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第七章✬夜もすがら…
夜もすがら…
しおりを挟むブシュュ....!!!!
ドォォン
「はぁはぁ....」
クラーザは鬼神のように暴れ狂い戦った。
返り血を全身に受け、死臭を漂わせている。
恐れることなく向かってきた敵も、クラーザの強靭な戦いぶりに、身を震え上がらせはじめた。
「だぁぁぁぁあああ!!!!」
剣を頭上高く振りかざし、物凄いスピードで駆けてくる敵!
「―――!」
クラーザは息を止め、紅い眼を見開いた!
カァァアッッ!!!!!!!!
眩しい光が打ち放たれ、風圧で敵の身体は空中でバラバラに散っていった.....!
「.....はぁはぁ...」
クラーザは無我夢中で戦い、気持ちが高ぶっていた。
「クラーザ」
そこにランレートが現れる。
クラーザは吊り上がった眼をそのままランレートに向けた。
「...ひどい荒れようだねぇ」
ランレートが皮肉っぽく笑う。
「ーーークソッ!!!!」
クラーザがクラーザらしからぬ声を上げ、近くの岩を蹴り上げた。
「イルドナから聞いたよ。新羅が...いたんだってね?」
それで、ここまで駆け付けてきたランレート。
クラーザは高ぶる気持ちをランレートには隠せずに、今度は頭を抱えて、地面に膝をついた。
ドシャ...
ランレートは、クラーザの前に立つ。
「今すぐ殺してやりたくて...我慢ができなかった!!!」
「でも殺さなかった...?」
「なんとか...」
新羅を殺すことはできない。
玉石の邪気を払うことができる、唯一の巫女だからだ。
クラーザは悔しそうに目をグッと閉じる。
「だが...あきのことを想うと正気でいられなくなる!
あいつを...新羅の息の根を止めないと気が済まないんだ!!!!」
沈着冷静なクラーザは、ミールが殺されようと蒼史が殺されようと、
先のことを考えれば、新羅は必要な存在だから割り切ることができていた。
だが、亜紀のことになると頭に血がのぼってしまう。
「自分が暴走してしまうのを止めるので必死だった!
あきのことが、まるで頭を離れん!!!!俺はどうかしてる!!!!」
クラーザは自分を責め立てた。
そんなクラーザにランレートが近寄る。
「...いや、さすがクラーザだよ。
現に新羅を殺らなかった。
怒りの中でも、自分をコントロールできてる」
「.....」
ランレートの言葉で少しはホッとなったのか、クラーザは肩の力を抜いた。
「さぁ帰ろう。皆が待ってる。....あきちゃんもね」
ランレートがクラーザを立ち上がらせた。
「....そうだな。だが今はあきに…会いたくない」
「しばらく、落ち着くまで待ってもらえばいいよ」
夕闇の中、
クラーザとランレートは、パザナの村に向かっていった。
真夜中―――
「あ...」
亜紀は窓から外を眺めていて、クラーザとランレートの姿を見つけた。
(クラーザが帰ってきた...!)
亜紀は急いで女子寮を出た。
だが、亜紀の部屋は一番奥にあるので、亜紀が外へ出て、クラーザの元に駆け寄る時には、みーちゃん達が二人を囲んでいた。
「クラーザさぁん!帰ってくるのを今か今かと待ってたのよー!」
みーちゃんが甘ったるい声でクラーザを出迎える。
「ってか、すっごい臭いだね!」
楓がクラーザの死臭を嗅ぎ付ける。
「....ぁ....」
亜紀はみーちゃん達の後ろから顔を覗かせた。
(クラーザ、なんだか...疲れてるみたい..)
亜紀は心配になり、眉をひそめた。
クラーザとランレートは、みーちゃん達と軽い会話をしながら、男子寮にさっさと歩いていってしまう。
「じゃあ、クラーザさん、おやすみなさい!また明日ね!」
みーちゃんが締めの言葉で終わらせ、皆を寄せ付けないようにした。
「ク...クラーザぁ....」
亜紀が最後に一声かけると、
クラーザは目も合わさずに行ってしまおうとしたが、立ち止まり、亜紀に振り返った。
「あき、明日な..」
「....」
亜紀の返事を待たずに、
クラーザは男子寮へと入っていってしまった。
「はい、終ーーーーーーーーー了!!!!」
みーちゃんが手を挙げて合図する。
「こら、早く部屋に戻って!夜の出歩きは禁止よ!」
みーちゃんは特に亜紀に言い、皆を女子寮に引き戻した。
「.....」
亜紀は部屋に戻り、膝を落とした。
(クラーザ...どうしたの...?)
