必要としているのに。
なぜ、汚らわしいなどと残酷な言葉を簡単に吐くことが出来るんだ!?
目の前でクラーザとの熱烈なキスを見せつけられ、強烈な目眩がして立っていられなくなりそうだった。
今までどれだけ大切に扱い、この気持ちを伝え、優しくしてきたことか。
わかっているはずなのに、なんて残酷なことをするのか。
こうやって、苦しみ傷つける為にやっているのか?
わざとに、そんなことをして、この俺を傷つけたいのか!?
そこまでして、なぜ俺を憎むんだ!?
「お前が俺に…初めから優しくしてくれれば、俺だって、ベルカイヌンをこんなにも憎むことはなかった…!
ベルカイヌンをあんな目にあわせているのも、お前がこの俺を邪険にしているからなんだ!!!!!
俺を暗闇に閉じ込めて逃がそうとしないのは、アキ自身じゃないか!!!!
それが、なぜわからないんだ!!!!」
蛇威丸は決死の面持ちで、亜紀に訴えた。
蛇威丸が亜紀を城に監禁してから会いにいかないのも、亜紀に拒まれて傷つくのを恐れていたからだ。
「俺が…俺のこの姿が人間ではないから、だからいくら傷付けてもいいとそう思ってんだろ…」
気味の悪い姿。
そんなこと、自分だってわかっている。
「やめて…」
亜紀は迷惑そうな顔をしていた。
そんなにも、この言葉は受け入れ難いというのか?
こんなに想いを必死に伝えているのに。
「酷いのは…アキの方じゃないか。
なぜ答えてくれない?
なぜこんなに俺が話しているのに、答えてくれもしないんだ!」
「やめて…!」
亜紀の声が蛇威丸の言葉を掻き消そうとした。
「―――」
蛇威丸は悲しみを訴える目で、亜紀を見つめた。
どうか、この気持ちが通じて欲しい。
だが、亜紀は軽蔑した目を変えなかった。
「被害者ぶるのは…もうやめて」
亜紀の口からは思いもよらない言葉が出てきた。
ソイーヌは亜紀と同じく、乱れたドレスを押さえたまま、その場にいるしかなかった。
「被害者ぶるだと…?」
「そうよ…。
なんでも人のせいにして、被害者ぶっていれば、こんなことしていいと思っているの?」
亜紀はもう絶対に蛇威丸と話をしないと決めていたが、言わなければ気がすまなくなった。
「生まれつきの体のせいにして、
クラーザやアタシのせいにして…自分は悪くないだなんて…」
亜紀は隣にいるソイーヌの二の腕をしっかりと掴んでいた。
それはソイーヌを頼ってではなく、自然とこの状況の中で、恐怖を押し殺す為だ。
ソイーヌを仲間だとは思っていないが、猫の手も借りたいくらいに、誰かに寄り添っていてもらわなければ、蛇威丸が怖くて負けてしまいそうだから。
「あなたは特別なんかじゃない。
あなたみたいな人はいくらでもいる。
自分だけが特別だなんて思わないで…」
「―――」
蛇威丸は亜紀の目を凝視したまま、口をつぐんだ。
「アタシの育った世界にも、あなたのような人が沢山いた。
好きで好きでたまらなくて、でも気持ちが通じないからって、憎くて殺すの。
好きだからって理由をいいことみたいに、朝も夜も関係なく追い回して、しつこく付きまとって、自分の物にならないからって殺してしまうの。
知ってる……?
アタシの世界では、そういう人を『ストーカー』って呼ぶの…」
「この俺が『ストーカー』?」
蛇威丸は亜紀の言葉を繰り返した。
聞いたことのない言葉。
だが、良い言葉でないことは話の流れで誰でもわかる。
「あなたは…子供のまま大人に成長してしまった我慢が出来ない我が儘な人なの。
その姿のせいじゃない。
あなたの性格が問題なのよ…」
いつ怒り狂って、またいつ暴れだすかわからない蛇威丸に、こんなこと言って通じないとは思うが、言い始めたら最後まで言わなければいけない。
「誰にだって、叶わないことはあるの。
でも、だからって手に入らないから壊したり殺すのはいけないことなのよ」
幼稚園児にいうようなことだ。
だが、相手は幼稚園児ではない。
狂暴な加害者だ。
「そんなこと…誰が決めた?
俺は、この俺様の欲しいものは絶対に手に入れる。必ずだ」
蛇威丸が怒っている。
亜紀に強い殺意を向けている。
「アタシはあなたのものには絶対にならない。
いくら素敵な部屋を与えられても、ドレスや食事をいただけても、あなた自身が素敵じゃないから…
我が儘で乱暴で横暴で、
自分勝手で偉そうで、
誰も大切にできなくて、
自分ばっかりが可哀想だなんて妄想してて、人を羨んでばっかりいて…そんな人、好きになれって言う方が無理よ…」
亜紀は話を止めない。
蛇威丸が苛立ちはじめているのは見えているが、ここで止めるわけにはいかない。
「もし…アタシがここであなたの物になるって言ったとしても、あなたはアタシをいつか殺すの」
「そんなハズあるわけないだろう!!!みくびるな!」
蛇威丸は堪えきれずに、亜紀の腕を掴んだ。
亜紀は体をそらせながら、蛇威丸から離れようとする。
「必ずそうなる!
アタシを手に入れたら、今度はアタシの全てを欲しがる。
過去も未来も手に入れないと気に入らなくなる!
クラーザの名前を出した途端、怒り出したり、他の男の人と話したら殴ったり、変えられない過去を思い出しては、アタシに暴力をふるうようになるのよ……!」
「………」
蛇威丸は思い当たるふしがあり、言い返せなくなる。
確かに自分の欲求はいつまでたっても満たされず、次から次へと欲求は募っていく。
「それを何て言うか教えてあげる。
『ドメスティックバイオレンス』、『DV』って言うのよ。
あなたは自己愛が強すぎる病なのよ。
自分が特別だって思い込んでて、傲慢な態度をとって、人を利用して、人に嫉妬して、権力や地位や名誉ばっかり気にしてて、他人の感情や感覚がわからないのよ!」
「‥‥‥」
蛇威丸はガクンと膝を落とした。
そのまま自分の体を抱き締める。
ソイーヌはこんなにも蛇威丸を言葉で攻撃できる亜紀に驚いていた。
こんなに焦りと不安と孤独に陥る蛇威丸を見たことがなかった。
強がっているが、亜紀の前では無力に見える蛇威丸。
恥ずかしげもなく、亜紀には感情剥き出す蛇威丸が別人に見えた。
「確かに…そうかもしれない。アキの言う通りだ」
わなわなと震えている蛇威丸。
うつむき、強く自分を抱き締めている。
「同じようなことを…ある男に言われたことがある。
でぃぶい…やら自己愛どうとかっては言ってなかったが…」
亜紀の言う言葉に思い当たるふしがあり、過去を振り返った。
亜紀もソイーヌも黙って、うずくまる蛇威丸を見つめていた。
「その男は…知性があり頭が良く、俺ととても気が合った。
どこへ行くのも、なにをするのも一緒で、俺の自慢の相棒だった。
だが―――男は俺の前から去ると言い出した。
俺は拒否したが、男と約束を交わし、遠くない未来でまた一緒に出会える日を期待し、それを許した」
亜紀はまさかと…思った。
蛇威丸は目を強く閉じまま、続ける。
「男が旅立つ前、俺たちの前に覚醒者が現れた。
黄色の覚醒者。
男は出会ってすぐに、その覚醒者と意気投合し、見たこともない顔で楽しそうに覚醒者と笑って話していた。
俺の入る隙間などまるでなく、俺がいた場所にあっという間に、黄色の覚醒者が滑り込んできたんだ。
憎くて悔しかった…」
ソイーヌも聞いたことのない話。
そもそも蛇威丸が過去を語ることがなかった。
「突然、黄色の覚醒者は姿を消し、その後すぐに、男は俺の前から去っていった。
何度か、男と再会する機会があったが、淋しくて辛かった。
一人は物凄く辛かった…
男が去る前に残した手紙を、毎晩何度も読んだ。何度も何度も。
俺への感謝が書かれていたのが大半だったが、たった一文の内容が気になって仕方なかった」
蛇威丸はうっすらと目を開けはじめる。
遠くを見ている。その時のことを。
「その文とは…
黄色の覚醒者と連絡が取りたい。
黄色の覚醒者がもし戻ってきたら、そのことを伝えてほしい。
そういう内容だった」
手紙の9割が自分への言葉なのに、1割のそんな些細な言葉が許せなかった。
その気持ちをまた奮い起こし、蛇威丸は身震いしていた。
「時間がたつにつれて、怒りは悔しさをおび増幅した。
だから、俺は男に黄色の覚醒者と再会させてやることにしたのさ…」
蛇威丸の顔付きがかわる。
口元だけ笑い、苦笑いする。
「男に黄色の目玉を2つと、茶色がかった黄色の髪がついた頭皮の皮をおくりつけてやったのさ…」
「―――っ!」
亜紀は口元を押さえて、吐き気を催した。
その男とはクラーザに違いない。
クラーザにそんな酷いことをした蛇威丸に吐き気を感じる。
「男は箱を開けて、裏向きに置いといた目玉の色を確認して、きっと叫んだに違いない。
それとも、頭皮つきの黄色の髪を見て、咄嗟に気味悪くて投げ捨てたかもしれない。
―――それを想像するだけで、いくらか気が晴れた。
俺は黄色の覚醒者を殺したのさ。
俺の方が強いと知らしめてやったのさ」
くくくくくくっ…と笑いだす蛇威丸。
だが、本気で笑っているように見えなかった。
どこか悲しげな目。
「わかるよな…?俺はこういう人間なんだ。
今に始まったことじゃない。
こういうやり方でしか…生きられないんだ」
亜紀は怖がり、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「クラーザが…あなたをあんなに嫌う理由がわかった…
ひどいよ…ひどすぎる…」
黄色の覚醒者の一部分が入っていた箱を開けて、クラーザはどんなに悲しんだことだろう。
気の合った蛇威丸にそんなことをされて…
意気投合した黄色の覚醒者を無惨に殺されて…
心がズタズタに傷ついただろう…
「アキは俺のことをよく理解してる。
俺の性格も性分も。
‥‥だったら、いつまでも俺の側にいて、ずっと俺のことを見ていてくれ。そうすれば、きっと俺は変われるだろう」
蛇威丸はそっと近付いて、亜紀の両手をとった。
亜紀は首を横に振るが、蛇威丸は何度も願い出る。
「お前しかいないんだ…この俺を止められるのは。
お前だけなんだ…」
「嫌よ…」
亜紀は何度も何度も首を振った。
「クラーザがアタシを愛してるから…
アタシを手に入れたいだけでしょ…
そんな物の取り合いみたいなことは、もうやめて…」
亜紀は蛇威丸の腕を振り払えなかった。
ここで抵抗すれば、自分も黄色の覚醒者のようになってしまうのではないかと、恐ろしくなってきたのだ。
蛇威丸は完全に狂っている。
「違う…!ベルカイヌンがお前を気に入っているから、お前を手に入れたいわけじゃない!
確かに…ベルカイヌンに負けたくなくて、お前に固執している自分もいた。
だが‥!今は違う!お前が欲しくて欲しくてたまらないんだ!」
蛇威丸の片手が、亜紀の頬に触れる。
「お前の俺を呼ぶ声。
それだけで、俺はお前に惚れ込んでしまった。
お前のふっくらした唇。可愛い仕草。
なにもかも、全て俺のモノだ」
「嫌だ…!」
亜紀は思いきって、蛇威丸の手を振りほどいた。
クラーザのように頬を触らないで!
クラーザの温もりが消えちゃう…!
「アキ…愛している」
蛇威丸は亜紀の肩を抱いて、真剣な眼差しで亜紀を見下ろした。
亜紀は全身に鳥肌が立ち、身構える。
「嫌‥!嫌だ…!やめて!」
亜紀は蛇威丸から飛び離れ、耳を覆った。
気持ち悪い…!
愛しているだなんて…クラーザ以外に言われたくない…!
「アキ!」
「近付かないで…!
アタシはあなたの気持ちにこたえることは出来ない!
アタシはあなたなんか愛してない!
アタシを愛していいのは、クラーザだけなの!
もう、アタシにしつこくしないで…!!」
「‥‥‥」
蛇威丸はぬっと立ち上がり、さっさと部屋を出ていこうと歩き出した。
カツン…カツン…
そして、足が止まる。
「――――なおさら火がついた。
ベルカイヌンとお前は、なにがなんでも引き裂いてやるぜ。
まずは絶対にガキをブッ殺す…!
何がなんでも、地獄の果までも追いかけて必ずブッ殺してやる…!」
ソイーヌはこの会話で、蛇威丸の異常なまでの執着心を初めて知った。
蛇威丸が部屋を出ると、廊下には騎士団たちが待っていた。
声は聞こえるはずもないが、皆、重々しい表情をしている。
「このっ…!クソ野郎がぁ!!
てめぇが余計なことを言うからこうなったんだ!」
蛇威丸は十耶の胸ぐらを掴み、唾を吐いた。
「‥‥」
十耶は黙って殴られ、その場に立ち尽くす。
「いいか。さっさとアキを閉じ込めておけ。
絶対に出すんじゃねぇぞ!」
蛇威丸は鼻息を荒くして、今度はペケに顔を向ける。
「それから、ビマーラに伝えろ。
奴を起き上がれないくらいに、ボコボコにしとけと!」
「わかった」
それだけ伝えると、蛇威丸はさっさと騎士団の前から消えていった。
その姿を確認して、慶馬は部屋に入っていく。
「ソイーヌ、大丈夫ですか?」
ソイーヌは慶馬の声が聞こえ、素早く亜紀の手を取る。
「早く隠しなさい」
亜紀の乱れた服を直させる。
この暗がりの部屋では蛇威丸に気付かれなかったが、亜紀の首から下は真っ白の肌をしていた。
首から上と、手の甲までも覆う長袖の手に、黒い濃いリキッドファンデーションで何重にも肌を塗りたぐっていたのだ。
「‥‥‥」
亜紀ははだけそうな胸元を隠した。
ガチャ…
間一髪のところで、慶馬が入室してくる。
「ソイーヌ…何があったのです…?」
慶馬は寝室で割れた花瓶をすぐに見つけた。
暗がりのこの部屋には似つかわしい花瓶。
花などは入っていなかったようで、水や花の存在はない。
「わたしは大丈夫よ。妖魔女をお願い」
ソイーヌはすぐに立ち上がり、血がついた口を拭った。
「ええ、わかりました。妖魔女、あなたを監禁します」
慶馬は亜紀の腕を強く握り、部屋から連れ出した。
慶馬と十耶が、亜紀を元の部屋に送り届けた。
「これ、ソイーヌが選んだ服だ。着ろ」
十耶が黒い長袖つきの服を渡す。
足元を隠すため、薄手の長いパンツもついていた。
「どうして…どうして、アコスさんは死んだの」
ポツリと呟く亜紀。
十耶はソファに下ろした亜紀を見下ろした。
「―――俺は死に様を見ていないから、何も知らない 」
その会話を慶馬が制した。『無駄に何でも話すな』と。
「アコスさんは、自分で命を絶つような人じゃなかった…!
