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第十五章✧別れの口づけ

別れの口づけ

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その夜は寝ずに明かした。
外を見ると、いつの間にか空は明るくなり始めていた。

イルドナがたわいもないことをいつまでも話し、
亜紀はそれを面白く聞いていた。
クラーザはその様子を見守るように、部屋の隅で見ていた。

「失礼致します...」

戸の外で、新罹の声がした。

スゥ―――...

戸が開き、新罹の化粧したての新しい顔が見えた。
もう朝がきたんだと、実感した瞬間だった。

「――ベルカイヌン、玉石の邪気祓いが今程、終わった」

新罹は不機嫌な顔を隠そうとして、
強張った表情をしている。

「ああ..そうか..」

クラーザが適当に相槌をうち、立ち上がる。

「こちらだ..」

新罹が玉石の場所に案内するように、クラーザを導いた。

「..あ...」

亜紀はまだぼぉっとしていた顔を引き締め、
新罹に一礼しようとした。

すると...

「妖瑪、そなたも早く仕事に戻りなさい」

新罹の鋭い目つき..!
まるで、怨みのこもった視線を亜紀に飛ばしてきた!

ビクッ..

亜紀は金縛りにあったかのように、身体を動かせなくなった。
一気に冷や汗が背筋を伝う...

「妖瑪....!!」

新罹が目で合図するように『さっさと消えろ』と訴える。

「...はっ..はい..」

亜紀はやっと金縛りから逃れ、席を立ち戸に向かう。
新罹はクラーザとイルドナには、まるで気付かれないように亜紀を睨みつける。

..サ..サ..サ..サ..サ....

亜紀はそそくさと部屋を出て行こうとした。

「あき」

その時、クラーザが亜紀の手を引き亜紀の足を止めた。

「ベルカイヌン..!」

新罹が忌ま忌ましく感じ、クラーザを急かせる。

「...」

亜紀は恐る恐る横目でクラーザを見た。

「あき、仕事が片付いたら、またこの部屋に来てくれ。
―――昼前に、ここを発つから」

「...」

亜紀はコクンと頷いて、すぐに部屋を出て行った。




クラーザは新罹と共に、
神棚に奉ってある玉石の前に立った。

「...かなり強力な邪気であった。
私でも少し時間がかかってしまったくらいだ」

新罹は玉石を手に取り、クラーザに渡す。

「...確かに、本来の姿に戻っている」

黒い影を映していた玉石は、
虹色に輝いていた。

「ベルカイヌン...」

新罹は空気を変え、クラーザの真正面に立つ。

「...」

クラーザは玉石から新罹に目線をうつす。
クラーザの紅い眼に、新罹は何かを見透かされたような気分になり、なんとなく目を反らす。

「....いや、何でもない」






「妖瑪...!あやっ..」

厨房で皿を整理している亜紀と白那の元に、
慌てた様子で滝が入ってきた。

「なぁに..?...あっ!」

白那が振り返り、滝の姿を見るが、そのすぐ背後で新罹が鬼のような形相をしているのを見てしまった。

「新罹さま..何事ですか?」

白那が濡れた手をフキンで軽く拭き取り、新罹の顔色を伺う。

「妖瑪、妖瑪はどこじゃ」

新罹は厨房を覗くようにして、亜紀の姿を探した。
亜紀は白那の後ろから、すぐに姿を見せた。

「...はい、ここ..です」

亜紀は蛇に睨まれた蛙のように、身を縮こめていた。
新罹は毒づくように亜紀に歩み寄り、下から上へと睨みつける。

「そなた、ここを出てゆくのか!?
命を救われた恩を忘れて、さっさと出てゆくつもりか!」

新罹の怒り口調に、白那も滝も驚き戸惑った。
亜紀は予想していた展開に声を小さくする。

「いっいえ...」

亜紀は無理にそう答えた。
白那はそんな状況でも、亜紀がクラーザと一緒に出ていってしまわないか心配してしまう。
...そんな白那の様子も察し、亜紀は首を横に振った。

