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第十九章✬望まぬ再会
望まぬ再会
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村に辿り着くまでには、邪魔がいくつも入った。
先を急ごうとする一行に、
命知らずな敵が、目の前に立ち塞がる。
クラーザは亜紀を抱えたままその中を走り抜き、
ぴったりと張り付くイルドナが、二人を守るようにして戦った。
魔導士は手も触れずに、
魔術をつかい、敵を吹き飛ばす。
アコスも懸命に戦った。
誰ひとりと負傷せずに、村に辿り着く。
既に、朝日が空に輝き始めていた。
「あっ...うぅっ....!」
村を目前にして、急に亜紀が苦しがりだした。
クラーザは走る速度をおとし、亜紀の様子を伺った。
「あき」
「ごめんなさっ...ゴホッ..」
亜紀はもう耐え切れずに、胃液を吐いた。
「どうした?大丈夫か?あきか?」
イルドナも亜紀を心配する。
強い二人には亜紀の弱い身体のことは、なかなか理解が難しかった。
「後少しだ。我慢しろ」
クラーザはそう言うと、
亜紀をしっかりと抱きしめ村に入っていった。
「へぇぇ~、ここが隠れ家かぁ」
魔導士は村を見物する。
村は静まり返っていた。
ガサ...
男子寮から黒柄が出てきた。
「クラーザさん...!」
黒柄は驚いた顔をして走ってきた。
クラーザも黒柄に歩み寄る。
「ランはいるか」
「はい、家の中に。....グラベンさんも無事です」
「クラーザ..アタシ、大丈夫。だから早く行って」
亜紀はクラーザの腕から離れた。
今は自分の体調よりも、皆の無事の確認の方が最優先だ。
クラーザは亜紀の頬に触れ、かがんで視線を合わせる。
「大丈夫か」
「うん、少し横になってる」
「わかった。すぐにランを連れて行くから」
「うん、ありがと..」
クラーザの優先順位の1番は亜紀だが、グラベン達も心配だ。
とりあえず黒柄に亜紀を任せ、男子寮に入っていくことにした。
「あきさん、具合が悪いのね。
私が看病するわ。こっちに来て」
「黒柄さん、ありがと..」
黒柄は亜紀に触れない。
先に歩き、クラーザの部屋へと連れて行った。
「じゃあ僕の紹介もして頂こうかなぁ~」
魔導士もクラーザに着いて行った。
イルドナもアコスも続く。
「...ってか、あのガキはどこ行ったんだよ??」
アコスは子供の存在を思い出した。
魔導士は知らん顔をする。
「どっかその辺にいるでしょ~」
アコスが辺りを見渡しても、
あの小生意気な子供はどこにもいなかった。
クラーザ達が玄関に入ると、
足音やアコスの騒ぎ声を聞き付けて、奥からランレートがやって来た。
「クラーザ...!」
ランレートの表情は暗かった。
すぐにクラーザは何かを察する。
「ラン、無事だったか」
「私は心配ないよ。
それより、クラーザに伝えなきゃいけないことが沢山あるんだ..
悪いことばかりだけれど...」
ランレートは廊下で話そうとする。
そこに空気の読めない魔導士が顔を出した。
「やあっ!ランレート!
久々だね!会いたくなかったけど暇なんで来ちゃったよ!」
ランレートは魔導士の姿に驚いたりはしなかった。
むしろ反対だ。
「ダグリ、来てくれたの...助かるよ、ありがとう..」
ランレートの顔は悲しげで、
だが懸命に笑顔をつくっているようだった。
「ダグリ!?魔導士さまの本名ってそんな名前なのかっ!
だっ.....だっせ―――っ!!!!」
アコスがいきなり腹を抱えて笑いはじめた。
ガツッ!
だが、イルドナのげんこつによって遮られる。
「ダグリ、君との再会を喜び合いたいところだけど、
..いや、あまり喜べないけど、
とにかく、そんな場合じゃないんだ」
ランレートが本気でなのか冗談なのか、
まぁとにかく、魔導士を構おうとしない。
「なぁーんでよぉ...
せっかくここまで来てあげたのに、つまんないの~」
魔導士は唇を尖らせて黙った。
「グラベン達は中か」
クラーザがいつも皆が集まる宴会場に足を運ぼうとした。
グラベン達...
ランレートは目を伏せた。
「クラーザ..」
クラーザもイルドナもアコスも、ランレートの妙な空気を感じ取る。
「死んだのか」
「...」
クラーザは冷静だった。
特に取り乱す様子はなかった。
「死んだって...!!!!誰がだよっっ!!!!?嘘だろ!!?」
アコスは気が動転した。
まさか、このディアマがやられる訳がない!
めちゃくちゃ強い奴らばっかりなんだぞ!
泣く子も黙る最強の『ディアマ』なんだぞ!
「それだけじゃないんだ、クラーザ」
ランレートはクラーザの腕を力強くしっかりと掴んだ。
宴会場にクラーザを入れようとしない。
そんな様子から、、
宴会場には『何かある』とクラーザはそう思った。
玄関先で立ち話のまま、ランレートの話は続く。
「私が助けることができたのは、
桜と黒柄だけなんだ。――後は、全員死んだ」
「ぜっ..全員って!!!!
フッソワさんや、ゾードさんが、ししし死んだって...
殺されたって言うのかっ!!!?」
アコスが悲鳴のように叫び、ランレートにしがみついく。
「まさか...!」
イルドナもあまりの衝撃に口を押さえた。
「死んだのは――――フッソワ、ゾード、楓、かゆ、百合、
そしてパザナ...」
ガタン!!!!
「う...うそだっ...」
アコスは腰を抜かして、床に尻餅をついた。
口元が身体が全身が震える。
「―――グラベンは、どうした」
クラーザが低い声で尋ねた。
「グラベン君は....」
ランレートはクラーザの腕を掴む力を強める。
「グラベン君は...蛇威丸が..
蛇威丸が、グラベン君を助けた」
「蛇威丸――?」
クラーザは厳しい目をする。
「理由はわからない。
けど今、部屋の中に蛇威丸がいるんだ」
「...」
クラーザは、ランレートがなかなか宴会場に入れなかった理由がわかり、無言で足を進めた。
グッ...
ランレートが念を押すように、クラーザに確認を取る。
「クラーザ...!
蛇威丸がいなかったら、グラベン君も死んでいたんだ..」
「わかってる」
「...私も蛇威丸を葬りたい気持ちは、前と変わらない。
だけど、どうかクラーザ、君も冷静でいて...」
「....」
ガタン――
クラーザは冷えた顔付きで、宴会場の戸を開けた。
中は、食事の残りや、着替えた服の山や、生活感の溢れる物が散乱していた。
広い宴会場に関わらず、なぜか敷布団まで二つ程並べてあり、
―――簡単にいうと、
宴会場の中は、ゴミや食料や荷物やらでぐちゃぐちゃだった。
その中で、胡座をかいて座っている男が..
「よぅ、ベルカイヌン...随分と遅いご登場だな」
蛇威丸がいた。
白髪の長い髪がまるで蛇のようにうねっており、
目を光らせる小さな瞳孔は、蛇の目、そのものである。
「―――なんのつもりだ」
クラーザの紅い眼が炎のように燃えた。
敵を確認した蛇のように、
蛇威丸はクラーザを目で見張る。
「貴様のようにいちいち理由をつけて動く訳じゃないんでね。
その時の気分がそうしただけさ。なにか不服か?」
「考えも無しに、勝手に首を突っ込んでくるな」
クラーザと蛇威丸は犬猿の中だ。
互いに、張り詰めた空気を凍らせるように睨み合う。
「偉そうにすんな...頭でっかちなだけの狐め」
蛇威丸はクラーザを『狐』だと例える。
頭ばかり働く、実力のない弱い生き物だと。
「蛇威丸、言葉に気をつけてくれないか。
ここは、君が偉そうにできる場所ではないよ」
耐え切れずにランレートが口を挟んだ。
その言葉に、蛇威丸はクスクスと笑う。
「ふはは.....貴様ら、狐と蝙蝠だな。
全く...お似合いだ...!」
蛇威丸が余裕の笑みを浮かべ、
クラーザとランレートを笑い者にした。
ジャキン――!!!
クラーザは手刀をつくり出し、蛇威丸に向けて斬りつけた。
手刀をひと振りする。
バッ!!
「ふっ―――はは....」
蛇威丸は立ち上がって、2・3歩後ろに退いた。
だが、二人を馬鹿にした笑いを止めない。
「クラーザ..」
今にも目にも止まらぬ乱闘を始めそうなクラーザをランレートが制した。
ランレート自身もかなり殺気立ってはいるが。
「なぜ、止める」
クラーザは蛇威丸から視線を離さないままに、ランレートにそう言った。
ランレートはクラーザに返事をせず、蛇威丸を追い払う目で言う。
「蛇威丸、グラベン君の命に免じて、この場は逃してあげるよ。
だから、私の気持ちが変わらない前に早く出て行ってくれ」
嫌味な笑いをやめない蛇威丸は、余裕の態度を見せる。
「ふはは...それは断る。
貴様らの仲間割れした結末を見届けないとな。
物語は最後まで知らなければ、意味がないだろう?」
「黙れ」
一度、火がついたクラーザの怒りはなかなか静まらない。
「ちょっと...何がどうなってるんだよ...??
『蛇威丸』って確か...玉石を持ってるっていう...」
アコスは、クラーザ達と蛇威丸の謎的な関係を知りたがった。
そこにイルドナが割り込む。
「アコス、お前は黙っておけ。
お前が入るとややこしくなる」
「お...おう..」
アコスはとりあえずは引き下がった。
「どこが、ややこしいんだ?簡単なことだろう?」
しかしすぐに蛇威丸が説明を始めた。
アコスは蛇威丸に視線を向けられ、『蛇に睨まれた蛙』状態になる。
「俺とベルカイヌンは、元々は主従関係だったのさ。
その偉そうなベルカイヌンは、俺の支配下にあったんだ」
「えっ..おぇえぇっっ!!?ベルカイヌンがぁぁあ!!!!??」
アコスは大袈裟な程に驚く。
1番遠くにいた魔導士は聞いているのかいないのか、わからない態度だ。
「ふはは...いい反応だ、チビ。
そうさ、貴様らのベルカイヌンは俺様の家来だったという訳さ。
面白い情報だろう?」
「――――じゃあっ!
ななななんでそんなに、いがみ合ってんだよっっ!!?
なななんかっ、あったのかよ!!」
アコスは、クラーザと蛇威丸を見比べながら、質問を大声で投げかけた。
「アコス、黙れ」
クラーザが睨みをきかす。
「トラブルさ、トラブル」
蛇威丸は目を大きく見開いて、嬉しそうにアコスに言った。
「う...へぇ.....」
もっと知りたいが、
クラーザの鋭い目つきが恐ろしいので、アコスは大人しくなる。
「あぁ..ベルカイヌン、そんなにふて腐れるな..
チビが黙っちまって、つまらんだろう」
「お前の遊びになど付き合っていられん」
クラーザは再び、蛇威丸に攻撃しかけようとした。
「待て、ベルカイヌン。
貴様の相手をしてやるのは構わないんだが、
その前に、グラベンに会っておいたらどうだ?
