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「さて今日はこのあたりで切り上げましょうか」
「そうね。全部で何匹になった?」
「十七です。といっても小ぶりな魔魚が多いですが」
「じゃあ七匹は売りましょうか」

 道具を片付けて馬に乗る。そのまま馬を走らせて四半刻ほどで街についた。
 馴染みの魚売りはドルティアとビィリアスの顔を見るとニッと笑った。

「今日は何匹卸してくれるんだ?」
「七匹。小ぶりだけど釣ってきたばかりだから鮮度はいいのよ」

 ドルティアの言葉に合わせてビィリアスが魔魚を見せる。魚売りは嬉しそうにほおっと息を吐いた。

「これだけあれば十分だ。実は一昨日、お貴族様から次に魔魚を仕入れたら全部持ってくるように言われてたんだ」
「へぇそれは良いこと聞いたわね」
「はい。少しは色をつけてもらいたいところです」
「もちろん初めからそのつもりだ。ここいらじゃ魔魚なんて釣ってくるのはあんたらだけだからな。その代わり、これからも釣れた時はうちに持ち込んでくれよ?」

 言葉通り、一匹あたり金貨七枚で買い取ってくれた。今回は小ぶりだったので金貨四枚くらいだと思っていただけに嬉しい誤算だ。ビィリアスもずっしりとした革袋を手に、顔がにやけるのを必死でこらえている。

「じゃあまた多く釣れたら持ち込むわ」
 軽く手を振って、今度は錬金術師の店に向かおうとした時だった。


「鉄貨一枚だってまけるつもりはない」
「まけてくれっていうんじゃないよ。ただ支払いを十日待っておくれっていっているんだよ」
「そういってばっくれるつもりだろう」
「じゃあキープでもいいから」
「あんたに売らなくても買ってくれる客はいくらでもいるんでね」
「そこをなんとか……」
「それに俺は品物が売れたら他に移るつもりなんだ。あんたのためだけに待っちゃ入れないよ」

 市場の一角にある店で見慣れた顔を見つけた。今し方向かおうとしていた錬金術師の店の店主、ゴージャンである。

 どうやら流れの商人の店で錬金術に使えそうな素材を見つけたらしい。ドルディアの目から見ればただの石だが、金貨四十五枚とかなりの値段がついている。それでも欲しい・支払いを待ってくれと伝えるということは珍しい素材なのだろう。

 商人からすげなくされてもゴージャンは立ち去る気はないようだ。すでに長い間問答しているようで、周りからは「まだやってるよ……」と呆れた声が聞こえてきた。

 これでは餌の依頼を出来そうにない。ビィリアスに視線を向ければこくりと頷いた。袋から余分の金貨を取り出し、ポケットに入れる。


「あの」
「いらっしゃい! さぁ金がない客はどいたどいた」
「そんなぁ」
「いえ、私達はゴージャンさんに用事があるんです」
「この客に?」

 商人は疑わしげな目を向ける。だがすぐに連れなら引き取ってくれと訴える目へと変わった。そして遅れて振り向いたゴージャンは目をカッと見開いた。まさかたまに来る客がっわざわざ外で声をかけるとは思わなかったのだろう。

「あなた達は釣り餌の」
「釣り餌を頼みに来たんですが、そのお金、先払いしましょうか?」
「へ?」
「ちょうど魚を売ってきたばかりでお金はあるんです」

 袋を開いて金貨を見せれば、ゴージャンはすぐに飛びついた。

「ありがとうございます! 餌と言わず、錬金釜とレシピをお教えいたしますので」
「え?」

 ゴージャンの言葉にドルティアが目を丸くする番だ。
 だが彼は構わず会計を済ませ、鉱石を抱き寄せる。商人はあからさまにホッとしていた。

 商売の邪魔をされたのだからこれくらいの利益はあって良かったとでも思っているのだろう。ゴージャンもお目当てのものさえ買えたらこの店に用事はないようで、店に向かって歩き始めた。

「ささどうぞこちらへ」
「錬金釜とレシピって本気ですか?」
「はい。わざわざ錬金術師に釣り餌を頼むのはあなた達くらいなものですし、材料も難易度も大したものではありませんから。すぐに作れるようになると思いますよ。錬金釜はこの鉱石のお礼です。まさかこれほどの大きさでたったの金貨四十五枚なんて……。おおかたビビース鉱石と間違えたのでしょう。あの商人の目が節穴で良かったです」
「そんなに良い物なんですか?」
「金貨四百枚でも安いくらいですよ。これは原石ですが、研磨すれば千枚の価値はあります。いやぁ本当にお客さんのおかげです」

 ゴージャンは上機嫌で話してくれる。
 ビビース鉱石と言われてもドルティアにもビィリアスにもさっぱりだ。専門的なものなのだろう。

 渡した四十五枚の金貨が金貨四百枚越えの価値の物に化けるとは思わなかった。だが惜しくはない。錬金術のレシピの方が貴重だ。

 どんなに金を積んだところで錬金術師の要とも言えるそれが出回ることはないのだから。

 彼にとって釣り餌は大したものではなかったとはいえ、これほどの物が手に入れられたからこそ対価として渡そうと思ったのだろう。

「木べらと『錬金術の初歩』もつけておきますね。表紙はボロですが、中身はまだまだ使えますので。あと材料もいくつか」

 簡単に言うが、錬金術の初歩はゲームでも伝説とされていた本だ。
 冊数が少ない上、錬金術師の中で受け継がれているため出回らない。だからこそ錬金術は珍しいとされるのだが、ゴージャンが気にした様子はない。大奮発すぎる。

「錬金釜小さいものにしたので、馬でも持って帰れると思いますよ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方です。これで王都に戻れます」
「元々王都にいたんですか?」
「はい。とある物を作ることが一人前になる試験なのですが、最後の一つの材料がなかなか手に入らなくて」

 その材料こそが先ほどの鉱石だったのだとか。レシピを教えてくれたのも、近々この街を去るからという理由もあったのだと。

 彼は「同期の中で、多分私が一番乗りです」と笑いながら店先で見送りをしてくれた。

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