「そうか。では、ここに残るのだな?」

新罹はそれでも不満そうな口調で言う。

「はい..」

亜紀は俯いたまま返事した。

「ーーそうだ、ベルカイヌンは昼前に発つそうだ。
妖瑪、....そなた、見送りに出るのか?」

新罹は顎を突き出し、見下すように亜紀に聞く。


―――仕事が片付いたら、またこの部屋に来てくれ―――


新罹はギロリと念を押すように睨む。

「いえ...行きません」

新罹はわざとに耳に手を当てる。

「なんだと?聞こえんわ」

亜紀はもう一度、繰り返した。

「見送り...アタシ、行きません」


アタシはクラーザとは一緒に行けない...。
行ってはいけない..

亜紀は自分に言い聞かせる。

「そうか、行かんのだな。
では、ベルカイヌンには私の方から伝えておいてやる」

新罹はやっとニタリと笑みを見せた。

「.....は..い....」

「そなたが言い出したことじゃ!
約束は守られよ!」

新罹は念に念を強く押した。
踵を返して、厨房を出て行く。


これでいいんだ..。
この方が辛い別れをしなくてすむもん..

「....」

白那はかける言葉が見つからなかった。

「妖瑪..いいの?
あんた、あの紅い眼の男に着いていくんじゃなかったの!?」

滝が、亜紀と白那を交互に見て言う。

「行かない..」

「なんでよ!?
あの人、あんたを迎えに来たんでしょ!?」

白那は申し訳なさそうに、亜紀の顔を伺う。

「あやめ..私のせい?」

亜紀は気遣う白那に首を振る。

「ちがう。白那のせい、ちがうよ」

滝と白那は、亜紀の無理矢理につくる笑顔を見た。


「...クラーザ、危険いっぱい。アタシ邪魔になる。
アタシここにいると、怪我しない。
クラーザもアタシも、その方がいい。ふたりとも幸せ」

確かに、亜紀がクラーザに着いて行くのは無理がある。
滝も白那も納得した。

「そっか…じゃあ仕方ないのね。
怖い思いするの、もうこりごりだものね…」

滝は深く頷いた。






太陽が空に1番高く上がる、その少し前――..