どうしてなの…!」
亜紀の深い悲しみが十耶に伝わってくる。
「そんなに酷いことをしたの!?
自分を殺してしまう程、むごいことを…!」
十耶は慶馬に止められても、亜紀の前からどかなかった。
「お前が王の言う通りにしないからだ。
だから、残酷な仕打ちが続いているんだ」
「十耶!お止めなさい!妖魔女との会話は禁止されているはずですよ!」
亜紀も十耶も、慶馬を無視して続けた。
「あなた達だって、きっといつか蛇威丸に殺されるわ…!
蛇威丸にじゃなくても、きっとそんな酷いことする人を誰も許したりしないから…!!」
「そんなこと言われなくともわかってる。
だが…俺にも理由があるんだ」
「理由ってなに!?
罪のない人を殺す理由なんてどこにあるの…!」
十耶はふと息をついて、亜紀に背を向けた。
うつむいたまま、小さく語りだす。
「‥‥俺には双子の妹がいた。
妹は何年も前に殺された。名も知れない盗賊にだ」
「‥‥‥」
亜紀はそれに同情が出来ないくらいに怒りを感じていたが、十耶は構わず続けた。
「金がなければ、家も持てない。
金がなければ、食べ物も服も買えない。
金があったら…妹を救えていた。
食べ物もなく弱った妹は、盗賊から逃れる体力もなく、家も奪われた直後だったから、路地であっさりと殺された」
全ては金の為だというのか。
「俺は…必死で剣術を磨いていたというのに、妹を目の前で殺されても、立ち上がる体力すらなかったんだ」
餓死直前だった十耶。
喉の乾きで、声も出なかった。
「目の前で妹は犯され、ボロボロの衣服さえ剥ぎ取られ、ゴミのように捨てられた。――毎晩、後悔からその時の夢を見る」
妹の最期が脳裏に焼き付いていて、頭から離れない。
「十耶…!もうそのくらいでいいでしょう!よしなさい!」
「だったらなんで、あなたは妹のような人を殺すの!?
あなたは弱い人を守るべき立場になるはずじゃないの…!?」
「弱者が弱者を守れるって言うのか?
俺はやっとスタートラインに立ったにすぎない。
もっともっと金を手にいれて、安全に身を隠せる完璧な場所を手にいれなければ、また同じことが起こるんだ」
十耶は鉄柵に囲まれた窓から外を見た。
こうやって、誰も攻めてこれない高い高い場所に身をおかなければ安心出来ないのだ。
「お金持ちになってお城を手にいれたら満足するの…?」
「そうしていれば、妹を殺されずにすんだ」
「間違ってる…
あなたが満足した時には、きっとあなたの大切な人はあなたの側から離れていく…」
傲慢な蛇威丸のように、周りから人が消えていく。
そうに違いない。
慶馬はしびれを切らして、十耶の腕を強く引いた。
「我々は、王に殺されることはありません!
王の大事な側近なのですから!
余計な口は慎んでください!」
慶馬はそのまま、十耶を部屋から引きずり出した。
ガシャン…!!!!
大きな音を立てて、鍵がかけられた。
「十耶!どういうつもりですか!
なんであんな話をしたのです!」
部屋のすぐ側で、慶馬が十耶を罵倒した。
十耶はばつが悪そうにしている。
「お前には…感謝してる」
「はぁ?何を言っているのですか!」
十耶は顔を上げて、慶馬を見た。
「妹が殺されて、やっきになってる俺に、ソイーヌを紹介してくれた。
ソイーヌが妹の姿をしてくれなければ、俺はいつまでも妹の死骸から離れられなかっただろう…」
それは過去のこと。
慶馬と十耶は幼なじみだ。
十耶と違って、慶馬はその村では裕福な家で育ったが、十耶は兄妹二人だけの家族だった。
「なぜ、今さらそんな話…」
「だが…お前に拾われて俺は屈辱的だった」
「知っています。だから、アダの誘いに乗ったのでしょう?」
十耶はその後、慶馬の家族に犬のようにして飼われた。
「金がほしい。世界を俺のものにしたい。そう思った」
「私もですよ」
十耶は部屋の向こうにいるであろう、亜紀に視線を向けた。
「もう俺には大切な人は…いない」
ランレートはグラベンの治療にあたっていた。
少年はグラベンのすぐ隣でそれを見守り、黒柄は少し離れた場所で焚き火で魚を焼いている。
ホゥ…ホゥ…
梟の鳴く声。
そこは、川辺近くの森奥。
四人はしばらくの間、野宿していた。
コォォォォォ…
優しい光がランレートの手中から溢れだし、グラベンの肩の傷を完全に回復させる。
「傷は治ったけど…」
ランレートは何も言わずに、残念そうに首を横に振った。
『右腕は使い物にならない』そう示している。
「そんな…傷はとても綺麗に治ったじゃないですか」
少年が悲しそうに顔を上げた。
ランレートは幾晩に渡って、グラベンの肩の傷を治療していた。
今夜が、最後の治療となる。
「そうだぜ。こうやって…飯だって上手く食えてる」
グラベンは右手で箸を持ち、炊きたての米を食べて見せる。
「箸やフォークは持てるけど、剣や斧は持てない。軽いものしか無理だよ。もうグラベン君の右腕は……使えない」
ランレートの魔術は傷の手当で精一杯だった。
ビマーラに射ぬかれた肩は、特殊な光線で貫かれ、本来の機能を失ったのだ。
「嘘だ…」
少年は自分を守る為に失ったのだと、自分を責める。
「ディー、そんな落ち込むなよ!
使えるのは右腕だけじゃないしよ!」
こんな時でも、グラベンは落ち込まない。
本気で後悔していないのだ。
「ほらよ!実は俺、左利きなんだ!」
左手を器用にこなし、グラベンは左手で箸を持つ。
「でも、片手じゃ無理です!もう戦えません!」
「ばぁか!使えんのは、腕だけじゃねぇよ!
足だって、頭だって使えるぜ!!」
グラベンは足の指を器用に動かし、今度は地面の小石を拾ってみせた。
グラベンの器用さといったら、天下一品だ。
体の柔軟性には長けている。
「グラベン君、これからどうする?」
ランレートが黒柄から渡された焼き魚を、グラベンと少年に渡す。
「もちろん、死骸国に乗り込むぜ。クラーザはそこにいる」
「でも、こんなんじゃ無理です!
行っても皆殺しにされるだけです!」
少年は魚に口も付けず、グラベンに身を乗り出して怒る。
「ディーは、無理して付き合わなくていいよ。
俺たち二人だけで行くからよ」
グラベンは少年に無理強いしなかった。
兄貴ゆえの優しさか。
「何を言うんですか!僕だって一緒に行きます!
右腕の責任は取らせていただきますから!」
いつの間にか、少年はグラベンに肩入れしていた。
「お前を連れていくのには、ちと心配だ」
剣も使えなかったディーだ。
足手まとい間違いない。
「グラベン君の言う通り、君は無理しなくていい。黒柄と安全な場所にいた方がいい。
蛇威丸やアダ達だけでなく、死骸国の軍事兵だっているんだ。
とても敵う相手じゃないよ」
ランレートは焚き火が大きくなりすぎないように見張りながら言った。
少年はうつむき、そしてまた口を開く。
「玉石を―――使います。
それなら、充分に二人のお力になれるでしょう」
少年の腹をくくった鋭い目。
「玉石は守りに使うものだろ?
戦場に行かなくても、ここにいて身の危険を感じたら自分を守れ」
少年が危機一髪で、蛇威丸たちから身を守ってくれたことに、グラベン達は感謝している。
だが、戦場には連れていきたくない。
「玉石の力は…それだけじゃありません。
現に、相手方も玉石の力を使っていた」
ディーの発言に、グラベンもランレートも目を見開く。
「そりゃ、どういう意味だ!?
蛇威丸達が玉石を操ってたって言うのか!」
「ええ、その通りです」
今度はグラベンが身を乗り出して、ディーの話に食らいつく。
「そんなのわかんなかったぞ!
玉石なんてチラッとも見えなかった!
なぁ?ランもそうだろ??」
「うん、私も見てないよ」
パチパチと焚き火は音をたてる。
近くでは川のせせらぎが聞こえた。
ディーは険しい顔をして、蛇威丸達との戦闘を思い返した。
「あの…獣に化けた術。
あれは、紛れもなく玉石の力を利用したものです」
「え…?」
蛇威丸意外の者が、巨大な獣に変化したあのことか。
「玉石はそんなことも出来るの…?
いや、そうじゃない。
問題は…玉石を扱える者があちら側にもいるということだね…」
ランレートは口元を押さえて、考え込んだ。
すると、遠くの黒柄が様子を伺って、口を挟んできた。
「あきさんの記憶じゃ、玉石を使える人はいなかったわ。
だから、召喚術に失敗したのよ」
そうだ。
亜紀の見てきた未来には、玉石を使える者はいなかったはずだ。
「……となると、蛇威丸やアダ達以外の誰かが、奴らを後ろ楯してるってことか?」
「そうとしか考えられないね」
グラベンは苦い顔をする。
これは、完全に勝利が見えなくなってくるではないか。
「玉石って一体なんなんだよ…」
グラベンの深い溜め息。
ディーは心して、話始めた。
「玉石は1つ1つは、僕の使ったように強い波動を持っていて、敵を跳ね返すことができます」
グラベンもランレートも、ディーの話を真剣に聞いた。
「そして、そのあとは6の倍数で術をかけることが可能なのです」
「6の倍数?
確か…蛇威丸は玉石を5個しか持っていなかったよね?」
ランレートのその疑問に、チッと舌打ちをしたグラベンが答える。
「アダが1つ隠し持ってたじゃねぇか。くそっ…!
俺が何がなんでも、アダの玉石を奪っときゃ良かった!」
一度はアダの玉石を目の当たりにしたグラベン。
あと少しのところで手に入るはずだったのに…
「6個で6人の戦士を巨大な獣に変化させることが出来ます」
「なるほど…きっとあの新手のメンバーだね」
またしても、ランレートの言葉にグラベンが付け加える。
「それじゃ5人しかいねぇ。もう一人は誰だ?」
「まさか、アダ自身とか?」
あの時はアダはいなかったが、もしかしたら、その可能性は高い。
ディーは話を続けた。
「――そして、12個で異空間を召喚することが出来ます」
ひとつひとつに驚くグラベン。
『なんじゃそりゃ!!?』とひっくり返りそうになる。
「それから、18個でその異空間をも斬れる剣を召喚することが出来ます」
遠くの黒柄も話を聞いている。
「どんな設定なんだ!?玉石ってのはよ~!!!!」
頭が混乱しそうになる。
想像が出来ない。
「玉石の術には順番があるのです。
まずは、門番の『獣』
それから、王宮の『異空間』
そして、その鍵となる『剣』
………わかりますか?」
ランレートはなるほどと、意外と早くに納得した。
「門番に王宮に、鍵…
じゃあ、最後の24個目の術は?」
ランレートが頷きながら話を整理した。
ディーも同じく頷いて、最後の術を教える。
「最後は『扉』です」
それは繋がったものになっていた。
これを知る者は数少ない。
「扉ってのはなんなんだ?」
グラベンがゴクリと生唾を飲んで、最後の内容を聞き明かす。
「扉は、イメージした場所に行くことが出来るのです。
つまり、瞬間移動と同じようなものです」
「なるほど…」
ランレートは冷静沈着に最後まで話を聞き終えた。
グラベンは横でヒーヒーと頭を抱えている。
「じゃあ、やっぱり君は来なくていいよ。
私達の戦闘には、君の身の危険を伴ってまでの必要はない」
「えっ!?」
ディーはランレートの冷静な判断に呆気に取られる。
ここまで話して、必要ないと…?
「うむ…」
グラベンは眉をこする異様な仕草を見せながら、まだ考えていた。
「でもしかし!
玉石で防御することは、使えると思います!」
「私達は戦いに行くんだよ?防御してる暇はないよ」
それでも引き下がらないディー。
なにがなんでも着いていく気だ。
「玉石の力を、あんな野蛮な連中に使わせるわけにはいきません!玉石の秘密を守る僕の使命ですから!」
「死んじゃったらどうするの…まだ若いのに…」
ランレートの年配っぽい台詞。
グラベンはふと、あることを思い出した。
「なぁ、ディー。
話は変わるけど、その話を守る為に、なんであんなチンケな塔にこもってたんだ?
秘密を守るだけだったら、わざわざあの塔にいる必要なかったんじゃないか?」
確かに…とランレートも同感した。
すると、ディーはいきなり口ごもる。
「それは…」
言えない理由があるのか、初めて言葉を詰まらせた。
「まぁいいや!言えねぇならいいぜ!」
やたら優しいグラベン。
ディーはほっと安堵する。
ディーは表情を切り替えて、今度はグラベンに提案をした。
「きっと玉石のことで迷った時に、僕が力になれます。
そして、玉石の力が使いたくなったら、すぐに僕が使えます。
だから、僕も一緒に行きます!」
グラベンは笑った。
そして、ポンポンと優しくディーの頭を叩く。
「そんなに死に急ぐこたぁねぇよ。待ってろって」
「僕だって、グラベンさんの力になりたいんです!