今までになかったクラーザの態度が、亜紀の胸に引っ掛かった。
どんな時でも、真っすぐに答えてくれたのに...
なんだか今日は話すのも、顔を見るのも、嫌なように見えた..
どうしちゃったの....
「....」
亜紀は胸が苦しくなり、ギュッと自分の肩を抱きしめた。
(こんなことで...アタシのバカ..)
でも、心に穴が空いてしまったようで....
すごく淋しい....
「......ひとつ......ふたつ........みっつ...よっつ...」
亜紀は真夜中にもかかわらず、
天井のシミを数えていた。
「...いつつ....むっつ.....あ..あそこにも..」
眠ろうとしても眠れない。
目を閉じれば、クラーザの冷たい顔が浮かんでくる。
早く明日になって、クラーザに会いにいきたいのに眠れない。
だから、別のことを考えようと、
天井のシミを数えるのに集中した。
「.....クラーザ...」
ふと意識がクラーザの方に吸い寄せられ、つい名を呼んでしまう。
「あぁ...ダメ。えっと....ひとつ...ふたつ..」
ザァァァァァァ.....
開いていた窓から、強い風が入ってきた。
亜紀は寒くなり、窓を閉めようとした。
「.....」
窓の外は真っ暗闇だ。
誰の声もしない。
「....」
すぐ側にクラーザがいる。
この怖い暗闇を少し歩くだけで、ずっと待っていたクラーザに会える。
クラーザが今朝アタシが眠っていた部屋で休んでいる。
...ドキ...ドキ...ドキ....ドキ..
亜紀の鼓動が早くなってきた。
(今なら、誰にも見つからない..。
ランさんと歩いた道を、ハッキリ覚えてるから大丈夫よ...)
亜紀は部屋を抜け出すことに決めた。
「どうしよう...どうしよう..」
いきなり緊張してきた亜紀。
早く行かないと、クラーザが眠ってしまってるかもしれない。
もし誰かに見つかってしまったら、なんて言い訳しよう。
頭の中を色んなことが巡ってきた。
(もういいや!行っちゃえ!)
亜紀は部屋を飛び出した。
ガタッ...
廊下に出た亜紀。
辺りは真っ暗闇だが、窓から差し込んでくる月明かりで、かろうじて歩ける。
(あ...満月...)
窓から見上げた夜空には、大きな満月が。
亜紀はなんだか背中を押されている気になった。
「.....」
息を潜めて、みーちゃん達の部屋の前を通り過ぎる。
すると、第一喚問が亜紀の前に現れた。
「...え....」
楽勝で玄関にまで辿り着いたのだが、この暗闇では自分の靴がどれだか判断がつかない。
何か明かりとなる物を持ってこれば良かったと、深く後悔したが、部屋に戻ることはできない。
何度もみーちゃん達の部屋の前を往復したら、気付かれるに決まっている。
「...もういいや!」
亜紀は裸足で女子寮を飛び出した。
「痛っ...」
地面の細かい砂利が、足の裏をチクチクと痛め付ける。
(靴を履いてても、どうせ男子寮で脱ぐことになるんだし、それならない方がいい....!)
亜紀は自分に言い聞かせ、
モタモタと歩きながら、男子寮に入った。
ガッッ――――..
男子寮には迷いもせずに飛び込んだ。
足が痛いのがあって、逃げ込むように入った。
「痛かったぁ...」
亜紀は足の砂を払って、そっと忍び込む。
..ドキドキ...ドキドキ....ドキドキ..
また心臓が暴れだす。
(...もぉー!静かにしてよ、心臓ー!!!)
ギシッ...ギシッ...ギシッ...
女子寮と違って男子寮は、床が古く音を立てて軋む。
「がぁはははっ!!!!だぁー!!!!」
「ひゃっ....」
亜紀の背後で、フッソワの叫び声のような笑い声がした!
亜紀は驚いて振り向いた。
(見つかっちゃった!!!)
――――だが、フッソワは追いかけてこなかった。
かなり泥酔していたようで、亜紀には気付いていなかったようだ。
「うぁーははははっ!!!!」
爆笑しながら、お手洗いの方へ歩いていった。
(よ...良かったぁ...)
