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七章
7.十数年越しの剣術大会
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ローザはそのままスタスタと足を進め、イーディスに窓際のソファに腰掛けるように勧める。そして隣に自身も腰を降ろし、バッカスは二人の後ろに控える形となる。外からも見える状態でカルドレッドの領主とシンドレアの王子妃が並んでいるのだ。会話の内容までは聞こえずとも、これだけである程度の友好関係を示せているだろう。
「ラスカ様がいらっしゃると聞いて、オススメのお茶とお菓子をご用意いたしましたの」
「ローザ様の! それは楽しみですわ」
防音設備の整っている場所で『ラスカ』と呼ぶのは、口の動きを読まれても困らないようにである。そして飲み物と食べ物を用意してくれるのは、バッカスから何か話を聞いたからだろう。ふふふと微笑みながら、内心ホッと胸をなで下ろす。
ルームサービスは使わずとも、バッカスに買いに行ってもらった飲み物に何か仕組まれていたらと少しだけ心配していたのだ。敵意は向けられずとも、それは全ての人が聖母に好意的である証明にはならない。特に剣聖と癒やしの聖女という信仰対象がすでにあるこの場所ならなおのこと。
ローザの侍女が運んできてくれたお茶で喉を潤しながら、何気ない会話で時間を潰す。もちろん三人とも顔に笑みを貼り付けたまま。
本題に入ったのは開会式が始まり、窓の切り替えを行ってから。外から見えない状態になってようやく仕事の話に入る。
「事前にリガロ様の控え室とアリーナ、そして会場の入り口には魔量測定器を設置してあります。今晩中にでも宿泊先にデータをお持ち出来るかと。またこちらで魔量測定を行いつつ、イーディス様と一緒に上から客席を警戒していこうかと」
「助かる。俺は開会式が終わった辺りで下に降りて客席や廊下、売店を中心に魔量を測定していこうと思う」
「それと、本当は今日の分のデータを渡す時にお伝えしようと思っていたのですが」
「どうされたのですか?」
「リガロ様とその周囲にある魔量が、先月の二割ほど増えています」
「まだ増えるのか……」
リガロの魔量はこの二年で大幅に上昇している。イーディスが聖母になった直後の数値と比較すればゆうに十倍以上。彼の周囲だけ見れば、カルドレッド内の魔量とほぼ同じ。いや、このまま上昇し続ければカルドレッドよりも濃い魔が彼の周囲に集まることになる。はっきりいって異常だ。だが理由が分からない。退魔オーブを彼の周りに設置したところで効果があるか怪しいものだ。そればかりか一気に取り込めばオーブの方が異常を来す可能性もある。バッカスはどうしたものか、と頭を抱えて深いため息を吐く。
「剣聖としての活躍の幅を増やしていますから、仕方ないと言ってしまえばそれまでですが気になることが一点ありまして。ザイル様に調査をお願いしていた退魔核の方には異常が見られないどころか、クリアな状態を保ち続けているのだとか」
「キャパシティオーバーを引き起こしている可能性は?」
「意図的に魔を吸わせてみても問題なく吸い込んでいたとのことです」
「となると別の退魔核を用意してどうにかなる問題でもなさそうですね。原因を突き止めないと」
「ザイル様は、リガロ様のことはもちろん、私達に比べて魔への耐性が弱い王子への影響も心配しておいでで、現在は王子と同じ部屋で待機されています。今日の様子次第で、しばらくは警戒にあたると」
「結果がどうあれ、いてもらった方が安心だよな」
ザイルはもうかなりの高齢だ。あちらの世界と同じように、十年以上前に隠居していてもおかしくはない。あまり頼りすぎたくないと思う反面、彼がいれば心強いのも事実。リガロと接する必要のある退魔核の調査なんかはザイルにしか頼めない。王子への護衛だって彼がいれば周りの士気も高まるのだろう。未だ魔量が増えている理由が掴めないリガロに新たな退魔核を渡すよりも、王子やその子ども達に新たなものを渡した方がいいかもしれない。帰ったら開発チームにアクセサリーとして身につけられそうなものをいくつか作って貰おうと脳内メモに書き込む。
「じゃあ俺はそろそろ行ってくる。ちょこちょこ戻ってくるようにはするから変な奴いたら教えてくれ」
「了解です」
「いってらっしゃい」
おう、と手を振ってバッカスは部屋の外へ出る。イーディスも警戒に当たろうとソファの位置を少し前にして、オペラグラスを構える。開会の言葉が終わった辺りからちらほらと席を立つ者が目立つが、少し観察していればすぐに飲み物を持って戻ってくる。またポツポツと空いているのはおそらくリガロ目的の観客席だろう。
イーディスが学生の時より参加者が増えている。時間制限を設けたり、手早い進行になっていたりと工夫は見られるが、リガロの出番は夕方から夜になることだろう。それに部屋に用意してあったパンフレットに載っていた注目の選手が出るのも三回戦から。客席に人が増えるのはそれ以降だろう。今のところ、始まったばかりだからか目立った動きをする者は見当たらない。
