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第十二章✬嫌な予感

嫌な予感

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ーーーーーその少し前の夕刻時に、黒柄と亜紀は、
ゾードとランレートによって発見された。



ガァァ―――――――

「なにやってんだ..?お前ら」

ゾードが鍵のかけられていた戸を開け、キョトンとした顔をした。

「ゾードさぁん....!」

こんな時間まで閉じ込められていて、クタクタになっていたハズなのに、亜紀はゾードの顔を見るなり、すぐに立ち上がり走って飛び付いた。

「おぉい..あき...」

ビックリしたゾードは最初は戸惑ったが、すぐに状況を悟り、亜紀の肩を抱いてやった。

「....一体、どうしたの?
二人がいないから随分と心配したんだよ」

ランレートが優しく亜紀にそう言って、チラリと黒柄に目をやった。

「.....あのっ...!アタシ達.....ずっとずっと..」

亜紀は必死で今までのことを説明しようとした。
が、黒柄が口を開く。



「――――なんでもないわ」


黒柄の小さな声。
だが、その場にいた全員に聞こえた。
ランレートが黒柄の顔をそっと覗き込む。

「黒柄...怪我は――ない?」

「平気よ。ランレートさん」

黒柄の毅然とした態度に、亜紀は息が止まった。

なぜかわからないが、黒柄はパザナに言われたことや、みーちゃん達にされたことを隠そうとしている。

「あき、何があった?」

ゾードが亜紀の肩を掴み、
真剣な顔をして聞いてきた。

「え―――..うん...なんでも..ないの...」

なぜか亜紀も隠した。
わからないけれど、黒柄が隠すので言ってはいけないことなのだと思った。

「....」

ゾードは首を傾げる。
亜紀が何か無理をしているのはわかる。
だが、平気な顔を作る。

ゾードはすぐに、パザナの仕業ではないかと勘を働かせたが、
亜紀に無理矢理に問いただすのは、やめることにした。

どうせ嫌味を言われたのだろう。大体、予想はつく。

「とにかく、ここは出よう。
寒いし、風邪をひいてしまうよ」

ランレートが皆に提案し、小屋を出ることになった。



「アタシ...!」

亜紀がいきなり口を開いた。

「なんだ?どうかしたか?」

ゾードが小屋を出ようとして、まだ中にいる亜紀に振り返る。

「今夜はゾードさん一緒、部屋行く...」

「は?俺の部屋にか?」

ゾードが聞き返すと、亜紀は黙って頷いた。

「まぁ....いいけど....」

そして4人は小屋を出た。

肌寒くなっていく夜道を、ゾードと亜紀、ランレートと黒柄と、二つに別れながら歩いた。

「―――今から、またしばらく例の場所に行くけど、あきも行くだろ?」

ゾードが隣を歩く亜紀に尋ねる。
『例の場所』とはグラベンが主催する格闘技場のことだ。

「え....」

そこに行けば皆がいる。もちろん、クラーザも。

だが、みーちゃんと楓もいるに違いなかった。
亜紀は物凄い倦怠感に襲われる。

「アタシ..ゾードさん部屋、待つ..」

「そうか...」

ゾードはあっさりと頷いた。
亜紀の気持ちが、なんとなくだがわかったからだ。

「ねぇ、ゾード」

後方から、ランレートの声が聞こえる。
女子寮に向かう、ゾードと亜紀とは反対に、
ランレートと黒柄は男子寮の方に向かっていた。

「...なんだ?」

ゾードが少し遠い位置にいるランレートに返事をした。

「悪いけどさ、私ちょっと具合悪いから、今日は行かないって、グラベン君に言っといて」

ランレートの横で黒柄が隠れるようにしている。
ゾードはそんな黒柄をギロリと見てから、けだるそうに返事する。

「....ん...ああ、わかった」

ランレートには、サボリ癖がある。
それは、黒柄のことになると、やたら多くなる。
ゾードはあまりいい気はしていなかった。

「ゾードさん....?」

不機嫌な顔をしているゾードの手に、亜紀が触れる。

「あき...」

ゾードは亜紀の顔を確認するかのように、見つめてきた。

「...?」

「あきでさえ場の空気を読んで、
俺やクラーザを無理矢理に引き止めたりしないのにな」

「え?」

「ランレートもランレートだ。
こんな大事な日にミーティングをすっぽかすなんて。
普通、有り得ないだろ。
あんな不気味な女のどこがいいんだ」

ランレートと黒柄の二人が男子寮に入っていく様子を見て、ゾードは地面に唾を吐いた。

「....」

亜紀はゾードの言葉を聞きながら『二人は本当にそういう仲なんだ』と、そんなことを思っていた。

「あの二人、変わってるんだ。皆を寄せ付けない。
特に黒柄がそうだ。誰とも話さないしな。
ランレートを引き込んで訳のわからん奴だぜ」

ゾードが亜紀に愚痴っぽく話した。

「大事な..ことだから?」

「は?大事なことって、何が?」

「二人でいること。きっと誰にもわからない。
けど、きっと大事なことなの」

「.....」

亜紀の不十分な言葉ではハッキリと理解しがたいが、言いたいことはなんとなく伝わった。






ガタン...

ゾードと亜紀は、明かりのついていない薄暗いゾードの部屋に入った。

「じゃ俺は行ってくるから、何かあったら前と同じ場所にいるし、そこに来いよ」

「うん...」

亜紀は埃っぽいベッドに座った。
ゾードは亜紀を一瞥し、部屋を出て、皆の集まる場所に向かった。

バタン....

亜紀はベッドに倒れ込み目を閉じた。

「....はぁ....」

クラーザの顔が見たい。

けれど、どんな顔をして、どんな態度で、どんな気持ちで会えばいいのか、わからなくなった。

良いことも、良くないことも、色々と言われすぎて、
色んな人に、色んなことをされて、気持ちの整理がつかなくなってきた。

(『ただ側にいたい』...だけじゃダメなんだ...)