ここまで…親切にされて、一人だけのうのうと逃げるだなんて…
男の恥です!」
人とふれ合うことを短い時間だが、身をもって教えてくれたグラベン。
ディーは生まれたてのヒヨコのように、グラベンを慕ってしまったのだ。
「‥‥玉石は使わねぇ。
瞬間移動ってのはおいしい話だが、持ってる玉石は13個しかねぇんだ。
死んでも奴らみてぇに、化け物になる気はねぇし、戦ってやられても異空間に逃げ込むつもりもねぇ」
瞬間移動が可能なら、サッと蛇威丸の前に行って、ザッと倒して、スッと逃げられる。
それから、瞬間移動が出来れば、バッとクラーザを迎えに行って、スッと逃げられる。
でも、それは玉石が全て揃わなければ不可能だ。
「グラベンさん…」
ディーは悔しそうに唇を噛み締めた。
すると、今度は黒柄が立ち上がり、ようやくグラベン達の元に近付いてくる。
「ディーさん、私も一つ聞いてもいいかしら‥」
意外と色っぽい声の黒柄。
ディーは残念な面持ちで、黒柄に振り向く。
「なんでしょうか…」
「あの…得体の知れないものの召喚は、玉石の術ではなかったの?さっきの話だと、出てこなかったから」
そうだ!とグラベンもはっとする。
アダ達はその召喚術をするから、亜紀が見た未来では世界が滅ぶのだ。
しかし、ディーの話の中ではそんな術はなかった。
「それは、玉石の間違った術なのです。
本来の術ではありません」
「けど、実際に使おうとしてる奴らがいるんだぜ?
その術には何個、玉石が必要なんだよ?」
グラベンもまたディーを質問攻めにする。
ディーは難しそうな顔をして答えた。
「その名を『邪悪怨念術』と言います。
玉石を一つでもあれば使える技です」
「なんだって!!!!?
そりゃめちゃくちゃやべぇじゃねぇか!!!!」
グラベンは森中に響き渡りそうな声を出した。
「けれどその技は、本来のものではないので、技をかけた者を呪い殺します」
ディーは穏やかに話すが、周りのグラベン達が黙っていない。
ランレートもひやひやとしていた。
「そんなの問題じゃねぇんだよ!
つまりは、いつだってその邪悪なんたらって技を使えちまうってことだろ!?
奴らが死に物狂いで、その技使っちまったら終わりじゃねぇかよ!!!!」
ディーは『ほえ?』と間抜けな顔をした。
なにも知らない顔。
「そんな危険な技、敵が使いますかね?」
「だから使ったんだよ!!!!!!!!!!」
「え?‥でも、滅んでませんよ?」
ディーはわざとに辺りを見渡して、平和な森林を確認する。
「ちょっと話が長くなるから説明しねぇけど、奴らは使う気満々なんだよ!」
「そうなんですか!それは、ヤバイですね!」
今更、焦り出すディー。
グラベンは頭を抱えて空を仰いだ。
「どうすんだよ~」
グラベンの重症な面持ちとは真逆に、今度はランレートがポンと拳を叩いた。
「そうだ!グラベン君、それこそ『異空間』だよ!」
「えっ?」
ランレートは明るい顔をして、とっさに閃く。
皆がランレートの顔を凝視した。
なにか回避法があるのか?
「蛇威丸の一味たちと、異空間の中で戦えばいいんだよ!
そうしたら、いくら邪悪なんたらって技を使ったところで、この世界に召喚されることはないんだよ!」
「なるほどっ!!ラン!頭いいぜ!!!!!!!!」
二人はパンと手を叩きあって、合図を交わした。
「異空間に彼らを閉じ込めてしまうことは出来ないの?」
黒柄が気になっていることを口にした。
そもそもそれが可能なら、戦う必要もなくなる。
「ディー、どうなんだ??」
グラベンはディーに返答を求めた。
ディーはすぐに首を横に振る。
「異空間の術は、半径が決まっています。
その大きさの中に入った者だけが、異空間に移動出来るんです。
それに、敵だけを…というのは無理です。術をかけた僕まで移動してしまいます」
ランレートが次に質問する。
「どうやったら戻れるの?」
「それは、先程言った『鍵』です。
つまり『黒炎の剣』が必要になるのです」
「じゃあ…無理じゃねぇか。玉石がたりねぇよ」
今から残りの玉石を探し始めるのでは遅すぎる。
ランレートはまだその可能性を諦めず、新たな方面から玉石を集める。
「蛇威丸達の玉石を集めれば、その剣を召喚出来るんじゃない?」
蛇威丸達は6個、
グラベン達は13個持っている。
『黒炎の剣』を召喚する18個には充分だ。
「戦ってる最中に、あいつらの玉石を壊しちまったらどうなるんだ?二度と出れなくなっちまうよ」
一か八かでの『異空間』は避けたい。
そんな場所で途方に暮れるのは、ごめんだ。
「敵は…
『邪悪怨念術』を使うのですか…
『邪悪怨念術』を…」
ディーが考え込むようにして、何度も呟いた。
「そうなんだ!だから、やべぇんだよ!
これを放っておいたら、世界はマジに壊滅しちまうかもしんねぇんだよ!」
未来ではそうなっている。
若かれし頃のパザナや、亜紀が同じ光景を見てきたのだ。
「なぜ、それをもっと早く言ってくれなかったんですか!
それを知っていれば、僕はもっと早くグラベンさん達の助けになったのに!」
「バカ言え!俺は頭っから、おめぇに『世界を救いてぇんだ!』って言ってたじゃねぇか!」
「そんなこと…!だって嘘っぽかったですよ!」
「嘘じゃねぇだろ!俺は嘘つかねぇよ!」
「今やっとわかりましたよ!これだけ話してもらえればね!」
「もっと早くにわかれよ!この石頭!」
「その顔が嘘っぽいんですよ!あなたのその全身が!」
「なんだと!この俺のどこが嘘っぽいんだよ!
おめぇの最初につけてた王冠の方が、よっぽど笑けるぜ!」
「笑けるって…!失礼じゃありませんか!
ただの野盗のくせに!」
「野盗じゃねぇよ!
世界を救う優しい野盗がどこにいるってんだよ!」
「世界を救うだなんて、大きいことよく言ってくれるじゃありませんか!!!!」
「おうよ!任せろよ!」
「頼みましたよ!あなたしかいないですからね!」
「わかってら!全員まとめて、ぶっとばしてやるぜ!」
口喧嘩から、なぜか会話がまとまった。
「―――で、もう満足したの?」
ランレートが呆れた顔で、グラベンとディーを睨んだ。
二人は息をきらす直前だった。
だが清々しい程、晴れた表情をしている。
「はい。それじゃ、最後の秘密を明かします!」
ディーはグラベンに頷き、そのまま続けた。
「異空間に通じる道は、実はもう一つ存在します。
『黒炎の剣』を召喚しなくても、そこから出られることが出来るのです」
「やった!ほんとか!!!!」
グラベンが両手をあげて、万歳をした。
なんとか未来は明るくなりそうだ。
「どうすればいいの?」
ランレートも長くなる密談を疲れた表情もせずに聞き入った。
「僕のいた塔の最上階に、その扉があります。
僕はそれを守っていたのです」
「そうだったのか…
んで、その扉を開けば、異空間に繋がるのか?」
グラベンは冷えそうになる焼き魚を、バリボリと食べ始めた。
「僕が異空間を召喚した後に扉を開けば、その異空間と繋がります」
ランレートはダイエットをまだ貫き通していて、何も食べない。
「誰かが、塔の最上階で扉を開けなければいけないってことだね?」
「そういうことです」
グラベンとランレートは戦いに行く。
ディーは異空間を召喚する為に、死骸国に入らなければならない。
となると…
「私が行くわ」
黒柄は低い声で申し出た。
黒柄しかそれを出来るのはいない。
「黒柄一人で大丈夫?」
ランレートが心配そうにした。
だが、黒柄は勇敢にも動じていない。
「扉を開ければ、ランレートさん達が助かるのでしょう?
だったら、やるわ」
「頼むぜ!黒柄!」
グラベンの言葉に、黒柄は深く頷いた。
「もし、異空間を召喚する前に扉を開けたらどうなるの?」
ふいにランレートがたずねた。
ふたてに別れたら黒柄とは連絡をとる手段がない。
謝って異空間を召喚出来なかった場合を想定していた。
「それはとても危険です。
以前に異空間を召喚して、閉じ込めたありとあらゆる魔物が雪崩れ出てきます」
「以前の異空間のものが‥‥?」
「はい。異空間は本来から、魔物を閉じ込める為に古代の人々は使っていました。
だから、その魔物が溢れ出てしまうのです」
だから、ディーは塔を守る使命を与えられていた。
邪悪な者に、魔物を解き放たれてしまわぬように。
「じゃあ‥‥ぜってぇ失敗は出来ねぇな」
「よし…!じゃあ、おさらいだ」
グラベンは地面に落ちていた木の枝をとり、土に箇条書きで整理する。
「ーーーーーーまず、全ての始まりは、黒柄をディーの塔に送り届けてからだ。無事を確認してから決行する!
で、決戦日の当日。俺とランとディーが死骸国に潜入する」
『行動』と書く。
「んで、たぶん囚われているであろうクラーザと紅乃亜紀を奪還する。二人は別々にいると考えて、
俺とディーがクラーザを、ランが紅乃亜紀を救出する」
『奪還』と続けて書く。
「そんで出来れば、紅乃亜紀を国外に逃がして、無理ならランが守ったまま、ディーが異空間を召喚する」
『召喚』と並べる。
「ここで、最期の戦いに持ち込む。
ディーは絶対に俺が守るぜ!んで、出来れば全員、ブッ倒す!」
『戦闘』と荒々しく書きなぐる。
「日没、日が沈んだら、それを合図に黒柄が異空間を開く扉をあける!
それで、俺たちが異空間から出て、残る奴らを永遠に葬るってわけだ!
その後は、玉石を砕け散るまで壊して、めでたしめでたし…!」
最後は『脱出』と、五つの言葉が書き終わる。
「うまくいくね」
ランレートはなんの迷いもなく、その案に同意する。
「その作戦に二点ほど、間違いがあります」
ディーは強い視線をグラベンに向けた。グラベンは『どこだ?』と首を傾げた。
「まずは玉石ですが、どんな力でも壊すことは絶対に出来ません」
「そうなのか…」
「それから、僕は剣こそ使えませんが、弓術にはかなりの自信があります。
自分の身を、これまでに自分で守ってきたのですから」
グラベンのお荷物にはならない。
むしろ、グラベンを守るのは自分だ!と言わんばかりの意気込み。
グラベンはにやっと笑う。
「そりゃ…頼りになるぜ」
「じゃ、明日は最後の武器調達をしなきゃね」
ランは立ち上がり、さっさと支度をする。
「ああ…絶対に動きがバレないよう始めるんだ」
グラベンはこれからの分を蓄えるかのように、大量の夕飯をかけ込んで食べた。
ディーは黒柄に、自分の親指につけていた指輪を手渡す。
「塔の中で、もし警備の者達に囲まれたらこれを見せてください。印籠の役割を果たしてくれます」
黒柄はディーの手に触れずに、それを受け取る。
「‥‥これで、ようやく終わりをむかえることが出来るのね」
今まですっとこの日の為に、パザナに従い、その身を捧げてきた。ようやく、グラベン達は自由になれる。
「そうだよ…黒柄。もうこれで本当に最後だ」
ランレートは優しく黒柄に微笑みかけた。
蛇威丸やアダ達一味を葬ることが出来れば、もう世界を脅かすものは消える。
戦うことはなくなる。
「本当ね…?」
「うん、約束だよ」
最期の戦いが終われば、黒柄はランレートと二人でひっそりと暮らすことを約束して、今まで生きてきた。
ようやくその時がやってくる。
「けど、油断はすんなよ。
なにが起こるかわかんねぇからな」
グラベンは一時も気を休めることはない。
森の奥では、最後のその時を今か今かと急かすように、木々がざわめいていた。
ザザザザザ…
夜の空は星を隠して、
月の姿を半分だけ見せている。
ザザザザザ…
明日は雨だ。
黒い雲が大空を覆っていた。
翌朝、まだ真っ暗闇の中、
グラベン、ランレート、ディー、黒柄は完璧に装備を整えていた。
予感通りの大雨。
土砂崩れがおこりそうな程の雨に見まわれる。
それが凶とでるか吉とでるのか。
グラベンは、その雨を大吉ととった。
雨は己らの足音を消し、足跡も隠す。
敵にバレずに動き回るにはうってつけのチャンスだと言う。
「行くぜ…」
グラベンの声をも、大雨はかき消した。
重々しい雰囲気。
ディーは深く頷き、雨に濡れる。
全員、雨に備えて水捌けの良い装備をしている。
今度、全員でゆっくり過ごせるのは決着がついた後だ。
「グラベン君、いつでも準備は出来てるよ」
ランレートは笑みも浮かべない。
これから向かう先に何が待ち受けているのか、これからの行く手が己らを強く阻もうとも、今から走りだしたら止まらない。
最後の最後の正念場。
フッソワ、ゾード、
彼らがいれば心強かった。
だが、その二人はもういない。
数少ない人数で、作戦頼みの戦が始まる。
第四幕 《完》
「―――なにか言いなさいよ…!!!」
部屋の中から聞こえる女の罵倒を聞いて、興味がてら部屋を覗く。
「黙ってんじゃないわよ!
うんとかすんとか、言ったらどうなのよ!!!!!」
メルヘンチックな部屋の中では、みねがベッドに座る亜紀に喧嘩を売っている。
「こんなところで、なにをしているの?」
ソイーヌが声をかけると、みねは驚きもせず、ソイーヌにガンを飛ばす。
「なによ…?私を止める気なの!?
そんなことしたって、私はこの女を殺してやる気は変わらないわよ!!!!」
みねの手には短剣が握られていた。
今まさに、亜紀を殺そうとしているのか。
「‥‥止めないわ。殺すなら殺してちょうだいな」
好都合だ。亜紀が目障りなのだから。
ソイーヌに背中を押されて、みねはより強気で亜紀の前に立ちはだかる。
「あんたを殺せって、クラーザさんに頼まれたのよ!
嘘じゃないわ!クラーザさんったら、苦しそうに早く殺せ殺せって、この私に何度も頼んだんだから!!」
そんな言葉にも、亜紀は顔色一つ変えやしない。
心ここに在らず…とでもいうのか、少し先に視線を落とし、みねの言葉など聞いていなかった。
「聞いてんの!?嘘じゃないんだからね!!
あんたのせいで、クラーザさんは死ぬ思いでそう私にせがんできたんだから!!」
張り合いのない亜紀に、みねはわなわなとうち震えている。
「だから、なんだっていうのよ。
ごたくはいいから、早く殺すなら殺せば?
そのうち、誰かが来てしまうわ」
ソイーヌが、みねの虚勢のわりには弱気な行動に叱咤する。
「なによっ!!!!!私には、私のやり方があるのよ!