亜紀は胸を撫で下ろす。
――とかいいながら、どうせ、見つかっちゃうオチなのよね..
あと一歩のところで、邪魔が入っちゃうんだよね..
どうせ、上手くいかないんだよね....
「......」
..ドキン..ドキン...ドキン..ドキン...
亜紀は落ち着かない気持ちを、どうにか静めながら廊下を歩いた。
ドキン...
ついに、渡り廊下まで来てしまった。
『ここまで来たら、もう大丈夫だからね』
ランレートの言葉を思い出した。
もう、邪魔は...ない。
後は、ここを渡る....だけ?
あまりに簡単に来れてしまったので、
亜紀は今更『これでいいの?』と不安になった。
「.....」
カタッ...
(やっぱり...帰ろう...)
亜紀は踵を返した。
会いたいという一心で、ここまで来てしまったけれど、
クラーザのことを思えば、帰った方がいい...
疲れてたみたいだし...
『明日な』って、クラーザが言ったじゃない..
アタシの我がままで、クラーザを困らせちゃいけないよ..
「....」
亜紀はこんなところで、やっと我に返った。
すると...
カァァ...
渡り廊下の大きな窓から、
強い月明かりが差し込んできた。
「...クラーザ」
亜紀はやっぱり振り返った。
...ドキ..ドキ..ドキ..ドキ..
亜紀はクラーザの部屋の前に立ち、戸に手をかけた。
ガガァ――――...
「クラーザ..」
亜紀はそっと戸を開け、顔を覗かせた。
「.......」
そこには、布団の上に座り、
手元を明かりで照らしているクラーザの姿があった。
クラーザは起きていた。
ひどく驚いた顔をして、亜紀を見つめた。
「..あのっ......あの....」
ガガァ――――...
亜紀は言い訳を考えながら、
部屋の中に入り、さっと戸を閉めた。
『どうした?』
『何かあったか?』
クラーザの口から出てきそうな言葉は、亜紀に返ってこなかった。
「....」
クラーザは黙ったまま、冷めた顔付きで亜紀を見ている。
布団の上に片膝を立てて座り、膝の上に腕を乗せ、とても偉そうな格好をしている。
「....」
何も言わず、ただ亜紀を見つめるクラーザに、
亜紀は緊張しながら近付いた。
タッ..タッ...タッ.....タッ...
「....クラーザ...一緒に...眠ってもいい...?」
亜紀は手持ち無沙汰で、モジモジしながらクラーザの顔を見た。
「....今夜は部屋に戻れ」
クラーザが低い声で冷たく答えた。
「...」
亜紀はショックを受けたが、今更引き返せない。
側にいるのも、ダメなの....?
ストン..
亜紀は布団の外に座り、クラーザの前で正座する。
「クラーザ、怒ってる...?」
亜紀はクラーザの顔色を伺う。
決して機嫌の良い顔はしていなかった。
「....」
クラーザは黙って、側にあった酒を飲んだ。
「一人で飲んでる...?」
亜紀は質問を投げ掛ける。
「あ...」
そして、クラーザの腕を見て声を上げた。
「クラーザ、怪我してる..!痛い?大丈夫?」
クラーザの腕に痣が残っていた。
新羅の義手が食い込んだやつだ。
亜紀はクラーザの手に触れ、心配そうな表情を浮かべた。
「このくらい心配ない…」
クラーザは亜紀の手を、軽くだが振り払った。
「....クシュン..」
亜紀は寒さから、くしゃみをした。
さっきまで風に当たっていたのと、寒い外を歩いてきたせいだ。
『さぁ寝よう!』と言って床を共にしたことはなかったけれど、一緒にいれば、一つの布団を分け合って体を休めていたのに..
野宿の時は、寒がる亜紀をクラーザが抱きしめて温めてくれたのに..
「お布団....」
(入らせて欲しいな.....)
亜紀はじんわりと涙を浮かべた。
そんな亜紀の顔を見つめながら、クラーザはため息を吐いた。
「早く戻れ」
クラーザは温かい手を差し延べてくれはしなかった。
「...クラーザお願い...
側にいさせて..うっ...邪魔しない...からっ..」
なんで?なんで?
そんなにアタシが嫌なの?
嫌になっちゃった?
いつも当たり前のように側にいさせてくれたのに..