クラーザには重い試練が多くのしかかっている。
生きていく為には、常に戦わなくてはならない。
それに伴い、たくさんの犠牲を払わなくてはならない。

(ただ側にいたい、ただそれだけのことなのに....)

クラーザを想い、募る気持ちに、ただただ息苦しさを感じていた。



ホゥ―...ホゥ―....


「....」

ふと気付くと、少し眠っていたようだった。

泣きながら眠っていたのか、
涙の跡が、頬に残っていた。

...カタン....タッ...タッ...タッ...

亜紀は身体を起こし、
開けっ放しになっている窓に近付いた。

「....」

窓から見上げた夜空には、
月が浮かび上がっていた。

パァァァァァ――――.....

小さな光りではあるが、
月が明るさを打ち放っている。

「きれい...」

亜紀は月に手を伸ばしてみた。

寒空に輝く、月。
空が澄んで、くっきりと姿を現している。






バシャ――――!!!

ぼんやりとしている亜紀の耳に、水の音が聞こえた。

「―――っ?」

亜紀は伸ばしていた手を引っ込め、音のする方を見渡した。


バシャ――――!!!!

また聞こえた。


「...なぁに...?」

亜紀は独り言を呟き、目をこらした。


バシャ――――!!!!

窓の外には、
遠くだが、アダの姿があった。

「...アダ..さん...?」

月明かりのせいで、その姿が見えた。
アダは亜紀に全く気付いていないようだった。



バシャ―――!!!!

アダは樽に水をくみ、身体にかけていた。

上半身は裸で、
まるでその姿は、身体を清めている僧侶のように見えた。

「あ....」

亜紀はあることに気付いた。


(あれって...ネックレス??)

アダの胸元には、
亜紀と同じとはいえないが、
へその位置にまでありそうな、長いネックレスのような物があった。
先端には、石のような物がついている。

(....なんだ.....
やっぱり、この世界でだってネックレスは存在するんだ)

クラーザの石をつけたネックレスをみーちゃんは馬鹿にした。
ゾードもネックレスの存在を笑っていた。
だが現に、アダだってしているではないか。

紐の長さは異様に長いが、ネックレスであることに違いはない。
アダのネックレスには白っぽいような色んな色に見える石がついていた。
結構な大きさと重さがあるようにも見える。

カタン...

アダが樽を地面に置いた。
その音で亜紀は我に返る。

(アタシったら...覗きなんかして、やだっ!!!)

亜紀はアダに気付かれる前に、部屋の奥に隠れた。

しかし結局のところ、アダは何をしていたのだろう...
本当に身体を清めていただけなのだろうか..

「.....」

亜紀はベッドに戻り、再び横になった。




人の気配がなく、シンと静まり返った男子寮に、
ランレートと黒柄が、それでもこっそり隠れるようにして入っていった。

ガガァ―――....

ランレートが自分の部屋の戸を開け、
黒柄を先に中に入れる。

「....」

黒柄は中に入り、明かりもつけず薄暗い部屋のまま、床に座った。

「黒柄...」

ランレートは黒柄に手の平を見せるようにして、手を伸ばした。
その手に、黒柄はゆっくりと触れる。

「――――」

ランレートの心が包み隠さず、黒柄の中に入り込んできた。

「明日、また遠くに行かなくちゃならなくなった...」

ランレートが口にして言わなくても、触れた手から全てがわかる黒柄。

「...きっと、あきさんもまた留守番ね」

黒柄は先に先に話をすすめていた。

明日、クラーザとランレートが『朝凪の浜』に新しい情報を手に入れる為に旅立つということがランレートに触れた瞬間にわかり、
ランレートがまた黒柄を村に置いて行くのを、申し訳なさそうに思っていることもわかり、
クラーザも同じように亜紀を置いて行くんだろうなと、ふと考えていることが、言わなくても伝わってきたのだ。

「うん...そうだね...」

ランレートは心が読まれているとわかっても、黒柄を気味悪がらなかった。
むしろ、いちいち何かを言わなくても、触れるだけで全ての気持ちをわかってくれるんだと、喜んでいるのだ。

「そんなに心配しなくても、私は平気よ。
この村が住みにくいだなんて、思ってないわ」

黒柄はランレートが心配している気持ちも、すぐにわかった。
黒柄に先に言われて、ランレートは本題に入る。

「...何かされた?
あきちゃんと二人で何か言われたの?」

黒柄がパザナに呼び出されたのを、ランレートは知っていた。
誰にもわからぬように、ランレートと黒柄は連絡を取り合っている。

だから、今朝、
亜紀がアコスに連れて行かれたのも、
ランレートはパザナの仕業だと本当は知っていたのだ。

「ランレートさん達が死ぬって私達の前で言ってきたわ。
みねさん達もすごい驚きようだったわ」

「私達は...死にはしないよ。
謎の生命体になんか絶対に負けたりしないよ」

ランレートは不満そうな顔をした。
そんなランレートの気持ちもわかり黒柄は頷く。

「あの人は―――私達を脅しているのよ」

「グラベン君も『絶対に負ける気はしない』って言ってるしね。
クラーザだって『負ける戦はしない』ってさ」

ランレートは黒柄の前に座った。

「そうね...」

黒柄は小さな声で呟いた。
未来が少し見える黒柄は、時々、グラベンやランレート達が苦戦して戦っている映像が脳裏に見えたりしている。
...そのことはランレートには決して言わないが。

「ねぇ黒柄。久々にさ、黒柄の頬に触ってもいいかな?」

「....」

ランレートと黒柄は互いに支え合って生きているが、黒柄が心の声を読めてしまうので、必要以上に触れ合うのは、暗黙の了解でしていなかった。

黒柄はランレートの『無理だろうな』という諦めかけた表情を見ながら、目を見つめた。

「....いいわ」

少し恥ずかしそうに言った黒柄に、
ランレートはパァッと明るい笑顔を見せた。

『人は鏡なの』

ふと、亜紀の言葉を思い出した。
黒柄はランレートが笑ったので、
つい自分の口先も緩んでいるのに、やっと気が付いた。

「.....」

ランレートが黒柄の髪を掻き分けて、頬にそっと手を触れてきた。
すると...
ランレートの心に浮かんでいる記憶が、黒柄に流れ込んでくる。

「ランレートさん.......」

それは、ランレートが見た、クラーザと亜紀の姿だった。
クラーザが亜紀の頬に優しく触れる映像...

