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第ニ十七章✧茫然自失
茫然自失
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とうとう夜が明け、朝がきてしまった。
アコスと亜紀は歩き続け、誰とも出くわすことはなかったが、疲労感と不安感が最高潮に到達していた。
「...もう朝だ..」
「......」
そろそろ、街の人々が動き始める時間だ。
アコスも亜紀も、ただ茫然としていた。
「このままじゃ、街の連中にすぐ見つかっちまうよ...
あき、どうする....?」
アコスがトランクを抱えたまま、亜紀の様子を伺った。
あんなに威勢良く『クラーザは来る!』と言っていた亜紀の姿は、もうどこにもなかった。
「.......」
亜紀は一度、口を開きかけたが、諦めたように言葉を封じ、口を閉じた。
「やっぱ見捨てられたのか..?」
アコスは呟いた。
二人は路頭に迷う。
ドサッッ...
その時、二人の近くで何かが降りてきた音が響いた。
(何....!!!?誰―――っ!?)
亜紀は身体をびくつかせ、ぎゅぅっと身を縮こまらせる。
「わぁっ!―――イルドナァ!!!!」
アコスが歓喜の声を上げた。
「イル..ドナさん..??」
亜紀も少しだけ、明るい声になった。
アコスの腕が亜紀から離れ、イルドナの元に行く。
「バッカヤロー!遅いよぉ!何やってたんだよぅ!」
アコスが嬉しがりながらも、イルドナを攻め立てた。
「説明は後だ。とにかく早く移動するぞ」
「おっおう!!!!」
アコスは現金なもので、まるで犬のようにイルドナの後を尻尾を振って着いて行く。
「....アコス、なんだその服装?」
イルドナが口にせずにはいられない様子で、アコスに突っ込んだ。
「あぁ~...あはははっ」
イルドナの冷たい視線に、アコスは苦笑いして、さっさと亜紀の服を脱いだ。
「準備はいいのか?」
イルドナが呆れながらたずねる。
「おっおう!大丈夫!」
アコスの返事を確認し、
イルドナは亜紀の肩に手をかけた。
「あき、少し移動する」
イルドナが親切に声をかける。
亜紀は些細なイルドナのそんな行動が、なぜかとても不自然に思えた。
「...クラーザは.....?」
「...クラーザは.....先に、ランレートと街を出た。
今から、そこに行く」
イルドナは亜紀を胸の前で抱えた。
いつもクラーザが大事そうに亜紀を抱えるように。
「......」
亜紀はやはり、何かイルドナがいつもと違うように感じた。
変に気を使われているような...
アコスはぶつくさ文句を垂れながら、イルドナの後ろを走った。
..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ...
街を越え、隣町に入り、その街も通り過ぎる。
「ってかさぁー...
なぁんで、昨日のうちに来てくれなかったんだよぉ~
めちゃくちゃ待ちくたびれたんだぞぉー」
「.......」
イルドナは無言で先を急ぐ。
アコスはイルドナの後ろ姿を睨みつけ、唇を噛んだ。
「...ってかさぁ~
俺が一晩中、あきを守ったのにさぁー、
イルドナ、イイとこ取りじゃね?」
「いちいち、うるさいな」
イルドナが舌打ちをした。
「だって...!!!!」
アコスを口先を尖らせた。
(偉そうに、あきを抱えやがってぇ~!
俺がベルカイヌンに、あきを手渡したかったのに!)
そのまま、深い森に入って行った。
教えてもらわなくても、
亜紀は森に入ったんだと感じ取ることができた。
ピチチチチ...
ザワザワザワ....
サァァァァァァァ....
鳥の声。
風の音。
そして、葉が擦れ合う音。
香りもそうだ。
土や木々の、自然の香りがする。
..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ...
イルドナとアコスの素早い足音が響く。
ピチチチチ...
「なんだってこんな森に??
こんな深い森に宿なんかあんのかぁ?」
アコスが文句を垂れる。
「宿があると思うか?」
イルドナが冷たく言い放つ。
「えぇぇぇ!?野宿なわけぇ?」
アコスは一瞬足を止めて、仰向けに背中を反った。
だが、すぐに追いかける。
「っつーかぁ、昨日から何も食べてなくて、腹減ってるんですけど!!ベルカイヌンも人使い荒いよなぁ~」
アコスがぺちゃんこのお腹を摩りながら、
イルドナの後ろ姿を恨めしそうに見つめた。
「.........この辺だ」
イルドナは立ち止まり、辺りをキョロキョロと見渡した。
「なんだぁ?なんもないぞ?」
アコスも同じように辺りを見渡す。
すると、イルドナは上を見上げた。
「ランレート――!」
ガサッ...
アコスが上を見上げると、
木々の間から、ひょっこりとランレートの顔が見えた。
「うわっ!ななななにやってるんだ?」
アコスは、木の枝から現れたランレートの登場に驚いた。
ランレートは右手を招くように振り『おいでおいで』をする。
「ここは木の枝が丈夫にできているんだよ」
そして、ランレートは亜紀の存在に気づく。
「...あきちゃんも来たんだね」
「....ランさん...」
亜紀はなんとなく、ランレートの態度も不自然に感じた。
なんだか嫌な予感がする。
「ってか何やってんだよーっ!
