モブ令嬢は脳筋が嫌い

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七章

12.何が正解か

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 魔界から戻ってすぐ、日程調整を行おうとアンクレットの元へ向かった。最近忙しかったので聖母用の服はないかもしれないが、いざとなったら魔道書から何着か服を出そう。そう決めていたイーディスだったが、アンクレットはクローゼットに手をかけた。

「どれがいい?」

「多くないですか!?」

「最近出かける回数減ってるだろ? でもイーディスは突然大陸一周するとか言い出しそうだし、とりあえず今まで通り作り続けていた」



 アンクレットの中でイーディスはどんな人物なのだろう。

 大量に女性服が詰まったクローゼットを覗きながら、今回のシンドレア行きにちょうど良い服を探していく。急に思い立ったのでまだまだ何も準備は出来ていないが、前回の訪問時に意識した『神聖さ』とは違う方向性で行きたい。むしろ領主として認識されなくとも一向に構わない。個室から見下ろしては同じ景色しか見えないまま。いっそ客席に混じるというのも……と考えていると、先ほどから雰囲気が違う服ばかりが並んでいることに気付く。

「この辺り、他とイメージが違いませんか?」

 領主用でも聖母用でも、ましてや職員のラスカ用でもない。イーディスが訪問した地域で、平民達が着ていた服によく似ている。その中でも動きやすさを重視しており、イーディスの好みと合致している。特にチノパンとブラウスのセットなんて最高だ。

 最近外に行くことの少ないイーディスのために追加の普段着も作ってくれたのだろうか。それにしては少し量が多いが、袖の形やラインを変えたブラウスは重宝しそうだ。薄めの色も下着が透けないようにしてあるし、さすがはアンクレットだと頬を緩ませる。だがこの服の用途は普段着ではなかった。



「ああ、それは身分を隠して訪問する用。ラスカは当然として、この前少し騒がれたせいでイーディスの姿でも出かけるのも難しいだろ? ついでにウィッグも新しい色を何色か作ってみた」

「アンクレットさん……」

「流行を取り入れつつ、機能性も重視した。ここにはそんなに置いていないが、イストガルム以外にもテーマにした国はあるから希望があったら言ってくれ」

「シンドレアはありますか?」

「もちろん」

「ではシンドレアやその周辺国の服を出来れば十日分。今度の訪問は前回とは視点を変えて、平民として会場の一般席に紛れます」

「もう席取ったのか?」

「いえ、まだ」

「なら早めに取らないとな。あっちにいる奴に連絡しておく。どこでもいいか?」

「なるべく後ろの方の席がいいなと」

 なんでもかんでも頼ってしまって申し訳なく思いつつも、ちゃっかり要望を伝える。

「分かった。バッカスも行くから二席な」

「あ、バッカス様にはまだ伝えていなくて……。日程ダメだったらどうしよう」

「あいつの場合、こじ開けてでも行くから問題ない。心配すべきは服だが……なかったら途中で買えばいいだろ」

 バッカスに対しての扱いはやや雑な気もするが、それも彼のことを理解しているから。

 実際、イーディスが「シンドレアについてきて欲しい」と伝えたら一も二もなく頷いてくれた。今回は一般席で見るつもりだと伝えた時だけ、少し心配していたがそれくらいだ。





 それからしばらくして、シンドレアに滞在している職員のおかげで無事に大会の席も確保出来た。それも最短、二週間後のものを。最後尾とはいえ、よくゲット出来たものだと関心していたら、そこは少し裏技を使ったらしい。まぁ深くは聞くまい。それからはバッカスが貸し馬車を借りる手配をしてくれたり、道中の宿泊先も予約してくれた。



 旅行バッグに服を詰め、今日はいつもとは違う色のウィッグを被る。バッカスとは兄妹という設定なので、彼の色に合わせてみた。長めの髪は三つ編みにしてからお団子でまとめて、そこに黒縁メガネもかければ完全に別人である。それでも知り合いや聖母と慕う人々には見られないように普段とルートを変えつつ、シンドレアへと向かった。

「兄さん」

「ううっ、兄さんだなんて……」

 何かある度に涙ぐむバッカスがうっとおしくはあったが、それでもこれといった問題はない。それは大会会場でも同じことだった。





「見事なまでに何もありませんでしたね」

「そうだな」

 シンドレアで取った宿に戻ってから会場内の数値を確認する。今日は一般席での観覧だったが、測定器はバッグに仕込んでいたのだ。定期的に母体にデータを送信する最新式のものである。だがデータに異変はない。オーブ導入後も送って貰っていたデータと照らし合わせてみても、やはり順調に減少している。リガロのマントや退魔核もしっかりと稼働しているようで、今回は色の変化は観測できなかった。また相手に身動きすら取らせることなく試合が終了していたことから、健康状態も問題なさそうだ。

 バッカスと顔を付き合わせてみたが、やはり原因は分からず終い。このまま手土産なしで帰るのも嫌なので、帰りは乗り合いの馬車に乗って、オーブの設置場所に立ち寄ることにした。観光地ばかりなので、そこに混ざって空気感も確認しようと話し合い、それぞれの寝室に戻る。





 けれどベッドに寝転んでからもイーディスの思考を占拠するのはリガロのことばかり。

 何も見つけられずとも、彼の魔量が上昇し続けている事実は変わらない。問題があるのは大会ではないのか。だがローザや他の職員達が滞在している城に何かあれば気付くはずだろう。となれば残るはプライベートだが、そこまで来たらもうイーディスには踏み込むことは出来ない。



 都合の悪いことから目を背けていては大事なことを見落とすと魔王は言った。イーディスにとって都合の悪いこととは『リガロがイーディスを必要としていない』ことなのではないだろうか。

 影から支えようなんて傲慢で、本当は他人に徹するべきなのではないか。頭に過るのはあちらの世界のリガロのこと。癒やしの聖女と結ばれてハッピーエンドとなるはずだった彼はイーディスの行動によって鎖に繋がれる道を選んだ。こちらの彼も同じことになったら……。きっとイーディスは後悔するだけではすまないだろう。



 すでに子ども達の魔は安定しており、各地ではオーブが正常に稼働している。リガロの増え続ける魔を放置することで暴走するかもしれないという不安はある。だが増え続けている原因がイーディスやカルドレッドの干渉にあるのならば、これ以上手出しをすることは迷惑でしかない。

 イーディスにはリガロの幸せが何か分からない。けれど彼はイーディスがいなくなってからも立派に剣聖として活躍している。手助けなんて必要ないことは明白だった。



「関わらないことが、正解なのかな」

 もちろん今後も聖母として、領主としての活動は続けていくつもりだ。投げ出すつもりはない。ただ大会での様子を確認したり、データを送ってもらうことを止める。マントの検査も止めて、今後はイーディスの噂が立とうが手出しはせずに傍観を続ける。それが正しい道なのか。分からない。けれど彼の魔量が桁違いの上昇を始めたのはイーディスの干渉があってからだ。試してみる価値はあるだろう。暗闇を歩き続けるには常に思考とチャレンジが必要なのだから。
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