死ぬのは、それからでも遅くはないだろう」
蛇威丸はそう言って、奥の部屋を指差した。
「あれ以来ずっと中から出てこない。
まさか、ショックでも受けているのかな?ふはは..」
蛇威丸は一人で笑っていた。
蛇威丸退治に向かった者は、グラベン以外、皆死んだ。
しかも、グラベンは蛇威丸に救われて生き残った。
グラベンの現在の心境は、
一体どんなものなのか、計り知れない。
「...」
クラーザがグラベンのいる奥の部屋に近付いた。
戸に手をかけ、開けようとする。
ガッ...
だが、戸は開かなかった。
部屋の内側から、鍵をかけられていた。
「...部屋に閉じこもったまま、ずっと出てこないんだ..」
ランレートがクラーザの背後で呟く。
すると、クラーザは戸を叩いた。
...ドン...ドン....
「――グラベン、いるのか」
...ドン...ドン.....
その場の皆が、戸の向こう側に注目する。
だが、何の応答もない。
「――グラベン...俺だ、開けろ」
クラーザは無理矢理に戸をこじ開けようとはしなかった。
「ふぅん...貴様も無理か..
奴はいつになったら出てくるのやら..」
蛇威丸は宝箱が開かなかったかのように、肩を落としてガッカリした。
「もしかして、中で死んでんじゃないのぉ~??」
魔導士が欠伸をしながら、退屈そうにそう言った。
触発されてアコスは焦り出す。
「やっやばいよっ!!ベルカイヌン、早く開けようぜ!!!!」
「死んでることはないよ。
グラベン君は『しばらく一人にさせろ』って言って、中に入っていったんだもの」
ランレートが仕切り直す。
「では、出てくるまで待っていればいい」
クラーザはそう言って、戸の前から離れた。
「それまで『勝負』はお預けだな...つまらん..」
蛇威丸はその場にドスンと腰を下ろし、
『待ち』の態勢に入った。
蛇威丸にとっては、遊びでしかないようだった。
「――ラン、来い」
クラーザは蛇威丸が部屋から出ないのを確認し、
ランレートを部屋の外に呼び出した。
宴会場を出たクラーザとランレートは場所を変えた。
誰もいない静かな台所に。
「アダと会ったか」
クラーザは台所にある小さな丸テーブルの椅子にかけた。
「ほんの少しだけど...
私の姿を見て、すぐに逃げて行ったよ。
狙いは玉石のようだ」
「....」
クラーザは丸テーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。
やっとクラーザの本心が出てくる。
「蛇威丸をこの村に連れて来たのは、グラベン君だ。
だけど、私も蛇威丸から話を聞きたくて彼を受け入れた」
「....」
クラーザの頭の中は、めちゃくちゃになっていて整理しきれていないようだった。
ランレートも向かい側の椅子にかける。
「一瞬...蛇威丸とアダは組んでいるのかと思ったんだ。
けれど、蛇威丸は本当に何も知らないらしい..」
「そうか」
クラーザは頭の切替も早い。
すぐに次のことを考える。
「グラベン君が出てきたら、すぐにアダの後を追おう」
「いや..」
「....?何か問題でもあるの?
早くアダをどうにかした方がいいよ。
今度は何を仕出かすかわからない」
ランレートはアダを始末することが優先だと考える。
「まずは、ここを出た方がいい」
「どこに行くって言うの?
行き場所なんかどこにもないでしょ?
あきちゃんや黒柄や桜のことも考えて、ここに落ち着いていた方がいいよ」
アダはこの村を知っているが、
ランレートが結界を張り巡らせている為、
例え襲撃をかけてきても、
そう簡単には近付けないようになっている。
「あきが妊娠した」
クラーザがため息まじりに言った。
「え?」
ランレートは身体を丸テーブルから乗り出して聞き返した。
「妊娠って...そんな早くよく気付いたね」
「俺のじゃない」
「は??」
言いにくそうにするクラーザに、
ランレートはしっかりと聞き込んでくる。
「クラーザのじゃないって...
あきちゃん、もしかして...誰かに犯されてたの?」
「いや....
あきは身に覚えがないと」
「どういうことなの?」
クラーザは少し疲れていた。
いや、神経が疲れているのだろう。
「ダグリとかいう....あの魔導士が、
あきを診て妊娠4ヶ月くらいだと..」
「4ヶ月!?嘘でしょ?
私、全然気が付かなかったよ」
ランレートは自分に少し呆れた。
あきの身体のことはとても心配していたから、よく見ていたハズなのに...
「俺は妊娠のことなど全くわからない。
だが...あきの今後のことを考えると、
もっと安全な場所に移動してやった方がいいと思うんだ」
「クラーザ...産ませるの..?」
ランレートは小さな声で尋ねた。
宿された子を殺したくはないが、
訳のわからぬ子供を産ませたくはない。
しかも、こんな危険な時に。
「あきが望むなら」
「う...ゴホッ...」
亜紀は悪阻に悩まされていた。
クラーザの部屋に入り、小さくうずくまる。
「あきさん、吐き気がするのね?
なにか薬を持ってくるわ」
「いいの....薬は..」
黒柄が部屋を出ようとすると、亜紀はそれを止めた。
「でも..」
黒柄は何か看病をしなければと思い、少し考えて何かをひらめく。
「じゃぁ、暖かい飲み物でも持ってくるわ」
「黒柄さん...」
青ざめた顔をして、亜紀は黒柄を見つめた。
「とりあえず布団に入って横になっていて」
「...」
カタン...
黒柄は部屋の戸を閉め出て行った。
残された亜紀は、吐き気をこらえながら布団を見つめる。
「うっ...クラーザぁ...うぅ...」
亜紀は嗚咽を漏らしながら、泣き出した。
布団には入れない...
だって..
この布団は、
クラーザと初めて愛し合った場所だもん..
私にとって、すごく神聖な場所で、
思い出深いところなのに..
「うぅ.....」
亜紀はお腹に手を当てた。
この中に、誰の子かもわからない人の子が入っている。
こんな汚れた身体で..
私の大事な場所を、汚したくないよ...
「うっ!!...ゴホッ..!!」
亜紀は激しくやってくる吐き気に、
耐え切れずに再び胃液を吐いた。
「..う..ハァハァ....うぅ...」
泣きながら、涙を拭った。
カタン...
すぐに黒柄が戻ってきた。
「あきさん?大丈夫...?」
黒柄は亜紀の悲しんでいる理由がわからなかった。
そっと触れれば亜紀の心は読めるが、
なかなか触れることができない。
「..ごめっ...なさい...」
亜紀は心配かけぬようと、
顔を隠すが気持ちが押さえきれなかった。
「黒柄さん..アタシ....!」
亜紀は黒柄に妊娠のことを伝えようとして、黒柄を見上げた。
すると、そこには..
「あきちゃん、大丈夫?相当ひどいね...」
ランレートとクラーザの姿があった。
黒柄が台所に行った時に遭遇して連れて来たのだ。
「あっ...」
亜紀はクラーザの顔を見て、ピクンと体をびくつかせた。
すぐに涙を拭き、我に返る。
「あき、ランに診てもらえ」
そんな亜紀のソワソワした態度を見て、クラーザはすぐに退室しようとした。
「クラーザ、どこに行くの?」
ランレートが聞いた。
「あっちに戻る」
クラーザはさっさと部屋を出て行った。
「クラーザぁ...待って...!」
亜紀は咄嗟に立ち上がって、クラーザを追い掛ける。
カタン..
ふらつく身体を起こし、
戸に手をかけ、廊下に急いで出る。
「どうした」
クラーザはすぐそこにいた。まるで無表情だ。
「いっ..行かないで...」
亜紀の目からはボロボロと涙がこぼれてきた。
クラーザは立ち止まる。
「近くの部屋にいる」
クラーザは宴会場の方向を指差した。
「やっ..やだ......アタシの...側にいてぇ...」
「...」
クラーザはどうしたらいいものか躊躇った。
目の前で亜紀は泣き、震える手で、クラーザの腕を掴んできた。
「..ぉ.願い...クラーザぁ..」
「だが..」
クラーザは亜紀の肩に手を置く。
「俺がいても仕方がない。俺は何の手助けもできん」
「アタシっ...アタシ...子供産む..しない...!
クラーザの子じゃない、嫌なの..」
亜紀は中絶を決心していた。
やはり、どんな事態であれ、
クラーザのことしか考えられない。
クラーザの子供でないなら、早く取り除いてしまいたい..
どんな残酷なことだと、わかっていても...
「あき...」
クラーザの顔つきが変わる。
固い表情から悲しげな表情に。
「クラーザじゃなきゃ...嫌っ..」
亜紀はクラーザにしがみついた。
クラーザは亜紀をそっと抱きしめる。
「でも、お前の身体が..」
亜紀の繊細な身体が心配だった。
中絶することにより、きっと亜紀の身体への負担も大きい。
だが...
クラーザは心がふわっと熱くなったのがわかった。
亜紀が身を削ってでも自分を選んでくれるという事実に、不謹慎だが、喜びを感じているようだ。
「クラーザ...ごめんね......ごめんっ..ね...」
なぜか亜紀はクラーザに何度も謝ってきた。
クラーザはそれがどういう意味なのかわからなかったが、
なぜか嬉しかった。
「とりあえず、二人とも入って」
ランレートが二人を部屋に入れた。
黒柄は、今の話の流れから、状況を見て部屋をそっと出ていった。
「はい、じゃあ...あきちゃん、あーんして..」
ランレートがそう言うと、
亜紀は口を開けるが、ランレートはその間に目を覗く。
「はい、次は息を大きく吸って」
ランレートがそう言うと、
亜紀は大きく深呼吸するが、またランレートは、耳の穴など、全く関係のないところを覗く。
「じゃあ最後に、ゆっくりと目を閉じて...」
亜紀が目を閉じると、
ランレートは亜紀の腹部に手を当てた。
「おい、ラン。ダグリの時もそうだったが...
そんな適当な診察で、ちゃんとわかってるのか」
亜紀の横にクラーザはいた。
不満そうな顔をしている。
「もぉ――――....
うるさいなぁ、ちょっと黙っててよ。集中できないでしょ」
「...」
クラーザはすぐに黙るが、
真剣な顔で診察の様子を見ていた。
特に道具といった物は使わず、
誰にでもできそうな診察を、ランレートはしただけだった。
「う――ん...」
診察が終わったのか、
ランレートは顎に手をあてて、考え込みだした。
「ランさん..」
心配そうな顔で亜紀はランレートに結果を求める。
「あ..いや..あのね。
確かにダグリの言ったように妊娠しちゃってるのは確かだよ」
「やだ...」
亜紀は肩をガクンと落とした。
やはり事実だった。
「でさ、中絶の話だけど...」
ランレートが言いにくいそうにする。
「やめた方がいい。
あきちゃんの身体がたぶんもたない。
それだけ負担がかかってるみたい」
「どっ...どうして...!」
亜紀は嫌がった。
では、子供を産まなければならないのか。
「どちらでもいい。あきが無事でいられる方で」
妊娠のことなど全くわからないクラーザは亜紀を優先に考える。
他のことは、どうでもよい。
「じゃあ、産むしかないね..」
「やだっ!..アタシ嫌っ!!」
亜紀は激しく抵抗した。
中絶を一度決意したら、
もう産むことなど、絶対に考えられない。
グッ...
