悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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108.アロハ服の師匠

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「じゃあ私、着替えてから行くね」
「また後でな」
 お昼を食べた後、ガイナスさんとは一旦別れ、お手洗いへと向かう。
 制服を脱ぎ、着替えるのは赤のアロハ。隣国に足を運んだ際、メリンダ用にと購入したものだ。シャツとズボンセットのものを買っておいて良かった~。制服は綺麗に畳んで鞄へと詰め込む。そしてちゃちゃっと髪の方も二本の三つ編みを一つの大きいお団子にした。ボックスから出した小さな鏡で確認し、気になるところはピンで固定してからスプレーで固めた。前世でも高校時代に愛用していたメーカー品がポイント交換の一覧にあったのだ。数種類のカラーバリエーションの中から迷わず緑を選択した。
 ここでサングラスでもかければ、the 南国な出で立ちになるのだろうが、今回のテーマはバカンスではないのだ。動きやすさを重視したセレクトである。
 鞄片手に廊下を闊歩すれば、周りの生徒達の視線が集まる。
 せめてもの抵抗として、メガネは取ったが、どうせ私がジャージで歩いていても目立つのだ。地味な女子生徒がジャージで男子の授業に混ざって影で何か言われるくらいだったら、奇抜な方がいい。
 そのまま運動場まで歩き続ければ、ユリアスさんとすれ違った辺りから何やら会話の雲行きが変な方向へと移っていく。

「あれはアロハ!」
「グルメマスターはご存じなのですか?」
「ええ。でもどこで手に入れたのかしら……欲しい」
「どこで手に入れたのかしら」
「そういえば最近ギルドマスターも同じような服装をしていると耳に挟んだことが……」
「今のギルドマスターって確かシャトレッド家の!」
「早速ジェラール様に聞きに行きましょう!」」
「献上しなければ!」

 羨ましい・話を聞きたいという視線が背中に突き刺さる。
 中でもユリアスさんの熱望と、ルシエルさんとミハエルさん兄妹からの後で話聞かせてもらいますよと言わんばかりの圧が強い。
 ユリアスさんとのチャットに打ち込む間もなく、今日中に隣国に向かい、明日には献上することだろう。二人の信仰の深さはそれほどなのだ。

 グルメマスターご一行を過ぎれば、すぐに見慣れた二人が並ぶ姿が目に映る。
「ガイナスさん、グルッドベルグ公爵!」
「師匠!」
「メリンダ嬢、その格好……」
「アロハです!」
「エドルドも似たような服を着ていたが、お揃いか?」
「隣国に行った時に私と姉、レオンさんとエドルドさんの4人で色違いのものを買ったんです」
「なるほど。どおりであいつの機嫌がいいと」
「エドルドさん、気に入ってくれたみたいで」
「まぁあいつの場合、君が贈ったものはなんでも気に入るだろうな」
「何でもということはないと思いますが……」

 レオンさんでもあるまいし、そんなことはないだろう。多分、アロハシャツが相当気に入ったんだと思う。この世界は日本の夏のように、暑くて溶けそう……体内水分量何%下がるんだろう……みたいなことはないが、それでもアロハは快適なのだ。服は消耗品だからと二着ずつ用意しておいたから着回しもしやすいだろうし。
「ところで、公爵」
「なんだ?」
「ここにいる生徒さん達で全員ですか?」
 ぐるりと見渡しても20人ほどしかいない。想像よりも小規模であることに少しだけ驚いた。けれど公爵はあっさりと「申請を受けた生徒はこれで全員だ。出席確認も済んでいる」と答えた。どうやら同じ時間に同じような内容の授業があり、そちらにほとんどの生徒が流れたらしい。