亜紀は自分で涙を拭った。
クラーザは目を閉じて、頭を抱える。
そんなに困らせてるの...?
すると――――
ガッ...!!
クラーザは乱暴に亜紀を布団の中に引きずり込んだ。
クラーザが居た場所は温かい。
『入れてくれた!』と喜んだのは束の間で、
亜紀がクラーザの顔を見ようとすると...
ドンッ!!
クラーザは亜紀を強く布団に叩きつけた。
「クラ..」
「俺はあきのことばかり考えられる訳じゃない!」
え...?なに.....??
亜紀は目が点になり、クラーザの顔を見た。
が、クラーザは顔を隠し、亜紀に覆いかぶさってきた。
強い力で、亜紀の全身を抱きしめる。
「...あっ...クラーザ...」
亜紀はクラーザの身体の中で小さくなり、
身動きが取れなくなった。
「クラーザァ..!くるしっ...」
クラーザは亜紀の言葉など聞き入れず、壊れてしまうくらいに抱きしめる力に強さを込めた。
「うっ....コホッ...」
苦しくなった亜紀は咳払いをする。
だが、クラーザは力を緩めない。
グググッ...
まだまだ力が余っているクラーザは、力を強くする一方だ。
「...んっ.....」
亜紀は窮屈な腕の中で小さく小さくなる。
亜紀の漆黒の髪と、
クラーザの漆黒紫の長い髪が、布団の上で混ざり合った。
「....う....んっ...」
グッ....
クラーザは亜紀を抱きしめたまま、今度は顔を、亜紀の顔に近付けてきた。
亜紀の唇のすぐ側に、クラーザの唇があり、吐息がかかる。
「クラーザ....!」
クラーザの顔を見ようとしても、
クラーザの長い髪が顔を隠している。表情が見えない。
クラーザは唇を近付けてきた。
「....今はお前のこと、一切考えないから」
低くて小さな声が亜紀の胸を突いた。
亜紀はいきなり、呼吸を荒くし泣き出す。
「クラーザ..ごめっ..なさい..」
クラーザは一瞬ピタッと身体を止める。
「アタシのこと...考えないで..考えなくていいの..クラーザ...」
亜紀の唇がわななく。
クラーザは勢いまかせに唇を奪ってしまおうとしたが、動きを止る。
「だってアタシ...クラーザのこと考えなかった..
クラーザ疲れてる、わかっててここに来た...
明日って言われた、だけど、アタシ我慢できないから、来ちゃった.....
クラーザのこと考えない...だって..だって....
クラーザのこと考えると...来れなくなる...アタシ辛くなる..
クラーザに会いたくて..苦しくなるの...
明日まで我慢できないの...」
クラーザは腕の力を緩めた。
亜紀の涙にそっと口づける。
「バカだな...」
「クラーザぁ....」
亜紀は自由になった手を伸ばし、クラーザの首に手を回した。
亜紀はキスを待ったが、冷静になったのかクラーザは身を引いてしまった。
「....」
ドサッ...
クラーザは身体を起こし、亜紀の隣に再び膝を立てて座る。
壁にもたれて、クラーザは顔を上げ目を閉じてしまった。
「....」
仰向けに寝かされていた亜紀は、そのまま横になっている気分にもなれず、同じように起き上がり、クラーザの前に座った。
トン..
クラーザの膝に手を置き、ユサユサと膝を揺らす。
「クラーザ...口づけして...」
すごく恥ずかしいことを言っている...
だけど、してほしいんだもん..
クラーザはお預けばかりで、なかなか抱きしめてもくれないんだもん...
もっとあなたに近付きたいの..
アタシ...頭がおかしいのかな...
こんなこと、思ったことなんかなかったのに...
「....」
恥ずかしくて、まともにクラーザの顔を見れない。
グッ..
するとクラーザは、亜紀を持ち上げて自分の膝の上に乗せた。
亜紀は跨がる格好で、クラーザの膝の上に乗っかる。
「...」
今度は真っすぐに見つめてくるクラーザ。
クラーザが両膝を立てると、亜紀はスルスルと脚の上を滑り、クラーザにより近付く。
「..いい..の..?」
亜紀が尋ねても、クラーザは答えない。
顔を真っ赤にした亜紀は、両手をクラーザの頬にあて、そっと唇を寄せた。
亜紀は、クラーザに恐る恐るのキスをした。
クラーザは亜紀の腰に手を回したまま、唇を亜紀に預ける。
..ふたつ...みっつ...
