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第四章✦ふたりきりの時間
ふたりきりの時間
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ドサッ...
ふたりは、古いお堂の中に辿りついた。
ザァァァァ
「..はぁはぁ...んっ....」
亜紀は胸を押さえて上がった息を整えようとした。
「...ハァ..ハァ....」
さすがの男も息を乱している様子。
亜紀を床におき、横に腰を下ろした。
「...クッ....ハァ..ハァ...」
咄嗟に男の腕に手をかけ顔色を伺う。
「あのっ..大丈夫!?」
全身ずぶ濡れだ。
男は視線を亜紀によこした。
「....」
「あ...えっとー...」
男は視線をそらさず、しっかりと亜紀を見つめる。
ドキン...
え...やだ...
「.....」
男は無言で亜紀を見つめる。
ザァァァァ
古いお堂とはいえ、雨風からは凌げた。
木々の音も雨音もせず、
無性に静かでそれが居心地悪く感じる。
「......」
亜紀も無言で男を見つめた。
お堂の中は、八畳ほどの広さで、
所々、穴が開いていたり腐っていた。
「......ぁ..」
亜紀は引き裂かれた服に気付き、胸元を慌てて隠す。
「....」
どうしよう...緊張..してきちゃった...
「...ぅっ...クシュン..」
亜紀はくしゃみをし身震いをする。
すると、男は腰紐を緩め装束を上半身だけ脱ぎ裸になった。
あっ...
亜紀は驚き視線を反らす。
隣に見知らぬ人がハダけてる!
やだ!こんな時にー!
亜紀は顔を赤くし、顔も反らす。
すると...
男は亜紀を力強く抱き寄せた。
「ひゃっ!」
亜紀がモタモタすると、
男は両手で亜紀を掴み前向きで抱きしめる。
亜紀は男の胸に顔をぶつける。
「.....やっ...」
ドキン....ドッキン...ドキン..
..ドッキン....ドキドキ..ドキン..
いや...!
心臓の音が聞こえちゃう!
「...あっ...ぁのぉ.......」
男は顔を覗き込み、片手で亜紀の瞼をそっと閉じた。
眠れってコト!?
眠れってコト!??
こんな状態で眠れるワケないよー!!
ドキドキドキドキドキドキ...
心臓の速度がドンドン上がっていく。
このままじゃアタシ死んじゃう!
亜紀はそう思いながらも、男の腕の中で身を固めていた。
「..シニョウレイ....?」
男が低い声で耳元で囁く。
「えっ?!あ.......」
亜紀は男の行動にいちいち反応する。
「.....ちょっと!それって!...それってどういう意味!?」
亜紀は顔を真っ赤にして男に尋ねる。
「あのぉー!シニョウレイって無事か?って意味ですよね!
この状況でその台詞ってなんかアタシのこと....ばばばっばかにしてる!?」
男は亜紀の早口に眉をひそめる。
「...カラケンダ..」
「あっアタシ、べべべ別に、
男の子に抱きしめられるのって初めてなワケじゃないし!
そんなウブなワケじゃ..ななないし!
ばばっばかにしないでくれますぅ!?
ドキドキして死んだりなんか、
すっすっ..するワケないしっ!」
亜紀は耳まで真っ赤にして荒い口調で話す。
「あっあなたはどうか知らないケド、
アタシだって..モテないワケでもないワケでっ!
しっしっ仕事だってバリバリできるしっ!
ほっほらっ!みっ見て!
アタシったらシミひとつない美肌なんだからっ!
毎日毎日、絶対お手入れはちゃんとするし、
さっさっ最近は年下の男の子から告白までされちゃって、
やっぱデパートの化粧品の販売員は綺麗で憧れるっ...なななんて言われちゃって..........あっ!!」
男は亜紀の言葉を最後まで聞かずに再び抱き寄せた。
今度は力を込める。
「...カヌンテイニ..ケイシ.....サライユマイネ
テイトゥルシニナ...ネイニンカルティ
....ナワヌンカンニ..イニエ」
こんなに多く語るのは初めてだ。
意味なんて解らない。
互いの言葉が伝わらないことくらい、充分理解している。
だが、話さずにはいられなかった。
男が亜紀の言葉を遮ったのは意味があるハズ。
言葉が通じないからこそ、大きく表現しなければ相手に伝わらない。
顔を真っ赤にしたので、怒ったように見えたのだろうか...