俺達ずっと待ってたんだぞ!
一睡もしてないんだからなぁ!」
アコスが文句をたれながら、
ランレートと同じように、ヒョイと木の上に登った。
イルドナも亜紀を抱えたまま、木に登る。
....そこは、まるで一つの部屋みたいに、
木の枝が床になっていた。
広さは八畳程もある。
ちょっとした隠れ家のようだ。
「うぇぇ~っ!!!なんだこれ!
まるで、人が作ったみ....―――――っ!!!!」
アコスの騒ぐ声が急に止まった。
「....どうしたの...?」
亜紀はようやく声に出してたずねた。
イルドナもランレートも、何故かよそよそしい。そしてアコスも。
「.......」
アコスは黙った。
「...なぁに...?」
亜紀は手探りで辺りを調べる。
すると、イルドナが亜紀の腕を止めた。
「あき、じっとしていろ。
ここは木の上だ。気をつけないと落ちてしまうぞ。」
イルドナの言葉には重みを感じられなかった。
なにか、別の意味があるような...
「クラーザ...?クラーザ...どうかしたの?」
亜紀がクラーザの名を呼ぶと、辺りはシンと静まった。
「クラーザ...?」
亜紀はイルドナの腕から離れた。
手探りで、クラーザの姿を捜す。
ドクン.....ドクン....
なに...?
どうしたの...?
嫌だよ....なにがあったの..?
亜紀は、とてつもない不安を感じた。
「クラーザ...どこ...?」
亜紀は恐る恐る尋ねた。
トン...
「......あきちゃん」
亜紀の手に触れたのは、ランレートだった。
亜紀の手を取り、亜紀の動きを止める。
「ランさん....クラーザは?
クラーザ、どうかしたの?どこにいるの?」
亜紀の鼓動が早くなる。
それに気付き、落ち着かせるかのように、ランレートはゆっくりな口調で話し始めた。
内容はとても落ち着けるものではないが....
ガシッ....
ランレートは亜紀の両肩にしっかりと手を置いた。
なにかを説得するような態勢だ。
「あきちゃん、これからする私の話を驚かないで聞いて」
「....ぃ..や....」
亜紀は内容を聞く前から、否定的になった。
すごく嫌な予感がする。
亜紀は耳をふさごうとした。
(まさか....まさか...)
「クラーザが重傷なんだ...
もう意識がない。傷もふさがらない」
「........」
亜紀は耳ではなく、口元を手で覆った。
しかし声も出ない。
亜紀はランレートの手を退け、クラーザを捜そうとした。
だが、すぐにランレートが亜紀を引き止めた。
咄嗟にイルドナも、亜紀の肩に手をかける。
二人が、亜紀の行く手を阻む。
「...どうして...?」
自分はクラーザに近付かせてはもらえないんだと、始めてそこで気付いた。
「......」
無言でランレートとイルドナの視線が合う。
そして、ランレートが口を開いた。
「...それだけじゃないんだよ。
...あきちゃんに、言わなければならないことがあるんだ」
近くにクラーザがいることは、きっと間違いない。
クラーザの傷付いた姿を目の当たりにして、
きっとアコスが声を失ったのだと思うから。
クラーザの傷付いた姿を見て.....
「.....」
亜紀はランレートの言葉を待った。
ランレートは言葉を選ぶようにして、話し始めた。
「結論から言うと....クラーザは力を失ったんだ」
「力を....?」
亜紀の聞き返す言葉に頷き、ランレートは再び話を続ける。
「城の中に侵入して、いざ戦闘に入った時に、
クラーザは急に辛そうにうずくまってしまってね.....」
敵を前にして、クラーザは戦おうとしたが全く力が発揮できなかった。
そして、かなりのダメージを受けてしまった。
ランレートがカバーに入ったが、そう簡単に倒せる敵でもなく、かなりてこずってしまったのだ。
「作戦では、クラーザと私が敵を倒し国宝を奪う役割だったけど、
クラーザが深手を負ってしまって、予定がかなり変わってしまったんだよ」
外で国王の戦士を食い止めていたイルドナが予定を変更し、傷を負ったクラーザを連れて城を去った。
残ったランレートだけが敵と戦い、国宝を奪ってきたという訳だ。
派手に暴れてしまったので、
国の輩が血眼になって探し回っている。
「まさか...力を失った原因ってのは...!」
アコスが亜紀の顔を見た。
『妖魔女』の情報に詳しくはないが、有名な話である。
「....『覚醒者は妖魔女に力を吸われる』...!!!!」
アコスが思い出したかのように叫んだ。
亜紀は訳がわからず、眉間にシワを寄せたまま、ランレートの言葉を待った。
「私は信じたくなかったんだけどね...」
ランレートが言葉を濁す。
「まさか、あの話は本当だったのかぁ!!!
でも一体どうやって...っ!!!?」
アコスが一人で先走る。
それを見兼ねたイルドナが、アコスの頭を叩き『今は黙れ』と囁いた。
「...アタシわからない。はっきり...教えてほしい....」
亜紀はアコスのただならぬ興奮に何かを悟り、
早く自分にもわかるように説明を聞きたがった。
「つまり...」
ランレートが言いづらそうに、話を進めようとした。
「だからぁ!『妖魔女』のあきが『覚醒者』のベルカイヌンの最強の力を吸い取ったって話だよ!」
「え.....?」
アコスのフライングした発言に、
亜紀はますます眉間にシワを寄せる。
「アタシ...そんな、しない...力吸い取る.....できない」
亜紀が首を振る。
「あきに自覚がなくても、
ただ側にいるだけで『覚醒者』のベルカイヌンは、
『妖魔女』に力を吸われちまうんだよっ!
