モブ令嬢は脳筋が嫌い

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七章

16.ゲーム脳

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 ゆうに数刻は流れ続ける同じ映像に、イーディスの心は疲弊していった。

 だがイーディスは長く後悔に浸っているようなタイプではない。



「……なんか一周回って悔いて死に、魔界で馬車馬のように働けって意味に思えてきた」

 気付いた時には闇にどっぷりと浸かるエリアを通り過ぎ、そして花畑を発生させる前にあったやる気が戻ってきた。



 結局、イーディスの頭では答えなんて導き出せないのだ。悔いたところでもう遅いし、進むしか道はない。死神だか閻魔様だかに『お前が行くの魔界じゃなくて地獄だから』と言われたら困るが、まぁその時は満ちあふれたパッションで説得させてもらおう。

 そう決心したイーディスは立ち上がり、辺りを見渡す。まだ映像は流れたままだし、相変わらずこの空間にはスクリーンと椅子しかない。魔道書も取り上げられた後なのか、手元にない。だが死人の近くには大抵見張り役もしくは案内人がいるものだ。



「あの~すみません。そろそろ次の段階に入りたいんですけど~」

 真っ暗な空間で、どこにいるのか分からない相手に向けて声を上げる。けれどイーディスの声が虚しく響くだけで、応答はない。この映像を最後まで見なければ次のステージに進めないのだろうか。そんなテーマパークのアトラクションのようなシステムいらないのだが……。

「誰もいないんですか~」

 イーディスが「次に行きたいんですけど」「通路さえ教えて頂ければ勝手に歩いて行くので」と明るく紡ぐ声は、未だスクリーンから流れるリガロの悲痛な声と混じり、異様な空間を作り上げていた。

「すみませ~ん」

「どなたかいらっしゃいませんか~」

 だがイーディスは気にせずうろうろと真っ暗な空間を徘徊する。けれどなかなか案内人は出てこない。



 これはもしや自分で脱出する系の部屋なのだろうか、と考え、どこかに隠し扉がないかと探しもした。だが延々と広がる空間にはドアどころか壁すらなく。なのにスクリーンから一定の距離離れると椅子の前に戻されるという仕様付き。



 椅子に座って待機していろという意味か、戻されるまでの間に脱出の手がかりが残されているのか。少し考えたイーディスは床を叩き、音の変化を確かめた。叩いては一歩横にずれるという地味な作業を繰り返したのだ。

 だが段々と移動可能距離が縮まるだけで脱出の糸口は見つからず。ならば椅子に仕掛けがあるのでは? と引っ繰り返してみたり、素手で解体出来そうな場所は外してみた。だがここにも手がかりはない。





 残るはーーと顔を上げたイーディスの視線の先にはスクリーンがあった。

 脱出経路を探し出してからそこそこの時間が経った今も、映像の中のリガロは真っ黒のドームの中で耳を塞ぎ続けている。スクリーンはイーディスの罪を自覚させるためのものと考え、捜索対象から除外していた。だがめぼしいところで探していないのはもうここだけだ。映写機も音響関連の道具もない。どうやって映しているのか謎の映像。

「……ゲームだと、こういうところにスイッチとか隠し扉が隠されていたりするわよね?」

 ゲーム脳と言われればそれまでだが、そもそもこの世界は乙女ゲームの世界だ。調べてみるだけ調べてみてもいいだろう。





「失礼します」

 一応謝って、スクリーンの辺りを捜索させてもらう。画面に指紋がつくのも気にせずに、椅子に乗って上から順にペタペタと触っていく。すると一部、感触が違う場所が見つかった。リガロの付近だ。指先が少し中に入っていくこの感覚は少し前に体感したものと、建物に入る際にドームを通り抜けた時と同じだった。

 だがあの時とは違い、範囲が極端に少ない。そのままグググと手を入れてみたものの、入るのは肘の辺りまで。可動域も極端に狭い。パタパタと動かしてもギリギリリガロには届かない。が、剣は指先が少しだけ触れる距離にある。

「この剣、あの場所になかったような? ということはこれが鍵か!」

 この映像が繰り返されていたのは鍵を見つけろということだったのか! と一人で納得したイーディスは右手の第一関節に全神経を注ぎ、剣を少しずつ手元に寄せていく。

 首まですっぽりとこたつに入りながら、少し離れたリモコンを取ろうとする感覚と似ているが、こちらの方が何倍も重い。そもそも小娘が指先だけでどうにかしようとする代物ではない。だがイーディスの使える物は自分の手だけ。



 あともうちょっとと鼓舞しながら攣りそうになる指でなんとか頑張って、ようやく手の平でがっしりと包み込める位置まで寄せた。後は簡単。グッと掴んでそのまま画面の外まで引っ張り上げるだけ。

「剣聖の剣ゲット!」

 達成感に満ちたイーディスは剣を天井に突き上げた。鍵と思わしきアイテムをゲットしたのなら、次は差し込み口となる場所を探さなければいけないのだが、少し疲れた。

「……少し休もう」

 酷使したのは右手だけだが、その前にも床をどんどんと叩いてみたりひらすら歩き回ったりと行動を起こしているのだ。ここらで少し休憩をしてもバチは当たらないだろう。むしろ少し休めば作業効率も上がるはず……と謎の言い訳をして、剣を抱きかかえたまま寝転び、そのままゆっくりと瞼を閉じた。

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