黙っててよ!!!!!」
「あんたのやり方ってどんなのよ?
結局、ウジウジして何も出来ないじゃない」
カッチーンと音をたてて、みねが切れる。
ソイーヌの目の前に移動する。
背が高いソイーヌとみねとでは、モデルと幼児のように格差がある。
「私は馬鹿みたいに人殺しするのが趣味じゃないのよ!
こいつには、充分わからせて謝らせてから消えてもらいたいのよ!」
「あんたの口癖って『なによなによ~』ってそればっかね。
裏切り者の臆病者」
今度はブチッと、血管でも切れそうな顔つき。
「なによっ!!!!!!!!」
「ほらね」
「美人だって言われてるか知らないけど、その姿は偽りなんでしょ!!本性現しなさいよ!
どんな馬顔が出てくるか楽しみだわよ!!」
みねの怒りの矛先は、いつでもコロコロと変わる。
「あんたも少しくらいは、その能面のような見苦しい顔面をなおしたら?土台がそんなんじゃ、ムダだろうけど」
ほほほほっと高笑いするソイーヌ。
ちっとも悔しがる様子が見られない。
「‥‥‥‥」
ガミガミ煩いみねでも、次の言葉が出てこなかった。
ふと、亜紀に視線を向ける。
相変わらず、時が止まったかのような状態。
「んふふふふ。ブスは損よね」
美しいソイーヌと亜紀、そうでないみね、
どうしてもこの場に居たくなくなる雰囲気が漂う。
「‥なによぉ…!お高く止まっちゃって、性格ブス!」
「内面も外見もドブスのあんたに言われたって、ひがみにしか聞こえないわ。ああ…可哀想。
世の中、それだけのブスも、美人の数より少ないんじゃないかしら?」
ソイーヌは美貌の話になると、口が止まらなかった。
ブスを痛め付けたくてたまらない。
そして、自分は美人だと、ますます自覚したい。
「ひどいわっ…!!!」
みねは最後の鉄拳パンチを食らい、うわぁ!!と叫び、部屋を飛び出ていった。
「あはははは!可笑しい人!」
ソイーヌは軍配が上がり高揚した。
そして、残った亜紀を見つめた。
この女と私じゃ、どっちが美しいのかしら…
世の中の男に聞いてみたい。
そして、勝ちたい。
「ねぇ?そのだんまり、いつまで続けるつもり?」
ソイーヌがコツコツと靴を鳴らして近付き、ベッドの端に足を組んで腰かける。
生足がちらつき、妖艶な美しさを放つ。
蛇威丸に言われたことなんて、もうどうでもいい。
こんなに私は美しいではないか。
こんなポーズをして、様になる女などそういない。
ソイーヌは遠くにある鏡を覗いて、自分の姿を確認した。
「そのまま化石になってしまう気?」
ふふふと口に手の甲をあてて、微少する。
その姿は、姫というより、妖艶な魔女だ。
すると、亜紀はすっと視線をソイーヌによこした。
「玉石…返して」
「えっ…」
「蛇威丸には言ってないんでしょ?‥‥返して」
亜紀は決してボケてなどいなかった。
ソイーヌは長いまつ毛をフサフサとさせて、怪しく微笑む。
「それは、一丁前に私を脅してるのかしら?
王に黙ってるから、玉石を渡せと?」
スーッと亜紀の白い顔に人指し指で触れる。
ソイーヌもまた、亜紀と同じ白い美しい顔をしている。
「返して…」
亜紀は一直線にその言葉しか言わない。
ソイーヌは何を言っても、亜紀は聞かないと思い、新たなことを思い付く。
「ただで渡せると思って?
交換条件って言葉を知ってるわね?」
亜紀は布団から起き上がったままの状態でいる。
足元は布団の中に入ったまま。
「蛇威丸にも…誰にも言わない」
「そんなの釣り合わないわ。
例え、誰かに玉石を持っていることを知られても『渡そうと思ってた』で済む話だもの。
蛇威丸は裏切りだとか何とか言うかもしれないけど、すぐに差し出せばおさまることだわ」
とくに玉石に興味はない。
だが、蛇威丸やディアマにとっては貴重な物だと知っている。
そう簡単に切り札を渡すわけにはいかない。
「早く返して…」
今度は亜紀が、ソイーヌのドレスに手をかけた。
ソイーヌを逃がさぬよう、しっかりと捕まえているつもりだろうか。
「だったら、妖魔女をやめてくれる?
妖魔女は私一人で充分なのよ」
「‥‥どうやって、やめられるの?」
やめられるものなら、一刻も早くやめてしまい。
その方法があるなら、是が非でも知りたい。
亜紀の曇っていた瞳に光が灯る。
「この黒髪、気に入らないのよ」
ソイーヌが頬に触れていた人指し指を、そのまま髪におとす。
亜紀の右横の髪を引っ張り、亜紀に首を傾げて笑う。
なんともいえない、異様な雰囲気。
美しい女がベッドに二人。
至近距離で見つめ合い、間違えば愛の営みが始まりそうだ。
「‥‥」
亜紀はしばらく驚いた顔をしたまま、ソイーヌの笑う顔をじっと見つめた。
亜紀の瞳は大きくて、吸い込まれそうなほど綺麗であった。
ソイーヌもまた負けぬくらい、流し目で誘惑しているように見つめ返す。
「切れば気に入るなら…いくらでも」
亜紀は髪に執着せず、ソイーヌの思いのままにすればいいと答える。
「あらそう?じゃあ、遠慮なく切らせてもらうわね」
ソイーヌは視線をそらさず、右手で腰にぶら下がるナイフのような短剣を抜いた。
亜紀は全く抵抗しないので、ぎゅっと髪を握って躊躇いもなく切り落とす!
ジャキッ…!
この世界に迷いこんだ時は肩につくかつかないかの長さだった髪は、いつの間にか少し伸びていた。
だが、今まさに、その髪は切り落とされた。
「これじゃ‥まだ目立つわ」
ジャキッ…!
ジャキッ…!
ジャキッ…!
ソイーヌは優しい手つきで、大胆な程に髪を切り裂いた。
「‥‥‥」
亜紀は落ちてゆく髪に目もくれず、視線をそらさないソイーヌの漆黒の瞳を見続けた。
―――――――ジャキン‥‥!
「うふふ。サッパリしていい感じね」
ソイーヌはご満悦の様子。
可愛い子供に触れるように、亜紀の顔を撫で回す。
「これで‥‥いいの?」
亜紀はその手を振り払わずに玉石を待った。
ソイーヌはにっこりと笑い、亜紀の頬に唇を押し当てた。
軽いキス。
「とってもよく似合うわ」
ざわつく亜紀の顔を確認して、ソイーヌはまた微笑みながら、今度は甘い撫で声で答える。
「―――でも、ごめんね‥
やっぱり髪だけじゃまだ妖魔女だわ」
愛する男にするように素早くウィンクすると、呆気なくソイーヌは部屋を出ていこうとした。
「あっ…」
亜紀は慌てて、ソイーヌを掴もうとした。
だが、ソイーヌはするりとかわしていく。
「玉石を返して…!」
亜紀は布団に両手をつき、ソイーヌに呼び掛ける。
しかし、ソイーヌは振り向かずに呟いた。
「交換条件は満たされていないでしょう?」
ソイーヌはツンと顎を上げて、部屋から出ていった。
ガチャンと施錠の音が聞こえる。
ガチャン…
「――――」
亜紀はすっかりと肩を落としてしまい、そっと切られた髪に触れた。
玉石を返してもらえなかったことも残念だが、もうひとつ、妖魔女をやめられないことも引っ掛かった。
やはり、妖魔女は妖魔女でしかない。
いくら願っても、その事実は変わらない。
嵐の夜。
大型の台風が死骸国のすぐ近くに迫っていた。
降りやまない雨。
吹き乱れる暴風。
民達は、各々、家を強化して台風に備えた。
十耶は二・三日ほど国を離れていた。
台風を連れて帰ってくる。
そして、二・三日ぶりに亜紀の部屋に入った。
まだ亜紀は眠っておらず、部屋には明かりがついている。
だが元々、亜紀は部屋の明かりを消すことをしなかった。
夜は眠らない。
「‥‥‥」
蛇威丸が夜這いをしにくるのじゃないかと、身構えているのだ。
過去にそんなことがあったからだ。
ギィィ…
静かに部屋の扉が開かれる。
十耶は亜紀の所定位置となったベッドに近付き、レースのカーテンをめくった。
「えっ…」
亜紀の髪を見て、十耶は一声あげてしまう。
だが、同時に亜紀も。
「なんで…」
十耶によって持ち運ばれた物を見て、驚きの顔を隠せなかった。
十耶の手にはこの世界の物ではない物。
「どうしてそれを…」
亜紀がこんなにも話すのは久しぶりだった。
驚きで黙っていられなくなり、十耶に訳を聞く。
十耶は無造作に亜紀のトランクを目の前に置いた。
「中が気になっただけだ」
十耶はクラーザに居場所を聞いて、探しに出かけていた。
宿を見つけると、宿主はあっさりとそのトランクを十耶に渡してくれたのだ。
亜紀の相棒ともいえるトランク。
亜紀は懐かしそうに、それを見つめ、ゆっくりとトランクの表面を撫でた。
「アタシに‥くれるの?」
「お前の物だろ」
亜紀は愛おしそうに抱えて、トランクを開ける。
中からは、この世界に戻って来るときに、必要と思って詰め込んだ物が入っていた。
石鹸やボトルごと入れたシャンプーリンス。
動きやすい服やスニーカー。
いつかのグラベンにつけてやった髪を明るく染める市販のヘアカラー剤のから箱。
十耶も珍しそうに、その品々を物色する。
「これはなんだ?」
十耶が手に取った物は、カップラーメンだった。
「これは…手軽に食べれる『ラーメン』
これも食べれる『ガム』」
亜紀はガムの封を開け、ひとつ十耶に渡した。
十耶は食べはしないが、それを受け取り、四方八方から眺め回した。
トランクをまさぐったアコスのように、歓喜の声はあげないが、十耶は興味津々にそれらから目を離さない。
亜紀が好んでいる調味料なんかも入っている。
それから、クラーザに見せようと思っていた写真を綴ったアルバムなんかも入っている。
急いで買いにいったライターや美容器具なんかも。
お気に入りのアクセサリーや香水。
何故か、トランプやスゴロクなんかも、トランクに一杯になるのを押し込んで入れてあった。
いざ、なにを詰めようかと悩むとなかなか答えは出てこないものだった。
「これは?」
十耶は小さな小箱を手に取った。
亜紀はそれを見て、あることを思い付く。
「‥‥‥」
それは、カラーコンタクト。
亜紀は余分に持ってきた化粧道具を手に取った。
そこには、色の濃いめのファンデーションも入っている。
そうだ…!
亜紀は手をおいて、十耶に頭を下げる。
「お願い‥女の人に会わせて。
妖魔女の姿をしている、あなたの仲間のあの女の人に」
「ソイーヌのことか?」
「‥‥」
亜紀は名を知らなかったが、うんと頷いた。
翌日の朝、十耶は急いで蛇威丸のいる王座の間に駆けつけた。
そこには、アダやソイーヌ、ペケや慶馬の姿もあった。
「王…!」
十耶は血相抱えて、皆の前にたどり着く。
十耶の物々しい雰囲気に、皆の視線が集中する。
「なんだ」
蛇威丸も食い入るように十耶を見つめた。
なにかあった様子。
「早く来てくれ!」
十耶に急かされて、蛇威丸と騎士団たちは十耶の言うように亜紀の部屋に向かった。
蛇威丸が亜紀に会うのは、老婆の村以降、久々である。
「どういうことだ!?」
亜紀の姿を見て、蛇威丸は興奮ぎみに大声を出した。
「‥‥‥」
亜紀はやはりいつものように、ベッドの上で心ここに在らずの無言。
カタッ…!
蛇威丸はすぐに亜紀の元に駆け寄り、亜紀の肩に手をおく。
「なんてことだ…」
亜紀の姿が激変していた。
色黒い肌に、茶色い瞳。
バサバサに切られた髪は、坊主とまではいかないが、色の判別出来ないくらいに短くなっていた。
痩せこけた亜紀が、まるで田舎者の少年のように見える。
「どうして、こんなことになった?
なにかあったのか?アキ…一体なにがあったんだ?」
蛇威丸は震える手で、亜紀の頭に触り、惨めなくらい短い髪に悲しんでいるようだった。
「‥‥‥」
亜紀は無視して、知らぬ顔をしている。
蛇威丸の言葉も心に届いていない。
「昨晩…見たときは髪が既にこうなっていた。
今朝は目の色も肌の色も…」
十耶も驚きを隠せなかった。
一体なにが起きたのか。
ペケはぶっと吹き出し笑い、指をさす。
「がはははは!こりゃ傑作だ!
一夜にして、姫さまから一般庶民に早変わりだ!」
美しかった亜紀の姿はもうない。
「妖魔女じゃなくなったということですか?」
慶馬が口にすると、蛇威丸は頭を抱えてうずくまった。
「そのようね…」
ソイーヌはうふふと笑う。
十耶は昨晩、ソイーヌに亜紀に会うように話したが、それ以降、亜紀を見ていない。
ソイーヌの仕業か?
「すっかり頬もこけてしまって、これじゃあまるで男みたいだな!がはははは!」
メルヘンチックな部屋が似合わない。
亜紀のその姿は、この部屋では浮きすぎている。
「アキ!なにがあったんだ?
答えてくれ!!一体、今朝までになにがあったというんだ!