.....それが、あきなんだよ!」
アコスの大声に、亜紀は圧倒された。
ランレートもイルドナも、アコスに『でしゃばるな』とは言わず、その言葉を飲んだ。
「....うそ...」
亜紀は再び口元に手を当てた。
じゃあ...
クラーザが怪我を負ったのは、アタシのせい....?
「.....クラーザ....」
亜紀の小さな声が響いた。
「ダメだ。クラーザに近寄ってはならん」
イルドナは亜紀の腕をしっかりと掴み、
クラーザの元に行くことを阻む。
「あきちゃん、ごめんね....
クラーザの傷が塞がらなくなってしまうから」
アタシが近づくと.....?
亜紀はすんなりと聞き入れた。
涙を流す訳でもなく、ただ黙って大人しくした。
「......」
そんな亜紀の様子を見て、ランレートは戸惑った。
もっと取り乱したり、
泣いて喚いたり、
駄々をこねて、クラーザにしがみつくのだと思っていたから。
だが亜紀は事実をあっさりと認めたようで、
態度は静寂だった。
「....それじゃあ...これからのことを話すね」
ランレートは亜紀の表情がいつ崩れるのかと伺いながら、話を先に進める。
だが、亜紀は冷静なまま表情を変えず、ランレートの話に耳を傾けていた。
...ザッ...ザッ...ザッ.....
すぐに移動が始まった。
亜紀はランレートに抱えられて、森の奥に進んでいった。
「あきちゃん、お腹は空いていない?」
ランレートは頻繁に亜紀に話かけた。
そして、何度も立ち止まる。
「あきちゃん、少し休憩しようか?疲れたでしょ」
「あきちゃん、川があるよ。そろそろ、休憩しようか」
そうやって、先を急ぐイルドナとアコスと、イルドナに抱えられたクラーザから、どんどん差をつけられていく....
「ランさん、アタシ....」
亜紀が川に足を浸けながら、ランレートに小さな声で言った。
「どうかした?あきちゃん」
「アタシ...力取らないよ...大丈夫だよ...」
俯く亜紀に、ランレートは優しく触れる。
「うん。わかってるよ。
あきちゃんがそんな気がないことは、私もわかってるよ」
でも、今はクラーザに近付けることはできない。
ポシャン...
ランレートは亜紀の隣に座り、同じように川に足を浸した。
「妖魔女にはね、クラーザみたいな生れつき力の強い覚醒者の力を吸い取るという伝説が昔からあったんだ。
妖魔女の存在は語り継がれていた。
...だけど、誰も妖魔女に出会ったことがなかった。
だから、私はそんなこと信じなかった。
もちろんクラーザもね」
ランレートが亜紀を諭すように言う。
「...もう...わかった」
亜紀は聞きたがらない。
「.....」
ランレートは亜紀に何て言葉をかけていいのか迷っていた。
(妖魔女ってなんなの....
誰にとっても、全然良くない存在じゃない....
まるで吸血鬼みたい..
誰も見たことなくて、でも姿形は皆知ってる。
生き血を吸う化け物だって...皆から嫌われる..存在...)
亜紀は気持ちが沈んだままだった。
「あきちゃん...」
ランレートが遠慮がちに囁いた。
「...あ...ごめんなさい。もう、行く?」
亜紀は我に返り、ランレートの手を取った。
「うん、行こうか」
クラーザは一体どれ程の傷を負ったの...
どれくらい苦しんでいるの....
前みたいに、話すことができるのは、いつ....
クラーザは.....
「.....」
亜紀はクラーザのことを何も聞けなかった。
俯いたままで、ランレートに連れられて歩き出した。
...タッ...タッ...タッ...タッ...
ランレートは亜紀を抱えながら、亜紀に語りだした。
「クラーザはあきちゃんのこと、
嫌になんかなってはいないよ」
「....」
ランレートの優しさが、今の亜紀には響かない。
「あきちゃんが自分の力を奪う存在だと知った時も、
クラーザはあきちゃんを離さないことを望んだ。
クラーザはそういう男だよ」
「.....」
クラーザは自分の言葉に責任を持つ人だもの...
行き場のないアタシを、きっと放り出したりはしない。
それは、クラーザが強い人だから..優しい人だから…
亜紀は悲観的になっていた。
「...実は私にもね、
クラーザと同じように大切な人がいるんだ」
...タッ...タッ...タッ.......
ザァァァ...
森が風に吹かれて、木々が騒いでいる。
「世間には忌み嫌われている人なんだけどね、
私には、とても大事な人なんだ」
ランレートはまるで風のように語りだした。
今の亜紀には聞こえていないのだろうと知りながらも、ランレートは話を続ける。
「不思議な力を持っている人でね、
だから、意味もなく人に恐れられてるんだ」
ザワザワザワ...