クラーザとイルドナの部屋に、皆が集まっていた。
部屋の中心で、アコスが蒼史と別れの挨拶を交わしていた。

「故郷を思い出した時は、いつでも帰ってこいよ。
俺は村をもう一度立て直して、アコスのこと待ってるからさ」

アコスは元気に蒼史と握手をした。

「おうっ!俺、蒼史に負けないように頑張るからよ~蒼史も負けないで頑張れよぉ!」

蒼史の後ろで『滝の果て村』の戦士がにこやかに笑う。

「...それとアコス、ミールと仲良くやれよ」

蒼史がアコスの肩を叩く。

「.ばっ...ばっかやろー!!」

皆が一同に笑った。

「そういや、ミールは?」

蒼史が姿の見当たらないミールを探した。
アコスが不安気な顔をする。

「う~ん...。
それがさぁ..ミールの奴、邪気祓いをしようって言わないんだよ...。
新罹さんに頼みたくないらしくてさぁ...」

「んで、どこに行ったんだ?」

蒼史がキョロキョロと辺りを見渡す。

「わかんねー。
どうせ、どっかで喧嘩売ってんじゃないか?」

アコスがため息をつく。




「...そろそろ時間だ」

イルドナが開け放った戸から空を見上げ、皆にそう告げた。
黙って座っていたクラーザは、その合図に立ち上がる。

「...ベルカイヌン、どうか無事で」

側にいた新罹が、クラーザに少しの荷物を渡して悲しげに言う。


パサッ

「...」

クラーザは黙ってその荷を受け取り、無造作に肩に担ぐ。

「ベルカイヌン様、イルドナ様、そしてアコス様、
どうかまたお立ち寄りくださいませ」

『滝の果て村』の主が丁寧に頭を下げる。
クラーザは無言で頷いた。

「まっ...待ってくれ!もう少しだけ~っっ!!!」

アコスが慌てて、クラーザとイルドナに駆け寄る。

「もう少しだけ、ミールを待ってくださいっ!!!
あいつ、後少しで必ず来るからっ!」

アコスの焦っている態度に、
イルドナはクラーザにチラリと目を配り、そして勝手に答えた。

「後少しだけ待とうか」

「あ..ありがとう!イルドナ!!!」

...クラーザは、目線を下げた。

「少し..席を外す」

イルドナは何も言わずに頷き、再び畳みの上に座った。




部屋を出るクラーザに、新罹は金魚のフンのように付き纏う。

「ベルカイヌン、どこへ行く?
妖瑪なら.....私が早く仕事を終わらせて、ベルカイヌンの元に行くように話してある」

新罹は平気な顔をして、でたらめを並べた。

「もう仕事はとっくに終わっているハズだ。
...でも、来ないということは...」

クラーザは敏感に反応し、振り向く。

「少し、あきと話をする」

「ベルカイヌン!」

新罹は急に顔付きを変え、険しい表情をする。

「わかっておるのか?妖瑪は妖魔女だぞ!」

新罹はクラーザの裾を掴んで離さない。

「妖魔女はそなたのような『覚醒者』の力を吸収するのだぞ?
知っておるであろう!?」

イルドナは言わなかったが、
クラーザのような稀に強い者を『覚醒者』と呼び、
『覚醒者』は『妖魔女』のそばにいるだけで、その能力が失われていってしまうのだと伝説では語り継がれていた。

だから『妖魔女』などと、不気味な呼び名がつけられている。


そして..
....この世に、『妖魔女』がいないのは、
『覚醒者』が能力を奪われるのを恐れ『妖魔女』を抹殺したからとも伝えられている....