きっと彼は怒らせる為に
『シニョウレイ?』を言ったワケじゃないと言いたいんだ...
もうそれ以上、腹をたてるな...とアタシに伝えたいんだということは彼の態度でわかった。
「ごめん...なさい..」
亜紀は男の腕の中で謝った。
男はきつく亜紀を抱きしめた。
亜紀はドキドキを隠せないまま..
というか、たぶん男に心臓の爆音を大公開したまま、
男は素知らぬふりをしてくれるので、
亜紀も黙って男の腕の中で大人しくした。
それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
亜紀の感覚では3時間程の時が流れていた。
抱き合っているおかげで随分と暖かくはあるが
亜紀は全く眠れずにいた。
亜紀がそっと顔を上げる。
すると....
男もまた眠ってはおらず、亜紀を見つめ返してきた。
「あ..起きてる...
....シ....シニョウレイ?」
亜紀は苦笑いをしながら男に尋ねる。
男は視線を反らし、遠目で答えた。
「カンヌ.....」
カンヌ....??
亜紀が難しい顔をしていると、今度は男の方が尋ねてきた。
「...イニエ......................」
男はしばらく考えて、再び口を開く。
「...ベルカイヌン・クラーザ..
.........イニエ...ニキヌ?」
「..ベルカイヌンって、あなたの...」
亜紀はハッとした。
これは名前を聞かれてる!!?
亜紀は自分に指を指し
「亜紀!亜紀!
亜紀って呼んで!ベルカイヌンさん!!」
亜紀は先程とは違う、真っ赤な顔をして笑った。
男は亜紀の赤くなる頬に手を振れて言う。
「ベルカイヌン・クラーザ...
クラーザ..ナヌンクマニ...クラーザ」
「クラーザ?
..あっ..クラーザさんね?」
「クラーザサン..ネ..?...クラーザ」
「さん付けしても解らないかっ
クラーザ!あなたはクラーザ!」
亜紀は連発して言う。
男もよくやく納得したのか口元を緩ませた。
「アキ....タンヌンシ...アキ.......アキ...アキ....アキ..」
男が初めて微笑んだ瞬間だった。
ドキンッ.....!!
亜紀の胸が大きく高鳴った。
「やだ...そんなに呼ばないで...恥ずかしいよぉ..」
亜紀は顔を覆った。
クラーザは、そのまま亜紀を抱きしめた。
ザァァァァ...
お堂の外から雨音が微かに聞こえてくる。
..トックン....トックン....トックン..
クラーザの心臓の鼓動が、だんだん心地良いリズムなる。
暖っかい..
「クラーザ..」
亜紀の声にクラーザはピクンと身体を反応させる。
亜紀はクラーザの胸に顔をうずくめたまま語り出した。
「アタシ..本当は一人で遠くへ温泉旅行に行こうとしてたの..」
亜紀は目を細めて話す。
「....忘れられない..人がいて
もう随分前に別れたんだケド..」
昔の恋人を思い出す。
「アタシの仕事はね...おっきなデパートで化粧品を販売してるの。
美容部員になることがアタシの小さな頃からの夢で..
これでも成績優秀なんだよ。
化粧品が大好きなの。
好き..だから、だから、仕事も楽しい..」
でも...
「でも..なんだか疲れちゃって
キレイに着飾って、キレイなメークして、キレイな所で働いて
いっつも笑顔でイイことしか言わなくて..
お客様は喜んでくれるケド..
最近は心から楽しく感じなくて..」
ザァァァァァァァァ..
「そんなアタシを好きだって言う人にも...
なんだか作った自分しか見せれないの」
現実逃避っていうのかなぁ..
「明日は忘れられない彼の..誕生日だったの。」
亜紀はため息をつく。
「現実が嫌になればなる程、
昔のことを思い出しては『あの頃に戻れないかなぁ』
なんて思ったりなんかして..
誰ともしゃべりたくなくなったの。
笑いたくないし、笑えないし。
...だから二週間、無理矢理お休みをもらってどこか一人になれる所へ行こうと思ったの..
...だけど、まさかこんなことになるなんて思わなかったなぁ..
彼の誕生日なんてスッカリ忘れてたし。ハハッ..
その方が全然いいんだけど」
クラーザが、タイミング良く亜紀の顔を覗く。
不思議そうな顔をして....
何を言ってるのか、サッパリ解らないよね..