風が葉を揺らす。
「ランさんの....大切な人..」
亜紀はランレートの言葉を繰り返した。
「そうだよ。クラーザがあきちゃんを大切に想うようにね」
ランレートがそれに応える。
「だけどクラーザはね、私の心を理解してくれてるみたいで、
私の大事な人を、同じように大事に想ってくれるんだ」
「.....」
「....それが私はすごく嬉しいし、とても有り難く思うんだ」
クラーザが、よくわからない...
北風のように冷たかったり、
太陽のように温かい人だったり...
本当のクラーザって、どんなんだろう...
そして亜紀は、ランレートが何故そんな話をするのかと疑問に思った。
「クラーザは力が強いだけじゃないんだ。心もとても強い」
ランレートが自分自身に言うように話した。
亜紀はランレートにうまく言葉を返せず、返事に困った。
「...ごめんなさい...
アタシ、何て言っていいか...わからない...」
「ううん、いいんだよ。
私の方こそ、なんだか困らせてごめんね」
その後は何も語らずにランレートは走り出した。
ザワザワザワ.....
サァァァァァァァ....
しばらくして、
ランレートは走りながら、ある気配に気付いた。
「―――――」
前方から、何者かが近付いてきている。
..タッ..タッ..タッ..タッ..タッ..タッ..
ランレートは走るスピードを落とす訳でもなく、
行く先の方向を変える訳でもなく、
ただひらすた走った。
ザザッ...!!!!
ランレートの予想通り、
見知らぬ者が現れ、いきなり襲い掛かってきた!
「くわっっ!!!!」
ランレートと亜紀に牙を向く相手は、
人間が二人分程ある大きな身体をした男だった!
同じ体格をした者が三人、
剣を抜き取り、突進してくる!
「....スニンシラダ...パニケイアンダルフ」
ランレートが何か呪文のようなものを唱え始めた。
「え..??」
亜紀は敵の存在にすら気付いていないので、
いきなり、何事かとランレートを不思議に思った。
「.....あきちゃん、少しだけじっとしていて」
ランレートは早々と言い、亜紀を地面に下ろした。
「ランさん...!」
亜紀はやっと異変に気付いた。
ランレートは両手が自由になると、手を組み合わせ、手の平を敵に向けてゆっくりと開いた。
ゴォォオ...!!!
ランレートの手中から、黒い光りが流れ出した!
「おのれぃ...!黒..魔術か..!!!!」
敵の声が聞こえた!
亜紀は敵襲にあったんだと理解し、地面に座り込んでいたのを立ち上がり、手探りで辺りを触った。
(ここから...離れなくちゃ..)
自分がいては足手まといになると判断し、そこを動いた。
..サク.......サク...サク........
覚束ない足取りで、何とか歩く。
ランレートは敵と戦いながらも、
亜紀に視線を送った。
目の見えない亜紀が、ヨタヨタと歩き出している。
早く亜紀の元に戻らねばと、ランレートは早々と片付けようと力を込めた!
「........バイタンデルハッ!」
黒い光りが大きな鳥の形となって、敵を覆う!
「ぐわぁぁぁ!!!!」
敵はあっさりと消え去った!
ディアマの一員だけあり、ランレートもとても強かった。
「あきちゃん...!」
ランレートは敵を微塵にすると、亜紀を追った。
亜紀はとりあえず、木の茂みにでも姿を隠そうと、草木を掻き分けて中に入っていた。
「...あきちゃん――――!」
ランレートの声が遠くで聞こえた。
「....ランさん...?」
亜紀は思ったよりも早くランレートが呼んだので、戦いが早く終わったのだと少し驚いたが、声のする方へ戻ろうと歩き出した。
ガサッ....ガサッ...
亜紀は両手で草を避け、
ランレートの方へと向かおうとするが…
ガッ..
「...いたっ...」
石か何かにつまずき、転んでしまった。
「.........あきちゃ―ん...!」
ランレートの声が何故か遠退く。
亜紀は方角の感覚がわからなくなってきた。
(...やだ....どっちの方から来たんだっけ...)
少し焦り始め、ガサガサと草の中をもがいた。
「ランさぁぁん...!」
亜紀は大きな声を出し、ランレートを呼んだ。
そして、また何かにつまずき、今度は派手に転ぶ。
ドサ...
「きゃっ....いたぁ...」
亜紀は転んで擦りむいたと思われる右手を押さえた。
「あきちゃん、大丈夫!?」
すぐ側でランレートの声が聞こえた。
「あ...ランさん?」
亜紀は慌てて、立ち上がった。
「あっ...!あきちゃん、気をつけて!落っこちちゃうよ!」
「へ?」
亜紀はランレートの言葉の意味がわからず、とりあえず歩こうとしたが、足場が濡れていたみたいで、右足が滑り、その場にひっくり返った。
「きゃあっ!」
バシャンッ!!!!
亜紀は近くにあった泉に気付かず、
滑り落ちてしまったのだった!
「あきちゃん!!!!!!!!」
ランレートは亜紀に駆け寄った。
....が、亜紀は浮かんで来ない。
「あきちゃん!?」
バシャ...
ランレートは泉に溺れたのかと、慌てて泉に飛び込んだが、
.....深さは、膝ほどにしかなかった。
「..........」
ランレートは一瞬、頭の中が真っ白になった。
亜紀が消えた...?