それより気になるのは同じ階にいる王子だ。あちらの部屋はガラスを通常仕様にしているため、イーディス達の部屋からも様子が見えるのだが、会場を見下ろしながらも時折チラチラと動く視線はこちらを気にしている。こちら、というよりもローザの様子が気になるのだろう。
「ラスカ様がいらっしゃると聞いて、オススメのお茶とお菓子をご用意いたしましたの」
「ローザ様の! それは楽しみですわ」
防音設備の整っている場所で『ラスカ』と呼ぶのは、口の動きを読まれても困らないようにである。そして飲み物と食べ物を用意してくれるのは、バッカスから何か話を聞いたからだろう。ふふふと微笑みながら、内心ホッと胸をなで下ろす。
ルームサービスは使わずとも、バッカスに買いに行ってもらった飲み物に何か仕組まれていたらと少しだけ心配していたのだ。敵意は向けられずとも、それは全ての人が聖母に好意的である証明にはならない。特に剣聖と癒やしの聖女という信仰対象がすでにあるこの場所ならなおのこと。
ローザの侍女が運んできてくれたお茶で喉を潤しながら、何気ない会話で時間を潰す。もちろん三人とも顔に笑みを貼り付けたまま。
本題に入ったのは開会式が始まり、窓の切り替えを行ってから。外から見えない状態になってようやく仕事の話に入る。
「事前にリガロ様の控え室とアリーナ、そして会場の入り口には魔量測定器を設置してあります。今晩中にでも宿泊先にデータをお持ち出来るかと。またこちらで魔量測定を行いつつ、イーディス様と一緒に上から客席を警戒していこうかと」
「助かる。俺は開会式が終わった辺りで下に降りて客席や廊下、売店を中心に魔量を測定していこうと思う」
「それと、本当は今日の分のデータを渡す時にお伝えしようと思っていたのですが」
「どうされたのですか?」
「リガロ様とその周囲にある魔量が、先月の二割ほど増えています」
「まだ増えるのか……」
リガロの魔量はこの二年で大幅に上昇している。イーディスが聖母になった直後の数値と比較すればゆうに十倍以上。彼の周囲だけ見れば、カルドレッド内の魔量とほぼ同じ。いや、このまま上昇し続ければカルドレッドよりも濃い魔が彼の周囲に集まることになる。はっきりいって異常だ。だが理由が分からない。退魔オーブを彼の周りに設置したところで効果があるか怪しいものだ。そればかりか一気に取り込めばオーブの方が異常を来す可能性もある。バッカスはどうしたものか、と頭を抱えて深いため息を吐く。
「剣聖としての活躍の幅を増やしていますから、仕方ないと言ってしまえばそれまでですが気になることが一点ありまして。ザイル様に調査をお願いしていた退魔核の方には異常が見られないどころか、クリアな状態を保ち続けているのだとか」
「キャパシティオーバーを引き起こしている可能性は?」
「意図的に魔を吸わせてみても問題なく吸い込んでいたとのことです」
「となると別の退魔核を用意してどうにかなる問題でもなさそうですね。原因を突き止めないと」
「ザイル様は、リガロ様のことはもちろん、私達に比べて魔への耐性が弱い王子への影響も心配しておいでで、現在は王子と同じ部屋で待機されています。今日の様子次第で、しばらくは警戒にあたると」
「結果がどうあれ、いてもらった方が安心だよな」
ザイルはもうかなりの高齢だ。あちらの世界と同じように、十年以上前に隠居していてもおかしくはない。あまり頼りすぎたくないと思う反面、彼がいれば心強いのも事実。リガロと接する必要のある退魔核の調査なんかはザイルにしか頼めない。王子への護衛だって彼がいれば周りの士気も高まるのだろう。未だ魔量が増えている理由が掴めないリガロに新たな退魔核を渡すよりも、王子やその子ども達に新たなものを渡した方がいいかもしれない。帰ったら開発チームにアクセサリーとして身につけられそうなものをいくつか作って貰おうと脳内メモに書き込む。
「じゃあ俺はそろそろ行ってくる。ちょこちょこ戻ってくるようにはするから変な奴いたら教えてくれ」
「了解です」
「いってらっしゃい」
おう、と手を振ってバッカスは部屋の外へ出る。イーディスも警戒に当たろうとソファの位置を少し前にして、オペラグラスを構える。開会の言葉が終わった辺りからちらほらと席を立つ者が目立つが、少し観察していればすぐに飲み物を持って戻ってくる。またポツポツと空いているのはおそらくリガロ目的の観客席だろう。
イーディスが学生の時より参加者が増えている。時間制限を設けたり、手早い進行になっていたりと工夫は見られるが、リガロの出番は夕方から夜になることだろう。それに部屋に用意してあったパンフレットに載っていた注目の選手が出るのも三回戦から。客席に人が増えるのはそれ以降だろう。今のところ、始まったばかりだからか目立った動きをする者は見当たらない。
それより気になるのは同じ階にいる王子だ。あちらの部屋はガラスを通常仕様にしているため、イーディス達の部屋からも様子が見えるのだが、会場を見下ろしながらも時折チラチラと動く視線はこちらを気にしている。こちら、というよりもローザの様子が気になるのだろう。
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