ジタバタと騒ぐ亜紀を、クラーザは優しく包み込んで抱きしめた。
「あき、もう泣くな」
「だって..!!アタシ、絶対やなの!アタシ大丈夫!だから...!!」
「あきちゃん、無理だよ。
今のあきちゃんに手をかけたら、きっと死んじゃう。
新羅の呪縛から解き放たれたとはいえ、身体は思った以上に衰弱してる。
だけど..子供はしっかりと成長してるよ」
「え...」
成長....
「あきちゃんの中で、子供は誰にも気付かれずに、
そっと..でも着実に大きくなっていたんだ。
15センチ弱くらいかな..」
ランレートは両手で、子供の大きさの形を表した。
「そんなに...?」
亜紀はお腹に手を当てる。
全く気が付かなかたった。
それになにより、悪阻が始まったのはたった三日程前だ。
「ねぇ...クラーザ、あきちゃん」
ランレートが二人に向き直る。
亜紀はクラーザに抱かれたまま、
ランレートの真顔を見つめた。
「こんな非常事態に次から次へとなんでこうなんだろう!?って悲惨に思っちゃうけどさ..」
トン..
ランレートは亜紀の背中に手をあてた。
「こう思っちゃ駄目かな..」
ランレートは悲しいような淋しいような、
笑みの混じった表情をする。
「この子供はきっと..
フッソワとゾードがくれたんだって私はそう思いたいんだ。
彼らの命を...継いでこの世に誕生してくれたんだって..」
「ランさん...」
亜紀は息が止まった。
それは、ゾードとフッソワが死んだという意味だ。
「だって...フッソワが....ただで死ぬ訳ないでしょ..
あのゾードが...私達を追いて..
とっとと先になんか...逝くはずないでしょ..」
ランレートは後悔していた。
なにをどうすれば良かったのかなど、
思い当たり過ぎて悔やむばかりだ。
だが、彼らは二度と戻ってはこないのだ。
「あきちゃん....私はその子を全力で守りたいよ。
フッソワやゾードみたいに...簡単に死なせたくはない..」
ランレートが亜紀の頭に優しく触れると、亜紀は何度も頷いた。
「はい.....」
亜紀はクラーザにうずくまって泣き続けた。
「――で...ところでさ、
蛇威丸って、どこのお偉いさんなんだぁ??」
宴会場では残されたアコスと魔導士と蛇威丸が、互いに背を向けずに向かい合っていた。
実は無造作に敷かれた布団の一つに、睡眠薬を服用した桜が眠っている。
「あん?今なんつった?」
蛇威丸はアコスに睨みをきかせた。
アコスは背筋をピンと伸ばす。
「やっ..あぁっ!!..えっとぉ~
蛇威丸さんは、そのぉー..どちらのお偉い人なのかと...」
「貴様、阿呆だな」
脅しておきながら、蛇威丸はニタリと笑う。
アコスの単純さが蛇威丸にはたまらなく心地良い。
「蛇威丸...蛇威丸...うん、聞いたことがあるよ。
死骸国の獅子王の息子...いや、孫にあたるのかな?」
「獅子王は10年前に死んだ。
今の王は、その息子・高鷹王だ」
蛇威丸は、頭をガリガリと掻く。
魔導士は『あ~そうだっけ』と思い出したかのような、声を出す。
「高鷹王には、子供が44人いて、
その33番目の王子が、確か...『蛇威丸』だったね」
「うへぇ―――っっ!!!!
子供が44人って、その王様どんだけやらかしてんだよっっ!!!」
アコスはリアクションをオーバーに、
その場でわざとひっくり返る。
「44人もの王子の名前なんかわざわざ覚えちゃいないけど、
33番目の王子は『蛇人間』だって噂は有名だったしねぇ~」
「余計なお世話だ」
蛇威丸は慣れた感じで答える。
そうやって、人から噂されるのにはもう慣れていた。
「蛇人間って....
44人とも、皆そんなんじゃねぇのぉ??」
アコスは気まずそうに、蛇威丸を指差す。
「まぁさか~!王も普通の人間なんだよー。
ただ、33番目の王子だけ、
不気味にも『蛇』だったって訳」
魔導士は偉そうに説明した。
蛇威丸は、別に腹を立てるわけでもなく、反対に自慢気な顔をした。
「そうさ。姿形も、力も能力もまるで違う。
俺に敵う者なんかいやしない。
あの国は、俺様の物さ」
「す...すげぇ――...」
意味もなく圧倒されたアコスだった。
「ところで、魔導士さまが、
なんで、そんな詳しく知ってんだぁ??
あんな誰もいねぇ洞窟に、
ずっと引きこもりだったハズのにさぁ!」
アコスは目の前の散らばったツマミに手を出した。
そろそろ、腹が減ってきた。
「引きこもってはいたけどぉー
60年も生きていれば、その程度の情報は知ってるよ~」
「へっっ!?60..60..!!60年んんっ!!!!?」
アコスの口からは、
たった今、放り込んだばかりのツマミが噴射する。
「え~?知らなかったのぉ??
私、今年で63歳だよぉー。
知らないなら言わなきゃ良かったぁー。
27歳くらいには見えるよねぇ??」
「サッ..サバ読みすぎだろっっ!!」
アコスは目が回る。
待てよ..と、いうことは。
「まさか、ランレートさんも?!」
アコスが身を乗り出して尋ねると、魔導士は嫌そうな顔をした。
「だって私達、同期だもーん。
ね、ね?ランレートより私の方が若く見えるでしょ!?」
「――――まじかよ.....」
アコスは魔導士の問いにも答えずに唖然とした。
ランレートはどこかミステリアスな雰囲気があったが、まさか63歳だったとは。全く驚きだ。
「まさかっ!じゃあ、ベルカイヌンも、そーゆーオチ!!?
実は100歳とかっ!!?なっ!そうなんすかっ!!?」
アコスは興奮気味で、蛇威丸に近付いた。
蛇威丸は知らぬ顔をして、その場を立ち上がる。
「はっ!くだらない!」
「ぅえ...」
アコスは蛇威丸の呆れた顔を見て、
少し調子に乗り過ぎてしまったかと不安になる。
スッ..
蛇威丸はそのまま部屋を出て行った。
「ど...どうしよう..なんか、怒らせちまったかなぁ」
「それよりアコス君とやら。
このまま蛇威丸を見張ってなくていいのぉ?
覚醒者の彼が、かなり蛇威丸のことを気にしてたみたいだったじゃない?」
「えっ?えっ!!?そうなのっ?
俺が見張ってなきゃいけない感じかよっ!!?」
アコスは慌てて、蛇威丸の後を追うように部屋を出て行った。
魔導士は部屋に残り、ふぅと一息ついた。
「――ところで、君。
布団の中で、いつまで隠れているつもり?」
「―――!」
魔導士は桜が布団の中にいて、
しかも睡眠薬が切れて、目を覚ましていることに気が付いていた。
パサッ..
桜は布団から起き上がる。
ずっと寝た状態だった桜の顔は、パンパンに腫れむくんでいた。
「あなた...誰よ!?」
「君こそ誰?あんまり可愛くないねぇ。
まぁ最初から、メス自体、可愛いとは思えないんだけどね」
魔導士は前髪を掻き上げてみたりする。
桜はガタガタと震えていた。
「――ランレートさんはぁ!!?
ランレートさんはどこに行ったの!」
「あぁ...あいつの睡眠薬を飲んでたのねぇ。
あいつのは利かないから、
私がイイのをあげようか?よぉ~く眠れるよ。永遠にね」
「ひゃっ!いやぁぁぁあああ!!」
桜は耳を押さえ、悲鳴を上げた。
「あっ!ちょっと、ちょっと!
冗談だってばぁー!嘘だよー!!
ただちょっと、意地悪言っただけでしょー??」
「やっ!やっ!ぎやぁあぁぁああ!!!!!!!!」
桜は精神錯乱状態だった。
信じていたアダが、
大切な百合や、かゆを殺す現場を見てしまったからだ。
ここずっと―――
私の大切な人が、死んでいくことが多い。
ううん、
例え敵だとしても、
私は人が死んでいくのを、たくさん見てきた..
今まで生きてきて、
『死ぬ』ということに、
私はまだまだ関係のない人間だと思ってた。
私が初めて見た『死』は中学生の時だった。
大好きなおじいちゃんが胃癌で亡くなった。
声が枯れて、涙が枯れるまで、
私は泣いた。
でも私は、
自分は『死なない』とまで思っていた。
高校生の時、
私は無駄に必死にダイエットをしたことがあった。
病的に痩せることが、
すごくキレイなことに思えて、全く御飯を食べなかった。
生理が止まっても、貧血でふらついても、
私はダイエットに夢中だった。
―――そんな時、
小学校の時の担任の先生が、
交通事故で意識不明の重体になったという知らせが入った。
友達と何度か見舞いに行った。
先生は日に日に弱っていき、
衰弱して、結局、目を覚まさずに亡くなってしまった。
友達と抱き合って大泣きした。
先生の最期の姿は、前の面影がない程に、
ガリガリに痩せてしまって皮だけの人となっていた。
でも、私はダイエットを止めなかった。
その頃の私にとって『死』というものは、
結局そういうものだったんだ。
私には関係のないもの。
人事のようにしか、考えてなかったんだ。
でも...
でも、今は違う。
私はいつだって『死』と隣り合わせで生きている。
『死ぬ』恐怖に怯えてる。
だけど、かわりに『生きる』素晴らしさも、
毎日毎時間、感じることができるんだ。
たくさんの、私の大切な人が死んでいく。
―――じゃあ今度は、
新しい命を、私が作り出してみようか。
私は無力だけれど、
新しい命をこの世に誕生させることができるんだ。
ねぇ..
お母さん、いいかな?
お母さんは昔から、私にうるさく言ってたよね。
『結婚と妊娠、順番は逆になっちゃダメよ』って。
最近では『子供は作ってもいいけど、父親が誰かもわからない子にはしちゃダメよ』って言ってたね。
私は決まって、
『もうわかってるって!』って言ってたけど。
お母さん、ごめんね。
私、お母さんとの約束、どっちも守れないよ。
『ねぇ!!あきんこ、聞いてよ!』
制服姿のはるかが、亜紀の夢の中に現れた。
亜紀は過去の記憶に戻る。
『はるか?どうしたの?』
『私、妊娠しちゃったかもしれないのよー!!』
『え..!?はるか、彼氏なんかいたっけ?』
亜紀も売り場の制服を着ていた。
バックヤードで、コソコソと話す二人。
『実は元カレなの!先週久々に再会して...
ついそのホテルに行っちゃったんだけどね..』
『それで..?』
『彼ったらさぁー!絶対に、中出しするのよー!
それがポリシーだとか言ってさ!』
『えー!!はるか、大丈夫なの?』
『大丈夫じゃないよー!
全く安全日でもないし、絶対妊娠したってばー!!
あきんこ、どうしよう!!!!』
亜紀もはるかも仕事などそっちのけで、話し込んだ。
『はるかの元カレは、何て言ってるの?
