モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波

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七章

9.割れた退魔核

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 戻ってきたバッカスに事情を説明し、試合が終了してからすぐに測定器を回収することになった。イーディス達は一足先にホテルに戻り、帰りの準備を整える。行きのように何度か宿泊を挟む余裕はない。可能であれば馬車ではなく、馬に乗って帰りたいくらいだ。だがそれはバッカスとローザに止められた。



「何かあったときに備えて体力は残しておくべきだ」ーーと。



 ローザが回収してくれた剣がホテルに届いたのはイーディス達の準備が終わった頃。これで朝一番にシンドレアを出発出来る。シンドレアに残るという彼女にお礼を告げ、結果が出たらすぐに伝えると約束した。また王子や子ども達に渡す用の退魔核も一緒に贈ると。





 緊張の糸をピンと張ったままカルドレッドに戻り、すぐにアンクレットに剣を見てもらった。だがカルドレッドで測定しなおしても、ローザがくれた数値とほぼ変化が見られなかった。色の変化はごくわずか。問題はないだろうとの判断が下された。だがイーディスはもっとよく調べて欲しいと食い下がった。こちらに戻るまでの間で神経が尖っていたのかもしれない。アンクレットはイーディスの形相にギョッとして『念のため』と退魔核を取り替えようとした時だった。



「なんだよ、これ」

 核を外した途端に限界を迎えたようにボロボロと崩れ、白く染まっていったのだ。測定しなおしてみれば外す前の二十倍を越える魔量が検出された。リガロ本人よりも多い。いや、この退魔核を持っていたから抑えられていたと考えるべきか。割れたことで空気中にも魔が流れだし、室内の魔量も跳ね上がっている。核がはめ込まれていた場所もさび付いたように色が変わってしまっており、とてもではないが変わりをはめ込むことは出来そうもない。これがもしもシンドレアで割れていたらと思うとゾッとする。だが今はまだ最悪を逃れられただけに過ぎない。



「いつから正常に機能していないんだ……。今は代わりの剣を持たせているんだよな?」

「はい。ですがこのままにするのは危険です。何か他の物を用意しないと」

「だが剣聖が常に持っていておかしくないアイテムなんて剣以外にあるか?」

「ベルトやピアスは?」

「どちらも剣にはめ込んでいるものよりも小さくなる。焼け石に水だろうな。とはいえ、それくらいだよな……。後は退魔オーブがどれくらいの効果を果たしてくれるか」

 退魔オーブが溜め込める魔量は退魔核と比べて大幅に増えている。一般人にも効果があるだろう。だが、相手がリガロとなれば話は別だ。割れた退魔核に溜め込まれていた魔がどのくらいの時間をかけて溜まったのかにもよるが、現在想定している働きは期待出来ないと思った方がいいだろう。それに退魔オーブを導入するにしてもやはり常に身につけておける物を所持していた方が確実だ。



 リガロが常に身につけていても不審に思われないもの、かつ大きな退魔核をはめ込めるものーーイーディスは頭をフル回転させ、ハッとした。



「マント」

「え?」

「退魔核を織り込んだ布でマントを作るんです! 近衛騎士も務めている彼ならマントを羽織っていてもおかしくはありません」

 マントなら常に身につけていても不思議ではない。戦闘時には邪魔になりそうだが、リガロならそれくらいハンデにはならないだろう。何より、退魔核をそのまま使うよりも糸にして織り込んだ方が多く使用することが出来る。当然、魔を取り込める量も増える。

「確かにそうだが、どうやって溜まった魔を回収するんだ? 剣の時みたいに拭いて、とはいかないだろう?」

「何枚か用意して、城で洗濯すると言って回収してもらえばいいのではないでしょうか? 拭き取って取り除くより、こちらに送ってもらった方がデータが取りやすいですし、異変にも気付きやすい。アンクレットさん達の負担は増えますけど……」

「それくらいお安いご用だ。早速製作に取りかかろう」

「俺は持ち帰ったデータをまとめてから、ローザ嬢に報告の手紙を書いてくる!」

「では私は開発班の方に退魔核で作ったアクセサリーをいくつか製作してもらえるよう頼んできます」

 三人ともが別の場所へと向かい、それぞれの役目を果たす。





 数日後、完成したリガロのマントと新たな剣、王子達用のアクセサリーを手紙と一緒に送った。

 シンドレアに残ったローザは割れた退魔核にひどく驚いていた。なにせ彼女があの日以降もとり続けてくれていたデータは全て上昇し続けていたのだから。マントの効果がどうあれ、退魔オーブの調整を急ぐ必要がありそうだ。





 オーブの調整を終え、試験的にカルドレッド以外の土地にも何カ所か設置させてもらって効果を確かめる。その間、週一のペースでリガロのマントを交換しつつ王子達の退魔核の推移も気を配る。想定外だったのはローザの子ども達に渡した退魔核が予想していた以上の数値をたたき出していたこと。

 ローザ曰く、数値以外には特に異常は見られないようだ。それはおそらくローザの血が関係しているからだろう。一度、魔に犯されそこから立ち直った者は魔に対する耐性のようなものを持つ。またそれは自らの子どもへも引き継がれることが確認されている。カルドレッドで生まれた子どもが精神異常を引き起こさない理由がこれだ。とはいえ、多くの魔に犯されれば何かしらの異常を引き起こす可能性は十分にある。

 それにリガロと過ごすことの少ないはずの子ども達が、これほどの数値をたたき出している理由が掴めないことも問題だ。反対に、リガロと接することの多いはずの王子にはほとんど魔が検出されていない。他国の人と同じくらい。いたって正常な数値である。リガロの退魔核同様に、通常時では異常が見られないだけかもしれないと送ってもらい、割ってから調べてみたが数値に変化は見られなかった。



 リガロの退魔核が吸い取っていた? だとすれば子ども達の退魔核から多くの魔が検出される理由はなんだ。

 王子には魔が向けられていないが、子ども達には向けられている? だが三人とも夜会デビューは果たしておらず、一番下の子は最近お茶会デビューを果たしたばかりだという。シンドレア国内のイベントに出席することはあれど、他国との交流にはあまり出席していない。王子の子どもともなれば期待されるのは分かるが、ならばやはりなぜ王子には集まっていないかが気になる。子どもであることに意味がある? 王子の子どもはローザの子どもでもあってーーとそこまで考えて彼女のある言葉が頭に過った。



『私は貴族にとっての安心材料なのです』



「魔に打ち勝ったローザ様の子どもだから?」

 今は剣聖がいて、癒やしの聖女がいる。だがどちらも今のところ子どもを成す気配はなく、剣聖に至っては配偶者すらいない。彼らが老いて動けなくなれば今ある平和は緩やかな終わりを告げる。だがローザの子どもは王族だ。きっとこの先もその血を繋げていくのだろう。途絶えるかもしれないリガロの血と、次にその力を繋げることのない癒やしの聖女とは違う。その血を引いた者が王座に君臨するし続ける限り、シンドレアは安泰だと。魔への恐怖心が子ども達への期待にすり替わっていたのならーー。子ども達にその感情を向けているのは貴族達だろう。それも魔への恐怖を持っている世代。おそらくゲートの一件を知っているか、子どもや親戚が魔に犯されたのだろう。



「だとするとマズいな」

 彼らはまだ剣聖のような『象徴』にはなっていない。だがそう遠くはない日にきっとーー。イーディスは手紙から視線を上げ、アンクレットの元へと走った。
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