悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

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51.グルメマスターとの初会話

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前の授業が早めに終わり、サクッと席を確保した。これでこの授業は安泰だと思わずニヤけそうになった瞬間、隣の席にグルメマスターが腰を降ろした。
それだけでも幸運を掴んだ生徒として羨望の眼差しを向けられていた私だが、なんと今日彼女は消しゴムを忘れてしまったらしく、貸して欲しいと両手を合わせられたのだ。
グルメマスターでもそんな学生らしい一面があるものだと筆箱から一つ消しゴムを取り出す。

「私二つ持っているので一つどうぞ」
「でも……」
「まだ授業はありますし、次の授業もなければ不便でしょう?」
そう告げたのは貸し借りする度に会話をしていたら、身が持ちそうもなかったから。

「ごめんなさい。今度新しいものを買って返すわ。よければお名前教えてくださる?」
「いえ。ただの消しゴムですのでお気になさらず」
申し訳なさそうに眉を下げるグルマスター。
教祖のように崇め奉られている彼女だが、意外と気さくな人なのかもしれない。
視界の端で「自分の持ち物がグルメマスターの手に渡るなんてうらやましい……」と手を合わせる生徒のことは見ない振りを決め込む。
「でも……」と困った表情を浮かべるグルメマスターだが、ここで返されたら厄介なのだ。奪い取られるということはないだろうが、譲って欲しいと人が殺到する可能性はある。お金や物を詰まれても厄介なので、いらぬ争いを生まないよう察して欲しいものだ。

チャイムが授業の終わりを告げた瞬間、教室を後にする。
追いかけようとするグルメマスターだが、彼女には常に取り巻きのような信者がいる。
消しゴム一つで気にかけてくれる彼女には悪いが、足早にその場を離れさせてもらう。これで次の授業が被ったら災難でしかないが、そこは賭けだ。

渡り廊下を通過しつつ、グルメマスターご一行が後ろから移動して来ないかどうかアンテナを張り巡らせる。
だが一向にざわめきは聞こえてこない。
どうやら違う授業を選択したようだ。
ふうっと一息吐いた時だった。

ビュッーー
風を切るように剣が飛んできた。
無意識的に飛び退いたが、その場にいれば確実に頭部に激突していただろう。鍛錬用なのか先は丸くなっているが、当たれば危険であることに変わりはない。
壁にあたり、カランカランと音を立てて落ちるそれを拾って、飛んできた方向へと視線を向ける。

「怪我はないか!?」
遅れて走り寄ってきたのは随分と体格の良い男子生徒だった。190cmほどあるレオンさんほど背は高くないが、それでも私と頭2個分ほどの身長差がある。
上級生だろうか?
彼の後ろには真っ青な顔で立ちすくむ男子生徒の姿がある。体格の良い彼は右手にしっかりと剣を握っているのに対し、後ろの生徒の手には何も握られていない。
おそらく打ち合いをしている際に手から抜け出してしまったのだろう。弾かれた剣は一般的に下に落ちるものだ。背が低いとはいえ、私の頭めがけて飛んでくることはほぼない。
よほど軽く握っていない限り。
まだ授業の始まっていない時間、それも庭先で剣を振っていた彼らに指導者は付いていない。
先生がいないのに、人通りが0ではないこの場所で自主訓練とは……。
剣に励むのは結構だが、通りがかったのが私でなければ大けがをしていた可能性もある。
無遠慮に私の肩をがっしり掴み、外傷の確認をしてくれている彼を見上げる。

「私に怪我はありませんが、同じことがあった場合、次も相手が無傷で済むとは限りません」
「すまなかった……」
怒られた犬のように肩を落とす男子生徒。
背中も丸くなって、不思議と彼の頭に犬の耳が見えてしまう。後ろの生徒はカタカタと震えて涙目だ。

本来その動作をすべきなのは私だろう。
私は被害者であるはずが、なぜかとても悪いことをしたような気になってしまう。

「すっぽ抜けるということは掴む力が弱いか、そもそも剣が手に馴染んでいないんです。テーピングをして調整するなり何なりして、自分にあったものを使ってください。後、鍛錬するのはいいですけど、後方確認は忘れずに行ってください」
説教じみているが、一応アドバイスも添えて、さっさとその場を後にする。

チャイムが校舎に響いたため早足で向かったのだが、すでに授業は始まっていた。遅れてやってきた私は、身体を縮めてドアに一番近い席を確保する。幸いにも生徒数が多い授業で、目立たずに済んだ。残りのプリントがまとめて置いてある場所から一組ずつ手に取り、席につく。
どうやらこの授業はオリエンテーションは軽く済ませ、今日から専門的な話に入るらしい。
オリエンテーション段階で教室に入れて良かった、と胸をほっと胸をなで下ろす。
するとすぐ近くでドアを開く音がした。
どうやら遅刻してやってきたのは私だけではないようだ。
仲間がいた事にホッとしていれば、その人物はプリントを手に私の隣へと腰を降ろした。

「君はさっきの!」
小さな声ではあるものの、聞き覚えのある声に顔を上げれば、隣の席に先ほどの男子生徒の姿があった。
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