黒柄も同じような映像を亜紀に触れた時に見たが、
今回は状況が違っていた。

亜紀の記憶を見た時は、クラーザの表情しか見えなかったが、
今度は亜紀の表情も見えた。


クラーザが頬に触れると――
亜紀は強張っていた表情を緩ませ、一気に泣き出した。
時には目がクシャクシャになるまで笑顔をつくって、笑ったりしていた...

クラーザが手を触れるだけで、亜紀の心の紐が解けるのだ。
ランレートは、それを羨ましく見ていたようだった。

「黒柄...いつも私は、優しくなかったよね...ごめんね...」

ランレートが悲しげな顔を見せた。

クラーザと亜紀を見て、
ランレートと黒柄の間に足りなかったモノを、ランレートは感じ取ったようだった。

「そんなことないわ....」

確かに二人は、クラーザと亜紀のように微笑ましくはなかったが、
それでも互いを気遣い合ってきていた。
しかし黒柄は、ランレートの気持ちに応えたいと思い、
不慣れだが、亜紀のように微笑みをつくって見せてみた。

「黒柄....」

ランレートは初めて見る黒柄の微笑に、驚いた顔をした。

「私の顔、そんなに変かしら..」

ランレートが触れているので、
ランレートの心は見えてはいるが、
黒柄はわざとにひがみっぽく言ってみた。

「そんなことないよ。
黒柄がその....笑ってくれるなんて思ってなくて..」


『すごく抱きしめたい』


ランレートの淡い想いが黒柄の胸にじんわりと伝わってくる。
黒柄は胸をドキンとさせた。

ランレートの気持ちがわかっても、
ランレートの優しさがわかっても、
必要以上の触れ合いに、黒柄は少し戸惑いがあった。

ランレートの強い気持ちが身体中を伝わると、一体どんな風になるのか不安だった。
ランレートはそんな黒柄も理解しているので、無理に抱きしめたりは絶対にしなかった。

だからこれ以上、先に進まない。
ランレートは高鳴る気持ちを懸命に抑えながら、余裕の笑みをつくった。

「黒柄、ありがとう」

頬から手を離す。
黒柄はあえて何も応えなかった。
ただ『笑み』をつくり返した。

「ランレートさん...」










ゾードが遅れて、グラベン達が秘密特訓をしている場所に辿り着くと、皆がゾードに注目した。

「おい、おっせーぞ。何やってたんだよ」

グラベンはどこからか折りたたみ式の椅子を持ってきて、その場でくつろいでいた。

「ランは??」

フッソワもゾードに質問を投げる。

「...ああ、ランレートは体調が悪いそうだ」

そして、チラリとみーちゃんと楓を見て、またすぐにゾードは口を開く。

「誰かさん達のせいでな」

「ふんっ!」

みーちゃんも楓もゾードの嫌味は聞き慣れていた。
特に話題を膨らまさず、話をサラリと流す。

「ったく!決行は明日だってのに!
...とにかく、さっさと進めんぞ!てめぇら!」

グラベンが苛立つような表情をした。

そして、緊張感もいまいち欠けたまま、
明日の流れが、グラベンの口から伝えられた。

「―――ってことは、
みねと楓も蛇威丸退治に参加決定だな!」

フッソワが二人の位置確認をした。

「私達...その蛇威丸って奴に会ったことないんだけど、そんなに強いのか?」

楓は指をパキパキと鳴らしながら尋ねる。

「強かねーよ!!!」

グラベンが機嫌を悪くする。
隣で、アダが苦笑いし、クラーザに視線を送った。
視線を受けたクラーザはようやく口を開く。

「蛇威丸は強靭な能力者だ。
名の通り、蛇との混合体でもある。
力を発揮する時、髪が蛇に変わる特性もある」

「髪が…蛇にぃ!?」

みーちゃんが大きく反応した。
それに、グラベンはピクリと片眉を上げる。

「んな、驚くことじゃねーだろうがぁ!
みね、おめぇーもクラーザの話をひいき目し過ぎだぞ!」

「えへへっ!だぁってぇ」

みねはニタリと笑うが『おめぇーも』という言葉にひっかかる。
つまり『あきも』『みねも』ということだ。
一緒にされたくはない。

クラーザは蛇威丸退治には参加しないのに、
蛇威丸退治の綿密な作戦を皆に教えた。

「蛇威丸なんかとっととブッ潰して、
玉石を奪い取ろうぜ!」

そう言ってフッソワは玉石の数を数えだした。

「グラベンが持ってる2個と、
この間、クラーザとイルドナが盗ってきたやつの1個と、
今までのが10個と…
蛇威丸が持ってるのを奪えば、5個か!」

「合わせると、いくつになる?」

ゾードは、フッソワをからかうように言った。

「えっと――...15...16...」

「18だ」

横からアダが口を挟んだ。

「てってんめぇ!俺様が今言おうとっ...!!!!」

苛立つフッソワを横目にクラーザが話し出す。

「残すは、6個だな」

「おう。クラーザとランレートは残り6個の居場所の情報を、
しっかり掴んできてくれな!」

グラベンはクラーザの肩をポンと叩いた。







亜紀が再び目を覚ますと、空には日が昇り始めていた。

「....」

大体、6時くらいだろうか。
辺りを見渡しても、ゾードの姿はなかった。

亜紀が寝ていた位置とは別の場所に、いつの間にか布団が敷かれてあったので、ゾードが真夜中に戻って眠り、朝方すぐに部屋から出て行ったのだと思った。

ガヤガヤガヤ...

