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43.チャット機能と転生者、あと白滝
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「レターセットです。足りないようでしたら追加で渡しますので、心ゆくままに書き綴ってください」
部屋に戻ってすぐ、ドアを叩かれたと思ったらこれだ。
日直を一人でこなしているのかと突っ込みたくなるほどの紙の量。これ、ほぼ全て便せんなのか。封筒の影が見えないのは最悪、ここには含まれていない場合もある。
思わずうぇっと声が出てしまう。
レオンさんを説得しろ、と自室から便せんという便せんをかき集めたのか、はたまた元より私用としてキープしていたのか。
多分前者だ。
私用ならもっと早くくれたはずだ。忘れてたにしてもこんなタイミングで渡すはずがない、と思う。
言い切れないのはエドルドさんの感情が読めないから。
標準装備の無表情はどうにかならないものだろうか。
言いたいことは結構ズバッと言うタイプで、嘲笑する時は分かりやすくなる。その他にもお菓子が絡むと顔に出やすくはなるのだが、それ以外の面が不便だ。
婚約者役になったからには少しでも察せられる能力を高めておいた方がいいだろう。
心を読むスキルまでとは言わないが、その人の感情が額に見えるようになるスキルとかあったらいいのに……。
「ここ置いておきますね」
「あ、はい」
私の胸のうちなど知らないエドルドさんはドアを広く開け、ツカツカと室内へと入っていく。バッグが下げられただけの机の上に乗せればドンッと何やら凄い音が響いた。
明らかにレターセットが出す音ではないそれを奏でて、エドルドさんはさっさと部屋を後にする。
ブラック企業勤めの社畜さん達のデスクに書類が積み上げられる音ってこんな音なんだろうな。
電子化しろよ! とどこからか聞こえてくるのは気のせいだろう。私、ブラック回避してここにいるし。そんな声は聞こえないはずだ。
この世界には電子メールを受信・送信する機械などない。
唯一、私の持つチャット機能だけが電子メールと似た役割を果たすが、私以外に誰が所有しているのかは不明だ。
そもそもこの世界の人は魔道具を介しなければ自らのステータスを見ることすら出来ないのだ。それはつまりステータス欄から飛ぶことが出来るチャット機能は使えないということでもある。
チートの一つなのか。
転生者に与えられた特典なのかもしれない。
転生者って私以外にもいるのかな?
転生者ーー別の世界から生まれ変わった者。記憶持ちかどうかはまた別枠になるのだろう。
だが『私と同じ転生者』と考えて真っ先に浮かぶのは、アザラシのようなまん丸ボディを持ったグルメマスターの姿だった。もっちもちのふくふくな身体はさておき、注目したいのは彼女が考案したグルメだ。
やはり数年前に王都で食した、白滝の入っていない肉じゃがが気になってしまう。
こんにゃくが発見されていない世界で『白滝』なんてワードを思いつくだろうか。私には絶対無理だ。
もしも私が知らないだけでこんにゃくが存在しているとして、糸状に加工したこんにゃくを『糸こんにゃく』ではなく『白滝』と命名する確立はどのくらいだろう?
前世でもなぜ『白滝』と命名されたのかを全く知らないが、おそらく滝に似ていたとか言う理由なのだろう。地域によって呼び名が違ったくらいだからどちらかが後付けだ。
どちらが先かはともかくとして、グルメマスターが白滝を命名した人と全く同じ感覚を持ち合わせていないとあの名前は出てこないだろう。
他の店のこともある。
シュタイナー家が運営する店は現在王都に7店舗あるらしい。
そのどれもがこの世界でお目にかかるとは思っていなかった品ばかり。アイスクレープなどまだ良い方。エドルドさんの話によれば、最近では味噌田楽を出す店が出来たらしい。
チョイスが渋い上に、アイスクレープからの差が凄いが、もしかしたら彼女も転生者では……という考えは真実味を帯びてくる。
前世の知識を国中に披露する彼女の意図は掴めない。
転生者ではなく、彼女の力でこれらの料理に辿り着いている可能性も否定は出来ない。
それにあのステータス。
私ほどではないが、現地人にしては高すぎる。取得しているスキルは変なものばかりで、ジョブは学生と踊り子の二重持ちであることも気になってしまう。
もしも転生者だとすれば、敵視されないといいのだが……。
グルメマスターは教祖であり、神だ。
グルメは信仰。
信者は多数。
今日の入学式から察するに学園のほとんどが信者と考えていいだろう。おそらく講堂を埋めるどころか、立ち見保護者まで続出したのはグルメマスターの姿を拝みたかったから。
未だに積極的に関わりたいと思える相手ではないが、情報収集を怠れば簡単に足下を掬われるような相手だと思う。
同じ転生者で敵意がなければいろいろと聞いて状況を整理したいと言う気持ちもあるが、そもそも彼女が一人になる瞬間が存在するのか。
婚約者の溺愛具合は今まで噂には聞いていたが、信者とのタッグを組まれれば私の入る隙間などない。
やっぱり情報収集をしつつ、傍観者でいるのが無難ね。
エドルドさんが築いた山から数枚の便せんを取り出して、早速ペンを走らせる。
前世でもなかなか手紙なんて書く機会はなかったため、なんだか妙に緊張してしまう。
こういう時って拝啓○○様って始めるんだっけ?