 グルッドベルグ公爵が講師を務めるのは今回が特別。公爵自体もそこまで多くの生徒を相手にすることは難しいらしく、ちょうどいいくらいの数だそうだ。
「では皆に紹介しよう。私のサポート役を務めてくれることになった、メリンダ=ブラッカー君だ」
「ご紹介に預かりました、メリンダ=ブラッカーです。どうぞよろしくお願いいたします」
 グルッドベルグ公爵からの紹介に続き、私は一歩前へと出て改めて自己紹介をする。頭を下げ、視線を上げれば予想通りというべきか、眉間に皺を寄せる生徒ばかりが目に付いた。
 認める・認めない以前に教官から紹介された相手に嫌悪感を向けるのはいかがなものだろうか。ここ数年、めっきり『性別』を基準に見られることがなかったため、想像通りとはいえイラッときてしまう。
「メリンダ君はレオン=ブラッカーの娘で、彼女自身の腕前も私と同じか、それ以上だ」
 公爵の追加情報に目を丸くした者が数人。けれどぼそぼそと文句を吐く者ばかり。その中で、一人がスッと手を挙げた。きっちりと髪を後ろに撫でつけ、お堅そうな生徒だ。
「なんだ、ウィリアム」
「俺は女性に教えてもらうなど納得いきません」
 度胸は認めるが、グルッドベルグ公爵の奥様は戦闘を好む方だ。戦う女性を軽視する言葉をよりによって公爵に向けるなんて……。
 せめて攻撃する相手は私個人にすればいいのに……頭を回しなさいよ。
 眉間に皺を寄せた男子生徒にしらけた目を向ける。
 けれど彼が続けた言葉は私の想像とはまるで違った。
「騎士たるもの、女性は守るべき存在です。いくら彼女が強くとも、俺には彼女と剣を交えることは出来ません」
 そっち?
 まさかの紳士タイプだったとは……。
 ガイナスさんに視線を向ければ、ぽかんと口を開いている。彼が呆けるなど珍しい。公爵に視線を向けても同じような顔をしていた。多分、純粋に強者を求めるグルッドベルグ家の人からすれば、彼の言葉は理解出来ないのだろう。
 だが騎士が誰かを守るものだとするならば、この場合、グルッドベルグ家の二人の発想の方が正しい。
「あなたは敵が女性だった場合、戦線を放棄すると?」
「は?」
「確かに私はグルッドベルグ公爵のサポートとしてこの場に立っています。女性とは戦えないというあなたの考えは非常に紳士的だと感じました。けれど、卒業し、実践の場で女性が目の前に立たぬ保証などどこにありますか?」
 少し厳しい言葉かもしれないが、グルッドベルグ公爵はここにいる生徒全員を騎士に育て上げるつもりなのだ。
 実力ではなく、性別で相手を判断するような生徒の性根は今から叩き潰すべきだろう。
「彼女の実力に不満がある者は全員、メリンダ嬢にかかるといい。この場の全員が同時にかかった所で、勝てるとは思えんがな」
 公爵はにやりと意地の悪い笑みを浮かべて生徒達を馬鹿にする。
 文句があるなら、自分の意見を通すだけの実力を見せろ、ということだろう。
 事実、公爵を含めたこの場の全員が全力でかかってきた所で私は負けないだろう。ザッと鑑定を使って見た所で、グルッドベルグの二人に続いて強いのは、紳士騎士の彼だけだ。もちろん彼だってステータスは人並みより少し上という程度で、今はまだ私の足下にも及ばない訳だが。

「いいですよ、かかってきてください」
 公爵の考えに乗り、手をクイッと曲げて煽れば、生徒の一部は唇を噛みしめ、持参した剣に手をかけた。忍耐強さも足りない、か。
「ふうっ」
 息を吐き、グルッドベルグ公爵から模擬剣を拝借し、彼らと対峙する。そして反抗心丸出しの生徒達が地面を蹴るのと同時に剣を大きく振った。たった一振り。けれどステータスの低い彼らにはそれで十分。いや、この程度で収めなければ怪我をさせてしまうのだ。目の前に発生した見えない風の刃に飛ばされた男達は、何が起こったのかも分からずに目を白黒とさせている。
 動けずにいる者が大半だったが、たった一人、瞬きをしながらもぽつりと言葉を漏らした者がいた。

「……魔法?」
「違います」
 私の否定に続いて、グルッドベルグ公爵が「練習すれば使えるようになるぞ。実際私も、息子も魔法は使えぬが、この動作は出来る」と嬉しそうな顔で告げた。
 その言葉に、何人かの生徒は剣を抜き、身体の前に置いた。こんなシーン、前世でプレイしたファンタジーゲームにあったような気がする。私の実力を認めてくれたのだろうか。少なくとも敵意はないようだ。
 もちろん、まだこちらに反抗の眼差しを向ける者もいる。だが私だって1回目の授業で認めて貰おうとは思っていない。剣先を降ろし、高らかに宣言した。

「私は補佐役です。従って貰わなくても構いません。ただし、女だから認めないという理由で拒絶するなら、数年後にはそれは効かなくなると胸に刻んでから抵抗しなさい」
「なんだと……」
「再来年にはグルメマスターが卒業されます」
「お前ごときがグルメマスターと同じ場所に立てるとっ」
「思ってません。ですが、グルメマスターの命を狙う者には女性も含まれることでしょう。あなた方は女性という理由で軽んじて、彼女を危険にさらすつもりか」
 グルメマスターは、ユリアスさんは多くの生徒や民から崇め奉られてはいるが、人間だ。剣で刺せば外傷を負うし、場合によっては命を落とす。彼女の力と功績は偉大だが、だからこそ数年後、敵対する者が出てくる可能性は捨てきれないのだ。

「っ、それは……」
「性別ではなく、本質を見なさい。他人を軽んじれば、いつか足元をすくわれます」
 数年後には敵だけではなく、味方にも女性が増える。今目を背けた所で、必ず数年後には再びその問題と対峙する必要が出てくるのだ。
 この言葉を、女に反抗する生徒達、そして女性だから剣を向けられないとのたまう男に鋭い視線と共に投げつける。
 すると『グルメマスター』という名前を出したことで、頭をフル回転させてくれた生徒は頭を下げた。

「……悪かった」
「ご理解いただけて嬉しいです」
 ものの数分で説得が完了してしまうとは、さすがはグルメマスター。
 影響力が絶大だ。
 だが認めてもらったからといって、手を抜くつもりはない。