アキ!アキ…!アキ…!!!」
蛇威丸の取り乱しといったら尋常でない。
余程、亜紀の変貌にショックだったのだろう。
茶化していたペケまでもが大人しくなる。
「‥‥」
亜紀はふと、蛇威丸に視線をよこした。
「アキ!」
蛇威丸は亜紀が返事を返してくれるものと思い、また強く亜紀の肩を揺する。
「蛇威丸‥‥」
亜紀の小さな小さな声。
その声を聞きのがさぬよう、蛇威丸は耳を近付けた。
「なんだ!?」
亜紀の呆然とした表情。
カサカサにひび割れた唇が少しずつ動き出す。
「‥‥クラーザに会わせて」
「――――」
蛇威丸は耳を近付けたまま、動かなくなった。
ようやく言葉を口にしたと思えば、憎きクラーザの名前。
「クラーザに…会わせて」
悪気ない瞳。
素直な気持ちをストレートに伝えてくる。
蛇威丸が傷付くことを知ってか知らずにか。
「それは…」
出来ない。
と、言ってしまえば、また亜紀は殻にとじ込もって黙ってしまうのではないかと、言い出せなかった。
「クラーザに会わせて‥」
「‥‥‥」
今度は蛇威丸が黙ってしまう。
うつ向いて、顔をあげられなくなる。
すると、その状況を悟った慶馬が前に進み出た。
「それは出来ませんよ。
あなた方は我々に捕まっているのです。
人質同士を対面させるなど出来ませんよ」
亜紀は慶馬に振り向かず、蛇威丸の返事を待っていた。
蛇威丸がそっと亜紀の顔を盗み見ようとすると、じっと返事を待つ亜紀の視線とぶつかる。
「‥‥‥」
今度は十耶がベッドの近くに寄ってくる。
「王、一度ベルカイヌンと妖魔女を会わせてみたらどうだろうか?
こんな姿の妖魔女を見たら、ベルカイヌンも気持ちが変わるかもしれない」
すると同じく、ペケが前に進み出る。
「何言ってんだ?バカ野郎。
妖魔女が妖魔女じゃなくなったんだ。
覚醒者のベルカイヌンには好都合じゃねぇか」
「ベルカイヌンはこの子を殺せと言ったそうよ。
正気を失ってるんだから、もう会わせても、構わないんじゃないかしら?」
ソイーヌが不適な笑みを溢していた。
蛇威丸が、その言葉に敏感に反応する。
「そんなこと、誰が言った?」
「あの、みねとかいう愚かな女よ。
ベルカイヌンに何度も殺せ殺せって頼まれたって言っていたわ」
ソイーヌに便乗して、十耶も頷いた。
「確かに…ビマーラも見たと言っていた。
狂ったように、妖魔女を早く殺せと叫んでいたと」
「――――」
蛇威丸は亜紀の視線を横目で反らしながら考えた。
どうする?
クラーザはもう数日後には処刑することに決めた。
亜紀に最後に会わせても支障はないだろうか。
狂って我を忘れているクラーザに会わせれば、亜紀はショックを受けて怒るのではないか。
それとも、そんなクラーザに幻滅してくれるだろうか。
それとも…
亜紀のこのみすぼらしい姿を見て、クラーザは亜紀に幻滅するかもしれない。
どうする……?
「鉄柵越しで会わせて満足するなら、それでもいいかもな。
こんな辛気くさく、いつまでも引きこもられてちゃ面倒だしな」
ペケがそんなことを呟いた。
確かにクラーザを処刑してから、いつまでもこんなんでは困る。
条件を突きつけて、会わせてみるか…
「わかった…」
蛇威丸は亜紀に頷いた。
それから『ただし条件がある』と続けた。
「この俺の妃になれ」
亜紀は十耶に運ばれて、クラーザの監禁されている地下13階に降りて行く。
カツン…カツン…カツン…
冷たく寒気が走る階段。
階段を降りれば降りていくほど、暗くなっていく。
カツン…カツン…
ペケ、慶馬が先頭に、
蛇威丸のすぐ後ろを亜紀を連れた十耶が連なった。
後方からは、ソイーヌとアダが続いた。
タンタタタン~♪タタタタ~♪
けたたましく音楽が聞こえてきた。
ビマーラがまた音楽をつけている。
カツン…カツン…
「音を止めろ。うるせぇ…」
蛇威丸が慶馬に指示すると、慶馬は先を急ぎ、クラーザと同じく牢獄の中に居座っているビマーラに音楽を止めさせた。
「――ここだ」
十耶はそっと亜紀に囁くと、亜紀を下ろす。
亜紀はゆっくりと地に足をつけて、動かない足をゆっくりとほんの少しずつ歩かせた。
「………」
亜紀は蛇威丸の横を通り過ぎ、ペケと慶馬の前に出る。
ゆっくりとゆっくりと…
「ぁっ――――!」
そこには、仰向けで倒れているクラーザの姿があった。
カシャン…!
亜紀は鉄柵に手をかけ、しゃがみこむ。
「……クラーザ…!」
小さな亜紀の声は届かず、クラーザは微動だにしない。
その様子を、蛇威丸はじめ騎士団の全員が静かに見つめていた。
鉄柵に拒まれながら、亜紀はクラーザに向かって手を伸ばす。
届かない手は、諦めずに伸ばし続けられた。
「クラーザ…クラーザ……!」
亜紀のすすり泣くような声。
手が足が、全身が震えていた。
「―――様子はどうだ?」
蛇威丸が中のビマーラに問う。
すると、ビマーラは椅子から立ち上がり、蛇威丸のいるであろう方向に顔を向けた。
「アコスが死んだ。自ら自害していた」
その唐突な報告に、亜紀は肩を落とした。
それを後ろから見ていた蛇威丸は、見ないふりをして続ける。
「――それで?遺体はどこだ?」
「臭うから処理した。書き残しもある」
ビマーラはどこからか紙一枚を取りだし、鉄柵の中からそれを差し出した。
目の前の慶馬が受け取る。
「妖魔女へのメッセージですね…」
ちらっと読んだ慶馬が呟く。
亜紀はクラーザに向かって手を伸ばしたまま、頭を垂れていた。
「読め」
蛇威丸の命令。
「あきへ。心配するなよ。
まだ何も終わっちゃいない。――――以上です」
たった少しの書き残し。
慶馬はそのメモをビマーラに返した。
「死んだ奴の言うことかぁ?」
ペケはその矛盾している文章に鼻で笑う。
死んだら終了だろ…と、にやける。
「―――――」
「―――――」
「―――――」
いつまでも、起き上がらないクラーザに手を伸ばし続ける亜紀の様子を、皆が見ている。
「クラーザ!…クラーザ…!」
亜紀の悲痛な叫び。
嘆くその姿に『もう終わりだ』と蛇威丸はなかなか声をかけづらくなる。
こんなんだったら、やはり会わせるべきではなかった。
亜紀は蛇威丸を責めるわけでなく、ずっと鉄柵にへばりつき、クラーザを求めている。
「………」
十耶もなぜか胸が苦しくなった。
あんなに表情のなかった亜紀が、クラーザの前で泣き崩れている。
「クラーザ…!」
ググ…
すると、クラーザの手が動いた。
ゆっくりと体が動き出す。
「――クラーザ…!!!!」
亜紀の手は力を帯びて、クラーザの方へとますます伸びた。
「あ…き…なのか」
クラーザは横たわったまま、顔を上げた。
血のついた口が、亜紀の名を吐く。
亜紀は目に涙をため、何度も頷く。
クラーザは一瞬、亜紀のその姿に誰か判別ができない程だった。
ズズ…ズズ…
クラーザは手で体を引きづり、鉄柵に近付いてきた。
「あぁ…クラーザ…!」
亜紀の伸ばした手に、クラーザの手が重なる。
二人は座ったまま、鉄柵越しに触れあった。
クラーザが顔を近付けると、亜紀も鉄柵に顔をつけて寄り添った。
「あき…無事か…?この髪、どうしたんだ…」
クラーザは亜紀の頭に触れ、短すぎる髪に心底心配していた。
優しい…大きな手。
懐かしい…優しい手。
「大丈夫…アタシは大丈夫だよ…」
亜紀は頭を撫でるクラーザの手に、自分の手を重ねる。
そして、もう片方の手で、クラーザの頬に触れた。
綺麗な顔。
切れ長の紅い眼。
大好きなクラーザ。
血に汚れても、クラーザは亜紀の愛するクラーザのままだった。
「クラーザ…死んじゃ嫌だよ…
アタシを置いて、死んじゃ嫌だよ」
クラーザも両手で亜紀の頬に触れた。
溢れる涙を脱ぐいもせず、亜紀の顔をしっかりと眼に焼き付ける。
「大丈夫だ。俺のことは何も心配…いらない」
亜紀の顔を何度も何度も、クラーザは愛おしそうに触れる。
鉄柵がなければ、抱き締めたい。
「クラーザ…愛してる…
あなたが好き、あなたじゃなきゃダメなの…」
亜紀はクラーザの頬や首や髪に触れる。
暖かいクラーザの温もりが、こんなにも愛おしくて切ない。
「俺もだ、あき」
クラーザは亜紀の首に手を回して、鉄柵越しから唇を重ねてきた。
「………」
亜紀もクラーザの耳に手をやり、熱い口付けを交わす。
何度も何度も。
「――――」
血の味がするキス。
だが、そんなこと構わなかった。
クラーザの手が亜紀の手をまさぐり、亜紀は答えるように手をつなぐ。
何度も深く唇を重ねる二人を、蛇威丸は憎らしそうに睨んでいた。
「ちっ…」
しかし、止めることが出来ない。
ショックなのか、身動きが取れなくなる自分の体が怨めしい。
それほどまでに、自分が落ち込んでしまうのかと呆れてしまう。
「……」
そんな蛇威丸を、ソイーヌはそっと見ていた。
「あき…」
唇が離れると、クラーザはまだ口付けを求めてくる亜紀に問いかけた。
「なにがあっても…あき、俺を信じろ」
「クラーザ…」
亜紀はまた唇を重ねた。
そして、すぐ離れる。
「なにか…考えがあるの?大丈夫なの…?」
こんな状況を見ても、大丈夫だとは到底思えなかった。
クラーザのくたびれた姿を見てもそうだ。
「お前を…必ず守る」
クラーザの言葉は信じることが出来た。
すっ…と素直に心に響く。
だが、亜紀は首を横に振った。
「ダメ…!そんなこと言って、クラーザ、アタシに嘘つく。
クラーザも生きていなきゃダメなの…!
もう、死ぬのを見るのは絶対にイヤ!」
前に、必ず迎えに来ると言って別れたクラーザは、亜紀を守るために死んでいた。
それの二の舞になるのではないかと、亜紀は疑わないわけにはいかない。
あっさりクラーザの言葉を信用してしまう自分を戒めなければ、またあの時と同じようになってしまう。
「クラーザ…あのね…あのね…」
亜紀は涙を溢しながら、クラーザを説得するかのように話始めた。
「アタシ…赤ちゃんを産んだの。クラーザの子供なんだよ…」
クラーザは初めて見せる『えっ?』と驚いた顔をする。
しかし、驚いているのはクラーザだけじゃない。
その場の誰もが、亜紀の爆弾告白に動揺した。
「可愛い男の子なの…
今は…イルドナさんがどこか遠い場所で命をかけて守ってくれてる」
「………」
言葉を失うクラーザ。
淡々と話続ける亜紀。
人生でこんなに驚かされたのは、二度目かもしれない。
一度目は、亜紀の妊娠を知らされた時だ。
「クラーザとアタシの赤ちゃんなんだよ…」
だからお願い、死んじゃ嫌だ…!
という言葉を遮って、クラーザは亜紀の顔を引き、オデコを合わせた。
「そうだったのか…
一人にしてしまって…本当にすまなかった…」
クラーザは強く目を閉じていた。
感極まっているようで、言葉を何度も詰まらせていた。
「大丈夫…イルドナさんも、クラーザの赤ちゃんもずっと一緒だったんだもの。一人じゃなかったよ…」
「あき…」
グイッッッ!!!!!!
急に、亜紀はクラーザから身を引き離された。
「きゃっ!クラーザ…!!!!」
亜紀の体を蛇威丸が無理に抱き上げた。
「―――!」
クラーザも一気に立ち上がる。
「ここまでだ!俺様の寛大な心に感謝しろ!ベルカイヌン!!」
蛇威丸は亜紀を肩にかつぎ上げ、クラーザに睨みをきかせた。
「だがな…!!!!!!!即刻、子供を探しだして殺す!
その次にお前だ!お前はなぶり殺してやる!!!!!!
亜紀は特別に、俺の妃にしてやる約束なんでな。
亜紀には、俺の後継者をたくさん産ませてやるから、地獄で感謝しな!」
あははははと怒り顔で高らかに笑い上げる。
そして、すぐ様、後ろに並ぶ騎士団達に視線を向けた。
「ーーーーおい、お前ら!
たった今から、貴様らの大好きなゲームをしてやる!
こいつの糞ガキを殺した者には、褒美を取らす!
褒美は城だ!好きなだけデカい城を造ってくれてやる!
いいか!!!!!!??ガキは跡形もなくなるぐらいブッ殺せ!!!!!!」
「了解」
「すげぇ褒美!」
「ガキなんか、すぐ殺せるだろ」
「その城、俺が必ずもらう」
「熱くなり過ぎ。ヤルけど」
皆は口々に呟き、ゲーム参加を名乗り出た。
ついでに蛇威丸は、ビマーラにクラーザへの強い仕打ちを命令すると、さっさとその場を去っていった。
「ーーーーーーーーーー」
蛇威丸は大股で早歩きで亜紀を連れ去る。
自分の部屋に入り、幾つにも別れた一室に連れ込んだ。
そこは、一つの明かりだけの真っ暗な寝室。
ドサッ…!
亜紀を高さの低い、大きなウォーターベッドの上に放り投げた。
「いやっ…!クラーザ!!!!」
蛇威丸は嫌がる亜紀の上に股がり、服を脱がそうと取っ組み合う。
すると、後ろからソイーヌが部屋に飛び込んできた。
「ちょっ…!!!急に何をする気!?……正気なの!?
性行為は医者から止められているわ!」
今の亜紀に性行為は禁止されている。
子宮があるなしに関わらず、術後で今は雑菌が入りやすく危険行為になる。
「うるせぇ!!!!気が立っておさまらねんだ!
邪魔するんじゃねぇ!!!!」
蛇威丸は亜紀の胸元の服を引きちぎる。
ビリ…!!!!
「いやっっっ!!!!」
亜紀ははだけてしまう前に胸元を押さえて隠した。
ソイーヌは蛇威丸の腕を力付くで引っ張り、亜紀から引き離す。
「何を考えているのよ!止めなさい!!」
今度はソイーヌと取っ組み合いになる。
蛇威丸はソイーヌを押し倒し、立ったまま見下ろした。
「じゃあ、貴様が脱げよ。俺様の機嫌をとれ」
すると、床の上で蛇威丸はソイーヌに襲いかかった。
「ちょっ…やめて!離してよ!」
ソイーヌは蛇威丸に両腕を掴まれ、仰向けに寝かされる。
タイトなドレスの裾がめくり上がり、太股が露わになる。
「抵抗するじゃねぇ!!!!」
「あぅっ……!」
怒り狂った蛇威丸は、乱暴にソイーヌを殴りながら服を引きちぎる。
ソイーヌも力付くで抵抗するが、いっこうに蛇威丸の力は衰えない。
「やめてぇ!!!!」
ソイーヌの悲鳴。
蛇威丸はソイーヌの首を締めて、自由を奪った。
「淫売婦の分際で、今さら気取ってんじゃねぇぞ!」
バシィィン…!!!!