「あきちゃん―――っ!!!!」
アコスと亜紀は歩き続け、誰とも出くわすことはなかったが、疲労感と不安感が最高潮に到達していた。
「...もう朝だ..」
「......」
そろそろ、街の人々が動き始める時間だ。
アコスも亜紀も、ただ茫然としていた。
「このままじゃ、街の連中にすぐ見つかっちまうよ...
あき、どうする....?」
アコスがトランクを抱えたまま、亜紀の様子を伺った。
あんなに威勢良く『クラーザは来る!』と言っていた亜紀の姿は、もうどこにもなかった。
「.......」
亜紀は一度、口を開きかけたが、諦めたように言葉を封じ、口を閉じた。
「やっぱ見捨てられたのか..?」
アコスは呟いた。
二人は路頭に迷う。
ドサッッ...
その時、二人の近くで何かが降りてきた音が響いた。
(何....!!!?誰―――っ!?)
亜紀は身体をびくつかせ、ぎゅぅっと身を縮こまらせる。
「わぁっ!―――イルドナァ!!!!」
アコスが歓喜の声を上げた。
「イル..ドナさん..??」
亜紀も少しだけ、明るい声になった。
アコスの腕が亜紀から離れ、イルドナの元に行く。
「バッカヤロー!遅いよぉ!何やってたんだよぅ!」
アコスが嬉しがりながらも、イルドナを攻め立てた。
「説明は後だ。とにかく早く移動するぞ」
「おっおう!!!!」
アコスは現金なもので、まるで犬のようにイルドナの後を尻尾を振って着いて行く。
「....アコス、なんだその服装?」
イルドナが口にせずにはいられない様子で、アコスに突っ込んだ。
「あぁ~...あはははっ」
イルドナの冷たい視線に、アコスは苦笑いして、さっさと亜紀の服を脱いだ。
「準備はいいのか?」
イルドナが呆れながらたずねる。
「おっおう!大丈夫!」
アコスの返事を確認し、
イルドナは亜紀の肩に手をかけた。
「あき、少し移動する」
イルドナが親切に声をかける。
亜紀は些細なイルドナのそんな行動が、なぜかとても不自然に思えた。
「...クラーザは.....?」
「...クラーザは.....先に、ランレートと街を出た。
今から、そこに行く」
イルドナは亜紀を胸の前で抱えた。
いつもクラーザが大事そうに亜紀を抱えるように。
「......」
亜紀はやはり、何かイルドナがいつもと違うように感じた。
変に気を使われているような...
アコスはぶつくさ文句を垂れながら、イルドナの後ろを走った。
..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ...
街を越え、隣町に入り、その街も通り過ぎる。
「ってかさぁー...
なぁんで、昨日のうちに来てくれなかったんだよぉ~
めちゃくちゃ待ちくたびれたんだぞぉー」
「.......」
イルドナは無言で先を急ぐ。
アコスはイルドナの後ろ姿を睨みつけ、唇を噛んだ。
「...ってかさぁ~
俺が一晩中、あきを守ったのにさぁー、
イルドナ、イイとこ取りじゃね?」
「いちいち、うるさいな」
イルドナが舌打ちをした。
「だって...!!!!」
アコスを口先を尖らせた。
(偉そうに、あきを抱えやがってぇ~!
俺がベルカイヌンに、あきを手渡したかったのに!)
そのまま、深い森に入って行った。
教えてもらわなくても、
亜紀は森に入ったんだと感じ取ることができた。
ピチチチチ...
ザワザワザワ....
サァァァァァァァ....
鳥の声。
風の音。
そして、葉が擦れ合う音。
香りもそうだ。
土や木々の、自然の香りがする。
..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ..ザッ...
イルドナとアコスの素早い足音が響く。
ピチチチチ...
「なんだってこんな森に??
こんな深い森に宿なんかあんのかぁ?」
アコスが文句を垂れる。
「宿があると思うか?」
イルドナが冷たく言い放つ。
「えぇぇぇ!?野宿なわけぇ?」
アコスは一瞬足を止めて、仰向けに背中を反った。
だが、すぐに追いかける。
「っつーかぁ、昨日から何も食べてなくて、腹減ってるんですけど!!ベルカイヌンも人使い荒いよなぁ~」
アコスがぺちゃんこのお腹を摩りながら、
イルドナの後ろ姿を恨めしそうに見つめた。
「.........この辺だ」
イルドナは立ち止まり、辺りをキョロキョロと見渡した。
「なんだぁ?なんもないぞ?」
アコスも同じように辺りを見渡す。
すると、イルドナは上を見上げた。
「ランレート――!」
ガサッ...
アコスが上を見上げると、
木々の間から、ひょっこりとランレートの顔が見えた。
「うわっ!ななななにやってるんだ?」
アコスは、木の枝から現れたランレートの登場に驚いた。
ランレートは右手を招くように振り『おいでおいで』をする。
「ここは木の枝が丈夫にできているんだよ」
そして、ランレートは亜紀の存在に気づく。
「...あきちゃんも来たんだね」
「....ランさん...」
亜紀はなんとなく、ランレートの態度も不自然に感じた。
なんだか嫌な予感がする。
「ってか何やってんだよーっ!
俺達ずっと待ってたんだぞ!