妊娠したらどうするとかさ..』
『そんな内容は全然話さないんだけど、
お前が1番好きだって...』
亜紀とはるかは親友だ。
互いに何でも言うし、相手が間違っている方向にいっている場合は、厳しく叱る。
『そんなの嘘よ!
はるかのこと本気で好きだったら、
ポリシーとか言って避妊しないなんておかしいよ!』
『そうだよね...
きっと妊娠しても、結婚なんかしてくれないと思うし、
絶対下ろせって言われる!』
そして、必ずと言っていい程、
亜紀とはるかのヒソヒソ話の中に真由美が入ってくるのだ。
『えぇ~!はるか先輩、それはマズイですよぉー!
真由美は絶対、ゴム付けてくれますよぉ~』
『ちょっ...真由美!!』
真由美の乱入に二人は慌てながらも、コソコソ話は続ける。
『真由美も、彼氏いないんじゃなかったっけ?』
『亜紀せんぱぁーい!
エッチは、彼氏とだけする訳じゃないんですよぉ!
真由美モテ過ぎて、アプローチされまくりなんですぅ』
クネクネ頭と腰をクネクネさせる年下の真由美。
『全員、避妊してくれてんの?』
はるかは夢中になって、真由美の肩を握った。
『そりゃそーですよぉ!
真由美、皆から愛されてますもぉん!
...ってか、さっきから、はるか先輩、イタイー!!』
『なんで、こんなバカ真由美は男に愛されて、
私は元カレにさえも、適当にあしらわれるワケー!!!?
むかつく――――っっ!!!』
『はるか先輩!!はぁなしてぇ!!
亜紀せんぱぁーい、助けてぇ!』
『ちょっと二人とも!
売り場に声が聞こえちゃうでしょー!』
避妊されれば、愛されている
避妊されなければ、愛されてない
あの時の私達は、そんな基準で、愛を計っていた。
「....ん」
亜紀は夢から目を覚ました。
ぼんやりと思い出される、
過去の記憶を辿っていた。
(はるか...真由美....今頃、何してるかな....)
亜紀は布団に横たわっていた。
すぐ側では、クラーザが亜紀に腕枕をして眠っている。
「....」
クラーザは....一度も避妊なんかしなかった。
だけど...愛されているんだって思う。
なんでかな..
亜紀はクラーザの頬にそっと手をあてた。
「クラーザ...」
好き..大好きよ..
サァァァァ....
窓からは、夕日の光りが差し込んでいた。
夜でもないのに、眠っていた。
そして、クラーザも眠っている。
きっと...
さすがのクラーザも疲れていたんだね。
パサ..
亜紀が起き上がっても、
クラーザは死んだように静かに眠っていた。
「クラーザ...ごめんね...」
あなたは、こんなに私を愛してくれているのに、
私は別の人の子を妊娠してしまった。
そして、私は子供を産む。
私もこんなことを願ってた訳じゃないの。
あなたを愛して、
あなたに愛されて、
ずっとあなたの側にいて、
できれば、あなたの子供が欲しかった..
『フッソワとゾードの命』
嘆いてばかりじゃ、この世界では生きていけない。
私は決めたの。
事実を受け入れる。
私に宿された子供を産む。
強くなるの。
それは、あなたと同じ世界を生きてゆく為に。
強いあなたの側で、私も強く生き抜く為に。
亜紀はクラーザにそっと掛け布団をかけた。
「...うっ..」
吐き気を感じて、そっと布団を離れる。
...トッ...トッ...
一度、洗顔をしようと、
亜紀はクラーザの部屋を静かに出た。
「う....気持ち悪い...」
悪阻がこんなに大変なものだとは思いもしなかった。
いや特に、亜紀は悪阻が激しい方なのかもしれない。
「うっ...ケホッ...」
さっきまでは気持ち良く眠れていた。
きっとランレートが、そういう薬を知らない間に与えてくれたのだ。
ザァァァ―――...
亜紀は水で顔を洗った。
山の水のおかげで、とても新鮮でとても冷たい。
「..ふぅ...」
なんだかスッキリした気分だった。
持参したハンドタオルで優しく顔を拭く。
ギシ..ギシ..ギシ..ギシ..
「―――」
誰かの廊下を歩く音が響いてきた。
音の重さからして、男性だ。
亜紀は瞬間的に、ランレートか、イルドナのような気がした。
ザ....
水を止めて、亜紀も廊下に出てみた。
カタッ
「ぁ...」
洗面所から出た亜紀の正面には――――――――
「やはり会えたな..」
「やっ...」
亜紀は蛇威丸の姿に驚いて、声が出てこなかった。
その場で、身体は硬直する。
ギッ...!
蛇威丸は亜紀の真ん前に立ちはだかり、亜紀を取り押さえる。
「やっ...めてっ.......は..なし...てぇ..」
亜紀の声は恐ろしさで震え、言葉が途切れる。
「ほぉう、話せるのか」
蛇威丸は亜紀を壁に押さえ付け、顎を引き上げた。
「やっ..!...ク..ラーザ.....たす....たすけ......て..」
「俺の目を見ろ。ほら、俺の目を見るんだ」
蛇威丸は亜紀に顔を近付けてきた。
いつかの時のように...
「..ぁ......ゃ......」
亜紀は恐ろしさでなのか、
蛇威丸の能力でなのか、
身体が金縛りのように、動かせなくなっていく。
ググ...
蛇威丸の口が、亜紀の唇に重なろうとした。
「離れろ」
その時、クラーザの低い声が廊下に響いた。
ガッ―――
蛇威丸は亜紀の頭を掴み、乱暴に自分から引き離した。
「また、貴様か。邪魔ばかり...嫌な奴だ」
「クラーザ...!」
亜紀は蛇威丸から逃れ、クラーザにしがみついた。
「ふん...可愛い女だな。
もう一度、その柔らかな唇を吸ってみたい」
「やっ....」
亜紀は身体を縮まらせる。
そうだ。
蛇威丸を見るのは初めてではない。二度目だ。
まだ言葉も話せぬ時に、
人質として連れ去られたことがあった。
そして、強烈なキスを浴びせられた...
どうして、こんなところにいるの...!?
「殺す」
クラーザは躊躇いもなく、攻撃態勢に入った。
「へぇ...貴様が女に執着するなど、初めて見たわ」
蛇威丸も待っていたかのように構えを取りはじめた。
ドォオン!!!!
二人はその場で、激しくやり合い始めた!
場所が場所だけに、互いに能力を使わずに、
素手で殴り合う。
ガコッ!!!!
が、みるみるうちに、壁や床などが破壊されてゆく。
「ちょっと――――っ!!!!」
すぐに『ストップ』の声がかかった。
だが二人は止まらない。
激しい肉弾戦が続いていた。
「こらぁ~っっ!!!!家が壊れちゃうでしょ!家が!!」
止めに入ったのは、
たまたま便所に行こうと廊下に出た魔導士であった。
ガタ
そこにランレートも現れる。
「クラーザ!蛇威丸!グラベン君が部屋から出てきた」
ランレートの鋭い目つきに、クラーザは動きを止める。
蛇威丸も闘争心を一気に無くしたかのようになる。
「―――へぇ...、で、なんだってんだ?」
蛇威丸がランレートに喧嘩を売る。
「..とにかく、互いの存在が、気に入らない同士だってのはわかってるけど、こんな場所で争わないで」
「この俺様に偉そうに指図すんじゃない」
蛇威丸は今度はランレートに食いかかる。
クラーザはランレートの横に立ち、蛇威丸に刀を向けた。
キィン―――
「出て行け」
クラーザとランレートに睨まれ、蛇威丸は苦笑いする。
「はっ!...望むところだ。
誰が嬉しくて貴様の顔をいつまでも見ていなければならないのか...。貴様を片付けて、さっさと行こうと思ったが..」
「聞く気もしない。出て行け」
クラーザは蛇威丸の言葉を遮った。
蛇威丸は苛立ちを感じたが、
現在の自分の立場上、戦わずに立ち去るのが妥当だと考えた。
「――ランレート、グラベンに伝えろ。借りは返せ、と」
「...」
蛇威丸に返事もせず、
ランレートも蛇威丸が『今』出て行くのを見守っている。
この場でクラーザとランレートが、蛇威丸を殺せることは可能だ。
だが、あえて殺さない。
仮にも『グラベンを救った』からだ。
そのことを、蛇威丸も理解している。
二人の気が変わる間に、
蛇威丸は村を去ることを決心した。
亜紀はクラーザに身を守られながら、恐る恐る蛇威丸を見た。
あれはそう....
この世界に来て間もない時。
まだ言葉もわからず、クラーザとも話せなかった頃。
クラーザとイルドナと亜紀に、
いきなり襲撃をかけてきた人達がいた。
亜紀はその人達に、
森の中から一気に城へと連れ去られた。
蛇威丸はその時、1番偉そうにしていた男!
―――あっ!あの蛇男だ!
亜紀に口づけしてきただけでなく、
亜紀の服もめちゃくちゃに破り、
強引に胸に舌を這わせてきた奴!
いやだっ...!
亜紀はクラーザの後ろに隠れる。
そしてそうだ!
それだけでもない。
クラーザが殺されそうになって、
それを庇おうとした亜紀に、
血も涙もない態度で、剣を振りかざしてきたんだった。
恐ろしい人――――――!!
亜紀は身を震わせた。
「ぉおぉ――――いっ!皆、ちょっと待ってくれよぉ!!」
そこに、汗だくになったアコスがやって来た。
中に割り込み、皆の中心に立つ。
「...アコス君」
普段はおちゃらけているランレートが、
今回ばかりは冷ややかな視線を送る。
「いやいやっ..あっえっと!とにかく違うんだって!!!!
あの俺っ!グラベン様に言付けされてさぁ!!!!」
「言付け?」
魔導士が聞き返す。
アコスはクラーザにもランレートにも蛇威丸にも、説得するように言う。
「グラベン様が全員連れて来いって!
皆に集合かけろって、そう言ってるんだ!」
「はっ..!」
蛇威丸が苦笑いをした。
アコスは1番面倒な蛇威丸も、
なんとか連れて行かなければ.....、と考える。
「とっとっとにかく!グラベン様が言ってんだ!
とりあえず、さっきの部屋に戻ってくれよぉ!
ちょっとでいいからさぁー!!」
「――――そんなことは、
この俺に言わないで、目の前の二人に言うのがいいだろう」
蛇威丸は顎でクラーザとランレートを示した。
二人は無言だ。
二人が蛇威丸を今すぐにでも追い出したがっているということは、言われなくても気付いていた。
「ベルカイヌン!ランレートさぁん!
グラベン様がそう言ってるんだよー!