「..人と話せないことが、
こんなに淋しいことだなんて知らなかった..」
亜紀はクラーザの目を見つめた。
「あなたと..話がしたいよ.....」
「.....」
クラーザは何も答えない。
答えられる訳がない。
「ごめんなさい..わかんないコトばっか言って」
亜紀は顔を隠す。
「アキ....」
えっ?
クラーザが亜紀を呼んだ。
亜紀がすぐに顔を上げる。
「どうしたの?..クラーザ..なぁに?」
亜紀は耳を傾けることに一生懸命に尽くした。
「....アキ。...ゴメンナ...サイ」
「えっ??」
亜紀は驚いた。
クラーザは相変わらず氷のような冷たい視線だが、
亜紀に真っ直ぐに向かって何かを伝えてくる。
「アキ、カマンニシ」
そう言ってクラーザは、
人差し指で亜紀の頬に涙が伝うように触れる。
..涙ってこと?
「アキ、カマンニシダイ」
またそう言って、今度は両目から涙の路線を辿ってみせた。
アタシが泣いてる??
「ゴメンナサイ」
クラーザが眉間にシワを寄せ、哀しそうな顔をする。
「え....やだっ!.
..アタシが泣いてるのはクラーザのせいじゃないよ!」
胸の奥から熱いものが込み上げてきて、
亜紀は泣き出した。
「クラーザ、謝らないで....
クラーザ...アタシの言葉を..覚えててくれたの..?
覚えてて...くれたんだぁ...」
「アキ...ゴメンナサイ」
アタシは『ごめんなさい』ばっかりだったね。
なんで『ありがとう』を言わなかったんだろう。
氷のように冷たい人だと思ってたクラーザが亜紀のことを気にとめていたのだ。
亜紀はそれを思うだけで胸を熱くした。
「クラーザ、ありがとっ...うぅ....ありがっと...!」
亜紀は知らぬ間に眠っていた。
目が覚めると隣にいたハズのクラーザの姿はなかった。
「....クラーザ?」
亜紀はクラーザの姿を探した。
辺りを見渡しても姿はない。
亜紀は慌ててお堂を飛び出した。
「クラーザ!クラーザ!
どこにいるの!クラーザ!」
バサッ!!
上空からクラーザが現れ、亜紀の前に着地した。
「....アキ?」
クラーザは今にも泣き出しそうな亜紀の顔を覗き込み、頬に手を当てる。
「あっ...クラーザ..」
亜紀は胸を撫で下ろす。
ふと、クラーザの手元を見ると亜紀のトランクを抱えていた。
「まさか...それを取りに?」
クラーザはトランクを渡し、
そしてもう片方の手に持っていた木の実を亜紀に見せた。
ふたりはお堂の中で食事をとることになった。
扉を全開に開け、晴れた清々しい太陽の光を入れる。
「きゃ!日焼け止めつけなくちゃ!」
亜紀はトランクをまさぐりポーチを取り出す。
「....でも、その前に...」
亜紀は胸元が裂けた服に手をかけ、クラーザに目を向ける。
「クラーザ...、ごめんなさい!
ちょっとだけ向こう向いてて!
少しだけ!ごめんなさい!」
亜紀はトランクから洋服を取り出す。
花柄のワンピースに...
ボーダーのワンピースに...
レースのワンピース...
「アタシったらワンピースばっか!」
なんでデニムとかパンツを持って来なかったんだろう...と後悔した。
靴だってヒールのある物ばかり...
亜紀は唯一動きやすいと思われる
デニムのミニスカートと白のトップスを合わせて着た。
「クラーザ..もういいよ」
亜紀はクラーザの肩を叩く。
クラーザが亜紀を見ると亜紀は笑った。
「お天気がいいね。
日焼け止めバッチリつけちゃった!
メークしたいケド、落とせないとお肌が酸化しちゃうし...」
亜紀はハハッと声に出しながら照れ笑いをし、
前髪を花柄のついたダッカールでとめた。
「...それと...
良かったら、クラーザ.....これ食べてみて」
亜紀はクラーザの前にクロワッサンを差し出した。
「....」
クラーザは無言でクロワッサンを見つめる。
亜紀はクラーザの隣に座り、クロワッサンを半分にする。
「このクロワッサンすごく美味しいの!