一睡もしてないんだからなぁ!」
アコスが文句をたれながら、
ランレートと同じように、ヒョイと木の上に登った。
イルドナも亜紀を抱えたまま、木に登る。
....そこは、まるで一つの部屋みたいに、
木の枝が床になっていた。
広さは八畳程もある。
ちょっとした隠れ家のようだ。
「うぇぇ~っ!!!なんだこれ!
まるで、人が作ったみ....―――――っ!!!!」
アコスの騒ぐ声が急に止まった。
「....どうしたの...?」
亜紀はようやく声に出してたずねた。
イルドナもランレートも、何故かよそよそしい。そしてアコスも。
「.......」
アコスは黙った。
「...なぁに...?」
亜紀は手探りで辺りを調べる。
すると、イルドナが亜紀の腕を止めた。
「あき、じっとしていろ。
ここは木の上だ。気をつけないと落ちてしまうぞ。」
イルドナの言葉には重みを感じられなかった。
なにか、別の意味があるような...
「クラーザ...?クラーザ...どうかしたの?」
亜紀がクラーザの名を呼ぶと、辺りはシンと静まった。
「クラーザ...?」
亜紀はイルドナの腕から離れた。
手探りで、クラーザの姿を捜す。
ドクン.....ドクン....
なに...?
どうしたの...?
嫌だよ....なにがあったの..?
亜紀は、とてつもない不安を感じた。
「クラーザ...どこ...?」
亜紀は恐る恐る尋ねた。
トン...
「......あきちゃん」
亜紀の手に触れたのは、ランレートだった。
亜紀の手を取り、亜紀の動きを止める。
「ランさん....クラーザは?
クラーザ、どうかしたの?どこにいるの?」
亜紀の鼓動が早くなる。
それに気付き、落ち着かせるかのように、ランレートはゆっくりな口調で話し始めた。
内容はとても落ち着けるものではないが....
ガシッ....
ランレートは亜紀の両肩にしっかりと手を置いた。
なにかを説得するような態勢だ。
「あきちゃん、これからする私の話を驚かないで聞いて」
「....ぃ..や....」
亜紀は内容を聞く前から、否定的になった。
すごく嫌な予感がする。
亜紀は耳をふさごうとした。
(まさか....まさか...)
「クラーザが重傷なんだ...
もう意識がない。傷もふさがらない」
「........」
亜紀は耳ではなく、口元を手で覆った。
しかし声も出ない。
亜紀はランレートの手を退け、クラーザを捜そうとした。
だが、すぐにランレートが亜紀を引き止めた。
咄嗟にイルドナも、亜紀の肩に手をかける。
二人が、亜紀の行く手を阻む。
「...どうして...?」
自分はクラーザに近付かせてはもらえないんだと、始めてそこで気付いた。
「......」
無言でランレートとイルドナの視線が合う。
そして、ランレートが口を開いた。
「...それだけじゃないんだよ。
...あきちゃんに、言わなければならないことがあるんだ」
近くにクラーザがいることは、きっと間違いない。
クラーザの傷付いた姿を目の当たりにして、
きっとアコスが声を失ったのだと思うから。
クラーザの傷付いた姿を見て.....
「.....」
亜紀はランレートの言葉を待った。
ランレートは言葉を選ぶようにして、話し始めた。
「結論から言うと....クラーザは力を失ったんだ」
「力を....?」
亜紀の聞き返す言葉に頷き、ランレートは再び話を続ける。
「城の中に侵入して、いざ戦闘に入った時に、
クラーザは急に辛そうにうずくまってしまってね.....」
敵を前にして、クラーザは戦おうとしたが全く力が発揮できなかった。
そして、かなりのダメージを受けてしまった。
ランレートがカバーに入ったが、そう簡単に倒せる敵でもなく、かなりてこずってしまったのだ。
「作戦では、クラーザと私が敵を倒し国宝を奪う役割だったけど、
クラーザが深手を負ってしまって、予定がかなり変わってしまったんだよ」
外で国王の戦士を食い止めていたイルドナが予定を変更し、傷を負ったクラーザを連れて城を去った。
残ったランレートだけが敵と戦い、国宝を奪ってきたという訳だ。
派手に暴れてしまったので、
国の輩が血眼になって探し回っている。
「まさか...力を失った原因ってのは...!」
アコスが亜紀の顔を見た。
『妖魔女』の情報に詳しくはないが、有名な話である。
「....『覚醒者は妖魔女に力を吸われる』...!!!!」
アコスが思い出したかのように叫んだ。
亜紀は訳がわからず、眉間にシワを寄せたまま、ランレートの言葉を待った。
「私は信じたくなかったんだけどね...」
ランレートが言葉を濁す。
「まさか、あの話は本当だったのかぁ!!!
でも一体どうやって...っ!!!?」
アコスが一人で先走る。
それを見兼ねたイルドナが、アコスの頭を叩き『今は黙れ』と囁いた。
「...アタシわからない。はっきり...教えてほしい....」
亜紀はアコスのただならぬ興奮に何かを悟り、
早く自分にもわかるように説明を聞きたがった。
「つまり...」
ランレートが言いづらそうに、話を進めようとした。
「だからぁ!『妖魔女』のあきが『覚醒者』のベルカイヌンの最強の力を吸い取ったって話だよ!」
「え.....?」
アコスのフライングした発言に、
亜紀はますます眉間にシワを寄せる。
「アタシ...そんな、しない...力吸い取る.....できない」
亜紀が首を振る。
「あきに自覚がなくても、
ただ側にいるだけで『覚醒者』のベルカイヌンは、
『妖魔女』に力を吸われちまうんだよっ!