全員を連れて行かないと俺が怒られちゃうよぉ!頼むよー」
「....」
「....」
何も返答できない二人。
そこへ空気の読めるような本当は読めていない魔導士はいらぬ口を挟む。
「ねぇねぇ、とりあえず中に入ろうよー。
こんなとこで殺し合いなんて、どうせできないんだしさぁー。
きちんと私をグラベン様とやらに紹介してよ~」
アコスは猫の手でも借りたい気分だったので、
少し救われた気になる。
「そっそうだよ!はっはやく行こうぜっ!」
アコスは強引に皆を集合させることに成功した。
先を急ごうとする一行に、
命知らずな敵が、目の前に立ち塞がる。
クラーザは亜紀を抱えたままその中を走り抜き、
ぴったりと張り付くイルドナが、二人を守るようにして戦った。
魔導士は手も触れずに、
魔術をつかい、敵を吹き飛ばす。
アコスも懸命に戦った。
誰ひとりと負傷せずに、村に辿り着く。
既に、朝日が空に輝き始めていた。
「あっ...うぅっ....!」
村を目前にして、急に亜紀が苦しがりだした。
クラーザは走る速度をおとし、亜紀の様子を伺った。
「あき」
「ごめんなさっ...ゴホッ..」
亜紀はもう耐え切れずに、胃液を吐いた。
「どうした?大丈夫か?あきか?」
イルドナも亜紀を心配する。
強い二人には亜紀の弱い身体のことは、なかなか理解が難しかった。
「後少しだ。我慢しろ」
クラーザはそう言うと、
亜紀をしっかりと抱きしめ村に入っていった。
「へぇぇ~、ここが隠れ家かぁ」
魔導士は村を見物する。
村は静まり返っていた。
ガサ...
男子寮から黒柄が出てきた。
「クラーザさん...!」
黒柄は驚いた顔をして走ってきた。
クラーザも黒柄に歩み寄る。
「ランはいるか」
「はい、家の中に。....グラベンさんも無事です」
「クラーザ..アタシ、大丈夫。だから早く行って」
亜紀はクラーザの腕から離れた。
今は自分の体調よりも、皆の無事の確認の方が最優先だ。
クラーザは亜紀の頬に触れ、かがんで視線を合わせる。
「大丈夫か」
「うん、少し横になってる」
「わかった。すぐにランを連れて行くから」
「うん、ありがと..」
クラーザの優先順位の1番は亜紀だが、グラベン達も心配だ。
とりあえず黒柄に亜紀を任せ、男子寮に入っていくことにした。
「あきさん、具合が悪いのね。
私が看病するわ。こっちに来て」
「黒柄さん、ありがと..」
黒柄は亜紀に触れない。
先に歩き、クラーザの部屋へと連れて行った。
「じゃあ僕の紹介もして頂こうかなぁ~」
魔導士もクラーザに着いて行った。
イルドナもアコスも続く。
「...ってか、あのガキはどこ行ったんだよ??」
アコスは子供の存在を思い出した。
魔導士は知らん顔をする。
「どっかその辺にいるでしょ~」
アコスが辺りを見渡しても、
あの小生意気な子供はどこにもいなかった。
クラーザ達が玄関に入ると、
足音やアコスの騒ぎ声を聞き付けて、奥からランレートがやって来た。
「クラーザ...!」
ランレートの表情は暗かった。
すぐにクラーザは何かを察する。
「ラン、無事だったか」
「私は心配ないよ。
それより、クラーザに伝えなきゃいけないことが沢山あるんだ..
悪いことばかりだけれど...」
ランレートは廊下で話そうとする。
そこに空気の読めない魔導士が顔を出した。
「やあっ!ランレート!
久々だね!会いたくなかったけど暇なんで来ちゃったよ!」
ランレートは魔導士の姿に驚いたりはしなかった。
むしろ反対だ。
「ダグリ、来てくれたの...助かるよ、ありがとう..」
ランレートの顔は悲しげで、
だが懸命に笑顔をつくっているようだった。
「ダグリ!?魔導士さまの本名ってそんな名前なのかっ!
だっ.....だっせ―――っ!!!!」
アコスがいきなり腹を抱えて笑いはじめた。
ガツッ!
だが、イルドナのげんこつによって遮られる。
「ダグリ、君との再会を喜び合いたいところだけど、
..いや、あまり喜べないけど、
とにかく、そんな場合じゃないんだ」
ランレートが本気でなのか冗談なのか、
まぁとにかく、魔導士を構おうとしない。
「なぁーんでよぉ...
せっかくここまで来てあげたのに、つまんないの~」
魔導士は唇を尖らせて黙った。
「グラベン達は中か」
クラーザがいつも皆が集まる宴会場に足を運ぼうとした。
グラベン達...
ランレートは目を伏せた。
「クラーザ..」
クラーザもイルドナもアコスも、ランレートの妙な空気を感じ取る。
「死んだのか」
「...」
クラーザは冷静だった。
特に取り乱す様子はなかった。
「死んだって...!!!!誰がだよっっ!!!!?嘘だろ!!?」
アコスは気が動転した。
まさか、このディアマがやられる訳がない!
めちゃくちゃ強い奴らばっかりなんだぞ!
泣く子も黙る最強の『ディアマ』なんだぞ!
「それだけじゃないんだ、クラーザ」
ランレートはクラーザの腕を力強くしっかりと掴んだ。
宴会場にクラーザを入れようとしない。
そんな様子から、、
宴会場には『何かある』とクラーザはそう思った。
玄関先で立ち話のまま、ランレートの話は続く。
「私が助けることができたのは、
桜と黒柄だけなんだ。――後は、全員死んだ」
「ぜっ..全員って!!!!
フッソワさんや、ゾードさんが、ししし死んだって...
殺されたって言うのかっ!!!?」
アコスが悲鳴のように叫び、ランレートにしがみついく。
「まさか...!」
イルドナもあまりの衝撃に口を押さえた。
「死んだのは――――フッソワ、ゾード、楓、かゆ、百合、
そしてパザナ...」
ガタン!!!!
「う...うそだっ...」
アコスは腰を抜かして、床に尻餅をついた。
口元が身体が全身が震える。
「―――グラベンは、どうした」
クラーザが低い声で尋ねた。
「グラベン君は....」
ランレートはクラーザの腕を掴む力を強める。
「グラベン君は...蛇威丸が..
蛇威丸が、グラベン君を助けた」
「蛇威丸――?」
クラーザは厳しい目をする。
「理由はわからない。
けど今、部屋の中に蛇威丸がいるんだ」
「...」
クラーザは、ランレートがなかなか宴会場に入れなかった理由がわかり、無言で足を進めた。
グッ...
ランレートが念を押すように、クラーザに確認を取る。
「クラーザ...!
蛇威丸がいなかったら、グラベン君も死んでいたんだ..」
「わかってる」
「...私も蛇威丸を葬りたい気持ちは、前と変わらない。
だけど、どうかクラーザ、君も冷静でいて...」
「....」
ガタン――
クラーザは冷えた顔付きで、宴会場の戸を開けた。
中は、食事の残りや、着替えた服の山や、生活感の溢れる物が散乱していた。
広い宴会場に関わらず、なぜか敷布団まで二つ程並べてあり、
―――簡単にいうと、
宴会場の中は、ゴミや食料や荷物やらでぐちゃぐちゃだった。
その中で、胡座をかいて座っている男が..
「よぅ、ベルカイヌン...随分と遅いご登場だな」
蛇威丸がいた。
白髪の長い髪がまるで蛇のようにうねっており、
目を光らせる小さな瞳孔は、蛇の目、そのものである。
「―――なんのつもりだ」
クラーザの紅い眼が炎のように燃えた。
敵を確認した蛇のように、
蛇威丸はクラーザを目で見張る。
「貴様のようにいちいち理由をつけて動く訳じゃないんでね。
その時の気分がそうしただけさ。なにか不服か?」
「考えも無しに、勝手に首を突っ込んでくるな」
クラーザと蛇威丸は犬猿の中だ。
互いに、張り詰めた空気を凍らせるように睨み合う。
「偉そうにすんな...頭でっかちなだけの狐め」
蛇威丸はクラーザを『狐』だと例える。
頭ばかり働く、実力のない弱い生き物だと。
「蛇威丸、言葉に気をつけてくれないか。
ここは、君が偉そうにできる場所ではないよ」
耐え切れずにランレートが口を挟んだ。
その言葉に、蛇威丸はクスクスと笑う。
「ふはは.....貴様ら、狐と蝙蝠だな。
全く...お似合いだ...!」
蛇威丸が余裕の笑みを浮かべ、
クラーザとランレートを笑い者にした。
ジャキン――!!!
クラーザは手刀をつくり出し、蛇威丸に向けて斬りつけた。
手刀をひと振りする。
バッ!!
「ふっ―――はは....」
蛇威丸は立ち上がって、2・3歩後ろに退いた。
だが、二人を馬鹿にした笑いを止めない。
「クラーザ..」
今にも目にも止まらぬ乱闘を始めそうなクラーザをランレートが制した。
ランレート自身もかなり殺気立ってはいるが。
「なぜ、止める」
クラーザは蛇威丸から視線を離さないままに、ランレートにそう言った。
ランレートはクラーザに返事をせず、蛇威丸を追い払う目で言う。
「蛇威丸、グラベン君の命に免じて、この場は逃してあげるよ。
だから、私の気持ちが変わらない前に早く出て行ってくれ」
嫌味な笑いをやめない蛇威丸は、余裕の態度を見せる。
「ふはは...それは断る。
貴様らの仲間割れした結末を見届けないとな。
物語は最後まで知らなければ、意味がないだろう?」
「黙れ」
一度、火がついたクラーザの怒りはなかなか静まらない。
「ちょっと...何がどうなってるんだよ...??
『蛇威丸』って確か...玉石を持ってるっていう...」
アコスは、クラーザ達と蛇威丸の謎的な関係を知りたがった。
そこにイルドナが割り込む。
「アコス、お前は黙っておけ。
お前が入るとややこしくなる」
「お...おう..」
アコスはとりあえずは引き下がった。
「どこが、ややこしいんだ?簡単なことだろう?」
しかしすぐに蛇威丸が説明を始めた。
アコスは蛇威丸に視線を向けられ、『蛇に睨まれた蛙』状態になる。
「俺とベルカイヌンは、元々は主従関係だったのさ。
その偉そうなベルカイヌンは、俺の支配下にあったんだ」
「えっ..おぇえぇっっ!!?ベルカイヌンがぁぁあ!!!!??」
アコスは大袈裟な程に驚く。
1番遠くにいた魔導士は聞いているのかいないのか、わからない態度だ。
「ふはは...いい反応だ、チビ。
そうさ、貴様らのベルカイヌンは俺様の家来だったという訳さ。
面白い情報だろう?」
「――――じゃあっ!
ななななんでそんなに、いがみ合ってんだよっっ!!?
なななんかっ、あったのかよ!!」
アコスは、クラーザと蛇威丸を見比べながら、質問を大声で投げかけた。
「アコス、黙れ」
クラーザが睨みをきかす。
「トラブルさ、トラブル」
蛇威丸は目を大きく見開いて、嬉しそうにアコスに言った。
「う...へぇ.....」
もっと知りたいが、
クラーザの鋭い目つきが恐ろしいので、アコスは大人しくなる。
「あぁ..ベルカイヌン、そんなにふて腐れるな..
チビが黙っちまって、つまらんだろう」
「お前の遊びになど付き合っていられん」
クラーザは再び、蛇威丸に攻撃しかけようとした。
「待て、ベルカイヌン。
貴様の相手をしてやるのは構わないんだが、
その前に、グラベンに会っておいたらどうだ?