「それでは先ほど紹介した通り、今日は簡単な模擬戦を開始する。今後のチーム分けに関わるから決して手を抜かないように」
 公爵の指示で、ほどほどに手を抜きつつも生徒達を攻撃していく。途中、ひいっと野太い悲鳴が聞こえたが、無視だ、無視。急所を避けつつ、痣の残らない程度にしてあげているのだから優しい方だ。
 場外ではガイナスさんが他の生徒のデータを取り、公爵は評価を下していく。特に驚いた様子もなければストップをかけられることもない。

 最後にノートを置いたガイナスさんと、見ているだけでは我慢出来なかった公爵と三人で軽く打ち合いをした結果――受講希望者達の表情は見事に固まってしまった。

「ここは同じ土でも、屋敷の地面よりやや固いからな~」
「同じように踏ん張っているとワンテンポ遅れますから、そこは場数を踏みつつ、瞬時に見極めるべし! です」
「城の鍛錬場のエリア拡充を願い出てみるか。いっそ遠征場所を変えてみるというのも……」
 早速いつものようにブツブツと呟き、反省を活かす二人。だが今は屋敷ではなく、学内で。授業中でもある。
「公爵」
 小さく告げれば、ハッと意識を戻してくれた公爵が説明に入る。本日の私の補助はここまでだ。授業終了の鐘が鳴ると、肩を落とした生徒達がふらふらと校舎内に帰って行く。

「こんなんで良かったのでしょうか?」
「ここから何人かは減るだろうし、私もガイナスの取ったデータと合わせて何人かは落とすつもりではある。だが実力の提示は完璧で残った者で、今後メリンダ嬢に逆らう者はいないだろう。そこから積極的に意見を出せるようになればいいが……まぁそこは私の領分だ。君は文句の付け所のない、最高の仕事をしてくれた。これからもよろしく頼む」
「お役に立てて光栄です」
 深々と頭を下げる公爵。
 やや過大評価な気もするが、子ども相手にあまり期待をしていなかったのだろう――とその時の私は思っていた。


 だが私は次の週、脳筋への理解とグルメマスターへの信仰への理解がまだまだ足りなかったことを理解することになる。


 アロハシャツを来て、鍛錬場へ足を運んだ私を迎えたのは、男達の最敬礼だった。

「ビシバシしごいてください!」
「グルメマスターのお役に立ちたいんです!」
「立派な騎士になるため、あなたのお力をお貸しください」
「今日もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
 正直暑苦しいが、前回が嘘のようにやる気に満ちあふれていた。この一週間で一体何があったのだろう。

「師匠!」
「師匠!」
「ししょうううううう」

 師匠師匠、うるさい。
 まるでガイナスさんが増えたようだ。それも暑苦しさを5割増しした形で。
 ガイナスさんに「何か吹き込んだ?」と視線を送るが、どうかしたか? と首を傾げるだけ。特に何かした様子もなさそうだ。


 グルッドベルグ公爵の隣に立てば、受講辞退者が3人出たと教えてくれた。いずれも辞退理由は、私が教師サイドに立つことが気に入らないのではなく、授業について行ける気がしないからとのことだった。

 また、グルッドベルグ公爵の評価で落とされる予定だった生徒達だが――見事に全員残った。

 正しくは5人ほど該当者がいたそうだが、本人たっての希望で残ったらしい。明らかに実力が一段階から二段階劣る生徒が数人いたため、授業後に「良かったんですか?」と尋ねてみた。だが公爵はあっさりと「多少の怪我は本人もご家族も了承済みだ」と答えてくれた。なんでも受講取り消し願い通達後、自ら頭を下げにきたらしい。
「グルメマスターのために力を付けたいんですって言われ、ご両親まで来て頭を下げられては許可するしかないだろう」とのことだ。
 また、この授業の噂を聞きつけたらしい生徒が見学に加わっていた。授業見学後、試験を突破すれば参加を認めるらしい。単位は出ないらしいが、見学者達は皆、了承済みのようで構わないと深く頷いていた。

 グルメ分野だけでなく、彼女によって軍事力まで底上げされようとしているのだから、グルメマスターの力は恐ろしいものである。

 また、きっちり例の兄妹に問いただされたアロハシャツだが、学内で流行ることはなかった。
 信者達が「王子以外が服を贈るなど許されるのだろうか?」と協議した結果、誰一人として贈ることがなかったからである。
 決定後、わざわざ私にも「抜け駆けしないでくださいね」と釘をさしにきた。

 それからアロハシャツは金曜日の昼に現れる補佐役の服と認識されるようになった。
 受講生徒達の影響か、アロハシャツを着ている時限定で様々な生徒から「師匠」と呼ばれるようになった。それ以外の日は全く話しかけられないので、メリンダと同一人物だとは気づいていないのだろう。


 地味顔万歳。


 学内は今日も平和である。
 それにしてもルシエルさんが残していった、「それにあの人の機嫌を損ねても後が面倒ですから」とは一体誰のことを差していたのだろうか?

 あの兄妹が手こずる相手って一体……。
 思考を巡らせてはみたものの、考えても一向に『あの人』の正体にはたどり着けそうもなかった。

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