飛行機の中で食べようと思って買っておいたんだケド..」
半分にちぎったクロワッサンをクラーザに渡し、
残りを亜紀は頬張る。
「やっぱり美味しい」
クラーザに向かって微笑む。
ふたりは、古いお堂の中に辿りついた。
ザァァァァ
「..はぁはぁ...んっ....」
亜紀は胸を押さえて上がった息を整えようとした。
「...ハァ..ハァ....」
さすがの男も息を乱している様子。
亜紀を床におき、横に腰を下ろした。
「...クッ....ハァ..ハァ...」
咄嗟に男の腕に手をかけ顔色を伺う。
「あのっ..大丈夫!?」
全身ずぶ濡れだ。
男は視線を亜紀によこした。
「....」
「あ...えっとー...」
男は視線をそらさず、しっかりと亜紀を見つめる。
ドキン...
え...やだ...
「.....」
男は無言で亜紀を見つめる。
ザァァァァ
古いお堂とはいえ、雨風からは凌げた。
木々の音も雨音もせず、
無性に静かでそれが居心地悪く感じる。
「......」
亜紀も無言で男を見つめた。
お堂の中は、八畳ほどの広さで、
所々、穴が開いていたり腐っていた。
「......ぁ..」
亜紀は引き裂かれた服に気付き、胸元を慌てて隠す。
「....」
どうしよう...緊張..してきちゃった...
「...ぅっ...クシュン..」
亜紀はくしゃみをし身震いをする。
すると、男は腰紐を緩め装束を上半身だけ脱ぎ裸になった。
あっ...
亜紀は驚き視線を反らす。
隣に見知らぬ人がハダけてる!
やだ!こんな時にー!
亜紀は顔を赤くし、顔も反らす。
すると...
男は亜紀を力強く抱き寄せた。
「ひゃっ!」
亜紀がモタモタすると、
男は両手で亜紀を掴み前向きで抱きしめる。
亜紀は男の胸に顔をぶつける。
「.....やっ...」
ドキン....ドッキン...ドキン..
..ドッキン....ドキドキ..ドキン..
いや...!
心臓の音が聞こえちゃう!
「...あっ...ぁのぉ.......」
男は顔を覗き込み、片手で亜紀の瞼をそっと閉じた。
眠れってコト!?
眠れってコト!??
こんな状態で眠れるワケないよー!!
ドキドキドキドキドキドキ...
心臓の速度がドンドン上がっていく。
このままじゃアタシ死んじゃう!
亜紀はそう思いながらも、男の腕の中で身を固めていた。
「..シニョウレイ....?」
男が低い声で耳元で囁く。
「えっ?!あ.......」
亜紀は男の行動にいちいち反応する。
「.....ちょっと!それって!...それってどういう意味!?」
亜紀は顔を真っ赤にして男に尋ねる。
「あのぉー!シニョウレイって無事か?って意味ですよね!
この状況でその台詞ってなんかアタシのこと....ばばばっばかにしてる!?」
男は亜紀の早口に眉をひそめる。
「...カラケンダ..」
「あっアタシ、べべべ別に、
男の子に抱きしめられるのって初めてなワケじゃないし!
そんなウブなワケじゃ..ななないし!
ばばっばかにしないでくれますぅ!?
ドキドキして死んだりなんか、
すっすっ..するワケないしっ!」
亜紀は耳まで真っ赤にして荒い口調で話す。
「あっあなたはどうか知らないケド、
アタシだって..モテないワケでもないワケでっ!
しっしっ仕事だってバリバリできるしっ!
ほっほらっ!みっ見て!
アタシったらシミひとつない美肌なんだからっ!
毎日毎日、絶対お手入れはちゃんとするし、
さっさっ最近は年下の男の子から告白までされちゃって、
やっぱデパートの化粧品の販売員は綺麗で憧れるっ...なななんて言われちゃって..........あっ!!」
男は亜紀の言葉を最後まで聞かずに再び抱き寄せた。
今度は力を込める。
「...カヌンテイニ..ケイシ.....サライユマイネ
テイトゥルシニナ...ネイニンカルティ
....ナワヌンカンニ..イニエ」
こんなに多く語るのは初めてだ。
意味なんて解らない。
互いの言葉が伝わらないことくらい、充分理解している。
だが、話さずにはいられなかった。
男が亜紀の言葉を遮ったのは意味があるハズ。
言葉が通じないからこそ、大きく表現しなければ相手に伝わらない。
顔を真っ赤にしたので、怒ったように見えたのだろうか...
きっと彼は怒らせる為に
『シニョウレイ?』を言ったワケじゃないと言いたいんだ...