死ぬのは、それからでも遅くはないだろう」
蛇威丸はそう言って、奥の部屋を指差した。
「あれ以来ずっと中から出てこない。
まさか、ショックでも受けているのかな?ふはは..」
蛇威丸は一人で笑っていた。
蛇威丸退治に向かった者は、グラベン以外、皆死んだ。
しかも、グラベンは蛇威丸に救われて生き残った。
グラベンの現在の心境は、
一体どんなものなのか、計り知れない。
「...」
クラーザがグラベンのいる奥の部屋に近付いた。
戸に手をかけ、開けようとする。
ガッ...
だが、戸は開かなかった。
部屋の内側から、鍵をかけられていた。
「...部屋に閉じこもったまま、ずっと出てこないんだ..」
ランレートがクラーザの背後で呟く。
すると、クラーザは戸を叩いた。
...ドン...ドン....
「――グラベン、いるのか」
...ドン...ドン.....
その場の皆が、戸の向こう側に注目する。
だが、何の応答もない。
「――グラベン...俺だ、開けろ」
クラーザは無理矢理に戸をこじ開けようとはしなかった。
「ふぅん...貴様も無理か..
奴はいつになったら出てくるのやら..」
蛇威丸は宝箱が開かなかったかのように、肩を落としてガッカリした。
「もしかして、中で死んでんじゃないのぉ~??」
魔導士が欠伸をしながら、退屈そうにそう言った。
触発されてアコスは焦り出す。
「やっやばいよっ!!ベルカイヌン、早く開けようぜ!!!!」
「死んでることはないよ。
グラベン君は『しばらく一人にさせろ』って言って、中に入っていったんだもの」
ランレートが仕切り直す。
「では、出てくるまで待っていればいい」
クラーザはそう言って、戸の前から離れた。
「それまで『勝負』はお預けだな...つまらん..」
蛇威丸はその場にドスンと腰を下ろし、
『待ち』の態勢に入った。
蛇威丸にとっては、遊びでしかないようだった。
「――ラン、来い」
クラーザは蛇威丸が部屋から出ないのを確認し、
ランレートを部屋の外に呼び出した。
宴会場を出たクラーザとランレートは場所を変えた。
誰もいない静かな台所に。
「アダと会ったか」
クラーザは台所にある小さな丸テーブルの椅子にかけた。
「ほんの少しだけど...
私の姿を見て、すぐに逃げて行ったよ。
狙いは玉石のようだ」
「....」
クラーザは丸テーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。
やっとクラーザの本心が出てくる。
「蛇威丸をこの村に連れて来たのは、グラベン君だ。
だけど、私も蛇威丸から話を聞きたくて彼を受け入れた」
「....」
クラーザの頭の中は、めちゃくちゃになっていて整理しきれていないようだった。
ランレートも向かい側の椅子にかける。
「一瞬...蛇威丸とアダは組んでいるのかと思ったんだ。
けれど、蛇威丸は本当に何も知らないらしい..」
「そうか」
クラーザは頭の切替も早い。
すぐに次のことを考える。
「グラベン君が出てきたら、すぐにアダの後を追おう」
「いや..」
「....?何か問題でもあるの?
早くアダをどうにかした方がいいよ。
今度は何を仕出かすかわからない」
ランレートはアダを始末することが優先だと考える。
「まずは、ここを出た方がいい」
「どこに行くって言うの?
行き場所なんかどこにもないでしょ?
あきちゃんや黒柄や桜のことも考えて、ここに落ち着いていた方がいいよ」
アダはこの村を知っているが、
ランレートが結界を張り巡らせている為、
例え襲撃をかけてきても、
そう簡単には近付けないようになっている。
「あきが妊娠した」
クラーザがため息まじりに言った。
「え?」
ランレートは身体を丸テーブルから乗り出して聞き返した。
「妊娠って...そんな早くよく気付いたね」
「俺のじゃない」
「は??」
言いにくそうにするクラーザに、
ランレートはしっかりと聞き込んでくる。
「クラーザのじゃないって...
あきちゃん、もしかして...誰かに犯されてたの?」
「いや....
あきは身に覚えがないと」
「どういうことなの?」
クラーザは少し疲れていた。
いや、神経が疲れているのだろう。
「ダグリとかいう....あの魔導士が、
あきを診て妊娠4ヶ月くらいだと..」
「4ヶ月!?嘘でしょ?
私、全然気が付かなかったよ」
ランレートは自分に少し呆れた。
あきの身体のことはとても心配していたから、よく見ていたハズなのに...
「俺は妊娠のことなど全くわからない。
だが...あきの今後のことを考えると、
もっと安全な場所に移動してやった方がいいと思うんだ」
「クラーザ...産ませるの..?」
ランレートは小さな声で尋ねた。
宿された子を殺したくはないが、
訳のわからぬ子供を産ませたくはない。
しかも、こんな危険な時に。
「あきが望むなら」
「う...ゴホッ...」
亜紀は悪阻に悩まされていた。
クラーザの部屋に入り、小さくうずくまる。
「あきさん、吐き気がするのね?
なにか薬を持ってくるわ」
「いいの....薬は..」
黒柄が部屋を出ようとすると、亜紀はそれを止めた。
「でも..」
黒柄は何か看病をしなければと思い、少し考えて何かをひらめく。
「じゃぁ、暖かい飲み物でも持ってくるわ」
「黒柄さん...」
青ざめた顔をして、亜紀は黒柄を見つめた。
「とりあえず布団に入って横になっていて」
「...」
カタン...
黒柄は部屋の戸を閉め出て行った。
残された亜紀は、吐き気をこらえながら布団を見つめる。
「うっ...クラーザぁ...うぅ...」
亜紀は嗚咽を漏らしながら、泣き出した。
布団には入れない...
だって..
この布団は、
クラーザと初めて愛し合った場所だもん..
私にとって、すごく神聖な場所で、
思い出深いところなのに..
「うぅ.....」
亜紀はお腹に手を当てた。
この中に、誰の子かもわからない人の子が入っている。
こんな汚れた身体で..
私の大事な場所を、汚したくないよ...
「うっ!!...ゴホッ..!!」
亜紀は激しくやってくる吐き気に、
耐え切れずに再び胃液を吐いた。
「..う..ハァハァ....うぅ...」
泣きながら、涙を拭った。
カタン...
すぐに黒柄が戻ってきた。
「あきさん?大丈夫...?」
黒柄は亜紀の悲しんでいる理由がわからなかった。
そっと触れれば亜紀の心は読めるが、
なかなか触れることができない。
「..ごめっ...なさい...」
亜紀は心配かけぬようと、
顔を隠すが気持ちが押さえきれなかった。
「黒柄さん..アタシ....!」
亜紀は黒柄に妊娠のことを伝えようとして、黒柄を見上げた。
すると、そこには..
「あきちゃん、大丈夫?相当ひどいね...」
ランレートとクラーザの姿があった。
黒柄が台所に行った時に遭遇して連れて来たのだ。
「あっ...」
亜紀はクラーザの顔を見て、ピクンと体をびくつかせた。
すぐに涙を拭き、我に返る。
「あき、ランに診てもらえ」
そんな亜紀のソワソワした態度を見て、クラーザはすぐに退室しようとした。
「クラーザ、どこに行くの?」
ランレートが聞いた。
「あっちに戻る」
クラーザはさっさと部屋を出て行った。
「クラーザぁ...待って...!」
亜紀は咄嗟に立ち上がって、クラーザを追い掛ける。
カタン..
ふらつく身体を起こし、
戸に手をかけ、廊下に急いで出る。
「どうした」
クラーザはすぐそこにいた。まるで無表情だ。
「いっ..行かないで...」
亜紀の目からはボロボロと涙がこぼれてきた。
クラーザは立ち止まる。
「近くの部屋にいる」
クラーザは宴会場の方向を指差した。
「やっ..やだ......アタシの...側にいてぇ...」
「...」
クラーザはどうしたらいいものか躊躇った。
目の前で亜紀は泣き、震える手で、クラーザの腕を掴んできた。
「..ぉ.願い...クラーザぁ..」
「だが..」
クラーザは亜紀の肩に手を置く。
「俺がいても仕方がない。俺は何の手助けもできん」
「アタシっ...アタシ...子供産む..しない...!
クラーザの子じゃない、嫌なの..」
亜紀は中絶を決心していた。
やはり、どんな事態であれ、
クラーザのことしか考えられない。
クラーザの子供でないなら、早く取り除いてしまいたい..
どんな残酷なことだと、わかっていても...
「あき...」
クラーザの顔つきが変わる。
固い表情から悲しげな表情に。
「クラーザじゃなきゃ...嫌っ..」
亜紀はクラーザにしがみついた。
クラーザは亜紀をそっと抱きしめる。
「でも、お前の身体が..」
亜紀の繊細な身体が心配だった。
中絶することにより、きっと亜紀の身体への負担も大きい。
だが...
クラーザは心がふわっと熱くなったのがわかった。
亜紀が身を削ってでも自分を選んでくれるという事実に、不謹慎だが、喜びを感じているようだ。
「クラーザ...ごめんね......ごめんっ..ね...」
なぜか亜紀はクラーザに何度も謝ってきた。
クラーザはそれがどういう意味なのかわからなかったが、
なぜか嬉しかった。
「とりあえず、二人とも入って」
ランレートが二人を部屋に入れた。
黒柄は、今の話の流れから、状況を見て部屋をそっと出ていった。
「はい、じゃあ...あきちゃん、あーんして..」
ランレートがそう言うと、
亜紀は口を開けるが、ランレートはその間に目を覗く。
「はい、次は息を大きく吸って」
ランレートがそう言うと、
亜紀は大きく深呼吸するが、またランレートは、耳の穴など、全く関係のないところを覗く。
「じゃあ最後に、ゆっくりと目を閉じて...」
亜紀が目を閉じると、
ランレートは亜紀の腹部に手を当てた。
「おい、ラン。ダグリの時もそうだったが...
そんな適当な診察で、ちゃんとわかってるのか」
亜紀の横にクラーザはいた。
不満そうな顔をしている。
「もぉ――――....
うるさいなぁ、ちょっと黙っててよ。集中できないでしょ」
「...」
クラーザはすぐに黙るが、
真剣な顔で診察の様子を見ていた。
特に道具といった物は使わず、
誰にでもできそうな診察を、ランレートはしただけだった。
「う――ん...」
診察が終わったのか、
ランレートは顎に手をあてて、考え込みだした。
「ランさん..」
心配そうな顔で亜紀はランレートに結果を求める。
「あ..いや..あのね。
確かにダグリの言ったように妊娠しちゃってるのは確かだよ」
「やだ...」
亜紀は肩をガクンと落とした。
やはり事実だった。
「でさ、中絶の話だけど...」
ランレートが言いにくいそうにする。
「やめた方がいい。
あきちゃんの身体がたぶんもたない。
それだけ負担がかかってるみたい」
「どっ...どうして...!」
亜紀は嫌がった。
では、子供を産まなければならないのか。
「どちらでもいい。あきが無事でいられる方で」
妊娠のことなど全くわからないクラーザは亜紀を優先に考える。
他のことは、どうでもよい。
「じゃあ、産むしかないね..」
「やだっ!..アタシ嫌っ!!」
亜紀は激しく抵抗した。
中絶を一度決意したら、
もう産むことなど、絶対に考えられない。
グッ...
