蛙化現象

てつや

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始まりはいつも

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「今日は素敵な時間をありがとう。こないだの電話の返事です。」

 手紙の冒頭にはこう綴ってあった。

 休学中2回会えた時の思い出、あすかの心境と続いていた。この手紙で、様々なことが分かった。年間パスポートを買って来園した初日、あすかは僕を見つけた。そして2回目会った際、僕に名前を聞いてきた。そして帰り道、Facebookで名前を検索したらしい。”出身:北九州”の文字を見て、いつか帰ることを察し、寂しくなったそうだ。そのためそれ以降は、会いに来なかったそうだ。

 その内容を読みながら、当時の情景が鮮明に頭に浮かぶ。僕は思わず、ニヤついてしまった。

 「思い出は人の心を豊かにしてくれる」改めて思い出の素晴らしさを実感した。

 そして最後に、

 「1年越しのこの出会いを大切にしていきたい。何よりもあんちゃんの夢を、1番近くで応援したい。隣で色んなこと共有していきたい。私もあなたが好きです。」

 最後まで読んだ後、手紙を大切にキャリーバックへしまった。

 そして僕たちはお互いに抱き合った。ただ無言で抱き合った。伝えたい言葉はいっぱいあるはずなのに。ありがとうを言いたいはずなのに。何も発さなかった。

 そして顔を見合わせる。思わずお互い笑ってしまった。安堵の笑みだ。世界には色んな笑みがある。その中でも、安堵の笑みほど幸せな笑いはないように感じた。その夜は人生で最も幸せな夜だった。

 翌日はふく屋の明太子定食を食べ、大丸のクリスマスマーケットに行き、姪っ子への絵本を一緒に選んだ。

 そして最後は福岡タワーへ。ここは海が近く風が強いため、12月は歩くだけでも極寒だった。タワー内に入るまでの辛抱と、僕は寒がりな自分を殺した。

 その道中、あすかも寒かったようでお互いに密着して歩いた。年上の女性の甘えた姿が、溜まらなく愛しかった。

 そして夜景を見た後、空港へ。彼女は東京に戻る。僕は翌日からアルバイト。前日までとは違い、明日からはまたいつもの日常が待っている。

 「あすかが僕の日常になればいいのに」

 保安所を通過するあすかに手を振る。
 
 この日から、僕たちの遠距離恋愛が始まった。



 何事も、始まりというのはワクワクして華々しい。そんな美しく咲く花も、ある季節を超えると枯れてしまう。

 僕たちの間に咲いた花は、あまりに脆かった。弱かった。今になってはそう感じてならない。
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