なんだか外が騒がしい。

トタ..

起き上がり、羽織り物を着て外に出てみた。

「おっ...あき」

亜紀の姿に1番最初に気が付いたのは、
既に戦闘準備が整っているゾードだった。

グラベン達が全員、ピシッと引き締まった格好でそろっている。
みーちゃんと楓もいつもとは違う、立派な戦闘服に着替えていた。

「え...」

亜紀はまだ寝間着のまま、一瞬、体を凍らせた。

「まだ朝は寒い。お前は中に入ってろ」

ゾードが厳つい戦闘着とはうらはらに、優しい表情を見せた。

「ゾードさん...どこ行く..?」

震える声を搾り出した。
パザナが前に言っていた『謎の生命体との戦い』に行くのではないかと、瞬時に思ったからだ。

「そんな顔するな..」

ゾードは微笑して、亜紀の頭を軽く叩き、
それから後ろに振り向き、クラーザに視線を送った。
歩み寄って来るクラーザも、装束を身に纏っている。

「ク..クラーザぁ...」

亜紀は蒼白な顔をして、クラーザにしがみついた。

まさか今から発つの?
今すぐに??
そんなんだったら、昨夜はクラーザを避けたりせずに一緒にいれば良かった...!

「なに泣いてんだ..!
クラーザや俺が死ぬ訳じゃあるまいし心配し過ぎだぞ」

ゾードはアハハと声に出して笑った。

グラベンとランレートとアダはまだ綿密に話している。
フッソワは欠伸をしながら、背伸びをしている。
みーちゃんと楓は、あからさまに亜紀を睨みつけていた。


「あき..」

クラーザは大きな手を、亜紀の頬に伸べてきた。
寒さの中で、ホッとするようなクラーザの暖かい手は、亜紀の涙を誘う。

「いっ...やだっ..」

亜紀はまだ何も聞いていないのに、否定から入った。
また、クラーザは旅立ってしまうのか。

「あき、聞け..」

「やだ...!」

嫌だと反抗しながら、亜紀はクラーザに縋り付く。
クラーザは構わず、亜紀の顔を上げさせた。目線を合わせる。

「あき、出掛ける支度を」

クラーザの口から出た言葉は、
亜紀だけじゃなく、ゾードも、そしてみーちゃん達も驚かせた。

「え...」

亜紀の本日、二度目の『え...』である。

「おっおい、クラーザ。まさか連れて行くのか?」

ゾードがクラーザの顔を覗き込んだ。
クラーザは平然としている。

「ああ、そうだ」

「...でっ...でも...」

亜紀は自分が足手まといになることなど、重々承知の上だ。
離れたくはないが、邪魔にもなりたくはない。
すると、スッカリ目を覚ましたようなフッソワが首を突っ込んできた。

「おいおい、いくらなんでも、
連れて歩くのはやべぇだろ??」

「そっそうよ!こんな時にクラーザさん、どうかしてるわ!!」

フッソワに便乗して、みーちゃんも割り込んできた。
ゾードはみーちゃんに押し退けられ、カチンときたが、冷静に対処する。

「そうだぜ、クラーザ。
みねや楓がいるなら、あきを残していくのに抵抗があるのはわかるけど、今回はみねも楓もいねぇんだから...」

「ちょっとゾードさん!それってどういう意味よっ!!」

みーちゃんが今のゾードの嫌味には、
さすがに反応せずにはいられなかった。

「なんだ?何揉めてんだよ?」

ついにグラベンが割って入ってきた。

「だってクラーザさんがっ!!!!」

みーちゃんが、まるで学校の先生に告げ口をする生徒Aのように、グラベンに説明する。
生徒Bの楓は話を大きく膨らませる。

「危険だって皆で言ってんのに、
全く私達の話を聞いてくれないんだ!どうかしてるよ!」

みーちゃんと楓の鼻息の荒さに、グラベンは眉をしかめた。

「ちょっ..少しは、てめぇら落ち着けよ」

「だってさぁ!!!!」

みーちゃんの口は止まらない。
グラベンが横を通り過ぎても、まだグチグチと愚痴っていた。

(あ....)

亜紀はグラベンが出てきたことに、また話をややこしくしているのは自分のせいだと焦りだす。

揉める原因は、いつも自分だと。

しかし....
亜紀は意を決して、グラベンの前に進み出た。
そして、言葉を発する前に深々と頭を下げる。

「...アタシも一緒に..!お願いします...!!」

亜紀は頭を下げたまま、動かなくなった。

クラーザに着いて行くことは、絶対に迷惑になるとは重々承知の上だが、フッソワとゾードとみーちゃんと楓の反対を受けてまで、亜紀を連れて行こうとしてくれているクラーザに、自分までもが反対したら一体クラーザはどう思うのかと考えてみた。

本当の亜紀は、どうしてもクラーザに着いて行きたい。
迷惑になるなど、そんなことは二の次に考えることにした。

「ねぇ一体どうしたの...?」

遠くにいたランレートまで会話に入ってきた。
必然的にアダも顔を覗かせる。

皆はグラベンの言葉を待った。

「紅乃亜紀、顔を上げな」

クラーザは亜紀の頭に手を乗せ、髪に触れる。
グラベンはクラーザと亜紀を交互に見た。

「別に俺は構わねぇよ。
クラーザから聞いてはねぇけど、どうせ連れて行くんじゃねぇかとは思ってたし」

「なっ....!!!!」

グラベンのあっさりした許可に、みーちゃんは声を失う。

「クラーザは最初から紅乃亜紀を側におくって言ってたしな」

皆がひとつの大きな輪になる。
その中で、やはりグラベンはリーダーシップをとる。

「でも危ねーだろ?
あきは力もねーし、ましてや妖魔女だぞ?」

フッソワは両手を広げて言う。

「この村にいれば絶対安全だとは言いきれねぇ。
おめぇが言うように、紅乃亜紀は妖魔女だ。
だが妖魔女は、どこにいても妖魔女だ。
だから、1番安全なのはクラーザの隣ぐれぇだろ」