もうそれ以上、腹をたてるな...とアタシに伝えたいんだということは彼の態度でわかった。
「ごめん...なさい..」
亜紀は男の腕の中で謝った。
男はきつく亜紀を抱きしめた。
亜紀はドキドキを隠せないまま..
というか、たぶん男に心臓の爆音を大公開したまま、
男は素知らぬふりをしてくれるので、
亜紀も黙って男の腕の中で大人しくした。
それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
亜紀の感覚では3時間程の時が流れていた。
抱き合っているおかげで随分と暖かくはあるが
亜紀は全く眠れずにいた。
亜紀がそっと顔を上げる。
すると....
男もまた眠ってはおらず、亜紀を見つめ返してきた。
「あ..起きてる...
....シ....シニョウレイ?」
亜紀は苦笑いをしながら男に尋ねる。
男は視線を反らし、遠目で答えた。
「カンヌ.....」
カンヌ....??
亜紀が難しい顔をしていると、今度は男の方が尋ねてきた。
「...イニエ......................」
男はしばらく考えて、再び口を開く。
「...ベルカイヌン・クラーザ..
.........イニエ...ニキヌ?」
「..ベルカイヌンって、あなたの...」
亜紀はハッとした。
これは名前を聞かれてる!!?
亜紀は自分に指を指し
「亜紀!亜紀!
亜紀って呼んで!ベルカイヌンさん!!」
亜紀は先程とは違う、真っ赤な顔をして笑った。
男は亜紀の赤くなる頬に手を振れて言う。
「ベルカイヌン・クラーザ...
クラーザ..ナヌンクマニ...クラーザ」
「クラーザ?
..あっ..クラーザさんね?」
「クラーザサン..ネ..?...クラーザ」
「さん付けしても解らないかっ
クラーザ!あなたはクラーザ!」
亜紀は連発して言う。
男もよくやく納得したのか口元を緩ませた。
「アキ....タンヌンシ...アキ.......アキ...アキ....アキ..」
男が初めて微笑んだ瞬間だった。
ドキンッ.....!!
亜紀の胸が大きく高鳴った。
「やだ...そんなに呼ばないで...恥ずかしいよぉ..」
亜紀は顔を覆った。
クラーザは、そのまま亜紀を抱きしめた。
ザァァァァ...
お堂の外から雨音が微かに聞こえてくる。
..トックン....トックン....トックン..
クラーザの心臓の鼓動が、だんだん心地良いリズムなる。
暖っかい..
「クラーザ..」
亜紀の声にクラーザはピクンと身体を反応させる。
亜紀はクラーザの胸に顔をうずくめたまま語り出した。
「アタシ..本当は一人で遠くへ温泉旅行に行こうとしてたの..」
亜紀は目を細めて話す。
「....忘れられない..人がいて
もう随分前に別れたんだケド..」
昔の恋人を思い出す。
「アタシの仕事はね...おっきなデパートで化粧品を販売してるの。
美容部員になることがアタシの小さな頃からの夢で..
これでも成績優秀なんだよ。
化粧品が大好きなの。
好き..だから、だから、仕事も楽しい..」
でも...
「でも..なんだか疲れちゃって
キレイに着飾って、キレイなメークして、キレイな所で働いて
いっつも笑顔でイイことしか言わなくて..
お客様は喜んでくれるケド..
最近は心から楽しく感じなくて..」
ザァァァァァァァァ..
「そんなアタシを好きだって言う人にも...
なんだか作った自分しか見せれないの」
現実逃避っていうのかなぁ..
「明日は忘れられない彼の..誕生日だったの。」
亜紀はため息をつく。
「現実が嫌になればなる程、
昔のことを思い出しては『あの頃に戻れないかなぁ』
なんて思ったりなんかして..
誰ともしゃべりたくなくなったの。
笑いたくないし、笑えないし。
...だから二週間、無理矢理お休みをもらってどこか一人になれる所へ行こうと思ったの..
...だけど、まさかこんなことになるなんて思わなかったなぁ..
彼の誕生日なんてスッカリ忘れてたし。ハハッ..
その方が全然いいんだけど」
クラーザが、タイミング良く亜紀の顔を覗く。
不思議そうな顔をして....
何を言ってるのか、サッパリ解らないよね..