新罹が握った手に力を込めた。

「そなたが妖瑪に近づくのは危険すぎる!」

ただそばにいるだけでだ。

「そなたが妖瑪の頬に触るのは....
能力を無駄に捨てているのに値するのだぞ!」

クラーザは新罹の腕を掴み、離すように諭した。

「そんな仮説など知らん。
俺は、俺のこの眼で見たものしか信じない」

「ベルカイヌン....!!!」

新罹は悔しさで、もどかしくなった。
クラーザは早々と去っていく。
新罹は引き止めたくて、まだ口をわなわなとさせる。

「...妖瑪は....!!!
妖瑪は最強でないベルカイヌンなど、絶対に必要としないぞ!!
力を失い、途方に暮れるのは、そなただぞ...!」

新罹は迷いなく歩いて行くクラーザにさえ、憎しみを感じた。






クラーザはすぐに亜紀を見つけた。

屋敷の裏の薪が積み上げてある小屋で、
ぼぉっとしながら何やら作業をしていた。

「あき」

クラーザが声をかけると、亜紀は肩をビクッとさせて驚いた。
しかし、亜紀は目も合わせず、いきなり忙しそうに働き始める。

「あき、何をしている..」

「...仕事...夕方までに、この薪、運ぶ」

亜紀は風呂を沸かす為の薪を用意していた。
クラーザは亜紀の前に立ちはだかる。

「...こんなこと、今する必要があるのか」

亜紀は薪を三本程、ギュッと抱きしめた。

「アタシ、仕事遅い..。
今からしないと、間に合わない」

クラーザの横を摺り抜け、亜紀は薪をもう一本手に取る。
クラーザは後ろを向いたままの亜紀を見た。

「この仕事はお前じゃなくてもできる。
...俺はあきじゃないと意味がない。
お前の話が聞きたいんだ」

するとやっと亜紀は、クラーザの方に振り向いた。

「ごめんなさい...クラーザ..
アタシ、約束、無視した...
クラーザ待たせた。ごめんなさい」

亜紀は眉尻を下げ、悲しそうな顔をした。
クラーザは変わらず、亜紀に優しい口調で話す。

「謝らなくてもいい..それは…構わない」

亜紀は寂しさを隠すように、
なかなかクラーザと目を合わせない。

「あき...なぜここにいた?
俺と話すのは嫌だったか..?」

クラーザは亜紀の気持ちを読み取ろうと、顔を覗く。

「ちがう..」

亜紀は震える声で言う。

「クラーザとお別れ、上手にできない..。
だから、ここで仕事してた..」

「別れ...?」

クラーザは一瞬、息を止めた。
亜紀は視線のやり場を迷わせ、オロオロしている。

「...アタシ...、クラーザと一緒、できない...
クラーザに会えて嬉しかった。
...クラーザの無事祈ってる」

クラーザはそれが答えなのかと、ハッとした顔をする。

「ここに残るのか...」

クラーザは口調をゆっくりに、確かめるように聞いた。

「...うん」

亜紀は小さな声で答える。

――もう何度も出している亜紀の答えだが、
クラーザはなかなか納得することができなかった。

「――――ダメだ」

クラーザはきつく目を閉じる。
そして亜紀の肩に手をかけ、顔を覗き込む。

「そんな言葉では―――ダメだ」

「.....」

亜紀はふいにクラーザと目を合わす。
クラーザは眉間にシワを寄せて、悲しい顔をしている。

「.....あき、なぜだ?俺は納得できない」

背の高いクラーザが身を屈めて、亜紀の視線に合わす。

「ここで肩身の狭い思いを、あきにさせたくない」

一年前、ふたりが出会った頃と比べて亜紀は痩せていた。
クラーザはそのことに気付いている。
亜紀は気持ちに余裕がなく、笑顔を見せることもできない。
が、なんとか心を奮い起こした。

「クラーザ...心配ない。
ここ、すごく楽しい。
皆、とても親切。だから、アタシ残る」

クラーザは亜紀の口からこぼれ出る言葉をしっかりと聞く。

「クラーザ、たくさんありがとう。
アタシ、ここでクラーザ応援する」

亜紀はこの時の為に、何度も練習した言葉を口にする。
本当は笑顔で『ありがとう』を言うハズだったけれど。

「ありがとう..クラーザ..」

亜紀は精一杯の顔でクラーザに言い切った。
クラーザは亜紀に一線を引かれたような感覚に捕われた。

『もう構わないで』と言われているような。

..だが、クラーザは引き下がらなかった。
というか、まだ腑に落ちなかった。

「ダメだ。...そんなんじゃまだ足りない..」

クラーザは駄々をこねるように首を横に振った。

「....」

亜紀は言葉に詰まった。
なかなか上手に話せない言葉なのに、
更に難しいことをクラーザは要求してくる。

「...俺がお前の側にいるのが...嫌なのか?」

クラーザの真っすぐな視線が飛んでくる。


ズキンッ...

亜紀の胸が裂ける。

「だ...だめ.....
クラーザと一緒...いれない..」

亜紀はこぼれ落ちそうになる涙を堪えようと、
クラーザと同じように首を振って誤魔化す。

「....あき..」

クラーザの大きな手が亜紀の頬を捕らえた。
亜紀は顔を固定され、涙ぐむ目でクラーザを見上げる。

「...だめ..」

亜紀はそれでも意志表示をする。

「...何か理由があるのか」

クラーザはまだも何かを疑う。
亜紀は追い詰められ、苦しくなりとうとう泣き出した。

「....だ..めなの....」


スッ..

クラーザは亜紀の涙に触れた。
生暖かくて、サラサラしている。

「なぜ、泣くんだ..」

クラーザは両手で亜紀の頬を覆った。

..ドキン...ドキン...ドッキン...


亜紀の胸の鼓動が早くなる。

このまま、クラーザの優しさに、甘えてしまいたいよ...


「...クラーザァ..」

亜紀が戸惑うように名を呼ぶと、
クラーザはゆっくりと顔を近付けてきた。


ドキン...ドッキン...ドキン..


クラーザは亜紀の潤んだ瞳に時を止めた。
微かに震える、亜紀の細い身体...

クラーザは亜紀の赤い紅を差した小さな唇を見つめた..

「...お前の唇に触れたい」

「え...」


ドッキン.....!!!

亜紀の目が大きく開かれた。

カランッ..