グラベンはそう言って、亜紀にニカッと歯を見せて笑った。

「グラベンさん...」

亜紀は嬉しさでいっぱいになった。

「....確かに、グラベン君の言う通りだね。
それにあきちゃんは、クラーザの側にいる為にこの世界に飛び込んできたんだから、クラーザが責任を持たないといけないもんね」

ランレートがグラベンを支持するように付け加える。
フッソワは『そこまで言うんなら、仕方ねー』と簡単に引き下がった。

が、しかし。

「――――お前ら、待たんか」

その場の全員が、声のする方に振り返った。

「パザナばばぁ...」

パザナの登場に、グラベンが大口を開けて驚いた。
なぜなら、パザナが外に出歩くなど滅多にないことだからだ。

「悪いことは言わん。紅乃はこの村に置いてゆけ」

老婆であるパザナのゆっくりの歩きには、威圧感が感じて取れた。

「...あ.......」

亜紀は身を縮こまらせる。
パザナは亜紀を押さえ付ける存在でしかない。

そのことに気付いてか気付いてはいないのか、
クラーザが朝風に髪をなびかせながら、パザナに向き直り口をきいた。

「なんと言われようと、あきは連れて行く」

「....」

パザナは顔にベッタリと張り付く髪を払いのけもせずに、クラーザを見据えた。

ザァァァ.....

その時、強い風が吹いた。
パザナの視線は、変わらず強い。

「クラーザ..。
お前の頑固さは理解の上だが、こればっかりは、まかり通らん」

パザナのだみ声が、風に掻き消されることなくその場に残る。

「あんたの言わんとすることは、聞かなくてもわかる。
わかってはいるが、言っている」

「...ク..ラーザ...」

亜紀は眉をしかめながら、クラーザにしがみついた。
パザナが怖い。
するとクラーザは、大きく力強い腕で亜紀を引き寄せた。

「あきは、この俺が見つけ、この俺が連れて来た。
あきは俺のものだ。あきをどうしようと、俺の自由なはずだ」

クラーザの亜紀を私物化発言。

ランレートもゾードもアダもフッソワも、ギョッとして驚く。
グラベンは鼻先でフッと笑った。

「クラーザさん...!」

みーちゃんはカッと怒りを感じたのと、必死で止めたい気持ちと、ふたつの感情に挟まれて、クラーザの腕を強く掴んだ。

「放してやれ、みね」

グラベンがすぐにみーちゃんに注意した。
が、みーちゃんは悔しさと寂しさの入り交じった汚い顔で首を振る。

「嫌よっ!クラーザさんの為に言ってんだからっ!!!」

表向きは、覚醒者と妖魔女を近くにいさせるのは危険だということで、みーちゃんの本心はクラーザを亜紀に取られたくないという、よこしまな気持ちだ。

ランレートは冷静な判断を下す。

「そうだよ..。
クラーザとあきちゃんは、これだけ一緒にいても今は何の異変も起きていないし。
むしろ、クラーザの力は威力を増してきているようにも感じる。
二人を一緒にしても、危険ではないでしょう、パザナさん」