蛇威丸はソイーヌに平手打ちをする。
ソイーヌの口から血がにじみ出た。
「やっ…!」
ソイーヌの漆黒の美しい髪が、床の上で乱れる。
蛇威丸の手によって、抵抗できなくなる。
ドンッ――――!!!!!!
「うっ…」
いきなり、蛇威丸の顔が歪んだ。
ソイーヌを羽交い締めしていた手の力が緩む。
「………!」
ソイーヌはすぐに蛇威丸の腕から抜けだした。
そして、蛇威丸もソイーヌも後方を見上げる。と、そこには…
「やめてよ…!汚らわしい…!」
大きな花瓶を両手に握った亜紀の姿があった。
亜紀はとっさに花瓶で、蛇威丸の頭を殴ったのだ。
おぼつかない足取りではあるが、ソイーヌの元に駆け寄り、庇うようにしてソイーヌの衣服を押さえる。
「あなた、最低よ…!
自分以外の人を人だと思ってない。最低の人よ…!!」
女が二人、庇いあうように寄り添っている。
蛇威丸は殴られた頭を押さえ、痛そうに目を細めて舌打ちをする。
「俺を騙したな…子供を産んだだと…?
この俺様をなんだと思ってんだ!」
蛇威丸の怒り狂った顔。
蛇に睨まれ、二人は体を凍らせる。
「なぜ、この俺の気持ちが伝わらない!?
この俺の気持ちがなぜ、わからないんだ!!!!」
亜紀にぶつける感情は、素直なまでに正直だった。
高ぶった気持ちが爆発する。
こんなに亜紀を想っているのに。
こんなに必要としているのに。
なぜ、汚らわしいなどと残酷な言葉を簡単に吐くことが出来るんだ!?
目の前でクラーザとの熱烈なキスを見せつけられ、強烈な目眩がして立っていられなくなりそうだった。
今までどれだけ大切に扱い、この気持ちを伝え、優しくしてきたことか。
わかっているはずなのに、なんて残酷なことをするのか。
こうやって、苦しみ傷つける為にやっているのか?
わざとに、そんなことをして、この俺を傷つけたいのか!?
そこまでして、なぜ俺を憎むんだ!?
「お前が俺に…初めから優しくしてくれれば、俺だって、ベルカイヌンをこんなにも憎むことはなかった…!
ベルカイヌンをあんな目にあわせているのも、お前がこの俺を邪険にしているからなんだ!!!!!
俺を暗闇に閉じ込めて逃がそうとしないのは、アキ自身じゃないか!!!!
それが、なぜわからないんだ!!!!」
蛇威丸は決死の面持ちで、亜紀に訴えた。
蛇威丸が亜紀を城に監禁してから会いにいかないのも、亜紀に拒まれて傷つくのを恐れていたからだ。
「俺が…俺のこの姿が人間ではないから、だからいくら傷付けてもいいとそう思ってんだろ…」
気味の悪い姿。
そんなこと、自分だってわかっている。
「やめて…」
亜紀は迷惑そうな顔をしていた。
そんなにも、この言葉は受け入れ難いというのか?
こんなに想いを必死に伝えているのに。
「酷いのは…アキの方じゃないか。
なぜ答えてくれない?
なぜこんなに俺が話しているのに、答えてくれもしないんだ!」
「やめて…!」
亜紀の声が蛇威丸の言葉を掻き消そうとした。
「―――」
蛇威丸は悲しみを訴える目で、亜紀を見つめた。
どうか、この気持ちが通じて欲しい。
だが、亜紀は軽蔑した目を変えなかった。
「被害者ぶるのは…もうやめて」
亜紀の口からは思いもよらない言葉が出てきた。
ソイーヌは亜紀と同じく、乱れたドレスを押さえたまま、その場にいるしかなかった。
「被害者ぶるだと…?」
「そうよ…。
なんでも人のせいにして、被害者ぶっていれば、こんなことしていいと思っているの?」
亜紀はもう絶対に蛇威丸と話をしないと決めていたが、言わなければ気がすまなくなった。
「生まれつきの体のせいにして、
クラーザやアタシのせいにして…自分は悪くないだなんて…」
亜紀は隣にいるソイーヌの二の腕をしっかりと掴んでいた。
それはソイーヌを頼ってではなく、自然とこの状況の中で、恐怖を押し殺す為だ。
ソイーヌを仲間だとは思っていないが、猫の手も借りたいくらいに、誰かに寄り添っていてもらわなければ、蛇威丸が怖くて負けてしまいそうだから。
「あなたは特別なんかじゃない。
あなたみたいな人はいくらでもいる。
自分だけが特別だなんて思わないで…」
「―――」
蛇威丸は亜紀の目を凝視したまま、口をつぐんだ。
「アタシの育った世界にも、あなたのような人が沢山いた。
好きで好きでたまらなくて、でも気持ちが通じないからって、憎くて殺すの。
好きだからって理由をいいことみたいに、朝も夜も関係なく追い回して、しつこく付きまとって、自分の物にならないからって殺してしまうの。
知ってる……?
アタシの世界では、そういう人を『ストーカー』って呼ぶの…」
「この俺が『ストーカー』?」
蛇威丸は亜紀の言葉を繰り返した。
聞いたことのない言葉。
だが、良い言葉でないことは話の流れで誰でもわかる。
「あなたは…子供のまま大人に成長してしまった我慢が出来ない我が儘な人なの。
その姿のせいじゃない。
あなたの性格が問題なのよ…」
いつ怒り狂って、またいつ暴れだすかわからない蛇威丸に、こんなこと言って通じないとは思うが、言い始めたら最後まで言わなければいけない。
「誰にだって、叶わないことはあるの。
でも、だからって手に入らないから壊したり殺すのはいけないことなのよ」
幼稚園児にいうようなことだ。
だが、相手は幼稚園児ではない。
狂暴な加害者だ。
「そんなこと…誰が決めた?
俺は、この俺様の欲しいものは絶対に手に入れる。必ずだ」
蛇威丸が怒っている。
亜紀に強い殺意を向けている。
「アタシはあなたのものには絶対にならない。
いくら素敵な部屋を与えられても、ドレスや食事をいただけても、あなた自身が素敵じゃないから…
我が儘で乱暴で横暴で、
自分勝手で偉そうで、
誰も大切にできなくて、
自分ばっかりが可哀想だなんて妄想してて、人を羨んでばっかりいて…そんな人、好きになれって言う方が無理よ…」
亜紀は話を止めない。
蛇威丸が苛立ちはじめているのは見えているが、ここで止めるわけにはいかない。
「もし…アタシがここであなたの物になるって言ったとしても、あなたはアタシをいつか殺すの」
「そんなハズあるわけないだろう!!!みくびるな!」
蛇威丸は堪えきれずに、亜紀の腕を掴んだ。
亜紀は体をそらせながら、蛇威丸から離れようとする。
「必ずそうなる!
アタシを手に入れたら、今度はアタシの全てを欲しがる。
過去も未来も手に入れないと気に入らなくなる!
クラーザの名前を出した途端、怒り出したり、他の男の人と話したら殴ったり、変えられない過去を思い出しては、アタシに暴力をふるうようになるのよ……!」
「………」
蛇威丸は思い当たるふしがあり、言い返せなくなる。
確かに自分の欲求はいつまでたっても満たされず、次から次へと欲求は募っていく。
「それを何て言うか教えてあげる。
『ドメスティックバイオレンス』、『DV』って言うのよ。
あなたは自己愛が強すぎる病なのよ。
自分が特別だって思い込んでて、傲慢な態度をとって、人を利用して、人に嫉妬して、権力や地位や名誉ばっかり気にしてて、他人の感情や感覚がわからないのよ!」
「‥‥‥」
蛇威丸はガクンと膝を落とした。
そのまま自分の体を抱き締める。
ソイーヌはこんなにも蛇威丸を言葉で攻撃できる亜紀に驚いていた。
こんなに焦りと不安と孤独に陥る蛇威丸を見たことがなかった。
強がっているが、亜紀の前では無力に見える蛇威丸。
恥ずかしげもなく、亜紀には感情剥き出す蛇威丸が別人に見えた。
「確かに…そうかもしれない。アキの言う通りだ」
わなわなと震えている蛇威丸。
うつむき、強く自分を抱き締めている。
「同じようなことを…ある男に言われたことがある。
でぃぶい…やら自己愛どうとかっては言ってなかったが…」
亜紀の言う言葉に思い当たるふしがあり、過去を振り返った。
亜紀もソイーヌも黙って、うずくまる蛇威丸を見つめていた。
「その男は…知性があり頭が良く、俺ととても気が合った。
どこへ行くのも、なにをするのも一緒で、俺の自慢の相棒だった。
だが―――男は俺の前から去ると言い出した。
俺は拒否したが、男と約束を交わし、遠くない未来でまた一緒に出会える日を期待し、それを許した」
亜紀はまさかと…思った。
蛇威丸は目を強く閉じまま、続ける。
「男が旅立つ前、俺たちの前に覚醒者が現れた。
黄色の覚醒者。
男は出会ってすぐに、その覚醒者と意気投合し、見たこともない顔で楽しそうに覚醒者と笑って話していた。
俺の入る隙間などまるでなく、俺がいた場所にあっという間に、黄色の覚醒者が滑り込んできたんだ。
憎くて悔しかった…」
ソイーヌも聞いたことのない話。
そもそも蛇威丸が過去を語ることがなかった。
「突然、黄色の覚醒者は姿を消し、その後すぐに、男は俺の前から去っていった。
何度か、男と再会する機会があったが、淋しくて辛かった。
一人は物凄く辛かった…
男が去る前に残した手紙を、毎晩何度も読んだ。何度も何度も。
俺への感謝が書かれていたのが大半だったが、たった一文の内容が気になって仕方なかった」
蛇威丸はうっすらと目を開けはじめる。
遠くを見ている。その時のことを。
「その文とは…
黄色の覚醒者と連絡が取りたい。
黄色の覚醒者がもし戻ってきたら、そのことを伝えてほしい。
そういう内容だった」
手紙の9割が自分への言葉なのに、1割のそんな些細な言葉が許せなかった。
その気持ちをまた奮い起こし、蛇威丸は身震いしていた。
「時間がたつにつれて、怒りは悔しさをおび増幅した。
だから、俺は男に黄色の覚醒者と再会させてやることにしたのさ…」
蛇威丸の顔付きがかわる。
口元だけ笑い、苦笑いする。
「男に黄色の目玉を2つと、茶色がかった黄色の髪がついた頭皮の皮をおくりつけてやったのさ…」
「―――っ!」
亜紀は口元を押さえて、吐き気を催した。
その男とはクラーザに違いない。
クラーザにそんな酷いことをした蛇威丸に吐き気を感じる。
「男は箱を開けて、裏向きに置いといた目玉の色を確認して、きっと叫んだに違いない。
それとも、頭皮つきの黄色の髪を見て、咄嗟に気味悪くて投げ捨てたかもしれない。
―――それを想像するだけで、いくらか気が晴れた。
俺は黄色の覚醒者を殺したのさ。
俺の方が強いと知らしめてやったのさ」
くくくくくくっ…と笑いだす蛇威丸。
だが、本気で笑っているように見えなかった。
どこか悲しげな目。
「わかるよな…?俺はこういう人間なんだ。
今に始まったことじゃない。
こういうやり方でしか…生きられないんだ」
亜紀は怖がり、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「クラーザが…あなたをあんなに嫌う理由がわかった…
ひどいよ…ひどすぎる…」
黄色の覚醒者の一部分が入っていた箱を開けて、クラーザはどんなに悲しんだことだろう。
気の合った蛇威丸にそんなことをされて…
意気投合した黄色の覚醒者を無惨に殺されて…
心がズタズタに傷ついただろう…
「アキは俺のことをよく理解してる。
俺の性格も性分も。
‥‥だったら、いつまでも俺の側にいて、ずっと俺のことを見ていてくれ。そうすれば、きっと俺は変われるだろう」
蛇威丸はそっと近付いて、亜紀の両手をとった。
亜紀は首を横に振るが、蛇威丸は何度も願い出る。
「お前しかいないんだ…この俺を止められるのは。
お前だけなんだ…」
「嫌よ…」
亜紀は何度も何度も首を振った。
「クラーザがアタシを愛してるから…
アタシを手に入れたいだけでしょ…
そんな物の取り合いみたいなことは、もうやめて…」
亜紀は蛇威丸の腕を振り払えなかった。
ここで抵抗すれば、自分も黄色の覚醒者のようになってしまうのではないかと、恐ろしくなってきたのだ。
蛇威丸は完全に狂っている。
「違う…!ベルカイヌンがお前を気に入っているから、お前を手に入れたいわけじゃない!
確かに…ベルカイヌンに負けたくなくて、お前に固執している自分もいた。
だが‥!今は違う!お前が欲しくて欲しくてたまらないんだ!」
蛇威丸の片手が、亜紀の頬に触れる。
「お前の俺を呼ぶ声。
それだけで、俺はお前に惚れ込んでしまった。
お前のふっくらした唇。可愛い仕草。
なにもかも、全て俺のモノだ」
「嫌だ…!」
亜紀は思いきって、蛇威丸の手を振りほどいた。
クラーザのように頬を触らないで!
クラーザの温もりが消えちゃう…!
「アキ…愛している」
蛇威丸は亜紀の肩を抱いて、真剣な眼差しで亜紀を見下ろした。
亜紀は全身に鳥肌が立ち、身構える。
「嫌‥!嫌だ…!やめて!」
亜紀は蛇威丸から飛び離れ、耳を覆った。
気持ち悪い…!
愛しているだなんて…クラーザ以外に言われたくない…!
「アキ!」
「近付かないで…!
アタシはあなたの気持ちにこたえることは出来ない!
アタシはあなたなんか愛してない!
アタシを愛していいのは、クラーザだけなの!
もう、アタシにしつこくしないで…!!」
「‥‥‥」
蛇威丸はぬっと立ち上がり、さっさと部屋を出ていこうと歩き出した。
カツン…カツン…
そして、足が止まる。
「――――なおさら火がついた。
ベルカイヌンとお前は、なにがなんでも引き裂いてやるぜ。
まずは絶対にガキをブッ殺す…!