心の中で回数を数える。
4度目のキスで、クラーザは舌を絡めてきた。
「んん...」
亜紀は熱っぽい口づけに、目をトロンとさせた。
..いつつ.........むっつ...
何度も唇を合わせる。
「クラーザぁ..」
亜紀は唇を離し、つい甘えた声を出した。
すると..
「もう終わりか」
「え...」
クラーザの紅い眼が、真っすぐ亜紀を見据えてくる。
熱を帯びた眼ではない。
強い視線...
(なんか...前とちがう..)
そして亜紀は気付いた。
前に口づけした時は、別れ間際だったり、戦場の中であった。
今は違う。
戦場の中でも、時間に急かされている訳でもない。
ふたりがこうしていることを誰も知らない。
皆は寝静まり、誰も邪魔する者はいない。
明日が早いわけでも、旅立つわけでもない。
――時間は....たくさんある...
クラーザの真っすぐな眼は、本気の眼だった。
もっと...もっと..先に進んでしまうの...?
「....あ...」
亜紀はクラーザから目を反らした。
クラーザが『部屋に帰れ』っていうのは、そういう意味..?
『お前のことを考えられない』っていうのは....
「もう俺は帰さない」
クラーザは真顔で亜紀を見つめてきた。
だって、クラーザはたくさん忠告してくれてた...
『今夜は帰れ』って..
気持ちを抑えられなくなるから『部屋に戻れ』って...
「....」
亜紀はクラーザの膝の上で、
不安になりながら少し身を震わせた。
「...」
クラーザはじっと亜紀を見つめている。
(逃げたりしないよ...
大好きなクラーザとだったら...すごく幸せだから...)
「.....」
「.....」
ふたりは無言のまま見つめ合った。
サラッ..
亜紀は覚悟を決め、
着ていたワンピースの裾を握りしめた。
サラ―――....
裾をたくしあげ、クラーザの膝の上でワンピースを脱ぐ。
「....」
亜紀は下着姿になった。
..ドキン....ドキン....ドキン.....
そして、ブラのホックを外し、肩紐をずらす...
クラーザの手元を照らしていた明かりが、亜紀の裸を明るく照らした。
白い肌...
透けてしまいそうな柔らかい亜紀の肌...
ふっくらとした唇と同じサクラ色をしている。
対象的な、漆黒の髪と瞳が、
余計に白い肌を際立たせていた..
...ドキン..ドキン..ドキン..ドキン...
「....」
クラーザの紅い眼は、痛いくらいに亜紀を見つめてくる。
だが、手も差し延べてこない。
こんな風に、好きな男の人の前で服を脱ぐなんて初めて...
自分から、こんなことしちゃうなんて...
だが、とても不安になった。
クラーザは何も言ってくれないし、何もしてくれない。
「...クラーザ...怖い...」
亜紀は布団に落ちていたクラーザの左手を両手で取る。
何か言って...
笑ってよ...
カタ...
クラーザは右手で酒を取り、少し口に流し込んだ。
「俺も頭がおかしくなりそうだ。正気ではいられない」
冷静に見えるクラーザも、実はすごく動揺しているようだった。
「....助けて...」
亜紀は涙目でクラーザに助けを求めた。
恥ずかしくて、不安で、怖くて押し潰されそう。
ゴト...
クラーザは飲み干した酒の入れ物を床に置くと、
ようやく亜紀の身体に手を伸ばしてきた。
「...あっ」
クラーザの左手が亜紀の腰を支え、
右手が亜紀の胸に触れた...
亜紀は両手をクラーザの腰に手を回す。
「..今夜は優しくできないから」
クラーザの口が亜紀の首筋に触れる..