ランレートの言葉にゾードも頷いた。

「確かにそうだ。伝説は伝説だ。
妖魔女が覚醒者の力を吸い取るなど、古昔の話だ」

フッソワもアダも納得する。

「ばかっ!!!嘘の話なんかじゃないわよ!真実よ!!!
今は大丈夫かもしれないけど、今後はわかんないじゃない!
適当なこと言わないでよっ!」

みーちゃんは必死にゾードに食いかかった。
楓はそこまで食い下がることはできず、ただオロオロとしている。

唯一、パザナはみーちゃんに同意する。

「みねの言う通りだ。
大切なこの時期に自分を見失うでないぞ、クラーザ!」

亜紀は何も言えなくなった。
ただただ、クラーザと離れたくないと願うばっかりだ。

そしてクラーザは、断固としてパザナの言葉を聞き入れない。

「いらぬ、お節介だ」

「ダメ!ダメ!!!ダメよっ!!!
クラーザさん!私は絶対に認めないからねっ!!!!」

いつまでも、クラーザにぶら下がるみーちゃんを見て、パザナは作戦を変えた。

「...何を言っても聞かんのならば、みねも連れて行け、クラーザ」

「――は?」

クラーザは今まで誰にも見せたことのない、訝しんだ表情をパザナに見せた。
パザナの意図が読めなかったからだ。
そしてまだ続ける。

「あと、アコスも連れて行け」

「...」

クラーザは意味がわからず黙って様子を伺った。
そんな状況を見て、グラベンが口を開く。

「あ――..んぢゃ、みねは急遽、チーム変更な。
クラーザとランと『朝凪の浜』に行けな!
とりあえず、あのチビ盗賊も連れてきゃ何かの役に立つかもしれねぇしな!」

グラベンは話を丸く納めようとする。
クラーザは少し考えたが、即答した。

「..ああ、別に構わん」

『着いて来れるなら着いて来い』と言い出しそうな顔つきだ。

「もちろんよっ!!!!」

みーちゃんは、一度、亜紀を睨みつけたがすぐに澄ました顔をした。







こうして、メンバーは別れた。

永遠の別れともなる。


「フッ..まどろっこしいな。俺は先に行くぞ、じゃあな」

アダはその場の雰囲気が嫌になったのか、
先に出発してしまった。

「ア..アダさん!」

アダのことが好きな楓は、慌ててその後を追って行く。

「――んじゃ俺らも行くか」

フッソワが首をポキポキと鳴らしながら回す。
ゾードは『ああ』と返事た。

「...ゾードさん...気をつける」

亜紀が恐る恐る言った。
するとゾードは大袈裟に笑ってみせた。

「だぁから誰に向かって言ってんだ?」

「だって....『謎の生命体との戦い』だから...その...」

亜紀が言いにくそうに言葉を濁すが、
ゾードは何が言いたいのか察したので、ガハハと笑った。

「んな訳ねぇだろ。そんなのまだ先の話だ。
今回はその戦いの為の『武器集め』みたいなものだ。
軽~く終わらせてくるから、お前らも早く終わらせて、さっさと帰って来いよ。クラーザがいい仕事してくるように、あきがケツでも蹴ってやりな」

ポン...

そう言って、亜紀の頭に手を乗せたゾードの笑みは、
何故か、亜紀の胸を苦しくさせた。

何故か....


「それじゃ、あきちゃん。
私達も早く出発した方がいいから、出掛ける準備をしておいで」

ランレートが話に入ってきた。
亜紀は名残惜しく感じながら、ゾードを見送ることとなった。

「それじゃあな!あき!」

女であるゾードは、
男よりも格好良く、その場を去って行った。
鍛えられた長い脚で、グングンと遠くへと走って消えて行く。

「...おっと!俺もこうしちゃいられねぇ!!!!
アダに先を越されて、蛇威丸の首を取られちゃ腹立つし、俺もさっさと行くぜ!」

フッソワも慌てるように走って行った。
そこに残されたのは、
クラーザとランレートと、みーちゃんと亜紀。
そして、今にも旅立とうとしているグラベンだ。

パザナは自分の言いたいことが済むと、さっさと男子寮へと帰っていく。
青と緑のグラベンの瞳が、皆を見回した。

「んじゃ、おめぇーらも気をつけてな」

「グラベン君こそね!
蛇威丸の挑発にひょいひょいと乗っちゃあいけないよ」

ランレートがうっすらと微笑んで言った。
グラベンは『まかせな』と言うように白い歯を見せて笑う。
すると、クラーザがまるで躊躇うように口を開いた。

「グラベン...」

「ん?クラーザ、どうした?」

グラベンは相変わらず明るい笑顔だ。
クラーザはそんな笑顔にもつられず、真顔で答える。

「蛇威丸が持っている五つの玉石の意味....
俺はなぜか、まだ腑に落ちないんだ。
まだ他に違う意味がある気がしてならない」

それが、クラーザの本音だった。
クラーザが『腑に落ちない』などと言うことは今までにない。

「この俺喧嘩売ってんじゃねぇーってことか?」

「...わからんが、もっと別の意味がある気がする」

「.....」

ランレートは今更そんなことを言うクラーザを不思議に思ったが、いくら考えても何の意図も見えてはこない。

「そんなこたーどうでもいいぜ」

静まる空気を変えるのはグラベンだ。
強気な台詞で、不安を吹き消す。

「蛇威丸にどんな考えがあって、玉石を五つ、俺達にちらつかせていよーと、俺達は目の前の玉石をただ頂戴するだけだ!そうだろ!」

グラベンはクラーザの肩をドンと強く叩いた。

「.....」

クラーザはただ黙っている。

「さっ!早く行くぜ!」

グラベンはそう呟いて、亜紀の方に向かった。

ガサ...

懐から何かを取り出す。
グラベンは小さな小袋を手に、亜紀の前に差し出した。

「..え...あの..」

亜紀はとりあえず受け取り、小袋の中を開けようとして
グラベンを見上げた。

「中は開けんな」

グラベンが小袋を再び握り、亜紀の胸の前に押しやる。

「これは大事なモンだ。
開ける時は、誰にも見せんじゃねーぞ」

「は....はい..」

亜紀は『それ』が何なんのかはわからなかったが、大切に扱おうと思った。

「ちょっとぉー!グラベン君!
私には何もくれないのー!?」

すかさず、みーちゃんがしゃしゃり出てきた。
グラベンは待っていたかのように、みーちゃんに何かを差し出し、みーちゃんがそれを確認しようとしたところで、走り出した。

「ぎゃっ!!!!」

みーちゃんは手の上に置かれた物を見て、悲鳴をあげた。

「だははははっ!!!!じゃぁーお先にーっ!!!!」

グラベンは爆笑しながら、走り去って行った。

「こらぁー!!!!グラベン君!!!!」

みーちゃんは手の上に乗せられた干からびている小さな虫を、遠くて届かないが、グラベンに向かって投げつけて叫んだ。

それから、しばらくしないうちに、クラーザ達は出発した。
亜紀はトランクだけは離さず、どこにでも持ち歩いた。




「――――って言ったって、
結局は、俺が荷物持ちじゃんかぁ..!」

「へ?アコス君、何か言った?」

アコスの愚痴に、ランレートが間抜けな声で聞き返す。

「いえ...なんでもないッス」

アコスは機嫌を悪くしながら、
黙って亜紀のトランクを抱え、目的地に向かって走る。

「ほんっと!ブツクサうるさいわねっ!
文句たれてないで、さっさと走りなさいよ!」

そう言うみーちゃんも、とても機嫌が悪い。
クラーザに抱えられている亜紀が気に入らないのだ。

クラーザと、クラーザに抱えられた亜紀と、ランレートとアコスとみーちゃんの五人は、団結力もないままに『朝凪の浜』に向かった。

....ミールが、眠ったあの街に。

「ちぇっ...うるせーなぁ...
まるで第二のミールみたいな女だぜ!」

アコスはみーちゃんの憎たらしさに、ミールを重ねてみた。

ザッ!!...ザッ!!...ザッ!!....