亜紀の力が抜けた腕から、
薪が一本、地面に落ちた..

そしてクラーザの唇が亜紀に近づき、しっかりと重なった。


「――ん...」

亜紀は息を吸うのも忘れ、クラーザに唇を奪われた。

ドキン...!ドキン..!!!!

クラーザは亜紀の細く震える白い首筋に手をやり、
しっかりと口づけを交わす。

一度離れた唇は、すぐにまた重なる...

カラン..カラン..!!

亜紀の腕から薪が全て滑り落ちた。

「....んっ....ハァ....」

激しい鼓動と息つぎ不足で亜紀は呼吸を荒くした。
クラーザは唇を離し、顔を近付けたまま亜紀の顔を見た。

小さな身体を上下させて呼吸し、
うっとりとした目でクラーザを見つめている。

「....」

クラーザは無言で、亜紀の震える身体を抱きしめた。

「..あ」

亜紀の反動で出た声にクラーザは反応し、
また唇を近づけ口づけをする。

「..ん.....あ.......」

亜紀はクラーザにすっぽりと抱きすくめられ、
何度もキスを受けた。


身体が熱くなり..
頭が、ぼぉぅっとしてくる..
幸福な唇の柔らかい感覚に、再び涙が頬を伝っていった..

「...どう..して」

キスの合間に亜紀が涙声を出す。

「どうして..こんなコト...するの..」

トロンとした目で問う。

「.....わからない...
お前をここに残して行こうと決意した瞬間.....
お前に触れたくなった...」

...トクン...トクン....トクン..トクン..

爆発しそうだった鼓動は、現実に引き戻され、
再び悲しみと切なさに想いが込み上げてきた...!

「クラーザァ..」

亜紀は堪えきれないたくさんの涙で顔を両手で覆う。

「あき...顔を上げてくれ」

顔を隠し俯いて泣く亜紀を、クラーザは軽々と持ち上げた。


グッ..

「あっ..!」

軽々と持ち上げられた亜紀は、顔を覆っていた手を離し、クラーザの肩に手をおいて身体を支える。

ポタ..ポタ..ポタ....

亜紀の涙がクラーザの頬に落ちる。
そのこぼれた涙を拭おうと手を伸ばした。

...ふと、クラーザの優しい真っすぐに見つめてくる紅い目と視線が合う。

「...」

「...」

スッと亜紀の白い手が、クラーザの頬に落ち、
いつもクラーザが亜紀の頬に手をやるように、
今度は亜紀がクラーザの頬に両手で触れた...


今度は亜紀から――
ゆっくりと近づき、そっと唇を重ねた...

クラーザは亜紀を抱えたまま、亜紀の唇を受け入れた。

(クラーザが好き..あなたが1番大好きよ..)


亜紀の気持ちが溢れだし、
想いをぶつけるようにクラーザにしっかりとしがみついた。

クラーザはそれを愛おしく受け入れる。

伝えられない気持ちの壁を越えて...
ふたりは、それまで必死に押し殺していた想いの蓋を開け放ち、激流のように互いに唇を激しく求めあった。

「...ん...クラーザ...」

亜紀が名を呼ぶと、
それに答えるようにクラーザは抱きしめる腕に力を込める。


いつの間にか..
亜紀は背の高いクラーザに近づこうと、かかとを上げて背伸びをし、白く細い指をクラーザの漆黒紫の美しい髪の中に入れ、何度も髪を撫でながら、

クラーザは小さな亜紀にもたれ掛かるように身体を折り曲げ、
亜紀の細い腰にしっかりと腕を回していた。

確かめ合うように、何度も唇を重ねる。




カタン...


クラーザの後を追って、
新罹が小屋の開いた戸に手をかけた....

「―――!」

新罹は中の様子を盗み見て、心に大きな打撃を受けた。

汚らしい小屋に、美しい男と女がふたり..
まるでふたりだけ、夢の世界の中にいるような輝きに満ちた空間だった。

新罹は直ぐさま、小屋から離れその場から逃げ出した。

「おのれ....許さぬ..許さぬ..」


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