そこからすぐに本題に入らず、時候の挨拶で相手への思いやりを~ってこんなに悩むくらいなら困ったらパソコンの予測変換に頼ればいい! と変な方向に割り切るんじゃなかった。
そもそもこの世界の時候の挨拶って何?
四季なんてざっくりしかないし、入学シーズンなのに梅も桜も咲いてませんけど!?
思い浮かぶテンプレートは全滅だ。
もういいや、適当で。
『南方に行ってから数週間が経過しましたが、一人でもしっかりとご飯を食べてますか』
どうせレオンさん相手なんだから、そんなにかしこまっても無駄無駄。初回だしゆるくいこう。
まともな手紙は、学園で手紙のマナーでも学んだ時にでも出すことにしよう。
教養が身につくごとに進化する手紙ってことで。
とりあえず今回は入学式の話と、明日から始まるオリエンテーションの話を書いて、そこからそれとなく用事があることを匂わせつつ、予定が合う日を探って……っと。
うん、こんなものかな。
ダラダラと書いていったせいで5枚も出来てしまったが、短すぎて心配されるよりはいいだろう。
山をかき分けてやっと封筒を発見する。
けれど当然のように両面テープなど付いていない。
テープのりか液体のりないかな~と探したところでレターセット山の中にも、机の引き出しの中にも入っていない。
急いでいたからのりまで用意するのを忘れてしまったのだろうか?
どうせ書けた手紙はエドルドさんに頼んで送って貰わなければならないのだ。
中身が順番に並んでいるかを確認して封筒に入れ直すと、エドルドさんの部屋へと向かった。
エドルドさんの部屋は二階の端。
下宿二日目に何かあったらここに来るようにと場所を教えて貰っていたのだが、大抵の用事は食事の際に話せば済むため、足を運ぶのは今日が初めてだ。
コンコンコンとドアをノックすると、すぐに「はい」と短い返事が返ってくる。ドアを開けば、エドルドさんは何やら書類仕事を行っていた。
初めて来た時も思ったがこの部屋は書斎のようだ。
部屋の端にベッドが用意されており、ここで寝起きしているのだろうが、部屋にはいくつもの本と大量の書類が山を作っている。それも雑に置かれているのではなく、整理された山だというのだから引き出しもぎっちりと埋まってしまっているのだろう。この部屋を見てしまえばさっき運ばれてきたレターセットなんて小さく思えてしまう。
「どうしました?」
部屋を見渡す私に、エドルドさんは一度手を止める。
仕事の邪魔をするくらいならのりなんて明日の朝聞けば良かったかもしれない。だがもう来てしまったからにはこれ以上時間を取らせないように務めるだけだ。
私は手に持っていた手紙を胸元に掲げながら用事を切り出す。
「手紙を書き終わったんですけど、封をするものがなくて……。のり貸してもらえますか?」
「のりはありませんが、封蝋ならありますよ」
「封蝋……」
「使い方分かりますか?」
まさかの封蝋。
洋画で目にしたことはあるが、実際に使ったことはない。
家紋入りの焼き型に蝋を流し込んで使うんだっけ?