みーちゃんは、軽々とクラーザとランレートのスピードに着いてゆく。
アコスは着いて行くのだけでも必死なのに、みーちゃんはアコスに嫌味をこぼす余裕まであるようだ。

(...なんだアイツ...!ムカツクけど、すげぇ奴かよ!)

みーちゃんはクラーザに全く相手にされない馬鹿な女だとみくびっていたが、ミールやアコスと違い、格別に力が勝っているようだ。

(けどっ!...ミールの方が顔は可愛かったぞっ!!)

アコスはミールとみーちゃんを比較しては、ミールをひいきに考えた。

ザッ!!...ザッ!!...ザッ!!....

前を走る不細工なみーちゃんの姿を見ては、アコスは唾を吐いた。




「クラーザ」

日が高くなってきた頃に、ランレートがクラーザに声をかけた。
深い森の中でのことだった。

ピチチチ....

鳥の鳴き声が響き渡る、のどかな森の中。

「...」

クラーザは亜紀を抱き抱えたまま、ランレートに振り返った。

「少し休憩しよう..」







ピチチチ...ピチチチ....

ピ―――ヒョロロ....


近くに滝があったので、一行は、そこで休むことになった。

「冷たっ..!」

亜紀は大自然の中の滝の水に、足先を冷やして驚いた。

「なぁんだよ、あきぃ~!
大袈裟だなぁー.....うわっ!まじ冷てぇ!!」

アコスも亜紀に並んで、滝に足を浸けた。

「ちょっと...!あんた達!」

すると、みーちゃんが後方からやってきて、二人を睨みつける。
クラーザとランレートは、遠くで次の行き先を話し合っているようだ。

「なっなんだよぅ!」

アコスはたった一人のみーちゃんの存在に圧倒されていた。
そして、亜紀もだ。

みーちゃんは楓や桜などの『金魚のフン』のような取り巻きがいなくても、迫力があった。

「あんた達.....ちゃんとわかってんでしょうね??」

みーちゃんの喧嘩を売るような目つきに、アコスは怖じけづいたが、亜紀は歯を食いしばって、みーちゃんを見上げた。

「みーちゃん、言ってる意味、アタシわからない。
アタシの邪魔する、やめる!」

「はぁ?なんですってぇ!?
あんた、自分が邪魔なんだってことは、ちっともわかっていないようね!!」

「アタシ、邪魔ちがうっ!!!!」

亜紀はカッとなりながら腕を震わせ、みーちゃんに向かって立ち上がった。

「な...なによぉ!!!!」

みーちゃんは少しにやけていた。
戦いのリングに上がってきた亜紀に、挑戦的な視線をぶつける。

「アタシ悪くない!謝らない!!」

「あんたが悪いのよ!謝りなさいよっ!!
頭を下げなさいよぉ!!!!ほぉらほらほらぁぁ!!!!」

みーちゃんは亜紀に手を出さないが、華奢な亜紀の体に何度も何度も体当たりをして、わざとぶつかってくる。

ドン...ドン....ドン.....

「いやっ!やめて!!」

亜紀はみーちゃんの体当たりを嫌がるが、
みーちゃんは、まるで大木のように動じない。

「ほら!!ほぉら!!!ほぉらぁ!!!」

ドン..ドン....ドン...

「やだ..!やめてっ!!」

パァン!!

みーちゃんの体当たりに、亜紀は川に落ちてしまいそうになったので、亜紀は意地悪なみーちゃんの頬を打った。

「――――」

みーちゃんは頬に手を当てながら、目を光らせた。

「いたぁ――――いっ!!
あんたって手を出すことしかできないのっ!!?
ちゃんと口で言い返してみなさいよ!!この淫乱女!!!!」

みーちゃんは体当たりをやめない。
みーちゃんに言わせると、体当たりは『手を上げる』ことにはならないようだ。

..ドン!!....ドン!!....ドン!!!

亜紀は体当たりで、ついに地面に尻餅をつく。
立ち上がろうとすると、みーちゃんが何度もぶつかってくるので、再び倒されてしまう。

亜紀は苛立ちを感じた。

「アタシに....触らないでっ...」

ドン!!!

亜紀はやっとの思いで、みーちゃんを突き飛ばした。
そして、すぐに立ち上がる。

「アタシ、何されても、クラーザから離れない!
みーちゃんの思い通り、ならない!!」

亜紀はわかっている。
パザナの命令だけでなく、みーちゃんには、みーちゃんの私情が入っていることを。
黒柄の言うように、みーちゃんはクラーザに近付く亜紀が気に入らないのだ。
パザナの命令というのを表向きに、亜紀を追い払いたいだけなのだ。

「なによ、偉そうに.....!!!」

みーちゃんは亜紀の面と向かってくる態度さえも気に入らなかった。

「あんたはクラーザさんを駄目にする、寄生虫よ!
クラーザさんをとことん駄目にしてから、さっさと自分の国に帰る気でしょ!!!!クラーザさんを馬鹿にしないでよ!!!!」

みーちゃんが唾を撒き散らしながら、亜紀に怒鳴った。
亜紀も同じように熱くなる。

「ひどいっ...アタシそんなっ...」

亜紀の言葉を伏せて、
みーちゃんがここぞとばかりに言い放つ。

「私達はあんたみたいに、お気楽に生きてる訳じゃないのよ!
さっさと国に帰って!!!!
私達の前から、消えてよ!!!!」




『消えろ』



ドカッ!


大きな物音と共に、悲鳴声が響いた。

「きゃぁぁぁあ!!!!」

その悲鳴声を聞き付け、
クラーザとランレートが足早に駆け付けた。

「どうしたの!?――――あ...あきちゃん!」

ランレートは直ぐさま、亜紀に駆け寄った。

そこでは、なんと...
亜紀がみーちゃんの上に馬乗りになって、両手でみーちゃんを叩いている姿が...!!