ジタバタと騒ぐ亜紀を、クラーザは優しく包み込んで抱きしめた。
「あき、もう泣くな」
「だって..!!アタシ、絶対やなの!アタシ大丈夫!だから...!!」
「あきちゃん、無理だよ。
今のあきちゃんに手をかけたら、きっと死んじゃう。
新羅の呪縛から解き放たれたとはいえ、身体は思った以上に衰弱してる。
だけど..子供はしっかりと成長してるよ」
「え...」
成長....
「あきちゃんの中で、子供は誰にも気付かれずに、
そっと..でも着実に大きくなっていたんだ。
15センチ弱くらいかな..」
ランレートは両手で、子供の大きさの形を表した。
「そんなに...?」
亜紀はお腹に手を当てる。
全く気が付かなかたった。
それになにより、悪阻が始まったのはたった三日程前だ。
「ねぇ...クラーザ、あきちゃん」
ランレートが二人に向き直る。
亜紀はクラーザに抱かれたまま、
ランレートの真顔を見つめた。
「こんな非常事態に次から次へとなんでこうなんだろう!?って悲惨に思っちゃうけどさ..」
トン..
ランレートは亜紀の背中に手をあてた。
「こう思っちゃ駄目かな..」
ランレートは悲しいような淋しいような、
笑みの混じった表情をする。
「この子供はきっと..
フッソワとゾードがくれたんだって私はそう思いたいんだ。
彼らの命を...継いでこの世に誕生してくれたんだって..」
「ランさん...」
亜紀は息が止まった。
それは、ゾードとフッソワが死んだという意味だ。
「だって...フッソワが....ただで死ぬ訳ないでしょ..
あのゾードが...私達を追いて..
とっとと先になんか...逝くはずないでしょ..」
ランレートは後悔していた。
なにをどうすれば良かったのかなど、
思い当たり過ぎて悔やむばかりだ。
だが、彼らは二度と戻ってはこないのだ。
「あきちゃん....私はその子を全力で守りたいよ。
フッソワやゾードみたいに...簡単に死なせたくはない..」
ランレートが亜紀の頭に優しく触れると、亜紀は何度も頷いた。
「はい.....」
亜紀はクラーザにうずくまって泣き続けた。
「――で...ところでさ、
蛇威丸って、どこのお偉いさんなんだぁ??」
宴会場では残されたアコスと魔導士と蛇威丸が、互いに背を向けずに向かい合っていた。
実は無造作に敷かれた布団の一つに、睡眠薬を服用した桜が眠っている。
「あん?今なんつった?」
蛇威丸はアコスに睨みをきかせた。
アコスは背筋をピンと伸ばす。
「やっ..あぁっ!!..えっとぉ~
蛇威丸さんは、そのぉー..どちらのお偉い人なのかと...」
「貴様、阿呆だな」
脅しておきながら、蛇威丸はニタリと笑う。
アコスの単純さが蛇威丸にはたまらなく心地良い。
「蛇威丸...蛇威丸...うん、聞いたことがあるよ。
死骸国の獅子王の息子...いや、孫にあたるのかな?」
「獅子王は10年前に死んだ。
今の王は、その息子・高鷹王だ」
蛇威丸は、頭をガリガリと掻く。
魔導士は『あ~そうだっけ』と思い出したかのような、声を出す。
「高鷹王には、子供が44人いて、
その33番目の王子が、確か...『蛇威丸』だったね」
「うへぇ―――っっ!!!!
子供が44人って、その王様どんだけやらかしてんだよっっ!!!」
アコスはリアクションをオーバーに、
その場でわざとひっくり返る。
「44人もの王子の名前なんかわざわざ覚えちゃいないけど、
33番目の王子は『蛇人間』だって噂は有名だったしねぇ~」
「余計なお世話だ」
蛇威丸は慣れた感じで答える。
そうやって、人から噂されるのにはもう慣れていた。
「蛇人間って....
44人とも、皆そんなんじゃねぇのぉ??」
アコスは気まずそうに、蛇威丸を指差す。
「まぁさか~!王も普通の人間なんだよー。
ただ、33番目の王子だけ、
不気味にも『蛇』だったって訳」
魔導士は偉そうに説明した。
蛇威丸は、別に腹を立てるわけでもなく、反対に自慢気な顔をした。
「そうさ。姿形も、力も能力もまるで違う。
俺に敵う者なんかいやしない。
あの国は、俺様の物さ」
「す...すげぇ――...」
意味もなく圧倒されたアコスだった。
「ところで、魔導士さまが、
なんで、そんな詳しく知ってんだぁ??
あんな誰もいねぇ洞窟に、
ずっと引きこもりだったハズのにさぁ!」
アコスは目の前の散らばったツマミに手を出した。
そろそろ、腹が減ってきた。
「引きこもってはいたけどぉー
60年も生きていれば、その程度の情報は知ってるよ~」
「へっっ!?60..60..!!60年んんっ!!!!?」
アコスの口からは、
たった今、放り込んだばかりのツマミが噴射する。
「え~?知らなかったのぉ??
私、今年で63歳だよぉー。
知らないなら言わなきゃ良かったぁー。
27歳くらいには見えるよねぇ??」
「サッ..サバ読みすぎだろっっ!!」
アコスは目が回る。
待てよ..と、いうことは。
「まさか、ランレートさんも?!」
アコスが身を乗り出して尋ねると、魔導士は嫌そうな顔をした。
「だって私達、同期だもーん。
ね、ね?ランレートより私の方が若く見えるでしょ!?」
「――――まじかよ.....」
アコスは魔導士の問いにも答えずに唖然とした。
ランレートはどこかミステリアスな雰囲気があったが、まさか63歳だったとは。全く驚きだ。
「まさかっ!じゃあ、ベルカイヌンも、そーゆーオチ!!?
実は100歳とかっ!!?なっ!そうなんすかっ!!?」
アコスは興奮気味で、蛇威丸に近付いた。
蛇威丸は知らぬ顔をして、その場を立ち上がる。
「はっ!くだらない!」
「ぅえ...」
アコスは蛇威丸の呆れた顔を見て、
少し調子に乗り過ぎてしまったかと不安になる。
スッ..
蛇威丸はそのまま部屋を出て行った。
「ど...どうしよう..なんか、怒らせちまったかなぁ」
「それよりアコス君とやら。
このまま蛇威丸を見張ってなくていいのぉ?
覚醒者の彼が、かなり蛇威丸のことを気にしてたみたいだったじゃない?」
「えっ?えっ!!?そうなのっ?
俺が見張ってなきゃいけない感じかよっ!!?」
アコスは慌てて、蛇威丸の後を追うように部屋を出て行った。
魔導士は部屋に残り、ふぅと一息ついた。
「――ところで、君。
布団の中で、いつまで隠れているつもり?」
「―――!」
魔導士は桜が布団の中にいて、
しかも睡眠薬が切れて、目を覚ましていることに気が付いていた。
パサッ..
桜は布団から起き上がる。
ずっと寝た状態だった桜の顔は、パンパンに腫れむくんでいた。
「あなた...誰よ!?」
「君こそ誰?あんまり可愛くないねぇ。
まぁ最初から、メス自体、可愛いとは思えないんだけどね」
魔導士は前髪を掻き上げてみたりする。
桜はガタガタと震えていた。
「――ランレートさんはぁ!!?
ランレートさんはどこに行ったの!」
「あぁ...あいつの睡眠薬を飲んでたのねぇ。
あいつのは利かないから、
私がイイのをあげようか?よぉ~く眠れるよ。永遠にね」
「ひゃっ!いやぁぁぁあああ!!」
桜は耳を押さえ、悲鳴を上げた。
「あっ!ちょっと、ちょっと!
冗談だってばぁー!嘘だよー!!
ただちょっと、意地悪言っただけでしょー??」
「やっ!やっ!ぎやぁあぁぁああ!!!!!!!!」
桜は精神錯乱状態だった。
信じていたアダが、
大切な百合や、かゆを殺す現場を見てしまったからだ。
ここずっと―――
私の大切な人が、死んでいくことが多い。
ううん、
例え敵だとしても、
私は人が死んでいくのを、たくさん見てきた..
今まで生きてきて、
『死ぬ』ということに、
私はまだまだ関係のない人間だと思ってた。
私が初めて見た『死』は中学生の時だった。
大好きなおじいちゃんが胃癌で亡くなった。
声が枯れて、涙が枯れるまで、
私は泣いた。
でも私は、
自分は『死なない』とまで思っていた。
高校生の時、
私は無駄に必死にダイエットをしたことがあった。
病的に痩せることが、
すごくキレイなことに思えて、全く御飯を食べなかった。
生理が止まっても、貧血でふらついても、
私はダイエットに夢中だった。
―――そんな時、
小学校の時の担任の先生が、
交通事故で意識不明の重体になったという知らせが入った。
友達と何度か見舞いに行った。
先生は日に日に弱っていき、
衰弱して、結局、目を覚まさずに亡くなってしまった。
友達と抱き合って大泣きした。
先生の最期の姿は、前の面影がない程に、
ガリガリに痩せてしまって皮だけの人となっていた。
でも、私はダイエットを止めなかった。
その頃の私にとって『死』というものは、
結局そういうものだったんだ。
私には関係のないもの。
人事のようにしか、考えてなかったんだ。
でも...
でも、今は違う。
私はいつだって『死』と隣り合わせで生きている。
『死ぬ』恐怖に怯えてる。
だけど、かわりに『生きる』素晴らしさも、
毎日毎時間、感じることができるんだ。
たくさんの、私の大切な人が死んでいく。
―――じゃあ今度は、
新しい命を、私が作り出してみようか。
私は無力だけれど、
新しい命をこの世に誕生させることができるんだ。
ねぇ..
お母さん、いいかな?
お母さんは昔から、私にうるさく言ってたよね。
『結婚と妊娠、順番は逆になっちゃダメよ』って。
最近では『子供は作ってもいいけど、父親が誰かもわからない子にはしちゃダメよ』って言ってたね。
私は決まって、
『もうわかってるって!』って言ってたけど。
お母さん、ごめんね。
私、お母さんとの約束、どっちも守れないよ。
『ねぇ!!あきんこ、聞いてよ!』
制服姿のはるかが、亜紀の夢の中に現れた。
亜紀は過去の記憶に戻る。
『はるか?どうしたの?』
『私、妊娠しちゃったかもしれないのよー!!』
『え..!?はるか、彼氏なんかいたっけ?』
亜紀も売り場の制服を着ていた。
バックヤードで、コソコソと話す二人。
『実は元カレなの!先週久々に再会して...
ついそのホテルに行っちゃったんだけどね..』
『それで..?』
『彼ったらさぁー!絶対に、中出しするのよー!
それがポリシーだとか言ってさ!』
『えー!!はるか、大丈夫なの?』
『大丈夫じゃないよー!
全く安全日でもないし、絶対妊娠したってばー!!
あきんこ、どうしよう!!!!』
亜紀もはるかも仕事などそっちのけで、話し込んだ。
『はるかの元カレは、何て言ってるの?