ラノベでも西洋風ファンタジー世界が舞台だと使われていた気がする。だが詳しい描写はなかった。
封蝋をする、で終わり。
現代ものでものりして終わりだし、そんなものなのかもしれないと流していたが、まさかここで使用する機会があるとは……。
「分かりません」
「ならこちらで付けて送ります」
「お願いします」
手紙の書き方どころか封の仕方も分からない私はぺこりと頭を下げて手紙を差し出すのだった。
部屋に戻ってすぐ、ドアを叩かれたと思ったらこれだ。
日直を一人でこなしているのかと突っ込みたくなるほどの紙の量。これ、ほぼ全て便せんなのか。封筒の影が見えないのは最悪、ここには含まれていない場合もある。
思わずうぇっと声が出てしまう。
レオンさんを説得しろ、と自室から便せんという便せんをかき集めたのか、はたまた元より私用としてキープしていたのか。
多分前者だ。
私用ならもっと早くくれたはずだ。忘れてたにしてもこんなタイミングで渡すはずがない、と思う。
言い切れないのはエドルドさんの感情が読めないから。
標準装備の無表情はどうにかならないものだろうか。
言いたいことは結構ズバッと言うタイプで、嘲笑する時は分かりやすくなる。その他にもお菓子が絡むと顔に出やすくはなるのだが、それ以外の面が不便だ。
婚約者役になったからには少しでも察せられる能力を高めておいた方がいいだろう。
心を読むスキルまでとは言わないが、その人の感情が額に見えるようになるスキルとかあったらいいのに……。
「ここ置いておきますね」
「あ、はい」
私の胸のうちなど知らないエドルドさんはドアを広く開け、ツカツカと室内へと入っていく。バッグが下げられただけの机の上に乗せればドンッと何やら凄い音が響いた。
明らかにレターセットが出す音ではないそれを奏でて、エドルドさんはさっさと部屋を後にする。
ブラック企業勤めの社畜さん達のデスクに書類が積み上げられる音ってこんな音なんだろうな。
電子化しろよ! とどこからか聞こえてくるのは気のせいだろう。私、ブラック回避してここにいるし。そんな声は聞こえないはずだ。
この世界には電子メールを受信・送信する機械などない。
唯一、私の持つチャット機能だけが電子メールと似た役割を果たすが、私以外に誰が所有しているのかは不明だ。
そもそもこの世界の人は魔道具を介しなければ自らのステータスを見ることすら出来ないのだ。それはつまりステータス欄から飛ぶことが出来るチャット機能は使えないということでもある。
チートの一つなのか。
転生者に与えられた特典なのかもしれない。
転生者って私以外にもいるのかな?
転生者ーー別の世界から生まれ変わった者。記憶持ちかどうかはまた別枠になるのだろう。
だが『私と同じ転生者』と考えて真っ先に浮かぶのは、アザラシのようなまん丸ボディを持ったグルメマスターの姿だった。もっちもちのふくふくな身体はさておき、注目したいのは彼女が考案したグルメだ。
やはり数年前に王都で食した、白滝の入っていない肉じゃがが気になってしまう。
こんにゃくが発見されていない世界で『白滝』なんてワードを思いつくだろうか。私には絶対無理だ。
もしも私が知らないだけでこんにゃくが存在しているとして、糸状に加工したこんにゃくを『糸こんにゃく』ではなく『白滝』と命名する確立はどのくらいだろう?
前世でもなぜ『白滝』と命名されたのかを全く知らないが、おそらく滝に似ていたとか言う理由なのだろう。地域によって呼び名が違ったくらいだからどちらかが後付けだ。
どちらが先かはともかくとして、グルメマスターが白滝を命名した人と全く同じ感覚を持ち合わせていないとあの名前は出てこないだろう。
他の店のこともある。
シュタイナー家が運営する店は現在王都に7店舗あるらしい。
そのどれもがこの世界でお目にかかるとは思っていなかった品ばかり。アイスクレープなどまだ良い方。エドルドさんの話によれば、最近では味噌田楽を出す店が出来たらしい。
チョイスが渋い上に、アイスクレープからの差が凄いが、もしかしたら彼女も転生者では……という考えは真実味を帯びてくる。
前世の知識を国中に披露する彼女の意図は掴めない。
転生者ではなく、彼女の力でこれらの料理に辿り着いている可能性も否定は出来ない。
それにあのステータス。
私ほどではないが、現地人にしては高すぎる。取得しているスキルは変なものばかりで、ジョブは学生と踊り子の二重持ちであることも気になってしまう。
もしも転生者だとすれば、敵視されないといいのだが……。
グルメマスターは教祖であり、神だ。
グルメは信仰。
信者は多数。
今日の入学式から察するに学園のほとんどが信者と考えていいだろう。おそらく講堂を埋めるどころか、立ち見保護者まで続出したのはグルメマスターの姿を拝みたかったから。
未だに積極的に関わりたいと思える相手ではないが、情報収集を怠れば簡単に足下を掬われるような相手だと思う。
同じ転生者で敵意がなければいろいろと聞いて状況を整理したいと言う気持ちもあるが、そもそも彼女が一人になる瞬間が存在するのか。
婚約者の溺愛具合は今まで噂には聞いていたが、信者とのタッグを組まれれば私の入る隙間などない。
やっぱり情報収集をしつつ、傍観者でいるのが無難ね。
エドルドさんが築いた山から数枚の便せんを取り出して、早速ペンを走らせる。
前世でもなかなか手紙なんて書く機会はなかったため、なんだか妙に緊張してしまう。
こういう時って拝啓○○様って始めるんだっけ?