.....それが、あきなんだよ!」
アコスの大声に、亜紀は圧倒された。
ランレートもイルドナも、アコスに『でしゃばるな』とは言わず、その言葉を飲んだ。
「....うそ...」
亜紀は再び口元に手を当てた。
じゃあ...
クラーザが怪我を負ったのは、アタシのせい....?
「.....クラーザ....」
亜紀の小さな声が響いた。
「ダメだ。クラーザに近寄ってはならん」
イルドナは亜紀の腕をしっかりと掴み、
クラーザの元に行くことを阻む。
「あきちゃん、ごめんね....
クラーザの傷が塞がらなくなってしまうから」
アタシが近づくと.....?
亜紀はすんなりと聞き入れた。
涙を流す訳でもなく、ただ黙って大人しくした。
「......」
そんな亜紀の様子を見て、ランレートは戸惑った。
もっと取り乱したり、
泣いて喚いたり、
駄々をこねて、クラーザにしがみつくのだと思っていたから。
だが亜紀は事実をあっさりと認めたようで、
態度は静寂だった。
「....それじゃあ...これからのことを話すね」
ランレートは亜紀の表情がいつ崩れるのかと伺いながら、話を先に進める。
だが、亜紀は冷静なまま表情を変えず、ランレートの話に耳を傾けていた。
...ザッ...ザッ...ザッ.....
すぐに移動が始まった。
亜紀はランレートに抱えられて、森の奥に進んでいった。
「あきちゃん、お腹は空いていない?」
ランレートは頻繁に亜紀に話かけた。
そして、何度も立ち止まる。
「あきちゃん、少し休憩しようか?疲れたでしょ」
「あきちゃん、川があるよ。そろそろ、休憩しようか」
そうやって、先を急ぐイルドナとアコスと、イルドナに抱えられたクラーザから、どんどん差をつけられていく....
「ランさん、アタシ....」
亜紀が川に足を浸けながら、ランレートに小さな声で言った。
「どうかした?あきちゃん」
「アタシ...力取らないよ...大丈夫だよ...」
俯く亜紀に、ランレートは優しく触れる。
「うん。わかってるよ。
あきちゃんがそんな気がないことは、私もわかってるよ」
でも、今はクラーザに近付けることはできない。
ポシャン...
ランレートは亜紀の隣に座り、同じように川に足を浸した。
「妖魔女にはね、クラーザみたいな生れつき力の強い覚醒者の力を吸い取るという伝説が昔からあったんだ。
妖魔女の存在は語り継がれていた。
...だけど、誰も妖魔女に出会ったことがなかった。
だから、私はそんなこと信じなかった。
もちろんクラーザもね」
ランレートが亜紀を諭すように言う。
「...もう...わかった」
亜紀は聞きたがらない。
「.....」
ランレートは亜紀に何て言葉をかけていいのか迷っていた。
(妖魔女ってなんなの....
誰にとっても、全然良くない存在じゃない....
まるで吸血鬼みたい..
誰も見たことなくて、でも姿形は皆知ってる。
生き血を吸う化け物だって...皆から嫌われる..存在...)
亜紀は気持ちが沈んだままだった。
「あきちゃん...」
ランレートが遠慮がちに囁いた。
「...あ...ごめんなさい。もう、行く?」
亜紀は我に返り、ランレートの手を取った。
「うん、行こうか」
クラーザは一体どれ程の傷を負ったの...
どれくらい苦しんでいるの....
前みたいに、話すことができるのは、いつ....
クラーザは.....
「.....」
亜紀はクラーザのことを何も聞けなかった。
俯いたままで、ランレートに連れられて歩き出した。
...タッ...タッ...タッ...タッ...
ランレートは亜紀を抱えながら、亜紀に語りだした。
「クラーザはあきちゃんのこと、
嫌になんかなってはいないよ」
「....」
ランレートの優しさが、今の亜紀には響かない。
「あきちゃんが自分の力を奪う存在だと知った時も、
クラーザはあきちゃんを離さないことを望んだ。
クラーザはそういう男だよ」
「.....」
クラーザは自分の言葉に責任を持つ人だもの...
行き場のないアタシを、きっと放り出したりはしない。
それは、クラーザが強い人だから..優しい人だから…
亜紀は悲観的になっていた。
「...実は私にもね、
クラーザと同じように大切な人がいるんだ」
...タッ...タッ...タッ.......
ザァァァ...
森が風に吹かれて、木々が騒いでいる。
「世間には忌み嫌われている人なんだけどね、
私には、とても大事な人なんだ」
ランレートはまるで風のように語りだした。
今の亜紀には聞こえていないのだろうと知りながらも、ランレートは話を続ける。
「不思議な力を持っている人でね、
だから、意味もなく人に恐れられてるんだ」
ザワザワザワ...