何がなんでも、地獄の果までも追いかけて必ずブッ殺してやる…!」
ソイーヌはこの会話で、蛇威丸の異常なまでの執着心を初めて知った。
蛇威丸が部屋を出ると、廊下には騎士団たちが待っていた。
声は聞こえるはずもないが、皆、重々しい表情をしている。
「このっ…!クソ野郎がぁ!!
てめぇが余計なことを言うからこうなったんだ!」
蛇威丸は十耶の胸ぐらを掴み、唾を吐いた。
「‥‥」
十耶は黙って殴られ、その場に立ち尽くす。
「いいか。さっさとアキを閉じ込めておけ。
絶対に出すんじゃねぇぞ!」
蛇威丸は鼻息を荒くして、今度はペケに顔を向ける。
「それから、ビマーラに伝えろ。
奴を起き上がれないくらいに、ボコボコにしとけと!」
「わかった」
それだけ伝えると、蛇威丸はさっさと騎士団の前から消えていった。
その姿を確認して、慶馬は部屋に入っていく。
「ソイーヌ、大丈夫ですか?」
ソイーヌは慶馬の声が聞こえ、素早く亜紀の手を取る。
「早く隠しなさい」
亜紀の乱れた服を直させる。
この暗がりの部屋では蛇威丸に気付かれなかったが、亜紀の首から下は真っ白の肌をしていた。
首から上と、手の甲までも覆う長袖の手に、黒い濃いリキッドファンデーションで何重にも肌を塗りたぐっていたのだ。
「‥‥‥」
亜紀ははだけそうな胸元を隠した。
ガチャ…
間一髪のところで、慶馬が入室してくる。
「ソイーヌ…何があったのです…?」
慶馬は寝室で割れた花瓶をすぐに見つけた。
暗がりのこの部屋には似つかわしい花瓶。
花などは入っていなかったようで、水や花の存在はない。
「わたしは大丈夫よ。妖魔女をお願い」
ソイーヌはすぐに立ち上がり、血がついた口を拭った。
「ええ、わかりました。妖魔女、あなたを監禁します」
慶馬は亜紀の腕を強く握り、部屋から連れ出した。
慶馬と十耶が、亜紀を元の部屋に送り届けた。
「これ、ソイーヌが選んだ服だ。着ろ」
十耶が黒い長袖つきの服を渡す。
足元を隠すため、薄手の長いパンツもついていた。
「どうして…どうして、アコスさんは死んだの」
ポツリと呟く亜紀。
十耶はソファに下ろした亜紀を見下ろした。
「―――俺は死に様を見ていないから、何も知らない 」
その会話を慶馬が制した。『無駄に何でも話すな』と。
「アコスさんは、自分で命を絶つような人じゃなかった…!
どうしてなの…!」
亜紀の深い悲しみが十耶に伝わってくる。
「そんなに酷いことをしたの!?
自分を殺してしまう程、むごいことを…!」
十耶は慶馬に止められても、亜紀の前からどかなかった。
「お前が王の言う通りにしないからだ。
だから、残酷な仕打ちが続いているんだ」
「十耶!お止めなさい!妖魔女との会話は禁止されているはずですよ!」
亜紀も十耶も、慶馬を無視して続けた。
「あなた達だって、きっといつか蛇威丸に殺されるわ…!
蛇威丸にじゃなくても、きっとそんな酷いことする人を誰も許したりしないから…!!」
「そんなこと言われなくともわかってる。
だが…俺にも理由があるんだ」
「理由ってなに!?
罪のない人を殺す理由なんてどこにあるの…!」
十耶はふと息をついて、亜紀に背を向けた。
うつむいたまま、小さく語りだす。
「‥‥俺には双子の妹がいた。
妹は何年も前に殺された。名も知れない盗賊にだ」
「‥‥‥」
亜紀はそれに同情が出来ないくらいに怒りを感じていたが、十耶は構わず続けた。
「金がなければ、家も持てない。
金がなければ、食べ物も服も買えない。
金があったら…妹を救えていた。
食べ物もなく弱った妹は、盗賊から逃れる体力もなく、家も奪われた直後だったから、路地であっさりと殺された」
全ては金の為だというのか。
「俺は…必死で剣術を磨いていたというのに、妹を目の前で殺されても、立ち上がる体力すらなかったんだ」
餓死直前だった十耶。
喉の乾きで、声も出なかった。
「目の前で妹は犯され、ボロボロの衣服さえ剥ぎ取られ、ゴミのように捨てられた。――毎晩、後悔からその時の夢を見る」
妹の最期が脳裏に焼き付いていて、頭から離れない。
「十耶…!もうそのくらいでいいでしょう!よしなさい!」
「だったらなんで、あなたは妹のような人を殺すの!?
あなたは弱い人を守るべき立場になるはずじゃないの…!?」
「弱者が弱者を守れるって言うのか?
俺はやっとスタートラインに立ったにすぎない。
もっともっと金を手にいれて、安全に身を隠せる完璧な場所を手にいれなければ、また同じことが起こるんだ」
十耶は鉄柵に囲まれた窓から外を見た。
こうやって、誰も攻めてこれない高い高い場所に身をおかなければ安心出来ないのだ。
「お金持ちになってお城を手にいれたら満足するの…?」
「そうしていれば、妹を殺されずにすんだ」
「間違ってる…
あなたが満足した時には、きっとあなたの大切な人はあなたの側から離れていく…」
傲慢な蛇威丸のように、周りから人が消えていく。
そうに違いない。
慶馬はしびれを切らして、十耶の腕を強く引いた。
「我々は、王に殺されることはありません!
王の大事な側近なのですから!
余計な口は慎んでください!」
慶馬はそのまま、十耶を部屋から引きずり出した。
ガシャン…!!!!
大きな音を立てて、鍵がかけられた。
「十耶!どういうつもりですか!
なんであんな話をしたのです!」
部屋のすぐ側で、慶馬が十耶を罵倒した。
十耶はばつが悪そうにしている。
「お前には…感謝してる」
「はぁ?何を言っているのですか!」
十耶は顔を上げて、慶馬を見た。
「妹が殺されて、やっきになってる俺に、ソイーヌを紹介してくれた。
ソイーヌが妹の姿をしてくれなければ、俺はいつまでも妹の死骸から離れられなかっただろう…」
それは過去のこと。
慶馬と十耶は幼なじみだ。
十耶と違って、慶馬はその村では裕福な家で育ったが、十耶は兄妹二人だけの家族だった。
「なぜ、今さらそんな話…」
「だが…お前に拾われて俺は屈辱的だった」
「知っています。だから、アダの誘いに乗ったのでしょう?」
十耶はその後、慶馬の家族に犬のようにして飼われた。
「金がほしい。世界を俺のものにしたい。そう思った」
「私もですよ」
十耶は部屋の向こうにいるであろう、亜紀に視線を向けた。
「もう俺には大切な人は…いない」
ランレートはグラベンの治療にあたっていた。
少年はグラベンのすぐ隣でそれを見守り、黒柄は少し離れた場所で焚き火で魚を焼いている。
ホゥ…ホゥ…
梟の鳴く声。
そこは、川辺近くの森奥。
四人はしばらくの間、野宿していた。
コォォォォォ…
優しい光がランレートの手中から溢れだし、グラベンの肩の傷を完全に回復させる。
「傷は治ったけど…」
ランレートは何も言わずに、残念そうに首を横に振った。
『右腕は使い物にならない』そう示している。
「そんな…傷はとても綺麗に治ったじゃないですか」
少年が悲しそうに顔を上げた。
ランレートは幾晩に渡って、グラベンの肩の傷を治療していた。
今夜が、最後の治療となる。
「そうだぜ。こうやって…飯だって上手く食えてる」
グラベンは右手で箸を持ち、炊きたての米を食べて見せる。
「箸やフォークは持てるけど、剣や斧は持てない。軽いものしか無理だよ。もうグラベン君の右腕は……使えない」
ランレートの魔術は傷の手当で精一杯だった。
ビマーラに射ぬかれた肩は、特殊な光線で貫かれ、本来の機能を失ったのだ。
「嘘だ…」
少年は自分を守る為に失ったのだと、自分を責める。
「ディー、そんな落ち込むなよ!
使えるのは右腕だけじゃないしよ!」
こんな時でも、グラベンは落ち込まない。
本気で後悔していないのだ。
「ほらよ!実は俺、左利きなんだ!」
左手を器用にこなし、グラベンは左手で箸を持つ。
「でも、片手じゃ無理です!もう戦えません!」
「ばぁか!使えんのは、腕だけじゃねぇよ!
足だって、頭だって使えるぜ!!」
グラベンは足の指を器用に動かし、今度は地面の小石を拾ってみせた。
グラベンの器用さといったら、天下一品だ。
体の柔軟性には長けている。
「グラベン君、これからどうする?」
ランレートが黒柄から渡された焼き魚を、グラベンと少年に渡す。
「もちろん、死骸国に乗り込むぜ。クラーザはそこにいる」
「でも、こんなんじゃ無理です!
行っても皆殺しにされるだけです!」
少年は魚に口も付けず、グラベンに身を乗り出して怒る。
「ディーは、無理して付き合わなくていいよ。
俺たち二人だけで行くからよ」
グラベンは少年に無理強いしなかった。
兄貴ゆえの優しさか。
「何を言うんですか!僕だって一緒に行きます!
右腕の責任は取らせていただきますから!」
いつの間にか、少年はグラベンに肩入れしていた。
「お前を連れていくのには、ちと心配だ」
剣も使えなかったディーだ。
足手まとい間違いない。
「グラベン君の言う通り、君は無理しなくていい。黒柄と安全な場所にいた方がいい。
蛇威丸やアダ達だけでなく、死骸国の軍事兵だっているんだ。
とても敵う相手じゃないよ」
ランレートは焚き火が大きくなりすぎないように見張りながら言った。
少年はうつむき、そしてまた口を開く。
「玉石を―――使います。
それなら、充分に二人のお力になれるでしょう」
少年の腹をくくった鋭い目。
「玉石は守りに使うものだろ?
戦場に行かなくても、ここにいて身の危険を感じたら自分を守れ」
少年が危機一髪で、蛇威丸たちから身を守ってくれたことに、グラベン達は感謝している。
だが、戦場には連れていきたくない。
「玉石の力は…それだけじゃありません。
現に、相手方も玉石の力を使っていた」
ディーの発言に、グラベンもランレートも目を見開く。
「そりゃ、どういう意味だ!?
蛇威丸達が玉石を操ってたって言うのか!」
「ええ、その通りです」
今度はグラベンが身を乗り出して、ディーの話に食らいつく。
「そんなのわかんなかったぞ!
玉石なんてチラッとも見えなかった!
なぁ?ランもそうだろ??」
「うん、私も見てないよ」
パチパチと焚き火は音をたてる。
近くでは川のせせらぎが聞こえた。
ディーは険しい顔をして、蛇威丸達との戦闘を思い返した。
「あの…獣に化けた術。
あれは、紛れもなく玉石の力を利用したものです」
「え…?」
蛇威丸意外の者が、巨大な獣に変化したあのことか。
「玉石はそんなことも出来るの…?
いや、そうじゃない。
問題は…玉石を扱える者があちら側にもいるということだね…」
ランレートは口元を押さえて、考え込んだ。
すると、遠くの黒柄が様子を伺って、口を挟んできた。
「あきさんの記憶じゃ、玉石を使える人はいなかったわ。
だから、召喚術に失敗したのよ」
そうだ。
亜紀の見てきた未来には、玉石を使える者はいなかったはずだ。
「……となると、蛇威丸やアダ達以外の誰かが、奴らを後ろ楯してるってことか?」
「そうとしか考えられないね」
グラベンは苦い顔をする。
これは、完全に勝利が見えなくなってくるではないか。
「玉石って一体なんなんだよ…」
グラベンの深い溜め息。
ディーは心して、話始めた。
「玉石は1つ1つは、僕の使ったように強い波動を持っていて、敵を跳ね返すことができます」
グラベンもランレートも、ディーの話を真剣に聞いた。
「そして、そのあとは6の倍数で術をかけることが可能なのです」
「6の倍数?
確か…蛇威丸は玉石を5個しか持っていなかったよね?」
ランレートのその疑問に、チッと舌打ちをしたグラベンが答える。
「アダが1つ隠し持ってたじゃねぇか。くそっ…!
俺が何がなんでも、アダの玉石を奪っときゃ良かった!」
一度はアダの玉石を目の当たりにしたグラベン。
あと少しのところで手に入るはずだったのに…
「6個で6人の戦士を巨大な獣に変化させることが出来ます」
「なるほど…きっとあの新手のメンバーだね」
またしても、ランレートの言葉にグラベンが付け加える。
「それじゃ5人しかいねぇ。もう一人は誰だ?」
「まさか、アダ自身とか?」
あの時はアダはいなかったが、もしかしたら、その可能性は高い。
ディーは話を続けた。
「――そして、12個で異空間を召喚することが出来ます」
ひとつひとつに驚くグラベン。
『なんじゃそりゃ!!?』とひっくり返りそうになる。
「それから、18個でその異空間をも斬れる剣を召喚することが出来ます」
遠くの黒柄も話を聞いている。
「どんな設定なんだ!?玉石ってのはよ~!!!!」
頭が混乱しそうになる。
想像が出来ない。
「玉石の術には順番があるのです。
まずは、門番の『獣』
それから、王宮の『異空間』
そして、その鍵となる『剣』
………わかりますか?」
ランレートはなるほどと、意外と早くに納得した。
「門番に王宮に、鍵…
じゃあ、最後の24個目の術は?」
ランレートが頷きながら話を整理した。
ディーも同じく頷いて、最後の術を教える。
「最後は『扉』です」
それは繋がったものになっていた。
これを知る者は数少ない。
「扉ってのはなんなんだ?」
グラベンがゴクリと生唾を飲んで、最後の内容を聞き明かす。
「扉は、イメージした場所に行くことが出来るのです。
つまり、瞬間移動と同じようなものです」
「なるほど…」
ランレートは冷静沈着に最後まで話を聞き終えた。
グラベンは横でヒーヒーと頭を抱えている。
「じゃあ、やっぱり君は来なくていいよ。
私達の戦闘には、君の身の危険を伴ってまでの必要はない」
「えっ!?」
ディーはランレートの冷静な判断に呆気に取られる。
ここまで話して、必要ないと…?