そこからすぐに本題に入らず、時候の挨拶で相手への思いやりを~ってこんなに悩むくらいなら困ったらパソコンの予測変換に頼ればいい! と変な方向に割り切るんじゃなかった。
そもそもこの世界の時候の挨拶って何?
四季なんてざっくりしかないし、入学シーズンなのに梅も桜も咲いてませんけど!?
思い浮かぶテンプレートは全滅だ。
もういいや、適当で。
『南方に行ってから数週間が経過しましたが、一人でもしっかりとご飯を食べてますか』
どうせレオンさん相手なんだから、そんなにかしこまっても無駄無駄。初回だしゆるくいこう。
まともな手紙は、学園で手紙のマナーでも学んだ時にでも出すことにしよう。
教養が身につくごとに進化する手紙ってことで。
とりあえず今回は入学式の話と、明日から始まるオリエンテーションの話を書いて、そこからそれとなく用事があることを匂わせつつ、予定が合う日を探って……っと。
うん、こんなものかな。
ダラダラと書いていったせいで5枚も出来てしまったが、短すぎて心配されるよりはいいだろう。
山をかき分けてやっと封筒を発見する。
けれど当然のように両面テープなど付いていない。
テープのりか液体のりないかな~と探したところでレターセット山の中にも、机の引き出しの中にも入っていない。
急いでいたからのりまで用意するのを忘れてしまったのだろうか?
どうせ書けた手紙はエドルドさんに頼んで送って貰わなければならないのだ。
中身が順番に並んでいるかを確認して封筒に入れ直すと、エドルドさんの部屋へと向かった。
エドルドさんの部屋は二階の端。
下宿二日目に何かあったらここに来るようにと場所を教えて貰っていたのだが、大抵の用事は食事の際に話せば済むため、足を運ぶのは今日が初めてだ。
コンコンコンとドアをノックすると、すぐに「はい」と短い返事が返ってくる。ドアを開けば、エドルドさんは何やら書類仕事を行っていた。
初めて来た時も思ったがこの部屋は書斎のようだ。
部屋の端にベッドが用意されており、ここで寝起きしているのだろうが、部屋にはいくつもの本と大量の書類が山を作っている。それも雑に置かれているのではなく、整理された山だというのだから引き出しもぎっちりと埋まってしまっているのだろう。この部屋を見てしまえばさっき運ばれてきたレターセットなんて小さく思えてしまう。
「どうしました?」
部屋を見渡す私に、エドルドさんは一度手を止める。
仕事の邪魔をするくらいならのりなんて明日の朝聞けば良かったかもしれない。だがもう来てしまったからにはこれ以上時間を取らせないように務めるだけだ。
私は手に持っていた手紙を胸元に掲げながら用事を切り出す。
「手紙を書き終わったんですけど、封をするものがなくて……。のり貸してもらえますか?」
「のりはありませんが、封蝋ならありますよ」
「封蝋……」
「使い方分かりますか?」
まさかの封蝋。
洋画で目にしたことはあるが、実際に使ったことはない。
家紋入りの焼き型に蝋を流し込んで使うんだっけ?
ラノベでも西洋風ファンタジー世界が舞台だと使われていた気がする。だが詳しい描写はなかった。
封蝋をする、で終わり。
現代ものでものりして終わりだし、そんなものなのかもしれないと流していたが、まさかここで使用する機会があるとは……。
「分かりません」
「ならこちらで付けて送ります」
「お願いします」
手紙の書き方どころか封の仕方も分からない私はぺこりと頭を下げて手紙を差し出すのだった。
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