「..人と話せないことが、
こんなに淋しいことだなんて知らなかった..」
亜紀はクラーザの目を見つめた。
「あなたと..話がしたいよ.....」
「.....」
クラーザは何も答えない。
答えられる訳がない。
「ごめんなさい..わかんないコトばっか言って」
亜紀は顔を隠す。
「アキ....」
えっ?
クラーザが亜紀を呼んだ。
亜紀がすぐに顔を上げる。
「どうしたの?..クラーザ..なぁに?」
亜紀は耳を傾けることに一生懸命に尽くした。
「....アキ。...ゴメンナ...サイ」
「えっ??」
亜紀は驚いた。
クラーザは相変わらず氷のような冷たい視線だが、
亜紀に真っ直ぐに向かって何かを伝えてくる。
「アキ、カマンニシ」
そう言ってクラーザは、
人差し指で亜紀の頬に涙が伝うように触れる。
..涙ってこと?
「アキ、カマンニシダイ」
またそう言って、今度は両目から涙の路線を辿ってみせた。
アタシが泣いてる??
「ゴメンナサイ」
クラーザが眉間にシワを寄せ、哀しそうな顔をする。
「え....やだっ!.
..アタシが泣いてるのはクラーザのせいじゃないよ!」
胸の奥から熱いものが込み上げてきて、
亜紀は泣き出した。
「クラーザ、謝らないで....
クラーザ...アタシの言葉を..覚えててくれたの..?
覚えてて...くれたんだぁ...」
「アキ...ゴメンナサイ」
アタシは『ごめんなさい』ばっかりだったね。
なんで『ありがとう』を言わなかったんだろう。
氷のように冷たい人だと思ってたクラーザが亜紀のことを気にとめていたのだ。
亜紀はそれを思うだけで胸を熱くした。
「クラーザ、ありがとっ...うぅ....ありがっと...!」
亜紀は知らぬ間に眠っていた。
目が覚めると隣にいたハズのクラーザの姿はなかった。
「....クラーザ?」
亜紀はクラーザの姿を探した。
辺りを見渡しても姿はない。
亜紀は慌ててお堂を飛び出した。
「クラーザ!クラーザ!
どこにいるの!クラーザ!」
バサッ!!
上空からクラーザが現れ、亜紀の前に着地した。
「....アキ?」
クラーザは今にも泣き出しそうな亜紀の顔を覗き込み、頬に手を当てる。
「あっ...クラーザ..」
亜紀は胸を撫で下ろす。
ふと、クラーザの手元を見ると亜紀のトランクを抱えていた。
「まさか...それを取りに?」
クラーザはトランクを渡し、
そしてもう片方の手に持っていた木の実を亜紀に見せた。
ふたりはお堂の中で食事をとることになった。
扉を全開に開け、晴れた清々しい太陽の光を入れる。
「きゃ!日焼け止めつけなくちゃ!」
亜紀はトランクをまさぐりポーチを取り出す。
「....でも、その前に...」
亜紀は胸元が裂けた服に手をかけ、クラーザに目を向ける。
「クラーザ...、ごめんなさい!
ちょっとだけ向こう向いてて!
少しだけ!ごめんなさい!」
亜紀はトランクから洋服を取り出す。
花柄のワンピースに...
ボーダーのワンピースに...
レースのワンピース...
「アタシったらワンピースばっか!」
なんでデニムとかパンツを持って来なかったんだろう...と後悔した。
靴だってヒールのある物ばかり...
亜紀は唯一動きやすいと思われる
デニムのミニスカートと白のトップスを合わせて着た。
「クラーザ..もういいよ」
亜紀はクラーザの肩を叩く。
クラーザが亜紀を見ると亜紀は笑った。
「お天気がいいね。
日焼け止めバッチリつけちゃった!
メークしたいケド、落とせないとお肌が酸化しちゃうし...」
亜紀はハハッと声に出しながら照れ笑いをし、
前髪を花柄のついたダッカールでとめた。
「...それと...
良かったら、クラーザ.....これ食べてみて」
亜紀はクラーザの前にクロワッサンを差し出した。
「....」
クラーザは無言でクロワッサンを見つめる。
亜紀はクラーザの隣に座り、クロワッサンを半分にする。
「このクロワッサンすごく美味しいの!
飛行機の中で食べようと思って買っておいたんだケド..」
半分にちぎったクロワッサンをクラーザに渡し、
残りを亜紀は頬張る。
「やっぱり美味しい」
クラーザに向かって微笑む。
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