「うむ…」
グラベンは眉をこする異様な仕草を見せながら、まだ考えていた。
「でもしかし!
玉石で防御することは、使えると思います!」
「私達は戦いに行くんだよ?防御してる暇はないよ」
それでも引き下がらないディー。
なにがなんでも着いていく気だ。
「玉石の力を、あんな野蛮な連中に使わせるわけにはいきません!玉石の秘密を守る僕の使命ですから!」
「死んじゃったらどうするの…まだ若いのに…」
ランレートの年配っぽい台詞。
グラベンはふと、あることを思い出した。
「なぁ、ディー。
話は変わるけど、その話を守る為に、なんであんなチンケな塔にこもってたんだ?
秘密を守るだけだったら、わざわざあの塔にいる必要なかったんじゃないか?」
確かに…とランレートも同感した。
すると、ディーはいきなり口ごもる。
「それは…」
言えない理由があるのか、初めて言葉を詰まらせた。
「まぁいいや!言えねぇならいいぜ!」
やたら優しいグラベン。
ディーはほっと安堵する。
ディーは表情を切り替えて、今度はグラベンに提案をした。
「きっと玉石のことで迷った時に、僕が力になれます。
そして、玉石の力が使いたくなったら、すぐに僕が使えます。
だから、僕も一緒に行きます!」
グラベンは笑った。
そして、ポンポンと優しくディーの頭を叩く。
「そんなに死に急ぐこたぁねぇよ。待ってろって」
「僕だって、グラベンさんの力になりたいんです!
ここまで…親切にされて、一人だけのうのうと逃げるだなんて…
男の恥です!」
人とふれ合うことを短い時間だが、身をもって教えてくれたグラベン。
ディーは生まれたてのヒヨコのように、グラベンを慕ってしまったのだ。
「‥‥玉石は使わねぇ。
瞬間移動ってのはおいしい話だが、持ってる玉石は13個しかねぇんだ。
死んでも奴らみてぇに、化け物になる気はねぇし、戦ってやられても異空間に逃げ込むつもりもねぇ」
瞬間移動が可能なら、サッと蛇威丸の前に行って、ザッと倒して、スッと逃げられる。
それから、瞬間移動が出来れば、バッとクラーザを迎えに行って、スッと逃げられる。
でも、それは玉石が全て揃わなければ不可能だ。
「グラベンさん…」
ディーは悔しそうに唇を噛み締めた。
すると、今度は黒柄が立ち上がり、ようやくグラベン達の元に近付いてくる。
「ディーさん、私も一つ聞いてもいいかしら‥」
意外と色っぽい声の黒柄。
ディーは残念な面持ちで、黒柄に振り向く。
「なんでしょうか…」
「あの…得体の知れないものの召喚は、玉石の術ではなかったの?さっきの話だと、出てこなかったから」
そうだ!とグラベンもはっとする。
アダ達はその召喚術をするから、亜紀が見た未来では世界が滅ぶのだ。
しかし、ディーの話の中ではそんな術はなかった。
「それは、玉石の間違った術なのです。
本来の術ではありません」
「けど、実際に使おうとしてる奴らがいるんだぜ?
その術には何個、玉石が必要なんだよ?」
グラベンもまたディーを質問攻めにする。
ディーは難しそうな顔をして答えた。
「その名を『邪悪怨念術』と言います。
玉石を一つでもあれば使える技です」
「なんだって!!!!?
そりゃめちゃくちゃやべぇじゃねぇか!!!!」
グラベンは森中に響き渡りそうな声を出した。
「けれどその技は、本来のものではないので、技をかけた者を呪い殺します」
ディーは穏やかに話すが、周りのグラベン達が黙っていない。
ランレートもひやひやとしていた。
「そんなの問題じゃねぇんだよ!
つまりは、いつだってその邪悪なんたらって技を使えちまうってことだろ!?
奴らが死に物狂いで、その技使っちまったら終わりじゃねぇかよ!!!!」
ディーは『ほえ?』と間抜けな顔をした。
なにも知らない顔。
「そんな危険な技、敵が使いますかね?」
「だから使ったんだよ!!!!!!!!!!」
「え?‥でも、滅んでませんよ?」
ディーはわざとに辺りを見渡して、平和な森林を確認する。
「ちょっと話が長くなるから説明しねぇけど、奴らは使う気満々なんだよ!」
「そうなんですか!それは、ヤバイですね!」
今更、焦り出すディー。
グラベンは頭を抱えて空を仰いだ。
「どうすんだよ~」
グラベンの重症な面持ちとは真逆に、今度はランレートがポンと拳を叩いた。
「そうだ!グラベン君、それこそ『異空間』だよ!」
「えっ?」
ランレートは明るい顔をして、とっさに閃く。
皆がランレートの顔を凝視した。
なにか回避法があるのか?
「蛇威丸の一味たちと、異空間の中で戦えばいいんだよ!
そうしたら、いくら邪悪なんたらって技を使ったところで、この世界に召喚されることはないんだよ!」
「なるほどっ!!ラン!頭いいぜ!!!!!!!!」
二人はパンと手を叩きあって、合図を交わした。
「異空間に彼らを閉じ込めてしまうことは出来ないの?」
黒柄が気になっていることを口にした。
そもそもそれが可能なら、戦う必要もなくなる。
「ディー、どうなんだ??」
グラベンはディーに返答を求めた。
ディーはすぐに首を横に振る。
「異空間の術は、半径が決まっています。
その大きさの中に入った者だけが、異空間に移動出来るんです。
それに、敵だけを…というのは無理です。術をかけた僕まで移動してしまいます」
ランレートが次に質問する。
「どうやったら戻れるの?」
「それは、先程言った『鍵』です。
つまり『黒炎の剣』が必要になるのです」
「じゃあ…無理じゃねぇか。玉石がたりねぇよ」
今から残りの玉石を探し始めるのでは遅すぎる。
ランレートはまだその可能性を諦めず、新たな方面から玉石を集める。
「蛇威丸達の玉石を集めれば、その剣を召喚出来るんじゃない?」
蛇威丸達は6個、
グラベン達は13個持っている。
『黒炎の剣』を召喚する18個には充分だ。
「戦ってる最中に、あいつらの玉石を壊しちまったらどうなるんだ?二度と出れなくなっちまうよ」
一か八かでの『異空間』は避けたい。
そんな場所で途方に暮れるのは、ごめんだ。
「敵は…
『邪悪怨念術』を使うのですか…
『邪悪怨念術』を…」
ディーが考え込むようにして、何度も呟いた。
「そうなんだ!だから、やべぇんだよ!
これを放っておいたら、世界はマジに壊滅しちまうかもしんねぇんだよ!」
未来ではそうなっている。
若かれし頃のパザナや、亜紀が同じ光景を見てきたのだ。
「なぜ、それをもっと早く言ってくれなかったんですか!
それを知っていれば、僕はもっと早くグラベンさん達の助けになったのに!」
「バカ言え!俺は頭っから、おめぇに『世界を救いてぇんだ!』って言ってたじゃねぇか!」
「そんなこと…!だって嘘っぽかったですよ!」
「嘘じゃねぇだろ!俺は嘘つかねぇよ!」
「今やっとわかりましたよ!これだけ話してもらえればね!」
「もっと早くにわかれよ!この石頭!」
「その顔が嘘っぽいんですよ!あなたのその全身が!」
「なんだと!この俺のどこが嘘っぽいんだよ!
おめぇの最初につけてた王冠の方が、よっぽど笑けるぜ!」
「笑けるって…!失礼じゃありませんか!
ただの野盗のくせに!」
「野盗じゃねぇよ!
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「―――で、もう満足したの?」
ランレートが呆れた顔で、グラベンとディーを睨んだ。
二人は息をきらす直前だった。
だが清々しい程、晴れた表情をしている。
「はい。それじゃ、最後の秘密を明かします!」
ディーはグラベンに頷き、そのまま続けた。
「異空間に通じる道は、実はもう一つ存在します。
『黒炎の剣』を召喚しなくても、そこから出られることが出来るのです」
「やった!ほんとか!!!!」
グラベンが両手をあげて、万歳をした。
なんとか未来は明るくなりそうだ。
「どうすればいいの?」
ランレートも長くなる密談を疲れた表情もせずに聞き入った。
「僕のいた塔の最上階に、その扉があります。
僕はそれを守っていたのです」
「そうだったのか…
んで、その扉を開けば、異空間に繋がるのか?」
グラベンは冷えそうになる焼き魚を、バリボリと食べ始めた。
「僕が異空間を召喚した後に扉を開けば、その異空間と繋がります」
ランレートはダイエットをまだ貫き通していて、何も食べない。
「誰かが、塔の最上階で扉を開けなければいけないってことだね?」
「そういうことです」
グラベンとランレートは戦いに行く。
ディーは異空間を召喚する為に、死骸国に入らなければならない。
となると…
「私が行くわ」
黒柄は低い声で申し出た。
黒柄しかそれを出来るのはいない。
「黒柄一人で大丈夫?」
ランレートが心配そうにした。
だが、黒柄は勇敢にも動じていない。
「扉を開ければ、ランレートさん達が助かるのでしょう?
だったら、やるわ」
「頼むぜ!黒柄!」
グラベンの言葉に、黒柄は深く頷いた。
「もし、異空間を召喚する前に扉を開けたらどうなるの?」
ふいにランレートがたずねた。
ふたてに別れたら黒柄とは連絡をとる手段がない。
謝って異空間を召喚出来なかった場合を想定していた。
「それはとても危険です。
以前に異空間を召喚して、閉じ込めたありとあらゆる魔物が雪崩れ出てきます」
「以前の異空間のものが‥‥?」
「はい。異空間は本来から、魔物を閉じ込める為に古代の人々は使っていました。
だから、その魔物が溢れ出てしまうのです」
だから、ディーは塔を守る使命を与えられていた。
邪悪な者に、魔物を解き放たれてしまわぬように。
「じゃあ‥‥ぜってぇ失敗は出来ねぇな」
「よし…!じゃあ、おさらいだ」
グラベンは地面に落ちていた木の枝をとり、土に箇条書きで整理する。
「ーーーーーーまず、全ての始まりは、黒柄をディーの塔に送り届けてからだ。無事を確認してから決行する!
で、決戦日の当日。俺とランとディーが死骸国に潜入する」
『行動』と書く。
「んで、たぶん囚われているであろうクラーザと紅乃亜紀を奪還する。二人は別々にいると考えて、
俺とディーがクラーザを、ランが紅乃亜紀を救出する」
『奪還』と続けて書く。
「そんで出来れば、紅乃亜紀を国外に逃がして、無理ならランが守ったまま、ディーが異空間を召喚する」
『召喚』と並べる。
「ここで、最期の戦いに持ち込む。
ディーは絶対に俺が守るぜ!んで、出来れば全員、ブッ倒す!」
『戦闘』と荒々しく書きなぐる。
「日没、日が沈んだら、それを合図に黒柄が異空間を開く扉をあける!
それで、俺たちが異空間から出て、残る奴らを永遠に葬るってわけだ!
その後は、玉石を砕け散るまで壊して、めでたしめでたし…!」
最後は『脱出』と、五つの言葉が書き終わる。
「うまくいくね」
ランレートはなんの迷いもなく、その案に同意する。
「その作戦に二点ほど、間違いがあります」
ディーは強い視線をグラベンに向けた。グラベンは『どこだ?』と首を傾げた。
「まずは玉石ですが、どんな力でも壊すことは絶対に出来ません」
「そうなのか…」
「それから、僕は剣こそ使えませんが、弓術にはかなりの自信があります。
自分の身を、これまでに自分で守ってきたのですから」
グラベンのお荷物にはならない。
むしろ、グラベンを守るのは自分だ!と言わんばかりの意気込み。
グラベンはにやっと笑う。
「そりゃ…頼りになるぜ」
「じゃ、明日は最後の武器調達をしなきゃね」
ランは立ち上がり、さっさと支度をする。
「ああ…絶対に動きがバレないよう始めるんだ」
グラベンはこれからの分を蓄えるかのように、大量の夕飯をかけ込んで食べた。
ディーは黒柄に、自分の親指につけていた指輪を手渡す。
「塔の中で、もし警備の者達に囲まれたらこれを見せてください。印籠の役割を果たしてくれます」
黒柄はディーの手に触れずに、それを受け取る。
「‥‥これで、ようやく終わりをむかえることが出来るのね」
今まですっとこの日の為に、パザナに従い、その身を捧げてきた。ようやく、グラベン達は自由になれる。
「そうだよ…黒柄。もうこれで本当に最後だ」
ランレートは優しく黒柄に微笑みかけた。
蛇威丸やアダ達一味を葬ることが出来れば、もう世界を脅かすものは消える。
戦うことはなくなる。
「本当ね…?」
「うん、約束だよ」
最期の戦いが終われば、黒柄はランレートと二人でひっそりと暮らすことを約束して、今まで生きてきた。
ようやくその時がやってくる。
「けど、油断はすんなよ。
なにが起こるかわかんねぇからな」
グラベンは一時も気を休めることはない。
森の奥では、最後のその時を今か今かと急かすように、木々がざわめいていた。
ザザザザザ…
夜の空は星を隠して、
月の姿を半分だけ見せている。
ザザザザザ…
明日は雨だ。
黒い雲が大空を覆っていた。
翌朝、まだ真っ暗闇の中、
グラベン、ランレート、ディー、黒柄は完璧に装備を整えていた。
予感通りの大雨。
土砂崩れがおこりそうな程の雨に見まわれる。
それが凶とでるか吉とでるのか。
グラベンは、その雨を大吉ととった。
雨は己らの足音を消し、足跡も隠す。
敵にバレずに動き回るにはうってつけのチャンスだと言う。
「行くぜ…」
グラベンの声をも、大雨はかき消した。
重々しい雰囲気。
ディーは深く頷き、雨に濡れる。
全員、雨に備えて水捌けの良い装備をしている。
今度、全員でゆっくり過ごせるのは決着がついた後だ。
「グラベン君、いつでも準備は出来てるよ」
ランレートは笑みも浮かべない。
これから向かう先に何が待ち受けているのか、これからの行く手が己らを強く阻もうとも、今から走りだしたら止まらない。
最後の最後の正念場。
フッソワ、ゾード、
彼らがいれば心強かった。
だが、その二人はもういない。
数少ない人数で、作戦頼みの戦が始まる。
第四幕 《完》
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やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
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