グッ...

ランレートは亜紀の両肩を掴み、みーちゃんから引き離した。

「なっなっ...なんだっていうのよぉー!!」

みーちゃんはわなわなと唇を震わせ、叩かれた身体を自分の両手で抱きしめた。

「やっ!...放してっ...!!」

亜紀は物凄い剣幕でみーちゃんを睨みつけ、ジタバタと暴れた。

「あきちゃん!落ち着いて!何があったの!?」

ランレートは亜紀を放さないまま、
亜紀の顔を覗いた。

「ランさん、放してぇ!!」

亜紀は嫌がり、ランレートの腕を逃れ、再びみーちゃんに飛び掛かろうとした。


「あき」

ガッ...

亜紀の動きを止める、腕と声。
亜紀はハッとして、その顔を見上げた。

「....クラーザ...」

クラーザは眉間にシワを寄せ、とても不愉快そうな表情をしていた。

「あ...アタシ..クラー...」

「うわーん!!クラーザさぁーん!!
助けてくれて、ありがとぉ!!!!
私、どうしたらいいか.....怖かったのぉー!!!!」

みーちゃんは亜紀を押し退け、クラーザの胸に飛び込んだ。
泣けもしないのに、泣き真似をする。

「やだっ..やめて!」

亜紀は咄嗟にみーちゃんの腕を引っ張った。
クラーザに抱き着くみーちゃんを許せず、クラーザから引き離そうとした。

「いたぁーい!!なによぉー!やめてよぉー!!」

クラーザから引き離されそうになったみーちゃんは、わざとらしいくらいに甘えた声を出す。
亜紀はそんなみーちゃんが演技をしているのをわかっている。だから、内臓が腹の中で暴れるくらいに苛立つ。

「クラーザに近寄らないで!触らないで!!離れて!!!!」

「痛い!やめてよぉ!やだ、なんなのよぉー!」

みーちゃんは嫌そうに亜紀を見た。
しかし、どこか笑っているように見える。

「あき、どうした」

クラーザが亜紀の異変に眉をしかめて、亜紀に問う。

「...だって、みーちゃん、アタシに乱暴を...」

「ちょっと待ってよぉー!
乱暴してきたのは、そっちでしょぉ!
私は何にもしていないじゃなーい!!!」

みーちゃんの口調は、先程とは全く違う。

「そうなの?」

ランレートが側にいたアコスに尋ねた。
アコスはおどおどしたままだ。

「う..ん...確かに..」

確かに、みーちゃんは手は出していない。

「でっでも...!」

亜紀はカッとしているので冷静な判断ができない。
クラーザにわかってほしいが、うまく言葉が出てこない。

「あなたは身体が弱いから、私が何をされても私は手を出さないってわかってて、私に乱暴するんでしょー!!ひどいわぁー!!」

みーちゃんは亜紀に怯えたふりをして、クラーザの胸にしがみつく。

「やだっ!離れて!」

亜紀はみーちゃんのクラーザに縋り付く姿に焦った。
クラーザとみーちゃんの間を割って、無理矢理入る。

「もぉ~なによぉー!」

「クラーザに触らないで!
クラーザは...クラーザは、アタシのなの!みーちゃんの違う!
...だから、触るのダメ!!」

アタシ、何言ってるの..もう、めちゃくちゃ...

「あき...」

クラーザは戸惑いながら困った顔をした。
亜紀はもうクラーザに顔も見せられなくなり、ふらふらになりながら俯いた。
そこへ、みーちゃんがまだ演技を続けた。

「ひどいわぁー!!あんまりよぉ!
私は不細工だから、近寄るなって言いたいのね!
ひど過ぎるわぁー!!
自分は美人だから特別だって思ってるのねっ!!!!」

みーちゃんは顔を隠して地面にうずくまった。
ランレートは呆れた顔をして、みーちゃんの肩に手を置く。

「そんなことないよ..」

まるで亜紀が悪者だ。
みーちゃんに、はめられた。
だが亜紀はクラーザからは決して離れまいと、クラーザにしがみついた。

ギュ...

みーちゃんを押し退けて、クラーザの胸にうずくまる。

誰かを押し退けて、クラーザを独占しようとする姿。
誰かと重なる..

あ..そうだ。新羅さまだ。
アタシ...新羅さまと、やってることが同じだ...!

でも...でも....
どうしようもないんだもん..
みーちゃんにクラーザを触らせたくないんだもん...!




険悪な雰囲気のまま、再び出発することとなった。

クラーザが亜紀を抱いて、先頭を走る。
少し間を空けて、ランレート、みーちゃん、アコスと続いた。

「....」

風を切って走るスピードは、とても早い。

電車の中から、流れていく景色を見つめるように、
亜紀はクラーザの腕の中で、森の景色を見た。

電車の中や、クラーザの腕の中は、とても静かだ。
ちょっとした、クラーザとの二人の時間だ。

「.....」

だが、クラーザは何も話してはこない。

『一体、何があったのか?』
『一体、どうしたのか?』

話す時間はたくさんあるのに、
クラーザはただ、ずっと先の遠い場所を見つめて走っている。

クラーザはそういう人だ。
クラーザのクールな態度に、時々、無償に不安になる。
そんなことで、いちいち不安を感じていたって仕方がないのに。

「....」

ギュ...

亜紀はお姫様抱っこをされながら、
クラーザの胸に顔を強く押し付けた。

「...」

グッ...

クラーザはそんな亜紀を強く抱きしめてきた。
クラーザの温かい腕が、大丈夫だよと答えている気がした。

「クラーザ...」

亜紀はまた涙を流した。

クラーザから離れたくない。引き裂かれたくない。
嫌われたくない。この手を離されたくない。

いつまでも...ずっと...ずっと....










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