モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波

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番外編

メリーズと写真①

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「そろそろ寝ろ」
 何度目かになる声がけにメリーズはハッとして時計を見る。作業を始めてからすでに三刻が経過していた。早めの夕食後に取りかかったのに日付けが変わってしまっている。日が変わるまで、との約束して始めたため、本来ならば今すぐにでも手を止めるべきなのだろう。だが目の前の像は完成間近。あと半刻とせずに彫る作業は終わる。

「もう少し、もう少しで終わるので!」

 出来れば気分が乗っている時に一気に終わらせたい。終わるといっても今日の作業は、という話で微調整や艶だし作業が残っている。だがメリーズは微調整などの作業は日を改めて行うタイプなのだ。残りの作業を後日に回すと自動的にそれ以降の作業も一日ずつ遅らせてしまうことになる。明日の午後からしばらく予定が入ってしまっているのも、メリーズが手を止めたくない理由である。お願いします、と手を合わせればアルガは大きなため息を吐く。

「それ、いつでもいいって言われてるんだろ?」
「でもなるべく早く持っていきたくて」
「……ホットミルク作ってくる」
「いいんですか!」
「無理に休ませたところでどうせベッドから抜け出すだろ。後少しなら終わるまで待った方がいい」

 メリーズが作っているのは、例の会場に飾るための像である。
 リガロの暴走により魔に覆われた建物は、イーディス達の活躍によって無事魔が取り除かれた。会場中に咲き誇っていたアネモネもその時全て回収したのだが、後日新しいものを植えることになった。そのタイミングで建物内を解放することにした。剣術大会の会場としてではなく、剣聖と聖母の活躍した場所として。客席の一部を改装してギャラリーになる。リガロのギャラリーにはメリーズの村で長年飾っていた銅像を寄付している。それとは別に、アリーナの中心に聖母と剣聖の二人の像が置かれる予定で、これをメリーズが作らせてもらうことになった。正確には自分が作るつもりでメリーズが案を押し通したのである。この像のために二人の衣装をみんなで話し合い、全体のデザインが決まったのは四日前のこと。すでに像にするための木材は確保してあり、その日から少しずつ作業を進めている。
 長年思い描いていた形とは違うけれど、こうして村を救ってくれた二人を彫れることを誇らしく思う。しかも公認である。イーディスに『これを機に女神イーディスの布教を再開してもいいでしょうか』と確認したところ、少し悩んでから許可が降りた。なのでこの像が出来た後は女神イーディス像と、リガロ&イーディス像の作成を急ぐつもりだ。デザインはもう決まっている。彼女が消えてから鍛え続けた彫刻スピードを存分に発揮するのだ。

「まだ熱いから気をつけろよ」
「ありがとうございます」
 アルガからホットミルクを受け取り、ふうふうと覚ましながら完成した像を思い浮かべる。過去彫ったどの像よりも良いものになることだろう。一つ目の像なんて本当に酷かった。ボロボロになった細部を調整でなんとかしようと掘り続けたが、どうにも出来ずにぽろっと落ちてしまって、残ったのはほっそりとした像と手の傷だけ。何しているんだ、と呆れたアルガが手にクリームを塗ってくれた。あの時は『研究の過程で出来た副産物』という言葉を鵜呑みにしていたが、今になって思うとわざわざメリーズのために作ってくれていたのだろう。一つ目の瓶の中身がなくなった後も何度も作ってくれて。新しい瓶になる度に傷の治りも早くなっていたように思う。今はもう傷を作ることもなくなった手には痕一つ残っていない。
 よくよく思い返せば、アルガがくれたものは傷薬だけではない。
 風邪を引けば即日回復の薬を煮込んでくれた。
 冬場に手がかさつけば、他人に触れることを意識してケアしろとハンドクリームを作ってくれた。
 夜遅くまで起きていればホットミルクやココアを作ってくれる。
 旅先で木材を見かけて飛んでいっても、文句一つ言わないどころか何も言わずに持ってくれるし、そろそろ道具を手入れしなくて良いのかと聞いてくれる。

 ただでさえ癒やしの聖女関連で自由時間が少ないというのに、そのほかにもメリーズが振り回してしまっていることは多い。
 改めて考えると申し訳なさが募っていく。

「アルガ様、いつも迷惑かけてごめんなさい」
「なんだ、急に」
「いや、自分が癒やしの聖女だと分かってから本当にいろんなことがあったなって。私はアルガ様が一緒にいてくれて嬉しいですけど、アルガ様は私のお守りを任されなければもっといろんな研究が出来たんじゃないかと思いまして」

 メリーズのパートナー候補は、スチュワート・リガロ・バッカス・マルク・アルガの五人だった。そこに混ざっているスチュワートとリガロは婚約者がいるため自動的に排除となり、残るは三人。その中でアルガを選んだのは、彼が薬師だったから。彼となら多くの人々を救えると考えたのだ。

「報酬にもらった研究室は全然行けてないしな~」
「ごめんなさい」
 冷静になって考えてみると、天才と呼ばれる彼の時間を削ることが人々を救うことに繋がるはずがない。真逆だ。かといってバッカスを選べばカルドレッドの研究の一部成果がなくなっていただろう。残るはマルク。彼は王子の右腕として、リガロの離脱で空いた穴をカバーすべく奔走しているらしい。ダメだ。巻き込んで良い人材が見つからない。一人で力が使えれば誰かを巻き込まずに動けたのに……。肩を落としてミルクに口を付ける。

「だが研究室にこもれない程度で俺の才能はかすんだりしない。メリーズに付き合っていろんな場所に行く度に新しい発見もあるし、何より健康を意識するようになった。長生きして、いろんな研究をするさ」
「え?」
「それにメリーズは無茶ばかりするんだから俺が調整しないとダメだろ。バッカスにも保護者に磨きがかかったと笑われた」
 それはつまりメリーズの保護者として一生を終えると行っているようなものだ。研究を合間になんて、才能を捨てるようなものじゃないか。だが今さら後悔したところで癒やしの聖女のパートナーは一生で一人。アルガが降りると言えば役目を放棄したことになる。彼が途中で放棄するような人ではないことはメリーズがよく知っている。もう十数年も連れ添っているのだ。それでも、聞かずにはいられなかった。
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