「...あ....クラーザ....」
亜紀は目を閉じた。
クラーザの『優しくしない』は、とても優しく感じた。
亜紀を愛する気持ちが大きいから、クラーザの堪えていた気持ちは抑えることができない。
前に翔が、『優しくするから』『優しくする』と、亜紀の身体を求めてきた時があった。
言葉の意味は反対だけれども、クラーザの言う『優しくしない』の方が、断然、愛されている.....そう感じた。
「あき...」
クラーザは亜紀の背中に手を回し、身体中に口づけをする。
「..ん....あっ....」
亜紀はクラーザの膝上で背筋がピンとなり、
ドキドキが落ち着かないまま、クラーザに優しく愛撫された。
「あっ...ク..ラーザぁ...」
亜紀が艶っぽい声を出すと、クラーザは口づけをしてきた。
「ん....」
亜紀はクラーザの大きくて熱い手にしがみついく。
とても温かくて、とてもたくましいクラーザの身体に、亜紀はギッュとしがみつく。
すると、クラーザは亜紀を強く抱きしめ、耳元で囁く。
「…あき、おかしくなる...俺が俺でなくなりそうだ……」
「クラーザ…」
亜紀は顔を上げ、クラーザの首元に顔を埋める。
「クラーザ好き……好き………大好き……!」
亜紀の柔らかい唇が、クラーザの頬に触れた。
「あ……」
クラーザが小さな声を上げた。
亜紀はクラーザの腰紐を緩め、着物をずらし、首筋にも口づける。
シュルル....
亜紀がクラーザの着物に手をやると、クラーザも自ら着物を脱ぎ捨て、亜紀の前に鍛えられあげた立派な身体をあらわにした。
互いの身体を確かめ、もう一度、唇を合わせる。
亜紀の淋しさや不安が漂う顔。
それさえも美しく、とても色気があった。
白い肌がほてりを感じて熱くなる。
細い背中から、汗がしたたり落ちた。
クラーザの大きな肩に、亜紀は顔を埋める。
クラーザは亜紀を抱きしめ、頬の汗を拭った。
「あき....」
クラーザが亜紀に呼びかける。
「あき....無事か?」
「え...?」
亜紀はそれどころじゃなかった。
最高潮の緊張で、今だ心臓が大暴れしている。
あまりの緊張で、身体がバラバラになってしまいそうで、気を失ってしまいそうだった。
すると、クラーザはやっと笑顔を見せた。
「....心臓の音が、早過ぎて...
お前が死んでしまわないかすごく心配だ....」
クラーザは亜紀の頭を撫でた。
亜紀はクラーザの微笑みにホッとし、嬉しくて泣けてきた。
「しっ..死んだりしない。...クラーザ..もう...ばかぁ..」
亜紀が泣き出すと、
クラーザは笑って亜紀のおでこをツンと突いた。
「いたっ…」
ドサッ
クラーザは亜紀を抱き上げ、優しく布団に寝かせる。
「クラーザ......」
亜紀の乱れた髪が、クラーザの心に拍車をかけた。
「あき.....」
クラーザの満ちた顔が、亜紀の心を締め付ける。
亜紀はクラーザを抱きしめて目を閉じた。
亜紀は愛しい痛みに、涙を流して耐えた。
「やだ…クラーザ…」
クラーザの汗が、亜紀の身体にいくつも落ちる。
亜紀はもう何度も限界を越えた。
クラーザは行為を続けながら、亜紀の頬に手をやる。
「...やだやだ言うな。
今夜はお前の言うことなど絶対に聞かない...
逃がさないからな.....」
「..うん........離さないで...あぁ..クラーザ..」
クラーザは亜紀に乱暴をしてまで、自分の思いを遂げた。
だが、激しい行為の中にもクラーザの強い愛があり、亜紀はそれをせつなく愛しく感じた。
「クラーザ....好き.......」
必死でクラーザを受け止める亜紀の姿が、クラーザにはたまらなく、
そして無償に嬉しかった。
こんなに我を忘れて、強引に人を求めることも、
こんなに人を愛しく大事に想えることも、
クラーザは初めてで、とても素晴らしいことだと、亜紀の愛らしい姿を見て思うことができた。
「あき......!」
喜びに胸が苦しくなった。
クラーザは何度も何度も亜紀を抱く。
「..あっ........」
亜紀の震える身体を、クラーザはもう一度起こした。
涙を手で隠す亜紀を、また膝の上に乗せ、両手で亜紀の顔を覆う。
ガタガタと震える亜紀の身体を、優しく愛撫する。
「怖いのか」
「うっ.......」
亜紀はクラーザの上に跨がるのを嫌がる。
全てを見つめられそうで、恥ずかしくて身をよじる。
「怖くて当然だ。お前は俺に食われてしまうんだから」
「もう...やだぁ....」
亜紀はクラーザにしがみつく。
しがみつく度に、クラーザは亜紀を抱きしめた。
満月の浮かんだ、その夜は、長く続いた―――――
「あき」
クラーザの穏やかな低い声。
亜紀はクラーザの腕に包まれ目を閉じていた。
ふたりは疲れ果てた身体を擦り寄せ、横になっていた。
「.....」
クラーザの顔を見上げる。
そこには....いつもの優しいクラーザの顔があった。
「.....来るなとは言ったが、
あきが来てくれて、嬉しかった」
「クラーザ...」
亜紀は手を伸ばし、クラーザの顔に触れる。
クラーザはその手を包み、亜紀の瞳を見つめた。
今夜のクラーザは、いつになくよく話す。
堪えていた気持ちを、沢山打ち明けてくれる。
「ずっと、あきに触れたかった。
だがずっと、あきに触れるのが怖くてできなかった」
クラーザの紅い眼が、月明かりでとても深い色に見えた。
「だから...だからクラーザ、怒ってた?