風が葉を揺らす。
「ランさんの....大切な人..」
亜紀はランレートの言葉を繰り返した。
「そうだよ。クラーザがあきちゃんを大切に想うようにね」
ランレートがそれに応える。
「だけどクラーザはね、私の心を理解してくれてるみたいで、
私の大事な人を、同じように大事に想ってくれるんだ」
「.....」
「....それが私はすごく嬉しいし、とても有り難く思うんだ」
クラーザが、よくわからない...
北風のように冷たかったり、
太陽のように温かい人だったり...
本当のクラーザって、どんなんだろう...
そして亜紀は、ランレートが何故そんな話をするのかと疑問に思った。
「クラーザは力が強いだけじゃないんだ。心もとても強い」
ランレートが自分自身に言うように話した。
亜紀はランレートにうまく言葉を返せず、返事に困った。
「...ごめんなさい...
アタシ、何て言っていいか...わからない...」
「ううん、いいんだよ。
私の方こそ、なんだか困らせてごめんね」
その後は何も語らずにランレートは走り出した。
ザワザワザワ.....
サァァァァァァァ....
しばらくして、
ランレートは走りながら、ある気配に気付いた。
「―――――」
前方から、何者かが近付いてきている。
..タッ..タッ..タッ..タッ..タッ..タッ..
ランレートは走るスピードを落とす訳でもなく、
行く先の方向を変える訳でもなく、
ただひらすた走った。
ザザッ...!!!!
ランレートの予想通り、
見知らぬ者が現れ、いきなり襲い掛かってきた!
「くわっっ!!!!」
ランレートと亜紀に牙を向く相手は、
人間が二人分程ある大きな身体をした男だった!
同じ体格をした者が三人、
剣を抜き取り、突進してくる!
「....スニンシラダ...パニケイアンダルフ」
ランレートが何か呪文のようなものを唱え始めた。
「え..??」
亜紀は敵の存在にすら気付いていないので、
いきなり、何事かとランレートを不思議に思った。
「.....あきちゃん、少しだけじっとしていて」
ランレートは早々と言い、亜紀を地面に下ろした。
「ランさん...!」
亜紀はやっと異変に気付いた。
ランレートは両手が自由になると、手を組み合わせ、手の平を敵に向けてゆっくりと開いた。
ゴォォオ...!!!
ランレートの手中から、黒い光りが流れ出した!
「おのれぃ...!黒..魔術か..!!!!」
敵の声が聞こえた!
亜紀は敵襲にあったんだと理解し、地面に座り込んでいたのを立ち上がり、手探りで辺りを触った。
(ここから...離れなくちゃ..)
自分がいては足手まといになると判断し、そこを動いた。
..サク.......サク...サク........
覚束ない足取りで、何とか歩く。
ランレートは敵と戦いながらも、
亜紀に視線を送った。
目の見えない亜紀が、ヨタヨタと歩き出している。
早く亜紀の元に戻らねばと、ランレートは早々と片付けようと力を込めた!
「........バイタンデルハッ!」
黒い光りが大きな鳥の形となって、敵を覆う!
「ぐわぁぁぁ!!!!」
敵はあっさりと消え去った!
ディアマの一員だけあり、ランレートもとても強かった。
「あきちゃん...!」
ランレートは敵を微塵にすると、亜紀を追った。
亜紀はとりあえず、木の茂みにでも姿を隠そうと、草木を掻き分けて中に入っていた。
「...あきちゃん――――!」
ランレートの声が遠くで聞こえた。
「....ランさん...?」
亜紀は思ったよりも早くランレートが呼んだので、戦いが早く終わったのだと少し驚いたが、声のする方へ戻ろうと歩き出した。
ガサッ....ガサッ...
亜紀は両手で草を避け、
ランレートの方へと向かおうとするが…
ガッ..
「...いたっ...」
石か何かにつまずき、転んでしまった。
「.........あきちゃ―ん...!」
ランレートの声が何故か遠退く。
亜紀は方角の感覚がわからなくなってきた。
(...やだ....どっちの方から来たんだっけ...)
少し焦り始め、ガサガサと草の中をもがいた。
「ランさぁぁん...!」
亜紀は大きな声を出し、ランレートを呼んだ。
そして、また何かにつまずき、今度は派手に転ぶ。
ドサ...
「きゃっ....いたぁ...」
亜紀は転んで擦りむいたと思われる右手を押さえた。
「あきちゃん、大丈夫!?」
すぐ側でランレートの声が聞こえた。
「あ...ランさん?」
亜紀は慌てて、立ち上がった。
「あっ...!あきちゃん、気をつけて!落っこちちゃうよ!」
「へ?」
亜紀はランレートの言葉の意味がわからず、とりあえず歩こうとしたが、足場が濡れていたみたいで、右足が滑り、その場にひっくり返った。
「きゃあっ!」
バシャンッ!!!!
亜紀は近くにあった泉に気付かず、
滑り落ちてしまったのだった!
「あきちゃん!!!!!!!!」
ランレートは亜紀に駆け寄った。
....が、亜紀は浮かんで来ない。
「あきちゃん!?」
バシャ...
ランレートは泉に溺れたのかと、慌てて泉に飛び込んだが、
.....深さは、膝ほどにしかなかった。
「..........」
ランレートは一瞬、頭の中が真っ白になった。
亜紀が消えた...?
「あきちゃん―――っ!!!!」
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