妊娠したらどうするとかさ..』
『そんな内容は全然話さないんだけど、
お前が1番好きだって...』
亜紀とはるかは親友だ。
互いに何でも言うし、相手が間違っている方向にいっている場合は、厳しく叱る。
『そんなの嘘よ!
はるかのこと本気で好きだったら、
ポリシーとか言って避妊しないなんておかしいよ!』
『そうだよね...
きっと妊娠しても、結婚なんかしてくれないと思うし、
絶対下ろせって言われる!』
そして、必ずと言っていい程、
亜紀とはるかのヒソヒソ話の中に真由美が入ってくるのだ。
『えぇ~!はるか先輩、それはマズイですよぉー!
真由美は絶対、ゴム付けてくれますよぉ~』
『ちょっ...真由美!!』
真由美の乱入に二人は慌てながらも、コソコソ話は続ける。
『真由美も、彼氏いないんじゃなかったっけ?』
『亜紀せんぱぁーい!
エッチは、彼氏とだけする訳じゃないんですよぉ!
真由美モテ過ぎて、アプローチされまくりなんですぅ』
クネクネ頭と腰をクネクネさせる年下の真由美。
『全員、避妊してくれてんの?』
はるかは夢中になって、真由美の肩を握った。
『そりゃそーですよぉ!
真由美、皆から愛されてますもぉん!
...ってか、さっきから、はるか先輩、イタイー!!』
『なんで、こんなバカ真由美は男に愛されて、
私は元カレにさえも、適当にあしらわれるワケー!!!?
むかつく――――っっ!!!』
『はるか先輩!!はぁなしてぇ!!
亜紀せんぱぁーい、助けてぇ!』
『ちょっと二人とも!
売り場に声が聞こえちゃうでしょー!』
避妊されれば、愛されている
避妊されなければ、愛されてない
あの時の私達は、そんな基準で、愛を計っていた。
「....ん」
亜紀は夢から目を覚ました。
ぼんやりと思い出される、
過去の記憶を辿っていた。
(はるか...真由美....今頃、何してるかな....)
亜紀は布団に横たわっていた。
すぐ側では、クラーザが亜紀に腕枕をして眠っている。
「....」
クラーザは....一度も避妊なんかしなかった。
だけど...愛されているんだって思う。
なんでかな..
亜紀はクラーザの頬にそっと手をあてた。
「クラーザ...」
好き..大好きよ..
サァァァァ....
窓からは、夕日の光りが差し込んでいた。
夜でもないのに、眠っていた。
そして、クラーザも眠っている。
きっと...
さすがのクラーザも疲れていたんだね。
パサ..
亜紀が起き上がっても、
クラーザは死んだように静かに眠っていた。
「クラーザ...ごめんね...」
あなたは、こんなに私を愛してくれているのに、
私は別の人の子を妊娠してしまった。
そして、私は子供を産む。
私もこんなことを願ってた訳じゃないの。
あなたを愛して、
あなたに愛されて、
ずっとあなたの側にいて、
できれば、あなたの子供が欲しかった..
『フッソワとゾードの命』
嘆いてばかりじゃ、この世界では生きていけない。
私は決めたの。
事実を受け入れる。
私に宿された子供を産む。
強くなるの。
それは、あなたと同じ世界を生きてゆく為に。
強いあなたの側で、私も強く生き抜く為に。
亜紀はクラーザにそっと掛け布団をかけた。
「...うっ..」
吐き気を感じて、そっと布団を離れる。
...トッ...トッ...
一度、洗顔をしようと、
亜紀はクラーザの部屋を静かに出た。
「う....気持ち悪い...」
悪阻がこんなに大変なものだとは思いもしなかった。
いや特に、亜紀は悪阻が激しい方なのかもしれない。
「うっ...ケホッ...」
さっきまでは気持ち良く眠れていた。
きっとランレートが、そういう薬を知らない間に与えてくれたのだ。
ザァァァ―――...
亜紀は水で顔を洗った。
山の水のおかげで、とても新鮮でとても冷たい。
「..ふぅ...」
なんだかスッキリした気分だった。
持参したハンドタオルで優しく顔を拭く。
ギシ..ギシ..ギシ..ギシ..
「―――」
誰かの廊下を歩く音が響いてきた。
音の重さからして、男性だ。
亜紀は瞬間的に、ランレートか、イルドナのような気がした。
ザ....
水を止めて、亜紀も廊下に出てみた。
カタッ
「ぁ...」
洗面所から出た亜紀の正面には――――――――
「やはり会えたな..」
「やっ...」
亜紀は蛇威丸の姿に驚いて、声が出てこなかった。
その場で、身体は硬直する。
ギッ...!
蛇威丸は亜紀の真ん前に立ちはだかり、亜紀を取り押さえる。
「やっ...めてっ.......は..なし...てぇ..」
亜紀の声は恐ろしさで震え、言葉が途切れる。
「ほぉう、話せるのか」
蛇威丸は亜紀を壁に押さえ付け、顎を引き上げた。
「やっ..!...ク..ラーザ.....たす....たすけ......て..」
「俺の目を見ろ。ほら、俺の目を見るんだ」
蛇威丸は亜紀に顔を近付けてきた。
いつかの時のように...
「..ぁ......ゃ......」
亜紀は恐ろしさでなのか、
蛇威丸の能力でなのか、
身体が金縛りのように、動かせなくなっていく。
ググ...
蛇威丸の口が、亜紀の唇に重なろうとした。
「離れろ」
その時、クラーザの低い声が廊下に響いた。
ガッ―――
蛇威丸は亜紀の頭を掴み、乱暴に自分から引き離した。
「また、貴様か。邪魔ばかり...嫌な奴だ」
「クラーザ...!」
亜紀は蛇威丸から逃れ、クラーザにしがみついた。
「ふん...可愛い女だな。
もう一度、その柔らかな唇を吸ってみたい」
「やっ....」
亜紀は身体を縮まらせる。
そうだ。
蛇威丸を見るのは初めてではない。二度目だ。
まだ言葉も話せぬ時に、
人質として連れ去られたことがあった。
そして、強烈なキスを浴びせられた...
どうして、こんなところにいるの...!?
「殺す」
クラーザは躊躇いもなく、攻撃態勢に入った。
「へぇ...貴様が女に執着するなど、初めて見たわ」
蛇威丸も待っていたかのように構えを取りはじめた。
ドォオン!!!!
二人はその場で、激しくやり合い始めた!
場所が場所だけに、互いに能力を使わずに、
素手で殴り合う。
ガコッ!!!!
が、みるみるうちに、壁や床などが破壊されてゆく。
「ちょっと――――っ!!!!」
すぐに『ストップ』の声がかかった。
だが二人は止まらない。
激しい肉弾戦が続いていた。
「こらぁ~っっ!!!!家が壊れちゃうでしょ!家が!!」
止めに入ったのは、
たまたま便所に行こうと廊下に出た魔導士であった。
ガタ
そこにランレートも現れる。
「クラーザ!蛇威丸!グラベン君が部屋から出てきた」
ランレートの鋭い目つきに、クラーザは動きを止める。
蛇威丸も闘争心を一気に無くしたかのようになる。
「―――へぇ...、で、なんだってんだ?」
蛇威丸がランレートに喧嘩を売る。
「..とにかく、互いの存在が、気に入らない同士だってのはわかってるけど、こんな場所で争わないで」
「この俺様に偉そうに指図すんじゃない」
蛇威丸は今度はランレートに食いかかる。
クラーザはランレートの横に立ち、蛇威丸に刀を向けた。
キィン―――
「出て行け」
クラーザとランレートに睨まれ、蛇威丸は苦笑いする。
「はっ!...望むところだ。
誰が嬉しくて貴様の顔をいつまでも見ていなければならないのか...。貴様を片付けて、さっさと行こうと思ったが..」
「聞く気もしない。出て行け」
クラーザは蛇威丸の言葉を遮った。
蛇威丸は苛立ちを感じたが、
現在の自分の立場上、戦わずに立ち去るのが妥当だと考えた。
「――ランレート、グラベンに伝えろ。借りは返せ、と」
「...」
蛇威丸に返事もせず、
ランレートも蛇威丸が『今』出て行くのを見守っている。
この場でクラーザとランレートが、蛇威丸を殺せることは可能だ。
だが、あえて殺さない。
仮にも『グラベンを救った』からだ。
そのことを、蛇威丸も理解している。
二人の気が変わる間に、
蛇威丸は村を去ることを決心した。
亜紀はクラーザに身を守られながら、恐る恐る蛇威丸を見た。
あれはそう....
この世界に来て間もない時。
まだ言葉もわからず、クラーザとも話せなかった頃。
クラーザとイルドナと亜紀に、
いきなり襲撃をかけてきた人達がいた。
亜紀はその人達に、
森の中から一気に城へと連れ去られた。
蛇威丸はその時、1番偉そうにしていた男!
―――あっ!あの蛇男だ!
亜紀に口づけしてきただけでなく、
亜紀の服もめちゃくちゃに破り、
強引に胸に舌を這わせてきた奴!
いやだっ...!
亜紀はクラーザの後ろに隠れる。
そしてそうだ!
それだけでもない。
クラーザが殺されそうになって、
それを庇おうとした亜紀に、
血も涙もない態度で、剣を振りかざしてきたんだった。
恐ろしい人――――――!!
亜紀は身を震わせた。
「ぉおぉ――――いっ!皆、ちょっと待ってくれよぉ!!」
そこに、汗だくになったアコスがやって来た。
中に割り込み、皆の中心に立つ。
「...アコス君」
普段はおちゃらけているランレートが、
今回ばかりは冷ややかな視線を送る。
「いやいやっ..あっえっと!とにかく違うんだって!!!!
あの俺っ!グラベン様に言付けされてさぁ!!!!」
「言付け?」
魔導士が聞き返す。
アコスはクラーザにもランレートにも蛇威丸にも、説得するように言う。
「グラベン様が全員連れて来いって!
皆に集合かけろって、そう言ってるんだ!」
「はっ..!」
蛇威丸が苦笑いをした。
アコスは1番面倒な蛇威丸も、
なんとか連れて行かなければ.....、と考える。
「とっとっとにかく!グラベン様が言ってんだ!
とりあえず、さっきの部屋に戻ってくれよぉ!
ちょっとでいいからさぁー!!」
「――――そんなことは、
この俺に言わないで、目の前の二人に言うのがいいだろう」
蛇威丸は顎でクラーザとランレートを示した。
二人は無言だ。
二人が蛇威丸を今すぐにでも追い出したがっているということは、言われなくても気付いていた。
「ベルカイヌン!ランレートさぁん!
グラベン様がそう言ってるんだよー!
全員を連れて行かないと俺が怒られちゃうよぉ!頼むよー」
「....」
「....」
何も返答できない二人。
そこへ空気の読めるような本当は読めていない魔導士はいらぬ口を挟む。
「ねぇねぇ、とりあえず中に入ろうよー。
こんなとこで殺し合いなんて、どうせできないんだしさぁー。
きちんと私をグラベン様とやらに紹介してよ~」
アコスは猫の手でも借りたい気分だったので、
少し救われた気になる。
「そっそうだよ!はっはやく行こうぜっ!」
アコスは強引に皆を集合させることに成功した。
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