イライラしていたの....?」
「今夜は、我慢できそうになかったんだ....
お前にこうして触れたくて..
お前が泣いたとしても、自分を止める自信がなかった」
だが亜紀は、
『私のことを考えなくてもいい』と言ってくれた。
自分の溢れ出る気持ちを、ただただ亜紀にぶつけたいと思った。
歯止めが効かなくなった。
「いいの....アタシ...クラーザにしてほしかった。
いっぱい、ギュッてしてほしかったの..」
また亜紀は涙をポロポロと零す。
「...泣くな」
クラーザは微笑んで、亜紀を優しく包んだ。
「だって....嬉しくて...
...願いが叶ったの...クラーザが好き...ずっと好き..」
「あき」
泣く亜紀に、しっかりと聞かせる。
「俺からは逃げられないから。
もう、逃げられないからな」
クラーザの視線が強かった。
クラーザは本気だ。
「逃げないよ...!」
亜紀は『私だって本気なんだ』とクラーザの胸を叩いた。
「クラーザ、ばかぁ...!」
「お前の言葉じゃ、まだまだ足りない」
クラーザは笑って、強く亜紀を抱きしめた。
気付くと、クラーザと亜紀はそのまま朝を迎えた。
「....」
「....」
眠らずに目を軽く閉じている。
クラーザの腕を枕にしている亜紀が、うっすらと目を開ける。
「...もう..戻らなきゃ......」
「....」
クラーザは知らぬ顔で、亜紀を抱きしめたまま放さない。
「見つかっちゃう.....」
亜紀の小さな声は、どこか震えている。
クラーザは、また泣いているのかと思った。
離れるのを惜しんでいるのだと、亜紀を可愛い奴だと思っていた。
「...行かなきゃ....」
「いい、構わない。ここにいろ」
怠そうにクラーザは言った。
そんなことを言っても、皆に知れわたれば何を言われるかわからない。
しかも、みーちゃんに知られれば、まさに殺されそうだ。
亜紀はクラーザに言っても通じない話だと言わんばかりに、もう何も言わずに、ゴソゴソと布団の中で服を着はじめた。
パサッ....サッ.....
服の擦れる音。
窓から少しずつ光が差し込んできて、部屋の中を照らし出す。
クラーザは着替えをする亜紀の後ろ姿を、ぼんやりと眺めていた。
「....」
.....シュ...パサッ....
亜紀の着替えが完了する。
「クラーザ....アタシ行く...」
やはり亜紀の声が震えている。
「....」
相変わらずクラーザは何も答えない。
仰向けに寝たまま、亜紀を見ていた。
ガサ..
布団から出る亜紀。
去って行こうとする、その姿を見ている。
「―――ぁぁ...」
バタン....!!
その時、立ち上がった亜紀がいきなり倒れた。
「―――!」
クラーザは驚き、すぐさま起き上がり亜紀の肩を支えた。
「....ぁぁ...」
亜紀は弱々しく、クラーザの腕にもたれ掛かった。
「あき?」
クラーザは亜紀の顔を見る。
なんと、亜紀のその顔は、白いうえに更に青白さを増し、顔面蒼白だった。
「...う.....ん.....」
亜紀は貧血状態のようで、起き上がれず、唇も真っ青だ。
「どうした?あき?!」
クラーザは慌て、また亜紀を布団に寝かせる。
「あき?....わかるか?」
クラーザが亜紀の身体を揺らしても、亜紀は辛そうに顔を歪めた。
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